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東京地方裁判所 平成8年(ワ)17862号 判決 1998年2月26日

主文

一  本訴原告(反訴被告)及び本訴被告(反訴原告)間の別紙物件目録記載の土地についての賃貸借契約に基づく賃料は、平成八年七月一日以降月額金六九万五一二〇円であることを確認する。

二  本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、金一九二万一一四〇円及び内金一〇万六七三〇円については平成八年七月一日から、内金一〇万六七三〇円については同年八月一日から、内金一〇万六七三〇円については同年九月一日から、内金一〇万六七三〇円については同年一〇月一日から、内金一〇万六七三〇円については同年一一月一日から、内金一〇万六七三〇円については同年一二月一日から、内金一〇万六七三〇円については平成九年一月一日から、内金一〇万六七三〇円については同年二月一日から、内金一〇万六七三〇円については同年三月一日から、内金一〇万六七三〇円については同年四月一日から、内金一〇万六七三〇円については同年五月一日から、内金一〇万六七三〇円については同年六月一日から、内金一〇万六七三〇円については同年七月一日から、内金一〇万六七三〇円については同年八月一日から、内金一〇万六七三〇円については同年九月一日から、内金一〇万六七三〇円については同年一〇月一日から、内金一〇万六七三〇円については同年一一月一日から、内金一〇万六七三〇円については同年一二月一日から、いずれも支払済みまで年一割の割合による金員を支払え。

三  本訴原告(反訴被告)のその余の請求をいずれも棄却する。

四  本訴被告(反訴原告)の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを五分し、その一を本訴原告(反訴被告)の負担とし、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。

理由

一  本訴請求原因1、2、3(一)、(三)、4、反訴請求原因1の事実は当事者間に争いがない。また、反訴請求原因2のうち、平成二年七月一日、平成五年七月一日の賃料更新の際、原告が何ら異議も述べなかった事実、第三回目の賃料更新時を前に、原告が、被告が示した新賃料の計算に異議を述べ、最終的に内容証明郵便で減額の請求をした事実、被告の右計算は、本件約定どおりでは月額六三五万六一九〇円だが、原告が残存契約期間中中途解約しないことを条件として、これから六〇パーセントプラスアルファを減額するというものであった事実も当事者間に争いがない。

二  本訴請求原因、反訴請求原因のうち、当事者間に争いがあるのは、本訴請求原因3(二)、(四)の事実及び反訴請求原因2のうち従来の額の三倍未満であれば、誰から見ても予測しがたいとはいえないとの点、すなわち、本件約定にいわゆる事情変更の原則が適用できるかである。以下、この点につき判断する。

1  平成六年度の固定資産評価額の大幅な引き上げは、本件賃貸借契約締結時において、当事者が予見せず、かつ予見し得ないものであったか。

(一)  弁論の全趣旨によれば、固定資産評価額の大幅な引き上げが、原告主張のとおり専ら行政レベルで進められていた事実が認められ、この事実から、平成六年度あるいはその直前に至るまで、大部分の国民が固定資産評価額の大幅な引き上げが行われることを知らなかったとの事実、すなわち、本件賃貸借契約締結時においては、大部分の国民が固定資産評価額の大幅な引き上げが行われることを知らなかったとの事実が認められる。

(二)  また、《証拠略》によれば、本件賃貸借契約締結日たる昭和六二年四月二四日以前の昭和五七年度固定資産評価額は、前基準年度たる昭和五四年度の固定資産評価額より四六・三六八パーセント上昇したにとどまる事実、昭和六〇年度固定資産評価額は、前基準年度たる昭和五七年度固定資産評価額より二八・五七一パーセント上昇したにとどまる事実が認められ、以上の事実から、本件賃貸借契約締結時において、国民の間では、固定資産税評価額につき、何十パーセントかの上昇傾向はあるものの、比較的安定したものであるという共通の認識があったとの事実が認められる。

