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東京地方裁判所 平成8年(ワ)1807号 判決 1997年12月24日

原告

渡邊嘉人

渡邊カナエ

右両名訴訟代理人弁護士

斎藤浩二

被告

菊池留吉

右訴訟代理人弁護士

小名雄一郎

主文

一  被告は原告ら各自に対し、金一〇九八万三九四三円及びこれに対する平成七年六月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告ら各自に対し、金五〇三三万二九三三円及びこれに対する平成七年六月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

原告らの長男が友人の賃借していたマンションの居室(四階部分)から転落して死亡した事故について、右マンションの所有者である被告に対し、民法七一七条に基づき、損害賠償を請求した事案。

一  請求の原因

1  原告らは亡渡邊嘉一郎(以下「嘉一郎」という。)の両親であり、被告は別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有し、本件建物のうち四階四〇七号室(以下「本件居室」という。)を訴外草深崇(以下「草深」という。)に賃貸していた。

2  嘉一郎は平成七年六月一〇日午後一一時三〇分ころ、本件居室で草深らと飲食して歓談中、南側窓から約9.5メートル下の地面に転落し、同月一七日、頭蓋内臓器損傷により死亡した(以下、これを「本件事故」という。)。

3  本件事故は、以下のとおり、本件建物の設置保存の瑕疵に基づくものである。

(一) 本件居室は四階建てマンションの四階に位置するが、本件居室の南側窓には手すりがなく、腰壁(床面から窓の下枠まで)の高さは約四〇センチメートルにすぎない。

(二) しかし、本件建物は賃借人の居住用に作られたものであるから、賃貸人は、居住者及び訪問者の転落防止のため、本件居室の窓に手すりを設け、又は窓の腰壁については、転落を防止するのに必要な高さを保持しなければならない。

このことは、建築基準法施行令一二六条一項が、「屋上広場又は二階以上の階にあるバルコニーその他これに類するものの周囲には、安全上必要な高さが1.1メートル以上の手すり壁、さく又は金網を設けなければならない。」と規定していること、賃貸用住宅の建築基準の代表例と目し得る住宅・都市整備公団の基準(「設計の手引き」四八頁)が、二階以上の窓には手すりを設け、床仕上げ面から窓の手すりまでの高さは1.1メートルを確保しなければならないとしていることなどから明らかである。

(三) 本件事故当時、嘉一郎は本件居室の窓際すなわち南側窓の腰壁の北側に座っていたところ、立ち上がった際、バランスを崩して窓から転落したものと考えられるが、仮に本件居室の南側窓に床上1.1メートルの高さの手すりが設けられ、又は腰壁の高さが同程度であったなら、本件事故は発生しなかった。

したがって、本件建物(本件居室)の設置保存には重大な瑕疵があり、本件事故は右瑕疵に基づくものであるから、被告は本件建物の占有者として、民法七一七条に基づき、嘉一郎及び原告らが被った後記損害を賠償する責任がある。

4  損害額

(一) 嘉一郎の逸失利益

五四六三万七四六七円

嘉一郎は本件事故当時満二五歳であり、慶應義塾大学法学部四年中退後、日本デザイナー学院を卒業し、満六七歳まで四二年間就労が可能であった。

したがって、賃金センサス平成六年第一巻第一表高専・短大卒平均年収四〇八万四八〇〇円を基にして、生活費四〇パーセント(婚約者もいて、近々一家の支柱になることが確実であった。)を控除し、新ホフマン方式により中間利息を控除して死亡時の逸失利益の原価を算出すると、次のとおりとなる。

408万4800円×(1−0.4)×22.293=5463万7467円

(二) 嘉一郎の慰藉料

二五〇〇万円

(三) 嘉一郎の治療費

一九万五〇五〇円

(四) 葬儀費用八三万三三五〇円

(五) 相続

原告らは嘉一郎の右損害賠償請求権を二分の一ずつ相続したので、被告に対し、それぞれ四〇三三万二九三三円の請求権を有する。

(六) 原告らの慰藉料

各八〇〇万円

(七) 弁護士費用 各二〇〇万円

5  したがって、原告らは被告に対し、それぞれ五〇三三万二九三三円の損害賠償請求権を有するので、右各金員及びこれに対する平成七年六月一八日(嘉一郎死亡の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1項は認める。

