大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)12357号 判決 1999年6月22日

原告

富士火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

白井淳二

右訴訟代理人弁護士

中田明

松村幸生

田島正広

被告

三菱倉庫株式会社

右代表者代表取締役

宮﨑毅

右訴訟代理人弁護士

山田洋之助

山田攝子

山田隆子

被告

株式会社コスモトランスライン

右代表者代表取締役

岡村和吉

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告三菱倉庫株式会社は、原告に対し、五三一五万一八四五円及びうち四七三〇万七八四五円に対する平成七年五月一三日から、うち五八四万四〇〇〇円に対する平成七年三月七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社コスモトランスラインは、原告に対し、四七三〇万七八四五円及びこれに対する平成七年五月一三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

1  訴外黒田電気株式会社(以下「黒田電気」という。)及び同株式会社マレリー(以下「マレリー」という。)は、原告との間で、貨物海上保険契約をそれぞれ締結し、黒田電気は、被告株式会社コスモトランスライン(以下「被告コスモトランスライン」という。)との間で、貨物運送契約を締結していた。

2  阪神淡路大震災の二日後である平成七年一月一九日、被告三菱倉庫株式会社(以下「被告三菱倉庫」という。)保有の神戸市中央区港島<番地略>所在の三菱倉庫ポートアイランド営業所構内A号倉庫(以下「本件倉庫」という。)において火災(以下「本件火災」という。)が発生し、同倉庫内に保管されていた黒田電気の別紙貨物目録一の貨物及びマレリーの同目録二記載の貨物(以下、別紙貨物目録記載一及び二記載の貨物を「本件貨物」という。)が全焼した。

3  そのため、原告は、右各保険契約に基づき、それぞれ保険金として、黒田電気に対し、本件火災による損害額四七三〇万七八四五円を、マレリーに対し、その損害額五八四万四〇〇〇円を支払った。

4  そこで、原告が、(一)黒田電気及びマレリーは、被告三菱倉庫に対し、それぞれ貨物保管上の注意義務違反による不法行為に基づく損害賠償請求権を有しており、原告が、これを保険代位によりそれぞれ取得したとして、同被告に対し、右各損害金及び右各損害金に対する各保険金支払日の翌日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、(二)黒田電気は、被告コスモトランスラインに対し、履行代行者たる倉庫業者の過失等による右運送契約上の債務の履行不能に基づく損害賠償請求権を有しており、原告がこれを保険代位により取得したとして、同被告に対し、前記損害金及びこれに対する保険金支払日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めたのが本件訴訟である。

第三  争いのない事実等(証拠により認定した事実には、証拠番号を付す。)

一  当事者

被告コスモトランスラインは、貨物運送取扱等を業とする株式会社である。

二  黒田電気の貨物の保管

1  運送契約の締結

黒田電気は、平成六年一月中旬頃、被告コスモトランスラインとの間で、別紙貨物目録一記載の輸出用電気絶縁材料等合計六二〇個のLCL貨物(コンテナ一個に満たない貨物で、運送人が、他の貨物とともに一個のコンテナに詰め合わせるもの)を、船積港から同目録一記載の仕向地まで運送する旨の運送契約を締結した。

2  貨物の引渡し、保管

黒田電気は、右契約に基づき、被告コスモトランスラインに対し、同被告が被告三菱倉庫から、コンテナ・フレート・ステーション(海上運送人が、荷送人からLCL貨物を受け取る場所)として借り受けていた本件倉庫内一階北東付近において、別紙貨物目録一の貨物を引渡し、被告三菱倉庫は右貨物を本件倉庫内に保管していた。

三  マレリーの貨物の保管

被告三菱倉庫は、本件火災発生当時、マレリーの所有する別紙貨物目録二記載の貨物を、港湾運送約款に基づき、荷捌貨物として本件倉庫内に一時的に保管していた。

四  ソジウム・メチラート・パウダーの保管

被告三菱倉庫は、後記本件火災当時、訴外ヒュルス・ジャパン株式会社(以下「ヒュルス・ジャパン」という。)を寄託者とするソジウム・メチラート・パウダー(別名ナトリウム・メチラート・パウダー。以下「本件NMP」という。)の粉末一二五キログラム入りドラム缶(以下「本件ドラム缶」という。)二〇缶を、ドラム缶四本を一括りにロープで結わえ、木製パレットを間に配した上で三段に積み上げて、本件倉庫の一階に保管していた(乙イ九)。

