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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)324号 判決 1998年3月31日

原告

染森信也

被告

東京都知事

青島幸男

右指定代理人

江原勲

外一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告が原告に対し平成七年九月二一日付けでした公文書非開示決定を取り消す。

第二  事案の概要

本件は、東京都の住民である原告が、東京都公文書の開示等に関する条例(昭和五九年東京都条例第一〇九号。以下「本件条例」という。)六条に基づき、被告に対し、東京都立の各高等職業技術専門校(以下「専門校」という。)に係る労働基準法(以下「労基法」という。)適用事業報告書、衛生管理者及び産業医の各選任報告書等の開示を請求したところ、被告が、右各文書のうち衛生管理者及び産業医の各選任報告書については、作成されておらず不存在であることを理由として、これらを開示しない旨の決定をしたため、原告が、右各選任報告書が不存在であるとの事実を争うとともに、仮にこれらが不存在であるとしても、右決定には、その通知書に虚偽の理由が記載されているなどの違法があるとして、その取消しを求めている事案である。

一  関係法令等の定め

1  労基法施行規則によれば、使用者は、労基法八条(適用事業の範囲)の規定に該当するに至った場合には、遅滞なく、所定の様式によりその事実を所轄労働基準監督署長に報告しなければならないとされている(同施行規則五七条一項一号。以下、この報告書を「適用事業報告書」という。)。

2  労働安全衛生法(以下「労衛法」という。)によれば、事業者は、政令で定める規模の事業場ごとに、都道府県労働基準局長の免許を受けた者その他労働省令で定める資格を有する者のうちから、労働省令で定めるところにより、当該事業場の業務の区分に応じて、衛生管理者を選任し、同法一〇条一項各号の業務のうち衛生に係る技術的事項を管理させなければならず(同法一二条一項)、また、事業者は、政令で定める規模の事業場ごとに、労働省令で定めるところにより、医師のうちから産業医を選任し、その者に労働者の健康管理その他の労働省令で定める事項を行わせなければならないとされている(同法一三条一項)。そして、右各規定を受けて、同法施行令は、衛生管理者及び産業医を選任すべき事業場は、いずれも、常時五〇人以上の労働者を使用する事業場とする旨規定している(同施行令四条、五条)。また、同法施行規則により、事業者は、衛生管理者及び産業医を選任したときは、遅滞なく、所定の様式の報告書を、所轄労働基準監督署長に提出しなければならないとされている(同施行規則七条二項、一三条二項本文)。

なお、労衛法及び同法施行規則によれば、事業者は、同法一一条一項の事業場及び同法一二条一項の事業場以外の事業場で、常時一〇人以上五〇人未満の労働者を使用する事業場ごとに、安全衛生推進者(同法一一条一項の政令で定める業種以外の業種の事業場にあっては、衛生推進者)を選任し、その者に同法一〇条一項各号の業務を担当させなければならないとされている(同法一二条の二、同施行規則一二条の二)。

3  地方公務員法(以下「地公法」という。)によれば、労基法、労衛法、船員法及び船員災害防止活動の促進に関する法律の規定並びにこれらの規定に基づく命令の規定中地公法五八条三項の規定により職員に関して適用されるものを適用する場合における職員の勤務条件に関する労働基準監督機関の職権は、地方公共団体の行う労基法八条一号から一〇号まで及び一三号から一五号までに掲げる事業に従事する職員の場合を除き、人事委員会又はその委任を受けた人事委員会の委員(人事委員会を置かない地方公共団体においては、地方公共団体の長)が行うものとされている(地公法五八条四項)。

右規定を受けて、東京都人事委員会(以下「人事委員会」という。)は、労基法、労衛法及び船員法に基づく職権の行使に関する規則(昭和四一年人事委員会規則第四号。以下「職権行使規則という。)により、前記1、2の各報告の手続を定めている。

二  前提となる事実

(以下の事実のうち、証拠等を掲記したもの以外は、当事者間に争いがない事実である。)

