東京地方裁判所 平成8年(ワ)19970号 判決 1999年12月14日
原告
テルモ株式会社
右代表者代表取締役
和地孝
右訴訟代理人弁護士
土肥原光圀
被告
ハナコメディカル株式会社
右代表者代表取締役
植田裕弥
右訴訟代理人弁護士
堀越靖司
右補佐人弁理士
中島幹雄
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
一 被告は、別紙「物件目録」一及び二各記載のカテーテル用ガイドワイヤを製造、販売し、又は販売のため展示してはならない。
二 被告は、その占有する前項記載の物件を廃棄せよ。
三 被告は、原告に対し、金四億九五九六万四五〇〇円及び内金二億一六九〇万円に対する平成八年一一月六日(訴状送達の日の翌日)から、内金二億七九〇六万四五〇〇円に対する平成一一年八月二七日(同月二五日付け訴の追加的変更申立書送達の日の翌日)から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が被告に対し、カテーテル用ガイドワイヤについての特許権の侵害を理由として、被告の製品の製造・販売等の差止め及び廃棄並びに損害賠償を求めている事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、資本金二八九億円、従業員約四〇〇〇名、年商約一二二六億円で、静岡県東部及び山梨県に計五工場を有し、医薬品、医療器具の製造販売を業とする株式会社であり、国内はもちろん、海外でも広く営業活動を行っている。
被告は、カテーテル、ガイドワイヤ、人工透析用血液回路、輸液器具などの医療器具の製造販売などを業とする株式会社であり、資本金六億六二〇〇万円、従業員約七〇名、年商一七億円余である。
2 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。
(一) 特許番号
第一六六四八七一号
(二) 発明の名称
カテーテル用ガイドワイヤ
(三) 出願年月日
昭和五八年六月二七日
(四) 出願番号
昭五八―一一四一九八
(五) 出願公告年月日
平成二年五月二九日
(六) 出願公告番号
平二―二四五四八
(七) 登録年月日
平成四年五月一九日
(八) 確定の訂正審決
原告において、平成八年一二月一七日に本件特許権に係る明細書の訂正について審判を請求したところ(平成八年審判第二一一五九号)、平成九年六月二四日付で、その審判請求書に添付された訂正明細書(甲第六号証の二、第一五号証〔平成一〇年二月九日発行の審決公報〕七頁ないし一一頁。以下「本件訂正明細書」という。)のとおり訂正することを認める旨の審決がされ、右訂正審決は確定した。したがって、平成六年法律第一一六号による改正前の特許法一二八条により、本件特許権については、本件訂正明細書によって特許出願から特許権の設定登録までの諸手続がなされたものとみなされることとなった。
3 本件訂正明細書の特許請求の範囲第一項の記載は、次のとおりである(以下、この発明を「本件発明」という。)。
「本体側内芯部と先端側内芯部とによって内芯を形成するとともに、該内芯の略全体を被覆部によって被覆してなるカテーテル用ガイドワイヤにおいて、本体側内芯部と先端側内芯部のうちの少なくとも先端側内芯部を超弾性金属体によって形成するとともに、被覆部の外径を長手方向に同一とすることを特徴とするカテーテル用ガイドワイヤ。」
4 本件発明の構成要件を分説すれば、次のとおりである(以下、分説した各構成要件をその符号に従い「構成要件a」のように表記する。なお、被告は、構成要件dの分説の仕方についてこれと異なる主張をするが、被告の右主張は、後記の本件発明における「超弾性金属体」の解釈を構成要件の分説に反映させたものにほかならず、その分説の仕方についての争いは、「超弾性金属体」の意義についての争いに収束されるものであるから、構成要件を次のとおり分説することに争いはないものと認める。)。
a 本体側内芯部と先端側内芯部とによって内芯を形成し、
b 内芯の略全体を被覆部によって被覆してなる
c カテーテル用ガイドワイヤであって、
d 本体側内芯部と先端側内芯部のうちの少なくとも先端側内芯部を超弾性金属体によって形成し、
e 被覆部の外径が長手方向に同一である。
