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東京地方裁判所 平成8年(ワ)16216号 判決 1998年9月28日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

上田弘毅

黒川辰男

被告

株式会社コムテックス

右代表者代表取締役

桜井明

被告

西和哉

外二名

右四名訴訟代理人弁護士

児玉康夫

主文

一  被告株式会社コムテックス、被告別宮伸一及び被告根本渉は、原告に対し、各自、金九二万〇二六七円及びこれに対する平成七年八月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告株式会社コムテックス、被告別宮伸一及び被告根本渉に対するその余の請求並びに被告西和哉に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告株式会社コムテックス、被告別宮伸一及び被告根本渉との間においては、これを五分し、その一を右被告らの、その余を原告の負担とし、原告と被告西和哉との間においては、原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

被告らは、原告に対し、各自、金六一〇万一三三九円及びこれに対する平成七年八月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告株式会社コムテックス(以下「被告会社」という。)の従業員である被告根本渉(以下「被告根本」という。)、被告別宮伸一(以下「被告別宮」という。)及び被告西和哉(以下「被告西」という。)が原告に対して行った商品先物取引の勧誘行為等が、全体として不法行為になるとして、原告が、被告らに対し、民法七〇九条、七一九条による共同不法行為責任に基づいて(被告会社については、同法七一五条による使用者責任も選択的に主張している。)、商品先物取引による損害賠償を請求したという事案である。

一  争いのない事実

1(一)  原告は、昭和五二年、山口県立光高等学校を卒業後、同志社大学に入学し、昭和六〇年、同大学を卒業後、株式会社東芝に入社し、以来、主に資材調達業務を担当している。

(二)  被告会社(旧商号株式会社山三商会)は、大阪繊維取引所、東京工業品取引所等の商品取引員であって、商品取引所法に基づく白金その他の商品についての商品取引市場における売買及び取引の受託等を目的とする株式会社である。

被告根本(旧姓田村)、被告別宮及び被告西は、いずれも被告会社に勤務する外務員である。

2  原告は、被告根本及び被告別宮から勧誘を受けて、平成七年四月二〇日、被告会社との間で、商品先物取引委託契約を締結した。

3  原告は、平成七年四月二一日から同年八月二三日までの間、被告会社との間において、別紙「委託者別先物取引勘定元帳」記載のとおり、白金の先物取引を行った(以下これらの取引を「本件取引」という。)。

4  原告は、本件取引の結果、合計四一〇万一三三九円の損失を出した。

二  原告の主張

1  本件取引経過

(一) 平成七年四月一二日頃、被告根本から原告の職場に突然電話があり、被告根本は、原告に対し、自分は山口県出身で原告が卒業した高校の後輩で、現在、東京商品取引所の先物取引の営業を行っている被告会社に勤め、その営業を担当しているなどと自己紹介したうえで、先物取引の勧誘のため原告の職場を訪れたい旨述べた。原告は、先物取引には全く関心がなかったが、被告根本が高校の後輩であれば、話を聞く程度ならいいだろうと考え、職場への交通手段等を教えた。

同月一三日頃、被告根本が、原告の職場を訪れたが、先物取引の方法等の具体的な説明をすることはなく、白金や金の価格の見通し等を原告に話した。原告は、住宅購入予定があるので現在投資に回せる資金はない旨述べ、適当に被告根本の話に合わせていた。

(二) 同月二〇日午前九時二〇分頃、被告根本から原告の職場に突然電話があり、被告根本は非常に興奮した口調で、原告に対し、「四月一九日に円が最高値をつけたのを見て、大手商社が一斉に白金の買いに出て、相場が急上昇中です。先輩の玉を買わせてもらっていいですか。一〇〇万円は確実に儲かります。是非買わせてください。簡単です。先輩に儲けさせますから。」と捲し立てた。また、この時、被告根本の電話口が騒然としており、その喧噪状態は原告の方にも伝わってきた。

原告は、被告根本の威勢に圧倒され、いったんは電話を切ったが、一〇〇万円位は確実に儲かる、先輩に損はさせないとの被告根本の言葉に煽られてしまい、同日午前一〇時頃、原告は、被告根本に電話をかけて、白金を買う旨伝えた。そして、原告は、被告根本に対し、一〇〇万円位を用意すればいいのかと尋ねたところ、被告根本は、「一般の方は最低六〇枚、二二五万円からになっています。」と返答した。

同日午前一一時頃、被告根本から原告に電話があり、被告根本は、「難しかったけど、何とか注文入りました。大船に乗ったつもりでいて下さい。甲野さんの東京工業商品取引委託者のコードナンバーは、三一―〇〇六二五です。メモして下さい。」と述べたので、原告はこれで取引が成立したものと思い、右コードナンバーをメモした。

(三) 同日午後一時頃、被告根本が、原告に電話をかけ、上司である被告別宮を同行して原告の職場を訪問する旨伝え、同日午後四時二〇分頃、被告根本及び被告別宮が原告の職場を訪れた。被告別宮は、原告に対し、「甲野さんは丁度よいタイミングで買われた。元本が二倍、三倍になるとは言いませんが、元本の四割程度は儲けて下さい。」と自信ありげに言った。