1  当事者

原告は、東京都の区域内に住所を有する者であり、被告は、本件条例に基づく公文書の開示の実施機関である(弁論の全趣旨)。

2  公文書開示請求

原告は、平成七年九月五日付けで、被告に対し、本件条例六条に基づき、「都立高等職業技術専門校に係る労働基準法適用事業報告、衛生管理者の選任報告、産業医の選任報告、東京都講師の採用(契約)人員がわかる文書」の開示を請求し(以下、この請求を「本件開示請求」という。)、右請求書は、同月七日、東京都労働経済局(以下「労働経済局」という。)総務部総務課において受理された(甲一、乙一)。

3  本件開示請求に係る各文書の取扱い等

(一) 各専門校は、労基法八条一二号(教育、研究又は調査の事業)に該当する事業所であり、地公法五八条四項に基づき人事委員会が労働基準監督機関の職権の行使を行っている(職権行使規則三条、別表第一の(一)五)。

(二) 各専門校に係る適用事業報告書並びに衛生管理者及び産業医を選任した場合の各選任報告書は、各専門校で作成し、労働経済局総務部職員課(以下「職員課」という。)を経由して、人事委員会に提出する取扱いとなっている(乙一〇、証人松田二郎)。

4  非開示決定等

(一) 被告は、平成七年九月二一日付けで、本件開示請求に係る各文書のうち、衛生管理者及び産業医の各選任報告書については、不存在を理由としてこれらを開示しない旨の決定(以下「本件非開示決定」という。)を、その余の文書については、これらを開示する旨の決定をそれぞれ行い、同月二九日、右各決定の通知書を原告に交付した(甲二、一一、弁論の全趣旨)。

(二) 本件非開示決定の通知書には、開示しない理由として、「不存在(作成していないため)」と記載され、さらに「五〇人以上の事業所はないと捉えているため。」と付記されている。

三  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は、①本件非開示決定がされた当時、本件開示請求に係る各選任報告書が存在したかどうか、②仮に右当時、右各選任報告書が存在しなかったとしても、本件非開示決定の通知書に付記された理由に右決定を違法ならしめるような虚偽の記載がされているかどうか、③公文書開示の実施機関が処分時点で開示請求に係る公文書が「合法・不存在」であると判断して非開示決定を行ったところ、異議申立て等の手続の過程で右公文書が「違法・不存在」であることが明らかになった場合、原処分は違法として取り消されるべきかどうかであり、右争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

(原告の主張)

1 本件開示請求に係る各選任報告書が存在したかどうかについて

(一) 人事委員会に提出された平成七年度の品川専門校の適用事業報告書には、同校の職員数は五〇名と記載されており、同校においては、労衛法に基づき衛生管理者及び産業医を選任する必要があったものである。そして、現に、右適用事業報告書の衛生管理者の選任の有無を記載する欄には、「有」に○が付されており、衛生管理者を選任したときには、遅滞なく、選任報告書を人事委員会に提出しなければならないのであるから、右事実によれば、少なくとも、同校に係る衛生管理者の選任報告書は、本件非開示決定がされた当時、存在したものと推認される。

(二) また、人事委員会に提出された平成二年度から平成六年度までのお茶の水専門校の適用事業報告書においても、衛生管理者の選任の有無を記載する欄の「有」に○が付されており、同校に係る衛生管理者の選任報告書の存在が推認される。なお、お茶の水専門校の衛生管理者の選任報告書は、過年度のものであるが、右選任報告書の保存期間が最短の一年間であったとしても、平成六年度の選任報告書の保存期間の起算点は平成七年四月一日であるから、本件非開示決定がされた当時、少なくとも平成六年度の選任報告書は廃棄されずに保存されていたはずである。

(三) のみならず、本件開示請求により被告が開示した平成七年度における各専門校の講師採用状況に係る資料(甲四)に照らせば、ほとんどすべての専門校が「常時五〇人以上の労働者を使用する事業場」に該当していたことは明らかである。したがって、右各専門校においては、労衛法に従って衛生管理者及び産業医を選任し、人事委員会に各選任報告書を提出する義務があったのであり、右選任等が適法に行われていたとすれば、本件開示請求に係る各選任報告書は存在したはずである。

2 本件非開示決定の通知書に記載された理由が虚偽であるかどうかについて

(一) 本件非開示決定の通知書には、本件開示請求に係る各選任報告書が作成されていない理由として、「五〇人以上の事業所はないと捉えているため。」と記載されているが、前記1(一)記載のとおり、平成七年度の品川専門校の適用事業報告書には、同校の職員数は五〇名と記載されており、右理由の記載は明らかに虚偽のものである。

