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東京地方裁判所 平成8年(ワ)12490号 判決 1998年5月25日

原告

奥村正巳

外三名

右四名訴訟代理人弁護士

西村孝一

田口哲朗

村越進

武田昌邦

被告

鈴木晃

右訴訟代理人弁護士

渡辺征二郎

中島修三

北新居良雄

田中史郎

中島修三訴訟復代理人弁護士

青木裕史

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告らに対し、各一〇〇〇万円及びこれらに対する平成五年八月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告が、蛇の目ミシン工業株式会社の取締役又は監査役であった原告らに対し提起した株主代表訴訟の一部が原告らに何らの責任もないことを認識しながらあえて行われた不当訴訟であるとして、不法行為に基づき右代表訴訟における弁護士費用相当額の損害賠償を求める事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 原告らは、いずれも蛇の目ミシン工業株式会社(以下「蛇の目」という。)の取締役又は監査役に就任していた者である。

(二) 被告は、蛇の目の元取締役・従業員であり、昭和六二年以来蛇の目の株主である。また、昭和六三年から平成三年まで蛇の目が株式の一九パーセントを有する関連会社であるジェーシーエル株式会社(以下「ジェーシーエル」という。)の取締役でもあった。

(三) ニューホームクレジット株式会社(以下「ニューホームクレジット」という。)は、蛇の目が一九パーセントの株式を所有する蛇の目のグループ企業である。

2  被告による原告らに対する株主代表訴訟の提起とその経過

(一) 被告は、平成五年八月九日、原告らを含む蛇の目の元取締役及び監査役合計二九名を被告として、同社の取締役又は監査役としての善管注意義務違反及び忠実義務違反の責任を追及する総額一五二〇億円の株主代表訴訟を東京地方裁判所に提起した(同裁判所平成五年(ワ)第一四八九五号損害賠償請求事件。以下「本件代表訴訟」という。)。本件代表訴訟は、九個の請求原因からなるものであるが、そのうちの一つに、次の内容のものがあった(以下「本件請求原因」という。)。

「蛇の目ミシンは、平成二年一〇月一日及び同月三一日に、返済を受けるあてがなかったにもかかわらず、ニューホームクレジットを経由して、被告安田が代表取締役会長をしていたナナトミに各五〇億円及び四〇億円の融資を実行したが、右貸金はナナトミの倒産(平成三年一月に和議申請を行った)によりその多くが回収不能な状態に陥った。」

(二) 原告らは、本件代表訴訟における各請求に対し、被告において請求権が存在しないことを確知しつつ敢えて訴え提起されたものであり、悪意に基づく訴え提起であるとして、商法二六七条五項、一〇六条、二八〇条一項に基づく担保提供申立てをなし、東京地裁は、平成六年七月二二日、被告に対し、本件請求原因部分について、原告らを含む本件代表訴訟の被告ら一三名に対し各三〇〇万円(合計三九〇〇万円)の担保を右決定確定から一四日以内に供託すべきことを命ずる決定を下した。

被告は、右決定に対し抗告したが、平成七年七月三一日、右抗告は棄却され、同年八月四日、右決定は確定した。

(三) その後、被告が右決定が定める期間内に担保の提供をしなかったため、東京地裁は、平成八年二月八日、本件代表訴訟のうち本件請求原因部分にかかる訴えを却下し、その余の請求原因について、現在も審理が係属している。

二  争点(被告による本件請求原因にかかる本件代表訴訟提起が原告らに対する関係で不法行為となるか)

1  原告らの主張

(一) ナナトミの倒産による蛇の目の損害の不存在と被告の認識

(1) 被告が本件代表訴訟において主張した本件請求原因は、ナナトミの倒産により蛇の目に損害が生じているというものであるが、合計九〇億円の融資についてはその全額が既に回収ずみであり、蛇の目には損害が生じていない。

