大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(行ウ)208号 判決 1996年6月21日

東京都練馬区谷原二丁目一〇番五号

原告

横山孝子

同所

原告

横山貴子

同所

原告

横山ちなぎ

右三名訴訟代理人弁護士

正田茂雄

東京都練馬区栄町二三番七号

被告

練馬東税務署長 中島常光

右指定代理人

小濱浩庸

渡辺進

河村康之

戸田信之

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告が、原告らの平成三年四月三〇日相続開始に係る相続税について、いずれも平成五年七月三〇日付けでした、<1>原告横山孝子(以下「原告孝子」という。)に対する更正のうち課税価格一四億六六五三万七〇〇〇円、納付すべき税額三三四七万九二〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定、<2>原告横山貴子(以下「原告貴子」という。)に対する更正のうち納付すべき税額二億六七八三万三九〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定、<3>原告横山ちなぎ(以下「原告ちなぎ」という。)に対する更正のうち納付すべき税額五億三五六六万七八〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。(以下、右各更正を「本件各更正」と、右各賦課決定を「本件各賦課決定」とそれぞれいい、両者を併せて「本件各処分」という。)

第二事案の概要

本件は、被相続人横山彰夫(以下「彰夫」という。)の死亡により、別表七「土地の価額の明細」の符号12記載の宅地(以下「本件宅地」という。)及びその土地上に存する別表八「家屋及び構築物の価額の明細」の符号7記載の駐車場(以下「本件立体駐車場」という。)などの財産等を相続した原告らが、課税価格に算入すべき本件宅地の価額の計算に当たり、彰夫は相続開始の直前において本件宅地を駐車場経営の事業の用に供していたことから小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例を定める租税特別措置法六九条の三第一項(平成四年法律第一四号による改正前のもの、以下「本件特例」という。)が適用されるべきであるなどとして、相続税の申告及び修正申告をしたところ、被告から本件各処分をされたため、被告に対し、本件各処分の取消しを求めている事案である。

一  本件相続に係る相続税の課税価格の内訳等

1  被相続人の相続の開始の直前において、被相続人等の事業の用に供されていた宅地については、本件特例が適用され、そのうちの二〇〇平方メートルまでの部分の課税価格に算入すべき価額は、当該二〇〇平方メートルまでの部分の全部が事業の用に供されていた宅地である場合には、その評価額に一〇〇分の四〇を乗じて計算した金額とされている。

2  被告は、本件相続により原告らが取得した財産の価額、債務等の金額及び取得者は別表四「課税価格等の計算明細表」、別表七「土地の価額の明細」及び別表八「家屋及び構築物の価額の明細」各記載のとおりであり、それを基にして計算した原告らの相続税の課税価格及び納付すべき相続税額は別表四「課税価格等の計算明細表」、別表五「相続税額の計算明細表」及び別表六「配偶者の税額軽減額の計算明細書」の各記載のとおりであると主張する。

3  右の原告らが取得した財産の価額、債務等の金額及び取得者並びにそれを基にして計算した原告らの相続税の課税価格及び相続税額の計算方法については、本件特例の適用の有無(課税価格に算入すべき本件土地の価額)に関する部分を除き、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件各処分の経緯等(証拠により認定した事実については適宜証拠を掲記する。その余の事実についてはいずれも当事者間に争いがない。)

1  彰夫が本件宅地及び本件立体駐車場を取得するまでの経緯等

(一) 本件宅地を所有していたオクト株式会社(以下「オクト」という。)は、平成元年八月三〇日、完成予定日を平成三年一月末日として本件立体駐車場の建築を発注し、建築途中の平成二年二月二三日、株式会社大野宗太郎商店(以下「大野商店」という。)との間で、本件立体駐車場が完成したときに、オクトが大野商店に対し、本件立体駐車場を月額一三一六万二五〇〇円で賃貸する旨の賃貸借仮契約を締結した。

(二) オクトは、平成二年一〇月二六日、株式会社トリムシティ(以下「トリムシティ」という。)との間で、本件宅地及び建築中の本件立体駐車場を、代金合計七五億四三九四万一〇〇〇円(三回の分割払い)、本件立体駐車場の所有権を完成予定日の平成三年一月末日に最終分割金の支払と引換えに移転するとの約定で売り渡す旨の売買契約を締結した。