五  本件火災の発生

阪神淡路大震災(以下「本件大震災」という。)発生の二日後である平成七年一月一九日午前一時三〇分頃、本件倉庫において本件火災が発生し、本件貨物は全焼した。

六  保険契約の締結、保険代位

1  原告は、平成六年六月一日、黒田電気との間で、同社を被保険者とし、同社の名義で輸送される全貨物を目的として、輸出F・O・B保険(第二方式)による貨物海上保険契約を締結した。

原告は、平成七年五月一二日、黒田電気に対し、同社が被った損害を填補するため、右契約に基づいて四七三〇万七八四五円を支払い、保険代位を主張できる立場を取得した。

2  原告は、平成七年一月一三日、マレリーとの間で、同社を被保険者とし、別紙貨物目録二記載の貨物を目的として、貨物海上保険契約を締結した。

原告は、平成七年三月六日、マレリーに対し、同社が被った損害を填補するため、右契約に基づいて五八四万四〇〇〇円を支払い、保険代位を主張できる立場を取得した。

第四  争点

一  本件火災の出火原因

(特に、本件NMPが出火原因か否か。)

二  被告三菱倉庫の不法行為の成否

(特に、同被告の本件NMP保管上の過失の有無について)

三  被告コスモトランスラインの債務不履行の成否

(特に、履行代行者の過失又はその監督上の過失の有無について)

四  港湾運送約款上の免責条項の適用の有無

五  失火責任法上の重過失の有無

六  FIATA複合運送証券標準約款上の免責条項の適用の有無

第五  争点に関する当事者の主張

一  原告の主張

1  本件火災の原因

本件火災の原因は、本件NMPと清涼飲料水等の化合による自然発火である。

NMPは、一般に白色又は淡褐色で吸水性が強く引火しやすい。さらに、水分と接すると激しく反応し、直ちにメチルアルコールと水酸化ナトリウム溶液とに分解するが、その際に発生する反応熱は、発生するメチルアルコール蒸気を発火させるのに十分である。その上、摂氏七〇度以上の温度においては、NMPは一般に空気中で自然発火する性質を有する。

そして、本件倉庫内の本件NMPが保管されていた区画から、わずか4.5メートルしか離れていない場所には、清涼飲料水、洋酒等が保管されていた。

本件倉庫には、他に何も出火原因に至る物品が存在せず、火の気も全くなかったこと、本件火災の二日前に発生した本件大震災以後は、誰も本件倉庫内に立ち入っておらず、一切の物品の出し入れは行われていなかったことからすると、本件火災の原因は、本件NMPと清涼飲料水等の化合による自然発火である。

2  被告三菱倉庫の不法行為

(一) 過失

(1) 予見義務、予見可能性

倉庫業者としては、寄託を受ける貨物の名称、性状を把握し、寄託を受けた貨物が、消防法上の危険物に該当するおそれがある時は、消防法上義務づけられている危険物試験を行う必要があるのは当然であるが、消防法上の危険物に該当しないとしても、危険な性状を有することが容易に判断できる物品については、当該物品の危険性に応じた安全な保管を行うべき注意義務を有する。

NMPは、一般的な説明書には、水分との化合による自然発火のおそれがあると指摘されている化学薬品であり、本件NMPは、消防法上の危険物試験の結果、非危険物との認定を受けていたが、被告三菱倉庫は、本件NMPが、消防法上の危険物とみなされる程度の危険性を有さないとしても、何らかの危険性を有することについて容易に予見し得た。

したがって、被告三菱倉庫は、仮にドラム缶が転倒して本件NMPが漏出した場合、付近に同様に転倒して流出した清涼飲料水等があれば、化学反応により発火するであろうことを予見し得たし、予見すべきであった。

(2) 回避義務、回避可能性

被告三菱倉庫は、本件大震災のような地震により本件NMPを入れたドラム缶が転倒すること自体は回避できなかったとしても、ドラム缶が転倒した際に、漏出した本件NMPが水分と化合しないよう保管上の配慮をすることは決して困難なことではなく、容易に可能であった。

すなわち、被告三菱倉庫としては、

① 気密性の高い包装を施し、窒素を封入した上、本件NMPを金属容器に密閉すること

② 本件NMPを入れた容器の保管に際しては、十分な転倒防止措置を施し、積上保管は可能な限り避け、やむを得ず行う場合には、右容器が転倒しないよう厳重な防止措置を講ずること

③ 本件NMPを入れた容器が転倒した場合に、本件NMPが漏出する可能性のある範囲内に、水分を含んだ貨物を保管しないこと及び水分を含む貨物を積み上げて保管する場合には、それらが転倒して中身が流出する可能性のある範囲と本件NMPの漏出する可能性のある範囲とが互いに重ならないよう十分な空間を維持すること

