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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)243号 判決 1997年5月29日

東京都世田谷区等々力七丁目三番七号

原告

樋口惠

神奈川県横浜市緑区いぶき野二七番地一ライオンズマンション長津田第二-二〇五号

原告

佐々木葉子

右両名訴訟代理人弁護士

澤井英久

青木清志

東京都世田谷区玉川二丁目一番七号

被告

玉川税務署長 阿部武夫

右訴訟代理人弁護士

上野至

右指定代理人

植垣勝裕

渡辺進

庄子衛

黒子雅則

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  被告が平成七年一月九日付けでした原告樋口惠の平成三年二月一五日相続開始に係る相続税の更正のうち課税価格二億三五八九万四〇〇〇円、相続税額八九〇八万八四〇〇円を超える部分を取り消す。

二  被告が平成五年三月三一日付けでした原告佐々木葉子の平成三年二月一五日相続開始に係る相続税の更正(ただし、平成六年一〇月三一日付けの更正により一部取り消された後のもの。)のうち相続税額一九五五万六〇〇〇円を超える部分を取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、東京都世田谷区等々力七丁目四五番一〇号所在の宅地(面積一八四一・三二平方メートル、以下「本件宅地」という。)に係る借地権(以下「本件借地権」という。)を含む財産等を共同相続した原告らが、本件借地権の価額をいわゆる路線価方式に基づいて算定した上で相続税の申告を行ったが、その後、右方法による本件借地権の価額は時価を上回っているとして更正の請求(国税通則法二三条一項一号)をし、さらに右主張を前提に遺産分割協議の成立に基づく更正の請求(相続税法三二条一号)等をしたところ、被告から路線価方式を基に右遺産分割協議の結果に従った相続税の更正を受けたために、その取消しを求めて出訴した事案である。

二  当事者間に争いのない事実等(なお、書証によって認定した事実については、適宜書証番号を掲記する。)

1  相続財産債務の概要

樋口丑太郎(以下「本件被相続人」という。)は平成三年二月一五日に死亡し、同人を原告樋口惠(以下「原告樋口」という。)、同佐々木葉子(以下「原告佐々木」という。)及び樋口セキが共同して相続(以下「本件相続」という。)した。

原告らが本件相続によって取得した相続財産債務は、別表2の符号<1>ないし<8>及び<11>ないし<13>に各記載のとおりであり、右財産債務のうち符号<1>ないし<3>(本件借地権)以外のものに係る各符号ごとの合計額は、別表2に各記載のとおりである。

2  本件相続時における本件借地権の概要

本件宅地は、南側で主要地方道白金台町等々力線三一二号(通称目黒通り。以下「目黒通り」という。)に接面し、間口距離が約三六メートル、奥行距離が約五二メートルから約六一メートルの台形状の地形である。目黒通りから二〇メートルまでの部分(全体の三八・六二パーセント)は居住地域(建ぺい率六〇パーセント、容積率三〇〇パーセント)、二〇メートル以遠の部分(全体の約六一・三八パーセント)は第一種住居専用地域(建ぺい率五〇パーセント、容積率一〇〇パーセント)にそれぞれ指定されていた。本件宅地周辺の公図は別紙二のとおりである。(甲八、二〇号証)

本件宅地の一部五〇〇・六〇平方メートルには、本件被相続人が所有していた家屋(家屋番号四五番一〇の二、床面積述べ三四八・四二平方メートル、以下「A家屋」といい、本件借地権のうちA家屋に対応する部分を以下「A借地権」という。)が存在し、A家屋の一部二三八・一七平方メートル(以下「居住用部分」という。)は、本件被相続人が自己の居住用として使用し、残部分一一〇、二五平方メートル(以下「貸事務所部分」という。)は、本件被相続人の関連法人である東京製螺工業株式会社に事務所用として貸し付けられていた。また、本件借地権からA借地権を除いた部分(一三四〇・七二平方メートル、以下「B借地権」という。)上には、本件被相続人が所有した工場等が存在し、東京製螺工業株式会社に貸し付けられていた。

本件相続時における本件宅地上の建物の配置は別紙一のとおりであり、同別紙中の<1>がA家屋である。

(甲一五号証)