被告別宮は、原告に対し、白金の取引単位について簡単に説明し、相場変動により委託追証拠金(以下「追証拠金」又は「追証」という。)が必要になる場合が生じることを述べたが、相場がどの程度変動すると追証拠金を幾ら支払わなければならないのかなどの説明はなく、商品先物取引内容確認書を早口で読み上げ、「商品先物取引―委託のガイド」と題するパンフレットを原告に交付しただけであった。

その後、原告は、被告別宮が差し出した「お取引について」と題する小冊子の表紙を開いて、これに署名押印した。被告別宮は、最初の建玉である白金六〇枚分の委託本証拠金(以下「本証拠金」という。)二二五万円の振込先を原告に指示した。

原告は、翌二一日、被告別宮の指示どおり、本証拠金二二五万円を被告会社の銀行預金口座に振り込んで送金し、その旨を被告会社に連絡した。

(四) 同月二六日午前九時三〇分頃、被告別宮は、原告に電話をかけ、原告に対し、「相場が続落しているので追証の可能性があります。保険をかけたい。保険とはから売りをかけて差損を固定することです。最初の証拠金二二五万円を無傷で守るにはこれしか方法はありません。」と説明した。原告は、被告別宮の説明を良く理解できなかったが、追証拠金が必要となる事態であることは分かったため、被告別宮に対し、「それでは保険をかけて下さい。」と返事した。

同時午前一〇時頃、被告別宮は、再度原告に電話をかけ、から売りの注文が入った旨伝え、度実午後零時四〇分頃、原告の職場を訪問した。被告別宮は、原告に対し、から売りは最も安全な方法で、最初の本証拠金二二五万円を守るにはこの方法しかないこと、から売り六〇枚分の本証拠金二二五万円を新たに差し入れなければならないが、これは戻ってくる性質のものであること、一般のサラリーマンは皆、買いとから売りの両建を採っていることなどを述べたうえで、から売り六〇枚分の本証拠金二二五万円の支払時期について、「できれば今月中に欲しいのですが、甲野さんは利益も取れない内にこうなって申し訳ないので経理に話しておきますので、何とか今月中に二二五万円の半分以上を払って、五月一日までに全額払って下さい。」と説明した。

そこで、原告は、同月二八日に一五〇万円を、同月五月十日に残金七五万円を被告会社の銀行預金口座に振り込んで送金し、右本証拠金二二五万円を支払った。

(五) 原告は、右両建取引以降、被告根本及び被告別宮から何の連絡もなかったため、不信感を募らせた。原告は、被告会社に何度も連絡を取ったが、被告根本とは全く話が出来ず、被告別宮もほとんど留守にしていたため、被告根本の上司である被告西が代わって原告の対応をしていた。原告が、相場が上昇しているので早くから売りを処分しないと大きな損失を被る旨述べると、被告西は、相場は必ず下がると答えるだけであった。

その後も、原告は、被告西に対し、損失が出そうなので何とかして欲しい旨訴え、同年七月一八日、被告西の指示により、最初に建てた買玉六〇枚の内二〇枚を仕切って利益を出し、新たに買玉二九枚を建てた。

また、同年八月八日、それまで連絡の取れなかった被告別宮から原告に連絡があり、被告別宮は、原告に対し、「ドカンと相場が落ちそうな気がします。追証の心配もないので、最初に買った四〇枚を処分して利益を出し、相場が下がったところで又買えば条件が良くなりますよ。」と勧め、原告は、右勧誘に従って、最初に建てた買玉六〇枚の残り四〇枚を手仕舞いにした。

しかし、同月一六日、被告別宮の右説明に反して相場が大幅に上昇し、前記から売り六〇枚分の損失が拡大したため、原告は、同月一七日、被告西に電話で相談し、被告西の指示どおり、同年七月一八日に建てた買玉二九枚及び前記から売り六〇枚の内四五枚を仕切り、新たにから売一五枚を建て、さらに新たに買玉四〇枚を建てた。この結果、この時点での建玉状況は、買い四〇枚、から売り三〇枚となり、原告は、追証拠金六〇万八六六八円の支払を請求されるに至ったことから、原告はこれ以上の取引継続をためらっていたところ、原告は、日本経済新聞で商品先物取引の被害記事を読み、社団法人日本商品取引員協会に相談して、同月二三日、全建玉の手仕舞いを行った。

2  被告らの不法行為

(一) 投機性の説明の欠如

商品先物取引は、少額の委託証拠金で高額の取引をする仕組みになっており、しかも価格の値動きの予想が非常に困難であるから、極めて投機性の高い取引である。したがって、初めて取引を行う者に対しては、その危険性を十分理解させて取引を開始させるべきである。

しかし、被告根本は、原告に対し、右危険性を隠蔽して儲かることのみ強調し、被告別宮も、単にパンフレット等を交付しただけで、本件取引の危険性について十分な説明をしていない。

