東京地方裁判所 平成8年(ワ)11200号 判決 1997年12月01日
原告
インタコンポ株式会社
右代表者代表取締役
中原紀男
右訴訟代理人弁護士
篠原千廣
右訴訟復代理人弁護士
松原厚
被告
大塚勝
右訴訟代理人弁護士
伊東三五七八
主文
一 被告は、原告に対し、次の各金員を支払え。
1 金八二一万〇二八六円及びこれに対する昭和六三年八月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員
2 金二〇万円及びこれに対する平成八年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
主文と同じ。
第二 事案の概要
一 前提事実(証拠等を掲げたものを除いては、当事者間に争いがない。)
1 原告は、株式会社である。
2 原告の子会社である訴外アイシーアイトレイディング株式会社(以下「訴外会社」という。)は、昭和六〇年三月二五日から同年一一月二七日にかけて、被告に対し、別紙貸付金目録記載のとおり、合計金一二九一万六一七六円を貸し渡した(弁済期は不詳。)。
3(一) 原告は、昭和六一年一一月四日、訴外会社との間で、訴外会社が被告に対し有していた前項の貸金契約に基づく合計金九一九万五二八六円の残債権を、訴外会社が原告に譲渡する旨約した。
(二) 原告は、同日、被告との間で、右譲受債権について、次のとおり約した。
(1) 右譲受債権については、以後、年五分の割合による利息を付する。
(2) 元金の支払方法は、毎月金一万円ずつ支払い、また、毎年六月及び一二月には金一〇万円ずつ支払うものとする。
(3) 利息の支払方法は、毎年六月及び一二月に、既発生分を支払うものとする。
(4) 被告は、原被告間の雇用関係が終了した場合には、未払分を完済する(弁論の全趣旨。特に、被告が弁済期未到来の主張をせず、むしろ、被告が最後に弁済をした昭和六三年八月二五日の翌日を起算日とする消滅時効を主張していること。)。
4 被告は、昭和六〇年一一月ころ、原告に雇用されたが、昭和六三年八月末ころ、原告に対し今後の勤務が無理である旨伝え、その後は原告の従業員として勤務することがなく、したがって、原被告間の雇用関係も右時点で法的に終了したことになる(乙一〇、一一、弁論の全趣旨)。
5 原告は、昭和六三年三月二四日、弁済期を定めずに金二〇万円を貸し渡した。
6 原告の被告に対する本訴各債権は、被告の個人的債務及び被告の経営する株式会社ユニロンインターナショナル(以下「ユニロン」という。)の債務の返済資金として、訴外会社又は、原告から被告に貸し付けられたものである。
7 原告は、本訴状の送達をもって、被告に対し、本訴各債権について催告する。
8(一) 原告の右3(二)の準消費貸借契約に基づく債権に対する最終弁済日である昭和六三年八月二五日の翌日から数えて五年後の平成五年八月二五日が経過した。
(二) 原告の右5の貸金契約日の翌日から数えて五年後の平成五年三月二四日が経過した。
(三) 原告は、株式会社であるから、本訴各債権はいずれも商事債権であって、前提事実8(一)及び(二)の事実により、五年の経過をもって時効消滅すべきものである。したがって、被告は、原告の被告に対する本訴各債権について、消滅時効を援用する。
二 争点
本訴各債権は、商事債権として五年の経過により時効消滅するか否か。
(原告の主張)
1 被告は、昭和六〇年三月上旬、訴外会社の従業員となったもので(被告は、同年一一月ころ、前提事実4のとおり原告の従業員となった。)、この間、訴外会社から、被告の個人的債務及びユニロンの債務の返済資金とする目的で、前提事実2のとおり貸付を受けた。
2 原告は、訴外会社から右貸金債権の譲渡を受けたものであるが、訴外会社及び被告間における貸金契約における民事債権としての性質は、債権譲渡によっても、また、前提事実3(二)の準消費貸借契約によっても、変化するものではない。
