東京地方裁判所 平成8年(ワ)15725号 判決 1997年4月21日
原告
後藤雄一
被告
東京都
右代表者知事
青島幸男
右指定代理人
西道隆
外二名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
被告は、原告に対し金九五万円及びこれに対する平成八年八月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 前提事実(以下、証拠の摘示のない事実は、当事者間に争いがない。)
1 原告は、東京都の住民である。
2 東京都監査事務局は、平成六年一一月二九日、「知事と監査委員との会見」の名目で会議を開催した(以下「本件会議」という。)。
3 原告は、平成七年三月八日、東京都監査委員(以下「監査委員」という。)に対し、本件会議に関する起案文書、支出命令書等の公文書につき、東京都公文書の開示等に関する条例(以下「条例」という。)五条に基づく公文書開示請求をした。
これに対し、監査委員は、同年五月八日、条例九条五号及び八号に該当することを理由として、右請求にかかる公文書を開示しない旨の決定をし、原告にその旨を通知した(非開示の理由につき甲第二号証)。
このため、原告は、同月一八日、東京地方裁判所に対し、右非開示決定の取消しを求める訴えを提起した。
4 原告は、平成八年一月二四日、監査委員に対し、本件会議等に関する公費の支出が違法、不当であるとして、地方自治法二四二条一項に基づき、東京都がこうむった損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを求める住民監査請求をした。
5 東京都監査事務局は、同年二月一五日、本件会議等について、不正な経理操作により裏金を捻出して流用していたとして、謝罪会見を行った。
6 原告は、右謝罪会見により、本件会議等に関する公費等の支出が違法、不当であることが明らかになったとして、同年三月一三日、監査委員に対し、右支出により東京都がこうむった損害を補填させる措置をとることを求める再度の住民監査請求をした(以下「本件監査請求」という。)。
なお、原告は、右監査請求書に「監査期間が一年を過ぎたのは、二月一五日の謝罪会見で明らかになったからである。」と記載した。
7 監査委員は、同年五月一〇日、原告に対し、本件監査請求は、請求人が違法、不当としている本件会議があった平成六年一一月二九日から一年を経過した後である平成八年三月一三日に提出されたものであって、請求期限を徒過しており(地方自治法二四二条二項本文)、また、期限を徒過したことについて正当な理由(同条二項ただし書)も見い出せないとの理由により、右請求を却下し、原告にその旨を通知した。
8 原告は、同年六月五日、東京地方裁判所に対し、本件監査請求を却下したことを不服として、住民訴訟(平成八年(行ウ)第一〇三号)を提起した(弁論の全趣旨)。
二 争点
(原告の主張)
1 本件監査請求の却下の違法性
本件のように、監査委員自身が違法、不当な財務会計上の行為に関与した場合において、当該監査委員が、右行為についての公文書開示請求に対し非開示決定をしておきながら、右行為から一年を経過した後に右公文書が開示されたことにより初めて監査委員の右違法、不当な行為を知った住民からの監査請求に対し、一年の期限の徒過を理由としてこれを却下することが許容されるならば、住民は地方自治法によって与えられた権利を行使することができなくなる。
したがって、本件監査請求を却下したことは違法である。
2 損害
(一) 原告は、監査委員が、本件監査請求を却下したために、前記住民訴訟の提起を余儀なくされ、右住民訴訟の印紙代、郵券、交通費、調査費等の実費五万円を支出したほか、右住民訴訟の訴状作成、訴訟維持等の労働に対する対価相当額七〇万円の損害を被った。
(二) 原告は、本件監査請求を却下されたことによって、住民監査制度に対する信頼を裏切られ、精神的苦痛を被った。この精神的苦痛に対する慰謝料額は二〇万円が相当である。
2 よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、九五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年八月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
1 本件監査請求の却下の適法性
原告は、本件監査請求をする前の平成八年一月二四日に、同一請求内容の住民監査請求をしていたから、本件監査請求は地方自治法二四二条二項ただし書の「正当な理由」を欠く。
したがって、本件監査請求を却下したことは適法である。
2 損害について
地方自治法の定める住民監査請求及び住民訴訟の制度は、普通地方公共団体の主権者としての住民が、自らの意思と負担において、地方自治体の行政における財務会計上の誤りを是正することを監査委員に請求し、右請求に基づく監査結果に不服がある場合に訴えを提起できる制度であって、一私人の権利救済を目的とする制度ではない。したがって、本件監査請求が却下されたことによって原告が住民訴訟の提起を余儀なくされ、右制度利用のための経費を要し、あるいは精神的損害を被ったとしても、このような損害は、住民全体の利益を確保する見地から地方自治法が特に認めた権利を行使したことに伴うものにすぎないから、国家賠償法上その賠償を請求しえない。
第三 証拠関係
証拠の関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりである。
第四 争点に対する判断
国家賠償法一条は、公権力の行使により個人の私的な権利、利益が侵害された場合に、これを賠償することを目的としている。これに対し、住民監査請求の請求人は、住民全体の利益のために、公益の代表者としての公法上の立場において右請求をするものであるから、請求人である住民が、監査委員に対して監査及び必要な措置等を求めうる地方自治法上の地位は、請求人の私的な権利、利益の保護を目的とするものではなく、公益的かつ公法的なものであって、国家賠償法上の保護の対象にはならないというべきである。
したがって、監査委員の本件監査請求の却下は、国家賠償法上保護されるべき原告の私的な権利ないし法的利益を侵害するものということができない。本件監査請求の却下が違法であるとすれば、原告は、住民訴訟によってその過誤を是正することができるのであり、これに要した費用は、当該訴訟の過程において判断されるべきものである。
以上によれば、原告の本訴請求は失当である。
第四 よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官細川清 裁判官阿部正幸 裁判官菊地浩明)