東京地方裁判所 平成8年(ワ)20433号 判決 1997年2月26日
《住所略》
原告
久保田一三
《住所略》
被告
庭山慶一郎
右訴訟代理人弁護士
庭山正一郎
同
須藤修
同
田村恵子
同
中久保満昭
《住所略》
被告
丹羽進
右訴訟代理人弁護士
小沢征行
同
秋山泰夫
同
香月裕爾
同
香川明久
同
露木琢磨
同
宮本正行
同
吉岡浩一
同
北村康央
《住所略》
被告
河野敏
右訴訟代理人弁護士
上野隆司
同
廣渡鉄
同
高山満
同
浅野謙一
主文
一 原告の本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の申立て
一 原告の請求
被告らは、日本住宅金融株式会社に対し、各自金890億円を支払え。
二 被告らの本案前の申立て
原告の本件訴えを却下する。
第二 事案の概要
本件は、日本住宅金融株式会社(以下「日住金」という。)の株主である原告が、日住金の取締役であった被告らに対し、融資先である末野興産グループ各社に対する貸付の審査、管理、回収について、取締役としての善管注意義務を怠ったため、不良債権を発生させたとして、融資残高890億円相当の損害賠償を求めたのに対し、被告らが、右訴えの適法性(原告の株式保有期間、会社に対する提訴請求の要件等)を争っている事案であり、当事者双方の主張の要旨は以下のとおりである。
一 原告の主張
1 原告適格
原告は、日住金の株式につき、平成8年4月2日15万株を取得した後、同年8月30日までに、右15万株を含む合計400万株を取得し、本訴提起(同年10月22日訴状受付)までに、合計1000万株の株主となり、現在に至っている者である。
したがって、原告は、「6月前ヨリ引続キ株式ヲ有スル株主」(商法267条1項)として、本件株主代表訴訟の原告適格を有する。
なお、原告が、その取得した日住金の株式について株主名簿の名義書換を受けたのは、平成8年8月30日(400万株について)であり、右名義書換の日から本訴提起までの期間は6か月に満たないが、これは、原告が、取得した日住金の株式について、株券保管振替制度を利用するにあたり、当該株券を保管振替機関に預託した時点で、実質株主名簿に株主として登録されるものと誤信していたためである。
商法267条1項の明文上、代表訴訟の提訴権者について、特に株主名簿上の株主であることが要求されているわけではなく、同条項所定の株式保有期間の要件の趣旨が、濫訴の防止にあることからすると、本件原告のように、取得した株式について、当初株券保管振替制度を利用したために、株主名簿の名義書換が遅れただけで、濫訴の意図のない株主については、6か月以上継続して実質的な株主であることを、株主名簿以外の証拠資料によって証明した以上、原告適格が認められて然るべきである。
2 会社に対し提訴請求を経る必要のないこと(会社ニ回復スベカラザル損害ヲ生ズル虞)
原告は、本訴提起に先立ち、商法267条1項、2項所定の会社に対する提訴請求の手続を経ていない。
しかし、日住金は、本訴提起当時、株式会社住宅金融債権管理機構に対しその業務の移管を進めており、日住金に対する提訴請求及び30日の期間経過を待つならば、被告らが、日住金の清算人や旧役員、経理担当者等に働きかけるなどして、取締役会議事録や帳簿書類等、本訴に関連する重要な証拠を隠滅し、被告らに対する損害賠償請求権の行使を困難にすることにより、日住金に回復すべからざる損害を与えるおそれがあった。
したがって、原告が本訴を提起するにつき、会社(日住金)に対する提訴請求を経なかったことについては、商法267条3項所定の事情(会社ニ回復スベカラザル損害ヲ生ズル虞)があるというべきである。
3 被告らの責任
日住金は、昭和62年3月期以降、法人向け融資を急激に拡大し、その一環として、末野興産グループに対する貸付を拡大したが、その結果、平成8年8月14日時点で融資残高890億円の不良債権を抱えるに至り、同額の損害を被った。
被告庭山は、昭和61年3月期から平成8年3月期まで、日住金の代表取締役の地位にあったのであるから、前記末野興産グループに対する貸付の拡大について、融資前の審査から融資の実行、融資後の管理、債権回収に至るまで、取締役としての善管注意義務を尽くすべきであったところ、その義務を怠ったため、日住金に前記損害を与えたものである。
被告丹羽は、平成2年6月に日住金の取締役に就任し、平成4年6月同社の代表取締役に就任した者であり、右代表取締役就任後は、前記末野興産グループに対する貸付金の使途の管理及び債権回収について、取締役としての善管注意義務を尽くすべきであったところ、その義務を怠ったため、日住金に前記損害を与えたものである。
被告河野は、平成2年6月に日住金の取締役大阪営業本部大阪営業第二部長に就任し、平成6年6月28日退任するまで、同社の取締役の地位にあった者であるが、同被告は、少なくとも昭和59年4月に同社大阪営業第二部次長職に就いて以来、末野興産グループに対する融資に関与してきたはずであるから、前記末野興産グループに対する貸付の拡大について、融資前の審査から融資の実行、融資後の管理、債権回収に至るまで、取締役としての善管注意義務を尽くすべきであったところ、その義務を怠ったため、日住金に前記損害を与えたものである。
したがって、被告らは、連帯して、日住金に対し、末野興産グループに対する融資残高890億円相当の損害賠償責任を負うというべきである。
なお、末野興産グループに対する具体的な融資の細目は明らかでないが、一株主である原告が、本訴提起前に訴訟資料を収集することについて、限界があることからすると、本訴提起後の証拠収集を通じて、更に具体的な主張を行えば足りるというべきであるから、本訴提起の時点における請求原因の主張としては、欠けるところはないというべきである。
二 被告らの主張(本件訴えの適法性について)
1 原告が株式保有期間の要件を充たさないこと
株主代表訴訟の原告適格は、会社に対する関係で株主を主張できる者に認められるべきであるから、商法267条1項所定の株式保有の要件も、株主名簿の名義書換により会社に対し株主たる地位を対抗できるようになってから6か月間の株式保有が必要と解すべきである。
ところが、原告が取得した日住金の株式につき、株主名簿の名義書換を受けてから本訴を提起するまでの期間は、6か月に満たないのであるから、原告は、本訴につき原告適格を有しないというべきである。
2 原告が会社に対する提訴請求の手続を経ていないこと
原告は、本訴の提起に先立ち、日住金に対し、被告らに対する訴の提起を請求しておらず、その理由として、証拠隠滅のおそれ等を主張するが、証拠隠滅のおそれは、商法267条3項所定の「会社ニ回復スベカラザル損害ヲ生ズル虞」に当たらないというべきであり、仮に証拠隠滅のおそれが右要件に当たる場合があり得るとしても、本訴において、原告が主張する証拠隠滅のおそれは、具体性に欠けるから、右規定の定める「会社ニ回復スベカラザル損害ヲ生ズル虞」に該当する事由は認められないというべきである。