3 被告は、原告から前提事実5の金員貸付を受けたとき、原告の従業員であった(前提事実4参照)。
4 訴外会社及び原告とも、その営業目的には、金銭貸借が含まれていない。
5 原告が被告との間で前提事実3(二)の準消費貸借契約を締結し、また前提事実5の貸金契約を締結したのは、被告が原告の従業員となり、その語学力等を原告のためにいかしてもらうために、返済条件等について、債務者である被告を有利に取り計らおうとしたことにある。
6 一般論として、株式会社が、借金で困窮している従業員に対し、その返済資金を貸し付ける行為は、従業員の一身的な特殊事情に基づいた偶発的、個人的色彩の極めて濃厚な原因に基づくものであるから、商行為に該当しないと解すべきであり、したがって、本訴各債権も、商事債権ではなく、民事上の債権となるので、消滅時効期間は一〇年である。
(被告の主張)
1 被告と訴外会社との関係は、もともと、被告が経営していたユニロンが、訴外会社に対し、ユニロンのヨーロッパにおける取引先を紹介して、ユニロンが輸出手続をすることによりその手数料を受け取るという取引関係にあったというものにすぎず、被告は、訴外会社の従業員となったことはない。したがって、訴外会社による前提事実2の貸金契約については、会社外の者に対する貸付となり、原告の主張6の前提を欠くことになる。
2 そもそも、訴外会社が被告に金員を貸し付けたのは、ユニロンの国内の仕入先及び同社の海外の輸出先を、同社の代表者である被告とともに訴外会社に組み入れて、訴外会社を輸出会社として発展させようとする意図があったことに基づくのであり、したがって、訴外会社の被告に対する貸金(被告の主張は「ユニロンに対する貸金」となっているが、会社とその代表者を混同していることに基づく誤解と思われる。)は、社内的なものでも、偶然的なものでもなく、計画的かつ継続的なものであり、個人的色彩の極めて薄いものである。
3 訴外会社の被告に対する債権を担保するために設定された根抵当権の登記簿によれば、被担保債権の範囲が、証書貸付取引、手形貸付取引等、すべて商行為を予定しているものであり、このことからも、本訴各債権の商行為性が裏付けられる。
第三 争点に対する判断
一 会社の行為と商行為性について
1 原告が株式会社であることは、前記のとおり当事者間に争いがないところ、そもそも会社の行為について、商事債権以外の債権発生原因となるものがあり得るか、換言すれば、会社の行為について商法五〇三条二項の適用が肯定され、商行為性の推定が覆る余地があるといえるかが問題となる。
2(一) 会社は商行為以外の行為をなすことができず、その結果、会社の行為で商事債権以外の債権を発生させるものなどあり得ないとして、会社の行為につき商法五〇三条二項により商行為性の推定を覆すこともあり得ないという考え方も成り立ち得る。
(二) しかしながら、商行為概念の存在意義は、それが商取引であるという点に存するものであって、取引であれば簡易、迅速、不要式といった特性を原則とすべきであることから、商法は、商取引について民法の原則を修正しているところ、会社の行為はその大半が商取引に関するものであって、簡易、迅速、不要式といった特性を原則とすべきであるけれども、ごく一部に例外とすべき行為が存することも、当然のことながら、否定できない。
実質的に考えても、会社の行為であるという一事をもって、それはすべて商行為と定めてしまうことは、会社に対し、いわゆるポケットマネーを保有する余地を完全に否定することになり、会社活動の実態と大きくかけ離れた法的効果をもたらす結果を招来し、不都合である。
3 よって、会社についても、商法五〇三条二項の適用により、その行為について商行為性の推定が覆る可能性を肯定すべきである。
二 本訴各債権の性質について
1 本訴各債権が商事債権か民事債権かを決するには、本訴各債権の発生原因事実が附属的商行為に該当するか(商法五〇三条二項により商行為性の推定が覆るか)を判断すればよいことになる。
2 そこで、まず、事実認定について検討する。