2  同2項は知らない。

3  同3項中、(一)は認め、その余は争う。本件建物は、昭和四七年に建築基準法に基づいて適法に建築された建物であり、これまで入居者及び第三者から設置保存の瑕疵を問題にされたことはなかったのであって、本件事故は、嘉一郎が通常の行動に反する危険な動作を行ったために生じたものと言わざるを得ない。

4  同4項は知らない。

第三  判断

一  請求原因1項の事実は争いがなく、証拠(甲四、五の各一、二、六の一ないし五、乙三の三、証人草深崇)によれば、同2項(本件事故発生)の事実を認めることができる。

右事実と証拠(甲一ないし三、四及び五の各一、二、六の一ないし五、乙三の二ないし四、証人草深崇)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故発生までの経過等は、次のとおりである。

1  本件居室は本件建物の四階に位置する八畳の洋室であり、その概略図は別紙図面のとおりである。すなわち、本件居室は東側に入口があり、西側にガラス戸付きのベランダ、南側に高さ約一三〇センチメートル、幅約一六〇センチメートルのガラス窓(幅約八〇センチメートルの二枚のガラス窓から成り、横に開閉する。)があり、北側は隣室と壁で接している。南側窓には手すりがなく、腰壁(床面から窓の下枠まで)の高さは約四〇センチメートルである(この事実は争いがない)。草深は平成六年三月、被告から本件居室を賃借し、これに居住していた。なお、本件建物は被告と菊池美智子が共有(持分は各二分の一)する四階建の共同住宅であり、各階に九室の貸室がある。

2  嘉一郎(昭和四五年三月二七日生)は、慶応義塾大学を四年で中退後、日本デザイナースクールを卒業し、ミックジャパン社に勤務していたが、右デザイナースクール当時に草深と知り合って友人となり、草深が賃借していた本件居室をしばしば訪れ、多いときには月五、六階来訪し、そのうち二、三回は本件居室に泊まっていた。

3  本件事故当時(平成七年六月一〇日)、嘉一郎と草深は午後七時ころ渋谷で待ち合わせ、飲食物・酒類を購入した後、女性の友人二人を伴って午後九時ころ本件居室に到着し、飲食を開始した。

草深は通常、本件居室の中央に机を置いていたが、当夜はこれを南側窓の向って左側の窓際に寄せ、飲食物を床の中央に置き、南側窓の右半分を開けていた。また、南側窓には青と白のストライプのカーテン(やや厚地のもの)があったが、虫が入ってくるのを防ぐため、当夜はこれを全部閉めていた。

席の配置は、草深が南側窓を背にして座り、その左側に嘉一郎、右側及び向い側に女性の友人二人が座った。なお、草深の左斜め後ろには布団が畳んで置かれていた。

4  飲食をして歓談中、嘉一郎と草深は主にウオッカを(嘉一郎はトマトジュースで、草深は炭酸水で割って)飲んだが、両者とも酒は強く、両名で飲んだ場合、ウオッカであれば瓶一本を空にするほどであった。

飲食と歓談が進むうち、嘉一郎は席を離れ、草深の左斜め後ろに畳んであった布団にもたれるようにしていたため、草深の視界から外れていたが、午後一一時三〇分ころ、草深の向かい側に座っていた女性(田辺)が「アッ」という声を出したため草深が振り向いたところ、嘉一郎の姿はなく、南側窓から転落したことが判明した。嘉一郎は転落時に声を上げず、また、転落を避けるため窓やカーテンにしがみついた痕跡もなかった。

二  本件建物(本件居室)の瑕疵について

右認定のとおり、本件居室の南側窓は腰壁が約四〇センチメートルしかなく、転落事故を防止するための手すり等も設置されていなかった。本件居室の南側窓のよう場合、その腰壁の高さの基準について法的な規制はないが、建築業者の解説書(甲一一の二)においても、「特に居住用施設では注意を要すべきであり、一般的には下記の形態が望ましい」として、腰壁の高さはおおよそ六五ないし八五センチメートルを目安とし、窓の内側又は外側に床面から1.1メートル以上の高さに手すりを設置することが推奨されているのであって、前記のような本件居室の南側の構造は、転落事故防止の観点からみて、居住用施設として通常備えるべき安全性を欠いているものというべきである。