(三) 彰夫は、原告ちなぎの夫で株式会社東立(以下「東立」という。)の代表者である横山健治(以下「健治」という。)を介して、相続税対策として本件特例が適用される事業用宅地の購入を検討し、駐車場の運営・管理をトリムシティ側で行うことを条件に、同社との間で本件土地及び本件立体駐車場の売買契約を締結することにした。(乙三〇号証ないし三三号証)

(四) 彰夫は、平成二年一二月二六日、本件宅地及び本件立体駐車場の購入資金として、三銀モーゲージサービス株式会社(以下「三銀モーゲージ」という。)から、九三億円を借り受け、トリムシティとの間で、本件宅地及び建築中の本件立体駐車場を代金合計八〇億円(二回の分割払い)、本件立体駐車場の所有権を完成予定日の平成三年一月末日に最終分割金の支払と引換えに移転するとの約定で買い受ける旨の売買契約を締結し、トリムシティから、本件宅地の所有権移転登記手続を受けた。

(五) 前記(二)、(四)の各契約当事者である彰夫、オクト及びトリムシティは、本件立体駐車場の竣工が早まったことから、残代金の支払等を繰り上げることとし、平成三年一月二九日、関係者が集まって各残代金の支払等を行い、彰夫は、平成三年一月三一日、同月二七日新築を原因として本件立体駐車場の所有権保存登記をした。本件立体駐車場は、ターンテーブル内蔵型の立体駐車機械五基で、収容可能台数一九五台という規模であったが、登記簿上では、種類「駐車場、事務所」、構造「鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建」、床面積「一階二一〇・〇二平方メートル、二階五七・八五平方メートル」とされた。(登記内容について乙一四号証)

2  本件立体駐車場の営業が開始されるまでの経緯等

(一) トリムシティは、前記1(三)、(四)の合意に基づき、本件立体駐車場の営業開始を平成三年二月一日と予定して準備を進め、<1>本店の移転(甲六号証)、<2>プリペイドカードの発注・納品(甲七号証の一)、<3>月極め駐車の予約申込み開始等の宣伝活動(甲八号証)、<4>社員・アルバイトの募集(甲九号証)、<5>同月二日に予定していた竣工式の手配(甲一一号証)等を行っていただけでなく、<6>トリムシティを貸主として一般の利用客との間で同月一日又は同月三日を利用開始日とする自動車保管寄託契約を彰夫が本件立体駐車場の所有権を取得する前の平成二年一二月一〇日に一件、平成三年一月二〇日に二件それぞれ締結していた(甲一〇号証の二ないし四、ただし、乙二六号証及び二七号証によれば、右各契約で定める保証金の授受が現実に行われたとは認められない。)。そして、同年一月二九日、彰夫と東立との間で、「彰夫と東立とは、彰夫が第三者に賃貸する本件立体駐車場の管理業務に関し、以下のとおり合意した」として、業務委託契約(以下「本件業務委託契約1」という。)を、東立とトリムシティとの間で、「東立とトリムシティとは、東立が第三者に賃貸する本件立体駐車場の管理業務に関し、以下のとおり合意した」として業務委託契約(以下「本件業務委託契約2」といい、両契約を併せて「本件各業務委託契約」という。)がそれぞれ正式に締結された。(甲四号証、五号証)

(二) 前記1(一)の賃貸借仮契約の借主であった大野商店は、平成三年一月二五日、東京地方裁判所に対し、オクトを債務者として、本件立体駐車場の引渡しを求める仮処分の申請をし、同裁判所は、同月二九日、右申請を認容する仮処分決定をし、同月三〇日、その執行が行われた。これによって、本件立体駐車場の占有が大野商店に移転したため、トリムシティらは、同年二月一日に本件立体駐車場の営業を開始することができなくなった。

(三) 彰夫は、オクトが右仮処分決定に対して行った保全異議申立てに補助参加するとともに、本件立体駐車場の引渡しを求める仮処分を申請したが、係争中の平成三年四月三〇日、死亡した。

