東京地方裁判所 平成8年(ワ)1234号 判決
原告 東洋機工株式会社
右代表者代表取締役 三上進也
右訴訟代理人弁護士 西垣内堅佑
同 雨宮英明
被告 皆川眞寛
被告 有限会社ブルータス
右代表者代表取締役 佐々木智康
被告 佐々木智康
右三名訴訟代理人弁護士 大川史佑
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告らは原告に対し、連帯して、一三五〇万円及びこれに対する昭和六三年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が借地権付建物を購入するに当たり、その事務処理に携わっていた弁護士(当時)の被告皆川眞寛とその余の被告らとの共謀による欺罔に基づき、仲介手数料名下に一三五〇万円を騙取されたなどとして、被告皆川眞寛に対しては、不法行為又は債務不履行に基づき、その余の被告らに対しては、共同不法行為に基づき、損害賠償金の連帯支払を請求する事案である。
一 争いのない事実等(認定事実には証拠を掲示する。)
1 当事者等
原告は、工作機械の製造・販売及び不動産取引等を業とする株式会社である。被告皆川眞寛(以下「被告皆川」という。)は、当時第二東京弁護士会所属の弁護士であり、昭和五九年四月から昭和六一年一〇月までは原告の、同年一一月から平成四年九月までは原告の関連会社である丸和興産株式会社(以下「丸和興産」という。)の、各顧問弁護士を務めていた。被告有限会社ブルータス(以下「被告ブルータス」という。)は、プラスチック原料の製造・販売及び不動産取引等を業とする有限会社である。被告佐々木智康(以下「被告佐々木」という。)は、昭和六二年ころまで被告皆川の法律事務所の事務員をしており、兄佐々木義政を代表取締役として設立された被告ブルータスにそのころ入社したが、平成二年五月以降は同被告の代表取締役を務めている。飯高猛弘(以下「猛弘」という。)は、昭和六一年六月、江東区千石三丁目に広大な土地を所有する株式会社飯高(以下「飯高」という。)の全株式を取得し、同年一〇月代表取締役に就任した。(甲一〇、証人猛弘、被告佐々木、弁論の全趣旨)
2 本件建物等
猛弘は、島田栄(以下「島田」という。)らから賃借していた江東区千石三丁目四番一号の土地(以下「本件土地」という。)上に、二棟の木造スレート葺平屋建の建物(以下「本件建物」という。)を所有していた。原告は、右土地の周辺部にある飯高ないし猛弘が所有していた土地を既に買い受けており、本件土地は、公道に面し、右周辺部の土地から公道に出入りする通路部分に当たる。(甲二七、二八、三八、四三、乙五、証人島田、被告皆川、同佐々木、弁論の全趣旨)
3 紛争に至る経緯
(一) 原告は、昭和五八年一月ころ、他の不動産会社に勤務していた平田富士男(以下「平田」という。)及びその部下らを入社させ、不動産取引業にも積極的に進出するようになった。さらに、原告の代表取締役である三上進也(以下「原告代表者」という。)は、同年三月ころ、足立区一ツ木の土地建物を有限会社進生荘から購入した際、同社の債務整理業務の一環として右売買を担当していた被告皆川の知識と手腕に感心して、平田から同被告を紹介してもらい、以後同被告との関係を深めるようになった。その後、同年六月、平田が連れてきた桑原建隆(以下「桑原」という。)が原告に入社し、平田は入社してから昭和六二年七月に解雇されるまでの間、桑原は昭和六三年四月から平成五年四月に解雇されるまでの間、それぞれ原告の不動産部長としていわゆる地上げを行っていた。本件建物の売買契約当時の原告における地上げの内部的手続は、原告代表者から対象物件に関する交渉等を一任されている桑原を中心とする不動産部が、交渉等の実務上の行為を行った後、原告代表者が桑原から上がってくる稟議書に目を通してその許否を決定し、経理部にその支払を指示するというものであった。(甲六、丙八、原告代表者、弁論の全趣旨)
(二) このような不動産事業の一環として、原告は、既に猛弘から本件土地の周辺部の土地を取得していたが、右土地は公道に面していなかったため、公道に面する本件土地の地上げが是非とも必要であった。(被告佐々木、弁論の全趣旨)
