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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)34号 判決 1995年11月30日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

小口恭道

高橋利全

被告

日本司法書士会連合会

右代表者会長

田代季男

右訴訟代理人弁護士

西迪雄

向井千杉

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告が原告に対し平成六年四月二〇日付けでした司法書士登録拒否処分を取り消す。

二  被告は、原告に対し、金五〇〇万円並びに内金三〇〇万円に対する平成六年四月二〇日から、及び内金二〇〇万円に対する平成七年二月二五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、司法書士となる資格を有する原告が、被告に対し、司法書士名簿への登録を申請したところ、被告から、右申請に係る登録を拒否する処分(以下「本件処分」という。)を受けたために、本件処分の取消しとともに、違法な本件処分を受けたことによる精神的苦痛に対する慰謝料などの支払を求めている事案である。

一  司法書士法(以下「法」という。)の規定

法六条によると、司法書士となる資格を有する者が司法書士となるには、被告に備える司法書士名簿に氏名、生年月日、事務所の所在地、所属する司法書士会その他法務省令で定める事項の登録を受けなければならず、右登録は被告が行うことになっている。

法六条の二によると、右登録を受けようとする者は、被告に登録申請書を提出しなければならないとされ、法六条の三第一項によると、被告は、登録の申請をした者が司法書士となる資格を有する者であっても、司法書士の信用又は品位を害するおそれがあるときその他司法書士の職責に照らし司法書士としての適格性を欠くとき(同項三号、以下「本件登録拒否事由」という。)などには、その登録を拒否しなければならないこととされている。

法六条の四によると、被告は、申請者の登録を拒否したときはその旨及びその理由を当該申請者に書面により通知しなければならないこととされている。

二  当事者間に争いのない事実等(なお、書証によって認定した事実については、適宜書証を掲記する。)

1  原告は、司法書士となる資格を有する者である。

2  原告は、かつて東京司法書士会に所属し、司法書士業務を行っていたが、平成五年二月一〇日付けで同会を脱会したため、同年四月二三日付けで、業務を廃止したことを理由に、被告によって司法書士名簿の登録を取り消された。

3  原告が、平成六年二月一四日、被告に対し、群馬県司法書士会を経由して、司法書士名簿への登録の申請をしたところ、被告は、原告に対し、別紙「登録拒否事由」記載の理由をもって原告が本件登録拒否事由に該当するとして同年四月二〇日付けで本件処分をし、登録拒否通知書(以下「本件通知書」という。)を同年五月一一日に原告に送達した。

4  原告は、平成六年五月二〇日、法務大臣に対し、本件処分を不服として審査請求をしたところ、法務大臣は、平成七年七月三日付けで、原告に対し、右審査請求を棄却するとの裁決をした。(乙二号証の二)

三  争点

本件の争点及びこれに対する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。

1  本件処分において、原告が本件登録拒否事由に該当するとした点は違法か否か。

(一) 原告の主張

被告は、原告が、司法書士会名簿に登録していた期間中の昭和六〇年一二月から平成二年一一月までの間に、五回にわたって偽造された委任状等を利用した不動産登記申請事件に関与したが、司法書士は、嘱託者の代理人と称する者の代理権の存在を疑うに足りる事情がある場合には、嘱託者本人について代理権授与の有無を確かめるなどの実質的審査を行うべき職務上の義務があるところ、右原告の行為は、この義務に違反したものであるから、原告は本件登録拒否事由に該当すると主張する。

しかしながら、司法書士は、登記嘱託者の代理人と称する者の依頼を受けて登記を申請するに当たっても、登記嘱託者本人と表示されている者に対して、依頼者に対する代理権授与の有無を確かめるなどの実質的審査を行う職務上の義務は原則としてなく、ただ、依頼者の代理権の存在を疑うに足りるような特別な事情がある場合にのみ、かかる実質的審査をする職務上の義務が生じるに過ぎないものである。