(二) 断定的判断の提供

商品先物取引において、絶対に儲かる旨の断定的判断を提供して勧誘することは許されない(商品取引所法九四条一号、受託契約準則二二条一号)。

ところが、被告根本は、原告に対し、「一〇〇万円位は確実に儲かります。」と断定的判断を提供して商品先物取引の勧誘をし、被告別宮も、原告に対し、「元本が二倍、三倍になるとは言いませんが、元本の四割程度は儲けて下さい。」と述べて、少なくとも元本の四割位は確実に利益が出るかの如く断定的判断を提供して勧誘した。

(三) 虚偽事実の告知

被告根本は、商品先物取引に関心がなかった原告に対し、自分が原告の高校の後輩である旨虚偽の事実を告知して、原告の関心を惹き付け、商品先物取引の勧誘をした。

また、原告の最初の取引である白金六〇枚の買建玉は平成七年四月二一日に成立しているにもかかわらず、被告根本は、原告に対し、同月二〇日の時点で、難しかったが何とか注文が入った旨述べ、原告の東京工業商品取引委託者のコードナンバーと称して、コードナンバーを告げ、翌二一日、原告に委託証拠金を送金させた。これは、原告の委託を受けてあたかも既に取引が成立したかの如く虚偽の事実を告げ、原告を否応なく投機的な取引に引き込んで、原告に委託証拠金を支払わせたものである。

(四) 新規委託者保護規定違反

商品先物取引の内容は複雑であり、最終的には現実の取引経験を通じて理解できるものであるから、新規の委託者に対しては、大量の取引を勧誘することは許されず、原則として、当初の三か月間(保護育成期間)は建玉枚数を二〇枚以下にすべきである((旧)新規委託者保護管理協定)。

ところが、被告根本は、原告に対し、最低六〇枚からになっている旨虚偽の事実を告知して、当初から六〇枚もの買建玉を勧誘し、さらに、被告別宮は、最初の取引の僅か五日後に、原告に対し、両建取引、すなわち、六〇枚の売建玉を勧誘した。

(五) 両建取引の勧誘

両建は、一方の建玉に利益が出れば、他方の建玉に損失が発生するから、顧客にとっては委託証拠金と売買手数料の負担が増加するだけで無意味である。しかも、一方の建玉のみでも利益を得ることは困難なのであるから、両建をして反対の建玉をうまく処分して利益を得ることは一層困難であって、両建は、顧客をして商品先物取引から足抜きできなくさせる「客殺し」の典型的方法である。したがって、両建取引については、原則として勧誘すべきでない((旧)商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項(以下「(旧)取引所指示事項」という。)10)。

ところが、被告別宮は、原告に対し、最初の取引の僅か五日後に、両建取引を勧誘し、この結果、原告は、両建取引をさせられて損失が拡大した。

なお、受託契約準則九条によれば、原則として、委託者は商品先物取引の委託をする時に委託証拠金を預託しなければならないことになっているが、被告別宮は、原告に対し、右両建取引における反対建玉の委託本証拠金の支払を猶予し、原告は、取引成立の二日後以降になって右証拠金を支払った。これは、被告別宮が、原告に対し、強引に両建取引を勧誘したことを示している。

(六) 担当外務員の不当な交替

商品先物取引において、委託者に損失が生じた場合等に、営業連絡を不十分にして、当該委託者に不便を及ぼしたり、委託者の指示を回避したりしてはならない((旧)取引所指示事項12)。

ところが、被告根本及び被告別宮は、突如、原告との連絡を断ち、原告が連絡を取ろうと被告会社に電話をかけても全く応答がなく、代わって、被告西が原告の対応に出る有様で、原告は多大な不便を被った。

(七) 無意味な買い直し、売り直し

原告は、平成七年七月一八日、被告西の指示により、買玉二〇枚を仕切り、新たに買玉二九枚を立て直している。また、同年八月一七日、被告西の指示に従って、売玉四五枚と買玉二九枚をそれぞれ仕切りながら、新たに売玉一五枚と買玉四〇枚を建てさせられている。これは、無意味な買い直し、売り直しであり、被告会社の手数料稼ぎを目的とするものである。

(八) 損失玉の放置

原告は、平成七年八月八日、被告別宮の指示により、損失の出ている売玉をそのままにしておいて、利益の出ている(今後もさらに利益が大きくなる可能性のある)買玉四〇枚を仕切った。このように、損失玉を放置し、利益玉を仕切らせるのも「客殺し」の典型的な手法である。

3  被告らの責任

前記(一)ないし(八)で述べた本件取引についての一連の違法行為は、被告らが、共謀の上、各自役割分担して組織的に行ったものであるから、被告らは、民法七〇九条、七一九条による共同不法行為責任を負う。また、被告会社については、その従業員である被告根本、被告別宮及び被告西の不法行為につき、同法七一五条による使用者責任を負う。