3  課税処分等の経緯

原告らの本件相続に係る相続税の申告とこれに対する課税処分等の経緯は、別表1記載のとおりである。

すなわち、原告らは、平成三年八月一五日に、いわゆる路線価方式による本件宅地評価に基づいて本件借地権価格を算定し、法定相続分に従った申告を行ったが、平成四年八月一七日に至って、右申告に係る本件借地権の価格は時価を上回っていたなどとして、国税通則法二三条所定の更正の請求をした。被告は、平成五年三月三一日付けで、原告らに対し、路線価方式によりながら本件宅地が不整形、広大で高低差のある土地であることに照らし、本件宅地評価額につき減額補正を行い、右更正の請求を一部認める更正をした。(甲八号証)

しかし、原告らは右更正に対して不服申立てを行い、平成六年八月一二日には、遺産分割協議が成立したことを受けて、原告樋口が修正申告書と題する書面を提出し、原告佐々木が相続税法三二条一号所定の更正の請求を行った。被告は、平成六年一〇月三一日付けで、本件宅地の評価、借地権割合等については従前の評価に従いつつ、右遺産分割協議の結果に基づいた更正をした。右更正に対し原告らが不服申立てを行ったところ、被告は、平成七年一月九日付けで原告樋口に対する更正を取り消した上、同日改めて同原告に対して、課税価格及び相続税額を同一にする更正を行った。

以下、平成七年一月九日付けの原告樋口に対する更正(別表1の番号13)及び平成五年三月三一日付けの原告佐々木に対する更正(同番号3、ただし平成六年一〇月三一日付けの更正(同番号9)によって一部取り消された後のもの)を「本件更正」と総称することとする。

4  本件相続に係る相続税の課税価格の内訳等

(一) 被告は、本件借地権の価額につき、国税庁長官が各国税局長あてに発した「相続税財産評価に関する基本通達」(昭和三九年四月二五日付け直資五六、直審(資)一七国税庁長官通達(平成三年一二月一八日付け二-四、課資一-六による改正前のもの)。以下「評価通達」という。)及び毎年各国税局長が定める相続税財産評価基準(以下「評価基準」という。)等に定められている評価方法並びに「個別事情のある財産の評価等の具体的な取扱について」(昭和五五年六月二四日付け直評一五号、直資一〇五号。以下「東京通達」という。)に基づいて評価すべきであるとする。具体的には、A借地権をA家屋の利用区分割合によって区分し、A家屋の居住用部分に対応する部分については自用借地権とし、貸事務所部分に対応する部分については貸家建付借地権とし、B借地権を貸家建付借地権とした上、別表3及び同4記載の計算過程により、本件借地権の課税価格は別表2の符号<1>ないし<3>に各記載のとおりとなるから、原告らに対する課税価格の総額は同表の符号<16>記載のとおりとなる旨主張する。

そして、被告は、原告らが納付すべき税額については、別表5記載の計算過程により、同表の符号<10>「納付すべき相続税額」記載のとおりとなる旨主張する。

(二) 原告らは、本件更正が評価基準、評価通達及び東京通達に適合していることは認めるが、右各通達等はいわゆるバブル崩壊後の社会経済情勢の変化に対応し切れておらず、その画一的適用は許されないとし、具体的には、本件相続時における本件宅地の価額は一平方メートル当たり一三六万円であるとする。また、本件宅地の近隣地域の慣例では借地権割合は五割程度である上、本件借地権については本件相続時において地主との間でその存続を巡って係争中であって、相続税の支払及び延滞税の累積回避のため、原告らとしては借地権割合を四割として妥協せざるを得ない状況であったから、本件借地権の価額も本件相続時には本件宅地の価額の四割とみるべきであるとする。そして、原告らは、これらの数値を基礎に計算すると、A借地権のうち、自用借地権の価額は一億二九一一万六三二五円、貸家建付借地権の価額は五九一一万六〇七七円、B借地権は三億八七一九万六〇〇七円となり、原告らに対する課税価格及び納付すべき税額は、別表1の番号7(原告樋口)及び同8(原告佐々木)のとおりとなる旨主張する。