(四) 東京地方裁判所は、平成三年五月一日、大野商店の申請に係る仮処分決定を取り消すとともに、彰夫の申請を認容する仮処分決定をし、その執行により、同月二日、原告らが本件立体駐車場に対する占有を取得し、トリムシティは、同月一五日以降、本件立体駐車場の営業を開始した。

3  原告らの相続税の申告・修正及び本件各処分等の経緯

原告らの本件相続に係る相続税の申告及び修正申告とこれに対する課税処分等の経緯は、別表一ないし三の「本件課税処分等の経緯」各記載のとおりである。

三  争点

本件の争点は、本件宅地に本件特例が適用されるか否かであり、具体的には、<1>本件宅地が駐車場事業の用に供された時期はいつか、<2>彰夫の事業は本件特例にいう「事業」に該当するかどうかの二点が問題となるところ、それに関する当事者双方の主張の要旨は、次のとおりである。

1  本件宅地が駐車場事業の用に供された時期はいつか。

(一) 被告の主張(平成三年五月一六日)

本件特例は、相続開始の直前において、被相続人等の事業の用又は居住の用に供されていた宅地は、相続人等の生活基盤の維持のために不可欠のものであること、特に事業用宅地については、雇人、取引先等事業者以外の多くの者の社会的基盤にもなり、事業を継続させる必要性が高いことなどから、その処分について相当の制約を受けるであろうことにかんがみ、必要最低限度の部分について、相続税の課税価格の計算上減額を認めることが相当であるとされたため立法化されたものである。このような本件特例の趣旨からするならば、事業用宅地として本件特例の適用を受けるためには、相続の開始直前において、当該宅地が現実に被相続人等の事業の用に供されていなければならないというべきである。

しかるに、彰夫、東立及びトリムシティは、前記二2のとおり、本件立体駐車場の営業開始日を平成三年二月一日に予定してその準備を進めていたが、営業開始前である同年一月三〇日に執行された仮処分によって、その占有が大野商店に移転されてしまい、予定どおりに営業を開始することができなくなり、その状態は本件相続開始後まで続いた。結局、本件立体駐車場の営業が開始されたのは、本件相続開始後である同年五月一六日であったから、本件宅地が駐車場事業の用に供された時期も、本件立体駐車場の営業を現実に開始した平成三年五月一六日であるというべきである。そうすると、本件特例が適用されるための要件を充たしていないというべきである。

なお、大野商店の仮処分の執行前である平成三年一月二九日に本件業務委託契約1が彰夫と東立との間で締結されているが、同契約は、彰夫が第三者に賃貸する本件立体駐車場の管理業務を東立に委託するという内容になっており、本件立体駐車場を賃貸するのは彰夫であり、東立は、一定の報酬を受けて、彰夫が本件立体駐車場の賃貸を行うに当たり、その業務の管理を行うというにすぎないものである。このような、本件業務委託契約1の性質に照らすならば、彰夫が行おうとした事業は駐車場事業と考えられるから、彰夫が東立との間で同契約を締結したこと自体をもって、本件宅地を事業の用に供したとみることはできない。

(二) 原告らの主張(平成三年二月一日)

事業用宅地として本件特例の適用を受けるためには、必ずしも現実に事業の用に供することが必要になるわけではなく、対象となる宅地が事業の用に供し得る状態になり、事業主が当該宅地を事業の用に供するという意図を客観的に外部に明らかにすれば足りると解すべきである。