3 株式取得目的の不合理性と原告適格の不存在
原告は、日住金が会社解散の決議を経て清算手続に入ることを知りながら、あえて、無価値同然の同社株式を安価に購入した者である。
原告が、このように無価値同然の株式を購入したのは、別途、日住金を被告として、会社解散を内容とする株主総会決議の取消訴訟を提起することにより、解散の効力を否定する判決を得ることができれば、将来株価の値上がりによる利益を得ることができる、と考えたからであった。
しかし、このような意図で株式を取得した原告は、当該株式の株価の動向について合理的期待を有する株主とはいえないから、株主代表訴訟の原告適格を有しないというべきである。
4 不当訴訟(権利濫用)
日住金は、既に会社解散の決議をした上、その営業を、株式会社住宅金融債権管理機構に譲渡しており、仮に原告主張の損害賠償請求権が存在すると仮定しても、右損害賠償請求権も営業譲渡の対象として、株式会社住宅金融債権管理機構に移転しているから、原告主張の損害賠償請求権は、日住金に帰属していない。
したがって、日住金の株主である原告が、被告らに対し、株主代表訴訟に基づく損害賠償を請求する余地はなく、原告の本訴請求に理由のないことは明らかであり、それにもかかわらず提起された本訴は、被告らに対する悪意の嫌がらせを目的としたものとみることができるから、本訴の提起自体権利の濫用に当たるものとして、却下されるべきである。
第三 当裁判所の判断
一 まず、本件訴えにおける原告適格について判断する。
商法267条1項は、「6月前ヨリ引続キ株式ヲ有スル株主」が、会社に対し取締役の責任を追及する訴の提起を請求することができる旨規定しており、右規定を受けて、同条2項は、会社が前項の請求のあった日から30日内に訴を提起しないときは、「前項ノ株主」は、会社のため訴を提起することができる旨規定し、同条3項も、前項の定める期間の経過により会社に回復し難い損害を生ずるおそれあるときは、「第1項ノ株主」は、直ちに前項の訴を提起することができる旨規定していることから明らかなとおり、本訴における原告適格として、原告が、「6月前ヨリ引続キ株式ヲ有スル株主」であることが必要である。
ところで、株主代表訴訟は、特定の株主が、会社のために取締役の会社に対する責任を追及する訴訟として、その確定判決の効力は会社に及び(民事訴訟法201条2項)、その訴の提起は、会社の財産及び経営に影響を与える株主権の行使に当たるとみることができ、しかも、商法267条2項によれば、取締役の会社に対する責任の追及について、第一次的には、会社が、同条1項の株主から訴提起の請求を受けてから30日内に自ら訴を提起するかどうかの判断を行うものとされていることからすると、前記「6月前ヨリ引続キ株式ヲ有スル株主」とは、会社との関係で株主と認められる者をいうものと解される。
したがって、株式を第三者から取得した者が、株主代表訴訟を提起するには、株主名簿の記載から形式的かつ画一的に、商法267条1項所定の株主(株主代表訴訟の提訴権者)と認められることが原則として必要であり、会社が当該株主の名義書換請求を不当に拒絶したとか、過失により名義書換を怠った等の特段の事情のない限り、株主名簿の名義書換を受けた日から会社に対し訴提起の請求をする日までの間(株主が、同条3項に基づき、会社に対する訴提起の請求を経ることなく直ちに訴を提起することができる場合には、株主名簿の名義書換を受けた日から訴提起の日までの間)、6か月以上継続して、株主名簿に記載された株主であることを要するものと解するのが相当である。
この点に関する原告の主張は、採用することができない。
二 以上を前提に本件をみるに、当事者間に争いがない事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、日住金の株式につき、平成8年4月2日15万株を買い付けたのをはじめとして、同年8月30日までに、右15万株を含む合計400万株を取得し、同年10月22日の本訴提起(訴状受付)までに、右400万株を含む合計1000万株の株式を取得して、現在に至っていること、しかし、株主名簿の名義書換についてみると、原告は、同年8月30日、それまでに取得した400万株について、日住金の株主名簿上原告名義に名義書換を受けるまで、株券保管振替制度を利用し、証券会社を通じて保管振替機関に株券を預託していたにとどまり、会社の実質株主名簿(株券等の保管及び振替に関する法律32条、33条)上も、原告名義に名義書換を受けていなかったこと、が認められる。
右事実によれば、原告は、日住金の株式につき、株主名簿の名義書換を受けた日から本訴提起の日までの間に、6か月以上継続して株主名簿上の株主であったとは認められず、他に、原告が、会社(日住金)に対する関係において、本訴提起の日まで6か月以上継続して株主であったと認められるべき特段の事情の主張、立証はない。
したがって、原告は、本訴について原告適格を有しないというべきである。
三 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告らに対する本件訴えは、いずれも不適法であるから、これを却下することとし、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 関口剛弘)
●被告河野の答弁書(平成8年12月3日付)
平成8(ワ)第20433号
原告 久保田一三
被告 河野敏
外2名
平成8年12月3日
被告河野敏訴訟代理人
弁護士 上野隆司
同 高山満
同 廣渡鉄
同 浅野謙一
東京地方裁判所民事第8部<は>係 御中
答弁書
第一 本案前の申立
一、原告の訴えを却下する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
理由
(会社に対する訴え提起請求の欠缺)
一、原告は、本件訴訟を提起する前に、訴外日本住宅金融株式会社(以下「訴外会社」という)に被告河野敏(以下「被告河野」という)の責任追及の訴えの提起を請求すべきであるのに、これを怠った。よって本件訴えは不適法であるから直ちに却下されるべきである。
(訴外会社に回復不可能な損害を生ずるおそれの有無)
二、原告は、訴外会社に対し被告河野の責任追及の訴えの提起の請求をしない理由として、被告河野が訴外会社の清算人に対し被告河野にとって不利となり得る取締役会の議事録や重要帳簿類等の改ざんや湮滅を依頼し、清算人がその依頼を受け入れるおそれがあること及び株式会社住宅金融債権管理機構と預金保険機構が旧住専7社の新旧役職員に対する不正の摘発を目指していることから、訴外会社の清算人が旧役職員を庇うために取締役会の議事録や重要帳簿類等の改ざんや湮滅を図るおそれがあることから、訴外会社に対し回復すべからざる損害を与えるおそれがあるため直ちに本件訴訟を提起したと主張する。しかしながら、訴外会社の清算人が原告の主張するように、取締役会議事録や重要帳簿類等の改ざんや湮滅をすることなどあり得ない。いわんや、訴外会社は、株式会社住宅金融債権管理機構の監視下にあるのであるから、訴外会社の清算人が訴外会社の証拠書類の湮滅等をすることなど論外である。つまり、本件では、原告が、本件訴訟を提起する前に、訴外会社に訴えの提起請求をし、その後30日間の期間の経過を待てない理由はなにもないのである。それにもかかわらず、原告は訴外会社に対し、訴え提起請求をしないのであるから、本件訴えは却下されるべきである。