(三)  さらに、《証拠略》によれば、本件賃貸借契約締結時において、原告代表者は、本件賃貸借契約において賃料更新の基準となった固定資産評価額なるものにつき、不動産に関して公的に出される額から大きく変動することはないであろうという程度の認識しか有しておらず、だからこそ、客観的安定的な指標として、固定資産評価額を基準とすることにした事実が認められる。

(四)  以上の事実を総合すると、原告及び被告は、本件賃貸借契約締結時において、将来固定資産評価額が前基準年度の固定資産評価額より六九二・七三八パーセントすなわち大幅に上昇することを予見せず、かつ予見し得なかったことが認められる。

(五)  これに対し、被告代表者は、本件約定を本件賃貸借契約の内容とすることは原告からの申し入れであり、自らこのような申し入れをしてくる以上、原告は、固定資産評価額が、基準年度ごとに上昇傾向にあることを把握していたはずである旨供述する。本件全証拠によっても、本件約定を本件賃貸借契約の内容とすることを提案したのが、原告なのか、被告なのか、あるいは仲介業者訴外中央地所株式会社の高柳久由なのかを釈然とさせることはできないが、それが仮に原告であり、原告が、固定資産評価額が、基準年度ごとに上昇していることを把握したうえで提案したのだとしても、そのことをもって、将来数百パーセント(《証拠略》によれば、平成六年度固定資産評価額は、平成三年度固定資産評価額より六九二・七三八パーセント上昇したことが認められる。)という勢いで上昇することまで予見し、あるいは予見し得たということはできず、右供述は、前記(四)の認定を妨げるものではない。

(六)  また、被告代表者は、昭和六二年当時、被告の事業を大幅に縮小し、従業者は被告代表者一人となったものの、被告にはトヨタ自動車からの仕事をこなすだけの機械とノウハウが残っていたので、被告代表者一人でも事業を継続していくことは可能であり、事業を続けるつもりであったのであるから、まさに原告との間で、本件約定という被告に有利な合意ができたからこそ、本件土地上建物内にあった機械を処分する等の犠牲を払ってまで、本件賃貸借契約を締結したのであって、本件賃貸借契約締結にあたって右事情を原告にも説明した旨供述する。確かに、被告が事業を継続するつもりであったことは争いのない事実であり、《証拠略》によれば、その第一〇条(特約条項)に「本件契約の締結により賃貸人は相当額の損失を承知して機械の処分を行います」との文言が記載されていることから、被告は原告に対し、右事情を説明したことが認められる。しかし、原告が、被告の右事情を認識したうえで本件約定を合意をしたことをもって、原告が、本件賃貸借契約締結時において、本件約定は被告に有利なものであるとの認識を有していたことを認めることはできても、将来一〇倍以上の賃料を取ることができるようになるほどに被告に有利なものであるとの認識を有していたとは社会通念上とうてい認められない。したがって、被告代表者の右供述は、前記(四)の認定を妨げるものではない。

(七)  また、被告代表者は、平成二年度、平成五年度の賃料更新時において、固定資産評価額が、前基準年度の固定資産評価額より二六から二七パーセント代で上昇したにもかかわらず、原告との賃料更新の交渉の過程で、原告から不満や異議がでたことはない旨供述する。この点について、原告は、いずれの時期においても、本件賃貸借契約締結時に予想した上昇率をはるかに超える数字に驚き、被告に対し異議を申し入れたいとの気持ちを抱いたが、固定資産評価額を基準とする旨の約定があるため、やむなく従った旨主張する。《証拠略》によれば、固定資産評価額は、本件賃貸借契約が締結された昭和六二年以前において、昭和五七年度は昭和五四年度より四七・三六八パーセント、昭和六〇年度は昭和五七年度より二八・五七一パーセント上昇していることが認められることから、事業のために工場と敷地(固定資産)を所有する(争いのない事実)原告の代表者としては基準年度ごとにある程度の上昇があることは認識していたと認められ、これに照らせば、右原告主張事実の存在には疑うべきところがないではない。しかし、仮に、原告が、かなりの上昇率を覚悟したうえで本件賃貸借契約を締結したとの事情から、被告に対して不満や異議を出さなかったのだとしても、そのことをもって、本件賃貸借契約締結当時において、二六から二七パーセント代の上昇率をはるかに超える上昇率を予見し、又は予見し得たと認めることはできない。したがって、被告代表者の右供述は、前記(四)の認定を妨げるものではない。

