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東京地方裁判所 平成8年(ワ)20305号 判決 2000年3月14日

原告

金子幸彦

被告

鴫原正

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金七五一万〇一三〇円及びこれに対する平成七年一月七日から完済に至るまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを七分し、その三を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して、一八五八万六六九四円及びこれに対する平成七年一月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、以下に述べる交通事故につき、原告が、被告鴫原正(以下、「被告鴫原」という。)に対しては民法七〇九条、被告丸井自動車株式会社(以下、「被告会社」という。)に対しては民法七一五条及び自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条に基づき、各損害賠償を求めた事案である。

一  前提となる事実

1  交通事故(以下、「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 平成七年一月七日午前一時一〇分ころ

(二) 場所 東京都世田谷区上北沢五―一三―六先路上(以下、「本件現場」という。)

(三) 加害者 普通乗用自動車(足立五六あ・一九八、タクシー、以下、「加害車両」という。)を運転していた被告鴫原

(四) 被害者 普通乗用自動車(練馬五五け六一一一、タクシー、運転者は訴外中山盛房、以下、「被害車両」という。)に乗客として乗車していた原告

(五) 態様 加害車両が停車中の被害車両に追突し、その結果原告が負傷した。

2  責任

被告鴫原は、前方不注視により本件事故を惹起させたものであるから民法七〇九条により、また、被告会社は、加害車両の保有者であり、また、被告鴫原の使用者であって、本件事故は被告鴫原がタクシー業務の執行中に惹起したものであるから、自賠法三条及び民法七一五条により、原告の本件事故による損害を賠償すべき義務がある。

3  傷害結果

右事故により、原告は、次のとおり医療機関で治療を受けた。

(一) 頸椎捻挫、腰椎捻挫、両膝打撲

<1> 日本赤十字社医療センター(以下、「日赤医療センター」という。)

通院 平成七年一月七日

<2> 麻布病院

入院 平成七年一月七日から同年三月二〇日(七三日間)

通院 平成七年三月二一日から平成八年八月二〇日まで(通院実日数一四六日)

<3> JR東京総合病院整形外科(以下、「JR病院」という。)

通院 平成八年六月一〇日から同年七月一九日(通院実日数四日)

(二) 眼底(硝子体)出血

東京都済生会中央病院(以下、「済生会病院」という。)

通院 平成七年二月一七日から平成八年六月一一日まで(通院実日数一四日)

入院 平成七年一一月一四日から同月二三日まで(一〇日間)

4  自賠責保険からのてん補 合計三四二万〇一〇〇円

原告は、本件事故につき自賠責保険の被害者請求をなし、次のとおり給付を受けた(後遺障害分につき乙第一六号証の一、二)。

(一) 平成七年九月一二日

傷害分に対するものとして一一八万〇一〇〇円

(二) 平成九年一〇月一五日

右眼の視力障害として、自賠法施行令二条別表の後遺障害等級(以下、「後遺障害等級」という。)一三級一号

右眼の視野狭窄として後遺障害等級一三級二号

併合により後遺障害等級一二級相当と判断され、これに対応する自賠責保険金額二二四万円を受領した。

二  争点

1  原告の主張する傷病、後遺障害と本件事故との因果関係

原告は、前記一3で述べた治療全部が本件事故と因果関係があり、また、後遺障害としては、頸椎捻挫が後遺障害等級一二級一二号に、眼科疾患が一二級一号に、腰椎捻挫が一二級一二号にそれぞれ該当し、併合等級としては一一級であると主張している。

これに対して被告は、本件交通事故によって原告が負った傷害は、就労不能期間としては事故発生日から一か月程度であり、また、相当な治療期間としては事故発生日から二か月間であり(平成七年三月七日ころには症状は固定していた。)、さらに、後遺障害については自賠責保険で認められた眼科疾患を含めて一切生じていないと主張しているほか、仮に、原告の傷害が本件事故と因果関係があるとしても(後遺障害が認定された場合は後遺障害も含む。)、原告の心因性反応、既往症ないし体質的要因が寄与して治療期間が極めて長期化し損害が拡大したものであるから、民法七二二条二項を類推適用して相当割合の過失相殺がなされるべきであると主張している。

