大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)12634号 判決 1997年12月24日

原告

八木二郎

被告

小林大輔

主文

一  被告は、原告に対し、金五七四二万三六一四円及び内金五二四二万三六一四円に対する平成四年五月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金六八九八万〇三四三円及び内金六二八二万〇三四三円に対する平成四年五月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

なお、内金は弁護士費用を控除した金額である。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  被告は、普通乗用自動車(以下「被告車」という。)を運転し、平成四年五月四日午前五時一〇分ころ、東京都江東区青梅一丁目無番地先道路を青梅橋方面から船の科学館方面に向かい時速約六〇キロメートルで進行中、同所付近は直進方向が立入禁止となっているため、右に急カーブする道路状況になっていたから、あらかじめ適宜減速し、ハンドル及びブレーキを的確に操作して進路の安全を確認しつつ進行すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠り、漫然同速度で進行し、急激なシフトダウンと共に急ブレーキを掛け、右に急ハンドルを切った過失により、被告車を対面車線に逸走させ、折から対向して来た岩橋孝運転の普通乗用自動車左前部に被告車左側部を衝突させるなどして、被告車の同乗者である原告に外傷性左横隔膜破裂、脾臓破裂、左腎臓破裂、左多発肋骨骨折、左肺挫傷の傷害を負わせた(以下「本件交通事故」という。)。

2  原告の症状は平成四年八月三一日に固定し(当時一八歳)、後遺障害は、脾臓を失ったもの(後遺障害等級八級一一号)、一側の腎臓を失ったもの(後遺障害等級八級一一号)に当たるとされた上で、後遺障害等級八級一一号と認定された。

3  被告は、民法七〇九条ないし自動車損害賠償保障法三条本文に基づき、本件交通事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務を負う。

二  争点

1  原告の主張

(一) 好意同乗減額について

本件交通事故は、直進方向が立入禁止となっていることに被告が気付かなかったことによるものである。

また、原告は、被告が無謀運転をすることを容認していない上に、被告も原告を乗せて無謀運転するつもりはなかった。

したがって、好意同乗減額とはならない。

(二) 損害について

(1) 後遺症逸失利益 五三七四万〇三四三円

ア 原告の後遺障害は、脾臓を失ったものとして後遺障害等級八級一一号に該当し、一側の腎臓を失ったものとして後遺障害等級八級一一号に該当するから、右各後遺障害からすると、労働能力喪失率は五六パーセントとなる。

イ 原告は、本件交通事故当時高校三年生であり、本件交通事故により留年しなかったものの一浪した後、平成六年四月大学に入学した。

すなわち、大学入学が一年遅れたことは本件交通事故と相当因果関係があるから、労働能力喪失期間は、二二歳で大学を卒業して就職することを前提とすべきである。

それゆえ、そのライプニッツ係数は、四九年(六七歳から症状固定日の年齢一八歳を引いた年数)に相当するライプニッツ係数一八・一六八七から、四年(大学を卒業するはずであった二二歳から症状固定日の年齢一八歳を引いた年数)に相当するライプニッツ係数三・五四五七を控除した一四・六二三となる。

ウ したがって、後遺症逸失利益は、次の数式のとおり、五三七四万〇三四三円となる。

6,562,600×0.56×14.623=53,740,343

(2) 慰謝料 九二四万〇〇〇〇円

(3) 弁護士費用 六〇〇万〇〇〇〇円

2  被告の主張

(一) 好意同乗減額について

(1) 本件交通事故は、原告らがローリング族を見物しに行く際に起こったものであるから、原告は、被告がコーナーを高速で曲がるといった危険な運転をすることを十分に知り得たにもかかわらず、あえて被告車に同乗したものである。

したがって、原告は好意同乗者であるから、損害を算定する際に二〇パーセントの減額をすべきである。

(2) また、仮に、本件交通事故が、被告が、直進できない道路であることに気付くのが遅れたためであったとしても、原告は、被告に対し、ローリング族を見物しに行くため頼んで被告車に乗せてもらったものであり、被告が徹夜で運転していること、被告がローリングをした直後に被告車を運転していることを十分に認識しながら漫然と被告車に同乗していたから、公平の見地から、損害を算定する際に損害の減額がされるべきである。

(二) 損害について

後遺症逸失利益

(1) 現在の大学入試の現状からすると、原告が一浪せずに大学に入学できたとはいえないから、労働能力喪失期間は二三歳からとすべきである。

(2)ア 腎臓は、<1>水分の排泄を加減して体内に水分を一定に保ち、<2>体内の代謝によってできた分解産物や有毒物質を尿として排泄し、<3>血液中の成分を正常に維持し、血液の酸度を一定に維持する等の機能を有し、人間の生命や健康の維持のための根幹となる臓器である。