また、前記1(三)記載のとおり、各専門校の講師採用状況に照らせば、品川専門校だけでなく、ほとんどすべての専門校において、一般職と特別職を合わせた職員数が五〇名以上であったことは明らかである。

(二) 右のとおり、各専門校は、一部例外を除いて、「常時五〇人以上の労働者を使用する事業場」に該当していたのであって、これらの専門校においては衛生管理者及び産業医が選任されていなければならなかったのであり、その選任が適法に行われていれば、本件開示請求に係る各選任報告書も当然に存在したはずである。

したがって、仮に本件開示請求の時点で、衛生管理者や産業医が選任されていないために本件開示請求に係る各選任報告書が存在しないとすれば、右各選任報告書は、いわゆる「違法・不存在」ということになる。そして、本件開示請求や原告が平成七年九月五日付けで行った行政措置要求(原告の勤務する赤羽専門校において、労衛法に基づく衛生管理者及び産業医の選任が行われていないという内容のもの)を通じて、右の違法状態は明らかになっていたのであるから、被告は、本件開示請求に対する開示・非開示の決定期限までに、右違法状態を是正させ、本件開示請求に係る各選任報告書を作成させた上で、これを開示すべきであった。

仮に本件開示請求に対する開示・非開示の決定期限までに本件開示請求に係る各選任報告書の作成が間に合わなかったとしても、本件条例七条五項は「実施機関は、非開示決定をする場合において、開示の請求に係る公文書が、非開示の決定の日の翌日から起算して一年以内にその全部又は一部を開示することができるようになることが明らかであるときは、その旨を請求者に通知するものとする」と規定しているのであるから、被告は、この規定に基づき、「違法・不存在」であることを明らかにした上で、後日開示できる見通しについて付記すべきであった。

しかるに、被告は、本件開示請求に係る各選任報告書が「違法・不存在」であることを明らかにせずに、「五〇人以上の事業所はないと捉えているため。」と虚偽の理由を付して本件非開示決定をしたものである。

(三) 本件条例七条四項は、非開示決定をする場合にその通知書に理由を付記すべきことを求めているが、一般に理由付記が義務付けられている行政処分において、理由が不備である場合には、当該処分は違法として取り消されるべきものである。

本件非開示決定は、その開示しない理由がそもそも虚偽のものであり、取消しを免れないものである。

3 公文書開示の実施機関が処分時点で開示請求に係る公文書が「合法・不存在」であると判断して非開示決定を行ったところ、異議申立て等の手続の過程で右公文書が「違法・不存在」であることが明らかになった場合、原処分は違法として取り消されるべきかどうかについて

(一) 本件開示請求に係る各選任報告書が右請求の時点で存在しなかったとすれば、これが「違法・不存在」に当たることについては、前記2(一)、(二)記載のとおりであるが、一般的に、公文書開示の実施機関が処分時点で開示請求に係る公文書が「合法・不存在」であると判断して非開示決定を行ったところ、異議申立て等の手続の過程で右公文書が「違法・不存在」であることが明らかになった場合には、速やかに原処分を取り消すとともに、開示決定を行うか、「違法・不存在」であることを明らかにした非開示決定を行った上、後日開示できる見通しについて非開示決定の通知書に付記するかいずれかによるべきである。

(二) 被告の主張によれば、被告は本件非開示決定をした時点では本件開示請求に係る各選任報告書は「合法・不存在」であると認識しており、過失によって根拠事実について虚偽の記載を行ったことになるが、根拠事実についての虚偽記載や「違法・不存在」であることが明らかになった平成七年一一月以降も被告は本件非開示決定を維持したものである。被告のこうした対応は、都民を愚弄するものであり、本件非開示決定は当然に取り消されるべきである。

(被告の主張)

1 本件の経緯

(一) 法令上、各専門校においては、その労働者数(職員数)が五〇人以上となった場合には、衛生管理者及び産業医を選任しなければならないものとされているが、平成六年度までの各専門校の取扱いとしては、この職員数とは正規職員のみの人数であり、再雇用職員及び非常勤職員は含めないとの取扱いがされていた。