2  各損害額

原告の主張する損害額に関して、被告は、前記の因果関係を争うので、当然右に関連する損害額をも争っているが、休業損害及び後遺障害逸失利益が認められる場合の基礎収入についても争っている。

第三当裁判所の判断

一  原告の負った傷害及び後遺障害について

1  原告の受傷状況

本件では、原告の受傷部位及び程度が争点になっているので、原告の事故時の受傷状況について検討する。

(一) 原告は、被害車両に乗車中に加害車両に追突されたものであることは、事案の概要でも述べたとおりである。

停止していた被害車両は、本件追突により約四・二メートル前方に押し出された(警察の実況見分の結果等、甲第二〇号証の五、六)のであるから、追突時の加害車両の速度は時速約一五ないし二〇キロメートルであったと推認される(甲第二九号証の参考資料1)。

(二) 原告は、本人尋問の中でその状況を次のように説明している。原告は、停止していた被害車両の後部座席から腰を浮かし加減で助手席の背もたれに左手をついて身を乗り出すようにして頭が前の座席の近いところにある状態で、被害車両の運転手に道順を教えていたところ、加害車両に追突された。その衝撃で前の運転席の方につんのめって額を車両のダッシユボードに打ちつけたが、その後に後部座席に座った(後部座席に座った点ははっきりしない。)。車外に出たところで吐き気がして吐いた。

(三) 原告は、事故後救急車で搬送された日赤医療センターの診療録からも明らかなように、受傷時は飲酒のため泥酔状態にあった(甲第二三号証)。

(四) 被告らは、本件事故状況について、次のとおり主張している。

本件追突時の速度が前述のとおりであるから、頸椎捻挫や腰椎捻挫が発症した可能性は否定できないが、本件は追突形態の事故であり、原告に後屈が強いられることはあっても前屈が強いられることはないから、頭部打撲や両膝打撲のような傷害を負うことは考えられない。

(五) 本件の客観的な追突状況に鑑みれば、原告の頸椎捻挫及び腰椎捻挫の発症した可能性は否定できないことは被告らも認めるとおりである。

問題は、原告の主張する頭部打撲、両膝打撲の傷害、さらには、外傷性の眼底出血または硝子体出血が生じるかである。

被告が主張するように、本件が追突事案であるから、物理学的には、慣性の法則により原告の体は後方に移動し、頸部等には後屈の状態が出現すると考えられるのに、原告の説明はこれと相当相違している。

原告は、腰を浮かし加減にあったというから、身体が衝突による外力を非常に受けやすい姿勢であったのに、慣性の法則とは違って、身体が前部座席を乗り越えるような形で、頭部(額)をダッシュボードに打ち付け、その後に後部座席に座ったような形になったとしているのは、本件事故状況に照らし不合理な説明と言わざるを得ず、たやすく信用することはできない。

他面、原告は、前述のとおり、泥酔状態であったから、受傷時の記憶が明確かどうかの疑問があり、また、泥酔状態の場合には、一般に予測できない形で受傷することもあり得る。

本件事故の具体的な状況から見て、原告の頸椎捻挫及び腰椎捻挫の発症は考えられるところであり、また、それ以外の傷害(眼底出血及び硝子体出血を含む)も、本件事故状況からこれらの発症を直接的に基礎付けることはできない(原告本人の説明には疑問がある。)が、逆にまったく可能性を否定することも困難である。

2  治療経過

原告は、事案の概要で述べたような治療経過を辿ったが、もう少し詳細に検討することとする。

(一) 日赤医療センター

事故直後に救急車で搬送された病院であるが、傷病名としては、頸椎捻挫及び腰部打撲のみであり、意識障害はなく、神経学的な異常もないとされている。具体的な症状としては、頸痛、悪心、腰痛を訴え、レントゲン写真上、第五と第六頸椎間、第五腰椎と第一仙椎間に狭小化が認められるものの、ともに正常範囲内であり、スパーリングテストは陰性、上肢筋力の低下なく、知覚も異常なく、反射も正常とされていた(甲第三号証の一、甲第二三号証、甲第二九号証)。