すなわち、右九〇億円の債権には国際航業株式会社の株式が担保として提供されており、平成三年三月一日から同月二一日までを買付期間として公開買付の方法によりなされた同社株式についての担保権実行によって、ニューホームクレジットは右株式を取得した。そして、同月一三日、山文証券株式会社に寄託されていた右株式の株券返還請求権がニューホームクレジットから蛇の目に全部譲渡され、公開買付終了後、蛇の目は、山文証券株式会社から右株券の引渡を受けたことにより、右株式を確定的に支配するに至ったのであるが、右株式を蛇の目名義に変更することは新たに公開買付手続を取らなければならないばかりか、蛇の目と国際航業の連結決算の問題が生じるなど極めて煩瑣な事態を引き起こすだけで蛇の目にとって特段有利な結果をもたらすものではなかったため、対外的、手続的処理は、その必要が生じるときまで留保することとされ、形式的には譲渡担保として扱われた。

(2) 国際航業株の公開買付については、平成三年三月一日の日本経済新聞及び毎日新聞において公開買付開始の公告がなされ、その結果につき同月二二日に大蔵大臣宛の公開買付報告書が提出され、かつ、同日以降ニューホームクレジット本店及び東京証券取引所において公衆の縦覧に供されており、その手続の全経過が広く一般に公開されていた。

また、ニューホームクレジットは、蛇の目が設立したグループ企業の一つであり、専ら蛇の目の集金代行業務を事業として行っていたものであるから、ニューホームクレジットが国際航業株を公開買付で取得したことで蛇の目としての債権回収としては十分であることは、被告を含めた当時の蛇の目関係者であれば、誰一人疑わなかったところである。なお、被告は、蛇の目がニューホームクレジットから国際航業株の譲渡を受けたとしても名義変更がなされておらず債権回収として不十分であるとか、蛇の目に損害が発生していないとはいえない旨主張するが、被告は、本件請求原因において「ナナトミの倒産により回収不能になった損害」の賠償を請求しているのであって、右主張によっても本件請求原因が成り立たないことは明白である。

(3) さらに、被告は、平成五年七月二九日、蛇の目元非常勤取締役である妹尾清次から、九〇億円の融資については、ニューホームクレジットが、ナナトミから担保提供を受けていた国際航業株につき公開買付の方法で担保権を実行して回収し、その直後に蛇の目がニューホームクレジットから代物弁済として右株式の譲渡を受け、蛇の目としても全額回収済みである旨記載した通知書(以下「妹尾通知書」という。)を受領しており、被告は、国際航業株が公開買付終了後代物弁済として蛇の目に譲渡され回収ずみであるとの具体的事実を告知されて認識していた。

(4) 被告は、九〇億円の融資が回収されたとの妹尾通知書を受領した以上、右回収の事実がないことを裏付ける明確な反証が得られない限り、本件請求原因にかかる本件代表訴訟を提起すべきではなかったのであり、右九〇億円の融資が公開買付によって蛇の目側に回収された事実の徹底した調査をすることなく、明確な反証もないのに本件請求原因にかかる訴えを提起したことは、自己の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであることを知りながら、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したもので、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものであることは明らかであり、原告らに対する不法行為を構成する。

(二) 原告らの損害

原告らは、本件代表訴訟の応訴を原告ら代理人らに委任したが、その際、本件代表訴訟を構成する複数の請求のうち、いずれか一部が排斥された場合にはその部分にかかる経済的利益について、日本弁護士会連合会報酬等基準規定に基づいて相応の成功報酬金を支払う旨を約した。

原告らは、原告ら代理人らの訴訟活動により、各自がそれぞれ本件請求原因にかかる九〇億円の損害賠償債務を免れたのであるから、右委任契約により、各自が右報酬等基準規定一七条による標準成功報酬金三億六七三八万円を原告ら代理人らに対して支払うべきものとなるところ、原告ら代理人との協議により、本件代表訴訟をめぐる諸事情、原告らの資力等を総合勘案し、右金額を原告ら及び訴えを取り下げた元原告ら三名の七名で支払うべき着手金を含めた弁護士報酬総額とみなした上、更にこれを概ね五分の一に減額した七〇〇〇万円をもって原告ら代理人らに支払うべき弁護士報酬総額とする旨合意した。