よって、被告らは、連帯して右不法行為により生じた原告の損害を賠償する責任を負う。

4  原告の損害

(一) 損金相当損害金 四一〇万一三三九円

原告は、本件取引の結果、四一〇万一三三九円の損失を被った。

(二) 慰謝料 一〇〇万円

原告は、被告らの前記不法行為により、家庭不和に陥り、仕事が手につかず、大きな精神的苦痛を被った。

(三) 弁護士費用 一〇〇万円

原告は、被告らが損害の任意支払に応じないため、本件訴訟の提起追行を原告訴訟代理人らに委任し、その報酬等として一〇〇万円を下らない金員を支払う旨約した。

三  被告らの主張

1  原告は、本件取引開始当時、株式会社東芝で資材調達の仕事をしており、金、白金の事情に詳しかった。被告根本は、原告に対し、商品先物取引について具体的に説明したが、原告は、取引の仕方や商品について既に知識があり、被告根本の説明を遮ることが縷々あった。また、被告別宮は、原告に対し、「商品先物取引―委託のガイド」と題するパンフレットを交付し、これに基づいて、商品先物取引の仕組みやその危険性等について十分に説明した。

したがって、原告は、本件取引開始前に、商品先物取引の危険性について説明を受け、理解していた。また、被告根本や被告別宮が、原告に対し、絶対に儲かるものであって損失発生の危険性はない旨断定的判断を提供して、商品先物取引を勧誘したことはない。

2  被告根本が、原告に対し、自分が原告の高校の後輩であると述べたことはなく、また、平成七年四月二〇日の時点で白金六〇枚の買建玉の取引が成立したこと及び白金取引の最低枚数が六〇枚であることを述べたことはない。

新規委託者の保護育成に関しては、当該委託者の資質・資力等を考慮の上、相応の建玉枚数の範囲内において行うとされているのである(社団法人全国商品取引所連合会の「受託業務管理規則参考例」六条及び被告会社の「受託業務管理規則」六条。なお、原告主張の原則二〇枚以下と規定していた(旧)新規委託者保護管理協定は、本件取引開始当時、既に廃止されている。)。被告会社は、原告の職業、資質・資力等を審査、考慮のうえ、六〇枚の建玉は相当と判断し、これを行ったのである。

3  被告別宮は、原告に対し、追証拠金発生の可能性が生じた際、対策として両建以外の手法も説明し、いずれを選択するのか判断を求めたところ、原告は、両建を行うことを自主的に選択した。両建には、損失を固定して拡大を阻止するという積極的な機能があり、顧客にとって無意味なものではない。

なお、右両建取引における反対建玉の委託証拠金の支払が遅れたのは、原告が規定の支払期間内に支払えなかったからに過ぎない。

4  本件取引は、すべて原告が自主的な判断に基づいて被告会社に委託したもので、被告西や被告別宮の指示により行われたものではない。

5  したがって、被告らの本件取引の勧誘行為等に何ら違法性はない。

四  争点

本件の争点は、被告らの本件取引の勧誘行為等に原告主張の違法性が認められるか否かである。

第三  争点に対する判断

一  前記争いのない事実、証拠(甲一の1ないし3、二の1ないし3、三ないし六、乙一ないし一二、一六ないし二三、原告本人、被告別宮本人、被告根本本人、被告西本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

1  原告は、昭和五二年、山口県立光高等学校を卒業後、同志社大学法学部政治学科に入学し、昭和六〇年、同大学を卒業後、株式会社東芝に入社して主に資材調達業務を担当し、本件取引当時は、資材部購買課国際調達担当として海外からの資材の買付け、取引等に携わっていた。

本件取引開始当時、原告は、それまでに商品先物取引の経験はなかったものの、五年ほど前から株式投資(現物取引)を行っていた。

2  被告根本は、平成七年四月当時、被告会社渋谷支店第一営業部に所属し、外務員として稼働していた。被告根本は、同月、山口県立光高等学校卒業生名簿の中から東京近郊在住者を選び、電話で商品先物取引の勧誘をしていたが、同月一二日頃、右名簿から原告を選び、原告の職場に電話をかけた。被告根本は、原告に対し、同校の先輩の皆様に電話を差し上げている旨挨拶した後、直接面会して商品先物取引の話をしたいと依頼したところ、原告は、興味を示し、面会に応じる旨返答した。

3  同月一三日頃、被告根本は、原告の職場を訪れた。被告根本は、原告が自分を高校の後輩と勘違いしていることに気付き、原告に対し、高校の後輩でない旨伝えた。その後、被告根本は、原告に対し、被告会社の概要について述べたうえで、会社案内のパンフレット、白金計算早見表(乙二〇と同じ様式のもの)、「ゴールドリポート」と題する白金需給表(甲一の1)、白金取引例を示した書面(甲一の2)、「商品先物取引―委託のガイド(別冊)」と題するパンフレット(甲一の3)及び白金の価格の動向を表すチャー卜(乙一七と同じ様式のもの)を交付し、これらを示しながら商品先物取引について説明をした。原告は、被告根本に対し、株式投資を行っているが、商品先物取引の経験はなく、同年六月に住宅購入を予定しており余裕資金はないことなどを述べたが、右説明に対し、そんなことは知っていると言って、何度か説明を遮ったことがあり、被告根本が、右白金需給表を示して説明した時には、白金の相場について自分の意見を述べるなどした。

