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東京地方裁判所 平成8年(ワ)16148号 判決 1998年6月19日

原告

岩田賢一

被告

佐々木浩

ほか二名

主文

一  被告佐々木浩は、原告に対し、金二四四万四三二三円及びこれに対する平成五年一二月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告佐々木輝芳は、原告に対し、金二四三万九三二三円及びこれに対する平成五年一二月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告安田火災海上保険株式会社は、原告に対し、金一九五万円を支払え。

四  被告安田火災海上保険株式会社は、原告に対し、被告佐々木浩に対する本判決が確定したときは、金四九万四三二三円及び金二四四万四三二三円に対する平成五年一二月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

七  この判決は、第一項ないし第四項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、連帯して、原告に対し、金一二七一万二九六七円及びこれに対する平成五年一二月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、以下に述べる交通事故につき、被告佐々木浩(以下「被告浩」という。)に対しては民法七〇九条の不法行為責任に基づき、被告佐々木輝芳(以下「被告輝芳」という。)に対しては、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者としての責任に基づき、また、被告安田火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という。)に対しては自賠責保険及び任意保険の保険者としての責任に基づき、原告が損害賠償を求めた事案である。なお、原告の最終的な主張では、原告が請求できる額は三割の過失相殺を前提に金一二八〇万三九三一円となるから、本件は一部請求である。

一  争いのない事実及び証拠上明らかな事実

1  交通事故(以下、「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 平成五年一二月四日午後二時四〇分ころ

(二) 場所 東京都大田区南馬込四丁目二一番一六号先路上(以下「本件事故現場」または「本件交差点」という。)

(三) 加害者 自動二輪車(四〇〇cc、品川ぬ八六〇二、以下「加害車両」という。)を運転していた被告浩(昭和五一年一〇月八日生)

(四) 被害者 原動機付自転車(大田区ほ九一一五、以下「被害車両」という。)を運転していた原告

(五) 態様 本件事故現場である見通しの悪い交差点を加害車両が直進進行し、折から一時停止の規制のある交差道路を直進してきた被害車両に衝突した。

2  責任

被告浩は、加害車両を運転し、見通しの悪い交差点に進入するに際し、減速して交差道路の安全を確認して進行すべき注意義務があったのに、これを怠った。

被告輝芳は、本件事故時高校生であった被告浩の父であり、被告浩は被告輝芳と同居し被告輝芳に扶養されていた(加害車両の購入・管理についても被告輝芳が関与しているであろうことは容易に推認できる。)上、加害車両の自賠責保険の保険契約車は被告輝芳が経営する訴外株式会社松美土木であるから、加害車両を事実上支配・管理することができ、社会通念上その運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にある者として、自賠法三条の運行供用者とみることができ、人身損害につき賠償すべき責任を負う。

被告会社は、加害車両を被保険車とする自賠責保険及び自家用自動車総合保険を締結している保険会社であり、原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。

3  傷害結果

原告は、本件事故により、右第二、第三趾末節骨々折、右第四趾基節骨々折右第三趾壊死、背部挫傷等の傷害を負い、事故の翌日である平成五年一二月五日から同月一九日まで城南総合病院に入院した(甲第一六号証)ほか各医療機関で治療を受け、翌六年七月二七日に右第三趾壊死創、右第四趾挫創、右第四趾骨折の症状が固定し、後遺障害との診断を受けた(甲第二ないし第九号証)。

4  原告の生活状況等

原告は、昭和二七年生まれの大学卒業の男性で、大学卒業後アルバイト的な仕事をして、昭和五五年ころには月約二〇万円の収入を得ていたが、平成四年から実母である訴外岩田けさよ(以下「訴外人」という。)と二人で生活していたが、訴外人が障害等級一級の精神障害者であったことから、訴外人の介護のため仕事に就けず収入はなく、生活保護を受けていた。その保護費は、平成五年度で月額約一八万円であった。原告は、本件事故後も、自己の傷害の治療と訴外人の介護のため、外で就労して収入を得ることはなく、専ら生活保護により生活をしていた。(以上につき、原告本人、甲第二五、第二六号証等)。

5  損害のてん補

本件事故の損害賠償金の一部として金二〇万円が支払われている。

二  争点

1  損害額

被告らは、原告の主張する損害及びその額について争っている。

この点に関しては、「当裁判所の判断」において、原告の主張及びこれに対する被告らの認否を簡潔に摘示しつつ、結論を示すこととする。

2  過失相殺

(一) 被告ら

原告は、一時停止の規制のある見通しの悪い本件交差点に進入する際、一時停止して前方左右の安全を確認して進行すべきであったのに、左方の人物に気を取られ、しかも、一時停止せずに、右方の安全を確認せずに進行した過失がある。

