東京地方裁判所 平成8年(ワ)15300号・平9年(ワ)16055号 判決
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
(第一事件)
一 被告池田大作、被告秋谷栄之助、被告戸塚節子及び被告東京都は、原告らに対し、連帯して金三〇〇〇万円及びこれに対する平成七年九月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告池田大作、被告秋谷栄之助、被告戸塚節子及び被告東京都は、原告らに対し、連帯して別紙一記載の謝罪広告を、聖教新聞に、一頁のスペース、謝罪広告の四字は初号活字、その他の部分は二〇ポイントをもって掲載せよ。
(第二事件)
一 被告創価学会は、原告らに対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する平成七年九月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告創価学会は、原告らに対し、別紙二記載の謝罪広告を、聖教新聞に、一頁のスペース、謝罪広告の四字は初号活字、その他の部分は二〇ポイントをもって掲載せよ。
第二事案の概要
原告らは、被告創価学会の会長である被告秋谷栄之助(以下「被告秋谷」という。)が質問に答えるという形で構成された平成七年九月二一日付聖教新聞(以下「本件新聞」という。)の「秋谷会長-質問に答える」と題するコーナーに掲載された記事(以下「本件記事」という。)の記載により、原告らの名誉が毀損されたとして、聖教新聞を発行した被告創価学会、被告創価学会の名誉会長である被告池田大作(以下「被告池田」という。)、被告秋谷(以下右被告三名を合せて「被告創価学会ら」という。)並びに本件記事にその発言が引用された被告戸塚節子(以下「被告戸塚」という。)及び本件記事掲載当時の東村山警察署(以下「東村山署」という。)の副署長千葉英司(以下「千葉副署長」という。)の所属する警視庁を管轄する被告東京都に対し、不法行為(ただし、被告東京都に対しては国家賠償法一条一項。)に基づき、名誉回復のための措置として聖教新聞への謝罪広告の掲載並びに慰謝料三〇〇〇万円及びこれに対する不法行為のときから支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めているものである。
一 前提事実(証拠を掲げない事実は争いがない。)
1 当事者
(一) 原告ら
(1) 原告朝木大統(以下「原告大統」という。)は、東京都東村山市議会議員(以下「東村山市議会議員」という。)であった亡朝木明代(以下「亡明代」という。)の夫である。
(2) 原告朝木直子(以下「原告直子」といい、原告大統と合せて「原告朝木ら」という。)は、亡明代の長女であり、現在、東村山市議会議員である(甲九一)。
(3) 原告矢野穂積(以下「原告矢野」という。)は、東村山市議会議員である。
(二) 被告ら
(1) 被告創価学会は、宗教法人であり、聖教新聞社(法人組織ではない。)という機関誌その他の出版物の出版及び販売事業を行う部門を設置して、聖教新聞という被告創価学会の機関誌を発行している(乙七、四四)。
(2) 被告池田は、被告創価学会の名誉会長である。
(3) 被告秋谷は、被告創価学会の会長である。
(4) 被告戸塚は、東京都東村山市本町二丁目三番二〇所在の洋品店スティル(以下「スティル」という。)を経営している者である(丙三)。
(5) 被告東京都は、警視庁を管轄する地方公共団体であり、千葉副署長は、平成七年二月から平成九年九月までの間、東村山署の副署長を務めていた(丁一)。
2 本件記事掲載に至る経緯その1-亡明代に関する窃盗被疑事件の発生
(一) 平成七年六月一九日午後三時二〇分ころ、東村山署東村山駅前交番(以下「本件交番」という。)において、川田博美巡査部長及び小松俊寛巡査長(以下「小松巡査長」という。)が、被告戸塚から、スティルで亡明代にブラウスを盗まれたという届け出(以下「本件届け出」という。)を受理した。東村山署は、平成七年七月一二日、亡明代を被疑者として、右事件(以下「本件窃盗被疑事件」という。)を東京地方検察庁八王子支部の検察官に送致した(丙三、丁一)。
(二) 亡明代は、平成七年九月一日、東京都東村山市本町二丁目四番地六三所在の六階建てマンション「ロックケープハイム」(以下「本件マンション」という。)の五階と六階の間の非常階段から地上に転落し、翌二日午前一時、防衛医科大学付属病院(以下「本件病院」という。)で、多発外傷に基づく出血性ショックを主体とする外傷性ショックにより死亡した(以下「本件死亡事件」といい、本件窃盗被疑事件と合せて「本件各事件」という。)(甲四六、八二、九五、丁一)。
3 本件記事掲載に至る経緯その2-本件各事件に関する週刊現代の記事の存在
株式会社講談社(以下「講談社」という。)は、同社発行の週刊現代平成七年九月二三日号(同月一一日発売。以下「本件雑誌」という。)において、「東村山市議『変死』の謎に迫る/夫と娘が激白!『明代は創価学会に殺された』」との大見出し及び「オウムのような犯行の手口」との小見出しの下、左記の記載を含む記事(以下「本件週刊現代記事」という。)を掲載した(乙一、二〇)。
記
(一) 本件週刊現代記事には、原告直子が、「創価学会はオウムと同じ。まず汚名を着せてレッテルを貼り、社会的評価を落とす。そして、その人物が精神的に追い込まれて自殺したかのようにみせて殺すのです。今回で学会のやり方がよくわかりました。」と発言した(以下「原告直子発言」という。)旨の記載(以下「原告直子発言記載」という。)がある。
(二) 本件週刊現代記事には、原告大統が、「妻が自殺するはずがありません。創価学会に殺されたんですよ。事件後、私と妻が離婚していたとか、妻が死ぬ前、青白い顔で歩いていたとか、事実でない噂が流されましたが、これも学会の仕業だと思います。妻が万引き事件で逮捕されたことも、学会におとしいれられただけ。万引き事件で悩み、それが原因で自殺したというシナリオを作ったんです。だとすれば、まるでオウムのような犯罪じゃないですか。」、「妻が自殺するはずがありません。この事件は創価学会と警察によってデッチあげられたとしか思えない。」との発言をした(以下「原告大統発言」といい、原告直子発言と合せて「原告朝木ら発言」という。)旨の記載(以下「原告大統発言記載」といい、原告直子発言記載と合せて「原告朝木ら発言記載」という。)がある。
4 本件記事掲載に至る経緯その3-本件週刊現代記事掲載についての被告創価学会による告訴
被告創価学会は、平成七年九月一二日、本件週刊現代記事により名誉毀損を受けたとして、週刊現代の元木昌彦編集人兼発行人、原告朝木らを警視庁に告訴(以下「本件告訴」という。)した(なお、東京地方検察庁八王子支部は、平成一〇年七月一五日、右告訴を受けた原告朝木らに対する名誉毀損事件について、公訴を提起しない処分とした。)(甲三、一〇三)。
5 本件記事の掲載とその内容
被告創価学会は、本件新聞第三面において、「秋谷会長-質問に答える」と題するコーナーの中で、「学会本部 『週刊現代』編集長らを告訴」、「東村山市議の転落死事件で悪質なデマ報道」との見出し(以下「本件見出し」という。)の下、左記の記載を含む本件記事を掲載した。
記
(一) 本件記事には、<1>「この件に関しては、洋品店の人も市議が万引きする瞬間を目撃しており、警察も立件に自信を持っていた。」(以下「本件立件自信部分」という。)、<2>「被害にあった店主が、『あれは朝木さんに間違いありません。というのは昨年にも同様の被害があり、そのときは現行犯でなかったので、届けませんでしたが、気をつけていたんです。』と証言(以下「本件戸塚発言」という。)。」との記載(以下「本件店主証言部分」という。)がある。
(二) 本件記事には、「東村山署の副署長が『万引き事件は発生当時に目撃者が多数おり、同僚の男性議員と事件後にアリバイ工作をした疑いも濃く、極めて悪質と判断した。朝木市議は万引き事件がでっち上げだったと主張しているが、捜査は適正に行われ、書類送検には自信を持っている』(以下「本件千葉発言」という。)と語っていた通りです。」との記載(以下「本件副署長供述部分」という。)がある。
(三) 本件記事には、「警察の調べによれば、死亡した同市議には外傷や争ったあともなく、その後の捜査・司法解剖の結果などからも、飛び降り自殺した可能性が極めて高いとされています。」との記載(以下「本件警察調査部分」という。)がある。
(四) 本件記事には、<1>「同市議の長女は、『創価学会はオウムと同じ』『自殺したように見せて殺すのです。今回で学会のやり方がよくわかりました』などと耳を疑うような学会中傷のコメントを『週刊現代』に寄せた。」、<2>「また夫は、『妻が万引き事件で逮捕されたことも、学会におとしいれられただけ。万引き事件で悩み、それが原因で自殺したというシナリオを作ったんです。』等と放言している。」、<3>「ところが、この夫と娘は、その万引き事件も、今回の転落死事件も、なんと“学会が仕組んだ策謀”“学会と警察は共謀している”というのです。いったい彼らは、どんな根拠があって、そう断言できるのか。どこをどう調べて、そんな結論が出てきたのか。何の確証もなしに、こんな荒唐無稽の『シナリオ』を作って、何の関係もない学会を『人殺し』呼ばわりする」、<4>「こんなでたらめな誹謗中傷」との記載(以下合せて「原告朝木ら発言引用部分」という。)がある。
6 本件記事掲載にかかる情報源その1-本件戸塚発言を掲載した夕刊フジの記事
平成七年七月二九日付夕刊フジ第二面には、「万引市議は潔白か」との見出しの記事(以下「本件夕刊フジ記事」という。)が掲載されていたが、その記事の中には、被告戸塚が本件戸塚発言をしている旨の記載(以下「夕刊フジ戸塚発言記載」という。)がある(乙四)。
7 本件記事掲載にかかる情報源その2-社団法人共同通信社(以下「共同通信」という。)の配信記事
共同通信の「東村山市議が飛び降り自殺 万引騒ぎで書類送検後」と題する平成七年九月二日付配信記事(以下「本件配信記事」という。)には、千葉副署長が本件千葉発言をしている旨の記載(以下「配信記事千葉発言記載」という。)がある(乙三)。
二 争点
【被告ら共通】
1 本件記事による原告らの名誉毀損の成否
(原告らの主張)
本件記事は、次のとおり、原告らの名誉を毀損するものである(以下原告らが名誉を毀損すると主張する本件記事の内容を合せて「本件名誉毀損部分」という。)。
(一) 本件記事の本件立件自信部分及び本件店主証言部分は、亡明代を本件窃盗被疑事件の犯人であると断定したものであり、そのような印象を一般読者に強く与えるものであるが、妻あるいは実母を犯罪者であると断定して報道されることは、本人のみならず、その夫や子供の社会的評価をも低下させるものであるところ、本件でも、本件立件自信部分及び本件店主証言部分により、原告朝木らの品性、名声、信用等に対する社会的評価が低下したことは明らかである。
(二) 本件記事の本件副署長供述部分は、亡明代及び原告矢野がアリバイ工作をしたと断定したものであり、そのような印象を一般読者に強く与えるものである。本件記事中に原告矢野を特定する文言はないが、原告矢野は、亡明代らとともに反創価学会の活動を積極的に行ってきたものであり、また、本件記事が掲載された直前には、亡明代の殺害事件(本件死亡事件)が発生し、原告矢野が広くマスコミに対して被告創価学会の右事件に対する関与の疑惑の指摘を行っていたものであって、本件副署長供述部分中の「同僚の男性議員」が直ちに原告矢野を想起させることは一般人において、とりわけ聖教新聞の読者においては極めて容易であった。
しかしながら、亡明代及び原告矢野が「アリバイ工作」をしたと断定されたことは全く事実に反し、本件副署長供述部分により、原告朝木ら及び原告矢野の品性、名声、信用等に対する社会的評価が低下した(原告朝木らの社会的評価が低下する理由については、右(一)項記載のとおり。)。
(三) 本件記事の本件警察調査部分は、亡明代の死亡原因が自殺であると断定したものであり、しかも、その後の原告朝木ら発言引用部分中の「万引き事件で悩み、それが原因で自殺した」旨の記載及び本件窃盗被疑事件の犯人が亡明代であると断定していること(本件立件自信部分及び本件店主証言部分)からすれば、その自殺が本件窃盗被疑事件を苦にしてなされたものであるとの印象を一般読者に強く与えるものである。
しかしながら、亡明代の死亡原因が自殺と断定され、しかもそれが本件窃盗被疑事件を苦にしてなされたものであるとの印象を抱かせる表現は全く事実に反する。そして、妻あるいは実母が犯罪行為を苦にして自殺したかのように報道されることは、本人のみならず、その夫や子供の社会的評価をも低下させるものであるところ、本件警察調査部分により、原告朝木らの品性、名声、信用等に対する社会的評価が低下した。
(四) 本件記事の原告朝木ら発言引用部分は、原告朝木らが週刊現代の取材に対して原告朝木ら発言をしたと決めつけたものである。
しかしながら、原告朝木らが週刊現代の取材に対して原告朝木ら発言をしたことはない。それにもかかわらず、かかる発言をしたと断定されることは、同人らが何らの根拠もなくデタラメな誹謗中傷を行う人物であると断定されるに等しいので、原告朝木ら発言引用部分により、原告朝木らの品性、名声、信用等に対する社会的評価が低下した。
(被告創価学会らの反論)
(一) 本件記事は、本件各事件が被告創価学会とは全く無関係であるにもかかわらず、原告らが被告創価学会を「人殺し」呼ばわりしてその名誉を毀損したことに対する反論及び本件雑誌の本件週刊現代記事が事実無根であり、これに対して本件告訴を行ったことなどを被告創価学会の会員(以下「被告創価学会会員」という。)に対して説明するための記事である。そのために、本件記事は、最初に本件週刊現代記事について、被告創価学会が刑事告訴した事実を質問形式で確認したうえで、原告朝木ら発言が事実無根であることを指摘し、本件死亡事件のデマ報道の責任の所在について論及するとともに、原告朝木ら発言の事実無根であることを裏付ける意味で、夕刊フジ戸塚発言記載及び配信記事千葉発言記載を引用する構成をとっている。そして、こうした報道の背後に、「そうした事件にことよせて、学会攻撃の策謀を巡らし、愚かな茶番劇を裏で操っている人間がいる」と指摘したうえで、本件死亡事件について、「策謀の糸に操られているのは、ジャーナリストの良心を失った一部マスコミ人だけ」であると記載して、週刊現代を始めとする各週刊誌等のマスコミの報道姿勢の在り方を批判する内容となっている。
したがって、一般の読者の通常の注意と読み方を基準とした場合に、本件記事中の本件名誉毀損部分が本件記事の主題を離れて、原告らについて独自に何らかの印象を与えることはなく、本件記事によって原告らの社会的評価が低下することはない。
(二) 本件記事が、仮に、亡明代の社会的評価を低下させることがあり得るとしても、それが直ちに亡明代とは別人格である原告朝木らの社会的評価を低下させるものでないことは明らかである。
(三) また、本件記事は、配信記事千葉発言記載に基づく客観報道であり、そもそも本件記事中には原告矢野を特定する文言はどこにもないのであるから、一般の読者の普通の注意と読み方を基準にしても、原告矢野の社会的評価を低下させるものではない。
(被告戸塚、被告東京都の反論)
争う。
2 原告らの損害の有無及びその程度
(原告らの主張)
被告創価学会らは、原告らの社会的評価を低下させる虚偽の事実を掲載した聖教新聞を日本全国に約五〇〇万部頒布した。
