東京地方裁判所 平成8年(ワ)11642号 判決 1999年2月23日
原告
飯塚久子
ほか一名
被告
金井佳男
ほか一名
主文
一 被告らは原告らそれぞれに対し、連帯して金五八七万六四五三円及びこれに対する平成七年七月一五日から支払い済みまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの、その一を被告らの負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の申立(原告ら)
一 被告らは原告らそれぞれに対し、連帯して金一四三七万六七八六円及び内金一二六二万六七八六円に対する平成七年七月一五日から支払い済みまで年四分の割合による金員の支払いをせよ(予備的に年五分の割合の金員の支払請求)。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決及び仮執行宣言の判決を求めた。
第二事案の概要
一 本件は、交差点において直進車と右折車が衝突するという事故において、左側面に衝突された右折車の運転者が事故の衝撃により死亡したとして、その妻と子が直進車の運転者及び所有者に対して、それぞれ民法七〇九条及び自動車損害賠償法三条に基づいて損害賠償を訴求した事案である。
なお、立証は、記録中の証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。
二 争いのない事実等
次のとおりの交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
1 日時 平成七年五月二〇日午前一時五五分ころ
2 場所 横浜市鶴見区汐入町一丁目三一番一号先汐入交差点内(以下、「本件事故現場」という。)
3 当事者の車両
(一) 被告車 普通乗用自動車(足立五四と一九二四)(運転者被告金井佳男〔以下「被告金井」という。〕、所有者・被告朝妻康〔以下「被告朝妻」という。〕)
(二) 原告車 事業用普通乗用自動車(品川三三あ九三七一)(運転者亡飯塚進〔以下「亡進」という。〕)
4 事故態様 被告金井が被告車を運転して、本件事故現場を西から東へ向かって直進していたところ、折から本件事故現場を東から北へ向かって右折しようとしていた原告者の側面に衝突した。なお、事故の詳細については、後述のように争いがある。
5 亡進は、平成七年七月一四日午後三時三三分、肝不全により、虎ノ門病院において死亡した(事故による受傷の部位、右事故と死亡との因果関係については、後述のとおり争いがある。)
6 本件事故現場は、別紙のとおりであるが、汐入インター方面から生麦インター方面へ東西に抜ける道路と鶴見区末広町方面から国道一五号線方面へ南北に抜ける道路が交差する交差点であり、信号機により交通整理が行われていた。また、東西に抜ける道路の信号には右折専用の矢印表示の信号が設置されていた。道路には最高速度時速五〇キロメートルの規制がなされている。同交差点の中央には高架道路を支える支柱があって、汐入方面からの直進車(西から東に向かっての直進)からの右方の見通しは不良であり、汐入インター方面から国道一五号線方面に向かって右折(東から北への右折)する際に、直進車がくる左方の見通しも不良である。
7 原告飯塚久子は、亡進の妻であり、原告飯塚敏子は、亡進の子であり、他に亡進の相続人はいない。
三 争点
1 本件事故の態様と過失相殺
2 本件事故と亡進の死亡との因果関係の有無、寄与度について
3 原告らの損害
第三当裁判所の判断
一 本件事故の態様と過失相殺
1 本件において、原告らは、事故の態様について、亡進は本件事故現場の交差点を右折するに際し、設置されていた青色矢印の信号に従って東から北に向けて進行しようとした際に、直進してきた被告車から左側面に衝突されたもので、過失相殺は認められるべきでないと主張し、これに対して、被告らは、被告金井は、信号機から六四・五メートルの地点で黄色信号に変わったのを認めたが、停止線において停止できない状況であったので、そのまま進入したもので、亡進は矢印信号が出る以前に右折を開始していたものであると主張する。
