東京地方裁判所 平成8年(ワ)15011号 判決 1999年1月28日
甲事件原告兼乙事件被告
株式会社ナヴィコ
右代表者代表取締役
廣川眞人
甲事件原告兼乙事件被告
株式会社サン・アロー
右代表者代表取締役
杉浦潔
甲事件原告兼丙事件被告
有限会社東京バイヤース
右代表者代表取締役
渡邊崇生
甲事件原告兼丙事件被告
株式会社キラー
右代表者代表取締役
小阪俊治
甲事件原告兼乙事件被告
株式会社ボイス
右代表者代表取締役
富田洋
甲事件原告兼乙事件被告
万力紳士服株式会社
右代表者代表取締役
白倉沖
右六名訴訟代理人弁護士
米川耕一
中村千之
右訴訟復代理人弁護士
永島賢也
甲事件被告兼乙事件及び丙事件原告
ヒットユニオン株式会社
右代表者代表取締役
田辺克幸
右訴訟代理人弁護士
松尾眞
難波修一
兼松由理子
鳥養雅夫
寒竹恭子
向宣明
以下においては、甲事件原告兼乙事件被告株式会社ナヴィコを「原告ナヴィコ」と、同株式会社サン・アローを「原告サン・アロー」と、甲事件原告兼丙事件被告有限会社東京バイヤースを「原告東京バイヤース」と、同株式会社キラーを「原告キラー」と、甲事件原告兼乙事件被告株式会社ボイスを「原告ボイス」と、同万力紳士服株式会社を「原告万力紳士服」といい、原告ナヴィコ、原告サン・アロー、原告東京バイヤース、原告キラー、原告ボイス及び原告万力紳士服を「原告ら」と総称する。また、甲事件被告兼乙事件及び丙事件原告ヒットユニオン株式会社を、以下「被告」という。
主文
一 被告は、原告らが別紙二「原告ら標章目録」一ないし四記載の各標章を使用する権限を有さない旨を新聞、雑誌等のマスメディアによって広告してはならない。
二 被告は、原告らの取引先に対し、原告らが別紙二「原告ら標章目録」一ないし四記載の各標章を使用する権限を有さない旨を通知してはならない。
三 被告は、別紙二「原告ら標章目録」一ないし四記載の各標章を付した中華人民共和国製の品番M一二〇〇及びM三〇〇〇のポロシャツが偽造品である旨を新聞、雑誌等のマスメディアによって広告してはならない。
四 被告は、別紙二「原告ら標章目録」一ないし四記載の各標章を付した中華人民共和国製の品番M一二〇〇及びM三〇〇〇のポロシャツが偽造品である旨を原告らの取引先に対し通知してはならない。
五 被告は、各原告に対し、それぞれ一二〇万円を支払え。
六 原告らのその余の請求及び被告の請求をいずれも棄却する。
七 訴訟費用は、甲事件、乙事件及び丙事件を通じてこれを一〇分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
八 この判決は、第五項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 原告ら
1 主文第一項ないし第四項同旨
2 被告は、各原告に対し、それぞれ三三〇万円を支払え。
二 被告
1 原告らは、別紙二「原告ら標章目録」一ないし四記載の各標章(以下、これらを「原告ら標章」と総称する。)を付した品番M一二〇〇及びM三〇〇〇の中華人民共和国(以下「中国」という。)製のポロシャツ(以下「本件商品」という。)を輸入し、販売してはならない。
2 原告らは、原告らの占有する本件商品を廃棄せよ。
3 原告らは、被告に対し、五〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年九月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 原告らは、繊研新聞全国版に、別紙三「謝罪広告」記載の謝罪広告を一回掲載せよ。
第二 事案の概要
本件は、被告が商標権を有する登録商標と同一又は類似した原告ら標章を付した本件商品を、原告らが輸入し、販売したことにつき、原告らが被告に対し、原告らの行為はいわゆる真正商品の並行輸入であるから違法性がないのに、これが偽造品である旨の新聞広告を掲載する等した被告の行為が不正競争防止法二条一項一一号に該当すると主張して、広告等の差止め及び損害賠償を求めている(甲事件)のに対し、被告が原告らに対し、原告らの行為は商標権を侵害し、かつ、同法二条一項一号及び二号に該当すると主張して、原告らによる本件商品の輸入等の差止め及び廃棄、損害賠償並びに謝罪広告の掲載を求めている(乙事件及び丙事件)事案である。
本件訴訟の対象とされている標章は、別紙二「原告ら標章目録」一ないし四、同四「商標権目録」一及び二、同五「シンガポール商標目録」一ないし三並びに同六「被告標章目録」一ないし四記載のとおり、「FRED PERRY」の英文字、月桂樹の図形又はその組合せから成るものである(以下これらを総称して「FRED PERRY標章」ということがある。)。