(原告となれる株主適格の欠缺)
三、代表訴訟を提起し得る者は、6か月前から引き続き株式を有する株主であるが(商法267条1項)、この株式を6か月保有しているというのは、会社に対する関係でも保有していることが必要である。そして、株式の譲受人は、株主名簿に記載されなければ株主であることを会社に対抗できないので(商法206条1項)、株式を6か月保有しているというのは、会社に対する関係では、株主名簿の名義書換えが終了してから6か月保有している必要がある。しかるに、本件訴訟における原告が、その保有する訴外会社の株式を株主名簿上、原告名義に書換えたのは、平成8年8月30日である。したがって、本件訴訟提起日である平成8年10月22日時点において、原告は、訴外会社との関係では、6か月前から引き続き株式を有する株主としての適格を有しないので、その点で、本件訴えは却下されるべきである。
(本件訴えの請求原因自体の失当性)
四、原告の被告河野に対する本件訴えは、請求原因が主張自体失当であり、権利乱用的な不当訴訟であり、直ちに却下されるべきである。以下その理由を述べる。
(被告河野の損害発生行為の欠缺)
五、原告は、末野興産グループに対し融資した890億円に対する融資前の十分な審査及び融資後の使途の管理・回収義務を被告河野が怠ったと主張しているようである。しかしながら、原告は、被告河野が訴外会社の取締役として、具体的にどのような違法行為をしたのか全く主張していない。
被告河野は、平成2年6月28日に初めて訴外会社の平取締役に就任し、平成6年6月29日に平取締役を退任しているが、その間、被告河野は、訴外会社に対し、善管注意義務違反その他法令定款違反の行為を一切していない。万一、被告河野がそのような行為をしていると原告が主張するなら、その事実を個別具体的に明らかにすべきである。ちなみに、訴外会社における大口融資審査は常務取締役以上の役員をもって構成する常務会が審議・決裁していたのであって、平取締役であった被告河野は、右常務会の構成員でなく、右審議・決裁に関与できない立場にいたのである。しかるに、原告は、それらの個別具体的事情を全く無視し、抽象的な義務を云々するものであり、被告河野に対する請求は主張自体失当である。
(損害について)
六、次に、原告は、890億円の損害を主張するが、右金額は融資額であって、訴外会社の損害額ではないことは明らかである。しかるに、この自明の点についても、原告は、漠然と主張するのみであり、まともな訴え提起とは到底云えない。
しかも、被告河野の損害発生行為の主張が欠缺しているため、損害との因果関係も全く明らかにされていない。これらの点からしても、原告の本件訴え提起は、これに応訴しなければならない被告河野の立場からすれば権利の乱用ともいうべき不当訴訟である。
(原告の株式買取り)
七、最後に、原告は、訴外会社の株式がただ同然となった平成8年4月ころから、訴外会社の株式を大量に取得しはじめたものであり、かかる原告の行為は、訴外会社の役員を殊更にターゲットにして本件訴え提起を企図したものとしか考えられず、そうだとすれば、原告は、本件訴訟を役員に対する嫌がらせの手段とし、何らかの利益を得ようとしているとしか思われない。したがって、この点からも、原告の本件訴えは、不法不当なものである。
第二 本案の答弁
請求の趣旨に対する答弁
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
請求の原因に対する答弁
一、請求原因の一文(住宅金融債権管理機構は・・・差し押えた。)について
不知。
二、請求原因の二文(更に・・・明らかになった。)について
不知。
三、請求の原因の三文(この様な・・・怠った為。)について
否認ないし争う。
四、請求の原因の四文(尚、・・・を提起する。)について
不知ないし争う。
原告の平成8年11月5日付準備書面に対する否認
一、前掲準備書面第一項(一)について
否認する。
二、同第一項(二)について
不知。
求釈明
一、本件訴訟の対象となる被告河野の取締役の責任について、被告河野の行為態様等を含め個別具体的に明らかにせよ。
二、890億円の損害額の算定根拠を個別具体的に明らかにせよ。
三、被告河野の取締役としての行為と890億円の損害発生との因果関係を明らかにせよ。
以上
●被告丹羽の答弁書(平成8年12月4日付)
平成8年(ワ)第20433号株主代表訴訟事件
原告 久保田一三
被告 丹羽進
平成8年12月4日
右被告代理人弁護士 小沢征行
同 秋山康夫
同 香月裕爾
同 香川明久
同 露木琢磨
同 宮本正行
同 吉岡浩一
同 北村康央
東京地方裁判所民事第8部は係 御中
答弁書
第一 (本案前の抗弁)
原告の請求を却下する
との判決を求める。
第二 (本案前の抗弁の理由)
一 株式保有期間の不足
原告は平成8年4月2日に株式を取得しているが、株主名簿の名義の書換えは、同年8月30日であり、訴訟を提起した10月22日の時点で会社に対する関係で「6月前ヨリ引続キ株式ヲ有スル株主」といえない(新版注釈会社法(6)366頁)。
よって、原告の訴えは商法267条1項の要件を欠き、訴訟要件を備えないものであるから、原告の請求は却下されるべきものである。
二 商法267条3項の「虞レ」の不存在
1 商法267条3項の解釈
原告は、証拠隠滅の虞れがあるので商法267条3項の「会社ニ回復スベカラザル損害ヲ生ズル虞レ」があるというが、証拠隠滅の虞れは同条同項の「会社ニ回復スベカラザル損害ヲ生ズル虞レ」に含まれるものではない。
そもそも、商法267条3項が、2項の例外を許容したのは、取締役に対する債権が30日以内に時効にかかる場合のように早期に訴訟提起を認める必要があり、かつ早期の訴訟提起により会社の利益が保全されることを想定したからである。
原告の主張する、証拠隠滅は、訴訟提起により防げる性格のものではなく、これを防ぐためには別途証拠保全を行えばよいわけであり、証拠隠滅の虞れがあるというだけでは早期の訴訟提起により会社の利益が保全されるという関係になく、商法267条2項の例外になるものではない。
2 証拠隠滅の可能性
仮に、商法267条3項の「会社ニ回復スベカラザル損害ヲ生ズル虞レ」に証拠隠滅の虞れが含まれるとしても、「責任がある以上証拠隠滅の虞れがある」との抽象的、一般的な主張だけで右要件を満たすとすれば、商法267条2項の原則は空文化することになってしまい、右要件の解釈として採用できないことは明白である。
