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東京地方裁判所 平成8年(ワ)19539号 判決 1998年11月20日

原告 モーリス・ベジャール

被告 株式会社コンサート・エージェンシー・ムジカ 外一名

主文

一  被告株式会社コンサート・エージェンシー・ムジカは、原告に対し、金九五万円及びこれに対する平成八年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社光藍社は、原告に対し、金九〇万円及びこれに対する平成七年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告に生じた費用の一〇分の八並びに被告株式会社コンサート・エージェンシー・ムジカ及び被告株式会社光藍社に生じた費用の各一〇分の九を原告の負担とし、原告に生じた費用の一〇分の一及び被告株式会社コンサート・エージェンシー・ムジカに生じた費用の一〇分の一を被告株式会社コンサート・エージェンシー・ムジカの負担とし、原告に生じた費用の一〇分の一及び被告株式会社光藍社に生じた費用の一〇分の一を被告株式会社光藍社の負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告株式会社コンサート・エージェンシー・ムジカは、原告に対し、金一〇三七万八〇七一円及びこれに対する平成八年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告株式会社光藍社は、原告に対し、金二四四〇万八四三三円及びこれに対する平成七年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告株式会社コンサート・エージェンシー・ムジカは、その費用をもって、原告のために、別紙謝罪広告目録一1の謝罪広告文を同目録一2の掲載条件により一回掲載せよ。

4  被告株式会社光藍社は、その費用をもって、原告のために、別紙謝罪広告目録二1の謝罪広告文を同目録二2の掲載条件により一回掲載せよ。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  第1項及び第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、フランス国籍を有し、スイスに在住する振付家である。

(二) 被告株式会社コンサート・エージェンシー・ムジカ(以下「被告ムジカ」という。)は、音楽著作権の管理、邦人音楽家のマネージメント及び海外からの音楽家の招聘などを業とする会社である。

(三) 被告株式会社光藍社(以下「被告光藍社」という。)は、コンサート、演劇、演芸の企画、制作及びその興行の仲介斡旋などを業とする会社である。

2  原告の著作権及び著作者人格権

原告は、次のバレエ作品の振付けを行い、これらを著作したものであり、これらのバレエ作品の著作権及び著作者人格権は、原告が有する。

<1> 作品名 アダージェット

音楽 グスタフ・マーラー作曲「交響曲第五番・第四楽章」

初演時期 昭和五七年(一九八二年)

初演者 二十世紀バレエ団

(以下、右作品を「第一作品」という。)

<2> 作品名 我々のファウスト

音楽 ヨハン・セバスチャン・バッハ作曲「ミサ曲ロ短調」

アルゼンチンタンゴ

初演時期 昭和五〇年(一九七五年)

初演者 二十世紀バレエ団

(以下、右作品を「第二作品」といい、第一作品及び第二作品をまとめて「本件作品」という。)

3  被告ムジカ関係

(一) 不法行為の事実

(1) <1> 被告ムジカは、キーロフバレエ団(ロシア共和国サンクトペテルブルグ、マリンスキー劇場)を招聘し、平成八年七月二七日から平成八年八月六日にかけて、東京のオーチャードホールにおいて、キーロフバレエ団日本公演を、主催し、実施した。

<2> 右の公演のうち、平成八年八月一日に行われた「スペシャル・ガラ ファルフ・ルジマートフ」において、キーロフバレエ団のダンサーであり副芸術監督でもあるファルフ・ルジマートフ(以下「ルジマートフ」という。)が、原告の許諾を受けることなく、第一作品を演じた(以下、この上演を「上演A」という。)。

<3> また、右<1>の公演のうち、平成八年八月二日に行われた「スペシャル・ガラ キーロフの名華たち」において、キーロフバレエ団のダンサーであるマヤ・ドゥムチェンコ及びアンドレイ・G・ヤコヴレフが、原告の許諾を受けることなく、第二作品を演じた(以下、この上演を「上演B」という。)。

(2)  舞踊の著作物の上演については、実際に舞踊を演じたダンサーに限られず、当該上演を管理し、当該上演による営業上の利益を収受する者も、上演の主体である。被告ムジカは、上演A及びBを含むキーロフバレエ団日本公演を管理し、右公演による営業上の利益を収受していたから、被告ムジカは、上演A及びBの主体である。

(二) 故意又は過失

被告ムジカは、故意又は過失により、原告の許諾を受けることなく上演Aにおいて第一作品を上演し、上演Bにおいて第二作品を上演した。

(三) 著作財産権の侵害

(1)  上演Aにより、原告が第一作品に対して有する上演権が侵害され、上演Bにより、原告が第二作品に対して有する上演権が侵害された。

(2)  右(一)(1) <2>、<3>の各公演の入場料は、S席一万四〇〇〇円、A席一万二〇〇〇円、B席九〇〇〇円、C席七〇〇〇円、D席五〇〇〇円であり、公演が行われたオーチャードホールの客席数は、S席一〇一〇席、A席六二六席、B席二七六席、D席九六席であるから、各席の入場料に各客席数を乗じた入場料の総額は、公演一回当たり二五六一万円である。

公演一回の利益率は三〇パーセントであるから、被告ムジカが公演により得た利益の額は、公演一回当たり、二五六一万円の三〇パーセントに当たる七六八万三〇〇〇円である。

右(一)(1) <2>の公演においては、第一作品を含めて合計六作品が上演されたので、上演Aにより被告ムジカが得た利益は、公演一回当たりの利益の額である七六八万三〇〇〇円を合計作品数である六で除した一二八万〇五〇〇円である。

右(一)(1) <3>の公演においては、第二作品を含めて合計七作品が上演されたので、上演Bにより被告ムジカが得た利益は、公演一回当たりの利益の額である七六八万三〇〇〇円を合計作品数である七で除した一〇九万七五七一円である。

したがって、上演A及びBにより被告ムジカが得た利益の額は、右一二八万〇五〇〇円と一〇九万七五七一円の合計である二三七万八〇七一円であり、右金額が、被告ムジカの上演Aによる第一作品の上演権の侵害及び上演Bによる第二作品の上演権侵害により原告が受けた損害の額と推定される。

(3)  原告は、被告ムジカの上演Aによる第一作品の上演権の侵害及び上演Bによる第二作品の上演権の侵害によって著しい精神的損害を被っており、右精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は、四〇〇万円を下らない。

(四) 著作者人格権の侵害

(1)  被告ムジカは、上演A及びBに当たり、その振付けが原告によるものであることを故意に明示しなかったから、これにより、原告が第一作品及び第二作品に対して有する氏名表示権が侵害された。

(2)  原告は、被告ムジカによる氏名表示権の侵害により著しい精神的苦痛を被っており、右精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は、四〇〇万円を下らない。

(3)  原告は、被告ムジカによる氏名表示権の侵害により名誉又は声望を害されたから、著作者の名誉又は声望を回復するための適当な措置として、被告ムジカの費用をもって、別紙謝罪広告目録一1の謝罪広告文を同目録一2の掲載条件により一回掲載する必要がある。

4  被告光藍社関係

(一) 不法行為の事実

(1) <1> 被告光藍社は、ルジマートフを招聘し、「ルジマトフのすべて九五」と題し、ルジマートフの演技を中心とする公演を次のとおり主催し、実施した。

ア 平成七年七月二六日

演目 「ルジマトフのすべて・Aプロ」

会場 東京 新宿文化センター

イ 同月二七日

演目 「ルジマトフのすべて・Aプロ」

会場 東京 新宿文化センター

ウ 同月二九日

演目 「ルジマトフのすべて・Bプロ」

会場 東京 新宿文化センター

エ 同月三〇日

演目 「ルジマトフのすべて・Bプロ」

会場 神奈川県民ホール

オ 平成七年八月一日

演目 「ルジマトフのすべて・Aプロ」

会場 大阪フェスティバルホール

<2> 右アないしオの公演のすべてにおいて、ルジマートフは、原告の許諾を受けることなく、第一作品を演じた(以下、ルジマートフによる右アの公演における第一作品の上演を「上演C」といい、右イの公演における第一作品の上演を「上演D」といい、右ウの公演における第一作品の上演を「上演E」といい、右エの公演における第一作品の上演を「上演F」といい、右オの公演における第一作品の上演を「上演G」という。)。

(2)  前記3(一)(2) のとおり、舞踊の著作物の上演については、実際に舞踊を演じたダンサーに限られず、当該上演を管理し、当該上演による営業上の利益を収受する者も、上演の主体である。被告光藍社は、上演CないしGを含む「ルジマトフのすべて九五」と題する公演を管理し、右公演による営業上の利益を収受していたから、被告光藍社も、上演CないしGの主体である。

(二) 故意又は過失

被告光藍社は、故意又は過失により、原告の許諾を受けることなく上演CないしGにおいて、第一作品を上演した。

(三) 著作財産権の侵害

(1)  上演CないしGにより、原告が第一作品に対して有する上演権が侵害された。

(2)  被告光藍社によって行われた右(一)(1) <1>アないしウの公演の入場料は、S席一万五〇〇〇円、A席一万二〇〇〇円、B席九〇〇〇円、C席七〇〇〇円、D席五〇〇〇円である。右アないしウの公演が行われた新宿文化センターの客席数は、S席八九四席、A席六三四席、B席一四四席、C席八四席、D席四六席であるから、各席の入場料に各客席数を乗じた入場料の総額は、公演一回当たり二三一三万二〇〇〇円であり、右アないしウの公演の入場料の総額は、公演三回分の六九三九万六〇〇〇円である。右エの公演が行われた神奈川県民ホールは、S席一一二六席、A席五七三席、B席三二四席、C席二八二席、D席一二八席であるから、各席の入場料に各客席数を乗じた入場料の総額は、二九二九万六〇〇〇円である。右オの公演が行われた大阪フェスティバルホールは、S席一二七七席、A席八一八席、B席二九〇席、C席一八〇席、D席一四四席であるから、各席の入場料に各客席数を乗じた入場料の総額は、三三五六万一〇〇〇円である。右アないしオの公演の入場料の合計額は、右六九三九万六〇〇〇円、二九二九万六〇〇〇円及び三三五六万一〇〇〇円の合計である一億三二二五万三〇〇〇円である。