一 争いのない事実
1 被告は、別紙四「商標権目録」一及び二記載の各商標権(以下、これらを「本件商標権」と、その登録商標を「本件登録商標」と総称する。)の商標権者である。本件商標権は、前商標権者であるグレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国(以下「英国」という。)の法人であるフレッド・ペリイ・スポーツウエア・リミテッド(以下「FPS社」という。)から被告が譲り受けたものである。
2 FPS社は、シンガポール共和国(以下「シンガポール」という。)において、別紙五「シンガポール商標目録」一ないし三記載の各登録商標の商標権者であった。同社は、平成七年二月六日付けで、同国法人であるオシア・インターナショナル・ピーティーイー・リミテッド(以下「オシア社」という。)との間で、FPS社がオシア社に、右各登録商標の使用を許諾する旨の契約(以下「本件許諾契約」という。)を締結した。
3 原告らは、原告ら標章が付された本件商品を輸入し、日本国内で販売した。
4 原告ら標章はそれぞれ、本件登録商標のいずれかと同一又は類似である。
5 被告は、平成八年四月二二日以降数回にわたり、繊研新聞に、本件商品が偽造であり、その販売に対しては法的措置をとる旨の広告を掲載した。また、被告は、原告キラーが本件商品を納入していた株式会社イトーヨーカ堂を含め、本件商品を取り扱っていた小売店に対して、本件商品が偽造であり、その販売中止を求める旨の文書を送付した。
二 争点及びこれに関する当事者の主張
1 原告らによる本件商品の輸入販売行為が、いわゆる真正商品の並行輸入として、商標権侵害及び不正競争行為としての違法性を欠くか。
(一) 原告らの主張
(1) 原告らが輸入し、販売した本件商品は、オシア社が本件許諾契約に基づいて中国で製造したものである。なお、同社の中国における製造が許諾されていることは、本件許諾契約がFPS社とフェイス・エンタープライズ・リミテッド(以下「フェイス社」という。)との間の実施許諾契約を引き継いだものであること、本件許諾契約の四条(b)が禁止しているのは契約の対象地域外での販売のみであり、製造については規定していないことから明らかである。したがって、原告らの行為は、いわゆる真正商品の並行輸入であって、商標権侵害及び不正競争防止法違反としての違法性が認められない。
(2) 仮に、本件許諾契約により中国での製造が許諾されていなかったとしても、契約違反ということと真正商品であるかとは切り離して考えるべきである。本件においては、オシア社が原告ら標章を付すること自体は本件許諾契約で許諾されており、ただ単に製造地限定の約定に反したにすぎないから、本件登録商標の出所表示機能及び品質保証機能を害するものではない。なお、輸入業者の調査能力の面からも、使用許諾に関する契約に違反したことによって並行輸入としての適法性を欠くとされる場合は制限されるべきである。したがって、オシア社において本件許諾契約に違反する行為があったとしても、それは軽微な瑕疵にすぎず、本件商品が真正商品であることは否定されない。
(3) したがって、本件商品が偽造である旨の被告による新聞広告及び取引先への通知は、原告らの営業上の信用を害する虚偽の事実の告知又は流布に当たる。原告らは、被告の右行為により、小売店との取引を停止され、莫大な損害を被っている。また、被告が今後も右のような営業妨害行為を続けることは明らかである。
(4) よって、原告らは被告に対し、不正競争防止法二条一項一一号、三条一項に基づき、侵害の予防として、原告らが原告ら標章を使用する権限を有さない旨及び本件商品が偽造である旨を新聞、雑誌等で広告し、原告らの取引先に通知することの差止めを求める。
(二) 被告の主張
(1) 原告ら標章は本件登録商標と同一又は類似であり、これを付した本件商品を輸入し、販売することは本件商標権の侵害に当たる。
(2) 被告は、別紙六「被告標章目録」一ないし四記載の各標章(以下「被告標章」と総称する。)を付した衣料品を製造し、販売しているが、被告標章は、被告が多額の費用を投下してその品質の向上及び販売の拡大に努めた結果、遅くとも平成七年ころには、被告の商品表示として我が国の需要者の間で周知となっており、これと同一又は類似である原告ら標章を付した本件商品を輸入販売すれば、需要者間に混同を生じさせることは明らかである。さらに、被告標章は、単に周知というに止まらず、著名といえる。したがって、原告らが本件商品を輸入販売した行為は不正競争防止法二条一項一号及び二号に該当し、被告は、原告らの右行為によって、営業上の利益を侵害されている。
