大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(タ)451号 判決 1998年6月15日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

竹内康二

青木秀茂

河野弘香

市村隆行

本山信二郎

船橋茂紀

松井清隆

土井久

泊昌之

松村昌人

被告

乙山太郎

乙山花子

右両名訴訟代理人弁護士

関口悟

主文

一  原告の被告らに対する本件各訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  本籍東京都世田谷区成城<番地略>亡甲野春男(平成六年二月二三日死亡)と被告乙山太郎との間に親子関係が存在しないことを確認する。

2  本籍東京都世田谷区成城<番地略>亡甲野春男(平成六年二月二三日死亡)と被告乙山花子との間に親子関係が存在しないことを確認する。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  本案前の答弁

主文同旨

2  本案の答弁

(一) 原告の被告らに対する各請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  亡甲野春男(本籍東京都世田谷区成城<番地略>。平成六年二月二三日死亡。以下「春男」という。)は、戸籍上、昭和四七年一〇月一五日に被告らの三男として出生し、平成六年二月二三日、アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市で死亡した旨が記載されている。

2  しかし、春男と被告らとの間には、真実の親子関係がない。

3  よって、原告は、春男と被告らとの間に親子関係が存在しないことの確認を求める。

二  被告らの本案前の主張

原告には、春男と被告らとの間に親子関係が存在しないことの確認を求める利益がなく、本件各訴えは、いずれも訴訟要件を欠く不適法なものである。

三  被告らの本案前の主張に対する原告の反論

1  春男の相続に関する原告の利害関係

(一) 原告は、亡甲野洋子(昭和一三年一月四日生。以下「洋子」という。)の弟であり、洋子の唯一の相続人である。

(二) 洋子は、昭和四八年三月二七日、春男との間で養子縁組をした。

(三) 洋子は、戸籍上、平成六年二月二三日午後五時五九分、アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市で死亡した旨が記載されている。

(四) 春男は、戸籍上、右同日、右同所で死亡したが、その死亡時刻は不詳である旨が記載されている。

(五)(1) 春男は、洋子よりも先に死亡した。したがって、洋子の相続人である原告と被告らとは、春男の相続をめぐって対立する関係にある。

(2) 仮にそうでないとしても、春男と洋子の死亡の先後関係は不明であるから、同時死亡が推定されるところ、洋子を保険契約者兼被保険者、春男を保険金受取人とする生命保険金については、洋子が商法六七六条一項による春男に代わる保険金受取人を指定する権利を行使することなく死亡したため、同条二項により、保険金受取人である春男の相続人がこれを受け取ることになるが、被告らと春男との間に親子関係が存在しない場合には、春男に相続人がないこととなるから、右保険金は国庫に帰属することになる。しかし、保険契約者の合理的な意思からすれば安易に国庫帰属を認めるべきではなく、保険契約者の相続人である原告を受取人とすべきである。したがって、原告と被告らとは、右の生命保険金をめぐって対立する関係にある。

(六) したがって、原告には、春男と被告らとの間に、親子関係が存在しないことの確認を求める利益がある。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は、認める。

2  同2の事実は、否認する。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

第一  被告らの本案前の主張について

一  春男と洋子の死亡の先後関係について

1  証拠(甲第二ないし第五号証、乙第一、第二号証の各一、二、第三号証、第五ないし第七号証)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

(一) 春男、洋子、原告及び被告らの身分関係は、別紙身分関係図に記載のとおりである。

(二) 洋子は、平成六年二月二三日、アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市所在のコンドミニアム(ハワイ州ホノルル市アラモアナ通り一三五〇ペントハウス四)内で心臓に銃撃を受けた状態で発見され、収容先の救急施設であるクイーンズメディカルセンターにおいて死亡が確認された。検死官のカンティ・デ・アルウィス(以下「検死官アルウィス」という。)が死体を解剖した上で作成した洋子に関する死亡証明書(死亡診断書。乙第一号証の一)には、死亡時刻及び死亡確認時刻は同日午後五時五九分、死亡の直接の原因は心臓貫通を伴う胸部銃創、受傷時刻は不明、受傷場所は自宅である旨が記載されている。