4  同月二〇日午前九時二〇分頃、被告根本は、原告の職場に電話をかけ、原告に対し、前日に円が最高値をつけたので、今が白金の底値であり、今後白金の値上がりが予想されるのでチャンスである旨述べ、白金の先物取引を勧めた。原告は、被告根本に対し、どのくらい資金を用意すればいいのかと尋ねたところ、被告根本は、原告に対し、「一般の方は皆様六〇枚位で取引されています。一枚あたりの証拠金は、白金の場合、三万七五〇〇円ですので、六〇枚だと二二五万円になります。この程度用意でませんか。」と答えた。原告は、資金の用意ができるか確認するため、いったん電話を切り、しばらくして、被告根本に電話をかけ、被告根本に対し、資金の準備ができたから白金六〇枚を買い付けて欲しい旨依頼した。

被告根本は、上司である前記第一営業部課長の被告別宮に報告し、同被告の承諾を経たうえ、同日午前一一時頃、原告に電話をかけ、原告に対し、「コードナンバーが取れていますのでメモして下さい。」と述べ、原告のお客様コードナンバーを告げた。原告は、右コードナンバーをメモした。

5  同日午後四時頃、被告別宮及び被告根本が原告の職場を訪れた。被告別宮は、原告に対し、「商品先物取引―委託のガイド」と題するパンフレット(乙七と同一内容のもので、別冊(甲一の3)を含む。)を交付し、右パンフレットの該当部分を示しながら、元本保証の取引ではないこと、被告会社は取引のアドバイスをするが最終的な判断は顧客がすることなどを述べて、商品先物取引の基本的な仕組みやその危険性について説明した。特に、追証拠金については、「計算上のマイナスが五〇パーセントを超えた時点で、損切といって決済するか、あるいは取引を継続する場合には本証拠金の半分相当額が、今回でいえば一一二万五〇〇〇円が担保補強で必要になります。」と説明した。原告は、右説明に対して質問をすることはなく、むしろ、そんなことは分かっているという感じで説明を遮ることすらあった。

その後、原告は、被告別宮から交付を受けた「お取引について」と題する小冊子(甲二の1。乙八はそれと同一内容のもの。)の中に綴られていた約諾書(乙九)に署名押印し、また、商品先物取引内容確認書(乙一〇)にも、被告別宮からその内容につき説明を受けたうえで署名押印し、被告別宮に右の約諾書及び商品先物取引内容確認書を交付した。これにより、原告は、被告会社との間で、商品先物取引委託契約を締結した。そして、被告別宮は、原告に対し、銀行送金依頼書(甲二の3)を交付し、原告が委託した前記白金六〇枚分の本証拠金二二五万円の振込先を指示した。

原告は、翌二一日、指示された被告会社の銀行預金口座に右二二五万円を振り込んで送金し、被告別宮は、右入金を確認したうえ、同日午後一時五五分、右金六〇枚を一グラム当たり一一八三円で買い付け、原告にその旨報告した。

6  同月二六日午前九時三〇分頃、被告別宮は、原告に対し、電話で、白金相場が続落しているため、取引を継続するには追証拠金が必要になる可能性がある旨告げた。そして、被告別宮は、原告に対し、対策として、四つの方法、すなわち、第一として追証拠金を納めて取引をこのまま継続する方法、第二として損切になるが全部決済して取引を終了する方法、第三、第四の方法として両建があると述べ、両建については、「から売りと申しまして、値段が下がったら利益になる方法があります。これを買いに対して同枚数組み入れることによって計算上のマイナスを凍結してしまいます。これが両建です。これで計算上のマイナスを追証の必要が出る三八円未満で凍結して、その後の相場動向によって対応するわけです。」との趣旨を説明したうえで(なお、両建について保険をかける方法であるとも説明した。)第三として新たに本証拠金二二五万円を納めて買玉六〇枚と同枚数の売玉六〇枚を建てる方法、第四として買玉六〇枚の内の一部を決済して(したがって、この部分は損切になる。)買玉の枚数を減らしたうえで同枚数の売玉を建てて両建を作る方法を示唆した。すると、原告は、損切を避けたいとの意向を示し、第三の方法、つまり、売玉六〇枚を建てる両建の方法を選択し、被告別宮に対し、その旨委託した。そこで、被告別宮は、同日午前九時三七分、一グラム当たり一一四六円で白金六〇枚の売玉を建て、原告の建玉状況は、買玉六〇枚、売玉六〇枚の両建となった。

同日午前一〇時頃、被告別宮は、再度原告に電話をかけ、白金六〇枚の売玉を建てた旨伝え、同日午前零時四〇分頃、原告の職場を訪問した。被告別宮は、被告会社の用箋に図を描きながら、原告に対し、両建について、前記同様の説明をし、原告自身も右用箋に図を描いて、被告別宮に両建の内容を確認した(甲四)。それから、被告別宮は、原告に対し、白金六〇枚の売玉分の本証拠金二二五万円の支払時期について、原告に利益が出ないままこのような事態になって申し訳ないから、管理部に相談しておくので、二、三日以内に半分以上を支払い、残りは一週間以内に支払って欲しい旨説明した。その後、被告別宮は、被告会社の管理部に相談し、右支払猶予につき同部の了解を得た。