(3) これに対し、原告らは、原告らの行為は真正商品の並行輸入であると主張するが、本件許諾契約によりオシア社がFPS社の標章を付した商品を製造できる地域は、契約書一条及び二条に規定されたとおり、シンガポール、マレイシア、インドネシア共和国(以下「インドネシア」という。)及びブルネイ・ダルサラーム国(以下「ブルネイ」という。)の四か国に限定されているから(なお、仮に、本件許諾契約締結前に右両社の間に中国での製造を認めるような事情があったとしても、契約書九条の完全合意条項により効力を有しない。)、オシア社が本件商品を中国で製造した行為は本件許諾契約に違反するものである。したがって、本件商品に原告ら標章が適法に付されたとはいえず、本件商品の輸入によって本件登録商標の出所表示機能及び品質保証機能が損なわれることになるから、本件商品を真正商品ということはできない。なお、FPS社の業務を引き継いだ英国法人であるフレッド・ペリイ(ホーディングズ)リミテッド(以下「FPH社」という。)は、平成八年六月一四日付けで、オシア社に対して契約違反を理由とする契約解除の意思表示をし、これにより本件許諾契約は終了した。
しかも、FPS社は衣類を指定商品とする「FRED PERRY」の英文字から成る登録商標に係る商標権を中国において有していたから、オシア社がこれを付した製品を中国で製造した行為は、右商標権の侵害に当たるものである。
なお、原告らは、輸入業者の調査能力などを根拠に、標章の使用許諾契約に違反する行為があった場合でも真正商品として並行輸入が許されると主張するが、右主張は自己の利益のみを強調する身勝手な立論であって相当でない。
したがって、原告らの行為は、真正商品の並行輸入に当たらない。
(4) 以上によれば、原告らによる本件商品の輸入販売行為は、商標権侵害に当たるとともに、不正競争防止法に違反するから、被告は原告らに対し、本件商品の輸入販売の差止め及び廃棄を求める。
また、被告は、原告らによる本件商品の輸入販売行為により、商標権及び商品に対する信用を著しく傷つけられたので、その信用の回復のために、別紙三「謝罪広告」記載の謝罪広告を掲載することを求める。
他方、被告が、本件商品が偽造である旨の広告をするなどしたのは、本件商品が偽造品であり、その流通により被告に生じる損害を回避し、自らの権利を守るための行為であったから、不正競争防止法二条一項一一号に該当せず、原告らの請求はすべて失当である。
2 損害額
(一) 原告らの主張
原告らは、被告による営業妨害行為により、偽造品を販売しているとの固定観念を小売店に持たれ、取引を中止される事態となった。この信用毀損による損害は原告ら一社当たり三〇〇万円が相当である。また、被告の右行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害金は原告ら一社当たり三〇万円である。
よって、原告らは被告に対し、各原告に三三〇万円を支払うよう求める。
(二) 被告の主張
原告らによる本件商品の販売数は五万枚を下らず、本件商品の販売による原告らの利益は一枚当たり少なくとも一〇〇〇円であるから、原告らは商標権侵害及び不正競争行為により、五〇〇〇万円を下らない利益を得ているところ、被告は、商標法三八条二項(現行法。すなわち、平成一〇年法律第五一号による改正後のもの)又は不正競争防止法五条一項により、これと同額の損害を被ったと推定される。
よって、被告は原告らに対し、五〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成一〇年九月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三 争点に対する判断
一 後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。
1 本件商品は、オシア社が中国において製造し、平成八年一月及び二月ころに、シンガポールのシカリー・プライベート・リミテッド(以下「シカリー社」という。)社がオシア社から購入したものである。原告万力紳士服を除く原告らはそれぞれ、同年一月ころから同年三月ころの間、シカリー社から本件商品を輸入して、これらの本件商品を日本国内で販売した。また、原告万力紳士服は、原告ナヴィコから本件商品を仕入れて、これを販売した。なお、本件商品の輸入に当たっては、関税定率法二一条四項所定の認定手続が執られたが、本件商品が中国において違法に製造されたものか否か確定することができず、侵害品と断定し難いことを理由として、同条一項五号に掲げる商標権を侵害する物品に該当しないと認定された。(甲五の1ないし3、六の1ないし6、七の1ないし7、八の1、2、九の1ないし10、一〇の1、2、一一、一二の1ないし6、一三、一五)
