東京地方裁判所 平成8年(ワ)17221号 判決 1998年7月16日
原告
株式会社鈴木利喜造商店
右代表者代表取締役
鈴木章司
原告
鈴木章司
右両名訴訟代理人弁護士
吉武賢次
神谷巖
同補佐人弁理士
小泉勝義
被告
株式会社箸勝本店
右代表者代表取締役
山本利兵衛
右訴訟代理人弁護士
山田克巳
山田勝重
山田博重
同補佐人弁理士
山田智重
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 原告らの請求
一 被告は、商品箸について、別紙一「被告標章目録」記載の各標章を使用してはならない。
二 被告は、原告株式会社鈴木利喜造商店(以下「原告会社」という。)に対し六四八万円、原告鈴木章司(以下「原告鈴木」という。)に対し三七万五〇〇〇円及びこれらに対する平成八年九月一四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告らが被告に対し、別紙二「商標権目録」記載の各商標権(以下、これらを一括して「本件商標権」といい、各商標権をその番号により「本件商標権(一)」などという。また、これらの登録商標を一括して「本件登録商標」といい、各登録商標をその番号により「本件登録商標(一)」などという。)ないし独占的通常使用権に基づいて、標章の使用の差止め及び次のとおりの損害賠償を求めている事案である。
1 原告会社 逸失利益 六四八万円
被告が平成六年及び七年の二年間に箸袋に別紙一「被告標章目録」記載の各標章を付した箸を一膳五〇円で一五万膳販売したことにより、原告会社が右数量分の箸を一膳七二円の卸売価格で販売する機会を喪失したために減少した販売額一〇八〇万円に、原告会社の純利益率六割を乗じた金額
2 原告鈴木 使用料相当額三七万五〇〇〇円
本件商標権のうち原告鈴木が商標権を有する本件商標権(五)(六)(八)(一一)(一二)の相当使用料率五パーセントを、右1の期間の被告の売上金額七五〇万円(十二支に属する動物の絵のいずれか一つでも欠けると商品として成り立たないので、全体につき使用料を請求することができると解すべきである。)に乗じた金額
3 右1及び2に対する不法行為の後である平成八年九月一四日(訴状送達の日の翌日)から各支払済みまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金
一 争いのない事実等
1 別紙二「商標権目録」記載の各商標権について、原告鈴木は本件商標権(五)(六)(八)(一一)(一二)の商標権を有し、原告会社は、本件商標権(一)(二)(三)(四)(七)(九)(一〇)の商標権を有するとともに、本件商標権(五)(六)(八)(一一)(一二)につき原告鈴木から再使用許諾権付独占的通常使用権の許諾を受けている。
2 被告は、箸の製造販売等を業とする会社であり、平成六年一二月ころから、別紙一「被告標章目録」記載の各標章(以下、これらを一括して「被告標章」といい、各標章をその番号により「被告標章(一)」などという。)を個別に箸袋に付した正月用祝い箸(以下「被告商品」という。)を販売している。
二 争点及びこれに関する当事者の主張
1 被告商品に被告標章を付することが、商標としての使用に当たるか。
(一) 原告らの主張
(1) 被告商品には、箸袋の一つ一つに十二支に属する個別の動物の絵である被告標章が一つずつ表示されているが、個々の被告商標はいずれも商品の出所を表示する機能を果たしている。
(2) また、原告会社の箸は、従来から箸袋の一つ一つに十二支に属する個別の動物の絵が表示され、十二支の動物の絵がすべてそろった状態で展示され、それを顧客が任意に選択して購買できるという販売形態をとっており、右のような特徴により、需要者や取引者にその出所を認識され、他の商品との識別がされている。右のとおり、原告会社の商品は、箸袋に表示された動物の絵と販売形態とが相まって、出所が認識されている。他方、被告商品も、また、箸袋の一つ一つに十二支に属する個別の動物の絵である各被告標章が表示され、十二支のすべての動物の絵がそろった状態で取引され、販売されているから、被告商品についても、被告標章とその販売形態とが相まって需要者や取引者に自他商品識別標識として認識されている。そうすると、被告商品の箸袋に表示された十二支の動物の絵である被告標章は、自他商品識別標識としての機能を果たしているといえる。