これにより、原告らは、社会的評価を著しく低下させられた。
原告らの被った精神的損害は三〇〇〇万円を下らないうえ、原告らの社会的評価は金銭賠償のみによっては回復できないほど著しく低下したものであるから、別紙一及び二記載の謝罪広告がなされてはじめて原告らの名誉回復が可能となる。
(被告らの反論)
争う。
【被告創価学会ら関係】
1 本件記事は、被告創価学会らによる正当な反論行為であったといえるか。
(被告創価学会らの主張)
(一) 原告らによる名誉毀損発言の存在
本件週刊現代記事において、原告朝木らは原告朝木ら発言をするなど、被告創価学会に対する名誉毀損発言をした。左記事実からすれば、原告朝木らが原告朝木ら発言をしていたことは明らかである。
記
(1) 原告朝木らが講談社の取材に対して原告朝木ら発言をしたことは、平成七年(ワ)第一九五九三号謝罪広告等請求事件(以下「別件訴訟」という。)における週刊現代の記者である野田洋人(以下「野田記者」という。)及び久保山雅文(以下「久保山記者」という。)の証言及びデータ原稿の内容により明らかである。
(2) 被告創価学会は、本件告訴を行い、その旨の発表を行ったが、これに対して原告朝木らが発表したコメントには、原告朝木らが講談社の記者から取材は受けていないとか、また、週刊現代に掲載された発言をした事実がないといったことは一言も述べられていない。
(3) さらに、原告朝木らは、本件記事掲載直前の九月一八日、原告矢野とともに深谷隆司国家公安委員長宛に「龍年光(元・公明都議)襲撃事件及び朝木明代(東村山市議)怪死事件の真相解明を求める請願」と題する請願書(以下「本件請願書」という。)を提出しているが、その中では、あたかも被告創価学会が本件死亡事件に関与しているかのような指摘をしているうえ、その資料として本件雑誌を添付している。
(4) 原告直子及び原告矢野は、亡明代が死亡した直後の同月四日に放送された文化放送のラジオ番組「梶原しげるの本気でDONDON」(以下「本件放送」という。)のインタビューの中で、亡明代の転落死が自殺ではなく他殺であり、これに被告創価学会が関与しているかのような発言を行っていた。
(二) 反論行為としての相当性
右に述べたように、原告らは、被告創価学会が本件窃盗被疑事件をでっち上げ、本件死亡事件に関与したかのような発言を繰り返し行っていたものであり、特に、全国的に頒布された本件雑誌上において、「明代は創価学会に殺された」などと強烈かつ激越な表現で被告創価学会の名誉を毀損したものである。本件記事は、特にその内容があまりにひどかった本件週刊現代記事を例示的に取り上げて反論したものであるが、本件記事による被告創価学会の反論は、聖教新聞という内部機関誌を用いた被告創価学会会員向けの説明・反論であり、その内容も、本件雑誌を始めとする週刊誌等のマスコミ報道を批判・反論するものである。
したがって、本件記事による反論は、原告らの行った本件雑誌上における言動に対比して、その方法・内容において相当と認められる限度を超えていないから、名誉毀損行為としての違法性を欠くものである。
(三) 原告矢野について
本件週刊現代記事には原告矢野が東村山署の捜査について疑問を呈する発言が掲載されているほか、これまで原告矢野が原告朝木らと一致協力して反被告創価学会の活動を積極的に行ってきたことから、被告創価学会は、本件雑誌上における原告朝木ら発言も、原告矢野と一体となって行われたものと判断し、本件記事を原告ら全員の発言に対する反論記事として掲載したものである。
(原告らの反論)
(一) 本件記事は、本件週刊現代記事に対する反論であり、本件放送やその他のマスコミ報道とは無関係のものである。そして、原告朝木らは、講談社から取材を受けたことはなく、その取材を受けて原告朝木ら発言をしたということはない。原告朝木らは、本件雑誌発売当初から一貫して、講談社に対して、原告朝木ら発言をしていないことを主張してきた。
久保山記者は、別件訴訟において、原告大統を取材した日を平成七年九月四日であると証言しているが、その日に原告大統を取材することは客観的に不可能であるし、野田記者の別件訴訟における証言も変遷を重ねているうえ、両人の証言とも不自然な点が多く、これを信用することはできない。
したがって、原告朝木らは原告朝木ら発言をしていないのであるから、本件記事が原告朝木ら発言に対する反論行為であるとする被告創価学会らの主張はその前提を欠いたものである。
(二) しかも、原告朝木ら発言は、一私人が行った発言であって、聖教新聞のようなメディアの発言ではない。同じメディアである講談社に対して反論するならともかく、大メディアである聖教新聞が一私人に対して、多大な影響力を伴った名誉毀損行為を行ったにもかかわらず、それが反論行為であるが故に違法性が阻却されるというのは不当である。
(三) そして、原告矢野は、本件記事の掲載目的である亡明代の死亡に関する発言に対する反論という趣旨に該当する発言を本件雑誌上で一切していない。
2 本件記事の内容は真実か、又は被告創価学会らに本件記事の内容が真実であると信じるにつき相当な理由があるといえるか。
(被告創価学会らの主張)
本件記事は、東村山市議会議員としての公的地位を有する亡明代の窃盗被疑事件及び死亡という公共の利害に関するものであり、かつその目的は専ら公益を図ることにある。そして、本件名誉毀損部分において摘示した事実は真実であり、また、少なくとも被告創価学会らには、右事実を真実と信じるについて相当の理由が存在していた(原告朝木ら発言引用部分については、右1で主張したとおりであり、その他の部分については、概ね後記【被告東京都関係】における「被告東京都の反論」1を援用する。)から、名誉毀損による不法行為は成立しない。
(原告らの反論)
被告創価学会らは、本件記事を掲載するにあたり、千葉副署長、被告戸塚及び原告らに取材をせず、同じ被告創価学会系メディアの記者である井原武人(以下「井原記者」という。)に補充取材をしたのみであって、本件記事の内容が真実であると信じるについて相当の理由が存在していたとはいえない。そして、本件各事件についての真実性、相当性に関する反論は、後記【被告東京都関係】における「原告らの主張」1の(一)及び(二)記載のとおりである。
3 被告池田の責任の有無
(原告らの主張)
被告池田は、被告創価学会の名誉会長であり、同会の事実上の最高指導者であるから、仮に本件記事の編集・制作・発行に直接携わっていなくても、本件記事について当然責任を負うべきものである。
(被告池田の反論)
被告池田は、被告創価学会の名誉会長であるが、聖教新聞の編集・制作・発行については何ら権限を有しておらず、本件記事の編集・制作等にも全く関与していない。
したがって、被告池田が本件記事による原告らの損害について責任を負うということはない。
【被告戸塚関係】(被告戸塚の不法行為責任の有無)
(原告らの主張)
1(被告戸塚の加功行為)
被告戸塚は、本件記事の掲載に先立ち、その内容が真実と異なることを認識しながら、夕刊フジの記者から取材を受けた際、右記者に対し、本件戸塚発言をした。その結果、本件戸塚発言は、夕刊フジ戸塚発言記載として本件夕刊フジ記事に掲載され、それが聖教新聞記者である小森敦(以下「小森記者」という。)によって、本件記事の中の本件店主証言部分に引用される形で本件記事に転載されることにより、原告朝木らの名誉を毀損した(本件店主証言部分が原告の社会的評価を低下させる根拠は、前記【被告ら共通】1の「原告らの主張」で主張したとおり。)。
2(因果関係及び責任)
被告戸塚は、本件戸塚発言にあたって、取材相手が夕刊フジの記者であることについて十分認識していたのであるから、夕刊フジの記事を通じて、自己の発言が本件記事に引用されて掲載されることを十分予見し得たにもかかわらず、敢えて夕刊フジの記者に対し本件戸塚発言をした。したがって、本件戸塚発言と本件記事掲載との間には相当因果関係が存在し、かつ、被告戸塚には本件記事掲載につき故意又は過失がある。
(被告戸塚の反論)
1(被告戸塚の加功行為について)
(一) 被告戸塚は、夕刊フジ記事戸塚発言記載のうち、「昨年にも同様の被害があり、そのときは現行犯ではなかったので届けませんでした」という内容の発言は行っていない。
(二) 本件戸塚発言(右(一)の部分を除く。)は、被告戸塚が、平成七年七月二〇日ころ、夕刊フジの記者の取材を受けた際、夕刊フジ同月一四日付紙面に、「(本件窃盗被疑事件は)全くのでっち上げです。」「洋品店の女性店長も(公明)党員なのです。」という内容の亡明代の発言が掲載されたことに抗議したうえ、亡明代が行った本件窃盗被疑事件の具体的状況を説明したものにすぎない。
(三) また、本件戸塚発言(右(一)の部分を除く。)は、以下のとおり真実である。
すなわち、平成七年六月一九日午後三時一五分ころ、被告戸塚がスティル店内において、店番をしていたところ、亡明代(被告戸塚は、以前から亡明代の人相・背格好を熟知していた。)が西武新宿線東村山駅の方向から一人で歩いてやってきて、同店の店先に立ち寄った。そこで、被告戸塚は、同店の店先に設置されている防犯ミラーを注視していたところ、明代が同店の店先に吊してあるTシャツのビニールカバーをたくし上げて、Tシャツを外すと、それを幾重にも折りたたんで、脇の下に挟み込むようにして上着の中に隠し、店先から立ち去るところが防犯ミラーに映し出された。被告戸塚は、直ちに店を飛び出し、亡明代の後を追い、亡明代に追いつくと、同女の進路前方に立ちふさがり、「あなた、今、うちの商品を盗んだでしょう。」と問いただした。これに対し、亡明代が、「言いががりはやめて。」と反抗したので、被告戸塚が、「それなら手を出してみなさいよ。」と言うと、亡明代は片方の腕は前方に突き出したものの、もう一方の腕は脇を締めるような格好のまま、絶対に前方に伸ばそうとしなかった。そこで、被告戸塚が亡明代に対して、両腕を挙げるように言ったところ、亡明代は脇の下に挟んであるものを背中の方に移そうとするかの如く不自然に上体を動かしながら、後ずさりしていった。被告戸塚が亡明代に対して、「警察に言うわよ。」と言ったところ、亡明代は驚いたように両腕を前方に挙げたが、その時、亡明代の上着の内側からTシャツが地面に落ちた。被告戸塚がTシャツを示して、「これはあなたが盗んだ証拠でしょう。」と亡明代を追及すると、同女は、「知らないわよ。」と言ってその場から逃げ去ったので、被告戸塚は後を追ったものの、付近にあるイトーヨーカ堂東村山支店(以下「本件ヨーカ堂」という。)に逃げ込まれたことと、スティルに客だけを残していたことが心配になり、追跡を断念した。被告戸塚がスティルに戻ると、スティルの客と通りすがりの人も、被告戸塚と亡明代とのやり取りを目撃しており、被告戸塚に対して被害届を出すように促すとともに、犯人が亡明代であることの証人となることを約束した。そこで、被告戸塚は、本件交番に被害届を出したのである。
また、本件窃盗被疑事件の犯人の服装は、グリーングレーのパンツスーツに、黒のチャイナ風のブラウスで、黒っぽいバックを所持していたところ、被告戸塚は、東村山署の捜査員から、本件窃盗被疑事件当日に北海道拓殖銀行東村山支店(以下「本件支店」という。)を訪れたときにビデオに撮影された亡明代の姿を複写した写真を見せられているが、そこに映っている亡明代の服装等は本件窃盗被疑事件の犯人のものと同一といってよいほど酷似していることを確認している。
2 因果関係及び責任について
本件戸塚発言と本件記事掲載との間の因果関係及び故意又は過失の存在については争う。
【被告東京都関係】(被告東京都の国家賠償法上の責任の有無)
(原告らの主張)
1(千葉副署長による加功行為)
千葉副署長は、東村山署の副署長として本件各事件の捜査を指揮し、かつその広報を担当していたものであるが、本件記事の掲載に先立ち、真実と異なることを認識しながら、あるいは未だ本件各事件について十分な捜査を尽くさず、その内容を真実と断定する根拠が不十分な状態であったにもかかわらず、共同通信の記者を含む報道機関に対し、本件各事件について、本件千葉発言や本件立件自信部分、本件副署長供述部分及び本件警察調査部分に相応する内容の広報(以下「本件広報」という。)を行った。その結果、本件広報は、共同通信の本件配信記事の中に配信記事千葉発言記載として掲載され、それが小森記者によって、本件記事の中の本件立件自信部分、本件副署長供述部分及び本件警察調査部分(以下合せて「本件広報部分」という。)に引用される形で本件記事に転載されることにより、原告らの名誉を毀損した(本件広報部分が原告らの社会的評価を低下させる根拠は、前記【被告ら共通】1の「原告らの主張」で主張したとおり。)。
本件広報に故意又は過失があるとする理由は、次のとおりである。
(一) 本件窃盗被疑事件について
(1) 本件窃盗被疑事件当日の亡明代の服装
平成七年六月一九日の亡明代の服装はベージュ色の上下のパンツスーツ(スーツの上着には襟がなく、その裾にはひもが通してある。)と詰め襟タイプのブラウス(これは、右同日、亡明代が訪れた本件支店キャッシュコーナーの防犯ビデオカメラに撮影された亡明代の写真から客観的に認定できる。)であり、被告戸塚を含めた本件窃盗被疑事件の目撃者らの供述による同事件の犯人の服装は全く一致しない(被告戸塚以外の目撃者の供述が真実存在するのかも不明であるうえ、目撃者の供述は被告戸塚の証言と食い違っている。)。
(2) 本件窃盗被疑事件の目撃供述の信用性
被告戸塚以外の本件窃盗被疑事件の目撃者の供述については、その氏名さえ明らかでなく、真実存在するのかも不明であり、その証拠価値は全くない。そして、被告戸塚の目撃供述は、それ自体変遷があり、信用性が乏しいうえ、客観的にも本件窃盗被疑事件当日、亡明代が着用していた服装と被告戸塚が供述する本件窃盗被疑事件の犯人の服装とが異なっていることから、信用性が全くない。
(3) 亡明代のアリバイの主張について
亡明代と原告矢野は、本件窃盗被疑事件があったとされる日の午後、東村山市庁舎の議員控室を出た後、自転車で一五分の距離にあるレストラン「びっくりドンキー」(以下「本件レストラン」という。)に行き(途中で、亡明代と原告矢野は別れ、亡明代は、本件支店で振込をし、草の根事務所に立ち寄り、留守番電話のテープを裏返すなどした後、本件レストランに行った。)、日替わりランチ(牡蠣フライとハンバーグ)等を注文して、食事をとった。
亡明代は、同月三〇日、東村山署に呼び出されて本件窃盗被疑事件について取調べを受けたが、取調べ後、同月一九日の午後は本件レストランで食事を取ったことを思い出し、本件レストランに電話を掛けて、同店の店長に、「同日午後二時から午後四時の間で、二人連れで確か『日替わりランチ』を食べたので、調べていただいて、レジの控えでもあれば写しをいただきたい。」と連絡した。そして、同年七月一日の夜、亡明代や原告矢野ら四人で本件レストランに出かけ、席に着くと、同店の店長自らやってきて、レジジャーナルの写し(以下「本件レジジャーナル」という。)を渡した。亡明代がこれを見ると、店を出た時刻が午後三時二一分となっており、おおよその記憶と一致していたので、そのまま受け取った。
しかし、亡明代は、同月四日に再び東村山署で取調べを受けた後、再度、記憶を呼び戻し、本件レストランに何回か出かけて、同店の店員に質問するなどして調査したところ、本件レジジャーナルに記載されていた注文品は、日替わりランチではなく、レギュラーランチであることが分かったうえ、自分達が座った席とも違うことが判明し、本件レジジャーナルは、右店長が間違えて渡したものであることが判明した。