2 信号関係について、当時の交通は閑散であって(甲第三号証)、亡進が青色矢印信号まで右折を待つ必要性はなかったといえる。また、もし、亡進の言い分が正しいとすれば、被告金井は、既に赤信号になってから二秒以上経過してから、交差点に進入したことになり、被告金井が黄色信号に変わったのを確認したとする地点で赤信号を確認していたことになり、被告金井は前方の注視を著しく欠いていたことになるが、しかし、被告金井は、右折を開始した原告車を発見後、直ちに制動措置をとっており、前方の注視を欠いていたとはいえない。また、被告車の速度の点については、自己に不利益な制限速度を超過していたことを述べている。これらを総合すると、信号関係については、ほぼ被告金井の供述に沿って認定できる。
3 もっとも、これを前提としても、本件事故現場が見通しの悪い交差点であって右折がし難いことや、にもかかわらず被告金井が時速約八〇キロメートルで進入してきたこと、また、被告金井が黄色信号に変わったのを確認した地点は停止線から四五メートル以上の距離があり(甲第三号証)、制限速度を時速一〇キロメートル程度超過した時速六〇キロメートル程度の速度でも十分停止できたと認められることを考慮すると、直進車が黄色信号で進入し、右折車が青色信号で進入した後、黄色信号で右折した場合と類似の関係にあり、これに先に述べたように、時速約三〇キロメートル以上の速度違反があることや、本件事故現場が見通しの悪い交差点であることを考え合わせると、本件の過失割合は、被告金井対亡進は八〇パーセント対二〇パーセントの割合であると解すべきである。
二 本件事故と亡進の死亡との因果関係の有無、寄与度について
1 亡進が本件事故によって負った傷害
亡進が本件事故によって負った傷害については、原告らは両側膝部打撲、胸腹部打撲内出血、背部打撲の傷害を負ったものであると主張するのに対して、被告らは、両側膝部打撲のみであると主張している。
確かに、この点、亡進は、病院の医師に対して、胸腹部打撲内出血、背部打撲について、自宅での転倒が原因である旨を申告している(甲第八号証、第九号証の二、第九号証の一三)。しかし、被告車の衝突時の速度は急制動をかけたとはいえ、八〇キロメートルもの高速であったことを考えれば、その衝撃は相当なものであったと推認され、また、自宅での転倒であれば、胸腹部と背部のみに打撲が生じるのはいささか不自然であり、手や腕等に打僕が生じていないことからすると、これらの傷害は本件事故の衝撃によりシートベルトと運転席によって生じたと見るのが自然である。亡進が、右のような申告をした理由は定かではないが、胸腹部打撲内出血、背部打撲についても、本件事故によって生じたものと認めることができる。
2 亡進の死亡と本件事故との因果関係の有無
本件においては、亡進は、平成七年五月二〇日入院し、その後、一旦、同年六月二六日に退院するが、その後、同月二八日に再入院し、七月一四日に肝不全により死亡している。原告らは、亡進は、本件事故当時肝硬変ではあったが、比較的安定した状態にあり、亡進の死亡については、本件事故の影響が大きく、その寄与割合は六割を下るものではないと主張している。一方被告らは、本件当時の亡進の肝硬変は極めて重く、胸腹部打撲内出血、背部打撲が本件事故によって生じたことが否定できなくとも、本件の亡進の死因である肝不全は、亡進の既往症の悪化によるものであり、因果関係が否定されるべきであり、仮にこれが肯定されても五〇パーセント以上の寄与割合を認めるべきであるとする。
証拠(甲第八号証、第九号証一ないし一四、第一〇号証一ないし一六及び証人竹内和男の証言)によれば、以下のような事実を認めることができる。<1>本件において、亡進が、昭和六一年一一月の検査入院により、肝硬変と診断され、その後、平成三年に三回の入院があり、肝性脳症の診断もなされ非代償性の肝硬変となったものの、その後、本件の平成七年五月二〇日まで入院がなかったものであり、その症状は安定していたと認められる。もっとも、これは定期的な通院と点滴を必要とするもので、状態としては悪かったとも評価できるものであった。<2>亡進は、このような状態の肝硬変があったところへ、外傷の影響によって肝不全に陥ったものと認められるものである。<3>外傷と肝硬変とのそれぞれの寄与の割合については、医学的な見地から、どちらが何割ということは困難である。