かりに、一時停止したとしても、原告は加害車両を見ていないのであるから、原告には過失がある。

以上により、本件は七割の過失相殺がなされるべき事案である。

(二) 原告

原告は、一時停止をし左右を確認した上、時速約五キロメートルで進行したところ、時速五〇キロメートル以上の速度で進行してきた加害車両と衝突したもので、過失相殺されるとしても原告の過失の割合は三割を超えることはない。

第三当裁判所の判断

一  損害額の認定について

以下においては、各損害ごとに裁判所の認定額を冒頭に記載し、併せて括弧内に原告の請求額を記載する。

1  治療費等 金一五万二二四一円

(原告の請求額金一五万三二四一円)

甲第二七号証の一による。

2  付添介護費 金八八万八〇九五円(原告の請求どおり)

前記認定のとおり、原告は、毎日訴外人の介護をしなくてはいけない状況にあったが、本件事故により、原告自身が歩行等に困難をきたしたため、訴外人の介護さらには、原告自身の生活上の不便を解消すべく、私的に介護人を頼み、その費用を支出していたもので、その期間は平成五年一二月六日から原告が病院を退院した後の平成六年二月八日までに及んでおり、要した費用合計八八万八〇九五円は原告白身が支出している(原告本人、甲第二六号証、第二七号証の二、第二八号証)。

甲第二六号証等によれば、右期間中の原告の身体的、精神的な状況からみて、訴外人の介護をすることは困難であったと認められ、原告が職業的介護人を頼んで費用を負担していることからすれば、右費用は全額本件事故と相当因果関係のある損害と認めて差し支えない。

被告らは、介護の必要性がない、あるいは、介護の必要は訴外人にあったからいわゆる間接損害に当たる等の理由から介護費を損害として認定することに反対しているが、前述のとおり、介護の必要性は甲第二六号証からも明らかなように単に訴外人の服薬コントロールにとどまるものではなく、日常的な買物から排泄物の始末まで多岐にわたっているもので介護の必要性は認められ、被告らの主張するように間接損害とみることができても、本件の場合は、訴外人及び原告の生活に直接的に関わるもので、しかも費用は原告が出しているから、右損害は被告らにおいて賠償すべきものと言える。

3  通院交通費 金一六万三七九〇円(原告の請求どおり)

原告の傷害の部位が足であり、原告が訴外人との二人暮らしで通院に付き添う者もいなかった点を考慮すれば、タクシーによる通院もやむをえないと考えられ、原告の請求どおりの損害を認めることができる。

4  雑費 金一万九五〇〇円

(金六六万一一五五円、なお、原告の平成一〇年五月一一日付け準備書面の三の記載金額は誤記と考えられる。)

原告は、多種多様な支出につきこれを雑費として賠償を求めているが、金額的にみてその多くはタクシー代等の交通費、電気製品代、弁護士費用(本件とは別の事件に関するもの)等であり(甲第二七号証の四)、本件交通事故と相当因果関係のある損害とは言い難い。

しかし、原告の入院中の雑費はこれを賠償すべき損害と認めるのが相当であり、その額は一日一三〇〇円とみるのが相当であるから、一五日分合計一万九五〇〇円は賠償を求めることができる。

5  物損 金一万円(金一五万八九九〇円)

原告が本件事故当時乗っていた被害車両は、事故の三、四年前から乗っていたもので、走行距離も約五万キロメートルに達していた(原告本人)というものであるから、買い替え代金全額を請求することはできない。事故当時の被害車両及び原告主張の物品については、合計でせいぜい一万円程度であったと認めるのが相当である。

6  休業損害 認定額なし(金一二七万一〇九四円)

原告は、就労はしていなかったものの、訴外人の介護や家事を行っていたとして賃金センサス女子労働者学歴計(平成六年)の平均賃金を基準に休業損害を請求している。

しかしながら、前記認定のとおり、原告は、本件事故の前後を通じて生活保護を受けていたのであるから、本件事故により現実的に収入が減じるということはないことはもちろん、家事労働についても、付添介護費用の項で認めたとおり、現実に原告が介護及び家事に従事できなかった期間があったことは認められるものの、その間は私的な介護者を依頼しその費用を損害として認定しているのであるから、それ以上に休業損害として賠償を求めることはできないというべきである。

7  後遺障害逸失利益 金五五万五〇二〇円

(金六六七万四八六二円)

原告は、大学卒の年齢別平均賃金を基準に労働能力を五パーセント喪失したとして逸失利益を損害として請求している。

しかしながら、前記のとおり、原告は生活保護を受けて生活しており、その理由は精神障害のある訴外人を介護するため就労できないことにあること、今後も訴外人を施設等に預けて自分は働くという意思を有していないこと等(原告本人等)によれば、訴外人の介護をする以上は継続して生活保護を受給して生活することになるから、その間の逸失利益があるとは言えない。