公演一回の利益率は三〇パーセントであるから、被告光藍社が右アないしオの公演により得た利益の額は、入場料の合計額である一億三二二五万三〇〇〇円の三〇パーセントに当たる三九六七万五九〇〇円である。

右アないしオの公演においては、いずれも第一作品を含めて合計九作品が上演されたので、上演CないしGにより被告光藍社が得た利益は、右アないしオの公演により得た利益の額である三九六七万五九〇〇円を合計作品数である九で除した四四〇万八四三三円である。

したがって、上演CないしGにより被告光藍社が得た利益の額である四四〇万八四三三円が、被告光藍社の上演CないしGによる第一作品の上演権侵害により原告が受けた損害の額と推定される。

(3)  原告は、被告光藍社の上演CないしGによる第一作品の上演権の侵害によって著しい精神的損害を被っており、右精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は、一〇〇〇万円を下らない。

(四) 著作者人格権の侵害

(1)  被告光藍社は、上演CないしGにより、原告が第一作品に対して有する著作者人格権を侵害した。

(2)  原告は、被告光藍社による著作者人格権の侵害により著しい精神的苦痛を被っており、右精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は、一〇〇〇万円を下らない。

(3)  原告は、被告光藍社による著作者人格権の侵害により名誉又は声望を害されたから、著作者の名誉又は声望を回復するための適当な措置として、被告光藍社の費用をもって、別紙謝罪広告目録二1の謝罪広告文を同目録二2の掲載条件により一回掲載する必要がある。

5  よって、原告は、被告ムジカに対し、不法行為に基づく損害賠償として、上演権侵害による財産的損害二三七万八〇七一円、上演権侵害による慰謝料四〇〇万円及び氏名表示権侵害による慰謝料四〇〇万円の合計一〇三七万八〇七一円並びにこれに対する不法行為の後である平成八年九月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、著作者の名誉又は声望を回復するための適当な措置として、別紙謝罪広告目録一1の謝罪広告文を同目録一2の掲載条件により一回掲載することを求める。また、被告光藍社に対し、不法行為に基づく損害賠償として、上演権侵害による財産的損害四四〇万八四三三円、上演権侵害による慰謝料一〇〇〇万円及び著作者人格権侵害による慰謝料一〇〇〇万円の合計二四四〇万八四三三円並びにこれに対する不法行為の後である平成七年九月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、著作者の名誉又は声望を回復するための適当な措置として、別紙謝罪広告目録二1の謝罪広告文を同目録二2の掲載条件により一回掲載することを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告ムジカ)

1(一) 請求原因1(一)の事実は不知。

(二) 同1(二)の事実は認める。

2 同2の事実は不知。

3(一)(1) <1> 同3(一)(1) <1>の事実は認める。ただし、キーロフバレエ団日本公演は、テレビ東京と共同で主催、実施したものである。

<2> 同3(一)(1) <2>の事実のうち、平成八年八月一日にキーロフバレエ団日本公演として「スペシャル・ガラファルフ・ルジマートフ」が行われたこと、ルジマートフがキーロフバレエ団のダンサーであり副芸術監督であること、同人が出演したことは認め、その余は不知。

<3> 同3(一)(1) <3>の事実のうち、平成八年八月二日にキーロフバレエ団日本公演として「スペシャル・ガラキーロフの名華たち」が行われたこと、マャ・ドゥムチェンコ及びアンドレイ・G・ヤコヴレフがキーロフバレエ団のダンサーであること、同人らが出演したことは認め、その余は不知。

(2)  同3(一)(2) の事実は否認する。

被告ムジカは、テレビ東京と共同でキーロフバレエ団日本公演を企画し、主催、実施したが、公演のスケジュール、演目、キャスト等の公演内容は、すべてキーロフバレエ団が決定しており、被告はその決定に介入する余地がなかったから、被告ムジカには、本件公演に対する支配可能性はなかった。したがって、被告ムジカは、上演の主体ではなく、著作権又は著作者人格権の侵害行為の主体ではない。

(二) 同3(二)の事実は否認する。

(1) <1> 本件公演の演目の決定については、次のような経緯があった。

キーロフバレエ団のソーニャ・ヤドチェンコ(以下「ヤドチェンコ」という。)は、被告ムジカに対し、平成八年六月一四日、本件公演の演目をファクシミリで送信したが、その一部として、「マーラー」と「ベジャール『我々のファウスト』」(第二作品)が記載されていた。

被告ムジカは、同月一七日、キーロフバレエ団に対し、ファクシミリにより、右「マーラー」の作品の詳細な説明を求め、第二作品について原告から上演許可を取っているか否かを照会した。

キーロフバレエ団のゼネラルマネージャーであるジョン・クリプトン(以下「クリプトン」という。)は、同月一八日、被告ムジカに対し、ファクシミリにより、「マーラー」は原告の振付けによる作品であること、クリプトンからキーロフバレエ団に対し、原告の作品の上演権について説明を求めることを回答した。

被告ムジカは、同日、クリプトンに対し、ファクシミリにより、原告の作品は上演許可を得られないので、予定されている「マーラー」と第二作品を削除し、別の作品に差し替えることを求めた。

クリプトンは、被告ムジカに対し、同年七月一〇日、ファクシミリにより、原告の日本における代理人である佐々木忠次が、原告の作品を上演することを明確に拒否したので、クリプトンからキーロフバレエ団の監督であるヴァジーエフとルジマートフに対し、「マーラー」と第二作品に代わる作品を上演するよう要求することを伝えた。

<2> このように、被告ムジカは、キーロフバレエ団に対し、本件作品を上演しないように要求し、またキーロフバレエ団のゼネラルマネージャーであるクリプトンも、本件作品を上演しないようキーロフバレエ団の監督であるヴァジーエフとルジマートフに要求することを伝えてきたのであるから、被告ムジカが、キーロフバレエ団が本件作品を上演しないと確信したことには十分合理的な理由があった。

(2)  右(1) の事実によれば、被告ムジカが、本件作品が演じられることを予見又は回避することは不可能であり、被告ムジカには過失はなかった。

(三)(1)  同3(三)(1) の主張は争う。

(2)  同3(三)(2) のうち、被告ムジカによって平成八年八月一日に行われた「スペシャル・ガラ ファルフ・ルジマートフ」及び同月二日に行われた「スペシャル・ガラ キーロフの名華たち」の入場料が、S席一万四〇〇〇円、A席一万二〇〇〇円、B席九〇〇〇円、C席七〇〇〇円、D席五〇〇〇円であったこと、同月一日に行われた「スペシャル・ガラ ファルフ・ルジマートフ」の公演において合計六作品が上演されたこと、同月二日に行われた「スペシャル・ガラ キーロフの名華たち」の公演において合計七作品が上演されたことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

被告ムジカは、キーロフバレエ団日本公演を行うために二億三五一三万〇四六〇円を支出し、その他に従業員に対する給料等の経費がかかったから、被告ムジカは、キーロフバレエ団日本公演により利益を得ていない。

(3)  同3(三)(3) の事実は否認し、主張は争う。

(四) 同3(四)(1) ないし(3) の事実は否認し、主張は争う。

(被告光藍社)

1(一) 請求原因1(一)の事実のうち、原告が振付家であることは認め、その余は不知。

(二) 同1(三)の事実は認める。

2 同2の事実は不知。

原告は、第一作品を特定するために、単に作品名、使用音楽名、初演時期、初演者を示すのみであるが、これでは、原告著作物を特定したとはいえない。

3(一)(1) <1> 同4(一)(1) <1>の事実のうち、被告光藍社が、ルジマートフを招聘し、「ルジマトフのすべて九五」と題し、ルジマートフの演技を中心とする公演をアないしウのとおり主催し、実施したことは認め、その余は否認する。

被告光藍社は、当初、エ及びオの公演について被告光藍社が主催し実施したことを認める旨の認否をしたが、右自白は事実に反し、錯誤に基づくものであるから、撤回する。

<2> 同4(一)(1) <2>の事実のうち、ルジマートフが出演したことは認め、その余は否認する。

原告は、侵害行為と主張するルジマートフの実演を特定したとはいえない。

(2)  同4(一)(2) の事実は否認する。

本件において実際に上演したのはルジマートフであり、演目を決めたのは、サンクトペテルブルク対外経済中小企業協会(以下「中小企業協会」という。)であり、被告光藍社は、演目の選定に関与していないし、第一作品を集客活動にも利用していないから、第一作品の上演の主体ではなく、その著作権又は著作者人格権の侵害行為の主体ではない。

(二) 同4(二)の事実は否認する。

舞踊の著作物について、上演の許諾を著作権者から得るべき者は、上演する演目を決定するダンサー、バレエ団等であるとするのが世界的な慣行であり、本件において上演の許諾を得るべき者は、ルジマートフ、中小企業協会である。また、被告光藍社は、中小企業協会との間で、上演する演目の決定は、ルジマートフと中小企業協会が行うこと、著作権処理が必要なものは中小企業協会が処理し、著作権に関する紛争を予防する措置を講じることを合意していた。したがって、被告光藍社は、著作権者から上演の許諾を得ているかどうかを知り得ない立場にあり、単に上演する場所を確保し、チケットを販売したに過ぎない。

中小企業協会から被告光藍社に事前に知らされていたプログラムには第一作品は記載されておらず、被告光藍社は、公演初日の前日のゲネプロの日である平成七年七月二五日に、ルジマートフが「アダージェット」を演じることを中小企業協会から知らされ、右協会の指示に従って日本語版のプログラムを作成し、来場者に配布したに過ぎない。しかも、ルジマートフ及び中小企業協会の担当者は、「アダージェット」はルジマートフの作品であり第一作品とは別の作品であると言っていた。

被告光藍社は、同月二八日、モーリス・ベジャール著作権アジア圏代理人と称する財団法人日本舞台芸術振興会(以下「NBS」という。)から、「ルジマトフのすべて九五」と題する公演において原告に無断で第一作品を上演している場合には法的措置を取る旨の警告のファクシミリを受けたが、これについて中小企業協会の訪日責任者に問い合わせたところ、全く問題はないと回答され、NBSには中小企業協会から直接回答すると言われ、中小企業協会の会長であるグズネツオクは、同月三〇日、NBSに対し、ファクシミリにより、ルジマートフがマーラーの音楽を使ってベジャールのアダージョットを演じたと認めるわけにはいかない旨回答した。