しかしながら、健康な腎臓であれば、左右一対の四分の一程度になっても人間の生命、健康の維持に必要な腎臓の機能は最小限度保たれ、二つの腎臓のうちの一つを失っても生命や健康上何らの問題もないことは医学界の常識である。

したがって、原告のように一側の腎臓を失っても、腎臓の疾患、その他特別な疾病等による影響が生じない限り、原告の健康の維持には支障がなく、労働能力の喪失にも至らない。

イ 脾臓は、生命の維持に不可欠な臓器ではなく、これを失っても他の臓器がその機能を代行し特別の支障はないと一般的に言われているが、失ったことにより体が疲れやすくなるとも言われており、医師も過度の運動等の制限を指示することが多い。

しかしながら、原告は、二〇代であるから、脾臓の代替機能の回復も高いといえるから、脾臓を失ったことにより労働能力の喪失が生じるか疑問がある。

第三当裁判所の判断

一  好意同乗について

1  被告が、急激なシフトダウンと共に急ブレーキを掛け、右に急ハンドルを切ったのは、直進方向が立入禁止となっていたためであり(前記第二の一1)、コーナーを高速で曲がるといった危険な運転をしたことによるものではない。

したがって、被告がコーナーを高速で曲がるといった危険な運転をしたことを前提とする被告の好意同乗の主張(前記第二の二2(一)(1))は失当である。

なお、辻元基の供述調書(甲第三号証の一三第三項)には、本件交通事故が、被告がフェリー埠頭の走り屋に影響を受け、右カーブを曲がる際十分速度を落とさずにカーブに進入したためハンドル操作を誤り、対向車線に入ってしまったためであるとする記載がある(甲第三号証の一三第三項)が、辻元基は、オートバイを運転して被告車に追従していたものである(甲第三号証の四)から、被告車の走行の状態から想像して右記載のとおり供述したものとうかがえ、右記載をもって、被告が、本件交通事故当時、暴走行為をしていたとまでうかがえない。

2  また、原告が、被告に対し、ローリング族を見物しに行くため頼んで被告車に乗せてもらったものであり、被告が徹夜で運転していること、被告がローリングをした直後に被告車を運転していることを十分に認識していたことをもって、原告の損害を減額することが公平にかなうともいえない。

したがって、右事情が存することによる被告の好意同乗の主張(前記第二の二2(一)(2))も失当である。

二  損害について

1  後遺症逸失利益 四三一八万三六一四円

(一) 原告は、本件交通事故により、外傷性左横隔膜破裂、脾臓破裂、左腎破裂、左多発肋骨骨折、左肺挫傷というかなり大きな傷害を負った(前記第二の一1)上に、平成四年五月四日から同年六月一日までの二九日入院している(甲第二号証)ところ、退院は高校を留年しそうだったので無理を言って早めに退院させてもらったものである(原告の本人調書九頁・一〇頁)から、入院期間は、本来、かなり長いものになり得た。

また、六月中旬から高校に通学している(甲第三号証の一二第七項)が、通学の際、電車で席を譲ってもらったり、タクシーを利用したりしており、また、学校に、遅刻させてもらったり、授業中に休ませてもらったりしており(原告の本人調書九頁・一〇頁)、勉学に影響があったと推認できる。

以上のことからすると、本件交通事故による入院及び後遺障害は、当時高校三年生であった大学入試の準備に大きな影響を与え、その結果、一浪せざるを得なかったものと推認できる。

したがって、原告は、本件交通事故がなければ、一八歳で大学に入学でき、大学を卒業する二二歳から就労できたといえ、それに基づくライプニッツ係数は、四九年に相当する(六七歳から症状固定日の年齢一八歳を引いた年数)に相当するライプニッツ係数一八・一六八七から、四年(大学を卒業するはずであった二二歳から症状固定日の年齢一八歳を引いた年数)に相当するライプニッツ係数三・五四五九を控除した一四・六二二八となる。

なお、原告が本件交通事故がなくても一浪したとの被告の主張(前記第二の二2(二)(1))は、これをうかがわせる証拠がないから失当である。

(二)(1)ア 腎臓は、<1>水分の排泄を加減して体内に水分を一定に保ち、<2>体内の代謝によってできた分解産物や有毒物質を尿として排泄し、<3>血液中の成分を正常に維持し、血液の酸度を一定に維持する等の機能を有し、人間の生命や健康の維持のための根幹となる臓器であることは被告も認めるところである(前記第二の二2(二)(2)ア)。