5  小谷芳正不動産鑑定士による本件借地権に係る価額鑑定の結果(以下「小谷鑑定」という。)

小谷鑑定の概要は、以下のとおりである。

(一) 鑑定評価の条件及び価格時点

本件借地権の正常価格であり、本件借地権の継続を目的とした第三者間で成立する市場価値を表示する適正な価格を求める。

価格時点は、平成三年二月一五日(本件相続の開始時)である。

(二) 近隣地域の状況

本件宅地の存する地域の街路は幅員約二五メートルの公道(目黒通り)を標準とし、街路の幅員、系統、連続性は良好である。目黒通り沿いは、中層マンション、店舗及び一般住宅が混在する住宅地域であり、街路条件に優れ、行政的要因が比較的緩やかなため中層建物の敷地へと移りつつある地域である。

また、本件宅地の北側背後は、一般住宅を中心とする住宅地域で、居住環境は良好である。

当該地域では、借地権は建物に随伴して一般に第三者を対象として取引されており、借地契約は書面により行われ、契約締結に当たっては権利金の授受、契約更新に当たっては更新料の授受がほぼ慣行化されている。

(三) 近隣地域の最有力利用

目黒通りに接面する地域の最有力有効利用としては、マンションの敷地と判定される。

(四) 本件宅地の個別的要因

本件宅地は、東急大井町線尾山台駅の北方直線距離約六五〇メートルに位置する。本件相続時において、本件宅地の北側約一〇メートルが約二メートル程度高い崖となっていたが、その余の部分は地勢が平坦で目黒通りと等高であった。

本件宅地は、約六一・四パーセントが第一種住居専用地域に属するため、平均容積率は約一七七パーセントとなり、一体としては利用効率にやや劣る画地である。

(五) 本件宅地に係る賃貸借契約の概要

昭和一四年ころ、鈴木信義を賃貸人、本件被相談人を賃借人として本件宅地に係る賃貸借契約が締結れさた。昭和三四年四月一四日、右契約が存続期間を同日から三〇年間として更新された(更新された賃貸借契約を以下「本件契約」という。)。本件契約は建物所有を目的とし、賃料は平成三年当時で月額三七万四〇五円であった。また、右更新に際しては、更新料として六〇万円が支払われた。なお、昭和三八年ころ鈴木信義が死去したことに伴い、鈴木尊仁が賃貸人の地位を承継し、本件相続時に至っている。

本件契約はその存続期間満了後に法定更新がされたが、平成三年二月二日、賃貸人は無断転貸等を理由に本件被相続人に対し本件宅地の明渡を求める訴訟等を提起した。

(六) 本件宅地の更地価格

目黒通りに接面する容積率三〇〇パーセントの標準的画地の価格は、取引事例比較法に基づき、本件宅地から約二三〇メートルないし約九一〇メートル離れて所在する五か所の宅地に係る取引事例の価格に標準化補正を加えた比準価格(一平方メートル当たり一九二万六九三九円ないし二二一万二〇五一円)を比較検討した結果、一平方メートル当たり二一〇万円と算定された。

そして、右価格に本件宅地の個別的要因に基づく格差率(容積率による減価率二〇パーセント、崖地造成費による減価率一パーセント、地積過大及び地形やや不整による減価率一〇パーセント)を乗じた結果、本件宅地の比準価格は一平方メートル当たり一四九万一〇〇〇円(総額二七億四五四一万円)と求められた。

(七) 本件借地権の価額

(1) 取引事例比較法の適用

本件宅地から約二三七〇メートルないし約三九八〇メートル離れて所在する三か所の借地権に係る取引事例の価格に標準化補正を加えた比準価格(一平方メートル当たり九〇万五八六一円ないし一〇一万二四七円)を比較検討した結果、一平方メートル当たり九七万円(総額一七億八六〇八万円)と求められた。

(2) 収益還元法の適用

本件借地権の目的が普通建物所有であることから、木造二階建てアパート(一戸当たり五〇平方メートルのアパート二二戸)を想定し、その純収益のうち土地に帰属する純収益の還元利回りを四パーセントとして計算した結果、一平方メートル当たり四二万一〇〇〇円(総額七億七四九〇万三七〇五円)と求められた。

