東京地方裁判所 平成8年(ワ)20618号 判決 1997年7月24日
原告 永代信用組合
右代表者代表理事 A
右訴訟代理人弁護士 萩秀雄
被告 ナイス興業株式会社
右代表者代表取締役 B
被告 Y1
被告 Y2
被告 Y3
右訴訟代理人弁護士 今井隆雄
主文
一 被告ナイス興業株式会社は原告に対し、金二七四〇万円及び内金二四〇万円に対する平成八年三月二六日から、内金一五〇〇万円に対する同年四月二五日から、内金一〇〇〇万円に対する同年七月二日から、それぞれ完済に至るまで年一八・二五パーセントの割合による金員を支払え。
二 被告ナイス興業株式会社が平成八年三月五日ころ被告Y1及び同Y2に対してなした別紙債権目録<省略>の債権の譲渡契約を取り消す。
三 被告ナイス興業株式会社が平成七年八月二四日、被告Y3に対してなした別紙債権目録<省略>の債権の譲渡契約のうち、金九五八万五一三八円の部分に限り、これを取り消す。
四 原告の被告Y3に対するその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、原告に生じた費用の一〇分の一と被告Y3に生じた費用の五分の四を被告Y3の負担とし、被告Y3に生じたその余の費用を原告の負担とし、原告に生じたその余の費用を被告ナイス興業株式会社、同Y1及び同Y2の負担とする。
六 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
一 請求
1 主文第一、二項同旨
2 被告ナイス興業株式会社が平成八年三月五日ころ被告Y3に対してなした別紙債権目録<省略>の債権の譲渡契約を取り消す。
二 事案の概要
本件は、原告が被告ナイス興業株式会社(以下「被告会社」という。)に対し、貸金の返還を求めるとともに、他の被告らに対し、詐害行為取消権に基づき、被告会社と他の被告ら間の債権譲渡契約の取消を求めた事案である。
被告会社、同Y1(以下「被告Y1」という。)及びY2(以下「被告Y2」という。)は公示送達による適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しない。
三 争点
1 原告の被告会社に対する貸金債権の存否
(原告の主張)
(一) 原告は、被告会社との間において、原告が将来手形貸付、証書貸付等の方法により被告会社との間に取引を行い、これによる債務の支払を遅延したときは直ちに期限の利益を失い残債務金を一度に支払い、遅延損害金は年一八・二五パーセント(年三六五日の日割計算)とする旨の信用組合取引契約(以下「本件取引契約」という。)を締結した。
(二) 本件取引契約に基づき、原告は被告会社に対し、次のとおり、金員を貸し付けた(以下「本件債権」という。)。
(1) 貸付日 平成七年一〇月三一日
金額 金三〇〇万円
弁済期 平成八年四月二四日
利息 年三・八パーセント
(2) 貸付日 平成七年一〇月三一日
金額 金一二〇〇万円
弁済期 平成八年四月二四日
利息 年五・七五パーセント
(3) 貸付日 平成七年一〇月三一日
金額 金一〇〇〇万円
弁済期 平成八年七月一日
利息 年五・五パーセント
(4) 貸付日 平成七年二月三日
金額 金五〇〇万円
弁済期 平成七年二月二五日から同九年二月二五日限り金二〇万円宛
利息 年六・五パーセント
(二) 被告会社は、前項(1)ないし(3)の元金の支払を怠り、(4)については元金のうち二六〇万円の他平成八年三月二五日に支払うべき元利金の支払を怠り、右同日の経過により期限の利益を喪失した。
2 詐害行為の成否
(原告の主張)
(一) 被告会社は、建築工事の請負等を目的とする株式会社であるところ、資金繰りにつまり、平成八年二月二九日第一回の手形不渡りを出し、同年三月一二日、第二回の不渡りを出して取引停止処分となった。
(二) 被告会社の資産としては、別紙債権目録<省略>の債権以外めぼしい財産はなく、負債としては法人税、源泉徴収税、消費税等が数百万円、北海道拓殖銀行からの借入金約一一〇〇万円、原告からの債務等があり、本件債権が唯一の資産であった。