5(一) 被告は、別紙「物件目録」一1記載の製品(以下「イの一号物件」という。)を平成五年七月六日から平成六年六月二〇日まで製造し(なお、製造日は滅菌日を基準としたものである。以下同じ。)、これを販売した。
被告は、同目録一2記載の製品(芯材の性質がイの一号物件と異なる内芯を用いたもの。以下「イの二号物件」という。)を同年七月二五日から平成七年九月五日まで製造し、これを販売した。
被告は、平成七年六月五日以降(ただし、同年九月五日までは、イの二号物件も継続していた。)、同目録一3記載の製品(内芯の合金組成を、従来のニッケル、チタン、コバルトからニッケル、チタンに変更したもの。以下「イの三号物件」という。)を製造し、これを販売している。(以下、「イの一号物件」、「イの二号物件」及び「イの三号物件」を「イ号物件」と総称する。)
(二) 被告は、別紙「物件目録」二1記載の製品(以下「ロの一号物件」という。)を平成五年一〇月二六日から平成六年一月二〇日まで製造し、これを販売した。
被告は、同目録二2記載の製品(芯材の性質がロの一号物件と異なる内芯を用いたもの。以下「ロの二号物件」という。)を同年七月一二日から平成七年二月一四日まで製造し、これを販売した。
被告は、平成八年一月一〇日以降、同目録二3記載の製品(内芯の合金組成を、従来のニッケル、チタン、コバルトからニッケル、チタンに変更したもの。以下「ロの三号物件」という。)を製造し、これを販売している。(以下、「ロの一号物件」、「ロの二号物件」及び「ロの三号物件」を「ロ号物件」と総称する。)
6 イ号物件及びロ号物件(以下「被告製品」と総称する。)は、いずれも次の構成を有する(以下、それぞれの構成をその番号に従い、構成(一)などという。)。
(一) ニッケル・チタン系合金の長さ約一五〇センチメートルの細い線を内芯とし、その全表面にポリウレタンをコーティングし、さらにその外表面に極めて薄い親水性重合体層を形成してなる、外径約0.82ミリメートルで長手方向に同一外径の円形状断面を有するカテーテル用ガイドワイヤである。
(二) 比較的剛性のある本体部と、先端に向け次第に剛性を弱め柔軟性を増す約一二センチメートルの先端部からなり、そのうち先端に近い約五センチメートルは特に柔軟である。最先端の約一センチメートルの部分は、円弧状に曲がっている。
(三) 内芯は、基端から約一三八センチメートルの部分は直径約0.42ないし0.43ミリメートルで、基端から約一三八センチメートルの付近から先端に向け円形状断面のまま次第に細くなって、最先端では直径約0.12ないし0.13ミリメートルとなり、先端の約一二センチメートルの部分はその余の本体側の部分より剛性は弱く柔軟性が勝る。
7 被告製品は、いずれもその構成(三)において構成要件aを、構成(一)及び(二)において構成要件b、c、eを、それぞれ充足する。
二 争点
1 被告製品が本件発明の技術的範囲に属し、被告製品の製造・販売が本件特許権を侵害する行為に該当するか。すなわち、被告製品が構成要件dを充足するか。
(原告の主張)
(一) 「超弾性」の語は、本件特許権に係る特許出願がされた昭和五八年当時には、学術用語として広く用いられており、その意味は、次のとおりである。すなわち、通常金属材料においては弾性変形によるひずみ(弾性ひずみ)は、高々一パーセントであるが、Ti―Niなどの形状記憶合金においては、外部応力により、マルテンサイト変態に伴って、通常の弾性ひずみを超えた大きなひずみ領域(数パーセントから十数パーセントに及ぶこともある。)の変形を生じ、外部応力を除去すると、逆変態に伴って、この変形がほとんどあるいは完全に消失する。これを「超弾性」という。
本件訂正明細書においては、「超弾性金属」あるいは「超弾性金属体」という語が記載され、「超弾性」の語が単独で使用されてはいないが、「超弾性金属」の語は、右のような「超弾性」を有する金属であり、また、構成要件dにおける「超弾性金属体」は、この「超弾性金属」からなる物という意味で用いられていると解される。右の用法は極めて自然であり、その意義も明確であって、何ら疑問の余地はない。
(二) 被告は、本件訂正明細書の「第6図は」からで始まる記載部分を根拠に、構成要件dにおける「超弾性金属体」を一定の弾性特定を有するものに限定すべきであると主張する。しかし、超弾性を示す合金の引張試験による「応カ―ひずみ曲線」の形状は、合金の種類と製造方法によって大きく異なるものであり、右記載部分は、第6図に図示された超弾性金属についての説明にすぎないと解するのが自然である。「超弾性」の語が学術用語として明確な意義を有するにもかかわらず、あえてこれと異なる意味に解する被告の右主張は、失当である。