原告は、同月二八日に一五〇万円を、同年五月一日に残金七五万円を被告会社の銀行預金口座に振り込んで送金し、右本証拠金二二五万円を支払った。

7  その後、同年五月下旬頃から、原告は、被告別宮と連絡を取るため被告会社に頻繁に電話をかけるようになり、被告別宮が応対するようにしていたが、被告別宮は営業で外出することが多かったし、また、両者の間が少しぎくしゃくし始めたこともあって、被告別宮の上司である前記支店第一支店長の被告西が原告からの電話に対応することが次第に多くなった。

8  同年七月一八日、原告は、被告別宮と電話で、白金相場等について相談した。被告別宮は、原告に対し、白金相場がやや値上がり基調ではないかと相場観を述べたうえで、両建の一部を手仕舞いにして買玉の方の枚数を多めにしたらどうかと勧めた。原告は、右の勧めを受け入れたが、新たに本証拠金を拠出することを避けたいとの意向を被告別宮に伝えたため、被告別宮は、買玉六〇枚の内二〇枚を手仕舞いにして利益を出し、この利益を本証拠金として用いて新たに二九枚の買玉を建てることを勧めた。そこで、原告は、右の勧めに応じ、被告別宮に対し、その旨の委託をした。これにより、原告の建玉状況は、買玉六九枚、売玉六〇枚となった。

9  同年八月八日、被告別宮は、原告に電話をかけ、一回大きく白金相場が下がるかもしれないとの相場観を伝えたところ、原告も同意見である旨返答し、それに対応した建玉状況にするよう被告別宮に相談した。そこで、被告別宮は、原告に対し、追証拠金の心配もないので、最初に買った建玉四〇枚を手仕舞いにして利益を出し、白金相場が下がったところで新たに買玉を建てれば条件が良くなる旨勧めた。原告は、右の勧めに応じ、被告別宮に対し、その旨の委託をした。これにより、原告の建玉状況は、買玉二九枚、売玉六〇枚となった。

10  しかし、原告及び被告別宮の右相場観に反して白金相場が上昇し、同月一六日、原告に追証拠金が必要な状況となった。そこで、翌一七日の朝、原告は、被告会社に電話をかけたところ、被告西が応対した。原告は、被告西に対し、追証拠金が発生しているがどうすればいいのかと相談したところ、被告西は、その対処法として、追証拠金一五六万五九五八円を支払う方法あるいは買玉三一枚を新たに建てて売玉と買玉が同枚数の両建にする方法があるが、いずれも追加資金が必要になるので勧められない旨述べ、原告もまた、右のような追加資金を入れることはできない旨返答した。そこで、被告西は、原告に対し、損切が出るが大幅に建玉を手仕舞いにして追証拠金の発生を阻止する方法を勧めた。しかし、原告は、損切を嫌い、建玉はなるべく維持したいとの意向を伝えたため、被告西は、原告の意向に沿うよう幾通りか計算したうえで、買玉四〇枚、売玉三〇枚を維持し、追証拠金六〇万円位で足りる方法がある旨述べた。すると、原告は、右方法を希望し、被告西に対し、その旨の委託をした。そこで、被告西は、右委託に基づき、買玉二九枚、売玉四五枚をそれぞれ手仕舞いにし、新規取引として買玉四〇枚、売玉一五枚を建てた。この結果、原告の建玉状況は、買玉四〇枚、売玉三〇枚となり、原告は、追証拠金六〇万八六六八円の支払を請求された。

11  原告は、右追証拠金の支払をしないまま、商品先物取引を継続する方がいいのか考えていたところ、たまたま日本経済新聞に掲載された商品先物取引の被害記事(甲五)を読み、社団法人日本商品取引員協会に相談に行った結果、同月二三日、被告会社に委託して全建玉の手仕舞いを行った。

二  原告は、本人尋問において、被告根本は、平成七年四月二〇日に電話で勧誘した際、一〇〇万円位は確実に儲かると述べた旨供述し、甲第六号証(原告作成の陳述書)にも、同旨の供述記載がある。しかし、原告の右供述及び甲第六号証の右記載は、被告根本が取引数量として六〇枚を勧誘する前に一〇〇万円位は確実に儲かると述べたというものであって、不自然であり、証拠(乙二一、被告根本本人)に照らして容易に採用することができない。

また、原告は、取引の開始に当たり、被告根本から、一般の方は最低六〇枚からの取引になっているとの説明を受けた旨供述し、甲第六号証にも、同旨の供述記載がある。しかし、右一認定の事実によれば、原告は、被告根本から、白金取引例を示した書面(甲一の2)及び白金計算早見表(乙二〇と同じ様式のもの)の交付を受けているが、これらの書面には、白金について一枚あるいは二〇枚からの取引例が紹介されている(右各書証)ことに照らすと、原告の右供述及び甲第六号証の右供述記載も、容易に採用することができない。