したがって、被告光藍社には過失はない。

(三)(1)  同4(三)(1) の主張は争う。

(2)  同4(三)(2) のうち、同4(一)(1) <1>アないしオの公演の入場料が、S席一万五〇〇〇円、A席一万二〇〇〇円、B席九〇〇〇円、C席七〇〇〇円、D席五〇〇〇円であったことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

被告光藍社は、「アダージェット」が演じられることを告げてチケットを販売したことはないから、ルジマートフが「アダージェット」を演じたことと被告光藍社が公演から利益を得たこととの間には相当因果関係がない。

(3)  同4(三)(3) の事実は否認し、主張は争う。

(四) 同4(四)(1) ないし(3) の事実は否認し、主張は争う。

三  自白の撤回に対する原告の陳述

被告光藍社による請求原因4(一)(1) <1>の事実についての自白の撤回には異議がある。

請求原因4(一)(1) <1>エ及びオの公演は、公演を企画した者が、文化事業を行う者に対し、一回当たりの単価を定めて当該公演を販売する「売り公演」といわれるものである。「売り公演」を買い受けた神奈川芸術協会、フェスティバルホールは、入場券の形式的な発行主体となるが、上演の管理は被告光藍社が行い、利益は被告光藍社に帰属するから、上演権の侵害主体は被告光藍社である。

理由

一  当事者

1  原告と被告光藍社との間においては、原告が振付家であることは争いがない。甲第一号証、第三〇号証及び弁論の全趣旨によると、原告がフランス国籍を有し、スイスに在住する振付家であることが認められる。

2  原告と被告ムジカとの間においては、被告ムジカが音楽著作権の管理、邦人音楽家のマネージメント及び海外からの音楽家の招聘などを業とする会社であることは争いがない。

3  原告と被告光藍社との間においては、被告光藍社がコンサート、演劇、演芸の企画、制作及びその興行の仲介斡旋などを業とする会社であることは争いがない。

二  原告の著作権及び著作者人格権

甲第二号証の一、二、第三〇号証、第三三号証及び弁論の全趣旨によると、原告は、第一作品及び第二作品の振付けを行い、これらを著作したものと認められるから、これらのバレエ作品の著作権及び著作者人格権は原告が有するものと認められる。

被告光藍社は、第一作品及び第二作品が特定されていないと主張するが、右証拠によると、請求原因(前記第二の一2)記載の作品名、音楽、初演時期、初演者により、一つのバレエ作品を特定することができるものと認められるから、第一作品及び第二作品は、それぞれ特定されているものと認められる。なお、後記三1(一)(3) (別紙(二)a)のとおり、第一作品の冒頭部分については、ダンサーが舞台に置かれた椅子に座っている状態から演技が開始される場合とダンサーが舞台に置かれた椅子の後方から椅子に歩み寄り、着ていた上着を椅子に掛けることから演技が開始される場合があるが、この程度の冒頭部分の違いがあるからといってそれぞれが別の作品であるとまでいうことはできず、それらを含めて第一作品であるということができる。

三  被告ムジカ関係

1  不法行為の事実

(一)(1)  被告ムジカがキーロフバレエ団(ロシア共和国サンクトペテルブルグ、マリンスキー劇場)を招聘し、平成八年七月二七日から平成八年八月六日にかけて、東京のオーチャードホールにおいて、キーロフバレエ団日本公演を、主催し、実施したことは、当事者間に争いがない。

乙第五四号証の一の一、二、同号証の二の一、二及び弁論の全趣旨によると、右のキーロフバレエ団日本公演は、被告ムジカがテレビ東京と共同で主催、実施したことが認められる。

(2) 平成八年八月一日にキーロフバレエ団日本公演として「スペシャル・ガラ ファルフ・ルジマートフ」が行われたこと、ルジマートフがキーロフバレエ団のダンサーであり副芸術監督であること、同人が出演したこと、平成八年八月二日にキーロフバレエ団日本公演として「スペシャル・ガラ キーロフの名華たち」が行われたこと、マヤ・ドゥムチェンコ及びアンドレイ・G・ヤコヴレフがキーロフバレエ団のダンサーであること、同人らが出演したことは、当事者間に争いがない。

右争いがない事実に、甲第一六号証の一、二、第一七号証の一ないし四、第一九号証、第二〇号証の一、二、乙第一ないし第五号証及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

<1> キーロフバレエ団のヤドチェンコは、被告ムジカ代表者に宛て、平成八年六月一四日、キーロフバレエ団日本公演の演目をファクシミリで送付したが、その一部として、「マーラー」と「ベジャール『我々のファウスト』」が記載されていた。

<2> 被告ムジカ代表者は、同月一七日、ヤドチェンコに宛て、右「マーラー」について、「この作品の詳細を至急お知らせ下さい。」と記載し、「我々のファウスト」について、「ベジャールの作品を上演する場合の問題については私達皆がよくわかっています。どうか、この作品を上演するために団がベジャール氏から許可を取ったのかどうか教えて下さい。もしベジャール氏から何か書面による同意があれば、至急その写しをファックスして下さい。」と記載した書面をファクシミリで送付した。

<3> キーロフバレエ団のゼネラルマネージャーであるクリプトンは、同月一八日、被告ムジカに対し、右「マーラー」について、「ルジマートフが踊るソロ『マーラー』は、『詩人の死によせて』という題名で、音楽がグスタフ・マーラー、振付はモーリス・ベジャールです。これは確か4~5分の短い作品です。」と記載し、「ベジャールの作品については、私からもキーロフに対して上演権について質問をしておきます。」と記載した書面をファクシミリで送付した。

<4> 被告ムジカ代表者は、同日、クリプトンに対し、八月一日の演目のうち「ベジャールによる『マーラー』ルジマートフ」及び八月二日の演目のうち「ベジャールによる『我々のファウスト』ドゥムチェンコA.G.ヤコヴレフ」に下線を引き、「下線をひいた演目を下記のように変更していただきたいのです。」、「ベジャールの作品は公演許可を得ることができないので削除されなければなりません。なぜならマーラーはファルフと振り付け師の間のいざこざの原因と言われ、この話は日本のバレエ界では大変よく知られています。自分自身のことを『アジアにおけるベジャールの代表』と呼んでいるある人がいて、彼はエッセイの中でファルフは振り付け師の作品をだめにした嘘付き者だと書いています。許可を得られるチャンスはほとんどありません。ですから、ガラ1のマーラーとガラ2の我々のファウストは何か他の作品と差し替えなければなりません。」と記載し、「変更したプログラムを下記に記します。」として、八月一日の演目に「『マーラー』の差し替えとしてファルフの新しい作品」、八月二日の演目に「ベジャールによる『我々のファウスト』の差し替えとして新作」と記載し、更に「ファルフと話し合って至急ベジャールの作品に代わる作品を提案して下さい。というのはファルフもキーロフもこの振り付け師の作品を決して上演することはできないからです。この件に関して裁判沙汰になるのはいやですから。私の立場をご理解いただけると信じています。引き続きお力をお貸し下さいますよう、そしてこのガラ・プログラムの問題が早急に解決されることを願っています。」と記載した書面をファクシミリで送付した。

<5> クリプトンは、同年六月二六日、NBSの佐々木忠次に対し、キーロフバレエ団日本公演において原告の「詩人の死によせて」(グスタフ・マーラーの音楽)と「我々のファウスト」の二作品の公演が考慮されており、著作権使用料に関してどのような手続を取ればよいか教えてほしい旨を記載した書面をファクシミリで送付し、同様の文面の書面をファクシミリで被告ムジカ代表者にも送付した。

<6> 佐々木は、同年七月三日、クリプトンに対し、原告がそのいかなる作品についてもルジマートフが踊ることに許可を与える意思を有していない旨を記載した書面をファクシミリで送付した。

<7> クリプトンは、同日、佐々木に対し、「モーリス・ベジャール氏の作品許可に関するファックス拝受いたしました。ベジャール氏がルジマートフ氏に『詩人の死によせて』(マーラー)を含むいかなる作品も許可する意図がないことは、あなたのファックスから明確にわかりました。私の先日のファックスで言及した二つめの作品、『我々のファウスト』についてですが、この作品はルジマートフ氏ではなく、キーロフの二人の別のダンサーによって上演することを意図しております。ベジャール氏の言明は、キーロフ・バレエ全体に及ぶものでしょうか。時間がせまっていますので、今回の我々の日本公演のためにこの作品をレパートリーに含めるために必要な手続きをお知らせください。」と記載した書面をファクシミリで送付し、同様の文面の書面をファクシミリで被告ムジカ代表者にも送付した。

<8> 佐々木は、同月四日、クリプトンに対し、原告は、そのいかなる作品も芸術的な理由でその作品にふさわしいと思ったダンサーにしか踊る許可を与えておらず、また、一度踊ったことがあるダンサー等でも最終公演から六か月を経過した場合、再リハーサルをして作品のレベルを保つのが普通であるが、原告がこれからそのような時間を取るのは不可能であり、キーロフバレエ団もロシアを代表するバレエ団であり、芸術家としての原告の意図を理解するものと確信している旨を記載した書面をファクシミリで送付した。

<9> クリプトンは、佐々木に対し、同日、「先日のファックスでお知らせした作品『我々のファウスト』についてですが、ベジャール氏はこの特定の作品については、過去二か月か三か月の間にペテルブルクで少し時間をさいていたと思います。ですから、この作品はリハーサルが行き届いており、上演できる状態にあると確信いたします。どうかこの点をご確認の上、すべてが満たされているならば、来る日本公演において我々のレパートリーにこの作品を含めるために必要な手続きをお知らせ下さい。」と記載した書面をファクシミリで送付し、同様の文面の書面をファクシミリで被告ムジカ代表者にも送付した。

<10> 佐々木は、同月九日、クリプトンに対し、原告は、原告の作品をキーロフバレエ団日本公演で上演することを認めない旨を記載した書面をファクシミリで送付した。

<11> クリプトンは、同月一〇日、被告ムジカ代表者に対し、「本日、私は佐々木氏からファックスを受け取りましたが、そのファックスのなかで佐々木氏は、ベジャールの作品の上演について可能性はないと明確に否定しています。ヴァジーエフとルジマートフには、別の方法を取るように引き続き頼んでおきます。」と記載した書面をファクシミリで送付した。

