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東京地方裁判所 平成8年(ワ)18568号 判決 1998年3月11日

主文

一  被告は、原告に対し、金七一七万六〇〇〇円及びうち金四四八万八〇〇〇円に対する平成八年四月六日から、うち金一六三万二〇〇〇円に対する同年五月六日から、うち金一〇五万六〇〇〇円に対する平成九年八月二七日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項につき仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1及び5の事実は、当事者間に争いがない。請求原因3の事実のうち、被告が、これまでに、「イエローキャブ」の初版第三二刷を複製・頒布したことは当事者間に争いがなく、被告が、初版第三一刷は三〇〇〇部及び初版第三二刷は五〇〇〇部を複製・頒布したことは被告において明らかに争わないから自白したものとみなし、《証拠略》によれば、右初版第三二刷は、平成七年一一月九日までに複製・頒布されたことが認められる。

二  請求原因2について

1  請求原因2の事実のうち、平成三年一一月二八日、原告が被告に対し、「イエローキャブ」の出版権を設定し、被告がその複製・頒布を行い、被告が原告に対し、著作権使用料として一部一三二円を支払う旨及び同書の初版第一刷の二万部の著作権使用料に相当する二六四万円を平成四年三月五日に、初版第二刷の一万部の著作権使用料に相当する一三二万円を同年四月五日に支払う旨の約定があったことについては、当事者間に争いがない。

2  「イエローキャブ」の初版第三刷以降の著作権使用料の支払方法に関する約定について

(一)  前記争いのない事実、《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

平成三年三月、原告が大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したことをきっかけに、原告と被告代表者との間で、被告代表者の提示した題材で原告が海外で生活する日本人女性を取材して、それをもとに執筆した本を被告から出版する話がまとまり、原告は、「イエローキャブ」を執筆した。

原告は、これまでに四五冊以上の単行本を執筆し、それらの本は複数の出版社から出版されたが、被告から出版されたのは、「イエローキャブ」が最初であった。原告は、平成三年ころから作家等のマネージメントを行う株式会社ヒロプロダクション(以下「ヒロプロ」という。)に所属していたところ、イエローキャブ出版契約は、被告が著作権者名、書名並びに第一五条(贈呈部数等)及び第一六条(著作権使用料および支払方法・時期)の手書部分を記入した出版契約書(以下「本件契約書」という。)を用意したものに、ヒロプロの経理担当者が原告の記名押印をして取り交わされた。

本件契約書は、「イエローキャブ」の原稿を既に被告に引き渡した後で配本日である平成三年一二月一一日の直前である平成三年一一月二八日に作成されたものであり、被告代表者から著作権使用料の額についての減額の打診があったことから、原告の希望もあって作成された。

本件契約書は、日本書籍出版協会が作成した雛形を使用しているが、右雛形の第一六条の著作権使用料欄には「実売部数一部ごと」、「保証部数」、「保証金額」が、支払方法・時期欄には、「保証分の支払いについて」、「保証分を超えた分の実売部数報告と支払いについて」との定型書式の記載がされている。しかしながら、右雛形は「保証部数」を記入すれば実売部数方式(発行部数から返本部数を控除した数を基準にして著作権使用料を定める方式のことをいう。以下同じ。)、無記入ならば発行部数方式(発行部数を基準にして著作権使用料を定める方式のことをいう。以下同じ。)に使用できるものであった。

本件契約書においては、その第一六条において著作権使用料は実売部数一部ごと一三二円とすること、初版部数が二万部、保証部数が二万部、保証金額が二六四万円で、その支払方法・時期については、保証分については平成四年三月五日、保証分を超えた分の実売部数報告と支払については毎月五日に集計報告し、二か月後の五日に支払う旨記載されている。さらに、ただし書として、被告は速やかに一万部を増刷するものとし、その分の印税については、平成四年四月五日に支払う旨記入されている。