2 本件許諾契約中の主要な条項は次のとおりである。(甲一一)
(一) 本契約中、次の語及び語句は、前後関係に相反又は矛盾する場合を除き、本契約中にてそれぞれに指定された意味を持つものとする。(一条)
(1) 「契約品」とは、契約商標に基づき販売された、又は契約商標が貼付され及び/又はFPS社の仕様に従い製造されたスポーツウェア及びレジャーウェア製品で、本契約の別表1に列挙されるものを意味する。
(2) 「契約商標」とは、本契約の別表2に規定する契約商標、及びその重要な詳細についてはFPS社からオシア社に既に伝達されているか又は伝達されることになっているその他の商標(登録済みか否かにかかわらず)、商号、意匠、装丁を意味する。
(3) 「契約地域」とは、シンガポール、マレイシア、インドネシア及びブルネイを意味する。
(二) FPS社は本契約によりオシア社に対し、法律上オシア社にそうする権利がある限りにおいて、契約地域内で契約品を製造、販売及び頒布し、かつ本契約中以下に定めるとおり契約地域内で契約品に関し契約商標を使用するライセンス及び権限を許諾する。(二条)
(三) オシア社は本契約により、以下のとおり約束し、FPS社に同意する。(四条柱書き)
(1) 直接又は第三者を通じてにかかわらず、契約地域外でいかなる契約品の販売又は販売促進もせず、再販されるであろうことを承知のうえ若しくは再販されるであろうと考えられる理由がありながら、契約地域内でいかなる第三者にも契約地域外の再販のために契約品を販売せず、契約品の販売店に同様の条件を課すこと(四条(b))
(2) 随時FPS社から与えられる指示又は仕様に従い、本契約に基づく契約品を製造、梱包及び提示し、契約品がFPS社の承認する品質水準であることを保証し、FPS社の承認を受けた装丁ラベル及びデザインのみを使用し、契約品の最初の生産見本を、かかる契約品の販売に先立ち、承認のためにFPS社に送付し、その後FPS社が随時要求することがあれば、かかる更なる見本を原価で供給すること(四条(e))
(3) 一四日以前の事前通知のあった場合、契約品が本契約のもとで定められる品質基準に達していることを保証するため、契約品を点検、検査する目的のため、FPS社の代表者が、契約品が製造、梱包又は保管される場所に立ち入ることを許可すること(四条(s))
(四) 本契約は一九九四年(平成六年)四月一日に開始したものとみなされ、三年間とする(本契約中以下に含まれるとおり終了することがある。)。その後も本契約は継続するものとするが、いずれかの当事者により、右三年の満了時又はその後のいかなる時であれ終了する旨の少なくとも六か月の事前の書面通知を与えることにより、終了されることがある。(六条)
(五) FPS社は、以下の事態発生の場合、オシア社に対する書面通知を与えることによりかかるライセンスを直ちに終了することができる。(七条柱書き)
オシア社が、本契約に含まれるオシア社側の条件及び約束の履行又は遵守を怠り、(矯正可能である場合)FPS社からその旨の通知がなされた後三〇日以内にかかる違反を矯正しないとき(七条(b))
(六) 本契約は契約品の製造及び販売に関する両当事者間の完全なる了解を具現化したものであり、明示的であるか黙示的であるか、又は制定法上であるか否かにかかわらず、本契約により生み出された関係又は契約品に関して、本契約中に定められていないすべての条件、保証及び表示は、本契約により除外され、オシア社は、契約品、その品質又は目的への適合性に関するクレームから生じるすべての費用、クレーム及び経費につき、FPS社に補償し、補償し続けるものとする。(九条)
(七) 本契約は、英国で作成された契約書として、英国法に従って解釈され、発効するものとする。オシア社は本契約により、英国の裁判所の非専属的管轄に服すものとする。(一二条)
3 FPS社は、中国において、「FRED PERRY」の文字から成る商標につき、衣類等を指定商品とし、有効期間を平成五年一〇月一四日から同一五年一〇月一三日までとする商標権を有していた。右商標権は、FPS社からFPH社へ譲渡され、平成八年七月二八日付けで中国の商標局により譲渡が承認された。(乙一の1、二の1の1、三の1、五の1ないし5)