亡明代は、同月一二日に、再度、東村山署に呼び出されたが、その場で、自ら、東村山署刑事課課長代理白石良治警部(以下「白石警部」という。)に対し、本件レジジャーナルが自分達のものではなく、本件レストランの店長が間違えて渡したものであることを伝え、必要ならば、再度、右店長に調査を依頼して間違いないものを出してもらい、警察に出向くつもりであると言ったところ、白石警部はこれに同意した。そこで、亡明代は、原告矢野とともに直ちに本件レストランに出向いたが、同店の店長に「同年六月一九日のレジジャーナルは全て警察が押収して持っていったので手元にはない。」と言われた。
(4) したがって、亡明代が本件窃盗被疑事件を行ったり、そのためにアリバイ工作をしたことなどという事実は存在しない。
(二) 本件死亡事件について
次の事実からすれば、亡明代が本件窃盗被疑事件を苦にして自殺したという事実はなく、亡明代は何者かに殺害されたものであることが明らかである。
(1) 一般に、殺害、傷害など他人が介在する事件において、もみ合いなどがある場合には上腕内側部分に皮膚変色部の争った跡が残るとされているところ、本件死亡事件に関する亡明代の司法解剖の鑑定書によれば、亡明代の左右の上腕内側部分に皮膚変色部が存在している。
(2) 亡明代の遺留品から靴が発見されていない。
(3) 生前の亡明代に関する目撃情報は、目撃者の存在自体疑わしく、信用性がない。
(4) 本件死亡事件当日の平成七年九月一日夜、原告矢野が草の根事務所に戻った際には鍵がかけられており、その鍵をかけたのは亡明代以外に存在し得ないところ、瀕死の状態で発見された亡明代は鍵を所持しておらず、右鍵は、同月二日午後五時半ころになって、本件マンション二階踊り場付近で発見され、それから二日経過した同月四日になってから、本件交番に届けられたとされているが、その経過は極めて不自然である。
(5) 原告矢野が右事務所に戻ってきた際の事務所内の状況は、電気が付けっぱなしになっていたほか、亡明代のワープロも原稿が打ちかけのままになっており、亡明代の鞄や財布等も全て置いたままになっていた。
(6) 本件マンションの住人が、事件当日夜、「キャー」という悲鳴を聞いていた。
(7) 亡明代は、背中を下にして身体を横にしたほぼ水平状態で落下したものであり、両足を下にして落下するとか、頭から落下するという姿勢ではなかった。
(8) 亡明代が死亡する直前に亡明代から原告矢野に電話がかかってきたが、その電話での亡明代の声は生命の危機に瀕した極度の緊張状態を示す周波数変化であった。
(9) 亡明代の遺書は残されていない。
(10) 本件死亡事件発生後、本件マンションの一階に所在する「モスバーガー東村山店」(以下「本件モスバーガー店」という。)の店長が亡明代に「飛び降りたんですか。」と問いかけたのに対し、亡明代が「いいえ。」と答えていたのであるし、本件モスバーガー店の店員は、警察の事情聴取に対し、「救急車を呼びましようか。」等の問いかけを亡明代にしたことを供述していない。
(11) 亡明代が本件窃盗被疑事件を行ったという事実がないことは前述のとおりであり、亡明代が自殺をするという動機は全くなかった。
(12) さらに、本件死亡事件直前に、亡明代や原告矢野に対する嫌がらせが頻発しており、特に亡明代が講師として出席することが予定されていた高知での被告創価学会の問題に関する講演会が、亡明代が死亡した翌日に予定されており、同講演会主催者に対して、講演会を中止しないと講師らの命の保証はない等の脅迫がなされていた。
2 相当因果関係
千葉副署長は、広報の担当者である以上、その発言が広くマスコミを通じて伝播することを認識していたことは明らかであり、共同通信の本件配信記事を通じて自己の発言が本件記事に掲載されることも十分予見し得たにもかかわらず、敢えて本件広報をした。したがって、本件広報と本件記事掲載との間には相当因果関係が存在し、かつ、千葉副署長には、本件記事掲載について故意又は過失がある。
(被告東京都の反論)
1 千葉副署長による加功行為について
千葉副署長の行った広報は以下のとおりであり、本件窃盗被疑事件に関して「同僚の男性議員と事件後にアリバイ工作をした疑いも濃く」とか、本件死亡事件に関して、「飛び降り自殺した可能性が極めて高い」と広報した事実はない。すなわち、東村山署の広報担当者である千葉副署長は、本件窃盗被疑事件を検察官に送致した平成七年七月一二日の午後五時ころ、本件窃盗被疑事件について、東村山署を訪れて取材を申し出た新聞記者らに対し、予め用意していた「東村山市議による窃盗事件の検挙について」と題する広報案文に基づき、「書類送致月日、被疑者の住所、職業、氏名、年齢、被害者の住所、職業、氏名、事案の概要」を口頭で広報した。さらに、翌日、記者らが「朝木市議側は別の場所にいたとしてアリバイを主張しているがどうか。」「政治的な陰謀という見方もあるがどうか。」などと質問してきたので、千葉副署長は、本件案文に基づき、「朝木被疑者は『アリバイがあり、政治的陰謀による冤罪である』と主張して、犯行を否認している。捜査の結果、アリバイは信用できないことや目撃者が多数いることなどから、警察は朝木市議による犯行と認め、被疑者を窃盗罪で地検に書類送致した。」と口頭で広報した(以下「本件窃盗広報」という。)。
また、千葉副署長は、亡明代死亡の日である平成七年九月二日、本件死亡事件について、東村山署を訪れて取材を申し出た新聞記者らに対し、予め用意していた「東村山市議の変死について」と題する広報案文(口頭用)に基づき、死亡者名「東村山市議 朝木明代 五〇歳」、死亡状況として、「平成七年九月一日午後一〇時ころ、東村山市本町二丁目四番地六三に所在するロックハイム(六階建ゲタばきマンション)から墜落し、本日午前一時に収容先の病院(所沢市内の防衛医大)で死亡した。」、現在までの捜査状況として、「本部鑑識課等の応援を得て、事件、事故の両面から捜査中である。今後は、不明の靴やカギの発見、目撃者の発見等事実解明のため所要の捜査を行う。」と口頭で広報した。さらに、詳細な説明を求める記者らの要請によって、引き続き、これも予め用意していた「東村山市議会議員の変死事案について」と題する広報案文(手持資料)に基づき、「発覚日時、発生場所、発覚端緒、死亡者、事案経過、発見者からの聴取事項」のほか、事件性の有無として「現場の状況、関係者からの聴取及び検視の結果等から事件性は薄いと認められる。」と口頭で広報した(以下「本件死亡広報」という。)。
そして、本件窃盗広報及び本件死亡広報は、以下のとおりいずれも千葉副署長に故意又は過失なくしてなされたものであるから、名誉毀損の成立する余地はない。
(一) 本件窃盗広報の経緯及び内容
(1) 本件届け出を受理した東村山署では、被告戸塚から被害状況を聴取したうえ、被告戸塚を立会人として実況見分を実施した。実況見分終了後、東村山署において、被告戸塚から被害届を受理し、被害状況を詳細に聴取したところ、<1>被告戸塚は、平成七年六月一九日午後三時一五分ころ、スティル店内のレジテーブルにおいて、店番中、店先のハンガー展示コーナーに吊しておいた衣服を手にして品定めをしていた亡明代が、店内に向かって一番右端のハンガーから黒っぽい衣服(キュロットスーツの上衣のTシャツ)を取り外し、その場で縦に三つに折り、さらに横に四つに折って小さくしたうえ、着ていたジャケットの内側から脇の下に隠し、本件ヨーカ堂方向へ立ち去る状況を目撃した、<2>被告戸塚は、右のような状況を目撃した後、直ちに店を飛び出し、「待ちなさい。」と声を掛けながら亡明代を追いかけ、スティルから約一五メートル離れた地点で追いついて、同女の前に立ちふさがり、「万引きしたでしょう。」と追及した、<3>これに対し、亡明代は、「盗んでいない。言いががりをつけないでよ。」等と白を切り、被告戸塚が両手を挙げるように言ったところ、両手を交互に挙げるなどしていたが、両手を同時に挙げた瞬間、亡明代の足下に小さく折りたたまれたTシャツが落ちた、<4>被告戸塚がTシャツを示して、亡明代を追及すると、同女は、万引きを否認して、早足でその場を立ち去ろうとしたため、被告戸塚が引き止めょうとしたところ、同女は、これを無視して本件ヨーカ堂の店内に逃げ込んだ、<5>亡明代の服装は、グリーングレーのパンツスーツ、襟がチャイナカラーのブラウスで、黒っぽい手提げバックを所持していた、等の事実が判明した。
東村山署では、被告戸塚の供述によって、亡明代が窃盗の罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があると認めたが、さらに、事件の目撃者について捜査したところ、当日、客としてスティルに居合わせ、亡明代の犯行状況を目撃した者、通りすがりに被告戸塚と亡明代のやり取りを目撃した者など三名の目撃者が判明し、被告戸塚の供述が裏付けられた。
(2) 白石警部は、同月三〇日、亡明代を本件窃盗被疑事件の被疑者として取り調べたが、亡明代は犯行を否認するだけであった。
同年七月四日、白石警部は、再び、亡明代を取り調べたが、亡明代は、「身に覚えのないでっち上げである。絶対盗みはしていない。アリバイもある。」等と犯行を否認し、「被害日時とされる同年六月一九日午後三時過ぎには、東村山市久米川町にあるレストラン「びっくりドンキー」へ原告矢野と二人で行き、ランチとコーヒーを注文して飲食した。」等と申し立てて、アリバイを主張し、その裏付けとして、本件レジジャーナルを任意提出した。
同月一二日、白石警部は、さらに亡明代を取り調べたところ、亡明代は、<1>被害日時とされる同日午後三時過ぎにはスティルに行っていない、<2>右当日は、午前一〇時一五分ころから午前一一時七分まで東村山市議会建設水道委員会に出席し、続いて、午後〇時過ぎまで総務委員会を傍聴し、その後、午後二時ころまで、原告矢野とともに、東村山市役所内の草の根市民クラブの議員控室において、次回の本会議における一般質問のための準備をしていた、<3>午後二時過ぎに原告矢野と食事をするため、二人で自転車で本件レストランへ行く途中、本件支店に立ち寄り、東村山市民新聞の折り込み料を振り込んでおり、その際のキャッシュサービス取引明細書によると、振り込み時間は午後二時一二分となっている、<4>午後二時三〇分前後に本件レストランに着き、厨房の傍に席を取って、二人ともランチ(ハンバーグ、ポテト、ブロッコリー、野菜、コーン)とホットコーヒーを注文した、<5>本件レストランには一時間弱いて、代金の支払は別々にして一人五七六円を支払ったが、同店からもらった当時の伝票の写しからすれば、店を出たのは午後三時二一分頃だと思う、概ね以上のように供述した。そして、右取調べの際、亡明代は、本件支店のキャッシュサービス取引明細、本件レストランの店内見取図及び本件レジジャーナルに日付等を記載したうえ、署名押印して提出した。白石警部は、右の亡明代の供述を供述調書に録取したうえこれを読み聞かせたところ、亡明代は、「アリバイがあり、犯人でもないのに、検察庁へ送致するのはどういうことですか。」等と言って、署名押印を拒否して退去した。
(3) その後、東村山署で亡明代のアリバイ主張に関連して裏付け捜査をしたところ、<1>東村山市議会で調査したところ、同年六月一九日当日は、午前一〇時二八分から午前一一時七分まで建設水道委員会、午前一〇時五六分から午後〇時一分まで総務委員会が開催されていた、<2>本件支店キャッシュサービスコーナーに備え付けられた監視カメラのビデオテープを再生したところ、同日午後二時九分一九秒から午後二時一二分五七秒までの間の映像として、キャッシュサービスの機械を利用している亡明代が映っていた、<3>本件レストランでは、レジジャーナルと伝票を毎月末に札幌の本社に送付している、<4>同月三〇日の夜、本件レストランの店長は、年配の女性から、電話で「同月一九日午後三時前後に同店でランチとコーヒーを二人分注文しているので、レシートの写しをいただきたい。」と依頼され、ランチの種類について質問すると、曖昧に「多分日替わりランチです。」等と答え、座ったテーブルの場所についての質問にも答えず、とにかくレシートの写しが欲しいと求められた、<5>同店長が、右依頼に応じて、札幌の本社に、同日午後三時前後でランチとコーヒー各二人分に該当するレジジャーナルの送付を依頼したところ、同年七月一日夜、本件レジジャーナルがファクシミリで送信されてきた、<6>同店長は、同月二日の深夜に来店した男女四人連れのうち、年齢四〇歳から五〇歳位の女性に本件レジジャーナルを手渡した、<7>同店長が、札幌本社から、本件レジジャーナルと同件の伝票を取り寄せて確認したところ、該当の客が座った場所は一七番テーブル、担当した店員はアルバイトの女性で、客が最初一人で来て、一七番テーブルに座り、午後一時二九分に日替わりランチを注文し、その後に一人の客が同席したが、午後一時三二分に日替わりランチの注文が取り消され、レギュラーランチ及びコーヒー各二人分が注文されていたことが分かった、<8>右店員の説明によると、一七番テーブルには最初四五歳から五〇歳位の女性が座り、日替わりランチ(牡蠣フライとハンバーグ)の注文を受けたが、厨房に行くと品切れと判明し、その旨を伝えに同テーブルに戻ると、もう一人の同年輩の女性が座っており、レギュラーランチ(ハンバーグ)とコーヒー各二人分の注文を受けたとのことであった、<9>右伝票及び本件レジジャーナルによれば、一七番テーブルに座った客は、午後一時二九分ころから午後三時二一分ころまでの間、本件レストランにいたことになる、<10>同年七月一二日午後一時ころ、同月二日に本件レジジャーナルを持ち帰った年配の女性が再び来店し、「この前いただいたレシートは違っているかもしれませんので、他のレシートを見せてくれませんか。」との依頼を受けたが、同店長はこれを断った、等の事実が判明した。
前記のとおり、亡明代は、同年六月一九日午後二時三〇分前後に原告矢野とともに本件レストランに入店し、同日午後三時二一分ころまでいた等と供述しているものであるから、右伝票及び本件レジジャーナルと一致せず、これらは、亡明代のアリバイ主張を裏付けるものではないことが判明した。
(4) 右捜査の結果、被害者である被告戸塚の目撃供述のほか、三名の目撃者がおり、亡明代の主張するアリバイを裏付ける証拠はなく、これを信用することはできないことから、東村山署長は、亡明代を本件窃盗被疑事件の被疑者と認め、平成七年七月二一日、本件窃盗被疑事件を東京地方検察庁八王子支部の検察官に送致し、この捜査結果に基づいて、千葉副署長が本件窃盗広報を行った。
(二) 本件死亡広報の経緯及び内容
(1) 同年九月一日午後一〇時四〇分ころ、本件交番において、本件モスバーガー店の店員から、「店の所在するビルの裏にあるごみ置き場に女性が倒れています。」との訴え出を受けた小松巡査長が、右店員とともに本件マンションの北側外階段の下にあるごみ置き場(以下「本件現場」という。)に赴くと、本件モスバーガー店の店長がおり、その傍に年齢五〇歳くらいの女性が倒れていた。救急車で同女を本件病院に搬送したが、同女は死亡し、その身元を確認したところ、亡明代であることが判明した。
本件死亡事件を認知した東村山署では、千葉副署長が本件現場に臨場して捜査指揮を執り、事件、事故の両面から捜査することとした。そして、本件モスバーガー店の店長や店員等から、亡明代の発見状況等を聴取したところ、<1>同日午後一〇時ころ、本件モスバーガー店の店員が仕事を終え、ごみを捨てるために本件現場に行き、人が横になっているのを見かけたが、酔っ払いではないかと思い気に止めなかった、<2>同日午後一〇時三〇分ころ、本件モスバーガー店の店長が、段ボールを棄てるために本件現場に行ったところ、亡明代が血を流し仰向けに倒れているのを発見した、<3>右店長が、亡明代に何度か「大丈夫ですか。」と声を掛けたところ、同女はその都度「大丈夫。」と答え、また、右店長が「落ちたのですか。」と亡明代に聞くと、同女は、顔を左右に何度も振りながら、はっきりした声で「違う。」と否定し、本件モスバーガー店の店員(右<1>の店員とは異なる者である。)が救急車を要請することについても、「いいです。」と明確に拒否した、<4>本件マンションの北側路面に設置された鉄製フェンスは、亡明代の発見前には異常がなかったものであるが、この時には大きく曲がっていた、等の事実が判明した。