(二) 麻布病院

事故当日日赤医療センターから一時帰宅した後に入院した病院である。

診断書関係を整理すると、平成七年一月一一日付けのもの(甲第六号証)が、頭部打撲、頸椎腰椎捻挫、両膝打撲となっており、同月七日から約二か月の治療を要すとされ、同年二月一七日付けのもの(乙第三号証の一)では、眼底出血が付加され(ただし、麻布病院には眼科はない。)、症状的には激しい頭痛と嘔吐があったが入院加療により徐々に軽快に向かってきているとされ、極めて神経質であること、安静を要することから個室を使用している旨の記載がある。同年三月一日付けのもの(乙第四号証の一)では、頭痛、嘔吐のほか視力障害が著しいことが付加されている。同年三月二五日付けのもの(乙第五号証の一)では、症状的には頸項部から腰部に掛けての疼痛が持続していることが記載されているが、同月二〇日に退院したことも併せて明らかにされている。同年五月一二日付けのもの(乙第六号証の一)では、同じような症状の記載と、針治療等により最近かなり軽快に向かってきたとされ、同年七月三日付けのもの(乙第七号証の一)では、天候の悪いときに症状が悪化する傾向と梅雨明けころにはかなり軽快すると予測されている。

後遺障害診断書(平成八年八月二〇日付け、乙第一〇号証)によれば、平成八年八月二〇日症状固定で、傷病名は「頭部打撲、眼底出血、頸椎・腰椎捻挫、両膝打撲」とされ、自覚症状として、「頭が重い。頸項部痛、背部痛、腰痛、両膝の疼痛持続す。両下肢がつれる。右手のしびれ感あり。上記症状天気の悪いとき悪化の傾向あり。」、他覚症状等として、「頸項部の筋硬直著明。両膝の軽度腫脹。右前腕より手に掛けての知覚異常あり。」と各記載され、見通しとして「前記症状の緩解には長期間を要するものと思われます。」とされている。

また、カルテ、看護記録等(甲第二四号証)によると、原告は、当初から頸部痛、頭痛、吐き気、腰痛、両膝痛を訴えていた。平成七年一月一一日のカルテに「右目の視力が悪い」と記載があり、その後同月一七日及び一八日にも右眼の痛みを訴えていたことが認められる。

同病院入院中、原告は頸部痛を主とする痛みを訴え、針治療、マッサージ、超音波治療、注射、点滴等の治療を継続して受けていた。

原告は、同病院に入院し、最初は歩けなかったとか、約一か月は絶対安静であったとか述べている(本人尋問)が、入院した当日である平成七年一月七日でも、トイレにはふらつくこともなく自力歩行できたとされている(甲第二四号証、看護記録)。

看護記録を通覧すると、原告は種々の痛み訴えていた反面、平成七年の二月下旬になると、かなり症状が緩和、安定していたのではないかと推認される記載もある(たとえば、二月二四日の「本人フラフラ廊下を歩いたり安静にしていない」、同月二五日の「具合悪そうには見えず、安静守られていない」等)。

退院後の治療は、針治療、マッサージ、マイクロウエーブ等であり、これらの治療を繰り返すのみであった(乙第八号証)。

以上の麻布病院での診療経過を全体的に観察すると、他覚所見はさほどないにもかかわらず(嘔吐の事実はあったようだが、その際も食事は全量摂取したとされている。たとえば看護記録一月一七日欄)、医師らが極めて神経質と評価するほど、原告が種々の痛みや不安を訴えていたために、理学療法等の治療が繰り返され、結果的に治療期間も医師の時々の判断よりも相当長期にわたったものと評価するのが相当である。

(三) 済生会病院(書証は主として乙第九号証、甲第一九号証)