しかるに、前記二1(五)のとおり、本件立体駐車場は平成三年一月二九日に完成し、同月三一日彰夫が所有権保存登記をし、前記二2(一)のとおり、本件各業務委託契約が締結され、彰夫、東立及びトリムシティは、本件立体駐車場の営業開始を同年二月一日と予定して準備を進め、一般の利用客との間で同日又は同月三日を利用開始日とする自動車保険寄託契約を三件締結していたのであるから、彰夫の本件宅地を駐車場事業の用に供するという意図は、遅くとも営業開始予定日である平成三年二月一日には客観的に外部に明らかになっていたというべきである。そうすると、本件宅地は、同日をもって、駐車場事業の用に供されたと評価することができ、本件特例の適用を受けることができる状態になったというべきである。ちなみに、彰夫の右意図は、大野商店の違法な仮処分によって本件相続の開始時までには現実化しなかったが、原告らは、相続税の申告書の提出期限までには占有を回復して本件立体駐車場の営業を現実に開始していたのであるから、建替えの際における事業の継続性を認める平成元年五月八日付け直資二-二〇八国税庁長官通達「租税特別措置法(相続税法の特例のうち農地等に係る納税猶予の特例及び延納の特例関係以外)の取扱いについて」(平成六年六月二七日付け課資二-一一五による改正前のものをいい、以下「本件通達」という。)六九の三-八(事業用建物の建築中等に相続が開始した場合)の趣旨からしても、本件宅地に本件特例が適用されることは明らかである。

また、前記二2(二)ないし(四)のとおり、予定していた平成三年二月一日の営業開始は大野商店の違法な仮処分によって実現することができなかったが、その後の本案訴訟における和解手続において、原告孝子、東立、トリムシティ、オクト、大野商店等の関係者は、平成三年一月三〇日当時、彰夫において本件立体駐車場の営業を開始できる状況にあったことを確認し、大野商店の仮処分がなければ予定どおり同年二月一日から営業を開始していたことを前提に、本件業務委託契約2に基づいて、同日から同年五月一五日までの間、一か月当たり金六〇〇〇万円の売上保証金がトリムシティから東立へ支払われ、東立から彰夫に対しても、本件業務委託契約1に基づいて、その間の売上保証金の支払が履行された。売上保証を履行したということは逆からいえば営業していたことであるし、現実の営業ができなかったのは、大野商店が違法な仮処分申請による妨害をしたためであって、違法な仮処分による不利益を原告らに負担させることはできないはずである。そうすると、平成三年二月一日から本件相続開始までの間、現実には駐車場の営業はしていなかったとしても、法的には事業の用に供されていたと評価すべきである。

なお、本件各業務委託契約は、単に本件立体駐車場の管理業務を委託したというだけにとどまらず、本件立体駐車場を一括して賃貸するとの性格も含んだ契約である。賃貸借契約という側面からいえば、営業開始予定日の平成三年二月一日から、彰夫、東立はトリムシティに対し固定管理料及び歩合管理料を、トリムシティは東立、彰夫に対し固定賃料及び歩合賃料をそれぞれ支払う義務が発生しており、売上保証金の支払は右固定賃料の支払を意味することになるから、事業の用に供したかどうかは、現実に駐車場としての営業を開始したかどうかではなく、賃貸借契約における権利・義務が発生したかどうかで判断されるべきであり、右のとおり平成三年二月一日から賃貸借契約における権利・義務が発生していたのであるから、本件宅地は彰夫の事業の用に供されていたということができる。

2  彰夫の事業は本件特例にいう「事業」に該当するか否か。

(一) 被告の主張

本件特例にいう「事業」とは、所得税法に定める事業と同一であって、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務をいうと解される。したがって、事業性が認められるためには、右営利性、有償性、反復継続性という要件が要求されることの当然の帰結として、当該事業における収支の合理性が肯定される場合でなければならない。

本件立体駐車場の事業計画においては、駐車料金について、周辺の駐車場の駐車料金と比較すると高額で市場性のない料金を設定しており、その料金設定を基礎に収入を見積もることは現実的ではなく、このことは、原告孝子と東立との間で、平成四年一二月二五日、本件業務委託契約1に関し、原告孝子が東立に支払うべき管理料を月額五五〇万円に、東立が原告孝子に支払うべき平成四年分及び平成五年分の売上保証金額を各三億円にそれぞれ減額するとともに、彰夫の預託した管理運営保証金のうち一億二〇〇〇万円を東立が原告孝子に返還する旨の変更契約が締結されたことからも明らかである。右変更後の契約を前提にして考えると、本件立体駐車場の収入は、いずれも東立からの売上保証金相当額、平成三年分が六億円、平成四年分及び平成五年分がそれぞれ三億円である。他方、支出については、<1>三銀モーゲージからの九三億円の借入金に係る支払利息と管理保証料、<2>東立に対する管理料及び<3>東立に預託した管理運営保証金の償却額があり、その合計額は、平成三年分が九億二二一一万一〇九五円、平成四年分及び平成五年分がそれぞれ九億七二三〇万円となっているのである。そして、その収支は、平成三年分が三億二二一一万一〇九五円、平成四年分及び平成五年分がそれぞれ六億七二三〇万円の赤字となるのであり、しかも、右の支出金額には、本件宅地等に係る固定資産税、損害保険料及び水道光熱費等を一切考慮していないことからすれば、実際の赤字額は更に大きくなるのである。