そして、被告の指摘する五回の登記申請事案は、いずれも右のような特別の事情がない場合であったから、原告には実質的審査をすべき職務上の義務はなかったものであり、その義務違反も生ずるはずがない。

しかも、仮に職務上の過誤によって司法書士に損害賠償責任があることが民事訴訟によって確定しても、それが直ちに司法書士としての適格性を欠くことになる訳ではないことも明らかである。

また、原告が、依頼者の代理権の存否等を確認すべき義務の存否の判断基準について、被告と異なる見解を有しているとしても、偽造を見破るかどうかは、要するに注意力の問題であって、ある者が確認義務の判断基準についてどのような見解を有しているかは、その者の注意力の有無、程度とは関係がないものというべきであるから、原告が被告と異なる見解を有していることをもって、本件登録拒否事由に該当する証左であるとみるのは失当である。

そして、司法書士会名簿に登録するか否かの判断は、憲法二二条一項が保障する職業選択の自由に関わるものであることからすれば、本件登録拒否事由が抽象的な規定の仕方をしているにしても、被告に登録の拒否について広範な裁量権を認めることはできないものというべきである。

したがって、原告が本件登録拒否事由に該当するとした本件処分は違法である。

(二) 被告の主張

原告は、東京司法書士会の会員として司法書士の業務を行っていた当時、司法書士には、登記申請の嘱託者と称する者が嘱託者本人であるかどうかを確認したり、嘱託者の代理人と称する者から登記の申請の委任を受けた場合において、嘱託者本人の申請意思等を確認する義務は一切ないとの基本的認識に立って活動した結果、昭和六〇年一二月から平成二年一一月までの間だけでも五回にわたって偽造された登記済証、印鑑証明書、固定資産評価証明書又は委任状を使用した不正な登記申請手続に関与し、その執務のあり方について東京司法書士会長から注意指導されるなどしたものであるのに、これを真摯に受け止めようとせず、本件処分時においてもなお、前記のような認識を維持していたものである。

しかしながら、司法書士は、嘱託者の代理人と称する者の依頼を受けて登記申請をするに当たっては、依頼者の代理権の存在を疑うに足りる事情の存否について留意し、かかる事情がある場合には、嘱託者本人について代理権授与の有無を確かめ、不正な登記がされることがないように注意を払う職務上の義務があるものというべきである。

そして、司法書士が他人の嘱託を受けて登記に関する手続について代理することをその業務とし、右業務が国民の権利の保全に関わるものであって、公正かつ誠実にその業務を行うことが求められていることなどからすると、右のような義務は、司法書士の職務上、基本的な義務というべきである。

そうであるとすれば、原告は、司法書士としての職務上の基本的な義務についての認識を全く欠いていることになるから、原告が、司法書士名簿の登録を受けて改めて司法書士の業務を行うことになれば、嘱託者の真意に基づかない登記申請手続を再び繰り返して、国民の権利の保全に寄与すべき司法書士が、かえって自ら国民の権利を侵害することにもなりかねず、その結果、司法書士に対する社会一般の信用を害するおそれがあるものといわざるを得ない。

また、司法書士は、その事務所を管轄する法務局又は地方法務局の管轄区域ごとに設立された司法書士会への入会を強制され、被告が、そうした全国の司法書士会によって設立された団体であることからすれば、法が司法書士名簿への登録拒否の権限を被告に与えているのも、司法書士の登録事務に関する被告の自主性を尊重するとともに、司法書士の実態をよく知り得る立場にある被告に司法書士名簿への登録の許否の権限を与えるのが合理的であるとの配慮に基づくものであり、さらに、被告の判断の慎重を期するため、被告が本件登録拒否事由に該当するものとして登録申請者の司法書士名簿への登録を拒否しようとするときには、司法書士、法務省の職員及び学識経験者によって構成される登録審査会の議決に基づかなければならないとされていることに照らせば、原告が右事由に該当するか否かを決するについては、明らかに不合理なものでないかぎり、被告の判断が尊重されるべきである。