(三) 被告製品の各先端部の内芯は、いずれも超弾性合金である。
大塚和弘教授の鑑定によれば、被告製品の各先端部の内芯については、(1)マルテンサイト変態を示し得る組成のTi―Ni合金であること、(2)二〇℃、四〇℃における引張試験において擬弾性を示すこと、(3)擬弾性を示す温度では降伏応力の正の温度依存性を示していること、(4)形状記憶効果を示すことがそれぞれ認められ、「擬弾性は応力誘起マルテンサイト変態によるものであり、各試料はいずれも超弾性合金である」と判断されている(イの一号物件及びロの一号物件につき甲第一四号証、イの二号物件及びロの二号物件につき甲第九号証、イの三号物件及びロの三号物件につき甲第八号証)。
(四) 被告製品は、いずれも先端側内芯部が超弾性金属体によって形成されているから、構成要件dを充足する。したがって、被告製品は、いずれも本件発明の技術的範囲に属するものであり、その製造・販売は、本件特許権を侵害する行為に該当する。
(被告の主張)
(一) たしかに、「超弾性」という用語は、学術用語であるが、本件訂正明細書においては単独では一切使用されていない。本件訂正明細書において使用されている用語は、「超弾性金属体」あるいは「超弾性金属」という複合語であり、いずれも本件特許出願当時、本件特許権に係る明細書以外の文献では使用されていないものであって、学会や社会に定着していない新しい造語である。この用語の意義を原告主張のように解するのが当然であるとはいえない。
(二) 構成要件dにおける「超弾性金属体」の意義については、本件訂正明細書の記載にしたがって解釈されるべきである。
すなわち、本件訂正明細書には、「第6図は、超弾性金属の応カ―ひずみ特性を実線によって示し、一般的弾性金属の応カ―ひずみ特性を破線によって示す線図である。すなわち、超弾性金属は、(1)回復可能な弾性ひずみが大きく、数%〜十数%にも達し、(2)ひずみが増加しても荷重の大きさが変わらないという特性を有している。」と記載されており(甲第六号証の二の九頁八行ないし一四行、甲第一五号証の一〇頁左欄一三行ないし一八行)、このほかに「超弾性金属体」の特性に関する記載はない。右記載については、「超弾性金属」の特性を図示したものが第6図であることを意味するものと解釈するのが最も自然である。
そうすると、構成要件dにおける「超弾性金属体」とは、(1)回復可能な弾性ひずみが大きく、数パーセントないし十数パーセントにも達し、(2)ひずみが増加しても荷重の大きさが変わらないという特性を有するものを意味するというべきである。
このような解釈は、本件特許権の無効審判(平成六年審判第一六八一四号)の平成一〇年九月一六日付け審決(乙第四号証)においても、明確に示されている。
(三) 被告製品の各先端側内芯部は、いずれも右のような特性を有しているものではない。
(四) したがって、被告製品は、構成要件dを充足しないから、本件発明の技術的範囲に属するものではなく、その製造・販売は、本件特許権を侵害する行為に該当しない。
2 原告の損害額
(原告の主張)
(一) 被告は、イの一号物件を平成五年七月六日から平成六年一〇月末日ころまでの間に少なくとも一万八六〇〇本、イの二号物件を同年七月二五日ころから平成七年一一月末日ころまでの間に少なくとも一万九〇〇〇本、イの三号物件を同年六月一二日ころから平成一一年八月一五日までの間に少なくとも一三万六八〇〇本、それぞれ販売した(イ号物件合計一七万四四〇〇本)。
また、被告は、ロの一号物件を平成五年一〇月二六日から平成六年七月末日ころまでの間に少なくとも三二五〇本、ロの二号物件を同年七月一二日ころから平成八年五月末日ころまでの間に少なくとも九五〇〇本、ロの三号物件を同年一月一〇日ころから平成一一年八月一五日までの間に少なくとも二万九八〇〇本、それぞれ販売した(ロ号物件合計四万二五五〇本)。
(二) 原告は、被告がイ号物件を製造・販売しなければ、自社製の「ラジフォーカス ガイドワイヤーM アングル型RF―GA35153」を販売し、少なくとも一本当たり二二九〇円の純利益を得ることができたはずであり、イ号物件の製造・販売による原告の損害額は、少なくとも三億九九三七万六〇〇〇円(一七万四四〇〇本×二二九〇円)である。