④ 本件NMPが漏出し、水分と化合したことで火災が生じた場合又は近接して保管されている貨物から火災を生じた場合には、本件NMPの性質上、通常の放水によっては消化できないことに備えて、本件NMPは、放水による消火が可能かつ効果的な貨物とは別の倉庫に保管するか、少なくとも密閉可能な仕切により厳重に相互の区画を分け、相互に最適な消火方法を採ることを可能にすること

のいずれかの注意義務(結果回避義務)があり、そうした措置が採られていれば、本件火災は回避できたものである。

(3) 注意義務違反

被告三菱倉庫は、右注意義務に違反し、本件NMPを入れたドラム缶を四本を一括りにし、木製パレットを間に配しただけの方法で三段に積み上げ、本件NMPからわずか4.5メートルを隔てるにすぎない場所に、清涼飲料水、洋酒等の水分を含んだ貨物を保管した上、他の一般貨物と一緒に間仕切りも区画分けもせずに何らの配慮もなく混在させて本件NMPを保管した。

(二) 加害行為、因果関係

右注意義務違反の結果、被告三菱倉庫は、本件火災を発生させ、本件倉庫内に保管されていた本件貨物を全焼させた。

(三) 損害

(1) 別紙貨物目録一記載の黒田電気の貨物のインヴォイス価格の総額は、四三〇〇万七一三二円であるが、市場価格はその一割増しの四七三〇万七八四五円と評価するのが相当であり、損害額は右市場価格と同額である。

(2) 同目録二記載のマレリーの貨物の市場価格は五八四万四〇〇〇円であり、損害額は右市場価格と同額である。

3  被告コスモトランスラインの債務不履行責任

(一) 履行代行者たる被告三菱倉庫の過失

前記2記載のとおり。

(二) 監督上の過失

被告コスモトランスラインは、運送人として、貨物の受領時以降、目的地での引渡し時まで、貨物を安全に運送、保管する義務を負う。

海上貨物運送に関しては、運送に際し、外航船に船積みするまでの国内倉庫で保管している時には、履行代行者として倉庫業者を使用することは荷主との間で黙示に許容されているが、運送人は、自己又はその使用する者が運送品の受取り、船積み、積付、運送、保管、荷揚及び引渡しにつき、注意を怠ったことにより生じた運送品の滅失、損傷又は延着について損害賠償の責めを負うのであるから(国際海上物品運送法三条)、被告コスモトランスラインは、自己が使用する倉庫業者である被告三菱倉庫が本件貨物を保管することに関して監督責任を負う。しかし、被告コスモトランスラインは、黒田電気の貨物がどこに保管されているかも把握せず、当然本件倉庫内の他の貨物との位置関係、配置方法について監督することもなかったのであるから、倉庫業者に対する監督責任を果たしたとはいえない。

よって、被告コスモトランスラインには、履行代行者たる被告三菱倉庫の監督を怠った過失がある。

(三) 損害

2(三)(1)と同じ。

4  争点四(港湾運送約款上の免責条項の適用の有無)について

(一) 黒田電気又はマレリーは、被告三菱倉庫とは何らの契約関係もないのであるから、港湾運送約款の適用はない。

(二) 仮に、右約款の適用があるとしても、本件火災は、前記のとおり、本件NMPの保管に過失があったものである以上、「人力で抗することができない事故」(同約款一九条一号)にも、「貨物の性質による発火」(同条五号)にも当たらないというべきである。

(三) また、右約款は、軽過失の免責(同約款二〇条一項)、あるいは、故意又は重過失の立証責任の転換(同条三項)を規定するが、右約款のような附合契約において、一律に軽過失免責若しくは立証責任の転換を図ることは、一方当事者に極めて都合の良いものであって、公序良俗に反するというべきである。

5  争点五(失火責任法上の免責)について

失火責任法の適用は、失火により生じた損害のうち、延焼部分に限定され、失火から直接生じた火災について適用されないと解すべきであるところ、本件火災は直接火災であるから、失火責任法は適用されない。仮に、同法が適用されるとしても、被告三菱倉庫には、重大な過失がある。

6  争点六(FIATA複合運送証券標準約款上の免責条項の適用の有無)について

FIATA複合運送証券標準約款は、物品の滅失又は損傷が「避けることのできなかった原因または出来事」あるいは「相当の注意を払っても防ぐことのできなかった結果」により生じた場合は免責される旨(同約款六条A2項f号)規定する。しかし、右条項は、利用運送人が、当該貨物の危険性等について相当の注意を払うことを前提としているというべきところ、前記のとおり、被告コスモトランスラインは、本件貨物の存在を知らなかったほどずさんな対応しかしておらず、右条項の適用がないことは明らかである。