平成七年二月一七日麻布病院の紹介で眼科を受診し、治療を受けた病院である。

初診時、本件事故の際に額の中央をタクシーのメーターに強打したと原告が説明しているようであるが、原告が本人尋問の際に述べた内容と必ずしも一致しない。診察では、右眼の視力が二〇センチメートル手動弁であり、視力障害が認められ、同日付けで右眼硝子体出血との診断書が作成され、継続通院を指示されていたのに通院せず、再診したのは麻布病院を退院してから五か月以上経過した同年九月六日であった。

再診までの間、初診時の担当医師は、損害保険リサーチの担当者と面談し、直接の眼球打撲ではないこと、視力低下が本件事故から何日か経過していること等を根拠に、原告の視力低下が外傷によるものかどうかは不明であると説明している。

同年九月六日再診し、右眼の視力は光覚弁とさらに悪化していた。その後の通院時に、原告は本件事故による硝子体出血の診断書を希望したり(九月二七日、実際にそのような趣旨の診断書が作成されている。)、また、本件裁判のことを意識してか、手術前に症状固定の診断書を要求したりしている(一〇月二四日、同月二七日)。

手術前の検査によって、右眼の眼底に光凝固瘢痕が認められ、六、七年前に、網膜中心静脈分枝閉塞症による眼底出血の際に処置を受けていることが判明し、併せてアルコール性肝炎でもあった。聴診及び打診の範囲内では、原告の症状は眼圧症状及び打撲による出血のみでは考えにくく、前記の既往症の関与があると原告本人にも医師が説明している(一一月一四日)。

同年一一月一四日から二三日まで入院し、同月一六日に硝子体茎離断の手術を行い、術中の所見として、原告は後部硝子体剥離が起きており、外傷時の衝撃に伴う後部硝子体剥離による硝子体出血と思われるとされ(乙第九号証一〇三頁)、手術後の経過は良好として視力は回復しているが、左眼と比較すると、前述した既往症めために不良であり、その回復は困難であるとされている(一二月一二日)。

診断書関係では、平成七年一二月七日付けのもの(乙第九号証五五頁)は、前記の術中所見とほぼ同一の見解を示し、平成八年四月二日付けのもの(乙第九号証五九頁)では、右眼の視力は矯正で〇・三、裸眼で〇・一まで改善しているとされた。後遺障害診断書(平成八年六月一一日付け、乙第一一号証の一)は、平成八年四月二四日症状固定で、傷病名は「右硝子体出血に対する硝子体茎離断術後」、自覚症状は「右視力低下、視野狭窄」とされ、他覚症状とじては、硝子体出血は術後消失しているが、(右)視神経乳頭陥凹及びやや蒼白となっており、受傷後一時高眼圧などの影響による視神経障害と思われる」、視力は右〇・一(矯正〇・三)、左〇・六(矯正〇・九)、調節機能は右が近点三三センチメートル、遠点一〇〇センチメートル、調節力三D、左が近点二二センチメートル、遠点二六〇センチメートル、調節力四・五D」とされ、視野は狭窄となっている。

なお、看護記録上、原告は、本件事故により麻布病院に入院し三日間意識がなかったと非常に誇張した説明をしたことが窺える(乙第九号証一二八頁)。

(四) JR病院

本訴係属中の平成八年六月一〇日から、原告代理人の紹介により治療を受けた病院である(乙第一四号証五頁、六頁)。

同病院でのMRI画像上、腰椎第四/第五、腰椎第五/仙椎第一の椎間板が正中部で突出ありとされ、椎間板ヘルニアとの診断がなされている一方、頸椎には異常を認めないとなっている(同一二、一三頁)。

後遺障害診断書(平成八年八月二〇日診断、平成一〇年七月一六日付け、乙第一三号証)では、傷病名は「外傷性頸部症候群、外傷性腰椎椎間板ヘルニア」となっており、自覚症状として「頸部痛と腰痛、右下肢及び右上肢のシビレ感」他覚症状として前記の椎間板ヘルニアのほか、「ラセーグ両側八〇度でアキレス腱反射及び膝蓋腱反射がやや低下していた。なお本症状は事故後より発症との由。事故に起因したものと思われる。また、頸部痛及び腰痛残存。」と記載されている。