また、原告は、被告がロ号物件を製造・販売しなければ、自社製の「ラジフォーカス ガイドワイヤーM ストレート型RF―GS35153」を販売し、少なくとも一本当たり二二七〇円の純利益を得ることができたはずであり、ロ号物件の製造・販売による原告の損害額は、少なくとも九六五八万八五〇〇円(四万二五五〇本×二二七〇円)である。
(三) したがって、原告の損害額は、四億九五九六万四五〇〇円である。
第三 当裁判所の判断
一 構成要件dにおける「超弾性金属体」の意義について
1 「超弾性」という用語の意味については、文献上、次のように説明されている。すなわち、金属は、外力(応力)を加えること(荷重)によって変形し、それが弾性限度を超えていれば、いわゆる塑性変形を起こし、外力の除去(除荷)によっても元の形状に戻ることはないのが通常であるが、ある種の合金においては、ある温度範囲で臨界応力を超える外力を加えると、見掛け上、塑性変形(条件次第では一〇パーセント以上にも及ぶ。)を生じるものの、その変形が一般の金属材料のように転位のすべりによるものではなく、応力誘起マルテンサイト変態によって生じたものであるため、外力を除去すると、逆変態によって完全に元の形状に戻るという性質がみられる。このような性質を「超弾性」という。(甲第一六号証ないし第二一号証及び乙第三号証並びに弁論の全趣旨によって認められる。)
ところで、乙第三号証(島村昭治編著『未来を拓く先端材料』株式会社工業調査会、昭和五七年)においては、超弾性についての説明として、超弾性合金の外部応力と伸びの関係を示した模式図(図4・6)が掲げられており、伸びが一定応力の下で比較的大きく変位し、伸びが増加しても応力の大きさが変わらないことが示されている。また、甲第一八号証(鈴木雄一「苦労しました!ゴム金属」金属五一巻一一号一五頁以下)においては、右と同様の模式図(図1)が掲げられているほか、Ni―Ti合金線の超弾性特性を表すものとして、引張応力と伸びの関係を示した図(図2)が掲げられ、伸びが一定応力の下で比較的大きく、五パーセント程度まで変位し、伸びが増加しても応力の大きさが変わらないことが示されている。甲第一七号証(清水謙一「形状記憶合金とその応用」日本ME学会雑誌・医用電子と生体工学二一巻二号六七頁以下)においても、超弾性を表すものとして、Cu―14.5重量%Al―4.4重量%Ni合金単結晶をマイナス九八℃、マイナス60.5℃の各温度で引っ張ったときの「応カ―ひずみ曲線」(図3(b)、(c))が掲げられているが、いずれもひずみが一定応力の下で比較的大きく変位する傾向がうかがえ(殊に図3(c)では、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらない傾向が顕著である。)、「臨界応力を越えると、いわゆるすべり変形が起きたかのように伸び量が急激に増大」する旨の説明が加えられている。さらに、甲第一九号証(日本金属学会編『改訂四版・金属便覧』丸善株式会社、昭和五七年)においても、超弾性を表すものとして、右と同じCu―Al―Ni合金単結晶を212.7K、192.2K、175.2Kの各温度で引っ張ったときの「応力―ひずみ曲線」(図3.146(a)ないし(c))が掲げられているが、いずれもひずみが一定応力の下で比較的大きく変位する傾向がうかがえる(殊に図3.146(a)では、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらない傾向が顕著である。)。これらの記載からすれば、応力と伸びないしひずみの関係において、伸びないしひずみが一定応力の下で比較的大きく変位することが、超弾性の特性の一つであるということができる。
しかしながら、他方、前掲甲第一八号証においては、Ni―Ti合金線の超弾性特性を表したものとして、応力と伸びの関係において、伸びが一定応力の下で大きく変位するのではなく、応力の大きさに伴ってなだらかに変位することを示した図(図3)も掲げられ、「フレーム用ワイヤの場合、超弾性特性だけでなく、通常より高い線径精度と真直度が要求されていたが、数次の設備および加工条件の改良により、図2のような特性のNi―Ti細線を作ることができた。現在では、線径が0.1mmまでの超弾性Ni―Ti線を精度よく製造することができる。これらのNi―Ti線は熱処理のやり方によって図3のようなややなだらかな超弾性特性をもたせることができる。」という説明が加えられている。これらの記載からすれば、伸びないしひずみが一定応力の下で比較的大きく変位するという前記の特性を示さないものについても「超弾性」の概念に含まれる余地があるものであって、「超弾性」という用語自体が学術上一義的なものであると断ずることはできない。