したがって、商法267条3項に証拠隠滅の虞れが仮に含まれるとしても、それは具体的な隠滅の虞れをいうのであり、本件ではそのような事実は主張すらされていない。
3 よって、原告の訴えは商法267条2項の手続を欠き、訴訟要件を備えないものであるから、原告の請求は却下されるべきものである。
第三 (請求の趣旨に対する答弁)
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第四 (請求の趣旨に対する答弁)
請求の原因の事実記載の内「末野興産グループに対し融資した890億円に対する融資前の十分な審査及び融資後の使途の管理、回収義務を怠った為」とある点の認否を留保し、その余の事実は不知、主張は争う。
第五 (求釈明)
一 日本住宅金融株式会社が末野興産グループに対し融資したと主張する890億円は、いつ、どの会社に対し融資したものか明白にされたい。
二 右融資に際し、被告がどのような関与をしたのか明白にされたい。
三 また、融資後の使途の管理、回収義務を被告が怠ったとあるが、被告がいつ、どのような義務を怠ったのか明白にされたい。
以上
●被告庭山の答弁書(平成8年12月4日付)
平成8年(ワ)第20433号事件
原告 久保田一三
被告 庭山 慶一郎
他2名
答弁書
平成8年12月11日
《住所略》
右被告庭山慶一郎訴訟代理人
弁護士 庭山正一郎
同 須藤修
同 田村恵子
同 中久保満昭
東京地方裁判所
民事第8部は係御中
本案前の答弁
一 原告の訴えを却下する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
との裁判を求める。
本案前の答弁の理由
一 会社の株主が商法第267条により代表訴訟を提起するには、6月前から引き続き当該会社の株式を保有していなければならない。しかし、原告作成平成8年11月25日付準備書面及び甲第3号証によると、原告が訴外日本住宅金融株式会社(以下、単に訴外会社という)の株式の名義を書換えて訴外会社に対抗力を有したのは同年8月30日であるから、原告が訴訟を提起した同年10月22日時点では未だに6月経過していない。よって、本件訴えは却下されるべきである。
二 商法第267条によれば、株主が代表訴訟を提起できるのは、会社に対して書面をもって取締役の責任を追及する訴えの請求をなしてから30日以内に会社が訴えを提起せざるときである。本訴状には、原告が会社に対し予め本訴状記載の請求原因による被告の責任追求の訴えの請求をなしたことについての記載がない。したがって、もし原告がこの手続きを経ずして本訴訟を提起したのならば、本件訴えはこの点からも却下されるべきである。
なお、原告は平成8年11月5日付け準備書面で商法第267条第3項の要件の存在を主張しているので、会社に対して訴えの請求をなしていないと思われる。原告は同準備書面において会社が議事録や帳簿などを改竄する虞があることを主張するが、これは争う。また、原告は議事録等の改竄の虞が商法第267条第3項に規定する「会社に回復すべからざる損害」をあたえると主張するがこれも争う。
三 株主代表訴訟は、株主に会社の有する取締役への責任追及の権利を会社のために会社に代わって行使することを許し、会社の利益の回復ひいては株主の利益の回復を図るための制度であって、個々の株主に認められた代表訴訟提起の権利は、第一次的には株主が株主としての利益を守るために会社の正規の体制の運営を監督是正する手段として認められている権利であり、いわゆる共益権に属する。
ところで、被告庭山がかつて代表者にあった訴外会社は、周知のごとく、平成8年6月27日に開催された株主総会において、「特定住宅金融専門会社の債権債務の処理の促進等に関する特別措置法」平成8年法律第93号(以下、単に住専処理法という)によって設立される債権処理会社に対して訴外会社の営業を譲渡することを決議し、譲渡の対象には役員に対する損害賠償請求権も当然に含まれていた。
その後、住専処理法により株式会社住宅金融債権管理機構(以下、単に管理機構という)が設立され、訴外会社は平成8年8月31日付をもって訴外会社の営業の全部を譲渡した。
このように、訴外会社が観念的に有している旧役員らに対する損害賠償請求権も含め訴外会社の財産はすべてが管理機構に譲渡されたのであるから、訴外会社は被告庭山をはじめとする旧役員に対する損害賠償請求権を行使する権利を有しない。したがって、訴外会社が有する旧役員への損害賠償請求権限を原告がこれに代わって行使する余地はなく、原告の請求は却下を免れない。
付言するに、訴外会社から管理機構に対する営業譲渡は代表訴訟を回避する目的で恣意的になされたのではなく、管理機構の株主は預金保険機構であり、役員は訴外会社とは無縁なものが就任している。そして、訴外会社の全ての帳簿、書類なども同社に引き継がれている。このような事実を踏まえると、同社が取締役の責任追及を怠るなどということはおよそ考えられない。代表訴訟制度の立法趣旨に照らしても、形式的にも実質的にも本件で株主に代表訴訟を認める根拠は全くない。
以上の理由により、本件訴訟は却下されるべきである。
四 株主代表訴訟の第一次的な意義は、前述したように会社の利益ひいては株主の利益を図る共益権の行使であり、これが訴訟を提起する株主個人の経済的利益の回復に直ちに繋がるものではないが、共益権の行使の結果、会社財産の充実が図れることになる。すなわち、株主の会社財産に対する清算持分を充実させることに繋がる。清算持分が充実されることは、会社の株式の譲渡価格を回復維持することに繋がり、上場会社においては株価は市場を通してこの結果が反映される。このように代表訴訟の第二次的な意義は、原告株主の個別的な現実的換価可能な利益になりうるということである。およそ一般的には株主は会社財産を反映する株式の譲渡価額の維持・上昇に強い経済的な期待を有しており、またこの期待を実現するための制度の一環として法は代表訴訟の権限を株主に与えていると考えられる。そうであれば、当該株主が株価の動向に合理的な期待を有している地位(株主としての健全な経済的な利害関係を有する地位)にあることは原告適格の要件である。しかし、株主がすでに株価の下落を甘受して株式を購入したり、今後の株価の上昇を客観的に期待できないときに購入した場合などは、当該株主は株価の動向に合理的な期待を有している地位にあるとはいえないから、代表訴訟の原告適格はない。
ところで、甲第1号証によれば、原告は本年3月に訴外会社の株式を単価7円で購入し始めている。この時期は、新聞などで公知の事実であるが、既に住専処理法が国会で審議されている最中であり、訴外会社は債務超過の状態で上場を廃止して解散することが予定されていた。かかる時期に株式を購入する者は訴外会社が上場を廃止して自己の有する株式の経済的な価値がいずれ無に帰することを覚悟していたというべきであり、原告も同様である。