二  被告三菱倉庫の主張

1  本件火災の原因

本件火災の原因は、本件NMPではない。すなわち、①火災後の警察及び消防の火災原因調査の結果、本件火災の出火原因が不明とされたこと、②財団法人化学品検査協会による試験結果に基づいて、本件NMPは非危険物と判断されたこと、③荷主であるヒュルス・ジャパンによる本訴訟提起後の水との反応性についての実験の結果によれば、本件NMPは、水分と化合して自然発火する可能性がないこと、④本件ドラム缶の強度試験の結果によれば、本件NMPが入ったドラム缶が仮にパレットから落下して転倒したとしても、中に入っていた本件NMPが漏出する可能性はないこと等からすると、本件火災の出火原因は、本件NMPではない。

2  被告三菱倉庫の過失

化学品は、それぞれの物質ごとに純度、成分が異なり、それに応じて性状が異なるのであるから、NMPの一般的性質が、原告主張のとおり水分との化合による危険性を有するとしても、直ちに本件火災の予見可能性、予見義務があるとはいえない。しかも、本件NMPの試験結果によれば、水との反応性実験によっても、自然発火せず、非危険物と認定されているのであるから、被告三菱倉庫には、本件火災の予見義務も予見可能性もない。具体的にいえば、次のとおりである。

① 本件NMPを入れたドラム缶は、十分な強度を有するものであり、本件NMPは、窒素ガスを封入したポリエチレン製の袋に密閉されて収納されていたのであるから、ドラム缶が転倒又は落下した場合も、水分との化合を想定することは不可能である。

② 本件NMPを入れたドラム缶は、四本を一括りにしてロープで結わえ、間に木製パレットを挾んで積み上げており、地震等の揺れに対する防止措置を施していたのであり、転倒防止措置としては十分であった。

③ 本件火災当時に本件倉庫内に保管されていた貨物の中で、本件NMPの比較的近くに保管されていた貨物には清涼飲料水があったが、そのほとんどが缶入りであり、本件NMPの水との反応性実験の結果と照らすと、清涼飲料水との化合による発火は想定できない。

④ 本件倉庫は、普通倉庫であり、原告が主張するような区画分け等の構造を要求されるものではない。

したがって、被告三菱倉庫には注意義務(結果回避義務)違反の過失はない。

3  港湾運送約款に基づく免責

(一) 黒田電気及びマレリーの本件貨物は、いずれも、被告三菱倉庫が、運輸大臣の認可を受けた港湾運送約款に基づき、荷捌貨物として一時的に保管していたものであるから、本件火災については、港湾運送約款が適用される。

(二) 港湾運送約款一九条一号又は五号の免責

港湾運送約款一九条は、「当会社(被告三菱倉庫)は次の事由によって生じた貨物の滅失、毀損、引渡遅延その他の損害または他の貨物、船舶、財産もしくは人畜に及ぼした一切の損害については賠償の責に任じない。」とし、該当事由として、「天災その他の不可抗力、火災、水害、海難、機雷、強盗、海賊その他一切の人力で抗することができない事故および検疫、その他の法律、命令、規則等の執行」(一号)、「自然の消耗または貨物の性質による発火、爆発その他貨物との接触から生ずる事故」(五号)を挙げている。

本件火災は、平成七年一月一七日の本件大震災のわずか二日後に発生したものであり、火災後の警察、消防等の詳細な調査によってもその出火原因すら特定できないものであって、右の約款一九条一号に該当する。

仮に、本件火災が本件NMPを出火原因とするものであっても、貨物の性質による発火(五号)に該当し、本件貨物の焼失は、それによって生じた他の貨物に及ぼした損害に該当するから、被告三菱倉庫は、いずれにしても、右約款一九条に基づいて免責される。

(三) 港湾運送約款二〇条の免責

港湾運送約款二〇条によれば、「当会社(被告三菱倉庫)が賠償の責に任ずる賠償は、当会社またはその使用人に故意又は重大な過失によって直接に生じたものに限る」(一項)が、被告三菱倉庫が「故意または重大な過失がなかったことを証明したときはその責に任じない」(二項)し、その「証明が事実上または条理上不能と認められる場合は、委託者が当会社またはその使用人の故意または重大な過失を証明しなければならない」(三項)とされている。

本件火災は、本件大震災直後の混乱状態において発生したものであること、火災後の消防、警察等の調査によっても出火原因すら特定されていないことから、同条三項の「証明が事実上又は条理上不能と認められる場合」に該当し、原告が、被告三菱倉庫又はその使用人の故意又は重過失を主張立証すべきであるが、原告はその立証に成功していない。