そうすると、構成要件dにおける「超弾性金属体」という用語の意義については、その用語自体において一義的に明確であるということはできないから、本件訂正明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載をも参酌して、これを解釈すべきである(特許法七〇条二項参照)。
2 甲第六号証の二(本件訂正明細書)及び第一五号証(平成一〇年二月九日発行の審決公報)によれば、本件訂正明細書の「発明の詳細な説明」の欄には、次のような記載がある。
(一) 本件発明に係るガイドワイヤの作用効果として、「先端側内芯部を超弾性金属体によって形成してあることにより、先端部に一定の応力のもとで比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性歪特性を備えることができる。」と記載されている(同公報九頁右欄四ないし七行)。
(二) 実施例の説明として、「上記内芯11の少なくとも先端側内芯部11Bは超弾性金属体によって形成されており、具体的に説明すると、内芯11は円形状断面の本体側内芯部11Aと板状断面の先端側内芯部11Bとをテーパ部11Cを介して一体化してなり、その全体を49〜58原子%NiのTiNi合金、38.5〜41.5重量%ZnのCu―Zn合金、数重量%XのCu―Zn―X合金(X=Be、Si、Sn、Al、Ga)、36〜38原子%AlのTi―Al合金等の超弾性(擬弾性)金属体によって形成している。」と記載されている(同公報九頁右欄一九ないし二六行)。
また、「第6図は、超弾性金属の応力―ひずみ特性を実線によって示し、一般的弾性金属の応力―ひずみ特性を破線によって示す線図である。すなわち、超弾性金属は、(1)回復可能な弾性ひずみが大きく、数%〜十数%にも達し、(2)ひずみが増加しても荷重の大きさが変わらないという特性を有している。したがって…また、上記ガイドワイヤ10はその先端側内芯部11Bを超弾性金属体によって形成していることから、先端部10Bに一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を備えることとなる。」と記載され(同公報一〇頁左欄一三ないし二五行)、「第6図」として、超弾性金属の応力とひずみの関係について、ひずみが一定応力の下で二パーセント前後から一〇パーセント程度まで変位し、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないことを示した線図が掲げられている。
(三) 実施例の作用の説明として、「上記ガイドワイヤ10は、先端側内芯部11Bを超弾性金属体により形成したので先端部10Bに一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を備えている。したがって、先端部10Bが蛇行血管等を傷付けることなく形状順応して血管等の所定部位に挿入できるように十分な柔軟性および変形に対する復元性を備え、かつ血管等の所定部位に留置するのに必要な適度な反発弾性を備える。」と記載されている(同公報一〇頁左欄四〇ないし四七行)。
3 前記2のような本件訂正明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載に照らせば、本件発明に係るガイドワイヤについては、超弾性金属が、(1)回復可能な弾性ひずみが大きく(数パーセントないし十数パーセントにも達する。)、(2)ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位し、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという特性を有しているため、ガイドワイヤの先端側内芯部を超弾性金属体(その具体的な合金の例は、前記2(二)のとおりである。)によって形成すると、ガイドワイヤ先端部に、ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位し、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらず、かつ、復元可能な弾性歪特性を備えるに至り、その結果、先端部が蛇行血管等を傷付けることなく形状順応して血管等の所定部位に挿入できるように十分な柔軟性および変形に対する復元性を備え、かつ血管等の所定部位に留置するのに必要な反発弾性を備えるという効果を奏するものであると、いうことができる。
