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東京地方裁判所 平成8年(ワ)18164号 判決 1998年1月26日

原告

甲1

右代表者代表取締役

甲2

右訴訟代理人弁護士

藤本吉輝

被告

エイアイユーインシュアランスカンパニー

(エイアイユー保険会社)

右日本における代表者

吉村文吾

右訴訟代理人弁護士

唯根大三郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、一億一〇〇〇万円及びこれに対する平成八年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  当事者間に争いのない事実

1  原告は、損害保険業務を業とする株式会社である被告との間で、保険契約者及び保険金受取人を原告、保険者を被告、被保険者を訴外Xとし、被保険者の事故死を原因として死亡保険金が支払われる左記内容の各傷害保険契約(以下「本件保険契約」と総称する。)を締結した。

保険証券ナンバー 保険契約日 保険金額

(一) 九五一〇七一―一三一〇 平成七年三月二七日 五〇〇〇万円

(二) 九五一三〇三―九二六四 平成七年一〇月三日 三〇〇〇万円

(三) 九五一三〇三―九二七二 平成七年一〇月三日 三〇〇〇万円

2  本件保険契約に適用のある傷害保険普通保険約款には、その第一条及び第五条に、被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害による死亡に対して、約款に従い死亡保険金を支払うとの定めがある。

3  Xは、平成八年四月二日、死亡した。

4  原告は、平成八年四月下旬、被告に対し、被告の代理店である長田トラベルサービス株式会杜を通じて、本件保険契約に基づき、保険金合計一億一〇〇〇万円の支払を求めたが、被告は、同年六月一一日付け書面をもって、Xの死亡は本件保険契約にに適用のある傷害保険普通保険約款第一条が規定する「被保険者の急激かつ偶然な外来の事故」によるものではないとして、同保険金の支払いを拒絶した。

二  争点

1  本件保険契約の被保険者であるXの死亡が、急激かつ偶然な外来の事故による傷害の結果生じたものであることの主張・立証責任は原告被告のいずれに帰属するか。

2  被保険者であるXの死亡は、急激かつ偶然な外来の事故による傷害の結果生じたものか否か。

三  争点2についての原告の主張

1  当初の主張

Xは、平成八年四月二日午後四時ころ、千葉県八千代市□□団地三八号棟及び同団地三九号棟の一〇階連絡通路付近から何者かに突き落とされ、全身打撲により転落死した。

2  変更後の主張

Xがいかなる原因により死亡したものか、その具体的事実は判明しないが、自らの意思に基づいて転落死したのではなく、転落前に何らかの原因により心肺機能停止状態(死亡)となった後、何者かによって転落させられた。

第三  争点に対する判断

一  争点1(主張立証責任の帰属)について

傷害保険は、生命保険と異なり、被保険者の負傷・死亡自体が保険事故となるものではなく、いわゆる不慮の事故による被保険者の負傷・死亡が保険事故となるのであり、同保険事故が保険金請求権の発生要件の一つとなっているのであって、本件保険契約に適用される傷害保険普通保険約款一条一項及び五条一項においても、保険者は被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害による死亡に対して、死亡保険金等の保険金を支払う旨が規定されている(乙五)ことからいって、被保険者を死に至らしめた傷害が急激かつ偶然な外来の事故によるものであることは保険契約者である原告において主張立証すべきである。

二  争点2(保険事故の有無)について

1  Xが、平成八年四月二日午後四時ころ、千葉県八千代市村上団地三八号棟及び同団地三九号棟の一〇階連絡通路付近から何者かに突き落とされた事実は、これを認めるに足る証拠がない。

たしかに、証拠(甲九、一〇)によれば、Xは、常に持ち歩いていた鞄の中に、「Xに何か起きた時には、タイ、香港、韓国よりの依頼が考えられる。」との書き出しで、「万一の場合」の対応を長男に書き残したメモ(甲九)(以下「本件メモ」という。)を残していたことが認められる。また、長男が作成した陳述書(甲一〇)には、Xが自殺ではなく何者かに殺害された根拠として、①Xは、同人が死亡した平成八年四月二日の直前まで、本業である旅行業以外にも、嫁不足の状況にある農業中心の町である山形県河北町の農業従事者に、タイ農村部の女性を紹介し、結婚を斡旋するという新たな事業の企画に積極的に取り組んでいたこと、②原告には多額の借入金が残っており経営状態が悪かったが、これらの借入金の返済をするために自殺するのであればX自身自殺によっては保険金が支払われないことを十分承知していた筈であり、マンションからの飛降りという自殺的外形を伴う方法によっては自殺を図らなかつた筈であって、マンションからの転落という外形こそが自殺でないことを推認させること、更に、③Xは、生前、長男と話した際に、同人から、会社がとても苦しいならば破産手続をとればよいだろうと言われ、これに賛同していたことがあげられる旨の記載がある。

しかし、本件メモ(甲九)は、その内容が極めて抽象的であり、殺害される可能性を示唆する文書とはにわかに認めることができない。

また、長男が作成した陳述書(甲一〇)の記載についても、①原告が主張するXの新たな事業は、それが採算ベースに乗る現実的な事業であったか否か不明であり、原告自身認めている多額の借入金の返済や悪化した経営状況の改善に資する見込みの得られない事業であった可能性もあること、②長男と交わしたという破産手続に関する会話についても、却って、Xは原告の経営状況を苦にしていた状況が強く窺われることなどからいって、前掲各事情は、仮にその事情が認められるとしても、Xの死亡が他殺ないしは急激かつ偶然な外来の事故によることを推認させるに十分な事情とはいえない。

2  後になされた主張については、心肺機能停止状態(死亡)がいかなる原因による傷害によりもたらされたものかについての主張がない。従って、原告によってなすべき、Xの死亡が急激かつ偶然な外来の事故により生じた傷害によるものであることについての事実の主張がなされているとみることはできず、主張自体失当といわざるを得ない。

なお、医師作成の陳述書(甲五)には、Xは転落前に何らかの原因で心肺機能が停止またはそれに近い状態にあったとの記載部分があるが、右記載部分は反対趣旨の意見書(乙一九)に照らして採用できない。

第四  結論

よって、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福田剛久 裁判官小林元二 裁判官廣田泰士)

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