(一) 原告の主張1のうち、被告が前提事実2の貸付の時点において訴外会社の従業員であったことは、乙一〇、一一によれば右主張に反する事情がうかがわれ、その余の証拠を併せ考慮しても、これを認めることはできない。
(二) 原告の主張4については、甲一及び乙一によりこれを認めることができる。
(三) 原告の主張5及び被告の主張2は、いずれも原告が被告に対して行った貸付等の行為の動機ないし目的に関するものであるが、会社は一般的に営利を目的として活動する法人であることからして、訴外会社の前提事実2の貸付行為のみならず、原告の被告に対する前提事実5の貸付行為も、それぞれ訴外会社及び原告にとって、将来的には自己の利益になるであろうとのもくろみの下に行われたことは、疑うべくもない。
3(一) 以上の認定事実を基礎にして、本訴各債権の発生原因事実が附属的商行為に該当するかどうかを判断することになるが、一般論として、附属的商行為に該当する行為の範囲については、直接営業のためにする行為にとどまらず、営業に関連して営業の維持ないし便益を図るためにする行為も含まれるとされているが、他方、行為者が当該行為を営業のためにする意思については、行為当時に客観的に認められることを要する。
(二)(1) 本訴各債権のうち、金八二一万〇二八六円の部分すなわち訴外会社の被告に対する貸付行為に基づく部分について検討するに、一般的に、商人が取引先に対し金員を貸し付ける行為は、取引先に便宜を図ることによって商人の営業に有益な結果をもたらすことから、附属的商行為であると言えるが、本件の場合、訴外会社が取引をしていた相手は、被告個人ではなく、その経営する会社ユニロンであるのに対し、前提事実2の貸付の相手方は、被告であることからして、右貸付行為が附属的商行為と言えるかが問題となる。
会社に対する貸付も、その代表者個人に対する貸付も、経済的効用は異ならないとして、いずれも附属的商行為に該当するとの意見もあり得ようが、法的には会社と代表者は全く別人格であること、前記のとおり附属的商行為は商人が営業のためにする意思が客観的に認められる必要があるところ、金銭貸借をその目的に含んでいない会社が、他の会社の代表者個人に金銭を貸し付けることが、同会社との取引に資することにつながるとは必ずしも客観的に認め得るものではないことからして、このような貸付行為は附属的商行為に該当しないと解すべきである。
前述のとおり、右貸付行為は、被告個人のみならずユニロンの債務の弁済資金とすることを目的としていたわけではあるが、だからといって、被告に対する貸付をユニロンに対する貸付と同視することはできない。
(2) よって、前提事実2によって生じた訴外会社の被告に対する債権は、民事債権となるが、これが、前提事実3(一)の債権譲渡行為によって商事債権に変わると解釈することは、特段の事情を認め得ない本件の場合は、難しいと言わざるを得ない。
また、前提事実3(二)の準消費貸借契約によっても、同様である(まして、次項で述べるように、原被告間の行為は対外的取引としての色彩を有していない以上、訴外会社の有した民事債権が、商事債権に変化するとは解し得ない。)。
(三) 本訴各債権のうち、金二〇万円の部分の発生原因事実である前提事実5の貸付行為は、原告が、その当時従業員であった被告に対して行ったものであるところ、会社内部における行為については、たとえそれが営業に資することをもくろんでなされたものであっても、簡易、迅速、不要式といった、前述の商取引一般に要求される特性を具備しているとは考え難く、したがって、これを附属的商行為に該当すると解すべきではない。
4 よって、本訴各債権は、いずれも商行為によらない債権であって、消滅時効期間は一〇年と解すべきであるから、被告が消滅時効を援用しても、その効果は発生しない。
二 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、理由がある。
(裁判官柴﨑哲夫)