2  平成八年度固定資産評価額が、平成五年度固定資産評価額より六九二・七三八パーセント上昇したことにより、本件賃貸借契約中の本件約定をそのまま維持することが信義公平上著しく不当と認められるか。

本件全証拠によっても、本件土地の状況が近隣土地の状況と大きく異なるという事情は認められないから、本件土地に関する適正月額賃料額は、近隣土地に関するそれとさほど異ならないと認められる。

鑑定人中西英治の鑑定の結果によれば、昭和六二年七月一日の月額賃料五〇万円を基準として、以後賃料改定がなかったものとした場合の本件土地に関する平成八年七月一日における適正月額賃料は五八万一八〇〇円であり、本件土地に関しては、賃料更新の基準を固定資産評価額としたことから、契約締結当初の賃料を若干低額にした可能性があること、通常何年かごとに賃料が更新されることを考慮しても、近隣土地に関する平成八年七月一日における適正月額賃料は、五八万一八〇〇円に幾分上乗せした程度の額であると認められる。とすれば、本件土地に関して、平成八年七月一日の賃料更新時に、新賃料を本件約定に従って月額六三五万六一九〇円とすることはもとより、六〇パーセントプラスアルファ減額して月額二四〇万五五〇〇円とすることは、近隣土地の賃料に比して著しく不相当であることが明らかであり、にもかかわらず、平成八年度固定資産評価額が平成五年度固定資産評価額より六九二・七三八パーセント上昇したことを前提として、六〇パーセントプラスアルファ減額という形で変更を加えながらも、本件賃貸借契約中の本件約定をそのまま維持して月額二四〇万五五〇〇円という額の賃料を設定することは、信義公平上著しく不当と認められる。

3  以上より、本件にはいわゆる事情変更の原則が適用され、本件賃貸借契約中の本件約定を平成八年七月一日の賃料更新に適用することは許されないと解するのが相当である。

三  適正月額賃料について

たしかに、原告と被告が賃料更新の基準を固定資産評価額とすることにつき合意したことは争いがない事実であって、かかる事実に照らせば、本件約定に事情変更の原則が適用されるとしても、本件約定を全部無効としてしまうのは、当事者の当初の意思に照らして相当でなく、平成五年度に比べ、平成八年度の固定資産評価額が上昇していることは明らかである以上、少なくとも平成八年六月三〇日までの賃料八〇万一八五〇円より高額にするという限りで、本件約定を適用するのが相当であるとも考えられる。

しかし、原告と被告が本件約定を合意したとの事実、平成五年度に比べ平成八年度の固定資産評価額が上昇したとの事実をどの程度考慮して、新賃料を八〇万一八五〇円以上のいくらにするのか、明確な根拠を見いだすことはできない。

したがって、本件約定全体を無効として、原告と被告間において最後に賃料更新の合意がなされた平成五年七月一日の賃料額を基準とした適正月額支払賃料をもって新賃料と認めるのが相当である。そして、鑑定人中西英治の鑑定の結果によれば、平成五年七月一日の月額支払賃料八〇万一八五〇円を基準とした場合における平成八年七月一日以降の適正な月額賃料は、月額六九万五一二〇円であると認められる。

四  結論

以上によれば、原告の賃料減額請求等は、本件賃貸借契約における平成八年七月一日以降の賃料が月額金六九万五一二〇円であることの確認を求め、被告に対し、平成八年七月分から平成九年一二月分まで(一八か月)の過払い賃料分一か月分あたり一〇万六七三〇円(合計一九二万一一四〇円)の支払、これらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年一割の割合による利息の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告のその余の請求及び被告の賃料増額請求等はいずれも理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。

なお、仮執行宣言は相当でないので、これを付さないこととする。

(裁判官 小林元二)

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