これによると、原告ら各自の負担すべき金額は一人あたり一〇〇〇万円となるが、この弁護士費用は、被告の本件請求原因にかかる本件代表訴訟の提起により原告らが被った損害にあたる。

(三) よって、原告らは、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、右弁護士報酬分各一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成五年八月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告の主張

(一) 本件請求原因にかかる原告らに対する本件代表訴訟の提起は、不当な訴え提起にあたらない。

(1) 蛇の目のニューホームクレジットを介してのナナトミへの融資金合計九〇億円について、ニューホームクレジットがナナトミから国際航業株を担保として提供を受けており、公開買付の方法で右株式を取得したことは認めるが、公開買付後に蛇の目が右株式をニューホームクレジットから融資の譲渡担保として取得したことにより、蛇の目が九〇億円を全額回収したとの主張は争う。

蛇の目は、平成九年一月二一日、ニューホームクレジットからの国際航業株を初めて取得しているのであり、ニューホームクレジットによる公開買付直後に蛇の目が右回収を終えたとは考えられない。また、妹尾通知書にあるように右回収が代物弁済によるものであるとしても相場による価額変動がある株式によるものであること、回収までの期間の利息が未収であると考えられること、原資調達のための支払利息の負担が発生していると考えられることなどからして、蛇の目にまったく損害が生じていないとは考えられない。

(2) また、被告は、本件代表訴訟提起当時、右回収がなされた事実を知らなかったし、調査しても知ることができなかった。

妹尾通知書には、蛇の目がニューホームクレジットから国際航業株を代物弁済で取得して債権を回収した旨の記載があるが、妹尾清次は、非常勤取締役を一年間務めたに過ぎず、ナナトミへの買付の経緯や返済の有無・程度について公式に知り得る立場になかった上、的確な説明ができるとは考えられなかった。

そして、被告は、公表されている蛇の目の財務諸表を検討し、ニューホームクレジットを介してのナナトミに対する九〇億円の融資が蛇の目に回収されていないものと考えて、本件請求原因にかかる本件代表訴訟を提起した。

(3) したがって、被告の本件請求原因にかかる本件代表訴訟の提起は、何ら不法行為とはならない。

(二) 被告は、蛇の目の一株主であって、個人的に多額の担保を提供してまで本件請求原因にかかる本件代表訴訟を維持することは困難であったので、担保を提供しなかった。そのため自動的に訴えが却下されただけであって、本件のような事実関係の下において原告ら代理人らが一人当たり弁護士費用を一〇〇〇万円請求するというのはそれ自体非常識で公序良俗違反である。

第三  争点に対する判断

一  株主代表訴訟における担保提供制度が、直接的には、株主代表訴訟を不当提訴として原告株主に対して損害賠償を請求する被告役員の権利を保全するための制度であることはいうまでもないところである。しかしながら、右担保提供制度は、通常は本案訴訟の初期の段階で訴え提起段階で提出されている訴訟資料のみに基づいて命じられ、しかも決定手続きであるため疎明で足りるのに対し、不当提訴に対する損害賠償請求訴訟は、訴訟提起そのものの違法性についての最終判断が求められるものであり、しかも違法性に対する証明が要求されるものであることからすると、両者が機能すべき局面は必ずしも同一ではなく、その要件も必ずしも同一と解すべきではない。株主代表訴訟において、提訴者の悪意が疎明されて担保提出が命じられたとしても、同訴訟の提起そのものの違法性については、改めてその成立要件を検討すべきである。そして、訴えの提起の違法性については、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り、相手方に対する違法な行為となり、不法行為を構成すると解すべきであるから(最高裁昭和六〇年(オ)第一二二号、同六三年一月二六日第三小法廷判決・民集四二巻一号一頁参照)、本件においても、被告による原告らに対する本件請求原因にかかる本件代表訴訟提起が右要件を満たすかについて検討すべきである。