そして、平成七年度以前には正規職員数が五〇人以上の専門校が存在したことはなく、また、本件開示請求がされた平成七年九月の時点で職員課及び各専門校の保管する資料には、各専門校において衛生管理者及び産業医を選任した事実を証する文書は存在しなかった。

(二) ところで、各専門校に係る適用事業報告書並びに衛生管理者及び産業医の各選任報告書は、各専門校で作成し、職員課を経由して人事委員会に送付されるものであるから、右各文書の開示請求に対しては、本来、右各文書を保管する部署において開示・非開示の決定をすべきものであるが(本件条例二条一項により、人事委員会は、被告とは別個の公文書開示の実施機関とされている。)、本件開示請求のあて先が被告であり、また、各専門校に係る衛生管理者及び産業医の選任の事実がなかったことから、各専門校を含む労働経済局所管の各事業所に係る右各選任報告書を人事委員会に提出する立場にある職員課において、不存在を理由として本件開示請求に係る各選任報告書を開示しないこととすることを決定し、平成七年九月二一日付けで被告が本件非開示決定を行ったものである。

(三) 平成七年一一月ころ、職員課は、人事委員会からの問い合わせにより、平成七年度から衛生管理者及び産業医を選任する際の基準となる職員数に、正規職員のほかに新たに再雇用職員が含まれることとなった旨を認識したことから、当時五〇人以上の職員数を有していた品川専門校において衛生管理者及び産業医を選任する手続を進め、同校は、同年一二月五日付けで衛生管理者を、平成八年一月一日付けで産業医をそれぞれ選任するとともに、衛生管理者及び産業医の各選任報告書を人事委員会に提出した。

そして、その後、衛生管理者及び産業医を選任する際の基準となる職員数に、非常勤講師を含めることとなったことから、職員課においては、他の専門校においても、順次、衛生管理者及び産業医を選任するための手続を進めた。

2(一) 原告は、品川専門校及びお茶の水専門校の適用事業報告書の衛生管理者の選任の有無に関する記載を根拠に、右各校に係る衛生管理者の選任報告書が存在する旨主張するが、各専門校において衛生管理者及び産業医の選任がされた経緯は、右1記載のとおりであり、右各適用事業報告書の記載は右各校においてその記載を誤ったものにすぎない。

(二) また、原告は、本件開示請求に係る各選任報告書が不存在であっても、本件条例七条五項に基づく通知を付記した非開示決定をすべきであった旨主張する。

しかしながら、本件条例七条五項の「非開示決定の日の翌日から起算して一年以内にその全部又は一部を開示することができるようになることが明らかであるとき」とは、非開示決定のあった日の翌日から起算して一年以内に本件条例九条各号に規定する非開示事由が消滅することにより、開示請求に係る公文書を開示することができるようになることが明示できるときをいうものであって、当該公文書が存在することが当然の前提となっているものである。

したがって、本件開示請求に係る各選任報告書の不存在を理由としてされた本件非開示決定に本件条例七条五項が適用される余地はなく、本件非開示決定の通知書に右条項に係る言及がないからといって、そのことは非開示決定の理由付記の瑕疵となるものではない。

3 以上のとおり、本件非開示決定がされた当時、本件開示請求に係る各選任報告書は作成されておらず、存在しなかったものであり、その通知書に虚偽の理由が付記された事実はないから、本件非開示決定には何ら違法はないというべきである。

第三  当裁判所の判断

一  本件非開示決定がされた当時、本件開示請求に係る各選任報告書が存在したかどうかについて

1 本件非開示決定は、本件開示請求に係る各選任報告書が作成されておらず不存在であることを理由としてされたものであるが、一般的に、文書の不存在を理由とする公文書の非開示決定の取消訴訟において、当該文書の存否に関する立証責任は、当該文書の存在を主張する原告が負うものと解するのが相当である。