右のほか、原告本人の供述及び甲第六号証の供述記載のうち、前記一の各認定事実に反する部分は、右認定に供した前掲各証拠に照らし、採用することができない。

三  被告らの不法行為の成否について判断する。

1  投機性の説明の欠如、断定的判断の提供及び虚偽事実の告知について

前記一認定の事実によれば、被告根本及び被告別宮は、商品先物取引委託契約の締結に当たり、商品先物取引の仕組みやその危険性(ことに、元本保証のないこと及び追証拠金が必要となる場合のあること)についてパンフレット及び小冊子を示しながら必要な説明をしており、原告は、その際、右説明を遮ったりしているのであるから、原告に対する商品先物取引の危険性の説明が欠如し又は不十分であったとはいえない。

被告根本が原告に対し一〇〇万円位は確実に儲かる旨述べたと認められないことは前記二のとおりである。そして、仮に、被告別宮が原告に対し、元本が二倍、三倍になるとはいわないが、元本の四割程度は儲けて下さい旨述べたとしても、これが断定的判断に当たるものではないことはその内容に照らして明らかであるし、原告は、本人尋問において、被告別宮から商品先物取引の危険性について説明を受けたことを認め、自己の株式取引の経験をも踏まえて、商品先物取引に危険性が伴うとの認識を有していた旨供述しているのであるから、原告が被告別宮の言葉を断定的判断の提供と受け取ったものとも認め難い。他に被告らが原告に対し確実に儲かる旨の断定的判断を提供したと認めるに足りる証拠はない。

また、被告根本が、原告に対し、光高等学校の先輩の皆様と述べたことは前記一認定のとおりであるが、それが直ちに被告根本が原告の高校の後輩である旨述べたとは解し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。被告根本は、取引成立前に原告のコードナンバーを伝えているが、これはあくまでも被告会社における顧客整理のためのコードナンバーであり(乙九、一一、一二、一三の1ないし5、一六等)、コードナンバーの告知が原告に対し取引が成立したと誤解させるものとも言い難いから、原告にこれを告知したことをもって、原告を性急に又は否応なく商品先物取引に引き込んだということはできない。

2  新規委託者保護規定違反について

証拠(乙四ないし六)及び弁論の全趣旨によれば、社団法人全国商品取引所連合会の「受託業務指導基準」Ⅳは、受託者の保護育成措置等を社内規則に具体的に定めこれを遵守しなければならないと定め、これを受けて、被告会社の「受託業務管理規則」六条は、商品先物取引の経験のない委託者については三か月の習熟期間を設け、その期間内における取引の受託は相応の建玉数の範囲内においてこれを行うようにすると定め、また、「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領」は、この場合の外務員の判断枠は二〇枚とするものとし、委託者から外務員の右判断枠を超える建玉の要請があった場合には、管理担当班の責任者等が審査を行いその適否について判断し、妥当と認められる範囲において受託するものとする旨の規定を置いている(なお、(旧)新規委託者保護管理協定は、平成元年一一月二七日に廃止された。)。

商品先物取引の性質、右の「受託業務指導基準」Ⅳ、「受託業務管理規則」六条及び「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領」の趣旨に照らすと、新規委託者保護規定は、商品取引員に共通する規則であり、商品先物取引が極めて投機性の高い取引であることに鑑み、新規委託者が取引開始当初の習熟期間中に不測の損害を被らないように取引限度枚数の観点から保護するとの趣旨であると解されるから、新規委託者との間において、右習熟期間中に過大な取引を行わないということは、商品取引員の委託者に対する一般的な注意義務の内容をなすものというべきであり、商品取引員及びその使用人において、右注意義務に著しく違反するときは、社会的相当性を逸脱し、不法行為を構成するものと解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、前記一認定の事実によれば、被告根本及び被告別宮は、原告が商品先物取引の経験がなく、余裕資金に乏しいことを知りながら、平成七年四月二〇日、最初の取引につき白金六〇枚(本証拠金二二五万円)の建玉を勧誘し、また、被告別宮は、最初の取引の五日後の同日二六日、未だ追証拠金が発生しないにもかかわらず、その可能性があるとして白金六〇枚(本証拠金同額)の売建玉を勧誘し、その結果、取引開始後一週間も経ないうちに原告に合計一二〇枚もの取引をさせたものである。そして、これらの取引につき、被告会社の内部において、管理担当班の責任者等の判断を経た事実を認めるに足りる証拠はないから、被告会社のこの点の判断が適切であったとは認め難い。したがって、被告根本及び被告別宮のこれらの行為は、商品取引員の使用人として前記注意義務に著しく違反するものであって、不法行為を構成するというべきである。

3  両建取引の勧誘について

両建は、委託者の予想に反して相場が変動し損失を被った場合に委託者が選択する一つの方策であり、両建の仕切りによって結果的に利益が出る場合もあることからすると、両建を勧誘することを直ちに違法であるということはできない。しかし、両建は、新たに同額の対立する建玉をすることから、本証拠金が新たに必要となるほか、最終的に双方の建玉を仕切った場合の手数料が倍額必要となり、また、いったん仕切って新たに建玉した場合よりも、仕切りのタイミングに関して難しい判断を要求されるから、両建によって最終的に利益を得ることは相当に困難であると考えられる。証拠(乙六)によれば、社団法人全国商品取引所連合会の「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」は、不適切な両建の勧誘を委託者保護に欠ける行為として厳に慎むよう指示していることが認められるが(なお、(旧)取引所指示事項は、平成元年一一月二七日廃止された。)、これは右のような観点に基づくものと考えられる。したがって、商品取引員及びその使用人が、両建の意味を右のような経済的効果や仕切りのタイミングの判断の困難性等についてまで十分に理解していない者に対し、これらについて説明し、十分な理解を得ないまま、既存の建玉を仕切ることをせずに両建をするよう勧誘することは、危険性を告げないまま取引させることにほかならないから、社会的相当性を逸脱し、不法行為を構成するものというべきである。