(3) 割合方式の適用

本件宅地の近隣地域における慣行的な借地権割合は、国土庁土地局による借地権価格調査結果等に照らして七〇パーセントと求められたが、本件借地権に係る借地権割合については、本件契約が法定更新されていること、地上家屋が建替時期の到来した老朽家屋であることを考慮して六五パーセントと判定され、これを(五)記載の本件土地の更地価格に乗じた結果、一平方メートル当たり九六万九一五〇円(総額一七億八四五二万円)と求められた。

(4) 鑑定評価額の決定

借地権価格は合理的にではなく、むしろ歴史的に形成されてきたものであるから、その算定に当たり収益還元法は必ずしも妥当しない。そこで、取引事例比較法及び割合方式、殊に後者を重視すべきこととなるが、本件借地権は広大な借地権で、地主の承諾が得られなければ分割利用することができないという減価要因を有していることから、その減価率を一〇パーセント(本件借地権に係る借地権割合は五八・五パーセント)と判断した結果、本件借地権の鑑定評価額は一平方メートル当たり八七万二二三七円(総額一六億六〇七万円)と決定された。

三  争点

本件の争点は、本件更正が認定した本件借地権の価額一一億五一六三万七九五四円(以下「本件価額」という。)の適否であり、これに関する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。

1  被告の主張

相続税法(以下「法」という。)二二条にいう時価とは、相続開始時における当該財産の客観的交換価値をいうものと解されるが、右にいう客観的交換価値は必ずしも一義的に確定されるものではない。よって、課税実務上は、法に特別な定めがあるものを除き、評価通達及び評価基準に定められている評価方法により画一的に相続財産を評価することとされている。これは、相続財産の客観的な交換価格を個別的に評価する方法では、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価価額が生じることが避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、回帰的かつ大量に発生する課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあること等からして、あらかじめ定められた評価方式によりこれを画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみて合理的だからである。そして、評価通達及び評価基準に規定された評価方法は、時価の評価方法として妥当性を有するものである。また、昭和五五年一月一日から平成三年一二月三一日までの間に相続、遺贈又は贈与により取得した東京国税局管内にある土地等で個別事情のあるものの時価の算定については、東京通達に基づいて行っていたところである。

よって、本件借地権も原則として評価基準、評価通達取引東京通達に基づいて評価することとなり、その詳細は別表3に記載のとおりである。そして、右のように求められた本件価額は、小谷鑑定に基づく本件借地権の価額を下回っている。

また、評価通達に基づく借地権割合は、借地権の売買実例価額、精通者意見価格及び地代の額等を基とし、借地権割合が概ね同一と認められる地域ごとに定められていること、東京都世田谷区内の借地非訟事件における借地権割合の決定状況が別表6のとおりであることなどからみて、本件借地権に係る借地権割合を七〇パーセントとした点には合理性がある。

したがって、本件価額は本件借地権の価額として適正である。

2  原告らの主張

評価基準等は行政庁の内規にすぎないから、法二二条にいう時価はこれらとは別個に求められるべきであり、具体的には不動産鑑定評価基準に照らして判断されるべきである。殊に、地価の下落傾向が継続し、相続人が実際に相続した土地を市場に売却する際には路線価以下でしか売却できないような場合には、評価基準等を画一的に適用することは不適当である。

殊に、原告樋口は、本件借地権の処分によって三億四〇三五万七七二八円を取得したものの、原告佐々木に対する代償金として五〇〇〇万円、自らの相続税として二億二六七二万八二〇〇円、本件借地権の処分に係る譲渡所得税として五五一九万三二〇〇円、自宅の確保のために五二〇五万五九八四円の合計三億八三九七万七三八四円を支払ったため、四三六一万九六五六円が不足となったのである。このような経緯を照らすと、本件借地権に係る評価基準等が不合理であることは明らかである。

そして、本件宅地は、第一種住居占用地域の割合が高く、面積の割には容積率が取れないため、本件相続時におけるその価額は、平成三年度版東京都地価図で本件宅地周辺に多い坪当たり四五〇万円とみるのが妥当である。