このことを本件条例に即してみれば、本件条例は、二条二項において、「この条例において『公文書』とは、実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画、写真、フィルム及び磁気テープ(ビデオテープ及び録音テープに限る。)であって、実施機関において定めている事案決定手続又はこれに準ずる手続が終了し、実施機関が管理しているものをいう。」と規定して開示の対象となる公文書を定義した上、五条において、同条各号に掲げるものは、実施機関に対して公文書の開示(五号に掲げるものにあっては、そのものの有する利害関係に係る公文書の開示に限る。)を請求することができる旨規定している。右各規定によれば、本件条例に基づく公文書の開示請求権が発生するためには、実施機関が当該文書を管理していることが要件となり、実施機関が当該文書を管理しているというためには、当該文書が存在することが当然の前提となるから、当該文書の存在は、当該文書に係る開示請求権が発生するための必須の要件というべきである。

したがって、本訴においては、本件非開示決定がされた当時、本件開示請求に係る各選任報告書が存在したことについて、原告が立証責任を負うものと解すべきである。

2  前記第二の二3(二)記載のとおり、各専門校に係る適用事業報告書並びに衛生管理者及び産業医を選任した場合の各選任報告書は、各専門校で作成し、職員課を経由して人事委員会に提出する取扱いとなっているところ、本件開示請求があった当時、職員課の課長の職にあった松田二郎は、当裁判所において証人として、本件開示請求を受けて職員課において調査をしたが、各専門校で衛生管理者及び産業医が選任された事実を証する資料は存しなかった旨証言し、同人作成の同旨を述べる陳述書が書証(乙一〇)として提出されている。また、人事委員会には、平成七年九月以前の各専門校に係る衛生管理者及び産業医の各選任報告書は存在しない旨の同委員会事務局長作成の回答書が書証(乙一一)として提出されている(ただし、右不存在の事実は、右各選任報告書の保存年限の機関である昭和六一年度以降のものに係るものであり、同年度よりも前の年度において右各選任報告書が提出されたことがあるか否かは不明である。)。

しかしながら、原告は、前記第二の三(原告の主張)1記載のとおり、一部の専門校から提出された適用事業報告書の記載などから、本件開示請求に係る各選任報告書が存在したことが推認される旨主張するので、まず、各専門校における衛生管理者等の選任に関する取扱いなどをみたうえで、原告の右主張について検討することとする。

3  証拠(認定に供した証拠は、各事実ごとにその末尾に掲記した。)によれば、次の各事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 東京都の平成六年度以前の適用事業報告書の様式では、職員数について、①一般職、②単労働、③特別職の区分に従いそれぞれの人数を記載した上、「一般職」と「単労働」の合計人数を記載する欄が設けられていたが、「特別職」を含めての合計人数を記載する欄は設けられていなかった。このようなこともあって、各専門校及び職員課においては、平成六年度までは、衛生管理者及び産業医を選任する際の基準となる職員数の算定に関しては、常勤の一般職職員のみを算定し、特別職に該当する再雇用職員や非常勤職員については、右職員数に含めない取扱いをしていた(甲七、一〇、一一、乙六、一〇、一二、証人松田二郎、同天野謹)。

(二) 東京都においては、平成七年度から適用事業報告書の様式が変わり、職員数について、①一般職、②技能業務職、③その他の職の区分に従いそれぞれの人数を記載した上、右①ないし③の合計人数を記載する欄が設けられた。そして、適用事業報告書の記入要領において、「その他の職」には、相当程度(おおむね月一〇日以上)の継続勤務をする再雇用職員等を含むこと、及び、右①ないし③の合計人数をもって、衛生管理者等の選任の基準となる職員数とすることが明らかにされた(甲三、五、六、九、一一、乙一〇、証人松田二郎)。

(三) 平成七年四月一日現在の品川専門校の職員数は、①一般職四五人、②技能業務職一人、③その他の職四人の合計五〇人であった。したがって、品川専門校においては、労衛法及び同法施行令に基づき衛生管理者及び産業医を選任しなければならなかったが、同校及び職員課においては、従来どおり、衛生管理者及び産業医を選任する際の基準となる職員数については、常勤の一般職職員のみを算定すればよいものと考え、同校においては右一般職職員の数が四六人で、五〇人に達していなかったことから、衛生管理者等の選任をしていなかった。なお、各専門校のうち、同年九月一日現在、①一般職、②技能業務職、③その他の職の合計職員数が五〇人に達しているのは品川専門校のみであった(甲三、九、一一、乙三、七、一〇、証人松田二郎)。