しかし、キーロフバレエ団から、被告ムジカに対して、原告作品に代わる演目が具体的に示されることはなかった。

<12> 佐々木は、同年八月一日、ヴァジーエフに対し、「七月二三日付けファクシミリでもお伝えしましたように、ルジマートフ氏が六月、イスラエル・フェスティバルで『アダージェット』を無断で踊ったことがフェスティバル側により確認されました。今回の日本ツアーでは、こうした無許可上演はしないものと確信しておりますが、キーロフ・バレエもファルーフ・ルジマートフ氏も、ベジャール氏のいかなる作品も踊ることは許されていないことを、再度明確に、申し上げたいと思います。」と記載した書面をファクシミリで送付し、同様の文面の書面をファクシミリで被告ムジカ代表者にも送付した。

<13> 同年八月一日にキーロフバレエ団日本公演として「スペシャル・ガラ ファルフ・ルジマートフ」が行われ、キーロフバレエ団のダンサーであり副芸術監督であるルジマートフが出演した。右「スペシャル・ガラ ファルフ・ルジマートフ」のプログラムには、「ルジマートフによるソロ」という演目があり、他の演目については振付者が記載されているのに対し、右についてのみ振付者が記載されていなかった。ルジマートフは、右「ルジマートフによるソロ」という演目において、グスタフ・マーラー作曲「交響曲第五番・第四楽章」を用いたバレエ作品を演じた。

また、同月二日にキーロフバレエ団日本公演として「スペシャル・ガラ キーロフの名華たち」が行われた。右「スペシャル・ガラ キーロフの名華たち」のプログラムには、「我々のファウスト パ・ド・ドゥ」という演目があり、他の演目については振付者が記載されているのに対し、右についてのみ振付者が記載されていなかった。キーロフバレエ団のダンサーであるマヤ・ドゥムチェンコ及びアンドレイ・G・ヤコヴレフが、右「我々のファウスト パ・ド・ドゥ」という演目を演じた。

右プログラムの記載は、クリプトンの指示に基づいて被告ムジカが行ったものであった。

(3) 弁論の全趣旨によると、検甲第一号証は、ジョルジュ・ドンが、平成二年三月一五日又は同年四月二六日に東京文化会館において演じた第一作品を収録したものであること、検甲第三号証は、ルジマートフが平成九年一月にロシアで演じた上演を収録したものであることが認められるところ、甲第三一号証、検証の結果及び弁論の全趣旨によると、検甲第一号証と検甲第三号証の各舞踊は、動作の基本的な推移を同じくするものであり、別紙写真目録一のとおり、特徴的な姿勢を同じくするものであると認められる。

もっとも、検甲第一号証と検甲第三号証の各舞踊には、別紙(一)のアないしヌのような違いが存する(具体的態様は、別紙写真目録二のとおりである。)。しかし、甲第三〇号証、第三一号証、乙第六号証、検証の結果及び弁論の全趣旨によると、別紙(二)のとおり、右アの違いは、検甲第三号証の作品が第一作品ではないことを裏付けるものではなく、右イないしヌの違いは、一連の基本的に同じ動作の中でその一部分が一方に存するが他方に存しないことによる違いや一連の基本的に同じ動作の中での瞬間的な姿勢の違いなどであり、右の違いが存在したとしても、検甲第三号証と第一作品の舞踊としての同一性が妨げられるものではないというべきである。

また、弁論の全趣旨によると、検甲第二号証は、原告の指導の下で演じられた第二作品を収録したものであること、検甲第五号証は、マヤ・ドゥムチェンコ及びアンドレイ・G・ヤコヴレフが演じた公演をロシアのサンクト・ペテルブルグ・チャンネルが放映したものを収録したものであることが認められるところ、検証の結果及び弁論の全趣旨によると、検甲第二号証と検甲第五号証の各舞踊は、ほとんど同じものであると認められる。

(4) 右(2) (3) 認定の事実に、被告ムジカは、「スペシャル・ガラ ファルフ・ルジマートフ」において、ルジマートフが、第一作品とは別の作品を演じたこと、「スペシャル・ガラ キーロフの名華たち」において、マヤ・ドゥムチェンコ及びアンドレイ・G・ヤコヴレフが、第二作品とは別の作品を演じたことについて、別紙(一)のアないしヌの違いについて主張するほかは、特に積極的な主張立証を行っていないことを総合すると、右「スペシャル・ガラ ファルフ・ルジマートフ」において、ルジマートフが、第一作品を演じたこと(上演A)、右「スペシャル・ガラ キーロフの名華たち」において、マヤ・ドゥムチェンコ及びアンドレイ・G・ヤコヴレフが、第二作品を演じたこと(上演B)が認められる。そして、右(2) 認定の事実に甲第一五号証の一、二、第一八号証、第三二号証、第三三号証及び弁論の全趣旨を総合すると、右各上演については原告の許諾を得ていなかったものと認められる。

(二)(1)  舞踊の著作物の上演の主体は、実際に舞踊を演じたダンサーに限られず、当該上演を管理し、当該上演による営業上の利益を収受する者も、舞踊の著作物の上演の主体であり、著作権又は著作者人格権の侵害の主体となり得るというべきである。

(2) 被告ムジカがキーロフバレエ団日本公演を主催し、実施したことは、当事者間に争いがない。乙第七号証、第九号証、第一〇号証の一、二、第一一ないし第一八号証、第一九号証の一ないし四、第二〇ないし第五三号証、第五四号証の一の二、同号証の二の二及び弁論の全趣旨によると、被告ムジカは、キーロフバレエ団日本公演のパンフレットにテレビ東京と共に主催者として記載されていること、被告ムジカは、キーロフバレエ団日本公演の上演会場、上演日時、入場料金等を決定し、舞台装置の運送及び設置、出演者の移動及び宿泊、会場及び楽屋の用意、宣伝及び広告等の手配を行い、その費用を負担したこと、被告ムジカは、キーロフバレエ団日本公演のチケットの販売による売上げを取得し、キーロフバレエ団に対し、右公演の報酬を支払ったこと、以上の各事実が認められる。また、右(一)(2) 認定の事実に乙第一ないし第五号証を総合すると、被告ムジカは、公演の前に、キーロフバレエ団と、演目の内容やキャストについて交渉していたことが認められ、被告ムジカは、演目やキャストの決定についても関与していたものと認められる。

右争いのない事実及び認定事実によると、被告ムジカは、上演A及びBを含むキーロフバレエ団日本公演を管理し、右公演による営業上の利益を収受したということができるから、被告ムジカも上演A及びBの主体であり、上演A及びBによる著作権又は著作者人格権侵害の主体となり得るというべきである。

2  故意又は過失

(一) 前記1(一)(2) の認定事実によると、被告ムジカ代表者は、平成八年六月一八日には、キーロフバレエ団が、日本公演において、第二作品を含む原告の作品を上演しようとしていることを認識しており、遅くとも同年七月一〇日には、原告のどの作品であれ、上演について原告の許諾を得ることができないことを認識していたものと認められる。そして、前記1(一)(2) 認定のとおり、キーロフバレエ団から、被告ムジカに対して、原告作品に代わる演目が具体的に示されず、また、プログラムの記載についての指示も前記1(一)(2) 認定のようなものであったから、被告ムジカは、同年八月一日の公演において原告の作品が上演され、同月二日の公演において第二作品が上演される可能性が高いことを認識していたものと認められ、乙第五五号証のうち、右認定に反する部分は、採用することができない。

(二)  それにもかかわらず、被告ムジカ代表者は、公演の主催者として、キーロフバレエ団に対して、更に強く演目の変更を求めるなどの、第二作品を含む原告の作品が上演されないようにする措置を取らず、原告の許諾を受けることなく上演Aにおいて第一作品を上演し、上演Bにおいて第二作品を上演したのであるから、被告ムジカ代表者には、故意又は少なくとも過失が認められるというべきである。

3  著作財産権の侵害

(一)  上演Aにより、原告が第一作品に対して有する上演権が侵害され、上演Bにより、原告が第二作品に対して有する上演権が侵害されたものと認められる。

(二)(1)  被告ムジカが平成八年八月一日に行われた「スペシャル・ガラ ファルフ・ルジマートフ」及び同月二日に行われた「スペシャル・ガラ キーロフの名華たち」によって得た利益の額を認めるに足りる証拠はない。

(2) 丙第六号証の一ないし三及び弁論の全趣旨によると、被告光藍社は、平成八年五月、パトリック・デュポンが、被告光藍社の企画による「デュポンの軌跡」と題する公演において、原告が著作権を有する「サロメ」という作品を踊ったことにつき、パトリック・デュポンを通じて、原告に対し、著作権料として七万フラン(約一四〇万円)を支払ったこと、被告光藍社は、平成八年九月、マリ・クロード・ピエトロガラが、被告光藍社の企画による「ピエトロガラとパリのソリスト達九六」と題する公演において、原告が著作権を有する「バクチ」という作品を踊ったことにつき、原告の代理人であるNBSに対し、著作権料として、公演一回当たり八〇〇米ドル(約一〇万円)を支払ったこと、以上の各事実が認められる。

また、甲第三五号証によると、NBSが、原告に対し、原告の「春の祭典」という作品につき、二年間の権利取得料及び公演二〇回分の著作権使用料として六万スイスフラン(約六〇〇万円)を支払ったこと、NBSが、原告に対し、原告の「ペトルーシュカ」という作品につき、二年間の権利取得料及び公演二〇回分の著作権使用料として九万スイスフラン(約九〇〇万円)を支払ったこと、以上の各事実が認められるが、右六〇〇万円を公演回数二〇回で除した金額は、三〇万円であり、右九〇〇万円を公演回数二〇回で除した金額は、四五万円である。

さらに、甲第三四号証、第三五号証によると、NBSが振付家ジョージ・バランシーンの「バレエ・インペリアル」という作品の上演許諾を得た際、三年間の権利取得料として二万五〇〇〇米ドル(約三〇〇万円)、公演一回当たりの著作権使用料として三〇〇米ドル又は三五〇米ドル(約三万六〇〇円又は四万二〇〇〇円)を支払う契約を締結したことが認められる。ところで、右三年間の権利取得料二万五〇〇〇米ドル(約三〇〇万円)が公演を何回予定したものであるかは、本件証拠から明らかではないが、NBSは、原告の「春の祭典」、「ペトルーシュカ」については、二年間の権利取得料と共に二〇回分の著作権使用料を支払っているので、右三年間の権利取得料が、三年間三〇回分の公演の権利取得料であると仮定すると、公演一回当たりの権利取得料は、二万五〇〇〇米ドルを三〇回で除した八三三米ドルであると認められる。これに、公演一回当たりの著作権使用料三〇〇米ドル又は三五〇米ドルを加えると、「バレエ・インペリアル」の公演一回当たりの権利取得料及び著作権使用料は、一一三三米ドル又は一一八三米ドル(約一三万五〇〇〇円又は約一四万円)となると認められる。