(三) ところで、原告は、不動産部創設以来、数多くの地上げを手掛けたが、昭和六〇年ころは不動産取引が加熱しつつあった時期であり、多くの不動産取引業者が短期間で転売利益を上げることを目指してそれに適する不動産の取得に奔走していた。そして、その取得に当たって不動産ブローカーが介在するとき、不動産取引業者は、自らがしかるべき額の利益を確保できる場合には、地上げをスムーズに完了させて早期の転売を可能にする見返りとして、不動産ブローカーに対して仲介料・企画料等の名目で通常の不動産取引仲介手数料額を遙かに上回る額の金員をその当否を詮索することなく支払うということもしばしば行われていた。
(公知の事実)
4 本件建物売買契約の締結
(一) 本件建物売買契約に至る経緯
前記のとおり、原告には本件土地を地上げする必要性が生じていたため、桑原は、かねてから被告皆川及び被告ブルータスに対し、本件土地を取得してほしい旨要請していた。そこで、昭和六二年八月ころ、被告皆川と被告ブルータスの社員である酒光靖夫(以下「酒光」という。)が、島田の税理士事務所を訪れ、島田に対し、本件土地の譲受方を申し出た。しかしながら、島田が本件土地の譲渡に応じなかったため、被告皆川らは、本件土地の取得に代えて、本件土地の借地権を原告に取得させる方向で交渉することとした。そして、昭和六三年八月ころ、被告皆川らは飯高から借地権付きで本件建物を買い受ける交渉をする一方、島田らとの間で、本件土地の借地権譲渡にかかる具体的な交渉に入り、その結果、原告を新たな借地人として、堅固な建物所有を目的とする期間三〇年の賃貸借契約を設定し、その承諾料として飯高が三三九〇万円を島田らに支払うことが合意された。なお、これら交渉については、被告皆川が主導的な役割を果たしていた。ところで、同年八月ころ、原告代表者は、桑原から本件建物を買い受けると同時に本件土地を賃借するという話を聞き、即座にこれに承諾を与えた。その後、本件建物の売買契約締結の一週間前ころ、原告代表者は桑原から本件建物取得に関する詳しい状況説明を聞き、被告ブルータスが仲介人として介在することについても説明を受け、同被告に対する仲介手数料として、売買価格の三パーセントを支払うことの了承を求められた。原告代表者は、不動産売買の仲介というのは、価格交渉や重要事項説明等の行為を行うものであると理解していたが、被告ブルータスが仲介行為として何を行ったのか、また、仲介手数料がなぜその額になるのかなどについて桑原に詳しく尋ねることをせず、その支払を了承した。そして、原告代表者は、被告ブルータスが昭和六三年九月二二日に作成した手数料支払約定書に記名押印をし、その後、桑原から上げられた稟議書を決裁し、経理部に支払を指示した。(甲三九の1、2、甲四〇の1ないし3、四一、四三、乙一、証人島田、原告代表者、被告皆川、同佐々木、弁論の全趣旨)
(二) 売買契約の成立
被告ブルータスは、昭和六三年一〇月五日、本件建物についての重要事項説明書を作成し、原告に交付した。同日、原告は、猛弘との間で、原告が猛弘から本件建物を四億五〇〇〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結すると同時に、原告は被告ブルータスに対し、売買契約の仲介手数料として一三五〇万円を同日付け小切手で支払い、酒光が同被告の領収書を作成して原告に交付した。さらに、同日、原告は島田らとの間で本件土地の賃貸借契約を締結し、同時に島田は承諾料三五〇〇万円を受領した。承諾料が当初の予定よりも増額されたのは、借地権設定が遅れたことに対する陳謝の意味が込められていたからである。なお、被告皆川は、右各契約の締結に立ち会い、各契約書に立会人として記名押印した。(甲一、三六、四一、四四、乙二ないし四、証人島田、被告皆川)
二 争点と当事者の主張
1 被告らの責任
(原告の主張)