本件についてこれをみるに、前記一認定の事実によれば、原告は、両建の経済的意味や仕切りの困難性等について十分に理解していなかったところ、被告別宮は、最初の取引開始後の僅か五日後に、電話で、原告に対し、追証拠金が必要になる可能性がある旨告げるとともに、その対策として両建があるとして、両建の方法やその経済的な意味を簡単に説明したに過ぎず、原告が、両建の経済的な意味やその仕切りの判断の困難性を十分に理解できるような説明をしないまま、両建取引を勧誘したものであるから、被告別宮の右行為は、不法行為を構成するものというべきである。

4  担当外務員の不当な交替、無意味な買い直し、売り直し及び損失玉の放置について

原告は、毎日のように頻繁に被告会社に電話をかけていたところ(乙一二、原告本人)、前記一認定のとおり、被告別宮は原告の電話に対応していたし、被告別宮が都合の悪いときは上司である被告西が対応していたのであるから、これをもって直ちに、担当外務員を不必要に交替し、原告との連絡を不十分にして信頼関係を害したということはできない。また、平成七年七月一八日、同年八月八日、同月一七日の各取引については、前記一認定のとおり、被告別宮及び被告西は、原告の意向を確認しその趣旨に沿った取引を勧誘し、原告は、被告別宮又は被告西と相談のうえ、最終的には自己の判断で取引を委託していることに鑑みると、右各取引が被告会社の手数料稼ぎを目的とする無意味な買い直し、売り直し、又は、損失玉の放置であったということはできない。

四  被告らの責任について判断する。

右三に判断したところによれば、被告根本及び被告別宮は、民法七一九条の共同不法行為による損害賠償責任を負うものであり、被告根本及び被告別宮の右行為は、被告会社の従業員が被告会社の事業の執行について行ったものであるから、被告会社は、同法七一五条による使用者責任を負うものである。

しかし、被告西については、その勧誘行為等に違法性があるとはいえず、また、被告西が被告根本及び被告別宮の右行為に関与していると認めることもできないから、被告西は不法行為による損害賠償責任を負うものではない。

五  原告の損害について判断する。

1  財産的損害

原告が、本件取引の結果、合計四一〇万一三三九円の損失を被ったことは当事者間に争いがない。

前記一認定の事実によれば、原告は、被告根本及び被告別宮の前記不法行為により、商品先物取引に参入し、取引開始直後の短期間に両建をし、大量の取引を行ったものであって、その後の取引は、いずれも右取引による建玉の範囲内で判断の困難な仕切り等を行ったものということができるから、右損失は、取引開始直後に行われた大量の取引によるものと評価することがでる。

したがって、被告会社の従業員である被告根本及び被告別宮の不法行為によって原告が被った損害の額は、右の四一〇万一三三九円と認められる。

2  慰謝料

証拠(甲六、原告本人)によれば、原告は、本件取引により損失を被り、このまま取引を継続しようかと思い悩むなど精神的苦痛を受けたことが認められるが、財産的損害に伴う精神的損害は、特段の事情のない限り、右財産的損害の賠償によって同時に慰謝されるものと解するのが相当であるところ、本件において右の特段の事情は認められない。

したがって、慰謝料の請求は理由がない。

3  過失相殺

前記一認定の事実によれば、原告は、本件取引開始当時、商品先物取引の基本的な仕組みやその危険性を理解していたものであり、本件取引は、最終的にはすべて原告の判断に基づいて行われており、原告はあくまでも損切を嫌い、建玉数をなるべく多く維持したいとの意向を示していたのであって、これらの事情に鑑みると、原告にも本件取引による損害の発生、拡大につき落度があるといわざるを得ず、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すれば、原告の過失の割合は八割と認めるのが相当である。

右1の損害から八割を減ずると、八二万〇二六七円(円未満切捨て)となる。

4  弁護士費用

原告が被告会社、被告根本及び被告別宮に対し賠償を求め得る損害額、本件訴訟追行の難易等諸般の事情を斟酌すれば、前記不法行為と相当因果関係にある弁護士費用は、一〇万円をもって相当と認める。

5  したがって、損害額の合計は九二万〇二六七円である。

第四  結論

以上によれば、原告の本件請求は、被告会社、被告別宮及び被告根本各自に対し、前記損害合計九二万〇二六七円及びこれに対する不法行為以後の日である平成七年八月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告会社、被告根本及び被告別宮に対するその余の請求並びに被告西に対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官丸山昌一 裁判官合田智子 裁判官清原博)

別紙委託者別先物取引勘定元帳<省略>

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