そうすると、彰夫の事業は当初から大幅な赤字を伴っていたことが明らかであり、将来的にも利益を生じさせるような可能性に乏しかったのであるから、事業性の認定に関する他の要素を検討するまでもなく、本件特例にいう「事業」には該当しないのである。

(二) 原告らの主張

事業概念に、事業者が主観的に利益を求めていることは当然としても、客観的に利益が出ていることを要件とするような考え方はない。黒字であれ赤字であれ、相続開始時において、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で行われていれば、事業というべきである。

彰夫は、本件立体駐車場に関して本件各業務委託契約を締結してその収入を得ていたこと(営利性・有償性)、本件立体駐車場は収容能力一九五台の近代的大規模な立体駐車場であり、本件各業務委託契約の契約期間が三年間となっていたことからもその事業を継続して行うことを予定していたこと(継続性・反復性)、三銀モーゲージからの借入資金により投資としての事業を営んでいたこと(自己の危険と計算における企業遂行性)等を総合判断すると、彰夫の行っていた駐車場事業は本件特例にいう「事業」以外の何ものでもないということができる。また、彰夫の事業は、本件通達六九の三-一にいう「社会通念上事業と称するに至る程度の規模」であるし、本件立体駐車場は、「自己の責任において他人の物を保管する有料駐車場」(本件通達六九の三-四)に該当するものである。

被告の主張している収支の合理性という考え方には、「一定期間の損益」という時間的経過の中で期間計算及び集計の結果が問題とされるのであるのに対し、本件特例の適否が問題とされる場合には、相続開始時というある瞬間の立場から事業に供したか否かの判断を要求されているのである。死亡時というその時点において判断されなければならない問題に対し、一定の期間経過を見なければ結論を見出せない問題を持ち込むことは誤りである。

なお、被告は駐車料金を市場性のない高額な料金に設定したと主張しているが、本件立体駐車場は既存の駐車場に比較しても規模が大きく、新築で設備も充実していたのであるから、既存の駐車場よりも駐車料金を高く設定することはむしろ当然であるし、彰夫らが事業計画を立てた時点においては、本件立体駐車場周辺の駐車場需要は益々高まると見込まれていたのであって、当時彰夫らが立てた収支予測はそれなりの合理性をもっていたのであり、借金してまでも収支が合うものとして本件立体駐車場による事業を始めたのである。その後のいわゆるバブル経済の破綻により、当初の収支計画どおりに損益にはならなかったとしても、事業概念に該当しないと考えることはできないはずである。

第三争点に対する判断

一  争点1について(本件宅地が駐車場事業の用に供された時期はいつか。)

1(一)  本件特例は、相続開始の直前において、被相続人等の事業の用又は居住の用に供されていた宅地は、相続人等の生活基盤の維持のために不可欠のものであること、特に事業用宅地については、雇人、取引先等事業者以外の多くの者の社会的基盤にもなり、事業を継続させる必要性が高いことなどから、その処分について相当の制約を受けるであろうことにかんがみ、必要最低限度の部分について、相続税の課税価格の計算上減額を認めたものであると解される。