東村山署では、本件死亡事件について、初期捜査を終了した時点で、現場の状況、亡明代の死亡直前の言動、死体の状況、関係者の供述などを総合的に検討した結果、事件性は薄いと認め、この捜査結果に基づいて、千葉副署長が本件死亡広報を行った。
(2) そして、東村山署は、本件死亡事件発生前後に本件現場付近で争うような声や物音等を聞いた者がいなかったこと、本件マンションの五階から六階に至る非常階段のコンクリート壁上面に亡明代のものと思われる手指痕跡が三か所発見されているが、同所には他に争ったような特異な痕跡がなかったこと、本件マンションの北側路面に設置された鉄製フェンスは、手指痕跡の直下で折れ曲がっているが、亡明代が突き落とされたと仮定すると、極めて不自然な状況となることなどの現場の状況、亡明代の死亡前の言動、検視結果、亡明代の着用していた衣服の見分、解剖結果、関係者の供述及び亡明代が転落現場付近を歩いているところを目撃した者の供述などの捜査結果から総合的に判断して、本件死亡事件について、他人が介在した状況はなく、犯罪性はないと認定した。東村山署長は、本件死亡事件につき、同年一二月二二日、「犯罪性はないと認定した。」旨の意見を付したうえ、被疑者不詳の殺人事件として、東京地方検察庁八王子支部検察官に送致した。
2 因果関係及び責任について
本件窃盗広報及び本件死亡広報の内容は、前記1冒頭記載のとおりであるから、仮に、本件記事が原告らの名誉を毀損したとしても、右各広報と本件記事掲載との間に相当因果関係は存在しないし、千葉副署長に故意又は過失もない。
第三争点に対する判断
一 【被告ら共通】1(本件記事による原告らの名誉毀損の成否)について
1(一) 本件記事は、聖教新聞の「秋谷会長-質問に答える」と題するコーナーの一三回目の連載記事であり、本件見出しが付されたうえ、被告秋谷が、「学会は先ごろ、『東京・東村山市議の転落死事件』で悪質極まる中傷記事を掲載した『週刊現代』編集長と、死亡した市議の夫と長女を、名誉毀損で告訴しましたが。」という質問(以下「本件質問」という。)に答えるという形式をとっている(第二の一の前提事実、甲一)。
右のような紙面構成を前提として、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として、原告ら主張の本件名誉毀損部分が、原告らの社会的評価を低下させるものであるかどうかについて検討する。
(二) 本件立件自信部分、本件店主証言部分及び本件副署長供述部分について
本件記事の本件立件自信部分、本件店主証言部分及び本件副署長供述部分は、一般読者に対し、本件窃盗被疑事件について、同事件の目撃証言や警察の発表をあげることによって、その犯人が亡明代であり、かつ、亡明代が同僚の男性議員とともにアリバイ工作をした可能性が高い(本件記事中の表現は「アリバイ工作をした疑いも濃く」というもので、断定的な表現ではないから、アリバイ工作をしたと断定したような印象までを与えるものではない。)という印象を一般読者に与えるものである。
そして、社会生活上、ある者の社会的評価の低下が一定の近親者等の社会的評価にも影響を及ぼすことがあることを考慮すると、新聞記事によって、死者の社会的評価が低下させられた場合には、一般に、配偶者や親子等、死者と近親関係を有する者の社会的評価にも影響が及ぶことがあるということができる。そして、本件窃盗被疑事件は、後に認定するとおり、社会的な関心も高かったものであるから、本件立件自信部分、本件店主証言部分及び本件副署長供述部分は、亡明代本人のみならず、その肉親である原告朝木らの社会的評価も低下させるものと認めることができる。
また、後に認定するとおり、亡明代と原告矢野は、一体となって活動しており、しかも、原告矢野は、本件各事件に関して、原告朝木らとともに頻繁に週刊誌等に登場したり、東村山市民新聞を発行したりするなどしていたものであるから、少なくとも、聖教新聞の読者である被告創価学会会員や東村山市民であれば、亡明代の「同僚の男性議員」が原告矢野を指すものであることは容易に想像し得るものである。したがって、「同僚の男性議員」という表現は、客観的に原告矢野を特定するに足りるものというべきであるから、本件副署長供述部分は、原告矢野の社会的評価を低下させるものと認められる。
(三) 本件警察調査部分について
本件警察調査部分は、一般読者に対して、本件死亡事件の原因が自殺である可能性が高いという印象を与えるものであるところ、一般に、自殺は、生を全うすることなく、自ら命を絶つものであることから、消極的な評価がなされるものであり、自殺した本人のみならず、同人とともに生活していた肉親の社会的評価をも低下させるものということができるから、本件警察調査部分は、亡明代の夫ないし娘である原告朝木らの社会的評価を低下させるものということができる。
なお、原告らは、その後の原告朝木ら発言引用部分中の「(亡明代が)万引き事件で悩み、それが原因で自殺した」旨の記載及び本件立件自信部分及び本件店主証言部分で本件窃盗被疑事件の犯人が亡明代であると断定していることからすると、本件警察調査部分は、亡明代が本件窃盗被疑事件を苦にして自殺したとの印象を与えるものであると主張する。しかし、本件警察調査部分では、「飛び降り自殺した可能性が極めて高いとされています。」と自殺の可能性が示唆されているにすぎないうえ、原告朝木ら発言引用部分中の右記載も、被告創価学会が「万引き事件で悩み、それが原因で自殺したというシナリオ」を作ったと原告大統が発言したというもので、自殺の原因が右シナリオどおりであったという記載があるわけでもない。したがって、本件警察調査部分が、亡明代が本件窃盗被疑事件で悩んで自殺したとの印象まで与えるものと認めることはできない。
(四) 原告朝木ら発言引用部分
原告朝木ら発言引用部分は、一般読者に対して、原告朝木らが、何の根拠もなく、原告朝木ら発言引用部分中の同人らの発言をして、被告創価学会と警察に対する誹謗中傷を行っているという印象を与えるものであるから、原告朝木ら発言引用部分は、原告朝木らの社会的評価を低下させるものと認められる。
(五) したがって、本件記事の本件名誉毀損部分は、いずれも、原告らの社会的評価を低下させるものというべきである。
2 これに対し、被告創価学会らは、本件記事が本件各事件が被告創価学会とは全く無関係であるにもかかわらず、原告らが被告創価学会を「人殺し」呼ばわりしてその名誉を毀損したことに対する反論及び本件雑誌の本件週刊現代記事が事実無根であり、これに対して本件告訴を行ったことなどを被告創価学会会員に対して説明するための記事であり、一般の読者の通常の注意と読み方を基準とした場合に、本件記事中の本件名誉毀損部分が本件記事の主題を離れて、原告らについて独自に何らかの印象を与えることはなく、本件記事によって原告らの社会的評価が低下することはない旨反論する。
確かに、本件見出しからすれば、本件記事は本件死亡事件についての本件週刊現代記事に対する反論であり、かつ、本件告訴の事実を伝えるための記事であることが窺え、冒頭部分の本件質問も右告訴について問いかけているものである。また、本文においても、本件名誉毀損部分の記載の後の後半部分は、右告訴を受けた週刊現代の姿勢を非難したうえ、最後は、本件各事件のような事件にことよせて被告創価学会を攻撃する策謀を巡らしている人間の存在を指摘し、そのような人間に操られているのは一部マスコミだけであるという、報道機関を非難する被告秋谷の意見で結んでいる。
しかし、本件記事の主たる目的が右のようなものであったとしても、本件告訴の相手方には原告朝木らも含まれているのであるから、本件記事から受ける印象は報道機関に対する非難にとどまるものではない。本件記事の前半部分を読めば、執筆者は、本件週刊現代記事の内容が誤っており、本件各事件について被告創価学会が無関係であることを指摘するとともに、本件名誉毀損部分において、本件窃盗被疑事件の犯人が亡明代であり、また、本件死亡事件の原因が自殺である可能性が高いこと等を掲げているのであるから、一般読者が本件記事から受ける印象がマスコミ報道に対する非難に限られるということにはならないものと解される。
したがって、右被告創価学会らの主張を採用することはできない。
二 【被告創価学会ら関係】1(本件記事は、被告創価学会らによる正当な反論行為であったといえるか。)について
1 一般に、ある事実を摘示して他人の名誉を毀損した場合、その名誉毀損行為が公共の利害に関する事実にかかわり、専ら公益を図る目的に出たときであって、摘示された事実が真実であるか、右事実が真実であると信ずるについて相当の理由があることが証明されれば、右名誉毀損行為は、違法性又は故意、過失を欠くから、不法行為は成立せず、行為者は免責されるものである。
しかしながら、相手方の名誉毀損行為が先行し、それが自己の正当な利益を侵害しているような場合に、ある事実を摘示して反論し、それが相手方の名誉を毀損したというときにまで、右摘示事実の真実性や事実が真実であると信ずるについて相当の理由があることが証明されない限り、不法行為が成立すると解するのは相当でない。言論による不当な攻撃を受けた者については、できる限り早く、右攻撃による社会的評価の低下を食い止め、その回復を図る必要があり、そのために言論によって最大限反論することは社会的に許容されるべきものであると解されるところ、自らが積極的に他人の名誉を毀損するような事実を摘示する場合には、十分な調査を行う時間があるのであるから、右事実が真実であると信ずるについて相当の理由がある場合に初めて免責されると解しても特に問題はないのに対し、先行する名誉毀損行為に対する反論は緊急に行わなければ意味がないものであるため、摘示した事実について、常に事実の真実性や事実が真実であると信ずるに足りる相当の理由がなければならないとするのでは、言論による不当な攻撃を受けたものにとって酷であるからである。
したがって、自己の正当な利益を擁護するためにやむを得ず相手方の名誉を毀損したような場合であれば、その名誉毀損行為がその相手方が行った言動に対比して、その方法、内容において、相当と認められる限度を超えない限り、違法性を欠くと解するのが相当である。
そこで、以下、本件記事が、被告創価学会らの正当な利益を擁護するためにやむを得ず原告らの名誉を毀損したものであり、原告らが行った言動に対比して、その方法、内容において、相当と認められる限度を超えたものではなく、違法性を欠くものであるか否かについて検討する。
2 本件記事掲載に至る経緯等
前記第二の一の前提事実に加えて、証拠(証拠は各事実毎に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば、本件記事掲載に至る経緯等について、以下の事実が認められる。
(一) 生前の亡明代らの活動と被告創価学会の関係等(甲四二、五五、原告矢野本人)
(1) 亡明代は、昭和六二年に原告矢野も加わっていた無党派の市民グループ(以下「草の根グループ」という。)の中から立候補して東村山市議会議員に初当選した後、三期連続で当選を果たしており、最近の二回の選挙では連続して当選順位は一位であった。
その後、平成七年四月の東村山市議会議員選挙には、原告直子も立候補し、初当選したが、同原告は当選を辞退した。
(2) 昭和六二年の右選挙に前後して、草の根グループでは、地域住民と情報を相互に交換できる媒体として「東村山市民新聞」と題するミニコミ誌を発行することになり、原告矢野がその編集長を務めることとなった(平成八年四月からは原告直子が編集長を務めている。)。東村山市民新聞は年一〇回程度発行されており、その発行部数は現在四万五〇〇〇部程度である。一部一五〇円の購読料で購読している者もいるが、ほとんどは東村山市内の住民に対して、当初は、新聞折り込みで、現在はポストに投函して、配布されている。
そして、亡明代や原告矢野らは、普段、東村山市本町二丁目五番一七号所在の「草の根共同事務所」という名称の事務所(以下「草の根事務所」という。)において活動を行っていた。
(3) 草の根グループは、草の根民主主義を標榜して、いずれの政党にも属さずに活動していたが、平成四年六月三〇日に行われた協議会において、発言中の亡明代に対し、公明党の東村山市議会議員が行った発言がきっかけとなって、公明党や被告創価学会と対立するようになった。そして、草の根グループは、被告創価学会系企業に対する公共事業の優先発注の疑惑や職員採用、被告創価学会からの脱会者からの相談についての被告創価学会の信者である東村山市職員の関わりに関する疑惑等を東村山市議会で取り上げたり、東村山市民新聞に公明党や被告創価学会を批判する内容の記事を掲載するなどして、公明党や被告創価学会を批判する活動を行っていた。また、草の根グループは、被告創価学会から脱会した者等から同被告による人権侵害を受けたとの相談が持ち込まれたり、救済を求められた場合には、それらの者を支援する活動もしていた。
(二) 本件窃盗被疑事件送致後の報道(甲一二三、乙四、一〇から一三まで)
(1) 平成七年七月一二日に、亡明代を被疑者として、東村山署から東京地方検察庁八王子支部の検察官に本件窃盗被疑事件が送致され、その事実は、翌日、亡明代の「全く身に覚えがない」旨の発言ともに朝日、産経等の各新聞により報道された。
(2) そして、右事件を取り上げた週刊朝日平成七年七月二八日号の「東村山名物市議『万引き』事件の怪」という見出しの記事には、亡明代の発言として、「警察に呼ばれたとき、瞬間的に創価学会にやられたって思いましたよ」という記載が、同じく同誌同年八月四日号の「『草の根』市議を襲った2つの事件」という見出しの記事には、亡明代の発言として、「日ごろから『反創価学会キャンペーン』をしている自分に対する復讐です」という記載があった。
(3) また、週刊ポスト同日号は、「『創価学会の陰謀説まで』飛び出した東村山女性市議たった一九〇〇円万引き送検騒動のヤブ」との見出しで、右事件を取り上げた記事を掲載したが、その中には、亡明代の発言として、「この事件は創価学会の陰謀としか考えられない。私は徹底的に戦いますし、学会にとっては“ハルマゲドン”になると思います。一九〇〇円のシャツ一枚で、すぐに送検なんて話は聞いたことがありませんよ」、「六月三〇日に東村山署の刑事課に呼ばれ、何のことだと出向いたところ、“万引きの被害届が出ている。店の人は朝木さんが犯人だといっています”と告げられ、その瞬間、ああ、学会にやられたと思ったんです。しかも、事件があったとされる日から10日以上も経っているわけですからね。普通は考えられませんよ。もちろん私は万引きなどはやっていません。事件当日のアリバイがあります。」等の記載があり(同様の発言は、本件夕刊フジ記事にも掲載されていた。)、原告矢野の発言として、「こちらでは洋品店主の妻が創価学会関係者であると総合的に判断しています」との記載があった。
(三) 本件死亡事件後、本件記事掲載までのマスコミの報道等(甲一〇から三五まで、九〇、一〇四、乙七、一四から二〇まで、三二、四二、四四。枝番のあるものは枝番を含む。)
(1) 新聞報道