訴外人の死亡等により訴外人を介護する必要がなくなり、生活保護が受けられなくなった後は原告が就労する蓋然性があるから、それ以後は逸失利益が認められる。

原告の症状が固定し後遺障害となった平成六年七月の時点で、訴外人は六七歳であり平均余命は約一九年である。したがって、原告は、平成六年七月の時点において、二〇年後(原告は六二歳となる)からは就労する蓋然性があり、その際は、右二〇年後の原告の平均余命(一九年弱)のおよそ半分の期間である九年間は就労する蓋然性があるものと認め、基礎収入としては男子労働者学歴計の平成六年の六〇歳から六四歳までの平均賃金四五二万〇五〇〇円と六五歳以上の平均賃金三七六万七一〇〇円の平均四一四万三八〇〇円とし、労働能力喪失率を五パーセント、中間利息をライプニッツ方式で控除して(二九年のライプニッツ係数から二〇年のライプニッツ係数を引いた二・六七八八を乗じる)算定すると、金五五万五〇二〇円となる。

8  慰謝料 金三〇〇万円(金六九四万八二八〇円)

原告は、傷害慰謝料として金二九八万円、後遺障害慰謝料として一日金三〇〇円の割合で一生分三九六万八二八〇円を請求している。

原告は、前記のような傷害を負って一五日間入院し、八か月通院し(甲第二ないし九号証)、この間傷害をおして訴外人の介護も行っていたことをも考慮すれば、この間の慰謝料としては金一五〇万円が相当である。

また、後遺障害慰謝料としては、前記の後遺障害の部位、程度及び生活保護を受けて訴外人の介護をしているため逸失利益はわずかしか認められないこと等をも総合考慮し、金一五〇万円が相当である。

二  過失相殺

本件交差点は、原告側に一時停止規制のある交通整理の行われていない交差点であり、時速四〇キロメートルの速度規制がなされている。

原告は、一時停止し左右の安全を確認した上で交差点に進入した旨述べているが(原告本人)、それと同時に、交差道路左側の歩行者を見たことは認めており(逆に言えば、右側の加害車両には気づいていない。)、乙第五号証をも併せ考慮すれば、原告の一時停止は十分とは言えず、かつ、左方の歩行者に注意が向けられていて、加害車両に対する注意を欠いていたものと認められる。

一方、被告浩は、右交差点を直進通過するに際して減速し、衝突前に時速は約三〇キロメートルになっていたとしている(乙第四号証)が、乙第三号証よれば、被告浩が被害車両を認めてブレーキをかけてから、衝突して転倒するまでの間に約一四・二メートル進行しており、衝突・転倒により急ブレーキをかけたときよりもより大きく運動エネルギーが失われると考えられることに鑑みれば、被告浩がブレーキをかけた時点では時速三〇キロメートルということはあり得ず、少なくとも規制速度の時速四〇キロメートルを超えていたものと認めることができる。

以上の諸事情のほか、本件が加害車両が自動二輪車、被害車両が原動機付自転車という車両の種類の問題、衝突直前の被害車両の速度は、原告が供述するように時速五キロメートル以下であったかどうかはさておき、加害車両の速度に比して格段に低速であったものと推認できることをも総合考慮して、五割の過失相殺をするのが相当である。

三  本訴における認容額

以上により、損害額合計(弁護士費用を除く)は四七八万八六四六円であり、五割の過失相殺、二〇万円の損害のてん補を考慮すると、二一九万四三二三円となる。

原告が、本件訴訟の提起、追行を原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、本件事案の内容、審理経緯、認容額等の諸事情を考慮すれば、弁護士費用は二五万円と認めるのが相当である。

したがって、本訴における認容額は二四四万四三二三円となる。

第四結論

以上により、原告の本訴請求は、被告佐々木浩に対しては、金二四四万四三二三円の限度で理由があり、被告佐々木輝芳に対しては、物損分を除いた金二四三万九三二三円の限度で理由があり、被告安田火災海上保険株式会社に対しては、自賠責相当分(傷害金一二〇万円、後遺障害一四級金七五万円)金一九五万円の限度では無条件で理由があり、残額金四九万四三二三円については、任意保険の契約者は訴外株式会社松美土木であるところ(当事者間に争いはない)、右訴外株式会社松美土木は被告佐々木輝芳の経営する会社であり、被告佐々木浩は実父佐々木輝芳と同居し、右訴外会社の業務を手伝っていた(弁論の全趣旨)と認められるから、被告佐々木浩も自動車保険の普通契約約款賠償責任条項三条にいう「被保険者」に該当するが、この場合は被告佐々木浩に対する本判決が確定することが支払いを求める条件となり、原告の被告らに対するその余の請求はいずれも理由がない。

訴訟費用については、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 村山浩昭)

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