4 被告は、平成八年四月二二日付け、同月二七日付け及び同年五月二日付けの「繊研新聞」に、「謹告」と題する広告を掲載し、その中で、被告が平成七年一一月に全世界の「FRED PERRY」ブランドの買収を完了し、被告及びその子会社のFPH社が右ブランドの唯一の権利者となったこと、FPH社の許諾に基づかない右ブランドの使用は同社及び被告の権利に対する侵害行為となること、違法に製造された偽造品が並行輸入品と称して日本に輸入され市場に出回っていること、特にFRED PERRY標章を無断で使用した品番M一二〇〇及びM三〇〇〇の中国製ポロシャツは全くの偽造品であるので、その仕入れ及び販売に際しては十分注意すべきこと、権利侵害品の輸入及び販売に対しては厳しい法的措置をもって対処していく所存であることを述べた。また、被告は、FRED PERRY標章の付された中国製ポロシャツを販売していた株式会社イトーヨーカ堂に対し、右商品は違法に製造された偽造品であるので、その販売を即刻中止するよう要求する旨の通知書を平成八年三月二二日に発送した。さらに、被告は、同九年五月二〇日付けの「繊研新聞」に広告を掲載して、同年四月にシンガポールで販売されていた中国製の偽造品が警察の手によって押収されたこと、この商品は並行輸入と称して日本市場に出回っている偽造品である品番M一二〇〇及びM三〇〇〇の中国製ポロシャツと同一品であることを述べ、中国製の偽造品に注意するよう呼びかけた。(甲一ないし四、二二)
二 争点1(原告らの行為がいわゆる真正商品の並行輸入であるか)について
1 原告ら標章が本件登録商標と同一又は類似であることは当事者間に争いがなく、また、本件商品が本件商標権の指定商品に含まれることは証拠(甲八の1、九の1)により明らかであるから、原告らが本件商品を輸入し販売した行為は、外形的には本件商標権を侵害する行為であるといえる(商標法二条三項二号、三七条一号)。また、被告標章が需要者の間に広く認識され又は著名であると認められれば、原告らの行為は不正競争防止法二条一項一号又は二号にも該当し得ると考えられる。
これに対し、原告らは、原告らの行為は真正商品の並行輸入であり違法性を有しないと主張するので、右主張の当否を検討することとする。
2 商標法は、「商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もって産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする」ものであり(同法一条)、商標の本質が、当該商標を付された商品の出所が特定の営業主体であることを示す出所表示機能及びこれに伴う品質保証機能(以下「出所表示機能等」という。)にあることからすれば、形式的には商標権侵害に当たると認められる行為であっても、出所表示機能等を害さない場合には、実質的に商標権侵害の違法性を有さず、商標権者は商標権に基づいて差止めや廃棄、損害賠償を請求することができないと解するのが相当である。
そして、我が国の登録商標と同一又は類似の標章を付した商品が輸入された場合であっても、それがいわゆる真正商品の並行輸入である場合、すなわち、当該標章が輸出元国における商標権者又は商標権者から契約等によって使用を許諾された者(以下「被許諾者」という。)等によって適法に付されたものであり、我が国の商標権者と輸出元国における商標権者が同一人であるか又は法律的若しくは経済的に見て一体といえる関係にあって実質的に同一人であると認められ、商品の品質が実質的に同一であるといえるときは、我が国の登録商標の出所表示機能等が害されることがないから、商標権侵害としての実質的違法性を欠くというべきである。
3 また、不正競争防止法は、「事業者間の公正な競争及びこれに関する国際約束の的確な実施を確保するため、不正競争の防止及び不正競争に係る損害賠償に関する措置等を講じ、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする」ものであり(同法一条)、同法二条一項一号及び二号に定める不正競争行為は、周知又は著名な商品等表示について、他人の業務上の信用にただ乗りする行為を禁止して、周知又は著名標章の持つ出所表示機能等につき登録商標に対するものと同趣旨の法的保護を与えたものであるから、商標権侵害としての実質的な違法性を有しない真正商品の並行輸入は、不正競争行為ということもできず、同法上の違法性を有しないと解するのが相当である。