本件死亡事件発生後、平成七年九月二日及び三日、朝日、毎日、読売、産経等の各新聞が右事件について報道した。
各紙とも、概ね亡明代がマンションから転落死した事実と警察が自殺と事故の両面から捜査している(亡明代が自殺した可能性があるとみているとの報道もある。)と報じたうえ、本件窃盗被疑事件が送致されたこと等も報じていた。なお、同月三日付産経新聞は、「万引き疑惑などで心労?」との見出しを付して、東村山署は自殺とほぼ断定した旨の報道をした。
(2) 週刊誌による報道
本件死亡事件発生後、本件記事掲載までの本件各事件に関する各週刊誌に掲載された記事には、概ね、本件各事件の経緯が述べられたうえ、亡明代が反創価学会の活動を行っていたこと、警察は事件性が薄いと見ているが、原告直子及び原告矢野などが自殺ではないと主張していること、自殺というには不審な点が存在していること、亡明代死亡以前に嫌がらせが続発していたことなどが記載され、本件死亡事件について被告創価学会の関与を疑う報道がなされていた。主な記事は次のとおりである(本件雑誌に掲載された本件週刊現代記事は除く。)。
ア フォーカス平成七年九月一三日号(同月六日発売)
「万引き事件東村山市議の転落死-『反創価学会の闘士“自殺”の謎』」との見出しの記事が掲載されており、その中では、東村山署が自殺という見方に傾いているとの記載がある一方、原告矢野の発言として、「これは、創価学会を批判していた議員がやられたということだ」という記載があり、最後は「朝木市議の『自殺』はきわめて不思議と見られているのだ。」と結ばれている。
イ 週刊新潮同月一四日号(同月七日発売)
「東村山女性市議『転落死』で一気に噴き出た『創価学会』疑惑」との見出しの記事が掲載されており、その中では、事件性は薄いとみているという千葉副署長の発言に対し、「この変死は簡単に『事件性なし』という予断をもてるほど単純なものではない。」としたうえで、原告矢野の発言として、「これがどうして自殺などと言えるんですか。そもそも朝木さんが自殺などする理由がありませんよ」という記載があり、さらに、亡明代に対する脅迫やいやがらせが多発していた旨の記事の後、原告直子の発言として、「母はいつも、こんなことをされているんだから、“自分はいつ殺されるかわからない”と口癖のように言っていました。」という記載がある。また、ジャーナリストの乙骨正生氏の発言として、「私はいろいろな面で今回の事件は納得がいきません。この事件の背後にはどうしても創価学会の影を感じるんです。」という記載がある。
ウ 週刊文春同日号(同月七日発売)
「反創価学会女性市議の『怪死』」との見出しが付され、東村山署は自殺という見方を強めているが、原告矢野や原告直子の自殺ではない等の発言や亡明代の周辺で奇妙な事件が続発していることをあげて、本件事件にはまだ様々な謎があるという内容の記事が掲載されている。
(3) 本件放送
同月四日に放送された本件放送では、本件死亡事件について、原告直子及び原告矢野と被告創価学会の広報室長である西口浩(以下「西口室長」という。)が、司会者のインタビューを受けて、それぞれ次のように答えている。
ア 原告直子は、本件死亡事件が事件だとすれば、今から考えてこんな不審なことがあったというような事実はあるかとの司会者の質問に対し、万引きのでっち上げ事件から始まって原告矢野が暴漢に襲われて大怪我をした、怪文書が電柱に貼り出された、脅迫状が届いた、亡明代の自宅の門柱に新聞、灯油を染み込ませた新聞に火をつけられた、との事実があったことを答え、さらに、司会者がそれらの脅迫や嫌がらせの原因は何だと思うかとの質問に対し、「私の個人的な考えでは、あのう、こういうふうになったのは、創価学会への反創価学会キャンペーンを始めてからだと思います。」と答え、続けて亡明代が高知のシンポジウムでもそういうテーマで講演する予定であったが、高知の方に亡明代が来たら命はないぞというような脅迫電話が入っていたという情報がある旨発言した。
イ 原告矢野は、司会者の質問に答えて、自分は亡明代が突き落とされて殺されたと見ている、死亡した翌日に高知市に創価学会問題を考えるシンポジウムに出る予定だったのであり、その準備をしているような状態で亡明代が本件マンションのようなところで事故に遭うはずがない旨発言した。さらに、原告矢野は、自身も暴漢に襲われたり、亡明代の家にも放火まがいの事件があったり、怪電話がかかったり、ポケットベルに444と入っていたりするなどのことが続いていたということを述べたうえ、最後に「これだけははっきりと伝えたいんですが、創価学会のですね、問題を、宗教法人の問題を、問題点を指摘し続けて、そして、被害を受けてきた人達に応援も続けた朝木議員が何者かに殺されたという事実をね、声を大にして言いたいです。」と発言した。
ウ 西口室長は、本件死亡事件について被告創価学会が関係しているという見方がある旨の司会者の質問に対し、本件死亡事件に被告創価学会が関係しているという証拠はなく、一方的に亡明代の同僚者が言っているだけのことであり、また、原告直子や原告矢野がいう嫌がらせについても被告創価学会が行ったという証拠はない旨答えた。
(四) 本件告訴を巡る応酬(甲七、九、二三、乙四三、四四)
(1) 本件雑誌の本件週刊現代記事を受けた被告創価学会は、平成七年九月一二日、本件告訴を行うとともに、記者会見を行い、さらに、翌一三日付の聖教新聞において、本件告訴を行った旨の記事を掲載した。
(2) 本件告訴に対する原告朝木らの対応
本件告訴を受けた原告朝木らは、右同日、マスコミ各社に対し、「創価学会の刑事告訴について」と題する書面(甲七、以下「本件刑事告訴反論書面」という。)を送付した。右書面には、「高知の講演会について『講師(朝木明代)の命の保証はない』などと創価学会関係者が主催者を脅迫した後、今回の事件が起こった。これらの事実を『週刊現代』を含むマスコミのみなさんに平等にお話したにすぎません。創価学会は事実を公表されてうろたえているのではと思います」との原告朝木らの発言が記載されていた。
(3) 講談社の対応
本件告訴を受け、講談社は、週刊現代同月三〇日号(同月一八日発売)において、「東村山市議『変死事件』の深まる謎と創価学会の『言論弾圧』」との見出しを付し、本件告訴が言論弾圧であるとともに本件死亡事件にはまだ不審な点がある旨の内容の記事(以下「本件言論弾圧記事」という。)を掲載した。
(五) 原告らによる請願(乙二一、二八)
原告らは、平成七年九月一八日、龍年光外二名とともに、国家公安委員長深谷隆司宛に、本件請願書を提出し、その旨の記者会見を行うことを各マスコミに連絡した。右書面には、本件死亡事件の概要が記載された後、「命を狙われた龍年光(元都議)も、怪死した朝木明代(市議)も、これまで一貫して、創価学会・公明党の反社会性を厳しく糾弾してきた。」、「そのため、両名とその関係者は、創価学会による(もしくは同会々員によるものと思われる)、さまざまな脅迫、監視、嫌がらせ、デッチ上げ訴訟等によって、直接的又は間接的な被害をこうむり続けることになったが、その果てに今回の事件が起きたものである。」、「状況から見て今回の事件の背景には、かの、坂本弁護士を教団の的として麻原彰晃の命令で一家皆殺しにしたオウム真理教と、きわめて体質が酷似する、巨大宗教団体・創価学会の影が感ぜられる。」、「創価学会の数百万の組織と、池田の私兵といわれる約二千名の議員団と多数の御用弁護団の存在が、警察の対応に重大な影響を及ぼしているものと思われるのである。その具体的な事実を窺わせる資料を添え、このたびの龍・朝木両事件につき、徹底した捜査による真相解明をしていただきたく・・・」との記載があり、資料として本件雑誌のほか、右(三)、(2) 、イ記載の週刊誌等が添付されていた。
(六) 本件記事の作成・掲載に至る経緯
第二、一、2から7までで認定した事実及び証拠(乙七、一二、三六、三七、四四、四七から五〇まで、五九、証人小森、同千葉)によれば、次の事実が認められる。
(1) 聖教新聞は、被告創価学会が発行している同会会員向けの機関紙であり、その発行部数は約五〇〇万部程度である。一般に市販はされておらず、被告創価学会会員以外の第三者が購読する場合は、被告創価学会会員を通じて申し込むこととなっている。聖教新聞に掲載される記事の内容は、基本的には、被告創価学会の本部等で行われた各種儀式や行事・会合の紹介、被告創価学会会員の信仰体験、日蓮大聖人の教義の解説等といった被告創価学会会員を教化育成するものとなっている。
(2) 右(三)、(2) 記載の週刊誌による報道の論調は、本件死亡事件に被告創価学会が無関係でなく、何らかの関与をしていることを勾わせるようなものであったところ、本件雑誌が発売されると、被告創価学会本部又は聖教新聞社に対し、「人殺し」といった内容の電話や無言電話がかかってくるほか、被告創価学会会員から、周囲の者などに「創価学会ってのはオウムなのか」とか、「お前、人殺しか」というように言われて、大変につらい思いをしているといった問い合わせや真相究明を求める声が多数寄せられた。
聖教新聞社編集局青年取材部の記者であった小森記者は、右のような状況から、当初は青年部向けの機関誌である創価新報で、一連の報道が事実無根であることを掲載する必要があると考え、本件雑誌が発売された平成七年九月一一日から取材活動を開始した。
(3) 小森記者は、まず、フリーライターで、株式会社潮出版社が発行する月刊誌「潮」(以下「潮」という。)の特派記者である井原記者に連絡し、情報提供を求めた。
井原記者は、本件死亡事件の発生後である平成七年九月九日ころから取材を独自に開始しており、被告戸塚に直接取材して亡明代が本件窃盗被疑事件を行ったのを目撃した旨の話を聞いていた。また、井原記者は、同月一一日の午前中には東村山署を訪れて千葉副署長から取材し、同人から、本件窃盗被疑事件について、亡明代及び原告矢野がアリバイ工作を行ったことが発覚したことから、亡明代が犯人であると判断した、本件死亡事件については、捜査の結果、自殺という判断になった旨の話を聞いた。そこで、井原記者は、千葉副署長の取材直後に、手書きで右取材内容を詳しく再現したメモ(乙四七、他に、亡明代の検視に立ち会った嘉数能男医師に対する取材内容も含まれている。以下「本件井原メモ」という。)にまとめ、その日のうちに、潮編集部宛にファクシミリで送信した。
小森記者の依頼を受けた井原記者は、小森記者に対し、千葉副署長に対する取材の結果等を手書きのメモ(本件井原メモ)にまとめ、すでに潮編集部にファクシミリで送信しているので、右編集部から写しを受け取って欲しい旨伝え、同時に右編集部の者に、本件井原メモを小森記者に渡して欲しいと指示した。
(4) 小森記者は、同月一二日夕刻に潮編集部から本件井原メモをファクシミリで送信してもらったが、そこに亡明代らが本件窃盗被疑事件についてアリバイ工作を行ったということが書かれていたことから、その点についてもっと井原記者に説明してもらおうと考えて、同月一四日の深夜に井原記者の事務所に赴いた。一方、井原記者は、同月一一日の千葉副署長に対する前記取材後も、嘉数医師に取材した結果を踏まえ、同月一二日にさらに電話で千葉副署長に取材し、その後も何度か電話で取材を重ねていた。そこで、小森記者は、井原記者の事務所で、井原記者から、亡明代と原告矢野によるアリバイ工作のことや千葉副署長が本件死亡事件については自殺の可能性が極めて高いと言っていたというような内容を井原記者がまとめて潮に掲載する予定であった原稿(乙四八、以下「本件井原原稿」という。)をもとに説明してもらったうえ、右原稿のコピーを入手した。
(5) そのような折、同月一八日に本件言論弾圧記事を掲載した週刊現代同月三〇日号が発売されると、再び被告創価学会が、被告創価学会会員らから多数問い合わせや苦情を受けるなど、多大な反響があった。そこで、同月一九日、聖教新聞社の編集総局長である原田光治(以下「原田総局長」という。)は、聖教新聞紙上において、本件週刊現代記事に対して反論し、本件死亡事件について被告創価学会会員に対し説明する必要があると判断し、小森記者に対して、改めてその取材、執筆を指示するに至った。
(6) そこで、小森記者は、同月一九日に再度井原記者から話を聞くとともに、千葉副署長に電話で取材を申し込んだところ、千葉副署長からは、本件死亡事件について、被告創価学会から本件告訴を受けているし、捜査を進める段階で様々なマスコミからの取材を受けたけれども、その情報が混乱していて、被告戸塚を始めとする関係者が非常に困惑しており、そのような中で、一方当事者である被告創価学会の機関誌として取材に歩かれるとまた捜査が混乱する可能性があるので、捜査に協力する意味で取材を控えて欲しいし、記事を書くならば、すでに公式に記者発表をするなどし、その記事も様々なマスコミに出ているので、それを使って欲しいと取材を固く断られた。
このため、小森記者は、千葉副署長に対する取材をあきらめるとともに、被告戸塚に対する取材も差し控えることとし、その代わり、配信記事千葉発言記載と夕刊フジ記事戸塚発言記載の内容が、いずれも井原記者から入手した本件井原メモや本件井原原稿、さらには井原の説明の内容と合致していた(被告戸塚の発言については、週刊朝日同年七月八日号にも、「政治的背景なんて、あるわけがない。朝木さんの顔はよく知っている。以前も朝木さんが来店したとき商品がなくなったと感じたので、今回は注意してみていたんです」との被告戸塚の発言が掲載されていたことを確認していた。)ので、これらを引用して記事を作成することとした。
(7) 原田総局長は、聖教新聞の「秋谷会長-質問に答える」という連載企画の中でこの企画を取り上げるのがよいと判断し、小森記者と打ち合わせをしたうえ、同記者とともに被告秋谷のところに赴いた。そこで、井原記者がそれまでに調べた資料等を説明し、被告秋谷から右連載企画の中で取り上げることを了承してもらった。
そこで、井原記者は、配信記事千葉発言記載(その際、「同僚の男性議員」が原告矢野を指すことは分かっていたが、あえて実名を報道する必要はないと考えて、そのまま引用した。)と夕刊フジ戸塚発言記載をそのまま引用するなどして、被告秋谷へのインタビュー記事という形で本件記事を作成・編集し、本件新聞に掲載した。
3 本件記事の作成・掲載の目的について
右に認定した本件記事作成・掲載の経緯と本件記事の内容(第二、一、5)からすれば、本件記事は、<1>亡明代ら草の根グループと被告創価学会は本件各事件が発生する以前から対立関係にあった、<2>本件窃盗被疑事件発生後、同事件が被告創価学会の陰謀によるものであるかのような亡明代らの発言が報道されていた、<3>本件死亡事件が発生すると、被告創価学会が同事件に関与したと直接記載するわけではないものの、被告創価学会と対立していた亡明代が死亡したが、その死亡原因には様々な不審な点があり、死亡以前にも亡明代に対する嫌がらせが頻発していたという内容の週刊誌の記事が多数出され、見出しと合せて読めば、本件死亡事件への被告創価学会の関与の疑惑を窺わせる印象を与えるものもあった、<4>亡明代は自殺したものではなく殺された等の原告直子及び原告矢野の発言が右各週刊誌上に引用されていたうえ、原告直子及び原告矢野自身も、本件放送内で、反創価学会の活動をし、様々な嫌がらせを受けていた亡明代が殺されたという本件死亡事件への被告創価学会の関与を窺わせるかのような趣旨の発言をしていた、<5>そのような状況の中で、本件週刊現代記事が掲載された本件雑誌が発売された、<6>本件週刊現代記事についての被告創価学会の本件告訴に対し、原告朝木らは、本件週刊現代記事により、被告創価学会が事実を公表されてうろたえている等の本件刑事告訴反論書面を発表した、<7>さらに、原告らは、本件死亡事件への被告創価学会の関与を指摘する内容の本件請願書を提出した、というような事実経過の中で作成・掲載されたものであり、本件記事は、被告創価学会が亡明代を殺したと断定した原告朝木ら発言記載の掲載された本件週刊現代記事(同記事が被告創価学会の社会的評価を相当に低下させる名誉毀損行為であることは、その内容に照らして明らかである。)を主たる対象とし、同様の論調をとるその他のマスコミ報道等に対しても、併せて、被告創価学会として反論する目的のために作成・掲載されたものと認められる。