二  本件代表訴訟提起に至る経緯

1  証拠(甲四ないし八、一三ないし一七、一九、乙一ないし五、八、一一、一三、一四、二一ないし二八、三〇、三二ないし三七〔枝番を含む。〕四一、原告吉野幸男本人、被告本人)によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 蛇の目は、ナナトミに対し、ニューホームクレジットを介して、平成二年九月五日及び同年一〇月一日、各五〇億円を貸し付けた。ニューホームクレジットは、右貸付の担保として、ナナトミから国際航業株二一三二万九〇〇〇株の提供を受けていた。その後、ナナトミは、ニューホームクレジットに対し、一〇億円を弁済したが、残債務九〇億円の支払をせず、平成二年一二月に銀行取引停止処分を受けて事実上倒産し、平成三年一月一六日、東京地方裁判所に和議手続開始を申請した。

(二) これに対し、蛇の目グループにおいては、ナナトミからの債権回収がグループ全体の再建計画の重要課題とされ、ニューホームクレジットが有していた国際航業株の譲渡担保権を実行することが蛇の目及びニューホームクレジットにおいて決定され、これに従い、蛇の目及びニューホームクレジットの総務部が協力して、証券取引法に基づく有価証券の公開買付手続を行った。

(三) ニューホームクレジットによる国際航業株の公開買付期間は、平成三年三月一日から同月二一日までとされ、同月一日、日本経済新聞及び毎日新聞に右公開買付開始が公告された。

ニューホームクレジットは、右公開買付により、国際航業株を一株一四七〇円で買付けて譲渡担保を実行し、本件九〇億円の融資に割り付けられた六一二万二四四八株を含む同社株式二一三二万九〇〇〇株を取得した(ただし、右割付分を除く一五二〇万六五五二株については、同年六月、ナナトミがニューホームクレジット及び蛇の目に対する株券返済及び株券所有権確認請求訴訟を提起し、本件代表訴訟提起時も東京地方裁判所に係属していたが、平成六年七月二九日、訴訟上の和解により終了した。)。

(四) ニューホームクレジットは、蛇の目に対し、公開買付期間中の平成三年三月一三日、国際航業株の株券返還請求権を譲渡し、蛇の目は、公開買付期間終了直後、株券を保管していた山文証券株式会社から国際航業株の引渡を受けた。ただし、蛇の目が確定的に国際航業株を取得するには、再び株式公開買付の手続を踏む必要があること、蛇の目が国際航業株を取得することにより国際航業との間で連結決算の問題を生じ、蛇の目にとって有利な結果とならないと判断されたことなどから、当面国際航業株はニューホームクレジットが蛇の目に対して譲渡担保に供するものとして扱われることとされた。

(五) その後、蛇の目は、ニューホームクレジットに対する貸付については貸倒処理をして譲渡担保権を実行していなかったが、平成九年一月二〇日、ニューホームクレジットが東京証券取引所で売却した国際航業株を取得することで譲渡担保権を実行した。このときの買取価格は一株一一〇〇円であり、ニューホームクレジットからの回収不能債権総額は、担保権実行による一六九億三二〇〇万円の回収に対して二八六億三五〇〇万円に上った。ただし、蛇の目は、既に貸倒処理引当金を計上していたことから、その戻し入れによって平成九年三月期に約一七億円程度の利益計上を見込めることとなった。

(六) 被告は、平成四年六月に行われた蛇の目の株主総会において蛇の目が二四〇億円以上の損失を出していることを知り、これは、仕手筋のK、Yらが、買い占めた蛇の目株を担保に借入れた借金を、しなくてもよいのに蛇の目が肩代わりして自社株を蛇の目自身が買戻すことになり、その資金捻出のために会社資産の売却を行った結果ではないかと考え、同年八月ころから、「蛇の目再建委員会」を組織し、蛇の目経営陣の責任を追及すべく活動を開始した。