したがって、被告三菱倉庫は、右約款二〇条に基づいて免責される。

4  失火責任法に基づく免責

本件火災には、失火ノ責任ニ関スル法律(以下「失火責任法」という。)が適用されるが、被告三菱倉庫には、重過失がない。よって、被告三菱倉庫は、民法七〇九条に基づく不法行為責任を負わない。

三  被告コスモトランスラインの主張

1  本件火災の原因

本件火災の原因は、本件NMPではない。

2  被告三菱倉庫の過失

二2と同じ。

3  被告コスモトランスラインの過失

被告コスモトランスラインには、被告三菱倉庫に対する監督責任を怠った過失はない。

4  FIATA複合運送証券標準約款に基づく免責

別紙貨物目録一記載の貨物の運送については、FIATA複合運送証券標準約款が適用され、被告コスモトランスラインは、右約款上のフレート・フォワーダーにあたる。右約款六条A2項f号には、「フレート・フォワーダーが避けることのできなかった一切の原因または出来事およびフレート・フォワーダーが相当の注意を払っても防ぐことのできなかった結果」により物品の滅失又は損傷が生じた場合には、その責任を免れる旨の定めがある。

本件火災は、本件大震災を契機に発生したものであるから、本件火災による別紙貨物目録一記載の貨物の全焼は、右条項のフレート・フォワーダーたる被告コスモトランスラインが「避けることのできなかった原因」に基づく物品の滅失に当たり、被告コスモトランスラインは、右条項に基づいて免責される。

第六  当裁判所の判断

一  争点一(本件火災の出火原因)について

1  本件火災の原因が明らかになる直接証拠はない。そこで、以下では、間接事実から、本件火災の原因が本件NMPであると推認できるか否かを検討することとする。

2(一)  本件火災発生当時、本件倉庫内には、本件NMPの他に自然に発火し又は水分等他の物質と化合して発熱するなどの危険を有する貨物は保管されておらず、本件火災発生前の平成七年一月一七日に被告三菱倉庫の社員が見回り、本件倉庫の施錠を完全にし、外部から何者かが侵入することのできない状態にしたこと、その後は、本件火災発生まで誰も本件倉庫内に立ち入っていないことは、当事者間に争いがない。

(二)  甲三、四の一、乙イ一六及び証人濱本義信(以下「濱本」という。)の証言並びに弁論の全趣旨によれば、本件火災の原因であるとして主張されているナトリウム・メチラート・パウダー(NMP)は、医薬品等の他の化学品の合成のため又は添加剤として利用される白色粉末の化学薬品であり、吸水性が強く、水分と接した場合には、激しくかつ素早く反応し、水酸化ナトリウムとメチルアルコールを発生させ、その際、摂氏約八〇度ないし九九度の反応熱を発生させることが認められる。

(三)  甲七、二一、乙イ一一及び証人衣笠誠(以下「衣笠」という。)の証言並びに弁論の全趣旨によれば、本件倉庫の被災状況は、次のとおりであると認められる。

(1) 本件火災後に行われた警察の現場の見分によると、本件火災の出火箇所と考えられるのは、本件倉庫内で、最も燃焼度合が激しい西側部分、具体的には、本件倉庫の西側から約八メートル、北側から約一五、六メートルの直径数メートルの地点(なお、甲七には、出火地点が西側から六メートル、北側から八メートルと記載されているが、甲七添付の図面の縮尺と整合しないので、右記載は採用しない。)であり、その床部分には、服地染料である赤色粉末が付着しており、その床部分の北側には、約七メートルにわたって地割れが存する。

(2) 本件NMPは、乙イ一一(別紙配置図)の「化学品」と書かれた区画に保管されており、その付近の区画には、洋酒、清涼飲料水がそれぞれ保管されていたが、本件NMPと最も近い洋酒との距離は、一二ないし一三メートル、最も近い清涼飲料水との距離は、7.5メートルである。

(3) 本件大震災は、震度七の大地震であって、甲七の写真二七に明らかなとおり、地割れが生ずるほどであり、震災直後の本件倉庫出入口付近は、貨物が倒れて出入口をふさぎ、出入りができなくなっていること等から、地震の揺れに伴う本件倉庫内の貨物の荷崩れの程度は、すさまじかったことが窺われ、本件NMPの入ったドラム缶が地震の揺れによりかなり遠くまで飛ばされた可能性も否定できない。