(四) 平成七年一一月ころ、職員課は、人事委員会からの問い合わせにより、平成七年度から衛生管理者及び産業医を選任する際の基準となる職員数に、常勤の一般職職員のほかに新たに再雇用職員が含まれることとなったことを認識した。そこで、職員課は、当時五〇人以上の職員数を有していた品川専門校において衛生管理者及び産業医を選任する手続を進め、同校は、同年一二月五日付けで衛生管理者を、平成八年一月一日付けで産業医をそれぞれ選任するとともに、衛生管理者及び産業医の各選任報告書を人事委員会に提出した。そして、その後、職員課において、東京都の知事部局における職場の安全衛生管理を推進している総務局勤労部と協議した結果、衛生管理者及び産業医を選任する際の基準となる職員数に、非常勤講師をも含めることとなったことから、職員課においては、同月以降、他の専門校においても、順次、衛生管理者及び産業医を選任するための手続を進めた(乙八ないし一〇、証人松田二郎)。

4  そこで、右3の認定事実を前提に原告の主張について検討する。

(一) 原告は、平成七年度の品川専門校の適用事業報告書には、同校の職員数は、衛生管理者及び産業医の選任を要する人数である五〇名と記載されており、現に、右適用事業報告書の衛生管理者の選任の有無を記載する欄には、「有」に○が付されているので、少なくとも、同校に係る衛生管理者の選任報告書は、本件非開示決定がされた当時、存在したものと推認される旨主張する。

平成七年四月一日現在の品川専門校の①一般職、②技能業務職、③その他の職を合わせた職員数の合計が五〇人であることは前記3(三)認定のとおりであり、証拠(甲三、九、乙三)によれば、平成七年度の品川専門校の適用事業報告書の衛生管理者の選任の有無を記載する欄には、「無」に○が付されたのが訂正された上、「有」に○が付されていることが認められる。しかしながら、前記3認定のとおり、品川専門校及び職員課においては、平成七年一一月ころに、人事委員会からの問い合わせがあるまで、衛生管理者及び産業医の選任の基準となる職員数については、常勤の一般職職員のみを算定すればよいものと考え、同校においては右一般職職員の数が四六人で、五〇人に達していなかったことから、衛生管理者等の選任をしていなかったものであり、乙三によれば、右適用事業報告書の衛生管理者の選任の有無を記載する欄の「有」に○が付されたのは、品川専門校に衛生管理者の資格を有する職員が在籍している事実があったためであり、右記載は誤りであるとして、品川専門校及び職員課においてその訂正の手続がとられ、人事委員会にその旨報告されていることが認められる。右事実及び証拠(乙一〇、証人松田二郎)によれば、右適用事業報告書の右の欄の記載は誤りであると認めるのが相当である。

したがって、原告の前記主張は採用することができない。

(二) また、甲一〇によれば、品川専門校の場合と同様に、平成二年度から平成六年度までのお茶の水専門校の適用事業報告書の衛生管理者の選任の有無を記載する欄には、「有」に○が付されていることが認められるところ、原告は、右事実から、同校に係る衛生管理者の選任報告書の存在が推認される旨主張する。

しかしながら、平成四年四月一日から平成七年三月三一日までお茶の水専門校の校長の職にあった天野謹は、当裁判所において証人として、お茶の水校においては、同人の在職中、同校の常勤の一般職職員数が五〇人に達したことはなく、衛生管理者を選任したことはない旨、及び、平成二年度から平成六年度までの同校の適用事業報告書の衛生管理者の選任の有無を記載する欄の「有」に○が付されているのは記載の誤りである旨証言し、同人作成の同旨を述べる陳述書が書証(乙一二)として提出されている。また、甲一〇によれば、平成二年度から平成六年度までのお茶の水校の適用事業報告書に記載された右各年度の①一般職及び②単労働の合計職員数は一五人ないし一七人であること、右各年度の適用事業報告書には、本来、衛生管理者の選任と両立し得ない衛生推進者の選任があった旨の記載がされていることが認められる。これらの証拠や事実と前記3で認定した事実を併せれば、右各年度の適用事業報告書の衛生管理者の選任の有無を記載する欄の「有」に○が付されているのは、記載の誤りであると認めるのが相当である。