3  以上の原告の受傷状況及び治療経過をふまえて、原告の主張する傷病が本件事故から生じたものかを検討する。

(一) 被告は、医師鈴木庸夫の意見書(甲第二一号証、第二九号証。甲第二九号証の方がより詳細であるので、以下において「鈴木意見書」という場合は甲第二九号証を示すこととする。)を提出して、自己の主張を基礎付けている。

これに対し原告は、鈴木意見書が原告を実際に診察していないこと、鈴木医師が法医学のみを専攻とすることを挙げて、信用性がまったくないと断じている。

たしかに、鈴木医師が原告主張のとおり、実際に原告を診察をしているわけではなく、また、法医学を専攻していることは事実であるが、しかし、鈴木意見書は、その内容において、原告が論難するような一顧だに値しないという内容ではなく、むしろ、意見書を十分検討すれば、鈴木医師が各医療記録に丹念にあたって検討を進めていることは明らかである。

原告の鈴木意見書に対する反論は、形式的な面のみをとらえて実質的な内容についての反論を放棄していると評価されてもやむを得ない。

(二) 右眼の傷害について

前記受傷状況の検討において、右眼の眼底出血あるいは硝子体出血が生じたとするには、本件事故態様はやや不自然である。追突事案の被追突車両の後部座席同乗者であるにもかかわらず、後部座席側にいた原告が前部座席を越えてダッシユボードやメーターに衝突すること自体考えにくい上、直接眼球に衝撃が加わってもいないし、救急車で運ばれた赤十字医療センターでは頭部の外傷すらも確認されていないのに、外傷性の硝子体出血が生じるというのはなおさら不自然である。

しかしながら、済生会病院の診察を受けた際には、硝子体出血が存在したのは事実であるし、原告には網膜中心静脈分枝閉塞症という既往症があるものの、数年以上も前に一応の処置を受けた既往症によって今回の出血が生じたとは考えにくい。

原告の診察に当たった松崎医師は、当初、原告の右眼の症状が外傷性のものかどうか疑いを持っていたが、その後の診察、手術等を経て、外傷性の後部硝子体剥離が起きたものとして診断書を作成している。

このような、硝子体出血という明確な症状が存在する本件においては、原告が本件事故により受傷したものと考えることが相当である。

原告が受傷時泥酔状態であったことを考えると、原告自身が仮に記憶が明確ではないとしても、頭部を打撲することはあり得ると言うべきである。

また、後遺障害としても、後遺障害診断書等から、後遺障害等級の一三級一号(視力低下)及び一三級二号(視野狭窄)との自賠責保険側の判断は相当である。

ただし、原告には前記の既往症があり、これがために、手術をしても視力が容易に回復しないという関係があるから、本件事故以前の既往症が現在の原告の後遺障害に寄与していることは明白である。そして、その割合としては、既往症の寄与度は少なくとも四割は下らないものと認めるのが相当である。

(三) 頸椎、腰椎関係

原告が本件事故により頸椎捻挫、腰椎捻挫の傷害を負ったことはほぼ争いのない事実であるが、どの程度のものかは争いがある。

前述したように、本件事故から約一年五か月経過したJR病院では、原告の腰椎椎間板ヘルニアが確認されている。しかし、それまでの病院(日赤医療センター及び麻布病院)では確認されておらず、また、JR病院では、本件事故前には症状はなかったという原告本人の話から因果関係を肯定しているものと思われる。

この点、鈴木意見書によれば、頸神経根圧迫を示す上肢の知覚低下、腱反射低下などなく、また、腰神経根圧迫を示す下肢の知覚低下、腱反射低下なども見いだせないから、原告の治療に長期を要した症状は、椎間板ヘルニアとは関係がないと結論付けている。

しかし、頸椎、腰椎捻挫の症状は、時に、他覚的な所見がなくても患者本人の痛み等の訴が強い場合があり、本件においては、腰椎に椎間板ヘルニアが認められる(椎間板ヘルニアが存在することは鈴木意見書も認めているところ、本件の証拠関係によれば右ヘルニアは本件事故後に生じたものと考えられる。右ヘルニアが本件事故とは別の原因で生じたとの反証は不十分である。)のであるから、知覚低下等の所見がなかったからといって、頸椎、腰推捻挫の傷害がなかったとは言えない。