(三) 春男も、右同日、アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市所在のワイキキ・パークショア・ホテル(ハワイ州ホノルル市カラカウア通り二五八六)の駐車場で炎上していた自動車内において、死体で発見された。検死官アルウィスが春男の死体を解剖した上で作成した春男に関する死亡証明書(死亡診断書。乙第二号証の一)には、死亡時刻は不明、死亡確認時刻は平成六年二月二三日午後一一時五分、死亡の直接の原因は心臓を貫通する胸部銃創、受傷場所は不明である旨が記載されている。

(四) そして、右両名の戸籍の死亡時刻欄には、洋子は「平成六年二月二三日午後五時五九分」、春男は「平成六年二月二三日時刻不詳」と、それぞれ記載された。したがって洋子と春男は、平成六年二月二三日に死亡したが、戸籍の記載上は、その死亡の先後関係は不明となっている。

(五) 平成七年八月二三日、ハワイ州第一巡回区巡回裁判所において、洋子及び春男を殺害した被告人として起訴されたA(以下「A」という。)に対し、第二級殺人罪により有罪である旨の陪審員の評決に基づいて、終身禁錮刑が宣告された。

(六) 右事件において検察官がした論告等によると、平成六年二月二三日当日のAの行動は、次のとおりである。

(1) Aは、平成六年二月二三日、まず、自己の居住するアパート(ディスカバリ・ベイ・アパートメント。洋子の居住する前記コンドミニアムとは約1.5キロメートルの距離にある。)に春男を誘い込んで拘束した後、拳銃を所持して、洋子の居住する右コンドミニアムに赴き、洋子に対して金員を要求したが、その目的を果たさなかったため、所持してきた拳銃で洋子の心臓を一発撃ち、洋子をクローゼットに運び込み、室内に火を放った。

(2) Aは、その後、自分のアパートに引き返し、春男の心臓を拳銃で一発撃った上、春男を自動車に積み込み、ワイキキ・パーク・ショア・ホテルの駐車場まで行き、同所において右自動車に火を放った。

(七) 以上の事実関係によると、死亡証明書に記載された洋子の死亡時刻は、現実の死亡時刻ではなく、検死官アルウィスが、前記救急施設において洋子の死亡を確認した時刻であることが明らかであり、春男については、検死官アルウィスが死亡を確認した時刻は平成六年二月二三日午後一一時五分であるが、死後経過時間が確定できなかったため、死亡証明書には死亡時刻が不明である旨の記載がされたものであり、これらの記載に基づいて、前記の戸籍の記載がされたものと推認されるから、洋子及び春男の正確な死亡時刻は、いずれも不明であるといわなければならない。

(八) しかし、殺害行為に関する限りは、まず、洋子に対する殺害行為が実行され、洋子がクローゼットに運び込まれて室内に火が放たれた後に、Aのアパートに引き返すのに必要な時間をおいて春男に対する殺害行為が実行されたものであり、その先後関係は極めて明白である。

(九) そして、一般に心臓を貫通した銃創は、直ちに重大な失血を引き起こし、短時間(ほぼ三分程度)で心臓と肺の永久的機能停止、すなわち、死の結果をもたらすところ(乙第五号証の名古屋大学医学部法医学教室教授の医師勝又義直作成の意見書参照)、右の医学上の一般的所見を本件の事実関係に適用すると、洋子が死亡した後、相当時間経過後に春男が死亡したものと経験則上推認することができ、春男は、洋子の死亡後にも、なお生存していたものということができる。

2  以上の事実関係によれば、洋子は、春男よりも先に死亡したことが明らかである。

二  本件各訴えの利益について

1 親子関係不存在確認の訴えは、戸籍上の親子及び実父母以外の第三者もこれを提起することができるが、当該親子関係が不存在であることにより、直接に特定の権利を取得し又は義務を免れるというような利害関係を有しない第三者は、右訴えにつき法律上の利益を有しないものと解するのが相当である。

2(一)  これを本件についてみると、洋子が春男より先に死亡したという前記事実関係の下においては、原告は、春男と被告らとの間の親子関係が不存在であることにより、洋子の相続人となってその遺産を相続するなど、直接に特定の権利を取得し又は義務を免れるというような利害関係を有しないことが明らかである。

(二)  そうすると、原告は、本件親子関係不存在確認を求めるにつき、法律上の利益を有しないものというべきである。

第二  結論

よって、原告の被告らに対する本件各訴えは、訴えの利益を欠く不適法なものというべきであるから、いずれもこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官井上繁規)

別紙身分関係図<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例