(四)  以上の事実を前提にすると、次のようにみることができる。

第一に、NMPは、一般的に、水分と接したときは、高熱を発して化合するという性質を有する。

第二に、本件倉庫内の貨物保管状況からみると、本件NMPは、本件大震災の揺れを契機として、水分を含有する貨物と接する可能性を否定することができない。

第三に、本件倉庫内の他の貨物の内容・性状、本件倉庫内の立入りの状況等からすると、本件火災の出火原因として、本件NMP以外に他の原因を想定することは困難である。

そうすると、本件大震災による揺れを契機に、三段に重ねられたパレットから本件ドラム缶が飛び出るような形態で転倒して落下し、中の本件NMPが漏出し、さらに、付近にあった洋酒、清涼飲料水等も地震の揺れにより転倒、破壊され、中身が流出し、本件NMPとそれらの水分とが化合し、反応熱を発生させ、発生した水酸化ナトリウムとメチルアルコールの混合気体が発火して本件火災を発生させた蓋然性は、論理的に十分推認できるところであるといわなければならない。

3(一)  これに対し、被告らは、①警察及び消防の火災原因調査の結果、本件火災の出火原因が不明とされたこと、②財団法人化学品検査協会による試験結果に基づいて、本件NMPは非危険物と判断されたこと、③製造業者であり荷主でもあるヒュルス・ジャパンによる本訴訟提起後の水との反応性についての再実験の結果によれば、本件NMPは、水分と化合して自然発火する可能性がないこと、④本件ドラム缶の強度試験の結果によれば、本件NMPが入ったドラム缶が仮にパレットから落下して転倒したとしても、中に入っていた本件NMPが漏出する可能性はないことから、本件火災の出火原因は、本件NMPではない旨主張している。

本件火災の出火原因については、前記2(四)のとおり、本件NMPであることが推認できるから、被告としては、前記推認が論理的、科学的にみて不合理である等、右推認をくつがえす反証をすることにより、少なくとも真偽不明の状態にすることが必要となる。そこで、以下では、被告による各個別の反証について、検討することとする。

(二)  甲七によれば、警察及び消防は、本件火災の出火原因が不明であると発表していることが認められるが、このことは、直ちに、本件火災の原因の推認を妨げる事由とはならない。なぜなら、証人衣笠の証言にもあるように、本件火災では、人身損害が発生していないこと、被告三菱倉庫の過失が認められにくいこと等から、出火原因不明として、調査が途中で打ち切られ、刑事事件として立件されなかったことも考えられるからである。

(三)  甲五、六、一九、乙イ四の一及び同四の二によれば、消防法上の危険物として品名が列挙されている物品については、製造業者等が倉庫業者に対して保管を委託する際に、訴外財団法人化学品検査協会(以下「化学品検査協会」という。)において引火点測定試験等所定の確認試験を行った上、その結果を自治省消防庁に報告し、その結果が法令の定める一定の基準以内であれば、自治省消防庁が非危険物との判定を行い、それが危険物保安技術協会に存する危険物等データベースに登録されること、危険物が個々の品目毎に届けられるべきこととされているのは、個々の物品ごとに、純度や形状などが異なるからであること、化学品検査協会がNMPについて、平成二年七月四日から平成三年二月二一日までと同年七月一八日にそれぞれ行った確認試験の結果によれば、非危険物と判定していることが認められる。

しかしながら、消防法上の危険物に当たらないとしても、NMPが水分等と化合して発火するという可能性が否定されなければ、前記推認を覆すことにはなり得ない。

(四)  被告らは、本件NMPは、成分としてメチルアルコールを全く含有せず、ヒュルス・ジャパンによる水との反応性実験によっても、自然発火せず、反応熱も摂氏一〇〇度以下と低い旨と主張するところ、これに沿う証拠として、乙イ三の二、一六がある。

しかし、乙イ一六は、本件火災発生後の平成九年九月二九日に行われた実験結果を記載したものであるところ、本件NMPの製造時期、保管状態と、右実験に使用されたNMPの製造時期、保管状態とがほぼ同一の状態にあったという前提が認められることが、その結果の評価に欠かせないところである。しかし、この点は、明らかにされていない。かえって、乙イ四の一と同四の二を比較すると、同じヒュルス・ジャパンが製造したNMPについても、引火点が摂氏一三六度のものと摂氏一一一度のものとが存在し、引火点をとってみても、二五度もの差がみられるのであるから、結局、個々のNMPの性状には差異がみられるものであるといえ、必ずしも実験で使用されたNMPの性状と本件NMPの性状とは同一に論ずることはできないものと解される。