したがって、原告の前記主張は採用することができない。

(三) さらに、原告は、平成七年度における各専門校の講師採用状況に係る資料(甲四)に照らせば、ほとんどすべての専門校が「常時五〇人以上の労働者を使用する事業場」に該当していたことは明らかであり、衛生管理者及び産業医の選任等が適法に行われていたとすれば、本件開示請求に係る各選任報告書は存在したはずである旨主張する。

しかしながら、各専門校のうち、平成七年九月一日現在、①一般職、②技能業務職、③その他の職の合計職員数が五〇人に達しているのは品川専門校のみであったこと、各専門校において、衛生管理者及び産業医を選任する際の基準となる職員数に非常勤講師をも含めることとなったのは、平成八年一月以降のことであることは、前記3認定のとおりであり、非常勤講師の人数を根拠として(甲四は、平成七年度において各専門校において採用された非常勤講師の平成七年九月一日現在の累計を示すものである。)、本件開示請求に係る各選任報告書が存在したはずであるとする原告の主張が理由のないものであることは明らかである。

5  以上のとおり、本件非開示決定がされた時までに、本件開示請求に係る各選任報告書が作成され、右決定当時、これらが存在したとする原告の主張はいずれも採用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

二  本件非開示決定の通知書に付記された理由に右決定を違法ならしめるような虚偽の記載がされているかどうかについて

1  前記第二の二4(二)記載のとおり、本件非開示決定の通知書には、開示しない理由として、「不存在(作成していないため)」と記載され、さらに「五〇人以上の事業所はないと捉えているため。」と付記されているものである。

そして、前記一で認定説示したとおり、本件非開示決定がされた時までに、本件開示請求に係る各選任報告書が作成され、右決定当時、これらが存在した事実を認めるに足りる証拠はないのであるから、本件非開示決定の通知書に記載された「不存在(作成していないため)」という理由は、事実に即したものと評価することができる。

2  原告は、本件非開示決定の通知書に付記された「五〇人以上の事業所はないと捉えているため。」という理由について、平成七年度の品川専門校の適用事業報告書には、同校の職員数は五〇名と記載されており、また、各専門校の講師採用状況に照らせば、品川専門校だけでなく、ほとんどすべての専門校において、一般職と特別職を合わせた職員数が五〇人以上であったことは明らかであるから、「五〇人以上の事業所はないと捉えているため。」というのは虚偽の記載であり、本件非開示決定は違法である旨主張する。

そこで、検討するに、本件非開示決定の通知書に付記された「五〇人以上の事業所はないと捉えているため。」という記載は、労衛法及び同法施行令によって衛生管理者及び産業医の選任が義務付けられている「常時五〇人以上の労働者を使用する事業場」に該当する専門校はないと考えているという趣旨のものであるが、これは、本件開示請求に係る各選任報告書が作成されていない理由を説明するものであり、右各選任報告書が不存在であることの理由を補足するものということができる。前示のとおり、本件非開示決定の通知書においては、非開示の理由として、「不存在(作成していないため)」と記載されているので、仮に右の補足説明がなかったとしても、本件条例七条四項によって求められている非開示決定の理由付記の要件を欠くことにはならないものと考えられるが、このような補足説明に事実に反する記載がされていた場合、そのこと自体が非開示決定の取消原因となる違法事由になるかどうかについては、それ自体問題となるところである。しかしながら、本件においては、次のとおり、「五〇人以上の事業所はないと捉えているため。」という記載が虚偽の記載であると認めることはできないから、右の点について論ずるまでもなく、原告の前記主張は失当というべきである。

すなわち、前記一3認定のとおり、各専門校及び職員課においては、平成六年度までは、衛生管理者及び産業医を選任する際の基準となる職員数の算定に関しては、常勤の一般職職員のみを算定する取扱いをしていたものであり、平成七年度から右職員数について再雇用職員も含むべきことが適用事業報告書の記入要領により明らかにされた後も、平成七年一一月ころに人事委員会から問い合わせがあるまで、職員課においては、従来どおり、衛生管理者及び産業医を選任する際の基準となる職員数については、常勤の一般職職員のみを算定すればよいものと誤って認識していたものである。そして、証拠(乙一〇、証人松田二郎)によれば、本件非開示決定に係る事務を担当した職員課においては、衛生管理者及び産業医の選任の基準となる職員数について右のような理解を前提に、常勤の一般職職員の数が五〇人に達している専門校がなかったため、本件非開示決定の通知書に「五〇人以上の事業所はないと捉えているため。」との記載をしたことが認められる。