右認定事実に、甲第一号証、第二号証の一、二、第三〇号証、第三三号証及び弁論の全趣旨により認められる本件作品の舞踊芸術における位置づけや、検証の結果により本件第一作品の長さが約一一分、本件第二作品のうち上演Bにおいて演じられた部分の長さが約五分と認められることを考慮すると、原告が本件第一作品の著作権の行使につき通常受けるべき金額は、公演一回当たり三〇万円、本件第二作品の著作権の行使につき通常受けるべき金額は、公演一回当たり一五万円とするのが相当である。

(3) したがって、上演A及び上演Bにより原告が受けた財産的損害の額は、四五万円であると認められる。

(三)  著作財産権の侵害は、財産権の侵害であるから、特段の事情がない限り、その侵害を理由として慰謝料を請求することはできないところ、本件について右特段の事情というべき事実を認めるに足りる証拠はないから、被告ムジカの上演Aによる第一作品の上演権の侵害及び上演Bによる第二作品の上演権の侵害を理由として、原告が慰謝料を請求することはできない。

4  著作者人格権の侵害

(一)  甲第二〇号証の一、二によると、上演A及びBについてのプログラムには、その振付けが原告によるものであることが記載されていないことが認められ、その他、上演A及びBの振付けが原告によるものであることが明示されていたことを認めるに足りる証拠はないから、上演Aにより、原告が第一作品に対して有する氏名表示権が侵害され、上演Bにより、原告が第二作品に対して有する氏名表示権が侵害されたものと認められる。

(二)  甲第三三号証及び弁論の全趣旨によると、原告は、被告ムジカの上演Aによる第一作品についての氏名表示権の侵害及び上演Bによる第二作品についての氏名表示権の侵害により精神的苦痛を被ったことが認められ、右精神的苦痛に対する慰謝料の額は、五〇万円をもって相当と認める。

(三)  著作権法一一五条は、著作者は、著作者人格権を侵害した者に対して、著作者の名誉若しくは声望を回復するために適用な措置を請求することができると規定しているが、右規定にいう著作者の名誉若しくは声望とは、著作者がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち、社会的な名誉声望を指すものであって、人が自分自身の人格的価値について有する主観的な評価、すなわち名誉感情は含まれないところ、原告の社会的な名誉声望が、上演A又はBの氏名表示権の侵害によって毀損されたものというべき事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、別紙謝罪広告目録一の謝罪広告を求める請求は認められない。

四  被告光藍社関係

1  不法行為の事実

(一)(1)  被告光藍社が、ルジマートフを招聘し、「ルジマトフのすべて九五」と題し、ルジマートフの演技を中心とする公演を次のアないしウのとおり主催し、実施したことは、当事者間に争いがない。

ア 平成七年七月二六日

演目 「ルジマトフのすべて・Aプロ」

会場 東京 新宿文化センター

イ 同月二七日

演目 「ルジマトフのすべて・Aプロ」

会場 東京 新宿文化センター

ウ 同月二九日

演目 「ルジマトフのすべて・Bプロ」

会場 東京 新宿文化センター

エ 同月三〇日

演目 「ルジマトフのすべて・Bプロ」

会場 神奈川県民ホール

オ 同年八月一日

演目 「ルジマトフのすべて・Aプロ」

会場 大阪フェスティバルホール

丙第三号証の一、二、第四号証の一によると、右エ、オの公演を紹介したパンフレットには、右エの公演の主催者は、神奈川県民ホール、神奈川芸術協会と記載され、問合わせ、申込先は神奈川芸術協会と記載されていたこと、平成七年三月三〇日の朝日新聞に右エの公演の広告が掲載され、その広告にも、問合わせ、申込先は神奈川芸術協会と記載されていたこと、右オの公演のパンフレットには、右オの公演の主催者及び問合わせ、申込先は、フェスティバルホールと記載されていたこと、以上の各事実が認められるから、反対の証拠がない限り、右エ及びオの公演を主催し、実施したのは、他の団体であって、被告光藍社ではないと認められる。そして、この点について、原告は、右エ及びオの公演はいわゆる「売り公演」であって、主催者として名前が記載されている団体は形式的なチケットの発行主体となるのみで、実質は被告光藍社が主体となって公演を行ったと主張する。しかし、右エ及びオの公演において被告光藍社が具体的にいかなる活動をしたかは、後記のとおりルジマートフらの入国に当たって外務省宛に身元保証書を提出するなど入国に必要な手続を行ったこと(これは、右アないしウの公演と共通するものである。)を除いては、本件の証拠によるも全く明らかではないから、原告の右主張を認めることはできない。したがって、右エ及びオの公演を被告光藍社が主催し、実施したことを認める旨の自白は、事実に反し、錯誤に基づくことが認められるから、右自白の撤回は認められる。

(2) 右アないしオの公演にルジマートフが出演したことは、当事者間に争いがない。

甲第四号証の一ないし三、第九号証の一ないし三及び弁論の全趣旨によると、右アないしオの公演のプログラムには、ルジマートフが原告の振付けによる「アダージェット」を上演する旨が記載されていること、右ア、ウの公演について、ルジマートフが原告の振付けによる「アダージェット」を上演したことについての批評が新聞に掲載されていること、以上の事実が認められ、これらの事実に、前記三1(一)(3) の事実、甲第二四ないし第二八号証の各一、二、第三〇号証及び被告光藍社は、右アないしオの公演において、ルジマートフが、第一作品とは別の作品を演じたことについて、特に具体的な主張立証を行っていないことを総合すると、右アないしオの公演において、ルジマートフは、第一作品を上演したもの(上演CないしG)と認められる。後記2(一)のとおり、中小企業協会のグズネツオクは、ルジマートフが演じたのは第一作品とは別の作品である旨述べているが、この供述は、右の各証拠に照らすと、採用できない。そして、後記2(一)認定の事実に甲第三二号証、第三三号証及び弁論の全趣旨を総合すると、右上演については原告の許諾を得ていなかったものと認められ、上演CないしGは、原告が第一作品について有する上演権を侵害するものであったと認められる。

(二)(1)  被告光藍社が、右アないしウの公演を主催し、実施したことは、当事者間に争いがない。そして、丙第三号証の一、第四号証の一、二及び弁論の全趣旨によると、右アないしウの公演のパンフレットには、主催者及び問合わせ、申込先として被告光藍社が記載されていたこと、平成七年三月三〇日の朝日新聞及び同年四月二七日の読売新聞に掲載された右アないしウの公演の広告にも、問合わせ、申込先として被告光藍社が記載されていたこと、被告光藍社が、ルジマートフらの入国に当たって外務省宛に身元保証書を提出するなど入国に必要な手続を行ったこと、被告光藍社が右アないしウの公演につき上演会場、上演日時、入場料金等を決定するとともに、演目についても中小企業協会と協議したこと、被告光藍社は、右アないしウの公演のチケットを販売して収入を得るとともに、必要な支出を行ったこと、以上の各事実が認められ、これらの事実からすると、被告光藍社は、上演CないしEを含む右アないしウの公演を管理し、右公演による営業上の利益を収受したものと認められるから、被告光藍社も上演CないしEの主体であり、上演CないしEによる著作権又は著作者人格権の侵害の主体となり得ると認められる。

被告光藍社は、演目の選定に関与していないし、第一作品を集客活動にも利用していないから、第一作品の上演の主体ではない旨を主張するが、右認定のとおり、被告光藍社は、およそ演目の選定に関与していないということはできないし、被告光藍社が、第一作品の選定に関与しておらず、それを集客活動に利用していないとしても、そのことのみでは、上演の主体であることが否定されることはない。

(2) 右エ及びオの公演については、右(一)(1) のとおり、被告光藍社がこれらの公演を主催し、実施したとは認められず、その他、被告光藍社がこれらの公演を管理したとまでいうべき事実を認めるに足りる証拠はないから、上演F及びGを含む右エ及びオの公演については、被告光藍社が上演の主体であるということはできない。

2  故意又は過失

(一)  甲第三号証、第四号証の一、二、第五ないし第七号証の各一、二、第八号証、第二二号証、第二三号証の一、丙第一号証の一ないし五、第二号証、第三、第四号証の各一、二、第七ないし一二号証及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(1)  わが国においては、従前は、バレエの振付けの著作権の侵害が問題とされたことはあまりなく、平成七年七月二五日以前に、第一作品を含む原告の作品についても振付けの著作権の侵害が問題とされたことはなかった。また、ルジマートフは、平成四年、五年、六年の各年における被告光藍社主催の公演で、原告の振付けに係る「バクチ」という作品を演じたが、原告から著作権の侵害である旨の主張はなかったし、ルジマートフは、それ以外にも、原告が主宰する二十世紀バレエ団とキーロフバレエ団の合同公演に参加するなどして、原告の振付けに係る作品を演じたことがあった。

(2)  被告光藍社が、中小企業協会と、前記1(一)(1) の公演について、予め演目を打ち合わせた際には、第一作品は演目に含まれていなかった。

(3)  被告光藍社代表者は、公演前日のゲネプロの日である同年七月二五日、中小企業協会から、ルジマートフが第一作品を演じることを知らされた。被告光藍社では、中小企業協会の指示に従って、前記1(一)(1) ア、イの各公演のプログラムに、それぞれ「『アダージェット』振付:モーリス・ベジャール 音楽:グスタフ・マーラー 出演:ファルフ・ルジマトフ」と記載した。

(4)  原告の代理人であるNBSは、同月二八日、被告光藍社に対し、「七月二六日に開幕した御社主催による『ルジマトフのすべて』と題する公演に於いて、モーリス・ベジャール振付による作品『アダージェット』が上演されているという事実を複数の観客の証言により知りました。つきましては、御社又はこの作品の実演者がベジャール氏より上演の許可を得ていることを証明する文書を、直ちに下記のファックス番号へお送り下さい。もしも著作権法に違反して無断でこの作品を上演している場合には、すでに上演された公演分も含め、しかるべき法的手段を取らせて頂くことをここに警告させて頂きます。」と記載した書面をファクシミリで送付した。