4 これを本件についてみると、前記第二、一の争いのない事実及び右一において認定した事実によれば、以下のとおり、原告らの行為はいわゆる真正商品の並行輸入に当たり、商標権侵害及び不正競争防止法違反としての実質的違法性を欠くものというべきである。
(一) 標章が適法に付されたとの点について
(1) 本件許諾契約の一条及び二条によれば、オシア社は、契約地域である四か国の国内においてのみ、FRED PERRY標章を付した商品を製造販売することを許諾されていたものと認められるところ、中国での製造行為は許諾の範囲外であるから、オシア社が本件商品を中国で製造したことは本件許諾契約に違反するものである(本件許諾契約の条項を右のように解釈すべきことは、本件許諾契約一二条で準拠法と定められた英国法の下での契約解釈に関する意見書(乙六)によっても裏付けられる。)。
この点につき、原告らは、FPS社はオシア社が中国で製造することを許諾していたと主張するが、そのように解せないことは本件許諾契約の一条及び二条の文言から明らかであるし(なお、四条(b)は、このことを前提に、契約地域外での販売につき特に規定したものであって、この条項が契約地域外での製造の禁止を規定していないことをもって、契約地域外での製造が許諾されていたと解することはできない。)、その他オシア社が中国で製造することをFPS社が承諾していたと認めるに足る証拠はないから、原告らの右主張を採用することはできない。
(2) しかし、被許諾者(オシア社)において許諾契約に違反する行為があった場合でも、許諾契約が解除されない限り、商標権者(FPS社)から許諾を受けた者が製造販売した商品であるという点に変わりはないから、当該商品の出所が商標権者に由来していることを示すという意味において、出所表示機能等が害されることはない。本件において契約違反とされているのはオシア社が製造場所の制限に違反したという点のみであるところ、右のような契約条項違反の有無は、いわゆる真正商品の並行輸入として商標権侵害の実質的違法性を欠くものかどうかの判断に影響しないものというべきである。けだし、許諾の対象となった種類の商品を被許諾者が許諾契約に定められた地域において製造したかどうかは、商標権者と被許諾者の間の内部関係というべきものであって、許諾契約における右のような個々の条項について違反があったからといって、第三者(取引者、需要者)に対する関係では、当該商品の出所表示機能等が害されたということはできないからである。商品の製造場所が商標権者にとって関心の高い事項であるとしても、商標権者は、許諾契約において被許諾者の契約条項違反行為を防止するに足りる措置を講ずることが可能であり(本件許諾契約においても、商標権者が、許諾契約に定められた商品見本の送付、製造場所等への立入り等を通じて被許諾者の契約条項違反行為の有無を常に監視することが可能である。本件許諾契約四条(e)、(s)参照)、被許諾者に違反行為があった場合にはこれを理由として許諾契約を解除すべき条項を置くことによって(本件許諾契約七条(b)参照)、被許諾者との間の契約関係を終了させることもできるのであるから、右のように解したからといって、商標権者の不利益となるものではない。仮に、被告の主張するように、商品の製造場所を制限する条項に違反したというだけで、直ちに真正商品であることを否定されるというのでは、商品の流通の自由を害し、取引者、需要者の利益を著しく害することになり、前記の商標法の趣旨に反することになるというべきである。したがって、被許諾者において、右のような契約条項に違反する行為があった場合でも、許諾契約が解除されない限り、被許諾者が製造、販売した商品について、これを真正商品と解することができるものであって、当該商品を輸入することは、いわゆる真正商品の並行輸入として、商標権侵害の実質的違法性を欠くものと解するのが相当である。
したがって、オシア社が本件許諾契約の定める製造場所の制限に違反したことを理由に本件商品が並行輸入の許される真正商品に当たらない旨をいう被告の主張は採用できない。
被告は、本件許諾契約を解除したとも主張するが、本件商品にオシア社が原告ら標章を付してこれを販売する以前に本件許諾契約が解除されたと認めることはできない(解除の意思表示が到達したことや、本件許諾契約上の解除原因又はこの点に関する準拠法に基づく法定解除原因が充足されたことを認めるに足りる証拠はない。)。