そうすると、構成要件dにおける「超弾性金属体」とは、(1)回復可能な弾性ひずみが大きく(数パーセントないし十数パーセントにも達する。)、(2)ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位し、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという特性を持つ超弾性金属によって成形され、それをガイドワイヤの先端側内芯部として形成して使用したときに、ガイドワイヤの先端部に、ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位し、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという右の特性がそのまま現われるような物を意味するものと、解するのが相当である。
なお、右のとおり「超弾性金属体」が素材を指すものではなく、成形された状態の物を意味すると解することは、「超弾性金属体」が「超弾性金属」からなる物という意味で用いられているとする原告の主張とも、合致するところである。
4 原告は、超弾性を示す合金の引張試験による「応カ―ひずみ曲線」の形状は、合金の種類と製造方法によって大きく異なるものであり、本件訂正明細書の「第6図は」からで始まる記載部分については、第6図に図示された超弾性金属についての説明にすぎないと主張するが、本件発明に係るガイドワイヤがその効果を奏するためには、ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位し、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという特性が必要であることは、前記のような本件訂正明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載から明らかである。本件訂正明細書の他の記載部分を見ても、前記記載部分の説明対象を第6図に図示されたものに限定して解すべき理由を見出すことはできず、原告の右主張は採用することができない。
二 被告製品の構成要件dの充足性について
1 被告製品の先端側内芯部が前記一のような意義を有する「超弾性金属体」によって形成されているかどうかを判断するには、被告製品の先端側内芯部について引張試験を行い、応力とひずみの関係における特性(応力―ひずみ特性)を明らかにすることが有用であるが、前示のとおり、構成要件dにおける「超弾性金属体」が、それをガイドワイヤの先端側内芯部として形成して使用したときに、応力とひずみの関係において一定の特性を示す物を意味することからすれば、引張試験の温度条件については、ガイドワイヤの使用時の温度、すなわち、体温に近い温度とすべきであり、また、先端側内芯部の素材ではなく先端側内芯部そのものを試料として、引張試験を実施すべきである。
2 原告は、甲第一四号証(大塚和弘教授作成の鑑定書)を根拠に、イの一号物件及びロの一号物件の先端側内芯部が超弾性金属体によって形成されていると主張する。しかし、甲第一四号証は、「ある材料の性質を引張試験により評価する場合、試料形状の違いからくる要因を廃除するために通常は、外径均一の試料を使用する。テーパー状など外径が不均一な材料の場合には、その形状を考慮して測定し評価することも可能であるが、材料固有の性質をより詳しく調べるためには均一外径に整形した試料を用いるのが望ましい。」として、イの一号物件及びロの一号物件の先端側内芯部について、均一外径に整形した試料(試料2a、4a)を用いて引張試験を実施した結果を基に評価している。前示のとおり、構成要件dにおける「超弾性金属体」の特性の判断については、ガイドワイヤの先端側内芯部の素材ではなく先端側内芯部そのものを試料として引張試験を実施すべきであるから、甲第一四号証によって、イの一号物件及びロの一号物件の先端側内芯部が「超弾性金属体」によって形成されていることを認めることはできない。