右の事実によれば、「五〇人以上の事務所はないと捉えているため。」との記載は、労衛法及び同法施行令によって衛生管理者及び産業医の選任が義務付けられている「常時五〇人以上の労働者を使用する事業場」に該当する専門校はないという当時の職員課の認識に即して記載されたものということができ、その認識が客観的には誤ったものであったとしても、右の記載自体が虚偽のものであるということはできない(右の記載は、あくまで「……と捉えている」という主観的な認識を示したものにすぎないものである。)。

3  なお、原告は、本件非開示決定の通知書に虚偽の理由が付記されているとの主張に関連して、次のような主張をしている。すなわち、原告は、「各専門校は、一部例外を除いて、『常時五〇人以上の労働者を使用する事業場』に該当していたのであって、これらの専門校においては衛生管理者及び産業医が選任されていなければならなかった。したがって、仮に本件開示請求の時点で、衛生管理者や産業医が選任されていないために本件開示請求に係る各選任報告書が存在しないとすれば、右各選任報告書は、いわゆる『違法・不存在』ということになるから、被告は、本件開示請求に対する開示・非開示の決定期限までに、右違法状態を是正させ、本件開示請求に係る各選任報告書を作成させた上で、これを開示すべきであった。仮に本件開示請求に対する開示・非開示の決定期限までに右各選任報告書の作成が間に合わなかったとしても、被告は、本件条例七条五項に基づき、『違法・不存在』であることを明らかにした上で、後日開示できる見通しについて付記すべきであった。」旨主張している。

原告の右主張は、本件開示請求及び本件非開示決定がされた当時、各専門校が衛生管理者及び産業医の選任を違法に怠っており、かつ、被告において、右選任義務違反の状態にあることを認識していたことを前提とするものであるが、前者の点は別にして後者についていえば、前記一3で認定した事実経過に照らせば、被告において、右の選任義務違反の状態にあることの認識を有していたと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、原告の前記主張はその前提を欠くものというべきである。

したがって、原告の前記主張は、その余の点について判断するまでもなく採用することができない。

4  以上のとおりであるから、本件非開示決定の通知書に付記された理由に右決定を違法ならしめるような虚偽の記載がされているということはできず、他に右通知書に右決定を違法ならしめる理由の不備は認められない。

三  公文書開示の実施機関が処分時点で開示請求に係る公文書が「合法・不存在」であると判断して非開示決定を行ったところ、異議申立て等の手続の過程で右公文書が「違法・不存在」であることが明らかになった場合、原処分は違法として取り消されるべきかどうかについて

1  原告は、一般的に、公文書開示の実施機関が処分時点で開示請求に係る公文書が「合法・不存在」であると判断して非開示決定を行ったところ、異議申立て等の手続の過程で右公文書が「違法・不存在」であることが明らかになった場合には、速やかに原処分を取り消すとともに、開示決定を行うか、「違法・不存在」であることを明らかにした非開示決定を行った上、後日開示できる見通しについて非開示決定の通知書に付記するかいずれかによるべきであるとした上、本件において、被告が本件非開示決定について右の義務に従った適切な対応をとらなかったから、本件非開示決定は取り消されるべきである旨主張する。

2 原告の右主張は、公文書の非開示決定がされた後に生じた事情が右決定の適否に影響を及ぼし、右決定の取消原因となり得るとの考え方に基づくものであるが、一般的に、公文書の非開示決定の適否は、右決定がされた時を基準としてその時点における事情に基づいて判断されるべきものであり、右決定後に生じた事情がその適否に影響を及ぼすことはないというべきである。

したがって、原告の前記主張は主張自体失当というべきであり、採用することができない。

四  そうすると、被告が、本件開示請求に係る各選任報告書が作成されておらず不存在であることを理由としてした本件非開示決定は、適法というべきである。

第四  結論

よって、原告の本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官青栁馨 裁判官増田稔 裁判官篠田賢治は、差し支えのため署名押印することができない。裁判長裁判官青栁馨)

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