また、本件宅地の近隣の慣例的借地権割合は五割であり、しかも、本件借地権は、本件相続時において無断転貸及び期間満了を理由に明渡しを求める調停を賃貸人側から申し立てられていたため、権利としては不安定な状態にあった。そして、借地権は物納の対象とならず、延納が認められるための担保権設定の対象にもならないから、相続税の支払及び延滞税の累積回避等のため、原告らは借地権割合を四割として賃貸人と妥協せざるを得なかった。よって、本件借地権に係る借地権割合は、本件相続の時点における評価としては四割とみるべきである。

そして、これらの数値を基に本件借地権の価額を計算すると、二4(二)記載のとおりとなる。

仮に右主張が認められないとしても、小谷鑑定によれば、本件借地権に係る借地権割合は面大借地権の市場減価率を考慮に入れると五八・五パーセントとなるのであり、これを別表3の<5>に当てはめて計算すると(ただし、広大地補正は適用しないこととする。)、本件借地権の価額は一〇億二七九一万五九四五円となり、原告らに対する課税価格は別表7のとおりとなる。

したがって、本件価額は本件借地権の時価を上回っている。

第三当裁判所の判断

一  法二二条にいう「時価」の意義

法は、相続税の課税価格は相続によって取得した財産の価額の合計額であるとし(一一条の二第一項)、相続によって取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価によるとしている(二二条)。そして、右にいう「取得の時」とは、具体的には被相続人の死亡の日をいい、「時価」とは、客観的な交換価値、すなわち不特定多数の独立当事者間の自由な取引において通常成立すると認められる価額をいうものと解される。

したがって、相続による財産の取得後にその価値が低下したとしても、課税価格に算入されるべき価額は相続時における当該財産の時価と解すべきである。また、更正が評価基準及び評価通達等に依拠していることは、課税の公平、平等の原則に適合することの理由となるとしても、課税要件としての「時価」評定の適法性を直ちに裏付けるものでないことは原告らの主張するとおりである。しかし、当該財産の客観的な交換価値が更正に係る価格を下回らないのであれば、当該更正に係る価格には法二二条所定の「時価」を上回る違法はないというべきこととなる。

二  本件価額の適否について

1  第二の二において既に摘示したところから明らかなように、本件価額は、小谷鑑定が求めた本件借地権の正常価格を三割近く下回っているから、小谷鑑定による本件借地権の正常価格が適正であれば、本件価額に「時価」を上回る違法はないというべきこととなる。

そこで、以下、小谷鑑定の妥当性について検討する。

2  まず、小谷鑑定が前提とした事実(第二の二5(二)ないし(五))の正確性についてみるに、第二の二2に摘示した事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、同5(二)及び(四)の事実についてはその正確性が肯定できるし、同(三)及び(五)の事実については、関係箇所に適宜掲記する証拠によって、以下のとおり認めることができる。

(一) 本件宅地の近隣地域は、駅まではやや遠く、商店街としての繁華性はないが、目黒通りとしての交通条件と道路幅員等からして、中層の事務所又はマンション用地としての需要が見込まれる。(乙六、七号証)

(二) 昭和十四年ころ、本件被相続人と鈴木信義との間で、被相続人を賃借人、鈴木信義を賃貸人とし、存続期間を二〇年とする本件宅地の賃貸借契約が締結された。昭和三四年四月一四日、右賃貸借契約は存続期間を三〇年、当初の賃料月当たり五五七〇円として更新され、その旨の同日付け公正証書が作成された。同日、本件被相続人から鈴木信義に対し、更新料として昭和四三年四月一三日までに一〇回に分割して六〇万円を支払う旨の念書が作成された。(原告樋口惠の本人尋問の結果、甲一〇、一一、一四号証)

(三) 鈴木信義は昭和三八年に死亡したため、同人を相続した鈴木尊仁と本件被相続人とは同年九月二〇日付けで(二)記載のものと同内容の公正証書を改めて作成した。その後、賃料は一六回にわたって改定され、平成元年八月からは月額三七万四〇五円となった。(原告樋口惠の本人尋問の結果、甲一二ないし一四号証)