さらに、前記第三、四のとおり、本件NMPは、一二五キログラム入りのドラム缶二〇缶に保管されており、ドラム缶は、四本を一括りにして、パレット上に三段重ねにされていたのであり、本件倉庫内の本件NMPの保管量は、乙イ一六の実験の試料の量とは比較にならないほど多量であったと認められるから、その発生熱量も異なってくるものといわざるを得ない。

したがって、右実験は、本件NMPと同様の性状を有するNMPを試料として使用したものという前提を維持できていないばかりでなく、試料の量も本件倉庫内の量とは大きく異なる条件のもとで行われたものであるから、出火原因についての前記推認は妨げられない。

(五)  証人濱本は、本件火災の発生が、地震の後四〇時間も経過してから発生していることが、本件NMPが出火原因であることと矛盾すると証言する。しかし、本件大地震においては、平成七年一月一七日早朝の大地震以降も頻繁に余震が続いたことは、当裁判所に顕著な事実であるし、必ずしも平成七年一月一七日の大震災当日に本件NMPと付近の水分とが化合したのではなく、流出した水分が徐々に本件NMPと接したことや、化合により発生した反応熱が何らかの形で保存され、一定時間経過後に発火したことも考えられないではないから、この点をもって、本件NMPが出火原因であるとの推認は妨げられない。

(六)  乙イ六ないし八及び一〇によれば、本件ドラム缶は、日本のJISに相当するドイツのDIN六六四四、ヨーロッパの基準であるEURONORMにも合致し、1.80メートル、1.20メートル、0.80メートルの高さから、それぞれ、蓋から斜めに落下した場合、胴部の縦溶接部継手から横向きに落下した場合、底部から斜めに落下した場合の落下試験にも耐えうる強度を有していたことが認められる。

しかし、本件大震災は、2(三)(3)で説示したとおり、震度七で、地割れが生じ、貨物の荷崩れにより本件倉庫の出入りもできない状態となったほどの規模であり、かつ、本件NMPの周囲の貨物には、ボルト、ナット、印刷機械などもあった(乙イ一一)ことが認められ、どのような力が本件NMPのドラム缶に加わり、どのようにパレットから落下したかについては不明であるとしても、相当に強烈な力が加わったことが窺われる。したがって、ドラム缶が右のような強度を有していたとしても、なお、内部の本件NMPが漏出した蓋然性があったものということができるから、前記出火原因についての推認は妨げられない。

4 以上述べたとおり、被告らの反証は奏功しているとみることはできず、本件火災の出火原因は、本件NMPである旨の推認は覆されてはいない。したがって、本件火災は、被告三菱倉庫の保管にかかる本件NMPが荷崩れにより漏出し、他の貨物から流出した水分と化合して発火したものと認定することが相当である。

二  争点二(被告三菱倉庫の不法行為の成否)について

1  判断の順序

原告は、本件において、被告三菱倉庫の過失、すなわち具体的な注意義務(結果回避義務)を措定し、その義務違反を主張するが、過失が認められるためには、結果発生を予見することができ、それを予見すべきであり、結果の回避ができ、回避すべきであったことが必要である。

以下では、まず、原告の主張する注意義務(結果回避義務)の内容である結果回避措置との関連で、本件事実関係をみた上で、過失の有無について検討することとする。

2  結果回避措置について

(一) 原告は、本件火災の発生は、被告三菱倉庫が、四つの具体的措置のいずれかを講じていれば回避できたと主張する。そこで、順次これらの措置に関連して、本件事実をみていくことにする。

(二) 第一に、気密性の高い包装を施し、窒素を封入した上、本件NMPを金属容器に密閉することについて。

乙イ六及び証人濱本の証言によれば、本件NMPは、製造業者であるドイツヒュルス社が、品質保持のための窒素を封入して、ポリエチレン製の袋に入れ、上部を絞って折り曲げ、プラスチック製のストッパー付のリング式留め具で閉め込んであることが認められる。したがって、本件NMPの密閉については、被告三菱倉庫の保管方法に格別の問題はないと解することができる。

(三) 第二に、本件NMPを入れた容器の転倒防止措置について。

倉庫業者としては、保管物である倉庫内の貨物の転倒防止措置を講ずることは、損害発生防止の観点から当然に要請されるところであるが、その程度としては、例えば、貨物の搬出入において、作業員や作業車が保管物に誤って衝突しても転倒しない程度又は本件大震災規模ではない程度の地震により貨物が揺れても転倒しない程度であることが必要である。