(七) 被告は、平成五年三月一七日、東京地方裁判所に対し、昭和六三年五月から平成五年三月までの蛇の目取締役会議事録の閲覧・謄写の許可を求める申請を行った(同裁判所平成五年(ヒ)第一四四号取締役会議事録閲覧等請求事件)が、蛇の目側がこれに反対し、裁判所からも取下げ勧告があり、被告は、右申請を取り下げた。

(八) 被告は、平成五年六月二九日開催の定時株主総会を前に予め書簡による質問状を送付し、この中で、ナナトミに対する債権の回収方法とその見込について説明を求めたが、右株主総会において、末永副社長は、何ら具体的な回答をしなかった。

(九) 平成五年七月七日、被告は、蛇の目の監査役宛に「取締役等に対する訴提起請求書」を送付し、この中で、ナナトミに対する九〇億円の債権の回収が不可能な事態に立ち至っている旨指摘して監査役に対して訴提起を求めた。これに対し、同月二九日、非常勤取締役であった妹尾清次より、被告に対し「蛇の目ミシンからニューホームクレジット宛の合計金九〇億円の融資については、平成三年三月に株式の代物弁済により返済されている。」旨の回答書が返送された。しかし、平成五年八月五日、被告に送付された監査役からの回答書では、「貴請求書記載の内容のすべての事実関係等を詳細に調査・確認して、貴請求にいかに対応するかの結論を出すには、余りにも時間的余裕がなく、加えて歳月の経過した問題については資料・情報の蒐集・分析が非常に困難であり、現段階において貴請求には応じかねるとの結論に達しましたので、ここに本書をもってご連絡申し上げます。」とのみ記載され、本件九〇億円の債権について記載されるところはなかった。

(一〇) さらに、被告は、平成五年七月三一日に「被告選定判定会」なる名称の機会を設けて蛇の目の役員らから弁明を聞こうとしたが、これに応じて出席した者はいなかった。

(一一) 被告は、妹尾通知書のとおり、本件九〇億円の債権が株式の代物弁済により回収ずみか否かを調査するため、平成二年三月三一日付と平成三年三月三一日付の蛇の目の貸借対照表を比較したが、短期貸付金が減ってはおらず、保有有価証券も増加していなかった。さらに、念のため平成四年及び五年の貸借対照表も調査したが、同様であった。

(一二) そこで、被告は、平成五年八月九日、本件代表訴訟を提起した。

三  右二において認定した事実関係のもとで、本件代表訴訟中に本件請求原因を含めて訴えを提起したことが不当訴訟に該当すると認めることはできない。その理由は、以下のとおりである。

1  まず、被告が、本件代表訴訟提起当時、本件請求原因について、その理由がないことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したものと認めることはできない。

(一) 右二において認定した事実によれば、被告は、本件代表訴訟提起前に蛇の目の取締役会議事録の閲覧を請求し、株主総会において質問状を送付し、監査役に対して訴提起請求書を送付するなどして、蛇の目側に説明を求めていたにもかかわらず、蛇の目側からは何ら明確な回答が得られていなかったことが認められる。

(二) また、妹尾回答書において、「株式の代物弁済により全額回収済」と回答されていた点についても、蛇の目の貸借対照表上これが現われていないことからすると、右の回答書があるからといって、直ちに請求原因について理由がないことを確知していたと認めることもできない。

(三) 原告らは、被告が、蛇の目グループ企業の一つであるジェーシーエルの取締役であったのであるから、ニューホームクレジットによる株式の公開買付のことは当然認識していたはずである旨主張し、被告も、本人尋問において、ナナトミからニューホームクレジットへの九〇億円に相当する国際航業株式の移転があったと考えていた旨供述している(被告本人六九頁)。しかしながら、本件代表訴訟提起の段階で、被告において蛇の目への九〇億円の回収が確認されておらず、蛇の目側に対して説明要求をしてもこれに明確な回答がなく、蛇の目の財務諸表においてもこの点が明確ではなかったのであるから、この点に関する蛇の目の経営陣の責任を明らかにするために訴訟を提起したとしても、その判断過程に不自然、不合理な点はなく、被告が本件請求原因について理由がないことを知り又は通常人であれば当然これを知り得たということはできない。