そして、今まで被告が本件登録拒否事由に該当するとして司法書士名簿への登録を拒否した中には、司法書士としての業務執行とは直接関係がない脱税事件等で有罪判決を受け、しかも、刑の執行終了から三年以上経過していた申請者の事例も含まれることなどからすれば、司法書士名簿への登録を受けるためには、常に相当高度な資質、品格等が求められているということができるから、本件処分における被告の判断に特段不合理な点はないというべきである。

以上によれば、原告が本件登録拒否事由に該当するとした本件処分は適法である。

2  本件通知書における理由の記載が法六条の四の理由付記として不備があるか否か。

(一) 原告の主張

本件通知書は、「司法書士は、嘱託者の代理人と称する者の依頼を受けて登記申請をするに当たり、依頼者の代理権の存在を疑うに足りる事情がある場合には、嘱託者本人について代理権授与の有無を確かめ、不正な登記がされることがないように注意を払う職務上の義務があるのである(最判昭和五〇年一一月二八日)。」と記載した上、原告が五回にわたり不正な不動産登記申請事件に関与した行為は、右職務上の義務に違反するものであると述べている。

しかしながら、本件通知書記載の判例にもあるように、司法書士は、取引の安全を保護するため嘱託人から依頼のあった登記申請を迅速に処理しなければならないという要請にも応える必要があることから、嘱託者の代理人と称する者の代理権の存在を疑うに足りるなどの事情が認められる場合にのみ、同人に対する授権の存在などを確認する義務があるものというべきである。

そうであるとすれば、本件通知書の結論を導くためには、右五回の事件のそれぞれについて、前記判例のいうような依頼者の代理権の存在を疑うに足りる事情の存否などについて具体的に検討する必要があったはずであるが、本件通知書の理由記載は、右五回の事件に対する原告の外形的な関与の事実を記載するのみで、右事件のそれぞれについて、依頼者の代理権の存在を疑うに足りる事情が存在したか否かの点については、何ら論証していない。

しかるに、法六条の四が司法書士名簿への登録を拒否された申請者に対し、その理由を書面で通知するよう定めた趣旨は、右申請者に実質的な防御の機会を与えることにあり、その理由はできるだけ具体的に記載すべきであることからすれば、右のような本件通知書の理由記載には不備がある。

(二) 被告の主張

本件処分は、原告が、登記手続に関わる司法書士の職務上の義務について基本的な認識を欠いているため、司法書士としての適格性を有しないことを理由とするものであって、原告が、個別具体的な受任事件において、刑事又は民事上の責任に問疑され得たか否かを直接の理由とするものではない。

そうすると、本件通知書においても、原告が過去に五回にわたって関与した不正な登記事件の事案の内容、これに関わる原告の故意又は過失の有無等を明確にする必要がないことは明らかである。

したがって、本件通知書の理由記載には、法六条の四の理由付記として不備な点はない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件登録拒否事由該当性)について

1  法は、司法書士の制度を定め、その業務の適正を図ることにより、登記、供託及び訴訟等に関する手続の円滑な実施に資し、もって国民の権利の保全に寄与することを目的とする(法一条)と定めるとともに、司法書士は、常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正かつ誠実にその業務を行わなければならない(法一条の二)としている。これは、司法書士の業務が、他人の嘱託を受けて、登記又は供託に関する手続について代理することなどであり(法二条)、これらの事務が国民の重要な財産の保全に関わるものであることから、司法書士に対し、わが国の司法制度の一翼を担う者としてその業務遂行上の責務を課し、併せて社会一般の司法書士に対する信頼を担保しようとの意図に出たものであると解される。しかしながら、右責務が遵守されるかどうは、最終的には、個々の司法書士の職業的な自覚に負うところが大きいものといわざるを得ない。そのため、法は、司法書士として業務を行うための要件として、司法書士試験の合格等の所定の資格を取得すること(法三条)、欠格事由のないこと(法四条)に加えて、被告に備える司法書士名簿に所定の事項の登録を受けること(法六条)を要求し、登録申請者が本件登録拒否事由に該当すると認められる場合等には、被告は司法書士名簿への登録を拒否しなければならないとして、法が要求する業務上の責務に違反し、司法書士に対して社会が寄せる信頼を裏切るおそれのある者を、司法書士としての業務の遂行から予め排除することとしているものと解するのが相当である。