(一) 被告皆川は、本件建物の売買契約において、猛弘との交渉等を取り仕切ったので、実際には仲介人は不要であるにもかかわらず、桑原を通じて原告代表者に対し、「猛弘の関係会社である被告ブルータスが仲介をやる。それが取引の条件だ。」とあたかも仲介人が必要であるかのように申し向け、また、被告ブルータスが何らの仲介業務も行っていないにもかかわらず、書面上仲介業務を行ったかのように仮装して、原告代表者を欺罔し、その旨誤信させた上、原告をして被告ブルータスに不要な仲介手数料名下に一三五〇万円を支払わせた。
また、被告皆川は、本件建物の売買契約と不可分一体となる島田との間の本件土地の賃貸借契約につき、原告側立会人となっていたから、原告の利益のため事務処理すべき任務を有していたにもかかわらず、右のとおり不要な仲介手数料を支払わせ背任行為を行った。
(二) 被告皆川は、原告若しくは原告グループの顧問弁護士として委任契約上の善管注意義務を負うところ、右のとおり同義務に違反して、原告に被告ブルータスに対する不要な仲介料を支払わせた。
(三) そして、被告ブルータスと被告佐々木は、被告皆川の意を受けていずれもこれに加担した。
(被告らの主張)
否認する。被告ブルータスは適法な仲介業務を行った。
2 消滅時効の成否
(被告らの主張)
(一) 原告が仲介手数料一三五〇万円を支払った昭和六三年一〇月五日から本訴提起の日である平成八年一月二五日までに約七年余が経過したから、原告の不法行為に基づく損害賠償請求権は、時効により消滅した。
(二) 被告佐々木及び被告ブルータスは平成八年五月九日の第二回口頭弁論期日において、被告皆川は平成八年七月二二日の第四回口頭弁論期日において、それぞれ右時効を援用するとの意思表示をした。
(原告の主張)
原告が不法行為を認識したのは、早くても平成六年夏ころであって、その時点が不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点となるべきであるから、時効は完成していない。
第三当裁判所の判断
一 原告は、被告皆川の不法行為責任又は債務不履行責任の前提として、被告ブルータスに対する仲介手数料一三五〇万円の支払が不要なものであったと主張するので検討する。
確かに、前記のとおり、被告皆川は本件建物の売買契約において主導的役割を果たしていたが、他方、本件建物の売買契約は本件土地を地上げする上で是非とも必要であり、したがって、本件土地の賃貸借契約と不可分一体のものであるところ、被告ブルータスの社員である酒光が島田との本件土地の地上げ交渉に同席し、かつ、被告ブルータスは本件建物に関する重要事項説明書を作成して、原告に交付しており、しかも、原告代表者も桑原からの説明によって、本件建物の売買契約の一週間前には、被告ブルータスの本件建物の取得に対する関与を認識し、特に同被告の本件建物の売買契約において果たした役割や仲介手数料の額の妥当性について精査することなく同被告に対する仲介手数料の支払を経理部に指示し、仲介手数料一三五〇万円を同被告に対し支払ったことが認められる。
もっとも、原告代表者は、桑原を介して被告皆川から、被告ブルータスは猛弘の関連会社であり、同被告を取引に介在させる必要があるとの虚偽の説明を受けた旨供述するが、このような供述を裏付けるに足る証拠はないし、右のとおりの認定判断及び既に判示した当時の地上げ行為における不動産ブローカーに対する仲介手数料の支払状況に照らしても、このような供述のみに依拠して被告ブルータスへの仲介手数料の支払がされたと認めることはできない。
そうすると、原告が、被告ブルータスに対して支払った仲介手数料一三五〇万円は、不要なものであったとまで断定することはできず、他に原告による同被告に対する仲介手数料の支払が不要であったことを認めるに足る的確な証拠はない。
したがって、不法行為責任又は債務不履行責任を負うとする原告の主張は、その前提を欠くので理由がない。
二 そうすると、その余につき判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 都築弘 裁判官 土田昭彦 裁判官 福渡裕貴)