このように原告は株主として株価の動向に合理的な期待を有していたのではないから、かかる者に代表訴訟の原告適格を付与する合理的な根拠はなく、この点からも本件訴えは却下されるべきである。
五 原告に原告適格が仮に認められるとしても、原告がなんらの経済的な合理性もなく訴外会社の株式を取得して本件裁判に訴えるに至った経緯を客観的に評価すれば、原告の本件裁判提起は、共益権の行使に名に借りた旧役員に対する原告の悪意ある嫌がらせであり、或いは原告の売名行為であるに過ぎない。したがって、原告の本訴提起は、株主としての権利濫用であるから、却下されるべきである。
本案に対する答弁
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
との裁判を求める。
請求原因に対する答弁
請求原因が不明確であるので、これを特定するための以下の求釈明をまって答弁する。
なお、本案の審理に入るならば、被告庭山は商法267条第5項に基づき原告に担保の提供を求めるが、以下の求釈明はその前提になるものである。
求釈明事項
1 日本住宅金融株式会社が末野興産に対してなした融資の日時・各金額を明らかにせよ。
2 原告が違法と主張する融資はいつのどの融資のことか。
またこれを違法とする具体的な事実関係を明らかにされたい。
3 原告が、回収義務を怠ったと主張する融資はどの融資のことか。また違法になる具体的な理由を明らかにされたい。
以上
●原告側準備書面(平成8年12月18日付)
準備書面
平成8年(ワ)第20433号株主代表訴訟事件
原告 久保田一三
被告 庭山慶一郎 他2名
一、商法第267条1項(以下「同条同項」という。)にある「6月前より引続き株式を有する株主」(以下、「6カ月要件」という。)に係る保有期間に関する釈明。
原告は通常の株式投資においては名義書換制度は利用しておらず保管振替制度を利用している為名義書換をしなくても「6カ月要件」は満たせるものと思っていた。原告は保管振替機構から日本住宅金融株式会社(以下、「訴外会社」という。)の実質株主名簿に書き換えられる日が株主が享受する受益権及び共益権のうち株主が株主総会に出席出来る権利の確定日である基準日しか無い事を知らなかった。つまり、原告は株券が保管振替機構に入った日(原告が訴外会社の株券を代価と引換えに受取った日)に訴外会社の実質株主名簿に実質株主として登録され「6カ月要件」については何ら問題は無いと思っていた。
原告が保管振替機構に訴外会社の株券を預託してある期間がこの「6カ月要件」に抵触するかどうかの不安を感じ始めたのは平成8年8月中旬頃で、その後速やかに念の為にと思って保管振替機構から株券を引き出し(甲第2号証)、同月30日に東洋信託銀行にて名義書換を済ませた(甲第3号証)。
また、その後速やかに原告の訴外会社株式の6カ月の継続保有の証明を担保する為に大和證券株式会社に対し原告の訴外会社株式に係る売買証明書(甲第1号証)、有価証券明細簿(甲第2号証)を請求し、更にその後東洋信託銀行に対して株式移動に関する回答書(甲第3号証)を請求した次第である。
この事実からも原告は保管振替機構に株券を預託していれば同条同項が要求している「6カ月要件」を満たすと思っていた事は明白である。
また、同条同項が要求している「6カ月要件」には条文上ただ「6カ月引続き株式を有する株主は」と書かれているのみで他に何ら条件が要求されていない。
従って同条同項が要求している要件はただ単に株式を6カ月間継続保有したという事実のみを要求しているものであってそれ以上の特別の条件をも要求しているものではない。
そもそも名義書換とは会社に対し、株主が共益権の行使や受益権の享受の為に届け出る性質のものである。
従ってこの性質からも同条同項における「6カ月要件」については訴外会社の現旧取締役に対するものではなく訴外会社に対抗する為に要求される対抗要件である。
また、株主代表訴訟において株主が勝訴した場合の金銭その他の恩恵効果の帰属先は全て訴外会社であり、訴外会社の立場は金銭等を支出する立場には一切無い事から実質的な利益衡量を基に考えたところで訴外会社には株主に対して訴外会社の株式を6カ月以上継続保有した事実の存在以上のものを要求する理由など見当らない。
そもそも同条同項が「6カ月要件」を規定しているのは株主代表訴訟という株主の共益権をみだりに利用して、最終的には金銭等の帰属に関する恩恵の効果を株主全員のものである訴外会社に求めず、訴訟を提起した株主自身に対して直接求めるといった目的を持った一部の株主に対する乱訴を阻止する効果を狙ったものである。
従ってかかる目的を持っていない事が明白である株主に対しては「6カ月要件」とはただ訴外会社の株式を6カ月以上継続して保有した事実に対する証拠書類が十分担保出来る状況にあるのであればそれで訴外会社に対し十分対抗出来る要件を具備したものと言える。
従って原告は訴外会社に対し名義書換はしていなかったものの保管振替機構に対して訴外会社の株式を継続して預託していた事を証明出来る十分な証拠書類を担保出来ている(甲第1号証ないし第2号証ないし第3号証)事からも訴外会社に対する関係では実質的には「6カ月要件」を具備した株主である事に異論は無く、本件訴訟を提起するに足る資格を持った株主である。
二、原告から訴外会社への提訴請求が為されなかった理由に対する原告の釈明の追加。
原告は平成8年10月22日に本件訴訟を提起した。また、訴外会社は「特定住宅金融専門会社の債権債務の処理の促進等に関する特別措置法」平成8年法律第93号(以下、「住専処理法」という。)に基づき設立された管理機構に対し、平成8年8月31日付をもって訴外会社の営業の全部を譲渡した。
しかし、訴外会社の営業資産の受入れ先である管理機構側では末野興産グループを始めとする大口の問題融資案件についての住専7社からの資産譲受に関し、その査定には管理機構独自による再調査を開始し、それらの大口問題案件の最終買取価格の決定に至ったのは平成8年11月下旬であった。
つまり、原告が本件訴訟を提起した平成8年10月22日には管理機構において末野興産グループへの住専7社からの融資に関する綿密な再調査が進行中であった事は間違いないと言える。
原告としては被告庭山他2名が殊更にかかる融資に関し、被告らにとって都合の悪い部分の証拠湮滅を管理機構の内部の元訴外会社職員に対し働き掛ける可能性があると疑惑を持つのは当然の事である。
従って訴外会社が末野興産グループに対して行った結果全額不良債権として残った総額890億円の融資残高に関する証拠資料が仮に全て管理機構の中に移されたと仮定した上でも原告としては訴外会社の旧役員である被告庭山他2名の影響力の不安を払い切れず、訴外会社に対する取締役の責任追求の訴の提起の請求又は30日間の期間を待てず、直に株主代表訴訟を提起せざるを得ない状況にあったと主張する。
三、訴外会社が清算手続に入っていても本件訴訟の提起が可能である事の釈明。
そもそも株主代表訴訟というものは株主が訴外会社に代わって訴外会社の現旧取締役に対し当該取締役が訴外会社に対して与えた損害を訴外会社に返還する事を求める訴訟である。