右のような本件特例の趣旨及び「事業の用若しくは居住の用に供されていた宅地等」と規定している本件特例の文言に照らすと、本件特例にいう事業用宅地等に該当するか否かは、相続の開始直前において、当該宅地等が現実に事業の用に供されていたか否かという観点から判断されるべきであって、課税の公平、迅速の観点からも、一義的、明確な基準をもって判断されるべきであるから、当該宅地等が客観的、外形的に当該事業の用に供されていたことを要すると解すべきである。そして、被相続人の責に帰することのできない事由あるいは第三者の行為等の個別的事情によって右要件が欠けたとしても、本件特例の要件判断における更なる特例を予定する規定をみいだすことはできないのである。

(二)  有料駐車場は、規模(収容台数の多寡)、利用料金の定め方(利用時間の長短に応じて料金を収受する定め方や利用時間の長短にかかわらず定期的に一定額の料金を収受する定め方等)、管理方法(単に場所を提供するだけで利用者の自動車の出入りの管理をしない方法や施設の管理者を置き利用者の自動車の出入りを管理する方法等)などが各駐車場ごとに異なっており、その事業形態も千差万別であるが、どのような形態をとろうとも、駐車場設備を利用させる対価として利用客から料金を収受して収益をあげるのが駐車場事業であることからすると、駐車場事業を開始したというためには、当該駐車場が、現実に利用したかどうかは別にしても、少なくとも利用者において現実に利用できる状態になったことが必要であるというべきである。したがって、ある宅地が駐車場事業の用に供された時期がいつかの判断に着いては、利用客の現実の利用が可能になった最初の時点、すなわち当該駐車場の営業開始時がいつかという観点から判断すべきである。

(三)  そこで、検討すると、前記第二の二2(一)に記載のトリムシティが本件相続開始前に行った活動は、いずれも営業開始のための準備活動であるから、それによって本件立体駐車場の営業を開始したとみることはできないし、利用客との間で利用契約を締結していたとしても、利用開始期間からの利用が現実にはできなかったのであるから、それによっても営業を開始したとみることもできない。そして、本件相続の開始前に本件立体駐車場は営業を開始しておらず、駐車場として現実に営業を開始したのは平成三年五月一五日以降であることは当事者間に争いがないから、本件宅地が駐車場事業の用に供された時期は右五月一五日以降であるといわざるを得ない。そうすると、本件宅地は、本件相続開始の直前において、駐車場事業の用に供されていたということはできないというべきである。

2  原告らは、事業用宅地として本件特例の適用を受けるためには、必ずしも現実に事業の用に供することが必要になるわけではなく、対象となる宅地が事業の用に供し得る状態になり、事業主が当該宅地を事業の用に供するという意図を客観的に外部に明らかにすれば足りると解すべきであって、彰夫は、東立及びトリムシティを介して、平成三年二月一日の営業開始を目指して準備活動を進めていたのであり、同日までには本件立体駐車場が完成し、同日を利用開始日とする自動車保管寄託契約を利用客との間で締結していたのであるから、本件宅地を駐車場事業の用に供しようとする彰夫の意図は客観的に明らかになっており、同日をもって本件宅地が駐車場事業の用に供された日であるとし、また、彰夫の意図が本件相続の開始時までに現実化されていなかったとしても、原告らは、相続税の申告書の提出期限までには本件立体駐車場の営業を現実に開始していたのであるから、建替えの際における事業の継続性を認める本件通達六九の三-八を準用して、本件特例を適用すべきであると主張する。

しかしながら、前記認定事実によれば、平成三年二月一日には、仮処分の執行によって駐車場事業の用に供することができない状態にあったのであり、また、原告らの主張のような事業者の意図を基準にすると、その意図が客観的に外部に明らかになった時点という限定をつけたとしても、その適用範囲が不明確になることは避けられず、また、事業主がそのような意図を明らかにしたものの事業を開始しないまま相続が開始した場合には、相続人に承継されるべき生活基盤及び社会的基盤が未形成であるにもかかわらず、本件特例を適用せざるを得ないことになり、本件特例の趣旨に合致しないことは明らかであって、本件特例の要件を客観的、外形的に判断すべしとの要請にも反することとなるのである。したがって、原告らの右主張は採用できない。