被告が右初版二万部を保証したのは、配本直前の平成三年一一月ころ、原告がテレビ、ラジオに出演したり、雑誌で取り上げられたりしたことから、被告側でも「イエローキャブ」は売れるものと思ったためである。ところが、ヒロプロが初版三万部にこだわったため、被告は、速やかに同書一万部を増刷し、その分の印税を平成四年四月五日に原告に対し支払う内容で契約を締結したものである。 原告がこれまで執筆した単行本でヒロプロがマネージメントをしたものの印税は、すべて発行部数方式で支払われており、本件契約書の作成に当たり、被告は、原告ないしヒロプロに対し、本件契約書の書式上の「実売部数」の意味についての説明はしていなかった。

(二)  前記争いのない事実、《証拠略》によれば、「イエローキャブ」は、初版第三二刷まで発行され、被告から原告に対し初版第三〇刷までの発行部数に相当する著作権使用料が支払われているが、第一回目は、本件契約書どおり平成四年三月五日に支払われたものの、二万部ではなく、三万部に一三二円(ただし、後に消費税四円分を加算し一部一三六円となる。)を乗じた額が支払われ、その後は第六回目の支払までは、毎月五日時点の発行部数を基準として、二か月後の五日又は六日にそれに相当する分が支払われ、第七回目から第一五回目の支払までは、毎月五日時点の発行部数を基準として、一か月後の五日又は七日にそれに相当する著作権使用料が支払われている。

また、《証拠略》によれば、被告は、原告ないしヒロプロに対し、実売部数を報告していなかったことが認められる。

さらに、《証拠略》によれば、一般には初版の発行部数より保証部数は少なく設定され、初版部数と保証部数が同一なのは極めて稀であることが認められる。

(三)  右認定事実によれば、本件契約書の第一六条において「実売部数」の用語が書式上用いられているものの、原告の主張した発行部数及びその支払日までが決定され、本件契約書においては初版の二万部にその後の増刷一万部を加えた三万部を保証部数と解したとしても、当該保証部数が発行部数と別のものとして特に意味を持たないこと、現実に原被告間では発行部数方式で著作権使用料が支払われていること、本来実売部数方式は著作権者にとって不利益なものであるにもかかわらず、その方式をとることについて被告から原告に対し説明がないこと及び前記第一六条に規定する実売部数についての報告が被告から原告に対しされていないことから、原告と被告の間で、「イエローキャブ」の著作権使用料については、発行部数方式を採用することで暗黙に合意したものであって、著作権使用料を発行部数一部ごとに一三二円とするとともに、初版第三刷以降の発行部数に相当する著作権使用料についても毎月五日に発行部数を集計報告して二か月後の五日に支払う旨の約定があったものと推認することができる。

(四)  なお、被告は、作家と出版契約を締結するに当たり、原則として、本件契約書の雛形を用いるとともに、本件契約書の第一六条の「実売部数」を発行部数から返本部数を控除した数の意味で用いてきた上、被告は、平成四年二月以降、「イエローキャブ」の発行部数から返本部数を控除した数を集計し、翌月にその範囲内で著作権使用料を支払っていた旨供述する。しかしながら、各支払日に支払われた著作権使用料については、三か月前の月末に集計した発行部数から返本部数を控除した数に単価を乗じた額に相当する著作権使用料を超過しており、前月末集計で翌月払をしていたとしても、平成五年三月は超過払となるなど、その支払額等において、実売部数との関連を認めることはできず、同年四月及び六月に支払われた著作権使用料については、被告はそれぞれの前月末に集計された発行部数から返本部数を控除した数を直ちに示すこともできない等証拠がない。

よって、前記認定を覆すに足りない。

三  請求原因4について

1  請求原因4の事実のうち、原告が被告に対し、「イエローキャブ2」の出版権を設定し、被告がその複製・頒布を行い、被告が原告に対し、著作権使用料として一部一三六円を支払う旨及び同書の初版第一刷の発行部数を四万五〇〇〇部とする旨約したことは、当事者間に争いがない。