株主代表訴訟の趣旨を鑑みるならば株主代表訴訟を提起出来るかどうかの判断の基準となるのは会社の法人格が存続しているか否かに係っていると言える。
会社の法人格が存続している以上は訴外会社は訴外会社の株主が勝訴した場合に金銭等を受け取る能力が備わっていると言え、株主代表訴訟の提起は可能と捉えるべきである。
次に原告が本件訴訟を提起出来る理由を挙げる。
(一)、条文上清算法人に対して株主代表訴訟を提起出来ない旨の規定はどこにも見当らない。
(二)、会社の清算の終了には商法第427条1項により株主総会による会社の清算に関する決算報告書の承認が要求されているが訴外会社の当該株主総会が開催されるのは訴外会社と管理機構の間でやり取りされた照会書(甲第10号証)及び回答書(甲第11号証)によれば仮に予定通りに清算結了が済んだとしても平成9年6月末頃である。
(ア)また、判例においても清算結了により株式会社の法人格が消滅する為には商法第430条1項、第124条所定の清算事務の終了のみでは足らず商法第427条1項の承認を得る事を要求している(刑事事件最高裁判所判決昭和59年2月24日最高裁判所刑事判例集38-4-1287)。
(イ)更に、会社の清算結了後であっても清算開始の原因となった会社解散の株主総会決議の存在が訴訟で争われている場合は会社は当事者能力を有するとした判例も出ている(東京高等裁判所判決昭和57年12月23日判例時報1067-131)。
訴外会社はまさに本件訴訟の原告により、平成8年9月25日に訴外会社の第25期定時株主総会において決議された訴外会社の全営業譲渡及び訴外会社の解散等の決議の取消を求める訴を提起されており(甲第10号証ないし第12号証平成8年(ワ)第18537号株主総会決議取消請求事件東京地裁民事第8部係属)、この点からも訴外会社には当事者能力が担保されていると言える。
以上の事から訴外会社は原告が本件訴訟を提起した平成8年10月22日現在株主代表訴訟を提起出来るに足る適格性を十分に兼ね備えた会社であった事は明白であり、原告の本件訴訟の提起に関してはこの点からも何ら問題が無かった事は明白である。
証拠書類
甲第10号証 訴外会社から管理機構に対し出された訴外会社の清算結了の予定時期に関する照会書
甲第11号証 管理機構から訴外会社に対し出された訴外会社の清算結了の予定時期に関する回答書
甲第12号証 平成8年11月12日付日本経済新聞朝刊公告(2倍大)
添付書類
1、甲号証 各1通
以上
平成8年12月18日
原告 久保田一三
東京地方裁判所
民事第8部 は係御中
●被告丹羽の担保提供命令申立書(平成8年11月21日付)
担保提供申立書
申立人(被告) 丹羽進
被申立人(原告) 久保田一三
右当事者間の御庁平成8年(ワ)第20433号株主代表訴訟事件について、被申立人の申立人に対する本訴の提起は後記申し立ての理由記載のとおり、被申立人の悪意に出たものであるので、申立人に対し、相当の担保の提供を命ぜられたく、商法267条5項により本申立をする。
平成8年11月21日
右申立人代理人弁護士 小沢征行
同 秋山康夫
同 香月裕爾
同 香川明久
同 露木琢磨
同 宮本正行
同 吉岡浩一
同 北村康央
東京地方裁判所民事第8部 御中
申立の趣旨
被申立人は申立人に対し相当の担保を提供すべき旨の決定を求める。
申立の理由
第一 悪意の意義について
代表訴訟の担保提供命令により提供される担保が、代表訴訟の提起が不当訴訟として不法行為を構成する場合に代表訴訟の被告が取得する損害賠償請求権を担保するものであることからすれば、この商法第267条5項、同第106条2項の悪意とは、不当訴訟となることの認識が基礎とはなるが、担保提供が将来被告が損害賠償請求権を取得する可能性に備えるものであること、過失による不当訴訟によっても被告に損害が生ずる可能性があること、担保提供は訴訟の初期の段階で疎明に基づいて命じられるものであること、などからして、
<1>請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合
<2>請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合
<3>被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合
などに、そうした事情を認識しつつあえて訴えを提起したものと認められる場合には悪意があるとすべきである。
また、本案についてだけでなく、代表訴訟の提起が手続上明確に違法である場合も、そのことを認識しながらあえて訴えを提起したときは、応訴について被告に相当の負担を負わせることがあり、不当訴訟が成立する可能性があるから悪意を認定すべきである。
第二 本件における悪意
一 請求原因の主張について
被申立人は、訴状において「末野興産グループに対し融資した890億円に対する融資前の十分な審査及び融資後の使途の管理、回収義務を怠った為」と主張するのみで、890億円の支払義務の根拠を何ら示していない。
被申立人の主張は、曖昧・漠然・抽象的で法律的・事実的根拠が極めて薄弱である。
金員の支払を請求するのであれば、その支払義務の根拠を示し、支払義務を生ずる具体的事実を特定し、請求すべきであるのに被申立人はこれを一切行っていない。
したがって、被申立人の主張は、大幅に補充しない限り認容される可能性がないものであり、被申立人は自らこれを認識しているのであるから、被申立人の悪意を認定することができる。
二 請求原因の立証、抗弁について
前述のように、被申立人の請求原因の主張自体その内容が不明確・不十分であり、立証の困難や申立人の抗弁について判断する前提をそもそも欠いているのであって、被申立人はこのことを知っているのであるから、この点からも被申立人の悪意を認定することができる。
三 訴訟手続の違法について
被申立人は平成8年4月2日に株式を取得しているが、株主名簿の名義書換えを行ったのは同年8月30日であり、会社に対する関係で「6月前ヨリ引続キ株式ヲ有スル株主」といえない(新版注釈会社法(6)366頁)。
この要件は、代表訴訟手続の中で最も明確な要件であり、被申立人はこの要件を欠くことを認識してあえて訴訟提起しているのであるから、この点からも被申立人の悪意を認定できる。
第三 以上のように、本件では、商法第267条5項から被申立人に対し相当の担保提供を命ずるべきことが明らかであるので申立人は本申立に及んだ次第である。
疎明方法
一 甲1号証 訴状
二 甲2号証 株主名簿に記載してないことの証明書
以上
●被申立人(原告)の答弁書
答弁書
被申立人(原告) 久保田一三
申立人(被告) 丹羽進
平成8年(モ)第12542号担保提供申立事件
右当事者間の平成8年(ワ)第20433号株主代表訴訟事件(民事第8部係属)において申立人より東京地方裁判所に申し立てられた被申立人に対する担保提供命令申立に対し被申立人は次の通り答弁する。