(3) また、被告は、オシア社による本件商品の中国での製造行為が中国におけるFPS社の商標権を侵害するから、本件商品に原告ら標章が適法に付されたとはいえず、真正商品の並行輸入に当たらないと主張している(前記第二、二1(二)(3))。しかし、いわゆる真正商品の並行輸入に当たると認められるかどうかは我が国の商標法の解釈の問題であり、商品が製造された国に同一又は類似の商標が登録商標として登録されているかどうかの点は、我が国の商標権の出所表示機能等が害されるかどうかの判断に関係するものではないと考えられるから、被告の右主張は採用できない。
(4) 以上によれば、原告ら標章は本件商品に適法に付されたものと認めることができる。
(二) 商標権者の同一性等について
(1) 我が国における商標権者が被告であることは、前記第二、一1のとおり争いがなく、また、証拠(乙八の1、2、九の1、2)によれば、本件商標権は、平成八年一月二五日に被告がFPS社から譲り受け、同年五月二七日に商標権移転登録がされたものであること、被告は、これ以前に、FPS社から、本件商標権のうち別紙四「商標権目録」一記載のものにつき昭和五三年六月二一日登録の専用実施権(地域・日本国、期間・昭和五九年八月一七日まで、内容・指定商品全部)の、本件商標権につき平成八年一月一六日登録の専用実施権(地域・日本国内、内容・商品被服。なお、期間は右目録一記載の商標権につき平成一六年八月一七日まで、同二記載の商標権につき同一二年一月三一日までであったが、同八年五月二七日に混同を原因としていずれも抹消登録された。)の、各設定を受けていたことが認められる。
(2) FPS社が英国法人のフレッド・ペリイ・スポーツウエア(ユー・ケイ)リミテッド(以下「FPSUK社」という。)の関連会社であり、FPSUK社が製造販売する商品に関する商標権等の知的財産権の管理を主たる業務としていたこと、平成七年一一月二九日ころ、被告はFPS社及びFPSUK社を買収し、FPSUK社の業務を英国法人のフレッド・ペリイ・リミテッドが、FPS社の業務をFPH社が、それぞれ引き継いだこと、FPH社が被告の一〇〇パーセント子会社であることは、被告が自認するところである。
(3) 輸出元国であるシンガポールにおける本件許諾契約締結当時の商標権者がFPS社であったことは、前記第二、一2のとおり、当事者間に争いがない。
(4) したがって、我が国の商標権者と輸出元国における権利者とは実質的に同一であると認められる。また、本件商品が、被告と実質的同一性を有する商標権者から、前記のような内容の本件許諾契約による許諾を受けた者により製造されたものであることに照らせば、被告の商品とその品質において実質的同一性を欠くということもできない。
5 以上によれば、本件における原告らの行為は、いわゆる真正商品の並行輸入として、商標権侵害又は不正競争防止法違反の違法性を有しないと判断するのが相当であるから、被告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて理由がないこととなる。
6 他方、前記第二、一5及び第三、一4の被告による広告及び文書送付行為は、その内容に照らし、原告らの営業上の信用害する虚偽の事実を告知し、流布する行為であり、これによって原告らの営業上の利益が侵害され又は侵害されるおそれがあると認められる。また、原告らと被告が競争関係にあることは弁論の全趣旨から明らかである。したがって、被告の右行為は、不正競争防止法二条一項一一号に該当するから、原告らは被告に対し、同法三条一項により、主文第一項ないし第四項のとおり、その差止めを求めることができる。
三 争点2(損害の額)について
1 前記認定の事実及び争いのない事実等を総合すれば、不正競争防止法二条一項一一号に該当する広告の掲載等を行うにつき被告には少なくとも過失があったこと、被告の右行為によって、原告らは、原告らの商品を取り扱い又は取り扱おうとする小売店等から本件商品が偽造品であるとの誤解を持たれ、営業上の信用を毀損されたことが認められ、右損害を金銭で評価すると、各原告につき一〇〇万円と解するのが相当である。
2 また、右に説示した事情を総合すると、本件と相当因果関係があるものとして被告に負担させるべき弁護士費用としては、各原告につき二〇万円が相当であると認められる。
3 したがって、原告らの請求は、それぞれ、右1及び2の合計額である一二〇万円の支払を求める限度で理由がある。
四 よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官三村量一 裁判官長谷川浩二 裁判官中吉徹郎)
別紙原告ら標章目録<省略>
別紙謝罪広告<省略>
別紙商標権目録<省略>
別紙シンガポール商標目録<省略>
別紙被告標章目録<省略>