2  ところで、証拠(乙一号証の二、二号証の二、三号証及び四号証)によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告は、昭和六〇年の暮れころ、東京法務局城北出張所管内の不動産について、嘱託者の代理人と称する者から登記手続を依頼された際、同人が委任事項の記載のない白紙委任状を持参していたにもかかわらず、嘱託者本人に申請意思の確認等をしなかったことなどから、結果的に、登記済権利証の偽造を看過したまま登記手続をしてしまうこととなった。原告は、昭和六一年に至って右事件に関し東京司法書士会長から指導を受けた際、嘱託者の代理人と称する者が白紙委任状を持参してきたような場合にも、嘱託者本人に申請意思の確認等をする義務はないと思うという旨の発言をした。

(二) その後、原告は、平成二年一一月までの間に、神戸地方法務局相生出張所管内の不動産について偽造された印鑑登録証明書による登記手続に、宮崎地方法務局串間出張所管内の不動産について偽造された印鑑登録証明書による登記手続に、東京法務局大森出張所管内の不動産について各偽造された登記済権利証及び固定資産税評価証明書による登記手続に、浦和地方法務局川越支局管内の不動産について偽造された印鑑登録証明書による登記手続にそれぞれ関与した。

そして、原告は以上の各事件について、当事者から懲戒の申立てを受けたことがあるほか、東京法務局などで度々事情聴取を受けた。

(三) 乙四号証(平成五年五月三一日に東京司法書士会に到達した原告作成の書簡)において、原告は、概要、嘱託者と称する者が本人であるかどうかなどを確認する法的な義務は司法書士にはなく、かかる確認をしなかったという不作為は単に民事上の過失責任の問題として把握すべきであり、右過失責任の軽重を判断する際にも、司法書士が特に当事者から立会いを求められた場合には右不作為に過失が認められることが多いであろうが、その他の場合には必ずしもそうではないし、継続的な顧客に対して立会いの機会が与えられなかったことを理由に一度登記手続の代理を拒否すれば、その後右顧客と絶縁となって生活に直接影響を及ぼすおそれがあるなどと述べた。

(四) 平成六年三月一四日、原告は、被告の登録常務会による事情聴取の席において、概要、嘱託者と称する者や、嘱託者の代理人と称する者が登記手続を依頼してきた際に、嘱託者と称する者が真実本人であるかどうか、代理人と称する者が真実代理権を授与されているかどうかなどの点について、司法書士が確認すべき義務は明確には法定されていないとの認識を有しており、仮に確認しなかったとしても、その場合には民事上の過失責任を負うことがあるだけであるなどと述べた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  そこで、右認定事実を基に、原告が本件登録拒否事由に該当するとした本件処分が違法か否かについて検討する。

(一) 右認定事実によれば、原告は、本件処分時において、司法書士はその業務を遂行するにあたり、嘱託者と称する者や嘱託者の代理人と称する者が登記手続を依頼してきた際に、嘱託者と称する者が真実本人であるかどうかや、嘱託者の代理人と称する者が真実代理権を授与されているかどうかなどの点について確認する法的義務はなく、仮に確認しなかったとしても民事上の過失責任を負うことがあるのは格別、司法書士の職務上の責務を果さなかったものとはいえないとの認識を有していたことを推認することができる。