もっとも、甲第一〇号証には、イの一号物件及びロの一号物件の先端側内芯部を均一外径に整形することなく、その先端から五センチメートルと一〇センチメートルの二か所で切断した五センチメートルのもの(試料A―4、S―4)について、四〇℃の温度で引張試験を実施した結果が記載されており(図―4、図―8)、回復可能な弾性ひずみが五パーセントにまで達することが示されている。しかし、いずれの実験結果においても、ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位し、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという特性は示されておらず、甲第一〇号証によっても、イの一号物件及びロの一号物件の先端側内芯部が「超弾性金属体」によって形成されていることを認めるには足りない。
3 原告は、甲第九号証(同教授作成の鑑定書)を根拠に、イの二号物件及びロの二号物件の先端側内芯部が超弾性金属体によって形成されていると主張する。甲第九号証の添付資料には、イの二号物件及びロの二号物件の先端側内芯部を均一外径に整形することなく、その先端から五センチメートルの箇所を切断したもの(試料1、3)について、四〇℃の温度で引張試験を実施した結果が記載されており(図―1、図―3)、回復可能な弾性ひずみが五パーセントにまで達することが示されている。しかし、いずれの実験結果においても、ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位し、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという特性は示されておらず、甲第九号証によって、イの二号物件及びロの二号物件の先端側内芯部が「超弾性金属体」によって形成されていることを認めることはできない。
4 原告は、甲第八号証(同教授作成の鑑定書)を根拠に、イの三号物件及びロの三号物件の先端側内芯部が超弾性金属体によって形成されていると主張する。甲第八号証の添付資料には、被告の製造・販売に係るガイドワイヤ(ハナコ・エクセレントワイヤーEX―A0.035×1500ミリメートル〔ロット番号〇七〇〇―一〇一九六四〕、ハナコ・エクセレントワイヤーEX―S0.035×1500ミリメートル〔ロット番号〇七〇〇―一一五七四八〕)の先端側内芯部を均一外径に整形することなく、その先端から五センチメートルの箇所を切断したもの(試料1、3)について、四〇℃の温度で引張試験を実施した結果が記載されており(図―1、図―3)、回復可能な弾性ひずみが五パーセントにまで達することが示されている。しかし、いずれの実験結果においても、ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位し、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという特性は示されておらず(なお、試料とされたガイドワイヤの滅菌日が不明であり、それがイの三号物件及びロの三号物件に当たるかどうかも、必ずしも明らかではない。)、甲第八号証によって、イの三号物件及びロの三号物件の先端側内芯部が「超弾性金属体」によって形成されていることを認めることはできない。
5 右のとおり、原告提出に係る甲第八号証、第九号証、第一〇号証及び第一四号証によっては、被告製品の先端側内芯部が「超弾性金属体」によって形成されていることを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、被告製品が構成要件dを充足すると認めることはできない。
三 結論
以上によれば、被告製品が本件発明の技術的範囲に属すると認めることはできないから、その製造・販売が本件特許権を侵害する行為に該当するとはいえない。
よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官三村量一 裁判官大西勝滋 裁判官中吉徹郎)
物件目録<省略>