(3) したがって、被告標章を被告商品に付することは、商標としての使用に当たる。
(二) 被告の主張
被告商品は正月用の箸であり、その箸袋の表面に表示された一二支に属する動物の絵柄の表示は、鶴亀、松竹梅、七福神等の絵柄を表示するのと同様に、単なる正月用箸に関するデザインないし習俗的表示である。箸袋の表面に紋章や家紋、動物、記号等を表示することは古くから行われてきたことであり、箸袋の表面の表示は、自他商品を識別するためのものではない。
右のとおり、被告商品の箸袋表面に付された被告標章は、正月用品としての装飾ないし習俗的表示にすぎないものであって、自他商品識別機能を有する標識ということはできないから、商標法にいう商標に該当しない。
2 本件登録商標と被告標章が類似するか。
(一) 原告らの主張
(1) 箸又は箸袋に十二支に属する動物の絵を付したものは、取引者や需要者の間で「十二支箸」と呼ばれて取引されており、被告商品は、店頭において十二支に属する動物の絵柄がすべてそろった状態で展示販売されているから、箸袋に付された十二支の動物の絵である被告標章からは、「じゅうにしばし」という称呼及び「十二支箸」なる観念を生ずる。したがって、被告標章と本件登録商標(一)は、称呼及び観念が同じであり、類似している。
(2) 本件登録商標(二)は、ネズミ及び車の絵と「子」の文字から成る構成から、「十二支子」の観念及び「ね」の称呼を生ずる。他方、被告標章(一)は、被告商品が十二支に属する動物の絵柄がすべてそろった状態で販売されていることから、十二支に属する動物としてのネズミを表したものと容易に認識できるので、「十二支子」の観念及び「ね」の称呼を生ずる。したがって、被告標章(一)と本件登録商標(二)は、称呼及び観念が同じであり、類似している。
(3) 本件登録商標(三)は、「十二支寅」の文字より成るものであり、「十二支寅」の観念を生ずる。他方、被告標章(三)は、被告商品が十二支に属する動物の絵柄がすべてそろった状態で販売されていることからすれば、十二支に属する動物としてのトラを表したものと容易に認識できるから、「十二支寅」の観念を生ずる。したがって、被告標章(三)と本件登録商標(三)は、観念が同じであり、類似している。
(4) 右と同様に、本件登録商標(四)ないし(一二)と、被告標章(四)ないし(一四)とは、それぞれ観念が同じであるから、類似している。
(二) 被告の主張
本件登録商標からは、「じゅうにしばし」、「ね」又は「こ」、「じゅうにしとら」等の称呼しか生ぜず、特定の観念を生ずることはない。他方、箸袋に表示された図形標章である被告標章からは、「じゅうにしばし」、「じゅうにしとら」等の称呼や、「十二支箸」、「十二支寅」等の観念を生ずることはないから、外観上においても、称呼及び観念で比較しても、被告標章と本件登録商標とが相紛れることはない。したがって、被告標章は本件登録商標と類似していない。
第三 争点に対する判断
一 争点1(商標としての使用)について
1 商標法の目的の一つが商標を保護することにより商標を使用する者の業務上の信用の維持を図る点にあること(商標法一条)、自他商品の識別力のない商標は登録できないものとされていること(同法三条一項)等に照らせば、商標の本質は、商品の出所を表示し、自己の業務に係る商品を他人の商品と識別するための標識として機能することにあると解される。そうすると、商標権者が、その登録商標と同一又は類似の標章を使用する第三者に対して、その者の行為が商標権の侵害(同法三六条、三七条)に当たるとして当該標章の使用の差止めないし損害賠償を求めるには、第三者の右標章が単に形式的に商品等に付されているというだけでは足りず、それが自己と他人の商品を識別するための標識としての機能を果たす態様で用いられていることを要するものというべきである。