(5)  被告光藍社代表者は、右ファクシミリを受け取り、ルジマートフのマネージャーである中小企業協会の会長グズネツオクに対し、「アダージェット」の公演について著作権侵害の問題がないかどうか問い合わせたところ、グズネツオクは、ルジマートフが演じるのは原告の第一作品ではなく、ルジマートフの振付けによる作品であり、著作権侵害の問題はなく、NBSに対しても中小企業協会が回答するという説明をした。

被告光藍社は、グズネツオクの指示に従い、同月二九日の前記1(一)(1) ウの公演のプログラムには、「『アダージェット』~ジョルジュ・ドンに捧ぐ~ 振付:モーリス・ベジャール 改訂:ファルフ・ルジマトフ 音楽:グスタフ・マーラー 出演:ファルフ・ルジマトフ」と記載した。

(6)  被告光藍社は、同月二九日、NBSに対し、「ルジマトフのすべて九五」の公演についてはロシアの中小企業協会との契約において実施していること、プログラムについても出演者ルジマートフの意向に添い、中小企業協会が編成を行っていること、これに伴う著作権の承諾などの事務手続なども中小企業協会が行っていること、右公演の実施にあたり、権利関係についてはすべて問題はないとの回答を中小企業協会から得ていること、上演許可等の回答については中小企業協会から直接にNBSへファクシミリにより回答することなどを記載した書面をファクシミリで、NBSに対して送付した。

グズネツオクは、同日、NBSに対し、マーラーの演奏曲に関する要望や苦情などの事項はすべてサンクトペテルブルグにある中小企業協会宛てに連絡を求めること、ルジマートフは、偉大な芸術家ジョルジュ・ドンに捧げる独創的なファンタジーを、マーラーの音楽で演出し、そこにベジャールの舞踊振付けを盛り込んでいること、光による効果表現については、また別の問題であること、中小企業協会としては、ルジマートフがマーラーの音楽を使ってベジャールのアダージェットを演じたと認めるわけにはいかないこと、必要であれば権威の高い専門家の意見を聞く用意があること、被告光藍社はこのような芸術論争とは無関係であることを記載した書面をファクシミリで送付した。

(7)  NBSは、同年八月一日、グズネツオクに対し、グズネツオクからの返事をもらい驚いていること、舞踊の専門家のみならす、ジョルジュ・ドンやジル・ロマンによる正規の公演で原告の『アダージェット』をよく知っている日本のバレエ・ファンにとって、ルジマートフがマーラーの音楽に合わせて踊ったバレエがルジマートフの独創的な振付けでないのは明白であること、中小企業協会が日本で仕事をするのは自由であるが、その前提として日本での法律及び慣習を遵守することが義務づけられており、その保証人が被告光藍社であること、NBSは、日本の主催者に対し、断固たる法的措置を取ることなどを記載した書面をファクシミリで送付した。

(二)  右(一)の認定事実によると、被告光藍社は、平成七年七月二五日に、ルジマートフにより第一作品が演じられることを知ったのであるが、同被告が、このときに、ルジマートフによる第一作品の上演が原告の著作権を侵害するものであることを認識していたとまで認めるに足りる証拠はない。

しかしながら、被告光藍社代表者は、第一作品の著作権者が原告であることを知り得たのであるから、公演の主催者として、その著作権の処理がどのようになっているかについて当然関心を持つべきであり、そのことをその時点で中小企業協会又はルジマートフに尋ねていれば、同人らのその質問に対する対応は右(一)(5) 以下で認定したようなもの又はそれに類したものであったと推認することができる。右(一)(5) 以下のグズネツオクの対応は、相応の根拠を示した説得力のあるものということはできないから、被告光藍社代表者が、右のとおり尋ねていれば、第一作品の上演が原告の著作権を侵害するおそれが高いことを認識することができたものというべきである。そうすると、被告光藍社代表者としては、著作権侵害のないことが明らかになるまで当該演目の上演を中止することを求めるなど、ルジマートフの上演によって原告の第一作品の著作権を侵害することのないような措置を取るべき義務があったということができる。しかるに、右(一)認定の事実に弁論の全趣旨を総合すると、被告光藍社代表者は、何ら右のような措置を取ることなく、同月二六日に上演Cを、同月二七日に上演Dを行ったものと認められるから、被告光藍社代表者には、上演C及びDにより第一作品の著作権を侵害するにつき、過失があったものと認められる。

右(一)(1) 認定のとおり、わが国においては、バレエの振付けの著作権の侵害が問題とされたことはあまりなく、第一作品を含む原告の作品についても振付けの著作権の侵害が問題とされたことはなく、また、ルジマートフは、被告光藍社主催の公演で、原告振付けに係る「バクチ」という作品を演じたが、原告から著作権の侵害である旨の主張はなかったし、ルジマートフは、それ以外にも、原告の振付けに係る作品を演じたことがあったのであるが、それらの事実があったとしても、被告光藍社の右のような義務がなくなることはないものというべきである。

(三)  右(一)(4) 以下で認定したとおり、被告光藍社は、同月二八日、NBSから、第一作品の著作権侵害を指摘され、中小企業協会のグズネツオクに対し、「アダージェット」の公演について著作権侵害の問題がないかどうか問い合わせたところ、著作権侵害の問題はなく、NBSに対しても中小企業協会が回答するという説明を受け、中小企業協会は、NBSに対し、著作権侵害を否認する旨の回答をしたものである。しかし、グズネツオクが著作権侵害の問題はない旨を述べたとしても、著作権侵害と指摘された演技をしている者の関係者が侵害を否定しているに過ぎず、しかも、その内容も相応の根拠を示した説得力のあるものということはできないのであるから、それのみでは、侵害のないことを確かめたことにはならないというべきである。右(一)認定の事実に弁論の全趣旨を総合すると、被告光藍社代表者は、右のような状況において、公演の主催者として、当該演目の上演を中止することを求めるなど、ルジマートフの上演によって原告の第一作品の著作権を侵害することのないような措置を取ることなく、同月二九日に上演Eを行ったものと認められるから、被告光藍社代表者には、上演Eにより第一作品の著作権を侵害するにつき、故意又は少なくとも過失があったものと認められる。

(四)  被告光藍社は、舞踊の著作物について、上演の許諾を著作権者から得るべき者は、上演する演目を決定するダンサー、バレエ団等であるとするのが世界的な慣行であると主張し、被告光藍社代表者の陳述書である丙第二号証、第七号証に同旨の記載があるが、これらの記載のみで右慣行の存在を認めることはできず、他にそのような慣行があることを認めるに足りる証拠はない。また、被告光藍社は、中小企業協会と、上演する演目の決定は、ルジマートフと中小企業協会が行うこと、著作権処理が必要なものは中小企業協会が処理し、著作権に関する紛争を予防する措置を講じることを合意していた旨、及び被告光藍社がルジマートフらに「アダージェット」を演じるように積極的に依頼したことはなく、「アダージェット」が演じられることを広く告げて観客を募ることもなかった旨を主張し、丙第二号証、第七号証に同旨の記載があるが、そうであったとしても、被告光藍社の原告に対する注意義務が軽減されるということはできない。

3  著作財産権の侵害

(一)  既に述べたとおり、上演CないしEにより、原告が第一作品について有する上演権が侵害されたものである。

(二)(1)  被告光藍社が平成七年七月二六日、二七日、二九日の「ルジマトフのすべて」によって得た利益の額を認めるに足りる証拠はない。

(2) 前記三3(二)(2) のとおり、原告が第一作品の著作権の行使につき通常受けるべき金額は三〇万円とするのが相当であるから、上演CないしEにより原告が受けた財産的損害の額は、九〇万円であると認められる。

(三)  著作財産権の侵害は、財産権の侵害であるから、特段の事情がない限り、その侵害を理由として慰謝料を請求することはできないところ、本件について右特段の事情というべき事実を認めるに足りる証拠はないから、被告光藍社の上演CないしEによる第一作品の上演権の侵害を理由として、原告が慰謝料を請求することはできない。

4  著作者人格権の侵害

(一)  第一作品は、上演CないしEの前に既に公表されていたから、上演CないしEによって第一作品の公表権が侵害されたと認めることはできない。

前記2(一)の認定事実によると、平成七年七月二六日及び二七日の公演のプログラムには、上演C、Dについて、「『アダージェット』振付:モーリス・ベジャール 音楽:グスタフ・マーラー 出演:ファルフ・ルジマトフ」と記載されていたものである。また、前記2(一)の認定事実によると、平成七年七月二九日の公演のプログラムには、上演Eについて、「『アダージェット』~ジョルジュ・ドンに捧ぐ~ 振付:モーリス・ベジャール 改訂:ファルフ・ルジマトフ 音楽:グスタフ・マーラー 出演:ファルフ・ルジマトフ」と記載されていたものであり、「改訂ルジマトフ」と付加されて記載されているものの、原告の振付作品であることが記載されていると認められる。したがって、上演CないしEについては、著作者名として原告の名が表示されていると認められるから、上演CないしEによって原告の氏名表示権が侵害されたと認めることはできない。

上演CないしEについては、その細かな具体的内容は本件証拠から明らかではないから、それを第一作品と対比することはできず、したがって、上演CないしEによって原告が第一作品に対して有する同一性保持権が侵害されたかどうかは明らかではなく、上演CないしEによって原告が第一作品に対して有する同一性保持権が侵害されたとまで認めることはできない。

(二)  以上のとおり、上演CないしEによって原告の著作者人格権が侵害されたとは認められないから、それを理由とする慰謝料請求及び謝罪広告請求は、いずれも認められない。

五  よって、原告の請求は、被告ムジカに対し、上演権侵害による財産的損害四五万円及び氏名表示権侵害による慰謝料五〇万円の合計九五万円並びにこれに対する不法行為の後である平成八年九月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求、被告光藍社に対し、上演権侵害による財産的損害九〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成七年九月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求の各限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 森義之 榎戸道也 中平健)

別紙謝罪広告目録一及び二<省略>

写真目録一、写真目録二<省略>

別紙(一)