2  「イエローキャブ2」の著作権使用料の支払方法に関する約定について

(一)  前記争いのない事実、《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

原告が先に執筆した「イエローキャブ」について、ニューヨークで生活する日本人女性に対する誤解を招くものであるとして、原告本人及び同書に対する抗議運動が起こったりしたことから、平成六年ころ、原告と被告代表者との間で、それらの誤解を解くとともに原告の真意を広く世に問うため、同書の続編として、原告がニューヨークなどで生活する日本人女性を再度取材して、それをもとにその実態について執筆した本を被告から出版する話がまとまり、原告が「イエローキャブ2」を執筆した。そして、平成七年一一月三〇日、「イエローキャブ2」の初版第一刷四万五〇〇〇部が被告から出版された。原告が執筆した本で被告から出版されたのは、同書が「イエローキャブ」に次いで二冊目であり、「イエローキャブ2」は「イエローキャブ」の続編であったので、原告と被告との間で、同書の著作権使用料を一部一三六円とするほか基本的な部分は、イエローキャブ出版契約に準じる旨口頭で約しただけで、出版契約書は作成されなかった。原告もヒロプロも、同書の出版に当たり、被告から実売部数方式によるとか保証部数をどの程度にするとか聞かされたこともなかった上、保証部数については取決めもしなかった。

また、ヒロプロの担当者の日沖美智子は、「イエローキャブ2」出版後の平成八年三月二七日、被告の担当者の佐藤千春と会い、「イエローキャブ2」の初版第一刷の著作権使用料について、発行部数方式によることを前提として、金四四八万八〇〇〇円を同年四月五日に、金一六三万二〇〇〇円を同年五月五日に支払ってくれるよう申し入れた。しかし、被告は、その後の原告からの度重なる請求に対しても、本件裁判になるまで、同書の著作権使用料について、実売部数方式によるという反論をしたことはなく、かつ実売部数による支払もされていない。

したがって、「イエローキャブ2」の著作権使用料については、「イエローキャブ」と同様に発行部数方式によることを前提としていたものと認められる。

(二)  被告は、「イエローキャブ2」を出版した当時、「イエローキャブ」の出版後四、五年も経過していたことから話題性に乏しく、ヒロプロの協力も得られないから、全国くまなく配本することで販売部数を伸ばそうと考え、返品覚悟で四万五〇〇〇部を発行したもので、異例の発行部数であって、右四万五〇〇〇部もの印税を保証するはずがない旨主張し、これに沿う被告代表者の供述も存する。しかしながら、前記争いのない事実及び《証拠略》によれば、「イエローキャブ」は、平成七年一一月まで増刷され、二七万二〇〇〇部が発行され、平成九年一一月二五日時点で約二六万二〇〇〇部もの部数が販売されていることからすれば、平成七年一一月三〇日の「イエローキャブ2」が発行される段階で、よく売れて三万部程度であって四万五〇〇〇部の販売が不可能であるとまで被告が予想していたものとは考え難く、右認定に反する被告代表者の供述は信用することができない。

また、被告は、保証部数を全く定めない場合でも実売部数方式の契約締約である場合もある旨主張し、右に沿う乙第一〇号証の一、二も存するが、乙第一一号証によるように、原則、実売部数方式では保証部数の取決めをし、保証部数の取決めをしない場合は発行部数方式の契約であることからすると、あえて保証部数の取決めをしないで実売部数方式を採用するのであれば、その不利益を著作権者に明確に説明するか、書面上明らかにするはずであって、本件のように何ら説明も書面のない場合に、保証部数を決めない実売部数方式の合意がされたものとは認められない。

(三)  以上の事実によれば、原告と被告との間で、「イエローキャブ2」の著作権使用料を発行部数一部ごとに一三六円とする旨の約定があったことが推認でき、初版第一刷の四万五〇〇〇部の著作権使用料に相当する六一二万円のうち、前記認定のヒロプロの日沖美智子が被告の佐藤千春に対し平成八年三月二七日請求したことに基づいて、四四八万八〇〇〇円については平成八年四月五日に、一六三万二〇〇〇円については同年五月五日に支払期限が到来したものと認めることができる。

四  結語

以上の事実によれば、原告の請求は、いずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 比佐和枝)

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