2  のみならず、右二において認定した事実によれば、蛇の目は、本件代表訴訟提起当時、国際航業株を確定的に取得していなかったことが明らかである。

(一) 妹尾通知書中では、蛇の目がニューホームクレジットから代物弁済を受けたとの記載がされているが、蛇の目が右株式を最終的に取得するには証券取引法上公開買付けを義務づけられていたのであるから、本件において、なお、代物弁済手続が完了していたということはできない。

そして、蛇の目が確定的に国際航業株を取得していない以上、蛇の目にとっては、その後のニューホームクレジットとの関係の変化や国際航業株の時価の低下、同社の倒産等の経済変動等によっては、右債権の回収につき損害を被る可能性があったというべきである(事実、蛇の目は、前記認定のとおり、平成九年一月に至り初めて国際航業株を取得し、ニューホームクレジットに対する債権回収に充てているにすぎず、その間には既に貸倒処理まで行っており、また、担保権実行時の国際航業株の評価額はニューホームクレジットによる公開株式買付当時の評価額を下回り、回収不能債権が二八六億円余りに上っていることが認められる。)。

そうすると、本件代表訴訟提起当時、蛇の目による九〇億円の貸付金の回収が完了して蛇の目に損害金が発生しないことが確実となっていたと認めることはできない。

(二) この点につき、原告らは、蛇の目グループの一員であるニューホームクレジットがナナトミから担保権実行により債権回収を終えた以上、蛇の目グループとしては債権回収を確定的に終えたというべきであるとも主張する。そして、ニューホームクレジットが、蛇の目が一九パーセントの株式を保有するグループ企業であるところは当事者間に争いがないところであり、また甲一九及び原告吉野幸男本人尋問の結果によると、同社は蛇の目の割賦斡旋業務や割賦債権買取業務を行うために設立された会社で、本社も蛇の目ミシン本社ビルの七階に置かれ、四名の役員及び五名の従業員ともいずれも蛇の目出身者により占められていることを認めることができる。しかしながら、甲会社と乙会社のうち一方が他方の完全な子会社であるなどの特段の事情のない限り、独立の法人格を有する株式会社間において、甲会社における債権回収が乙会社についても直ちに同様の債権回収の結果をもたらすものとはいえないというべきであるから、単にグループ企業の一つであるにすぎないニューホームクレジットによる債権回収が直ちに蛇の目による債権回収の結果をもたらしたと認めることはできない。

(三) また、原告らは、本件代表訴訟における被告の本件請求原因の内容からすれば、蛇の目がニューホームクレジットから債権回収したか否かを問題にする余地はないと主張する。しかしながら、本件請求原因は、本来貸し付けるべきではなかった貸付によって、ナナトミの倒産を原因としてニューホームクレジットが大部分の債権回収を行えなくなり、ひいては蛇の目にも回収不能分の損害が生じているとの主張であると理解できるところ、ナナトミの倒産によりニューホームクレジット及び蛇の目が債務の本旨に従った弁済でなく相場の変動がある株式の譲渡担保権を実行あるいは設定せざるを得なくなったことも、ナナトミの倒産による事態であるといって妨げないから、蛇の目の損害についての前記(一)の認定は、本件請求原因の主張の射程範囲内の事案ということができる。したがって、この点の原告らの主張は採用できない。

四 以上によれば、被告が本件請求原因につき事実的法律的根拠を欠くことを知り、又は容易に知り得たのにあえて本件代表訴訟提起をしたとは認められないし、右訴提起が、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく不相当であると認めることもできない。したがって、その余について判断するまでもなく、原告らの主張には理由がない。

(裁判長裁判官鬼澤友直 裁判官齋藤繁道 裁判官原司は、転官のため署名捺印することができない。裁判長裁判官鬼澤友直)

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