ア 検甲第一号証では、ダンサーが舞台に置かれた椅子に座っている状態から演技が開始されるのに対し、検甲第三号証では、ダンサーが舞台に置かれた椅子の後方から椅子に歩み寄り、着ていた上着を椅子に掛けることから演技が開始される(別紙写真目録二番号1)。

イ 検甲第一号証では、左手を斜め上前方に伸ばし、右手を斜め下後方に伸ばしているのに対し、検甲第三号証では、右手を前方に伸ばしている(別紙写真目録二番号2)。

ウ 検甲第一号証では、右手を前方に伸ばし掌を下に向けているのに対し、検甲第三号証では、右手を前方に出し、肘を上方に直角に折り曲げ、掌を顔に向けている(別紙写真目録二番号3)。

エ 検甲第一号証では、上半身を前方に折り曲げ、回転させながら体を起こし、両手を左右に広げているのに対し、検甲第三号証では、右手を前方に伸ばした後、両手を左右に広げている(別紙写真目録二番号4)。

オ 検甲第一号証では、若干肘を曲げた状態で両手を上方に挙げているのに対し、検甲第三号証では、肘を伸ばした状態で、右手を垂直に挙げ、左手を斜め後方に向けて挙げている(別紙写真目録二番号5)。

カ 検甲第一号証では、掌を握らない状態で肘を伸ばして両腕を下ろし、両膝をやや曲げて腰を落としているのに対し、検甲第三号証では、両掌を握りしめ、膝を伸ばして立っている(別紙写真目録二番号6)。

キ 右足で立ち、左足を横に伸ばし、両腕を上に挙げている振付けは、検甲第一号証にはあるが、検甲第三号証にはない(別紙写真目録二番号7)。

ク 検甲第一号証では、両手を真上に挙げているのに対し、検甲第三号証では、両手を斜め上方に挙げている(別紙写真目録二番号8)。

ケ 検甲第一号証では、左膝を床について片膝立ちになり、両手を胸の前に挙げているのに対し、検甲第三号証では、左膝を床について片膝立ちになり、右腕を垂直に上に挙げている(別紙写真目録二番号9)。

コ 検甲第一号証では、両手を胸の前で重ねているのに対し、検甲第三号証では、両手の甲を頬に当てている(別紙写真目録二番号10)。

サ 検甲第一号証では、両手を挙げているのに対し、検甲第三号証では、両手を前に突き出している(別紙写真目録二番号11)。

シ 検甲第一号証では、舞台に向かって右の方向から正面に向きを変えた後、両手及び両足を上下させているのに対し、検甲第三号証では、舞台正面を向いた状態で両膝を両手で抱え、膝を崩した後再び両膝を抱えている(別紙写真目録二番号12)。

ス 検甲第一号証では、舞台に向かって左の方向に体を向けて座っているのに対し、検甲第三号証では、舞台に向かって右方向に体を向け、顔だけを左方向に向けて座っている(別紙写真目録二番号13)。

セ 検甲第一号証では、舞台に向かって左に向いて体を反らせているたけであるが、検甲第三号証では、舞台に向かって右に向いて体を反らせた後、左に向いて体を反らせている(別紙写真目録二番号14)。

ソ 検甲第一号証では、右足だけで立ち、右手で床から物わすくい上げるような姿勢を取るのに対し、検甲第三号証では、腰を落とし、しゃがみ込んだ状態で右手で物をすくい上げるような姿勢を取る(別紙写真目録二番号15)。

タ 検甲第一号証では、右手を高く挙げ、顔を上に向けて直立しているのに対し、検甲第三号証では、右腕を曲げて軽く挙げ、顔を正面に向けている(別紙写真目録二番号16)。

チ 検甲第一号証では、右回りで回転し、舞台に向かって右の方を向き、手を胸の辺りに挙げた後、また右回りで回転しているのに対し、検甲第三号証では、左回りで回転し、舞台に向かって左の方を向き、手を胸の辺りに挙げた後、また左回りで回転している(別紙写真目録二番号17)。

ツ 検甲第一号証では、椅子の後ろを後退しながら回った後椅子に腰掛けているのに対し、検甲第三号証では、椅子の前で後退した後、椅子に腰掛けている(別紙写真目録二番号18)。

テ 検甲第一号証では、体の右側部を舞台に接して横臥し、右手を伸ばしているのに対し、検甲第三号証では、両足を前後に開いて上半身を起こし、右手を伸ばしている(別紙写真目録二番号19)。

ト 検甲第一号証では、右手をまっすぐ上に伸ばしているのに対し、検甲第三号証では、右手を斜め上前方に伸ばしている(別紙写真目録二番号20)。

ナ 検甲第一号証では、上半身を両手よりも前方に出して前のめりに倒れていくのに対し、検甲第三号証では、両手を真横に伸ばし上半身を起こした状態から前のめりに倒れていく(別紙写真目録二番号21)。

ニ 検甲第一号証では、両肘を直角に曲げ、手を下に垂らしているのに対し、検甲第三号証では、両手を顔の前に掲げている(別紙写真目録二番号22)。

ヌ 検甲第一号証では、椅子に座って演技を終了しているのに対し、検甲第三号証では、椅子の上に立って演技を終了している(別紙写真目録二番号23)。

別紙(二)

a ア(別紙写真目録二番号1)について

第一作品には、ダンサーが舞台の上の椅子に座った状態から演技が開始されるものと、ダンサーが椅子の後ろから歩み寄り、着ていた上着を椅子に掛け、その後に椅子に座るというものの二通りがあり、検甲第三号証は、後者によるものであるから、右アの相違は、検甲第三号証が第一作品でないことの裏付けとはならない。

b イ(別紙写真目録二番号2)について

検甲第一号証の「左手を斜め上前方に伸ばし、右手を斜め下後方に伸ばしている姿勢」は、この後、右手を前に伸ばしつつ右回りに回転して左足だけで立つ動作に連なる。検甲第三号証の「右手を前方に伸ばしている姿勢」は、右の検甲第一号証の姿勢をとらず、次の右回りの回転の前に予め右手を前に出しているものである。したがって、右イは、検甲第三号証においては、検甲第一号証の一部の動作が存在しないことによる違いである。

c ウ(別紙写真目録二番号3)について

検甲第一号証の「右手を前方に伸ばし掌を下に向けている姿勢」は、身体を斜め右に向け、膝を曲げながら腿が身体と垂直になるまで右足を上げ、左腕を後方に伸ばし、同時に左手首を上方に曲げ、掌を開き、右腕を前方に伸ばしながら左足だけで立ち、その後右肘を若干曲げるという一連の動作の途中の、肘を曲げる前の姿勢であり、検甲第三号証の「右手を前方に出し、肘を上方に直角に折り曲げ、掌を顔に向けている姿勢」は、検甲第一号証と同様の一連の動作のうちの、肘を曲げた時の姿勢である。したがって、右ウは、同様の一連の動作のうち、いつの姿勢をとらえるかによって生じる差異にすぎない。

d エ(別紙写真目録二番号4)について

検甲第一号証の「上半身を前方に折り曲げ、回転させながら体を起こし、両手を左右に広げている動作」は、右足を前方に向け、左足を右斜め後方に引き、上半身を前方に折り曲げ、回転させながら体を起こし、両手を左右に広げる動作であり、その後、顔の右側面を右手でたたく動作に連なる。検甲第三号証の「右手を前方に伸ばした後、両手を左右に広げている動作」は、右足を前方に向け、左足を右斜め後方に引くという姿勢は、検甲第一号証と同じであり、上半身を前方に折り曲げ、回転させながら体を起こすという動作が存在しない。検甲第三号証では、右手を前方に伸ばしたように見えるが、これは、両手を開く際に、検甲第一号証では、右手をやや下方から回転させて開くのに対し、検甲第三号証では右手を前方を経て回転させて開くことから生じる差異であって、動作の途中における差異である。

e オ(別紙写真目録二番号5)について

検甲第一号証と検甲第三号証とでは、いずれも、身体を、舞台の向かって左斜め後方に向け、足を少し開いて立つ姿勢は同じて、両手を同時に上げるという動作を同じくし、肘の伸ばし方、手の上げる方向に若干の差異があるにとどまる。

f カ(別紙写真目録二番号6)について

検甲第一号証の「掌を握らない状態で肘を伸ばして両腕を下ろし、両膝をやや曲げて腰を落としている姿勢」は、足を開いて立ち、身体を正面に向け、掌を握らない状態で肘を伸ばして両腕を下ろした姿勢から、両腕を下ろした状態のまま両膝を曲げ、腰を低く落としていくという動作中の姿勢である。検甲第三号証の「両掌を握りしめ、膝を伸ばして立っている姿勢」は、検甲第一号証とは、足を開いて立ち、身体を正面に向け、肘を伸ばして両腕を下ろした姿勢を同じくしているが、その後の動作がなく、立ったままの状態を維持しているものである。なお、検甲第一号証は、掌を握らない状態であるのに対し、検甲第三号証は、掌を握っているが、この差異は、微細なものにとどまる。

g キ(別紙写真目録二番号7)について

検甲第三号証では、一連の動作のうち、検甲第一号証の「右足で立ち、左足を横に伸ばし、両腕を上に挙げる動作」が存在しないだけである。

h ク(別紙写真目録二番号8)について

検甲第一号証の「両手を真上に挙げている姿勢」は、身体を左斜め前方に向け、両足をそろえ、身体の両側に垂らした両手を上昇させ、両手を頭上にまっすぐ伸ばすという動作のうち、最後の姿勢である。検甲第三号証の「両手を斜め上方に挙げている姿勢」は、身体を左斜め前方に向け、両足をそろえ、身体の両側に垂らした両手を上昇させるという動作を検甲第一号証と同じくした後、最後に両手を斜め上方に挙げている姿勢であり、一連の動作の最後の姿勢において手の位置が若干異なるにすぎない。

i ケ(別紙写真目録二番号9)について

検甲第一号証の「左膝を床について片膝立ちになり、両手を胸の前に挙げている姿勢」は、身体を左斜め前方に向け、左膝を床につき、右膝で片膝立ちになり、両手で床に二回触れた後、肘を曲げて両手を胸の前に挙げるという一連の動作における姿勢である。検甲第三号証の「左膝を床について片膝立ちになり、右腕を垂直に上に挙げている姿勢」は、身体を左斜め前方に向け、左膝を床につき、右膝で片膝立ちになり、両手で床に二回触れた後、肘を曲げて両手を胸の前に挙げるという検甲第一号証と同じ推移の動作において、両手を床に触れる前に、右手を垂直に上に挙げるという動作を加えたものである。