答弁の趣旨
被申立人は東京地方裁判所に対し申立人から提出されている被申立人に対する相当の担保を提供すべき旨の申立てを1日も早く却下するよう決定を求める。
答弁の理由
一、被申立人久保田一三(以下、「被申立人」という。)は日本住宅金融株式会社(以下、「日本住宅金融」という。)の株式を平成8年4月2日に15万株、同月5日に100万株、同年8月2日に85万株、同月28日に100万株、同月29日に100万株、同年9月4日に600万株の計1000万株を取得し(乙第1号証)、その後も継続保有した(乙第2号証)後に平成8年8月30日に400万株、同年9月5日に200万株、同月6日に200万株、同月9日に200万株の計1000万株の名義書換をし、同年11月11日現在で合計1000万株の株式を保有する日本住宅金融の株主である(乙第3号証)。
申立人丹羽進(以下、「申立人」という。)は平成2年日本住宅金融の参与に就任し、以後同年6月取締役就任、同年7月に専務取締役就任、平成4年6月代表取締役社長に就任し(乙第4号証)、平成8年6月に代表取締役社長を退任した日本住宅金融の旧取締役である。
二、申立人からの担保提供申立書(以下、「申立書」という。)によれば「悪意の意義について」と述べる欄において様々な場合を述べているようだがそもそも被申立人には申立人が悪意云々と述べている場合に当たるケースなど一切無いと主張する。
そもそも株主代表訴訟とは純粋に日本住宅金融に対して金銭の返還を要求するものであって被申立人個人に対して直接金銭の要求をしているものではない。従って平成8年(ワ)第20433号株主代表訴訟事件(以後「本件訴訟」という。)に被申立人が勝訴したところで金銭は全額(被申立人が要した訴訟費用は除く)日本住宅金融に入る訳であり、つまり全株主共通の会社財産になるに過ぎない。
従って被申立人個人が商法第267条5項の悪意、又106条2項の悪意云々を理由に申立人が被申立人個人に対し、将来不当訴訟として不法行為を構成する場合の損害賠償請求権を取得する可能性に備えるものであるなどという可能性として全く存在し得ない仮定を前提にして担保提供を申立てるという事自体大きな筋違いである。
また、申立人は被申立人が提起した本件訴訟の行く末に不当訴訟の可能性をも挙げた上でその損害の可能性の被申立人への請求をも視野に入れている様だが、被申立人はこれから答弁書において詳しく述べるだけの理由を基に本件訴訟の提起に踏み切っており、被申立人の言う不当訴訟の可能性など全く存在しない事は明白である。
つまり被告が主張している「3つの場合」、具体的には
(一)請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合
(二)請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合
(三)被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合
など後述の答弁を読んで頂いたら明白な通り一切存在するはずのない場合である事が分かる。
従ってありもしない事実を勝手に作り上げそれを認識しつつあえて訴を提起した悪意による提訴だなどと言われるゆえんは被申立人には一切無い。
また、申立人は株主代表訴訟における株式保有期間の不足について問題にしていると見られる手続上の違法を理由として不当訴訟の成立の可能性をも挙げているが前述の通り被申立人は本件訴訟を提起した平成8年10月22日には既に日本住宅金融の株式を取得してから6カ月以上経過している事は明白であり、この点に関しても後述の答弁でより一層詳しく述べる。
三、更に株主代表訴訟の性質について詳しく述べると次の通りである。
周知の通り株主代表訴訟については平成5年に改正が行われた。その内容は株主代表訴訟における訴訟額の算定について従来の裁判所における決定から一律「財産権上の請求に非ざる請求に係る訴と看做す(商法第267条4項)」と改められ具体的には訴訟額は一律95万円、印紙額については訴訟額の規模に関係なく一律8200円とするというものである。
この改定の意味するところは株主代表訴訟のような訴訟の目的価額、すなわち訴訟額が莫大な金額になりがちな訴訟においては一般個人株主は仮に経営者の不正による会社の損害発生を発見出来ても経済上の理由から提訴が困難であり、実際には一般個人株主は泣き寝入りを余儀なくされていた状況の改善にあったはずである。また、同時に株主代表訴訟は勝訴しても原告の訴訟費用を除いた一切の金銭は会社に入るものであり、直接株主個人には入らない性質のものであるから法の下でより一層正当な株主の権利を擁護する目的の強化の為に少しでも多くの一般株主がより容易に提訴出来るよう便宜を図る為に改正されたものであるはずだ。
従って以上の状況を鑑みるならば申立人が被申立人に対し提起した平成8年(モ)第12542号担保提供申立事件(以後、「本件申立事件」という。)は前述の商法改正の趣旨に逆行したものであると言え、仮に申立人の申立が認められるような事になれば平成5年の商法改正による株主代表訴訟の提起の安易化は実質形骸化する事となってしまう。
従ってこの理由からも本件申立事件における申立人の申立は容認されるべき性質のものではないと主張する。
四、申立人の申立書によれば「本件における悪意」と題する記述の中の「末野興産グループに対し融資した残高総額890億円(以後、「本件融資額」という。)に対する融資前の十分な審査及び融資後の使途の管理、回収義務を怠った為」という被申立人の主張について曖昧、漠然、抽象的で法律的、事実的根拠が極めて薄弱であると主張している。
申立人が要求している請求原因の主張については恐らく申立人が日本住宅金融から末野興産グループの各社に対しいつ、どの会社に対し、どのような融資を行い、その後どのような使途の管理が欠如し、どのような回収努力が欠如した結果本件訴訟額が残ったのかといった被申立人のような国家権力を伴わない個人にとっては事実上調査する事など不可能な次元の具体的な説明を求めているものと思われる。
従って被申立人は本件融資額について次に述べる通り個人として出来る限りの最大限の調査をした上でほぼ間違いないと思われる想定を下した訳である。
それと同時に申立人が要求しているより一層確実な説明をする為にも被申立人は東京地方裁判所に対し大阪地方検察庁(以下、「大阪地検」という。)特捜部、株式会社住宅金融債権管理機構(以下、「管理機構」という。)、預金保険機構に対し、本件融資額に関する詳細な証拠資料の提供が得られるよう請求を求める。
申立人は日本住宅金融の大阪事務所、管理機構、大蔵省住宅金融債権管理機構管理室、預金保険機構、国税庁、日本経済新聞社、大阪地検特捜部末野興産担当検事に対し本件融資額の具体的な融資方法及びその後の経過が分かる詳細な証拠資料の提示を求めた。しかしながらそれらの全ての機関から拒否されたか又は担当外という結果に終わった。