(四) 昭和六三年の秋ころから、鈴木尊仁と本件被相続人との間で本件宅地を分割した上で双方が借地権の負担のない土地を取得する旨の交渉が開始されたが、分割割合等で話し合いがまとまらず、平成三年二月ころ、鈴木尊仁から渋谷簡易裁判所に本件宅地の明渡し等を求める民事調停が提起されることとなった。平成三年三月一六日を第一回期日として同年九月一一日の第五回期日まで調停が行われたが、右調停は同日不調となり、その後同人から本件宅地の明渡しを求める民事訴訟が提起された(平成三年(ワ)一三二四八号)。平成六年五月二六日、右訴訟につき、概要、本件借地権を同日から三年以内に共同で売却し、その売却代金を原告らと賃貸人とで二分の一ずつ取得する旨の和解が成立した。なお、賃料については、平成三年九月分以降は供託されている。(原告樋口惠の本人尋問の結果、甲一三、一四、一七ないし一九号証)

(五) 本件相続時において、本件宅地上の建物のうち最も古いものは昭和一六年ころに建築された別紙一の<1>(自宅兼事務所)及び<8>(遊休機械、資材置き場等)であり、次に古いものは同時期に建築され、昭和三八年に改築された<3>(主力工場)であった。(原告樋口惠の本人尋問の結果、甲一五号証)

以上によれば、小谷鑑定が基礎とした事実に誤りはないものと認めることができる。

3  次に、小谷鑑定の内容の妥当性について検討する。

まず、目黒通りに接面する容積率三〇〇パーセントの標準的画地の価額について取引事例比較法に基づいて同鑑定が算出した価格は、本件宅地近辺の地価公示価格から補正した価格とほぼ同額である。そして、地価公示法にいう「正常な価格」とは、土地について、自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格をいうから(二条二項)、標準的画地について算出された価格は適正な価格と推認される。

そして、右標準的画地の価額から本件宅地に係る個別的要因に基づいて補正した価格は、容積率、地形の不整形及び地形過大等の要因を適正に評価したものと認められ、その妥当性を疑うに足りる理由はない。

そして、小谷鑑定が採用した本件宅地周辺における慣行的借地権割合(六五パーセント)についても、これを用いて算定した価格が取引事例比較法による比準価格と近似していること、乙六号証の東京国税局長あての不動産鑑定士田代海平による意見書、乙七号証の同有限会社観京商事による意見書がいずれも本件宅地が所在する地域における標準的な借地権割合を七〇パーセントとしていること、乙九号証によれば、東京都世田谷区内における借地非訟事件における借地権割合の決定状況は別表6のとおりと認められることからして、本件相続時における実勢割合を上回らないものと認めることができる。

なお、小谷鑑定は、別表3のような貸家建付減価をしていない。しかし、原告樋口惠の本人尋問の結果及び甲一四号証によれば、東京製螺工業株式会社は被相続人及び原告樋口らのいわゆる親族企業であり、その経営を原告樋口らが実質的に支配していたことは明らかであるから、小谷鑑定が本件借地権につき借地上の建物に第三者が居住した場合の借地権処分の困難性等に由来するものと解すべき貸家建付減価を行っていないことは相当として首肯することができる(もっとも、小谷鑑定が算定した本件借地権の価額につき評価基準等に従って貸家建付減価を行ったとしても、なお本件価額を上回ることとなる。)。

以上説示した点と弁論の全趣旨とを総合すれば、小谷鑑定はその内容についても妥当なものと認めることができる。

4  これに対し、原告らは、本件宅地の価額は平成三年度版東京都地価図に本件宅地周辺の第一種住居専用地域の価格として記載されている三・三平方メートル当たり四五〇万円と同額とすべき旨主張するようである。しかし、本件宅地は住居地域及び第一種住居専用地域の双方に属する宅地であり、甲一号証並びに五号証の一及び二によれば、右地価図は、住居地域部分について、三・三平方メートル当たりの価額を八〇〇万円としていることが認められるから、原告らの右主張は採用することができない。