4 原告朝木ら発言の有無について
(一) 原告らは、原告朝木らは原告朝木ら発言をしていないのであるから、本件記事が原告朝木ら発言に対する反論行為であるとする被告創価学会らの主張はその前提を欠いたものであると反論する。そこで、原告朝木らが原告朝木ら発言をしたか否かにつき検討することとする。
(二) 乙八、九、二四、二五号証、乙三八号証から四一号証まで、乙五五号証によれば、本件週刊現代記事作成の過程について、次の事実が認められる。
(1) 本件死亡事件の発生とその報道を受け、講談社の週刊現代編集部の加藤晴之編集次長(当時)は、右編集部で主に社会、事件関係の特集記事を担当していた藤田康雄編集部員(以下「藤田編集部員」という。)に対し、右事件を担当するように指示した(後に元木昌彦編集長の指示も得て正式に右事件の取材をすることになった。)。
藤田編集部員は、フリーランスの記者であったが、週刊現代の専属の取材記者として、週刊現代編集部に所属して取材活動を行っていた久保山記者及び野田記者に、亡明代の遺族である原告朝木らに対する取材をするよう指示した。
(2) 久保山記者は、平成七年九月五日午後四時ころ、原告大統の自宅を訪問し、取材を申し入れたところ、二〇歳前後の女性が現れたので、「週刊現代の記者ですが、今回のことでお話をお聞きしたくお伺いしました。」と告げた。すると、右女性は、「私には分かりませんので、ちょっとお待ち下さい。」と言って誰かを呼びに戻ると、原告大統が玄関から出てきたので、久保山記者が「失礼ですが、ご遺族の方ですか。」と尋ねると、原告大統は、「亡明代の夫の原告大統です。」と答えた。そこで、久保山記者は、「週刊現代の記者の久保山と申します。こういう時に大変申し訳ありませんが、今回の亡明代さんの事故の件でお話をお聞きしたくてお伺いしました。」と告げた。そして、原告大統は、久保山記者の取材に応じ、右記者の質問に対し、原告大統発言を概ね含む回答をした(亡明代が万引き事件で逮捕されたとの発言はなかった。)。
久保山記者は、原告大統への取材を終えると、取材内容をまとめたデータ原稿を作成し、藤田編集部員に提出した。
(3) 野田記者は、同月五日から六日にかけて、草の根事務所に行き、原告直子から取材した。なお、そのころ、右事務所内は、新聞、テレビ、雑誌等の記者らが大勢集まってきており、非常に混雑した状況であったので、野田記者は、右事務所内で取材するだけでなく、原告直子が右記者らに出すお茶を買ったり、資料のコピーをするために東村山駅近くにあるコンビニエンスストアに行ったときに四回前後同行して、単独取材も行った。そして、原告直子は、野田記者の質問に対して、原告直子発言を含んだ回答をした。
野田記者は、原告直子への取材を終えると、取材内容をまとめたデータ原稿を作成し、藤田編集部員に提出した。
(三) 以上の認定に対し、原告らは、原告朝木らが原告朝木ら発言をしていないと反論していることは前述のとおりであり、原告直子はこれに副う供述をし、同人作成の陳述書(甲四二)や別件訴訟での本人尋問調書(甲四五)にも同様の記載がある。
しかしながら、乙三九、四一号証によれば、久保山記者及び野田記者の作成した各データ原稿には、原告朝木らが原告朝木ら発言をしたとの取材内容が記載されていることが認められるところ、これらのデータ原稿の内容は、いずれも、具体的なものであるうえ、その体裁からいっても、およそ取材に基づかない作文であるとの疑いを抱かせるようなものではないし、別件訴訟における久保山記者及び野田記者の証言内容(乙九、二五)も大筋において信用することができるものである。そして、本件放送での原告朝木及び原告矢野の発言、本件請願書及び本件刑事告訴反論書面の各記載内容、本件死亡事件後の東村山市民新聞には、別紙三記載のとおりの記事が掲載されていること(乙三三、五一から五四まで)等からすれば、亡明代の遺族である原告朝木らが本件死亡事件に被告創価学会が関与していたと考えていたことが窺え、原告朝木らが原告朝木ら発言をするのは自然なことと考えられる。
なお、原告らは、久保山記者が、別件訴訟において、原告大統を取材した日時を平成七年九月四日であると証言しているところ、その日に原告大統を取材することは不可能であると主張しており、確かに、甲三七号証によれば、原告大統に対する取材日時の点で、久保山記者の証言が平成七年九月五日から同月四日に変遷しているという事実も認められるが、久保山記者の同月四日に取材したとの証言も確たる裏付けがあってなされたものではなく、同人はその後、同人作成の陳述書(乙三八)において、右証言を否定し、取材日時は同月五日であったと記載していることからすれば、前記証言における取材日時に関する部分は、同人の勘違いによる可能性が高いと考えられるから、取材日時の点に変遷があったからといって、その他の証言内容の信用性も減殺されることにはならないと解される。
(四) したがって、原告朝木らは久保山記者及び野田記者に対して原告朝木ら発言をしたものと認めるのが相当であり、右発言が本件週刊現代記事に掲載されることによって、被告創価学会の名誉が毀損されたものであるから、本件記事は、原告朝木ら発言に対する反論でもあるということができる。
5 原告矢野について
原告矢野についても、本件週刊現代記事に警察の不手際を指摘する原告矢野の発言が引用されているし、これまでに認定したとおり、原告矢野は、亡明代と一体となって活動しており、被告創価学会と対立関係にあり、亡明代が本件窃盗被疑事件を行っていないことを主張していたのであり、その死後は原告朝木らとともに本件各事件について被告創価学会の関与を窺わせるかのような発言を繰り返していたものである(右発言は、被告創価学会の社会的評価を低下させる名誉毀損行為と認められる。)ところ、本件記事の本件副署長供述部分は、そのような原告矢野の言動に対し、原告矢野が亡明代とともに本件窃盗被疑事件についてアリバイ工作を行ったこと、ひいては本件窃盗被疑事件は実際に亡明代が起こしたものであり、被告創価学会は本件死亡事件に関与していないことを主張するものであるから、本件記事は原告矢野の被告創価学会に対する右発言に対する反論でもあるということができる。
6 原告らの名誉毀損行為が被告創価学会の正当な利益を侵害していたか。
(一) 甲八号証から三五号証まで、甲四二、四五、五五号証、九七号証から九九号証まで、一〇四、一〇八、一〇九、一二三、一二四号証、一三五号証の一、二、乙四号証、一二号証から二三号証まで(枝番のあるものは枝番を含む。)、二九号証から三二号証まで、五一号証から五四号証まで、原告矢野本人尋問及び原告直子本人尋問の各結果によれば、本件記事が掲載された当時、原告らは、次のような事実の存在(ただし、本件証拠上、その存在を確定できない事実も多い。)や本件死亡事件についての原告らの考え方を根拠に被告創価学会に亡明代が殺された等の発言をしたことが窺われる。
(1) 高知市の市民団体「ヤイロ鳥」(以下「ヤイロ鳥」という。)が主催する被告創価学会を批判するシンポジウム(以下「本件シンポジウム」という。)が平成七年九月四日に高知市で開催され、亡明代と原告矢野もパネリストとして出席する予定であったが、右シンポジウムが近づいた同年六月以降に、<1>本件窃盗被疑事件が発生(原告らは、亡明代にアリバイがあり、右事件は捏造されたものであると主張していた。)、<2>同年七月一六日、原告矢野が、帰宅途中に暴漢から襲われ、頭や顔を殴られて、全治二週間の怪我を負わされた、<3>同月一七日、草の根事務所周辺に、「こんな議員をトップ当選させたバカな東村山市民よ、早く目を覚ませ。市の恥『草の根』をこの街から排除しない限り、東村山は全国の笑い物になる。議会の進行を妨害するだけで、何の建設的意見を持たず能力もない『草の根』を即刻、追放しよう」とのビラが貼られていた、<4>同月一九日、亡明代の自転車のブレーキが何者かによって壊されていた、<5>同年八月二日、原告矢野が、帰宅途中に横合いの路地から発進してきたトラック二台に挟まれて、轢き殺されそうになったが、そのトラックの所有者は被告創価学会会員であった、<6>同月六日から、原告直子のポケベルに「01-02-03-04・・・」というカウントアップの数字が連日打ち込まれ、同月一九日には死を意味する「4-4-4-4」という数字や、逆から読むと「焼け死に」を意味するポケベル文字の「2234218」という数字が打ち込まれた、<7>同月二〇日、亡明代宅の門柱の上に、コンビニエンスストアのビニール袋に詰め込まれた東京新聞等の古新聞の束に油を染み込ませ、放火された、<8>同月二六日、ビニール袋に詰められた金属粉末状のものが同封されて、チラシの裏に「ばく死」と書かれた脅迫状が東村山市民新聞宛に送られてきた、<9>同年七月ころから、被告創価学会関係者が「講師の命は保証できない。」とか「講師の身に危険が起きる。シンポジウムは中止せよ。」とヤイロ鳥を継続的に脅迫した、<10>同年八月二八日には、「シンポジウムは中止しろ。このままやったら、ただじゃ済まさないぞ。」とか「五体満足で、講師が高知の地を踏めるとおもったら大間違いよ。」という脅迫電話がヤイロ鳥事務局にかかってきた、<11>同月二一日には、高知県内各地の被告創価学会の文化会館で右被告の地区部長会が行われ、「シンポジウムを断固粉砕する。」との指示や申し合わせがなされていた、等の事件等が続発していた。
(2) 原告らは、本件死亡事件について、<1>亡明代が履いていたはずの靴が発見されていない、<2>原告矢野が草の根事務所に戻った際、事務所には鍵がかけられていた(鍵を持っていたのは原告矢野と亡明代のみであった。)のに死亡した亡明代が草の根事務所の鍵を所持していなかった、<3>原告矢野が草の根事務所に戻ってきた際の事務所内の伏況は、電気が付けっぱなしになっていたほか、亡明代のワープロも原稿が打ちかけのままになっており、亡明代の鞄や財布等も全て置いたままになっていた、<4>本件マンションの住人が、事件当日夜、「キャー」という悲鳴を聞いていた、<5>亡明代は、背中を下にして身体を横にしたほぼ水平状態で落下したものであり、両足をしたにして落下するとか、頭から落下するという姿勢ではなかった、<6>亡明代が死亡する直前に亡明代から原告矢野に電話がかかってきたが、その電話での亡明代の声に生彩がなく、どこかの部屋の中からかけられていたようなものだった、<7>本件発生後、第一発見者が亡明代に「飛び降りたんですか。」と問いかけたのに対し、亡明代が「いいえ。」と答えていた、<8>亡明代は本件窃盗被疑事件を行っておらず、亡明代が自殺をする動機は全くなかった、という事実が存在し、亡明代は自殺したのではなく、他殺であったと考えていた。
(二) しかしながら、右(1) の事実及び原告らが本件死亡事件について存在したとする右(2) の事実が全て真実であったとしても、それは被告創価学会と対立していた原告らにとって、本件各事件への被告創価学会の関与について疑いを抱かせるものではあったとしても、客観的に見れば、被告創価学会と本件各事件とを結びつける根拠としては極めて薄弱というべきである。亡明代が被告創価学会を批判、攻撃する活動を行っていたことはこれまで認定してきたとおりであり、これに対し、被告創価学会が亡明代を快く思っていなかったことは考えられるとしても、そのことからただちに、被告創価学会が亡明代を陥れるために本件窃盗被疑事件をねつ造したり、ついには亡明代を殺害したということができないことはいうまでもない。
したがって、原告らは、被告創価学会が本件各事件に関与したと認められるような客観的な根拠もなく、被告創価学会に対し、さきに判示したとおりの名誉毀損行為をしたものであるから、被告創価学会は、本件記事掲載当時、原告朝木ら発言を含む原告らの名誉毀損行為により、その正当な利益を侵害されていたということができる。
7 被告創価学会らの反論の相当性について
(一) 本件記事の本件名誉毀損部分の根拠について
本件記事の本件名誉毀損部分については、本件井原メモ及び本件井原原稿を含む井原記者からの情報提供、本件配信記事、本件夕刊フジ記事及び本件週刊現代記事等に基づいて作成されたことは、前記第三、二、2、(六)記載のとおりである。
ところで、小森記者は、平成七年九月一九日に原田総局長から、聖教新聞紙上において本件週刊現代記事に対して反論し、本件死亡事件について被告創価学会会員に対し説明する目的で、改めて取材、執筆の指示を受けた時点で、本件各事件の捜査指揮官兼広報担当者であった千葉副署長(後記五、1、(一)記載のとおり)に対し電話で取材を申し込んだところ、直接の取材は固辞され、代わりに、すでに公式に記者発表をするなどし、その記事も様々なマスコミに出ているので、それを使って欲しいと要請されたことは、前記第三、二、2、(六)で認定したとおりであって、小森記者が右のような千葉副署長の意向を尊重して、直接の取材を断念し、千葉副署長の指示どおり、本件記事中、本件各事件についての東村山署の見解を紹介する部分に関しては、当該記事の作成者の属性や記事の体裁・内容からして、千葉副署長のいう公式の記者発表を聞いて記載したものとみられる本件配信記事中の配信記事千葉発言記載を引用するとともに、千葉副署長に対する数回にわたる直接取材に基づき、その内容も具体的かつ詳細で合理的な内容であった本件井原メモや本件井原原稿、井原記者自身の説明も併せて情報源として利用したのは、小森記者が置かれていた前記のような取材環境にかんがみると、当時小森記者が取り得た取材方法として、無理もなく妥当なものであったと認められる。そして、本件記事中の本件立件自信部分、本件副署長供述部分及び本件警察調査部分の内容・表現が、本件窃盗広報及び本件死亡広報当時の千葉副署長の認識を逸脱していないことや、千葉副署長が、結局のところ、本件窃盗広報及び本件死亡広報の内容の一部につき、東村山署の見解として本件立件自信部分、本件副署長供述部分及び本件警察調査部分のような内容・表現でもって本件記事が書かれるのを十分予見していたことは、後記五、2で検討するとおりであって、そうであれば、右各部分につき小森記者が情報源とした配信記事千葉発言記載や本件井原メモ、本件井原原稿も千葉副署長の当時の認識ないし判断の範囲内の内容であったものと認めることができる。しかも、現に、千葉副署長は、井原記者から取材を受けたことや、本件井原メモ及び本件井原原稿の内容も、ほぼ正確であることを認めている(証人千葉)。そうすると、小森記者が千葉副署長に対する直接の取材に代えて利用した本件記事の情報源である配信記事千葉発言記載及び本件井原メモ、本件井原原稿は、その内容につきいずれも十分信用の置ける情報源であったものと評価することができる。