なお、乙三号証によると、原告は、平成六年三月一四日の被告登録常務会における事情聴取に際し、今後は被告の方針に従い、嘱託者本人に対する申請意思の確認をする旨を表明していることが認められる。しかしながら、原告は、右事情聴取に先立って、司法書士にはそのような確認をすべき職務上の義務はない旨の自説を繰り返し述べており、右事情聴取の席においてすら、司法書士には右のような確認をすべきはっきりした法的義務はないとの認識を明らかにしていることなどからすれば、原告が右のように表明したことだけをもって、原告が従来の認識を改め、司法書士の職務上の責務について十分な自覚を有するに至ったものと認めるには足りないと解すべきである。

(二) ところで、司法書士は、取引の動的な安全や、依頼者の順位保全の利益を保護するために、嘱託者から依頼のあった登記申請を迅速に処理する要請に応えなけばならないから、登記原因となる法律行為が真実有効に成立しているか否かについて実質的な審査をすることまでは予定されていないとしても、一方で、登記申請について当事者を代理し、またそのために提出書類を作成することなどを業務とする以上、その業務の性質から、少なくとも、嘱託に係る登記申請が嘱託者の意思に基づくものであることについて、十分に慎重な配慮をし、虚偽の登記を防止して真正な登記の実現に努めるべき責務を負担することもまた明らかである。そして、右に説示した職務の性質上、司法書士は、嘱託者と称する者や嘱託者の代理人と称する者が登記手続を依頼してきた際などには、その者の言動や提出された必要書類の内容に注意し、その結果、仮に嘱託者と称する者が嘱託者本人ではないとか、嘱託者の代理人と称する者が嘱託者から代理権を授与されていないなどの疑いを生じたときは、これらの点について確認すべき注意義務を私法上も負うに至るものと解される。

したがって、司法書士が司法制度の一翼を担う者として、社会一般の信頼に応えるために果たすべき職務上の責務と、具体的な職務の遂行に当たり民事上要請される注意義務とは、性質の異なる概念であるとしても、登記申請業務に当たり嘱託者の意思を確認するということは、単に民事上の責任についてのみ問題となるものではなく、職務上の責務としてより一層重視されるべきものということができる。

(三) しかるに、原告の前記認識によれば、嘱託者と称する者が真実本人であること又は嘱託者の代理人と称する者の代理権が存在することの確認が軽視される結果、前記のような職務上の責務を念頭に置いて業務を遂行する司法書士に比べて、虚偽の登記を不当に誘発する可能性は高いというほかはない。そして、一度、虚偽の登記が作出されたときは、関係者を紛争に巻き込み、あるいは右登記を信頼した第三者に不測の損害を与える危険が当然に予想されるのであるから、虚偽登記が作出されるおそれがあるときは、司法書士に対する信用を害するおそれがあることは明らかである。

また、原告は、昭和六〇年一二月から平成二年一一月までの間に、結果的に偽造文書による登記手続に五回も関与し、その五回の事案のうちには、嘱託者の代理人と称する者が委任事項の記載のない白紙委任状を持参していたにもかかわらず、嘱託者本人に申請意思の確認等をしなかったことなどから、登記済権利証の偽造を看過して登記手続を行ってしまったものもあったというのに、これらを具体的な事案の特殊性の故であるとして、同様な過誤の発生を繰り返さないための真摯な反省をしたこともうかがえない。そうすると、依頼者からの提出書類を相応の注意をもって調査しても、嘱託者の本人確認、代理人の代理権確認が司法書士としての職務上の責務ではなく、司法書士法上の制裁の対象とならないとの見解に立つ原告は、司法書士の職責について十分な自覚を欠いているものというほかはなく、その適格性を欠いているものとされたこともやむを得ないものというべきである。

(四) この点につき、原告は、登記申請の依頼が不当なものであるか否かを見破ることは、具体的な注意力の問題であり、原告が前記職責に関していかなる見解を有するかに係わらないとか、司法書士がその職務上の過誤により民事責任を問われたとしても、そのことが本件登録拒否事由とはならないと主張する。