被告は本件事故後、本件居室の南側窓の床面から60.5センチメートル、83.5センチメートル及び一〇七センチメートルの三箇所に横に鉄パイプを設置したが(乙六、七の一、二)、右のような措置が本件事故前に講じられていたならば、本件事故の発生は防止することができたと考えられる。

以上によれば、本件事故は本件居室の南側窓部分の設置保存の瑕疵に基づくものというべきであるから、本件居室の賃貸人である被告は、本件建物の占有者として、民法七一七条に基づき、原告らに対して後記損害を賠償すべき義務がある。

三  嘉一郎の過失について

前記認定のとおり、嘉一郎の転落はほぼ瞬時の出来事であり、同人の転落直前の行動は必ずしも明らかではない。しかしながら、前記認定事実によれば、嘉一郎は本件居室をしばしば訪れ、その構造すなわち南側窓は腰壁の高さが低く、手すりもないため、右の窓から身を乗り出すような状態になった場合、転落する危険があることは十分に認識していたものと推認することができる。そして、前記認定のとおり、本件事故当夜、南側窓の右半分が開けられていたが、嘉一郎はそのすぐ近くの布団にもたれていたのであるから、右のような窓の開閉状態及び自己がいわば危険な状態に接近していることを容易に認識することができたというべきである。

ところで、前記認定のとおり、嘉一郎らは当夜午後九時ころから飲食を始め、嘉一郎と草深は主にウオッカを飲んでいたというのであるから、飲酒時間の経過からみて、嘉一郎は本件事故直前ころ、相当程度の酩酊状態にあり、注意力及び行動力にかなりの減退を来していたものと推認することができる。前記認定のとおり、嘉一郎が転落する際、転落を避けるために窓やカーテンにしがみついた痕跡はないが、通常の人間の行動としては、転落の危険を避けるため、反射的に右側の壁又は左側の窓枠につかまるなど何らかの回避行動に出るものと考えられるが、嘉一郎がこれらの行動を示していないことは、同人の行動力(反射力)の低下をうかがわせる。

以上のとおり、嘉一郎は、自己が危険な状態に接近していることを認識し、本件事故の発生を未然に防ぐために適切な行動を採ることができたにもかかわらず、酩酊により注意力及び行動力の減退を来した結果、本件事故を惹起したものであって、本件事故の発生は嘉一郎の不注意によるところが大きいといわなければならず、本件事故に基づく損害の算定に当たっては、同人の過失割合を七割とするのが相当である。

四  損害について

1  嘉一郎の逸失利益

前記認定事実によれば、嘉一郎は本件事故当時満二五歳であり、慶應義塾大学を四年で中退後、日本デザイナー学院を卒業し、満六七歳まで四二年間就労が可能であったと認められる。

したがって、賃金センサス平成六年第一巻第一表高専・短大卒平均年収四〇八万四八〇〇円を基にして、生活費五〇パーセントを控除し、新ホフマン方式により中間利息を控除して死亡時の逸失利益の原価を算出すると、次のとおり四五五三万一二二三円となる。

408万4800円×(1−0.5)×22.293=4553万1223円

2  嘉一郎の慰藉料

一五〇〇万円を相当とする。

3  嘉一郎の治療費

証拠(甲一二の一の一ないし三)によれば、原告ら主張のとおり、一九万五〇五〇円の治療費の支出を認めることができる。

4  葬儀費用

証拠(甲一二の二、一二の三の一、二)によれば、原告ら主張のとおり、八三万三三五〇円の葬儀費用の支出を認めることができる。

5  過失相殺

前記のとおり、嘉一郎の過失割合を七割として、右1ないし4の合計額六一五五万九六二三円につき過失相殺をすると、嘉一郎の損害額は一八四六万七八八六円となる。

6  相続

原告らは嘉一郎の損害賠償請求権を二分の一ずつ相続したので、被告に対し、それぞれ九二三万三九四三円の請求権を有する。

7  原告らの慰謝料

嘉一郎の慰謝料額及びその過失割合など諸般の事情を考慮すると、原告ら固有の慰謝料は各自七五万円が相当である。

8  弁護士費用

原告ら各自につき一〇〇万円が相当である。

五  以上によれば、被告は原告ら各自に対し、一〇九八万三九四三円及びこれに対する平成七年六月一八日(嘉一郎死亡の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

したがって、原告らの請求は右各金員の支払を求める限度において理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官大内俊身)

別紙<省略>

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