また、小森記者は、千葉副署長から、被告戸塚をはじめとする関係者が非常に困惑しているなどとも聞かされたため、被告戸塚の立場にも配慮して、同被告に直接取材することを差し控えたことは、前記第三、二、2、(六)で認定したとおりであるところ、捜査指揮官である千葉副署長から右のような情報を得た小森記者が、本件記事中の本件窃盗被疑事件に関する記事を執筆するに際して、被告戸塚の立場を慮って同被告に対する直接の取材をしなかったことも、当時の被告戸塚を取り巻く状況下ではやむを得ないものと認めることができる。そして、当時井原記者が直接被告戸塚に面会して取材し、その取材内容をまとめたものを含んだのが本件井原原稿であったところ、小森記者が、本件井原原稿中の被告戸塚に対する取材内容部分を信用するとともに、夕刊フジ戸塚発言記載の内容が本件井原原稿中の被告戸塚に対する取材内容部分と合致していることから、本件記事に夕刊フジ戸塚発言記載を引用したことは、取材方法の選択として無理もないものであったといえる。しかも、現に、本件井原原稿中被告戸塚に対する取材内容を記載した部分や夕刊フジ戸塚発言記載の内容は、被告戸塚本人が当法廷で供述した本件窃盗被疑事件の目撃状況等とほぼ符合しているから、いずれも被告戸塚から取材した内容をほぼ正確に記載したものであったと認めることができる。そうすると、小森記者が被告戸塚に対する直接の取材に代えて利用した本件記事の情報源である本件井原原稿及び夕刊フジ戸塚発言記載も、その内容につきいずれも十分信用の置ける情報源であったものと評価することができる。
さらに、本件週刊現代記事について、原告朝木らが原告朝木ら発言をしたことは、これまで認定したとおりである。
したがって、小森記者が本件記事中の本件名誉毀損部分を執筆するに際して利用した情報源は、いずれも合理的な根拠となるものであったというべきである。
(二) 相当性について
本件記事が、被告創価学会の社会的評価を低下させる原告朝木ら発言を記載した本件週刊現代記事を主たる対象に、被告創価学会として反論する目的のために書かれたものであることは、前記第三、二、3で認定したとおりである。
そこで、右反論のために被告創価学会が用いた方法について検討すると、聖教新聞は被告創価学会の機関誌であり、原則として被告創価学会会員だけが購読できる(前記第三、二、2、(六)、(1) )ものであるから、原告らの発言が掲載された週刊誌等に比べれば、発行部数は多いものの、読者は一定の層に限定されるものであって、聖教新聞上に本件記事を掲載することは、原告らの言動に対して必要な範囲で反論するという目的に適合する方法であったものと認められる。
また、本件記事の構成と内容について検討すると、甲一号証によれば、本件記事は、被告秋谷がインタビューに答えるという形式のもとで、冒頭で質問者が本件告訴の事実を話題として提供したのを受けて、被告秋谷が、反論の対象である本件週刊現代記事掲載の事実を論評の対象として掲げ、まず、前記のように本件配信記事や本件井原メモ、本件井原原稿をもとにした、本件死亡事件に関する当時の東村山署の見解を示すものである本件警察調査部分を載せることにより、本件死亡事件につき被告創価学会が全く無関係であるという、被告創価学会としての反論の要点を明言していることが認められる。さらに、甲一号証によれば、本件記事は、本件週刊現代記事中の原告朝木ら発言に対し抗議する趣旨で、原告朝木ら発言を引用する原告朝木ら発言引用部分を載せるとともに、原告朝木ら発言で、原告朝木らが、亡明代が被告創価学会に陥れられたなどとしていた本件窃盗被疑事件について具体的に取り上げ、これを立件した東村山署の立場に関する本件立件自信部分と、夕刊フジ戸塚発言記載を引用した本件戸塚発言からなる本件店主証言供述部分を書き、本件窃盗被疑事件につき、被告創価学会が亡明代を陥れたようなものではないことを知らせていることが認められる。その際、本件記事は、本件千葉発言を引用した本件副署長供述部分を執筆することにより、前記小森記者の取材により本件窃盗被疑事件が真実起きたものであろうとみる被告創価学会の認識を示しているところ、本件週刊現代記事には、亡明代が本件窃盗被疑事件につき、当日のアリバイを主張していた(実際そのとおりであったことは、後記五、1で認定するとおり。)ことも記載されており(乙一)、原告らも亡明代によるアリバイ主張の事実は否定していないこと(弁論の全趣旨)から考えると、被告創価学会が、本件記事で本件千葉発言を引用することにより、右アリバイ主張につき取り上げて論評したことも、反論の論拠としてやむを得ないものであったというべきである。そして、本件記事は、以上のような指摘をしたうえで、本件各事件につき被告創価学会が仕組んだものとする原告朝木ら発言に対し、何の根拠もないものと強く批判し、右記事によって「人殺し」呼ばわりされた被告創価学会は、極めて迷惑している旨非難しているものである。以上のような本件記事の前半部分の構成・内容は、本件名誉毀損部分も含めて、原告朝木ら発言を中心にした原告らによる被告創価学会に対する名誉毀損行為に対する反論という目的に必要な範囲でなされたものと評価することができ、その表現も、原告朝木ら発言の表現に比べて、格別過激であるとまではいえず、内容、表現とも、先行した原告らの名誉毀損の言動に対比して、相当と認められる限度を超えるものではないと認めることができる。
したがって、本件記事の本件名誉毀損部分は、原告らの行った言動に対比して、その方法、内容において相当と認められる限度を超えたものではないということができるから、正当な反論行為として違法性を欠くものと認めるのが相当である。
なお、原告らは、原告朝木ら発言や原告矢野の発言は、一私人が行った発言であって、聖教新聞のようなメディアの発言ではないから、大メディアである聖教新聞が一私人に対して、多大な影響力を伴った名誉毀損行為を行ったにもかかわらず、それが反論行為であるが故に違法性が阻却されるというのは不当である旨反論するが、原告朝木ら発言や原告矢野の発言は、それが全国的に報道されることを認識した発言であり、実際にも全国的に報道されたのであるから、一私人の発言であっても、その発言に対して反論することが許されることはいうまでもない。
(三) 以上によれば、本件記事は違法性を欠くものであるから、原告らの被告創価学会並びに被告創価学会の名誉会長又は会長であり、本件記事に関し、被告創価学会と利害を共通にすると解される被告秋谷及び被告池田に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
四【被告戸塚関係】(被告戸塚の不法行為責任の有無)について
1 被告戸塚の本件窃盗被疑事件についての認識
丙三、五、六号証、被告戸塚本人尋問の結果によれば、被告戸塚は本件窃盗被疑事件について、次のような認識を有していることが認められる。
被告戸塚は、平成七年六月一九日午後三時一五分ころ、スティル店内において、店番をしていたところ、当時現職の東村山市議会議員でいわゆる有名人であって、被告戸塚が選挙ポスターの写真を頻繁に見ることにより、人相をよく知っていた亡明代と思われる人物が西武新宿線東村山駅の方向から一人で歩いてやってきて、同店の店先に立ち寄った。被告戸塚が、同店の店先に設置されている防犯ミラーを注視していたところ、同被告が亡明代であると判断した人物(以下「A女」という。)が、同店の店先に吊してあるTシャツのビニールカバーをたくし上げて、Tシャツを外すと、それを幾重にも折りたたんで、脇の下に挟み込むようにして上着の中に隠し、店先から立ち去るところが防犯ミラーに映し出された。被告戸塚は、直ちに店を飛び出し、A女の後を追跡してA女に追い付き、同女の進路前方に立ちふさがる形でA女と相対して、「あなた、今、うちの商品を盗んだでしょう。」と万引きを咎めた。これに対し、A女が、「言いがかりはやめて。」と反抗したので、被告戸塚が、「それなら手を出してみなさいよ。」と言うと、A女は片方の腕は前方に突き出したものの、もう一方の腕は脇を締めるような格好のまま、絶対に前方に伸ばそうとしなかった。そのため、被告戸塚がA女に対して、両腕を挙げるように言ったところ、A女は脇の下に挟んであるものを背中の方に移そうとするかの如く不自然に上体を動かしながら、後ずさりしていった。被告戸塚がA女に対して、「警察に言うわよ。」と言ったところ、A女は驚いたように両腕を前方に挙げたが、その際、A女の上着の内側からTシャツが地面に落ちた。被告戸塚がTシャツを示して、「これはあなたが盗んだ証拠でしよう。」とA女を追及すると、同女は、「知らないわよ。」としらを切ってその場から逃げ去ったので、被告戸塚は後を追ったものの、付近にある本件ヨーカ堂に逃げ込まれてしまったことや、スティルに客だけを残していたことが心配になり、追跡を断念した。被告戸塚がスティルに戻ると、スティルの客と通りすがりの人も、被告戸塚とA女とのやり取りを目撃しており、被告戸塚に対して被害届を出すように促すとともに、犯人、すなわちA女が亡明代であることの証人となることを約束した。そこで、被告戸塚は、本件交番に本件届け出をした。
2 本件戸塚発言に至る経緯
丙三〇号証及び弁論の全趣旨によれば、本件戸塚発言に至る経緯は次のとおりであったことが認められる。
被告戸塚は、平成七年七月一二日に本件窃盗被疑事件が検察官送致されたため、多数の報道機関から取材を受け、これに応じて本件窃盗被疑事件の目撃状況を話すことになった。そして、被告戸塚は、同月二〇日ころ、夕刊フジの記者の取材を受け、本件戸塚発言のうち、「あれは、朝木さんに間違いありません。」という言葉を含めて、本件窃盗被疑事件の目撃状況を具体的に説明した。なお、被告戸塚は、右取材の際には、本件戸塚発言のうち「昨年にも同様の被害があり、そのときは現行犯ではなかったので届けませんでした。」という発言はしなかった。本件戸塚発言は、夕刊フジ戸塚発言記載として本件夕刊フジ記事に掲載され、それが小森記者によって、本件記事の中の本件店主証言部分に引用される形で本件記事に転載された。
3 本件戸塚発言と本件記事の本件店主証言部分の掲載との間の因果関係
報道機関によって公表された記事による名誉毀損が問題とされる場合、その情報提供者に対して不法行為責任を問うためには、その情報提供行為と名誉を毀損した記事掲載との間に相当因果関係が認められることを要するものと解される。
そして、一般に、公的機関による公式の記者会見を通じた情報提供の場合であれば、それが一定の信頼を置くことのできる情報であることから、裏付け取材を経ないで報道されることが多いのに対し、私人から情報提供を受けた場合は、一般に、報道機関自身の裏付け取材や独自の判断による情報の取捨選択等の過程を経て記事が作成・掲載されるものであり、取材を受けた私人が、自らの発言をそのままの内容で公表することについて報道機関との間で意思を通じていたような場合は別として、通常は、取材を受けた私人は、自らが提供した情報について、報道機関によって取捨選択や裏付け取材による修正等が行われるものと認識しており、自らの発言内容がそのまま記事になって報道されるとは考えないものと解され、ましてや、自らが取材を受けた報道機関以外の報道機関によって自らの発言がそのまま記事として掲載されることは、およそ予見し得ないものと解される。
そして、本件記事の本件店主証言部分は、夕刊フジ戸塚発言記載がそのまま転載されたものである(前記第三、二、2、(六)、(7) )ところ、本件記事を作成した小森記者は、被告戸塚と何ら接触を取っていない(前記第三、二、2、(六)、(6) )のであるから、本件戸塚発言と被告創価学会による本件記事の本件店主証言部分の掲載との間には相当因果関係があると認めることはできない。
なお、被告戸塚の本件窃盗被疑事件の認識についても、被告戸塚がA女は亡明代ではないと知りながら、被告創価学会と意思を通じて本件届け出をしたり、本件戸塚発言をしたことをうかがわせるような証拠は何ら存在しない。
したがって、原告らの被告戸塚に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
五【被告東京都関係】(被告東京都の責任の有無)について
1 本件窃盗広報及び本件死亡広報に至る経緯
丁一、二号証、三号証の一、二、四号証の一から六まで、証人千葉の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件窃盗広報及び本件死亡広報に至る経緯は次のとおりであったことが認められる。
(一) 千葉副署長は、平成七年六月ないし九月当時、東村山署長の指揮下で署員を指揮監督して捜査に当たる捜査の責任者であるとともに、広報の責任者でもあり、本件各事件の捜査を指揮し、かつ本件窃盗広報及び本件死亡広報を行ったものである。
(二) 東村山署は、平成七年六月一九日、本件交番から本件届け出の報告を受けたため、被告戸塚から被害状況を聴取したうえ、被告戸塚を立会人として実況見分も実施した。実況見分終了後、東村山署において、被告戸塚から被害届を受理し、改めて被害状況を詳細に聴取したところ、被告戸塚は、本件窃盗被疑事件につき、自ら体験した事実として、概ね前記第三、四、1で被告戸塚の認識として認定したとおりの目撃状況を具体的かつ詳細に供述した。東村山署は、右被告戸塚の供述により、亡明代が窃盗の罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があると認めたが、さらに、事件の目撃者について捜査したところ、当日、客としてスティルに居合わせ、亡明代の犯行状況を目撃した者、通りすがりに被告戸塚と亡明代のやり取りを目撃した者など三名の目撃者が判明し、被告戸塚の供述が裏付けられた。
そこで、東村山署の白石警部は、同月三〇日、亡明代を本件窃盗被疑事件の被疑者として取り調べたが、亡明代は犯行を否認するのみであった。白石警部は、同年七月四日、再び亡明代を取り調べたところ、亡明代は、「身に覚えのないでっち上げである。絶対盗みはしていない。アリバイもある。」等と犯行を否認し、「被害日時とされる同年六月一九日午後三時過ぎには、本件レストランに原告矢野と二人で行き、ランチとコーヒーを注文して飲食した。」等と申し立ててアリバイの主張をし、その裏付けとして、本件レストランより提供を受けたとする本件レジジャーナルを任意提出した。
白石警部は、同月一二日、さらに亡明代を取り調べたところ、亡明代は、被害日時とされる同日午後三時過ぎにはスティルに行っていないと申し立て、本件支店のキャッシュサービス取引明細、本件レストランの店内見取図及び本件レジジャーナルに日付等を記載したうえ、署名押印して提出した。そして、亡明代は、<1>当日は、午前一〇時一五分ころから午前一一時七分まで東村山市議会建設水道委員会に出席し、続いて、午後〇時過ぎまで総務委員会を傍聴し、その後、午後二時ころまで、原告矢野とともに、東村山市役所内の草の根市民クラブの議員控室において、次回の本会議における一般質問のための準備をしていた、<2>午後二時過ぎに原告矢野と食事をするため、二人で自転車で本件レストランへ行く途中、本件支店に立ち寄り、東村山市民新聞の折り込み料を振り込んでおり、その際のキャッシュサービス取引明細書によると、振り込み時間は午後二時一二分となっている、<3>午後二時三〇分前後に本件レストランに着き、厨房の傍に席を取って、二人とも当日のサービスランチを注文した、<4>本件レストランには、その後コーヒーを飲みながら一時間近くいて、代金の支払は別にして支払った、<5>同店からもらった本件レジジャーナルの時刻の印字からすれば、店を出たのは午後三時二一分頃だと思うなどと供述した。そこで、白石警部は、右の亡明代の供述を供述調書に録取したうえこれを読み聞かせたところ、亡明代は、「アリバイがあり、犯人でもないのに、検察庁へ送致するのはどういうことですか。」と大声を出し、署名押印を拒否して退去した。