すなわち、倉庫業者としては、右のような通常想定される事態に対応できる程度の転倒防止措置を講ずる義務があると解されるのである。

ところで、証人山下隆司(以下「山下」という。)の証言によれば、本件ドラム缶を乗せたパレットに特別な転倒防止措置は付けられていないが、ドラム缶は、四本を一括りにしてロープで結びつけられていること、過去に転倒事故が発生していないことが認められる。これらの事実からすると、通常想定される事態に対応できる程度の転倒防止措置が講じられていたとみることができる。

(四) 第三に、本件NMPの容器が転倒した場合に備えて、水分を含んだ貨物との保管距離を十分に保つべきことについて。

前記認定(一2(三)(2))によれば、洋酒、清涼飲料水との距離は、約七メートルから一三メートルもあったのであるから、通常想定される事態を前提とすれば、たとえ本件ドラム缶が転倒して中身が漏出したとしても、本件NMPが、同様に転倒して流出した洋酒、清涼飲料水等の水分と接することは、考えられないように思われる。

(五) 第四に、火災発生に備えた本件倉庫の区画等の整備について。

乙イ四の一及び二、乙イ一七並びに証人濱本及び山下の証言によれば、本件NMPは、非危険物とされ、消防法上は、普通倉庫に保管することが許容されていたこと、被告三菱倉庫の営業部門担当者は、本件NMPの保管を受託するに当たり、委託者であるヒュルス・ジャパンに対し、危険物であるか等の性状について試験結果等のデータとともに確認を求めたこと、ヒュルス・ジャパンからは、本件NMPの保管について、特別な指示がなかったことが認められる。そうすると、被告三菱倉庫としては、消防法上の規定に従った保管方法を採っていたのであるから、通常想定される事態を前提とすれば、保管上の不適切な点があったと解することは困難である。

(六)  以上のとおり、被告三菱倉庫としては、通常想定される事態に対応できる措置を講じていたと評価することができる。しかし、同被告が、本件火災発生を予見することができたとすれば、このような措置では、不十分であり、注意義務違反と評価される余地があるといえる。そこで、予見可能性について検討する。

3  予見可能性について

前記一4で説示したとおり、本件火災は、本件大震災を契機に本件NMPの入ったドラム缶が転倒して中身が漏出して、洋酒、清涼飲料水等の水分と化合したことにより発生したものである。したがって、本件においては、被告三菱倉庫としては、本件NMPを入れたドラム缶が転倒して本件NMPが漏出した場合、付近に同様に転倒して流出した清涼飲料水等があれば、化学反応により発火することがあることを予見するほか、本件大震災がなければ本件ドラム缶が転倒しなかったことは明らかであるから、本件大震災規模の地震が発生し得ることを予見することが必要である。

そこで、被告三菱倉庫が、本件大震災規模の地震を予見できる可能性があったか否かについて検討する。

思うに、我が国が地震多発国であることからすると、地震の発生それ自体は予見可能というべきであろうが、本件大震災規模の地震の発生を予見することも可能であったとすることは困難であるように解される。すなわち、本件大震災規模の地震の発生を予見することは不可能ではないという程度の抽象的な予見可能性で足りるとすることは、規範的観点から過失の前提要件として予見可能性を求める趣旨が没却されるから、過失の前提としては、より具体的な予見可能性を要すると解するほかないからである。そうすると、本件大震災は、震度は七の未曾有の大地震であるところ、被告三菱倉庫としては、このような規模の大地震が発生するのを具体的に予見することはできなかったものといわなければならない。

したがって、被告三菱倉庫には、本件火災について、本件大震災規模の地震を予見することはできなかったから、本件NMPの危険性及びその貨物が転倒、漏出して、水分と化合して発火することにつき予見できたか、予見すべきかを論じるまでもなく、過失があるものということはできない。すなわち、原告の主張は、本件大震災規模の大地震が発生した場合でも、倉庫業者としては火災が発生しないように貨物を保管すべき義務を負うというものであるところ、被告三菱倉庫としては、2でみたとおり、貨物の転倒防止措置につき、通常想定される事態に対応できる程度の必要な措置を講じていたと認められる上、本件大震災という大地震に起因する本件火災については、その原因の一つである本件大震災の発生についての予見可能性がないから、注意義務(結果回避義務)違反の過失があるとはいえないのである。

三  小括

以上述べたとおり、本件においては、被告三菱倉庫の過失は認められない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、同被告に対する請求を認めることはできない。また、被告三菱倉庫の過失を前提とする被告コスモトランスラインに対する請求についても、その余の点を判断するまでもなく、これを認めることはできない。

第七  結論

以上のとおり、原告の請求にはいずれも理由がないから、主文のとおり判決することとする。

(裁判長裁判官加藤新太郎 裁判官足立謙三 裁判官日暮直子)

別紙貨物目録<省略>

別紙図面<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例