以上の事実を前提とすると、本件においては、亡進について平成七年五月二〇日に、両側膝部打撲のみならず、胸腹部打撲内出血、背部打僕の傷害を負った事実が認められる以上、本件事故と亡進の死亡との因果関係は否定できないと考えられる。なお、亡進は一旦、六月二六日に退院をしているが、これは完治を意味するものではなく、拘禁反応的なものが出てきたこと等に基づくものであり、これにより因果関係の有無を左右するものではない。
因果関係の存在することを前提とすると、肝硬変と事故との寄与割合が問題となる。医学的な判断が困難であるとすると、この点は、ある意味で規範的な判断を加えざるを得ない。本件において、亡進は肝性脳症が出て自動車の運転をすることは不適当なほどの重い症状であったこと、主治医の見解でも一年以上の余命については確実なことはいえないことが認められる。一方で、亡進の病状は悪いながらも安定しており、事故がなければ、この時点で死亡するということはなかったといえる。このような観点からは、本件の事故の死亡に対する寄与割合は六〇パーセントと考えるべきである。
三 原告らの損害
1 葬儀費用 金一二〇万〇〇〇〇円
(原告ら請求額 金三七七万三四五〇円)
葬儀費用に関しては、甲第一九号証の一ないし一四の二までの書証が提出されているが、葬儀費用に関してはその実費全額を損害額として認めるのは相当でない。現在においては金一二〇万円を相当額として認める。
2 入院雑費 金六万八九〇〇円(原告ら請求どおり)
(計算) 金一三〇〇円×五三日
3 治療費 金九八万〇七二〇円(原告ら請求どおり)
甲第六号証により認める。
4 逸失利益 金二一三万二六四七円
(原告ら請求額 金一五二六万六二一八円)
逸失利益については、その基礎収入及び逸失期間が問題となる。まず、基礎収入については、原告らは、亡進の過去三年間の平均収入を基礎収入とすべきであると主張する。しかしながら、前記の通り、亡進は、本件事故時においては既に肝性脳症が発生していて自動車の運転が不適当な状態にあったというのであるから、これを基礎収入とすることは妥当ではない。また、病状は安定していたとはいえ、状態としては悪いものであったということも考慮すると、原告は当時は六四歳ではあるが、平成七年度の六五歳以上の賃金センサスの男子学歴計の三九一万五七〇〇円の三分の一を基礎収入とする。
次に逸失期間についても、前記のような事情や、一年以上の余命の点については主治医ですらはっきりしたことのいえない状況であったことからすると、三年間について認める(生活費控除四〇パーセント)。
(計算)
(金三九一万五七〇〇円÷三)×〇・六×二・七二三二
なお、原告らは、中間利息の控除について年五分ではなく、年四分として計算をすべきである旨主張するが、これは、現在の金利状況が将来においても変化しないことを前提としたものであって採用することはできない。
5 慰藉料 金二二〇〇万〇〇〇〇円(原告ら請求どおり)
本件の具体的状況においては、右額が相当である。
6 過失相殺後 金一〇五五万二九〇七円
以上を原告らの損害額を合計すると、金二六三八万二二六七円となり、これに、原告ら側の過失として、亡進の事故についての過失割合二〇パーセントと既往症の肝硬変の寄与割合四〇パーセントの合計六〇パーセントについて、過失相殺の処理をすると、金一〇五五二九〇七円となる。
7 弁護士費用 金一二〇万〇〇〇〇円
(原告請求額 金三五〇万〇〇〇〇円)
本件の事件においては、金一二〇万円が弁護士費用として相当である。
第四結語
よって、原告らの請求は、それぞれ右合計額である金一一七五万二九〇七円の二分の一である金五八七万六四五三円及びこれに対する平成七年五月二〇日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので、これを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法六一条、六四条本文、仮執行宣言について同法二五九条一項に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 馬場純夫)
交通事故現場見取図