そこで被申立人は日本住宅金融の有価証券報告書総覧(大蔵省印刷局発行)の第16期(昭和62年3月期)から第25期(平成8年3月期)に至る総計10期分の有価証券報告書総覧を基に日本住宅金融の各期別の全融資残高に対して以下の4項目の融資残高が占める割合について抽出し、一覧表にまとめた(乙第5証)。4項目とは1件当り1億円以上の融資(以下、「大口融資」という。)、5年以内の貸付期間の融資、一般給与所得者に対する融資、法人に対する融資のことである。このうち借主の職業別残高については日本住宅金融の平成2年3月期以降の有価証券報告書総覧からいきなり項目が無くなってしまっている事から平成2年3月期以降については被申立人による推測が入る事になる。
被申立人の作成した日本住宅金融の融資の趨勢(乙第5号証)によれば日本住宅金融の融資については第15期から第20期にかけ急速に融資の大口化、短期化、法人化(主として不動産向けと思われる)が進められ、逆に急速に設立以来日本住宅金融が本業の第一の柱としてきた1件当たりの融資額は小さいながらも回収の危険性の比較的少ない個人向け住宅ローン事業から経営の視点が離れていった事が伺える。
以上の状況を基に被申立人はこのような日本住宅金融が取った一連の経営戦略こそまさに末野興産グループに対する取引と軌を一にしたものであると考え、次のように主張する次第である。
申立人が日本住宅金融の取締役に就任したのは平成2年6月(乙第4号証)であるが、大阪にある末野興産グループに対する経営責任が発生するのは代表取締役社長に就任した平成4年6月から同職を退任した平成8年6月迄の期間と考える。
従って申立人が代表取締役社長に就任した平成4年6月には末野興産グループへの新規融資は既に行われていなかったと考えられる事から申立人には末野興産グループへの融資前の審査及び融資時の責任については無いと考える。
しかし、平成4年6月以降にも引き続き本件融資額の礎となった融資残高が継続していた事は間違いなく本件融資額における使途の管理及び回収義務に対する責任については逃れられるべきものではないと主張する。
更に申立人が代表取締役社長という株主から経営を任される最高の立場にあった事を考えると日本住宅金融がそれまで取ってきた過剰なまでの融資の大口化、短期化、法人化(主として不動産向けと思われる)を進めた経営戦略を見直し、日本住宅金融が株主に対し一切の負担をかける事なく自力再建出来るように母体行に対し強烈に要請する責任もあったと主張する。
具体的には日本住宅金融の経営戦略としては個人向け住宅ローン事業への回帰を図り再建を図るべきであったと考える。
日本住宅金融と同業である住宅金融専門会社の1社である協同住宅ローンも当然日本住宅金融とおおむね同じ道のりを辿った末、傷つきながらも農林中央金庫を中心とした母体行による完全支援によって株主に対し一切の負担をかける事無しに現在も個人向け住宅ローンの新規営業を一生懸命営みながら(乙第6号証)全社員が一丸となって会社再建に取り組んでいるのである。
以上述べた通り被申立人は主張を大幅に補充しており、また個人として出来る最大限の調査及び証拠書類の提出を行っている事から申立人による請求原因の立証、抗弁について云々の中に述べられているような悪意など被申立人には一切無く、被申立人は本件訴訟を提起するに足る十分な権利を持った株主であると主張する。
五、また、申立人は申立書の中の「本件における悪意」と題する中で被申立人の日本住宅金融株式の保有期間について持ち出し、会社に対する関係で「6月前より引続き株式を有する株主」と言えなく、この要件を満たしていない為この件に関しても被申立人は悪意云々と述べている。
この点に関しては被申立人は通常の株式投資においては名義書換制度は利用しておらず保管振替制度を利用している為名義書換をしなくても「6カ月保有」の要件は満たしているものと思っていた。被申立人は保管振替機構から日本住宅金融の実質株主名簿に書き換えられる日が株主が享受する共益権及び受益権等の確定の為の基準日しか無い事を知らなかった。つまり株券が保管振替機構に入った日に日本住宅金融の実質株主名簿に実質株主として登録され、「6カ月要件」については何ら問題は無いと思っていたのである。
被申立人が保管振替機構に日本住宅金融株式の株券を預託してある期間がこの「6カ月要件」に抵触するかどうかの不安を感じ始めたのは平成8年8月中旬頃でその後速やかに念の為にと思って保管振替機構から株券を引き出し(乙第2号証)、同月30日に東洋信託銀行にて名義書換を済ませた(乙第3号証)。
また、その後速やかに被申立人の日本住宅金融株式の6カ月の継続保有の証明を担保する為に大和證券株式会社に対し被申立人の日本住宅金融に係る売買証明書(乙第1号証)、有価証券明細簿(乙第2号証)を請求し、後日東洋信託銀行に対して株式移動に関する回答書(乙第3号証)を請求した次第である。
この事実からも被申立人は保管振替機構に株券を預託していれば商法第267条1項(以後、「同条文」という。)が要求している「6カ月要件」を満たすと思っていた事は明白である。
また同条文が要求している「6カ月要件」には条文上ただ「6カ月引続き株式を有する株主は」と書かれているのみで他に何ら条件が要求されていない。従って同条文が要求する要件はただ単に株式を6カ月間継続保有したという事実のみを要求しているものであってそれ以上の特別の条件をも要求しているものではない。
以上の事から被申立人は同条文の「6カ月要件」については被申立人のように株券が保管振替機構に預託され会社に対して名義書換がなされていない状態においてもただ単に6カ月間売却せずに保有した事に対する十分な証拠書類が担保出来るのであれば同条文の要求するところの「6カ月要件」に対する十分な要求を満たしたものと言え、申立人の言うところの悪意など一切存在するものではないと主張する。
六、以上のように本件訴訟において被申立人には商法第267条5項による相当の担保提供を要求される理由など何一つ存在しない事から被申立人は東京地方裁判所に対し、申立人による被申立人への担保提供申立の請求を1日も早く却下するよう決定を求める。
(追加)申立書の四で述べた本件融資額に関する主張の一層の補強の為平成8年8月14日付日本経済新聞の拡大記事(棒線部参照)を乙第7号証として提出する。
疎明方法
一、乙第1号証 売買証明書
一、乙第2号証 有価証券明細簿
一、乙第3号証 株式移動に関する回答書
一、乙第4号証 日本住宅金融の有価証券報告書総覧(大蔵省印刷局発行)第24期分の一部抜すい
一、乙第5号証 被申立人が日本住宅金融の有価証券報告書総覧(大蔵省印刷局発行)第16期から第25期迄の計10期分の中から必要な統計を抽出し、作成した一覧表
一、乙第6号証 平成8年12月2日付日本経済新聞朝刊広告(原寸大)
一、乙第7号証 日本経済新聞記事
以上
疎乙号証
各1通
平成8年12月11日
被申立人 久保田一三
東京地方裁判所 民事第8部
は係御中