しかしながら、原告が前記職責を自覚していないことが問題であること及び司法書士がその職務上の過誤により民事責任を問われること自体により司法書士の社会的信用が害されるおそれがあることは既に説示したところから明らかであるから、原告の右主張を採用することはできない。

(五) 以上みたところに照らせば、本件処分において、原告が、本件処分時において本件登録拒否事由に該当するとした点には、違法はないというべきである。

二  争点2(本件通知書の理由付記)について

1  一般に、法律が行政処分に理由を付記すべきものとしている場合に、どの程度の記載をなすべきかは、処分の性質と理由付記を命じた各法律の規定の趣旨・目的に照らして決定すべきである。そして、前記のように法が、司法書士名簿への登録を申請した者の登録を拒否したときは、その旨及びその理由を当該申請者に書面により通知することとしているのは、被告が登録を拒否すれば、憲法二二条一項で保障された申請者の職業選択の自由を制限することになるため、登録拒否事由の有無についての被告の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、拒否の理由を申請者に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与える趣旨であると解すべきである。

そして、このような法六条の四の理由付記制度の趣旨に照らすと、登録拒否通知書に付記すべき理由としては、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して司法書士名簿への登録が拒否されたのかを、申請者においてその記載自体から了知し得るものでなければならないものと解すべきである。

2 ところで、乙一号証の二によれば、本件通知書の理由記載は、別紙のとおりであって、概要、原告は、本件登録申請に係る事情聴取において自ら明らかにしているとおり、司法書士が業務を行うに当たり、登記申請の嘱託者が申請人本人であるかどうかを確認したり、あるいは嘱託者の代理人と称する者から登記の申請の委任を受けた場合において嘱託者の申請意思を確認したりする義務はないとの認識を有しているところ、かかる原告が司法書士の業務を行うことになれば、不正な登記申請手続を繰り返して司法書士の信用を害することになるおそれが甚だ大であるから、原告の登録申請は、法六条の三第一項三号の登録拒否事由に該当する、というものであることが認められる。

そうすると、本件通知書の理由記載によれば、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して司法書士名簿への登録が拒否されたのかを、原告において記載自体から了知し得るものというべきである。

3  これに対し、原告は、本件通知書の引用する判例が明らかにしているとおり、司法書士は、取引の安全を保護するため嘱託者から依頼のあった登記申請を迅速に処理しなければならないという要請から、嘱託者の代理人と称する者の代理権の存在を疑うに足りるなどの事情が認められる場合にのみ、同人に対する授権の存在などを確認する義務があるから、原告が関与したとされる五回の不正な登記申請事件のそれぞれについて、依頼者の代理権の存在を疑うに足りる事情の存否などについて具体的に検討する必要があったはずであるが、本件通知書の理由記載は、右五回の事件に対する原告の外形的な関与の事実を記載するのみであるから、本件通知書の理由記載が不備であるのは明らかである旨主張する。

しかしながら、本件通知書の理由記載によれば、本件処分の理由は、原告が不正な登記手続に関与したことによって、民事上の損害賠償責任を負うべきものと認められることではなく、原告が関与した五回の不正な登記申請事件についての本件通知書の記載は、原告の、司法書士としての職務上の責務についての認識に係る事情に過ぎないことが明らかである。

そうであるとすれば、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して本件処分がなされたのかを、原告においてその記載自体から了知させるために、原告が関与した過去五回の不正な登記申請事件のそれぞれについて、依頼者の代理権の存在を疑うに足りる事情の存否などについて具体的に検討し、原告に、民事上の損害賠償責任を負うべき注意義務違反があったかどうかの結論を明示する必要まではないものというべきである。

したがって、原告の右主張は失当である。

4  以上みたところに照らせば、本件通知書における理由の記載には、法六条の四が要求する理由付記として不備な点はないものというべきである。

三  結論

以上のとおりであるから、本件処分に違法な点はないことに帰し、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないから棄却することにし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官富越和厚 裁判官竹田光広 裁判官岡田幸人)

別紙<省略>

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