また、原告らは、本件宅地周辺の慣行的借地権割合は五割程度であると主張し、原告樋口惠の本人尋問の結果中及び甲一四号証の記載中にも右主張に沿う供述部分及び記載部分がある。しかし、右供述部分及び記載部分が主に依拠する甲二一号証の一ないし五が原告らの主張するとおり土地の所有者と借地人との間で対象土地を分割した事例に係るものであったとしても、分割に至る経過、分割された土地の接道状況又は画地状況による評価の差異は明らかではなく、土地の分割以外に金銭の授受等が存在していた可能性を否定することもできず、またいかなる基準でかかる事例が抽出されたのかも不明というほかないから、これをもって前記認定を覆すことはできず、他に原告らの右主張を認めるに足りる証拠はない。

さらに、原告らは、本件借地権は本件相続時において賃貸人から明渡しの調停を申し立てられるなど権利として不安定であったし、現実に売却できた時点では大幅に地価が下落していたから、その時価の算定に当たってもこれらの点を考慮すべきである旨主張する。確かに、相続税の納付の必要上、殊に今般のような地価の大幅な下落局面において、相続人が相続財産を早期に売却する必要に迫られることがあるのは優に推認できるところであり、かかる相続人の地位に同情すべき点があることは否定できない。しかし、本件借地権に係る賃貸人と本件被相続人との間での紛争の存在を本件借地権自体の属性と解することは困難であって、このような事情が本件借地権に係る「客観的な交換価値」の内容に直ちに影響を及ぼすものとは解し難い。また、既に説示したとおり、法は「時価」の基準時を「取得の時」としており、その後に相続財産を実際に売却する際の価格の動向によっては「時価」は影響されないものと解されるし、相続人が相続財産を売却するかどうか、売却するとしていかなる時期にいかなる状況の下で売却するかは事案によって千差万別であって、かかる不確定要素を課税要件としての客観的、一般的概念である「時価」に持ち込むことは相当ではないから、原告らの右主張は採用することができない。

加えて、原告らは、仮に原告らの主張額が容れられないとしても、本件借地権について小谷鑑定が採用する借地権割合である五八・五パーセントを別表3の<5>に適用すべきである旨主張する。しかし、小谷鑑定が目黒通りに面した本件宅地の近隣地域に係る標準的画地の価額を一平方メートル当たり二一〇万円としており、右価格に合理性があるのは既に説示したとおりであることに照らすと、別表3の<1>に記載された本件宅地の路線価は本件相続時の時価を相当程度下回っているものと解される。また、一般的な不動産鑑定評価理論上、本件借地権について貸家建付減価を行う必要がないものと解されることも、既に説示したとおりである。よって、別表3に小谷鑑定の借地権割合だけを当てはめる方法は、「時価」の算定方法として合理的とはいえないから、原告らの右予備的主張もまた採用することができない。

5  したがって、本件価額には、法二二条所定の「時価」を上回る違法はないものということができる。

そして、既に第二の二4において摘示した事実及び弁論の全趣旨によれば、本件更正には平等原則に違反する等の違法もないものと認められる。

以上によれば、本件更正は、いずれも適法というべきである。

なお、原告らは、原告樋口が本件更正に係る相続税負担等で多額の債務を負うに至り、原告らはもとよりその従業員の生活までが脅かされるに至っており、かかる結果をもたらした本件更正は憲法二五条及び同二九条に違反する旨主張する。確かに、現行法上、借地権につき物納ができないことなどから相続人に酷な場合が生じ得ることは原告らの指摘するとおりであるが、そのことから直ちに借地権に係る法二二条の「時価」の意義が変容するものではなく、本件更正が違憲違法であると結論することもできない。

三  結論

以上のとおりであるから、原告らの請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官竹野下喜彦は退官につき、裁判官岡田幸人は補填につき、いずれも署名捺印することができない。裁判長裁判官 富越和厚)

別紙一 各階平面図

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別紙二

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別表1

相続税の課税の経緯

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別表2

課税価格等の計算明細表

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別表3 自用借地権、A貸家建付借地権及びB貸家建付借地権の価額

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別表4 小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例

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別表5

税額算出表

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別表6

世田谷区内の借地非訟事件における借地権割合の決定状況

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別表7

課税価格等の計算明細表

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