また、本件通達六九の三-八は、事業場の移転又は建替えのため被相続人等の事業の用に供していた建物を取り壊すなどし、これに代わるべき建物の建築中等に相続が開始した場合に、すでに被相続人によって開始されていた事業の継続性に配慮した取扱いをしようとするものであり、すでに開始されていた事業がたまたま中断されたにすぎないものであって、相続人に承継されるべき生活基盤及び社会的基盤がすでに形成されていたことが前提となるから、本件のように駐車場の営業が現実には開始しておらず、それらが未形成であるといわざるを得ないような場合にまでその規定を準用することはできないというべきである。

3  原告らは、現実に事業の用に供していなかったとしても、事業の用に供されたと同一の法的評価ができる場合には、本件特例を適用すべきであって、本件立体駐車場の営業が平成三年二月一日から可能であったことを前提に、本件各業務委託契約に基づいて、トリムシティから東立へ、東立から彰夫へそれぞれ売上保証金の支払がなされており、営業をしていたのと同一の法的評価をすべきであるから、本件宅地は平成三年二月一日に駐車場事業の用に供されたと主張する。

しかしながら、前述のとおり、本件特例は、課税の公平、迅速の観点から、一義的、明確な基準によってその適用要件を客観的、外形的に判断する必要があることからすれば、本件特例の適用の可否の判断は、対象となる宅地の相続開始の直前における現実の利用状態をみて判断すべきであって、本件通達六九の三-八が規定する場合のように事業の一時的な中断とみられる場合を除き、現実に事業用宅地として利用していなければ本件特例を適用することはできないというべきであるから、契約上の義務として又は損害賠償として営業利益に代わる金銭が後日授受されたとしても、本件特例を適用することはできないというべきである。したがって、原告らの右主張を採用することはできない。

4(一)  原告らは、本件各業務委託契約の性質が単なる事務の委任(準委任)に止まらず、受託者からも歩合賃料を支払うという賃貸借契約に類似した双務契約の性質を有することから、本件各業務委託契約に基づく権利・義務の発生をもって、「事業の用に供した」時期と解すべき旨の主張をする。

(二)  たしかに、本件各業務委託契約が締結された経緯及び営業開始前の準備活動の状況は、前記第二の二1(三)、(四)及び2(一)のとおりであり、また、本件各業務委託契約の契約条項が管理料、売上保証金額等の具体的な金額を除いては同一文言であること(甲四号証、五号証)などからすると、本件立体駐車場の運営・管理は当初からトリムシティが行うことを前提として、彰夫の事業が計画されたことが認められる。そして、本件各業務委託契約の契約条項によると(甲四号証、五号証)、<1>一か月当たりの管理業務の報酬として、彰夫が東立に一〇〇〇万円を、東立がトリムシティに八二〇万円をそれぞれ支払うこと(各二条)、<2>売上保証金額を、東立については初年度六億円、二年度以降各七億五〇〇〇万円と、トリムシティについては初年度七億円、二年度以降八億五〇〇〇万円とそれぞれを定め、それを達成した場合には管理運営保証金の償却という方法で、一年当たり彰夫が東立に一億二〇〇〇万円を、東立がトリムシティに一億円をそれぞれ支払うこと(各三条)、<3>売上額が売上保証金額を下回った場合には、トリムシティは東立に、東立は彰夫にそれぞれの差額を支払うこと(各四条)、<4>目標売上金額をそれぞれ初年度一〇億円、二年度以降一二億円として、それを超えた場合には超過金額に応じて一定の金額を支払うこと(各五条)を定めており、右各条項によれば、彰夫は、右管理業務の報酬の支払及び管理運営保証金の償却によって、少なくとも右売上保証金額を取得することができるのであるから、右各条項のみから判断すれば、彰夫の事業計画における「自己の計算と危険」は委託行為につきており、トリムシティが受託した本件立体駐車場の運営・管理はトリムシティ自身が「自己の計算と危険」において行っていた業務であると解する余地がある。