また、後遺障害の観点からすれば、腰椎椎間板ヘルニアが医学的に証明される(MRI画像上)ことからすれば、因果関係の点で被告の反証が不十分である以上、後遺障害等級一二級一二号として扱うのが相当である。

ただし、治療経過の点でも指摘したように、原告は極めて神経質であり、かつ、痛み等の訴について客観的にみれば誇張した表現をとっていると窺われることからすれば、原告の訴える痛みを中心とする神経症状の程度及び治療の長期化について、原告の心因的要因の寄与を認めざるを得ず、頸推捻挫や腰椎捻挫(椎間板ヘルニア)の通常の治療期間が三か月から六か月とされていることや、入院することがあっても通常は個室を使用することはないこと等を勘案し、たとえば治療費の関係では、割合的に四割は原告自身の心因的な要因が寄与しているものと認めて減額するのが相当である。

二  各損害額

原告主張の各損害額について検討する。冒頭に認容額を示す。

(一)  治療費 二一五万三九一〇円

原告の請求額は、以下のとおりであり、合計額は三四五万〇〇一八円である。

(1) 日赤医療センター 金三万一一五〇円

(2) 麻布病院 金三二四万〇二七〇円

(3) 済生会病院 金一七万八五九八円

原告の請求する治療費のうち、日赤医療センター分及び済生会病院分は、本件事故による傷害の治療としてすべて相当因果関係が認められる。

しかし、麻布病院の治療費は、前述したように原告の心因的な要因も寄与して、入院中個室を使用したり、治療期間(入院期間も含む)が長期化したものであるから、原告の請求額の六割をもって本件事故と相当因果関係があるものと認める。

したがって、麻布病院での治療費のうち、被告らが賠償すべき金額は、一九四万四一六二円であり、治療費全体としては、二一五万三九一〇円である。

(二)  ビル管理外注費 七〇万円

原告は、原告が管理するマンションについて平成七年一月から三月まで訴外清水康弘に外注し、その外注費として、一月に五二万六〇〇〇円、二月に六〇万円、三月に六七万五〇〇〇円を支払ったとして合計一八〇万円を請求している。

たしかに、原告が入院中は、原告のマンション管理の仕事を誰かに依頼する必要性があったことは肯定できる。しかし、右金額がどのような基準で決められたのか疑問であるし、月々の金額が違うことの説明もない。したがって、訴外清水に支払った金額全部を本件事故と相当因果関係にある損害とすることはできないというべきである。原告が事故当時マンション管理会社から受けていた給与月額約二〇万円(ただし、右給与以外に原告がこのマンションに居住できるという利益をも得ている。原告本人)を参考に、入院自体も原告の心因的要因により長期化したこと等を考慮し、全部で七〇万円をもって相当と認める。

(三)  入院雑費 八万一九〇〇円

原告の請求額は、一日一三〇〇円で、入院日数八三日分の一〇万七九〇〇円である。

麻布病院での入院が原告の心因的要因のために長期化したものと考えられることは前述したとおりであるが、入院雑費の関係では、遅くとも平成七年二月末には退院が可能だったと考えて処理するのが相当である。二月下旬ころには、治療内容も画一化し、入院していなければできない治療はないと思料されること、看護記録上同年二月下旬ころから入院している必要性が乏しいと思われる記載があることから、二月末日までの入院を入院相当期間と認めて処理する。

したがって、麻布病院での入院期間は五三日となり、済生会病院の入院期間は一〇日間であるから、計六三日として八万一九〇〇円となる。

(四)  傷害慰謝料 一七〇万円

原告は、入院三か月、通院七か月として、二三〇万円を請求している。

原告の入通院状況は、事案の概要で説明したとおりであるが、麻布病院の入通院については、原告の心因的要因による治療の長期化という問題があるので、これを加味すると、全体として入院二か月、通院八か月と評価するのが相当であるから、その慰謝料としては一七〇万円が相当である。