なるほど、被告が主張するように、健康な腎臓であれば、左右一対の四分の一程度になっても人間の生命、健康の維持に必要な腎臓の機能は最小限度保たれ、二つの腎臓のうちの一つを失っても生命や健康上何らの問題もないともいえようが、人間の生命、健康が維持できたからといって、労働能力の喪失がないとはいえない。

イ また、脾臓は、生命の維持に不可欠な臓器ではなく、これを失っても他の臓器がその機能を代行し特別の支障はないと一般的に言われているが、失ったことにより体が疲れやすくなるとも言われており、医師も過度の運動等の制限を指示することが多いことは被告も認めるところである(前記第二の二2(二)(2)イ)。

なるほど、被告が主張するように、原告が二〇代であるから、脾臓の代替機能の回復も高いといえようが、このことをもって、労働能力の喪失がないとはいえない。

(2) ところで、原告は、本件交通事故後、非常に疲れやすくなり、大学に通学する際、バス、電車で立っていると息が切れ、睡眠時間を約一〇時間取らないと疲れが残り、就職活動のための会社訪問をした日は睡眠時間を約一〇時間ないし一二時間取らないと翌日身体を動かせない状態にある(甲第二号証、第三号証の一二第七項、第四号証三項・四項)。

なるほど、原告は、大学に入学後サッカーを始めているが、その回数もさほど多くなく、出場もできるだけ三〇分にとどめるようにし、ポジションもできるだけ走らなくてよいところにしてもらっているが、試合後帰宅すると疲れを強く感じ半日くらい睡眠をとらなければならず、二、三日は疲れが残った状態である(甲第四号証二項、原告の本人調書八頁ないし一九頁・三一頁ないし三五頁、被告の平成九年一〇月二九日付け本人調書三六項ないし五九項・七二項・八〇項ないし八八項)。

また、週一回に約三〇分ジョギングをしているが、休み休みといった程度であり、週二回(連続ではない。)深夜のアルバイトをしているが、アルバイトに行く直前まで約一〇時間の睡眠を取り、勤務時間中も特別に二時間の休憩を取らせてもらい、その時間休憩室で寝ているという状態であり、アルバイト後も疲れが残っている(甲第四号証五項、原告の本人調書二七頁ないし二九頁・三五頁ないし三七頁)。

このような原告の状態からすると、原告には労働能力の喪失があるといえる。

(3) そして、将来得べかりし利益喪失による損害を算定するに当たって、労働能力喪失率が有力な資料となることは否定できないところであり、労働能力喪失率は、脾臓を失ったもの(後遺障害等級八級一一号)、一側の腎臓を失ったもの(後遺障害等級八級一一号)がいずれも四五パーセントになるが、後遺障害認定基準は、「脾臓(第八級一一号)と一側の腎臓(第八級一一号)を同時に失った場合は、併合の方法を準用して第六級相当とはせず、就労状況や日常生活への支障度など総合し労働能力の喪失の程度に応じ等級を認定する。したがって、その程度が軽易な労務にしか服しえない状態と判断された場合には第七級五号を適用することになるが、その程度に達しないものは第八級一一号に該当する。」としている(乙第四号証)。

(4) 以上述べた、一側の腎臓及び脾臓を失ったため労働能力喪失がないといえないこと(前記(1))、原告の現在の状態(前記(2))、労働能力喪失率の考え方(前記(3))を総合すると、原告の労働能力喪失率は四五パーセントとするのが相当である。

(三) したがって、後遺症逸失利益は、次の数式のとおり、四三一八万三六一四円となる。

6,562,600×0.45×14.6228=43,183,614

2  慰謝料 九二四万〇〇〇〇円

慰謝料は、弁論に現れた諸般の事情を考慮すると九二四万〇〇〇〇円とするのが相当である。

3  弁護士費用 五〇〇万〇〇〇〇円

弁護士費用は、本件訴訟の経緯及び認容額からすると五〇〇万円とするのが相当である。

4  損害合計 五七四二万三六一四円

1から3までの合計である。

三  結論

よって、原告の請求は、被告に対し、金五七四二万三六一四円及び内金五二四二万三六一四円(弁護士費用五〇〇万円を控除した金額である。前記第一、前記二4)に対する平成四年五月五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限りで理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 栗原洋三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例