2 本件においては、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告商品は、箸袋に納められた白木の箸であり、箸の上端部一、二センチメートルが外部に出ている状態で一膳ずつ箸袋に納められ、更に個別にその外側を合成樹脂製の透明袋で包装されている。箸袋の表面の形状は、その左端部に上から下に赤色の線が表示され、中央上部には「壽」の文字が金色に印刷表示されており、その下方に、被告標章のうちの一つが右文字と同色で印刷されている(別紙三「被告商品目録」に「表面」として示したのは、被告標章(一)を付した被告商品の箸袋の表面であるが、被告標章(二)ないし(一二)を付したものも同様である。)。箸袋の裏側には、箸袋とほぼ同じ大きさの短冊が前記透明袋に封入されており、包装された状態では箸袋の裏面を見ることはできない。短冊には二種類あり、その形状は、別紙三「被告商品目録」に「裏面1」及び「裏面2」として示したとおりである(これらは表面に被告標章(一)及び(八)が付された被告商品の箸袋の裏面であるが、他の被告標章が付されたものもこれと同様に、箸袋の表面の被告標章に対応した十二支の文字が記載されている。)。右の「裏面1」の形状の短冊が封入された被告商品については、箸袋の下部を折り返した部分の裏面に、被告の商号である「箸勝本店」及びその所在地の記載があるが、前記透明袋で包装された状態では、この記載は外部から見ることができず、需要者の目に触れない。(乙六、九の1ないし4、検乙一ないし一二)
(二) 我が国においては、古来より、元旦から松の内の期間、家庭において全員がそろって柳等の白木を原材としてその両端を細く削った丸箸を正月用の祝い箸として用いるという風習があり、各人の祝い箸は、それぞれの名前を書いた箸袋に収納されるが、このための箸袋として、その表面に水引や「壽」の文字、十二支を示す漢字、家紋、鶴亀、松竹梅、七福神、十二支の動物の絵などを装飾として施したものが、本件登録商標の出願がされるはるか前の明治大正期において既に広く存在していた。(甲一七、乙七、七九ないし八七)
(三) 箸袋の表面に十二支に属する動物の絵が表示された箸は、本件登録商標出願前から、原告会社・被告以外にも全国の多数の会社によって製造されており、毎年年末時期を中心に広く販売されているもので、これらはその年の十二支又は箸を使用する家族の生年の十二支に該当する動物の絵柄を選択して購入されている。(甲一六の1ないし3、六八ないし七〇の各1、2、七一の1ないし3、七二の1、七四の1、2、七六、七七の1、2、七九ないし八七)
3 右認定事実に基づいて検討するに、祝い箸という被告商品の性質及び前示のような被告標章の使用形態に照らせば、被告商品に付された十二支に属する動物の絵である被告標章は、慶事を想起させるとともに、箸を使用する家族の構成員を特定する目印となる絵柄として、被告商品の正月用の祝い箸という用途に対応して付された箸袋の習俗的装飾であり、専らその装飾的効果ないし意匠的効果を目的として用いられているものであって、被告商品を購入する者が、箸袋の表面に付された十二支の動物の絵柄を見ることによって商品の出所を想起することはないと認められるから、被告標章は自他商品識別機能を果たす態様で使用されているものではないというべきである。
この点につき、原告らは前記第二、二1(一)に記載のとおり主張するが、被告商品の箸袋に付された個別の被告標章が自他商品識別機能を果たす態様で用いられているものでないことは前示のとおりであり、また、前記第二、二1(一)(2)において原告らの主張するところは、要するに「十二支箸」、「十二支寅」等の文字のみから成る商標(本件商標権(一)及び(三)ないし(一二))又は「子」の文字とネズミ等の絵から成る商標(本件商標権(二))に係る商標権を有することを根拠として、十二支に属する動物の絵を一つずつ付した箸袋をそろえて販売するという販売形態について排他的保護を求めようとするものであり、右主張は、個々の商標の持つ自他商品識別機能を保護しようという商標法の枠組みを超える独自の見解というほかなく、到底採用することができない。
4 以上によれば、被告が被告商品に被告標章を付する行為は、本件商標権を侵害するものではないと解するのが相当である。
二 よって、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官三村量一 裁判官長谷川浩二 裁判官中吉徹郎)