j コ(別紙写真目録二番号10)について

検甲第一号証の「両手を胸の前で重ねている姿勢」は、身体を左斜め前方に向け、左膝を床につき、右膝で片膝立ちになり、両手を胸の前で重ね、その後、両手を上方に挙げるという動作のうち、両手を胸の前で重ねた姿勢である。検甲第三号証の「両手の甲を頬に当てている姿勢」は、身体を左斜め前方に向け、左膝を床につき、右膝で片膝立ちになり、両手を胸の前から上方に挙げるという動作のうち、両手を挙げる途中で両手を頬に当てた姿勢である。検甲第一号証と検甲第三号証とは、右のとおり動作の基本的推移を同じくしており、右の差異は、その中での一時的な姿勢の差異にとどまる。

k サ(別紙写真目録二番号11)について

検甲第一号証の「両手を挙げている姿勢」は、身体を左斜め前方に向け、左膝を床につき、右足を前方に出しながら前後に開脚を進め、上半身は、右足の進む方向と逆の方向に反るようにし、斜め後方に両手を挙げるという動作における最後の姿勢である。検甲第三号証では、検甲第一号証とは、身体を左斜め前方に向け、左膝を床につき、右足を前方に出しながら前後に開脚を進めるという動作を同じくするが、上半身を、右足の進む方向と逆の方向に反るようにし、斜め後方に両手を挙げるという動作は存在せず、単に両手を上に挙げるのみであり、検甲第三号証の「両手を前に突き出している姿勢」は、両手を上に挙げる途中の姿勢である。

l シ(別紙写真目録二番号12)について

検甲第一号証の別紙写真目録二番号12の二枚目以降の動作は、両手で膝を抱え込むように正面を向いて座り、その後両肘を、両膝の上に置き、その後左手を少し立てた左膝に置き、伸ばした右足の上に右手を置き、首を右に傾け、その後両足を床から浮かし、顔を右に向けながら右方向に右手を挙げるという一連の動作にみられるものである。検甲第三号証の別紙写真目録二番号12の動作は、右の検甲第一号証の動作のうち、両手で膝を抱え込むように正面を向いて座り、左手を少し立てた左膝に置き、伸ばした右足の上に右手を置き、首を右に傾けるという動作のみを行い、それ以外を行っていないものである。なお、検甲第三号証の別紙写真目録二番号12の四枚目以降の動作は、検甲第一号証にも存する。

m ス(別紙写真目録二番号13)について

検甲第一号証及び検甲第三号証は、いずれも、椅子に座り、両手を合わせて腿の間に挟んでおり、顔は、体の正面よりも右方向に向けている姿勢は同じであり、上半身の向きが、検甲第一号証では、やや右に向けられているのに対し、検甲第三号証では、やや左に向けられているにすぎない。

n セ(別紙写真目録二番号14)について

検甲第一号証では、身体を左斜め前に向け、右足を身体の正面に、床と平行になるまで上げ、同時に両腕を前に伸ばした後、右足で前方に踏み出し、身体を右回りに反転させて左足を前方に出しながら上半身を反らせ両手を広げる動作を行っている。検甲第三号証では、身体を左斜め前に向け、右足を身体の正面に、床と平行になるまで上げ、同時に両腕を前に伸ばした後、右足で前方に踏み出し、身体を右回りに反転させて左足を前方に出しながら上半身を反らせ両手を広げるという動作の推移は、検甲第一号証と同じであり、右足で前方に踏み出した後に、身体を右回りに反転させる前に、左を向いた状態で上半身を反らせる動作を加えている点が異なっている。

o ソ(別紙写真目録二番号15)について

検甲第一号証では、身体を右に向け、右足を前に出して右膝を曲げ、左膝を曲げて足の裏が天井を向くように左足を上げ、右足だけで立ち、上半身は、左肘を曲げながら左手を引き、右手は床をすくうようにするという動作を行う。検甲第三号証では、身体を右に向け、右足を前に出して右膝を曲げ、左膝も曲げ、上半身は、左肘を曲げながら左手を引き、右手は床をすくうようにするという動作の基本的部分を検甲第一号証と同じくするが、左足の裏が天井を向くように左足を上げ、右足だけで立つという動作が存在せず、腰を落とし、しゃがみ込んだ姿勢をとっている。

p タ(別紙写真目録二番号16)について

検甲第一号証の「右手を高く挙げ、顔を上に向けて直立している姿勢」は、身体を正面に向け、上半身を右斜め方向に少し傾けながら、左肘を少し曲げ、顔を右手に近づけ、右手を口に近づけた後、その右手を伸ばしながら、上半身を正面向きに戻し、右手で頭部をたたき、その手を上方に伸ばすという一連の動作の最後の姿勢である。検甲第三号証の「右腕を曲げて軽く挙げ、顔を正面に向けている姿勢」は、身体を正面に向け、上半身を右斜め方向に少し傾けながら、左肘を少し曲げ、顔を右手に近づけ、右手を口に近づけた後、その右手を伸ばしながら、上半身を正面向きに戻し、右手で頭部をたたくという一連の動作の最後の姿勢であり、一連の動作の中における最後の姿勢が異なるにすぎない。

q チ(別紙写真目録二番号17)について

検甲第一号証では、両腕を頭上で合わせるように挙げ、左片足で立ち、左回りに回転し、左足を前にして右足を引きながら身体を左方向に向け、上半身を反らせ、掌を上方に向けて左右の手を少しずつずらしながら両手を前方に差し出し、その後、再び両腕を頭上で合わせるように挙げながら左足を軸足にして回転するという動作を行っている。検甲第三号証では、検甲第一号証の動作の推移は同一のまま、左右を逆にしただけである。

r ツ(別紙写真目録二番号18)について

検甲第一号証では、両手を広げながら後ろ向きに歩いて椅子の後方を回り、椅子に腰掛けるようにして左足を前に出すという動作を行う。検甲第三号証では、両手を広げながら後ろ向きに歩いて椅子の前を回り、椅子に腰掛けるようにして左足を前に出すという動作を行う。両手を広げながら後ろ向きに歩いて回り、椅子に腰掛けるようにして左足を前に出すという動作の推移は、検甲第一号証と検甲第三号証では同じであり、椅子の後ろを回るか椅子の前で回るかという違いにすぎない。

s テ(別紙写真目録二番号19)について

検甲第一号証の「体の右側部を舞台に接して横臥し、右手を伸ばしている姿勢」は、中腰の姿勢で右手を床に付けるようにして前方に進んだ後、身体を反るようにして床に倒れ込み、身体の右側面を床に付けるようにして横臥した姿勢であり、その後、仰向けになり、右足を上げ、それとほぼ同時に上半身を起こしながら左手を挙げ、もう一度仰向けになり、左足を上げ、それとほぼ同時に上半身を起こしながら右手を挙げ、その後再び右足を上げ、上半身を起こしながら両手を広げるという動作が続くものである。検甲第三号証の「両足を前後に開いて上半身を起こし、右手を伸ばしている姿勢」は、中腰の姿勢で右手を床に付けるようにして前方に進んだ後、身体を反るようにして床に倒れ込み、身体の右側面を床に付けるようにして横臥する姿勢をとらず、その代わりにとられる姿勢であり、その後には、仰向けになり、右足を上げ、それをほぼ同時に上半身を起こしながら左手を挙げ、もう一度仰向けになり、左足を上げ、それとほぼ同時に上半身を起こしながら右手を挙げ、その後再び右足を上げ、上半身を起こしながら両手を広げるという、検甲第一号証と同様の動作が続くものである。したがって、右の検甲第一号証と検甲第三号証の差異は、その前後の一連の動作の中における部分的な差異であるということができる。

t ト(別紙写真目録二番号20)について

検甲第一号証の「右手をまっすぐ上に伸ばしている姿勢」は、身体を右斜め前方に向け、足を交差させて座り、右腕を上に伸ばし、遠くを見るように顔を斜めに上げている姿勢である。検甲第三号証の「右手を斜め上前方に伸ばしている姿勢」は、身体を右斜め前方に向け、足を交差させて座り、右腕を斜め上に伸ばし、遠くを見るように顔を斜めに上げている姿勢であり、検甲第一号証と比較すると、身体を右斜め前方に向け、足を交差させて座り、右腕を伸ばし、遠くを見るように顔を斜めに上げているという、姿勢の基本的な部分は同一であり、右手の向きが異なるにすぎない。

u ナ(別紙写真目録二番号21)について

検甲第一号証では、左膝をついた状態で両手を伸ばし、そのまま胸を床に付けるように前方に上半身を曲げ、上半身を曲げる方向とは逆方向に両腕を伸ばすという動作が行われる。検甲第三号証では、左膝をついた状態で両手を伸ばし、そのまま胸を床に付けるように前方に上半身を曲げるという動作が行われるのであり、上半身を曲げる方向とは逆方向に両腕を伸ばすという動作が存在しないにすぎない。

v ニ(別紙写真目録二番号22)について

検甲第一号証の「両肘を直角に曲げ、手を下に垂らしている姿勢は」は、両手を下から上に挙げ、左手で右手の手首を握るという一連の動作の中で、両手を下から上に挙げる途中で、右足を左前方に出し、左足を右後方に引き、両腕を肩の線と平行に広げ、掌が地面を指すように肘を直角に曲げる姿勢をとっているものである。検甲第三号証の「両手を顔の前に掲げている姿勢」は、両手を下から上に挙げ、左手で右手の手首を握るという一連の動作の中で、両手を下から上に挙げる途中で、直立して掌を顔の辺りに挙げている姿勢であり、両手を下から上に挙げ、左手で右手の手首を握るという一連の動作は検甲第一号証と同じであり、その過程の中での姿勢の違いである。

w ヌ(別紙写真目録二番号23)について

検甲第一号証では、椅子の上に立って右手を右手を右斜め前方に高く挙げた後、椅子に座り直すという一連の動作を行うが、検甲第三号証では、椅子に座り直すという最後の部分の動作が存在しないだけである。

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