その後、東村山署は、亡明代のアリバイ主張に関連して裏付け捜査をしたところ、亡明代が主張したとおり、東村山市議会では、同年六月一九日当日、午前一〇時二八分から午前一一時七分まで建設水道委員会、午前一〇時五六分から午後〇時一分まで総務委員会が開催されていたこと、また、本件支店キャッシュサービスコーナーに備え付けられた監視カメラのビデオテープを再生したところ、同日午後二時九分一九秒から午後二時一二分五七秒までの間の映像として、キャッシュサービスの機械を利用している亡明代が映っていることが確認できた。しかし、他方、本件レストランの店長らに事情聴取をしたところ、<1>本件レストランでは、レジジャーナルと伝票を毎月末に札幌の本社に送付しているが、同月三〇日の夜、本件レストランの店長は、年配の女性から、電話で、「同月一九日午後三時前後に同店でランチとコーヒーを二人分注文しているので、レシートの写しを欲しい。」と依頼され、ランチの種類と座ったテーブルの位置について質問すると、「多分日替わりランチです。」と曖昧に答えるとともに、座ったテーブルの位置については何も答えず、とにかくレシートの写しが欲しいと求められたこと、<2>同店長が、翌七月一日札幌の本社宛に、亡明代の説明に該当するようなレジジャーナルの送付を依頼したところ、同日夜、本件レジジャーナルがファクシミリで送信されてきたこと、<3>同店長は、同月二日の深夜に来店した男女四人連れのうち、年齢四〇歳から五〇歳位の女性に本件レジジャーナルを手渡したこと、<4>同店長が、札幌本社から、本件レジジャーナルと同じ件の伝票を取り寄せて確認したところ、該当の客が座った場所は一七番テーブルで、担当した店員はアルバイトの女性店員であり、問題の一七番テーブルには、午後一時二九分に日替わりランチが注文され、もう一人の客が同席した後、午後一時三二分に日替わりランチの注文が取り消され、レギュラーランチ二個とコーヒー二杯が注文されていたことが分かったこと、<5>右アルバイト店員には、一七番テーブルには最初四五歳から五〇歳位の女性が座り、まず日替わりランチの注文を受けたが、厨房に行くと品切れであることがわかり、その旨を伝えに同テーブルに戻った、すると、もう一人の同年輩の女性が座っていたので、日替わりランチ終了の事実を告げるとともに、改めて注文を取り直したところ、レギュラーランチ二個とコーヒー二杯の注文を受けたというような記憶があること、<6>同月一二日午後一時ころ、同月二日に本件レジジャーナルを持ち帰った年配の女性が再び来店し、「この前いただいたレシートは違っているかもしれませんので、他のレシートを見せてくれませんか。」との依頼を受けたが、同店長はこれを断ったこと、以上の事実が判明した。そして、前記伝票及び本件レジジャーナルと店長らからの事情聴取の結果からすると、一七番テーブルに座った客は、午後一時二九分ころから午後三時二一分ころまでの間、本件レストランにいたことになるのに対し、亡明代は、六月一九日午後二時三〇分前後に原告矢野とともに本件レストランに入店し、同日午後三時二一分ころまでいたなどと供述しているものであるから、前記伝票及び本件レジジャーナルの記載と一致せず、これらは、亡明代のアリバイ主張を裏付けるものではないことが判明した。
千葉副署長は、以上のような捜査の結果、被害者である被告戸塚の目撃供述のほか三名の目撃者がおり、亡明代の主張するアリバイを裏付ける証拠もなく、これを信用することはできないことから、亡明代を本件窃盗被疑事件の被疑者と認め、自らの判断で本件窃盗被疑事件を検察官送致するよう指示し、署長の決裁を得たうえで、同年七月一二日本件窃盗被疑事件を東京地方検察庁八王子支部に送致した。
ところで、千葉副署長は、本件窃盗被疑事件につき、既に捜査の進行過程において、報道機関の数社から何件か取材の申込みを受けていた。しかし、千葉副署長は、本件窃盗被疑事件が現職の市議会議員を被疑者とするものであったため、東村山署刑事課に対し、慎重な裏付け捜査を指示するとともに、事件発生当初から、警視庁広報課等関係機関と協議を重ね、広報する時期につき事件の送致を一つの目途にする方針を決め、右送致までの取材申入れに対しては、事実関係がはっきりするまで今しばらく待つよう要請していた。その後、千葉副署長は、前記方針のとおり、検察官送致の段階で署長の許可を得たうえで、「東村山市議による窃盗事件の検挙について」と題する広報案文(丁二)を予め作成した。そして、千葉副署長は、七月一二日午後五時ころ、東村山署を訪れて取材を申し入れた新聞記者らに対し、右広報案文に基づき、「書類送致月日、被疑者の住所、職業、氏名、年齢、被害者の住所、職業、氏名、事案の概要」を口頭で広報した。さらに、千葉副署長は、翌一三日に、新聞記者や週刊誌の記者らが「朝木市議側は別の場所にいたとしてアリバイを主張しているがどうか。」とか、「政治的な陰謀という見方もあるがどうか。」などと質問してきたので、右案文に基づき、「朝木被疑者は『アリバイがあり、政治的陰謀による冤罪である』と主張して、犯行を否認している。捜査の結果、アリバイは信用できないことや目撃者が多数いることなどから、警察は朝木市議による犯行と認め、本日、被疑者を窃盗罪で地検に書類送致した。」と口頭により広報した(本件窃盗広報)。
(三) その後、同年九月一日午後一〇時四二分ころ、本件交番において、本件モスバーガー店のアルバイト店員から、「店のビルの裏にあるごみ置き場に女性が倒れている。」との訴え出を受けた小松巡査長が、右店員とともに本件マンションの北側外階段の下にあるごみ置き場(本件現場)に赴くと、右モスバーガー店の店長がいて、その傍に年齢五〇歳くらいの女性が倒れていた。小松巡査長らは、午後一〇時五六分ころ、救急車で右女性を本件病院に搬送したが、同女は翌二日午前一時ころに至って死亡が確認された(本件死亡事件)。
千葉副署長は、同日午前一時ころ、自宅で本件死亡事件の第一報を受けたため、直ちに本件現場に赴いて、警察犬や現場鑑識を要請し、検察官に連絡を取るなど、以後の捜査指揮にあたるとともに、東村山署において実施された死体の検案に立ち会うなどして、本件死亡事件につき、事件、事故の両方の観点から捜査を開始した。その間の同日午前四時四五分すぎには、原告直子や原告矢野ら関係者の確認を得て、死亡者の身元につき亡明代であることを確認していた。
千葉副署長は、前記店長や店員らから、亡明代の発見状況等を聴取したところ、<1>九月一日午後一〇時ころ、本件モスバーガー店の店員が一度本件現場に行き、人が横になっているのを見かけたが、酔っ払いではないかと思い気に止めず、店に戻ったこと、<2>午後一〇時三〇分ころ、本件モスバーガー店の店長が本件現場に行ったところ、血を流して倒れている亡明代を発見したこと、<3>右店長が、何度か「大丈夫ですか。」と声を掛けたところ、亡明代はその都度「大丈夫。」と答えるとともに、店長が「落ちたのですか。」と尋ねたのに対しては、左右に顔を何度も振りながら、「違う。」とはっきり否定したほか、本件モスバーガー店の店員が「救急車を呼びましようか。」と申し出たのに対しても、「いいです。」と拒否したこと、<4>本件マンションの北側路面に設置されている鉄製フェンスが、亡明代を発見する前には異常がなかったのに対し、亡明代を発見した時点では大きく折れ曲がっていたこと、等の事実が判明した。
千葉副署長は、本件死亡事件について、以上のような初期捜査を終了した九月二日午前七時ころの時点で、検察官、検視に立ち会った医師、東村山署本部及び刑事課長らを交えて討議し、現場の状況、亡明代の死亡直前の言動、死体の伏況、関係者の供述などを総合して検討した結果、事件性は薄いとの判断を下した。そこで、千葉副署長は、署長の許可を得て、取材に備えて予め「東村山市議の変死について」と題する口頭用の広報案文(丁三の一)と「東村山市議会議員の変死事案について」と題する広報案文手持資料(丁三の二)を作成した。そして、同日午前七時ころ、本件死亡事故の取材のために東村山署を訪れた新聞記者(共同通信の記者も含む。)や週刊誌の記者らに対し、前記口頭用の「東村山市議の変死について」と題する広報案文に基づき、死亡者名は、東村山市議朝木明代五〇歳で、死亡状況として、「平成七年九月一日午後一〇時ころ、東村山市本町二丁目四番地六三に所在するロックハイム(六階建ゲタばきマンション)から墜落し、本日午前一時に収容先の病院(所沢市内の防衛医大)で死亡した。」、現在までの捜査状況として、「本部鑑識課員等の応援を得て、事件、事故の両面から捜査中である。今後は、不明の靴やカギの発見、目撃者の発見等事実解明のため所要の捜査を行う。」と口頭で広報した。さらに、千葉副署長は、詳細な説明を求める前記記者らの要請に応えて、引き続き、前記「東村山市議会議員の変死事案について」と題する広報案文手持資料に基づき、「発覚日時、発生場所、発覚端緒、死亡者、事案経過、発見者からの聴取事項」のほか、事件性の有無として、「現場の状況、関係者からの聴取及び検視の結果等から事件性は薄いと認められる。」と口頭で広報した(本件死亡広報)。
その後、東村山署は、引き続き慎重に捜査を遂げた結果、<1>本件死亡事件発生前後に現場付近で争うような声や物音等を聞いた者がいなかったこと、<2>本件マンションの五階から六階に至る非常階段のコンクリート壁上面に亡明代のものと思われる手指痕跡が三か所発見されているが、同所には他に争ったような特異な痕跡がなかったこと、<3>本件マンションの北側路面に設置された前記鉄製フェンスは、手指痕跡の直下で折れ曲がっているが、亡明代が突き落とされたと仮定すると、極めて不自然な状況となること等の現場の状況、亡明代の言動、検視結果(防御創傷がないこと)、亡明代の着用していた衣服の見分、解剖結果、関係者の供述及び亡明代が転落現場付近を歩いているところを目撃した者の供述等の捜査結果から総合的に判断して、本件死亡事件について、他人が介在した状況はなく、犯罪性はないと認定するに至った。そして、東村山署長は、本件死亡事件につき、同年一二月二二日、「犯罪性はないと認定した。」旨の意見を付したうえ、被疑者不詳の殺人事件として、東京地方検察庁八王子支部検察官に送致した。
2 本件窃盗広報及び本件死亡広報と本件記事の本件広報部分の掲載との因果関係
右1の認定事実によれば、まず、千葉副署長は、本件窃盗広報において、本件記事中に引用されている本件千葉発言のうち、本件窃盗被疑事件に関して、「同僚の男性議員と事件後にアリバイ工作をした疑いも濃く」との発言はしておらず、予め用意していた広報案文に基づき、単に「捜査の結果アリバイは信用できない。」との発言をしたのみであったし、また、本件死亡広報において、本件記事中の本件警察調査部分のうち、本件死亡事件に関して「飛び降り自殺した可能性が極めて高い」という趣旨の発言もしておらず、これも予め準備した広報案文に基づき、ただ「現場の状況、関係者からの聴取及び検視の結果等から事件性は薄いと認められる。」との発言をしたにすぎないことが認められる。この点、確かに、千葉副署長が井原記者による取材等の機会には、亡明代が同僚の男性議員とアリバイ工作した疑いが濃い旨や、亡明代が自殺した可能性が高い旨を語っていたことは、前記第三、二、2、(六)で認定したとおりであるけれども、証人千葉の証言によれば、これは、本件各事件の捜査につき、本件窃盗広報及び本件死亡広報にもかかわらず、千葉副署長の目から見てかなり事実を歪曲した報道が多数なされていたことに対し、捜査指揮官であった千葉副署長があえて個別の取材に応じて語ったものであるのに対し、本件窃盗広報及び本件死亡広報は、本件各事件の捜査の一定の節目の段階で、千葉副署長が慎重に署長の決裁も得て予め作成した広報案文に基づき行った公式のものであることからすると、右各広報は、千葉副署長が広報案文を読み上げる形で行われたものであって、千葉副署長は、右各広報において、広報案文の域を出るような見解を表明したり、表現を変えたりすることなかったものと認めるのが相当である。ただし、千葉副署長が、「アリバイは信用できない。」と発言すれば、取材記者によっては「アリバイ工作をした。」と受け取られてもやむを得ない旨、また、「事件性は薄いと認められる。」と広報した当時、事件性がないとは、要するに亡明代が飛び降り自殺をした可能性が高いと判断していた旨述べている(証人千葉)ことに照らせば、本件記事の本件広報部分の内容・表現は本件窃盗広報及び本件死亡広報当時の千葉副署長の認識を逸脱していないうえ、千葉副署長は、結局のところ、右各広報の内容の一部につき、東村山署の見解として、本件副署長供述部分や本件警察調査部分のような内容・表現でもって新聞記事が書かれることは十分予見しており、これをも容認していたものと解される。
そして、小森記者は、本件窃盗広報及び本件死亡広報を直接聞いて本件記事の本件広報部分を作成したものではなく、配信記事千葉発言記載、本件井原メモ、本件井原原稿及び井原記者の説明をもとにこれを作成したものであるが、千葉副署長は被告戸塚のような一私人ではなく、東村山署の広報の責任者として本件窃盗広報及び本件死亡広報を行い、井原記者の取材に応じたものであるから、その提供した情報が直接広報を聞いた者や取材をした者だけでなく、その他の者にも広がって記事として掲載される可能性があることは予見し得たものということができるし、特に本件記事については、さきに判示したとおり、小森記者の直接取材を断り、様々なマスコミに出ている記者発表の内容を使って欲しいと要請したのであるから、本件新聞に本件広報部分が掲載されることは十分予見していたものというべきである。
したがって、本件窃盗広報及び本件死亡広報と本件記事の本件広報部分の掲載との間には相当因果関係があるものと認められる。
3 千葉副署長の故意・過失
右に判示したところによれば、本件窃盗広報及び本件死亡広報が行われたことによって、本件記事の本件広報部分が掲載されることになり、これによって、原告らの名誉が毀損される結果になったものというべきであるが、千葉副署長が本件窃盗広報及び本件死亡広報を行ったこと自体に違法性あるいは故意・過失がない限り、被告東京都が国家賠償法一条一項の責任を負うことはないものというべきである。
そして、右1で認定した事実によれば、本件各事件は、いずれも当時の社会的耳目を集める事件であったところ、千葉副署長は、東村山署の広報担当官として、本件窃盗被疑事件については検察官送致をなした段階で、また本件死亡事件については初動捜査を終え、警察内部で討議を了した段階で、公式取材を申し込んだ報道機関を相手に、予め署長の許可を得て用意した広報案文に基づいて、本件各事件の捜査進行状況につき客観的事実経過を広報したものであって、本件各事件につき実施された捜査の内容、広報時点で把握できていた状況証拠等の客観的状況からみても、本件窃盗広報及び本件死亡広報は、千葉副署長の当然の職務行為として適法かつ妥当なものであって、千葉副署長に故意又は過失を認めることはできない。
また、本件記事は、さきに判示したとおり、本件記事を作成・掲載した被告創価学会との関係では正当な反論行為として違法性を欠くものであるから、千葉副署長の本件窃盗広報及び本件死亡広報が被告創価学会の反論行為を利用して原告らの名誉を毀損する意図のもとに行われたような特別な事情がない限り、原則として右各広報も違法性を欠くものと解すべきであるが、右のような特別事情の存在をうかがわせるような証拠は何ら存在しないから、この点からも右各広報の違法性を認めることはできない。
したがって、原告らの被告東京都に対する請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。
六 むすび
よって、原告らの請求はいずれも理由がないから、これをいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福田剛久 裁判官 徳岡由美子 裁判官 一場康宏)
別紙一、二、三<省略>