(五)  後遺障害逸失利益 二九二万五五七〇円

原告は、男子労働者学歴計企業規模計六〇歳から六四歳までの平均賃金である年収四六四万八九〇〇円を基礎収入とし、労働能力喪失率二〇パーセント、稼働年数九年(症状固定時六二歳)のライプニッツ係数を七・一〇八を使って算出した六六〇万八八七六円を請求している。

まず、原告の基礎収入を検討する。原告は、給与として年間二九四万円、清掃代として年間二一六万円、さらにはマンションに居住する利益供与があるから、原告の収入は原告の主張する賃金センサスを下回ることはないと主張している。

しかし、マンション居住の利益は今現在でも居住しているから、本件の場合まったく逸失利益の算定に関係ない(マンションの管理人を辞めさせられ、マンションから退去した場合に問題になるにすぎない。)し、清掃代として主張しているものは、金子レイ名義の預金口座に振り込まれている(そして、原告の給与は右口座には振り込まれてはいない。)ことから、おそらく原告の妻に対する支払いであると思料され、これを直ちに原告の基礎収入に加えることはできないというべきであり、また、本件事故による原告の休業と無関係に金額が変動していることから、被告の主張するとおり本件事故との相当因果関係を欠くものと思料される。当時の原告の給与を証明する公的な書類が証拠として提出されている訳ではない。

したがって、乙第二六号証及び原告本人尋問の結果から、後遺障害逸失利益を算定する上での基礎収入としては、年収二九四万円とみるのが相当である。

次に労働能力喪失率を検討する。

原告の後遺障害は、一つには右眼の視力低下と視野狭窄であり、この点は自賠責保険関係で両者を併せて一二級との判定が出ており、さらに前記に認定した腰椎椎間板ヘルニアを主とする神経症状は、他覚的に神経系統の障害が証明されるものとして後遺障害等級一二級一二号に該当すると判断される。

後遺障害の併合の原則により、原告の後遺障害は一一級相当として扱うことになるが、左眼の関係では前記のとおり原告の既往症の寄与度が四割認められ、腰椎椎間板ヘルニア関係でも、原告の自覚症状としての痛み等は原告の心因的な要因もあって増幅していると考えられる。

一方、原告の仕事であるマンション管理業務に、原告の前記各後遺障害がどの程度支障になるか考えてみるに、一般の作業、事務と比較して障害の程度がより大きいとは認められない。

以上の諸事情をふまえれば、原告の本件事故と相当因果関係のある後遺障害逸失利益を算出に当たっての労働能力喪失率は、一四パーセントと認めるのが相当である。

よって、後遺障害逸失利益をライプニッツ係数を用いてその現価を求めると以下のようになる。

二九四万円×〇・一四×七・一〇七八=二九二万五五七〇円

(六)  後遺障害慰謝料 二七〇万円

原告の請求額は三九〇万円であるが、前述した後遺障害の内容等からみて、本件事故と相当因果関係のある後遺障害慰謝料としては、金二七〇万円が相当である。

(七)  小計 一〇二六万一三八〇円

(八)  損害のてん補後の額 六八一万〇一三〇円

原告が自賠責保険から計三四二万〇一〇〇円の支払いを受けたことは当事者間に争いがなく、甲第三号証によれば、被告側が三万一一五〇円を日赤医療センターに支払ったことが認められるから、合計三四五万一二五〇円の損害のてん補を受けた。

したがって、てん補分を控除した額は、六八一万〇一三〇円となる。

(九)  弁護士費用 七〇万円

原告が本件訴訟を原告代理人らに本件訴訟の追行を委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、本件事案の内容、認容額、審理経過に照らし、賠償を求めることができる弁護士費用は七〇万円とするのが相当である。

(一〇)  総額 七五一万〇一三〇円

以上により、原告が被告らに請求できる金額は、七五一万〇一三〇円及びこれに対する遅延損害金である。

第四結論

以上のとおりであるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 村山浩昭)

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