しかしながら、<1>本件各業務委託契約の内容は、彰夫が第三者に賃貸する本件立体駐車場の管理業務を東立が行い、東立が第三者に賃貸する本件立体駐車場の管理業務をトリムシティが行うというものであり、東立からトリムシティへの契約を再委託と解しても、彰夫の事業は本件立体駐車場の第三者への賃貸、すなわち駐車場事業というべきであること、<2>売上保証金額を達成できなかった場合でも、やむを得ない理由があれば別途協議することになっており(各三条及び四条のただし書)、売上保証金額を達成できないことについての危険を彰夫はなお負担していること、<3>売上保証金額に達するまではトリムシティがその危険を負担しているとしても、それを超える売上げについてはトリムシティにおいて危険を負担していないこと、<4>三銀モーゲージからの九三億円の借入金に係る支払利息及び管理保証料並びに東立に対する管理業務の報酬の支払及び管理運営保証金の償却の合計額は、本件業務委託契約1の締結当時において、平成三年分が九億一二一一万一〇九五円、平成四年分及び平成五年分がそれぞれ一〇億八六三〇万円と見込まれており(甲四号証、乙二五号証)、前記の目標売上金額は右支払額の合計額を基準にして設定されたものと考えられることからすると、彰夫の事業計画における「自己の計算と危険」は、右支払額の合計額を超える売上げが達成できるかどうかの点にあり、その点についての危険を負担しているのは彰夫であるから、彰夫の事業としてとらえるべきは、受託者であるトリムシティが行う本件立体駐車場の運営・管理行為であるというべきである。

(三)  また、本件各業務委託契約をもって建物の一括賃貸借に類似する事業と解したとしても、本件宅地を本件立体駐車場における「事業の用に供した」というためには、委託者において当該契約の趣旨に従った義務の履行(委託の目的を達成するために本件立体駐車場を提供すること)が可能であったことが前提となるのであって、契約の締結のみをもって事業用建物の敷地である土地等を「事業の用に供した」ことになるものではない。そして、本件においては、事後に売上保証金の授受がされたとしても、右契約の目的である駐車場事業の契約期間の始期である平成三年二月一日において彰夫が本件各業務委託契約の趣旨に従って本件立体駐車場を提供することができなかったことは前記認定事実のとおりであり、結局、彰夫が本件宅地を事業の用に供したと認めることはできない。

5  以上によれば、本件宅地が彰夫の事業の用に供された時期を平成三年二月一日であるとする原告らの主張は失当であり、他に本件相続開始前に本件宅地が彰夫の事業の用に供されたと認めることはできない。そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件宅地に本件特例の適用はないことになる。

二  以上を前提として、本件相続に係る原告らの相続税を計算する。

1  本件相続により原告らが取得した財産の価額、債務等の金額及び取得者並びにそれを基にして計算した原告らの相続税の課税価格及び相続税額の計算方法については、本件特例の適用の有無(課税価格に算入すべき本件宅地の価額)に関する部分を除き、いずれも当事者間に争いがなく、課税価格に算入すべき本件宅地の価額は、本件特例の適用がないのであるから、別表七「土地の価額の明細」符号12の価額欄記載の六三億七五七五万八六七五円となる。

2  以上によれば、原告らの相続税の課税価格等の明細は、別表四「課税価格等の計算明細表」記載のとおりとなり、課税価格は、同表<16>欄記載のとおりとなる。そして、原告らが納付すべき税額は、別表五「相続税額の計算明細表」及び別表六「配偶者の税額軽減額の計算明細書」の計算により、前記別表四<19>欄記載のとおりとなる。

右金額は、いずれも本件各更正と同額であるから、本件各更正は適法であり、これに伴う本件各賦課決定も適法である。

三  結論

以上のとおりであるから、原告らの請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 竹野下喜彦 裁判官 岡田幸人)

別表一

本件課税処分等の経緯(横山孝子)

<省略>

別表二

本件課税処分等の経緯(横山貴子)

<省略>

別表三

本件課税処分等の経緯(横山ちなぎ)

<省略>

別表四

課税価格等の計算明細表

<省略>

別表五

相続税額の計算明細表

<省略>

別表六

配偶者の税額軽減額の計算明細書

<省略>

別表七

土地の価額の明細

<省略>

別表八

家屋及び構築物の価額の明細

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例