(三) 被告会社は、その唯一の財産である本件債権を被告らに譲渡するときは、当然原告を害することを知りながら、平成八年三月五日ころ、被告Y3、同Y1及び同Y2と債権譲渡契約をし、そのころ、債務者である訴外三幸建設工業株式会社(以下「三幸建設」という)に各債権譲渡の通知をした。
(被告Y3の主張)
(一) 被告Y3は、平成七年八月二四日、被告会社に金二四〇万円を貸し付け、その際、被告会社が被告Y3に対して負担する現在及び将来の債務の担保のため、被告会社の債務不履行を停止条件として、被告会社が三幸建設に対して有する現在及び将来の債権を譲渡する旨の契約(以下「本件債権譲渡契約」という。)を締結した。
したがって、本件債権譲渡契約は、被告Y3が被告会社に対して有する債権の範囲内では詐害性がない。
(二) 被告Y3は、本件債権譲渡契約当時、被告会社の債務及び本件債権が唯一の資産であるかについては知らず、右債権譲渡契約が原告を害することを知らなかった。
四 判断
1 本件貸金債権の存否について
証拠<省略>によれば、原告は被告会社に対し、本件貸金債権を有することが認められる。
2 詐害行為の成否について
(一) 被告Y1及び同Y2の詐害行為について
証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、被告会社は、平成八年三月五日ころ、被告Y1及び同Y2との間で、本件債権譲渡契約を締結し、いずれも同月六日到達の書面により、三幸建設に右債権譲渡の通知をしたこと、被告会社は、平成八年二月二九日に第一回の手形不渡りを出し、当時の債務総額は、租税債務を除くと借入金約二億四七〇〇〇万円、租税債務が約一二〇〇万円の合計約二億五九〇〇万円であり、本件債権が唯一の財産であったことが認められ、右事実によれば、被告会社の被告Y1及び同Y2に対する右各債権譲渡行為は、本件債権が被告会社の唯一の資産であるため、他の債権者を害する行為というべきであり、被告会社は、右事実を知っていたものと推認することができる。
したがって、被告会社と被告Y1及び同Y2との間の本件債権譲渡契約は詐害行為として取り消すべきである。
(二) 被告Y3の詐害行為について
(1) 前掲各証拠及び証拠<省略>によれば、次の事実が認められる。被告Y3は、平成七年八月二四日、被告会社に対し、二四〇万円を期限の定めなく貸し付けた。その際、被告会社が債務不履行をしたとき、あるいは手形の不渡り等をしたときに、被告会社の三幸建設に対する売掛金債権の譲渡の効力が生ずる旨の停止条件付債権譲渡契約を締結した。そうすると、右二四〇万円の限度では、本件債権譲渡は合理的均衡を保っていたというべきであり、詐害行為とはいえない。
また、停止条件付債権譲渡契約は、条件が成就しない間は、いまだ債権譲渡の効力が生じていないとはいえ、その債権は右契約の拘束を受け、譲渡者の資産たる性質を半ば失い、他の債権者の一般担保としての性質を失っているものであり、条件成就とともになんら譲渡者の行為を介せず、当然に譲渡の効力を生ずるものであるから、右債権譲渡が詐害行為となるか否かは、右債権譲渡契約締結時において、その要件を具備していたか否かによって決するのが相当である。しかしながら、本件債権譲渡契約における債権は、将来の債権を含む包括的な債権譲渡契約であって、右契約締結時には、債権が特定せず、前記停止条件が成就したときに特定するものであるから、その特定した時期において、詐害行為の要件が具備していたか否かを判断すべきである。ただし、被告会社及び被告Y3の善意もしくは悪意の主観的要件については、本件債権譲渡契約締結時を基準として判断するのが相当である。
そこで、本件において、被告会社が右停止条件が成就する手形の不渡りを出した平成八年二月二九日当時において、被告会社の三幸建設に対する売掛金債権が特定したものであり、右当時の被告会社の債権債務関係は、前記一に認定したとおりであるから、二四〇万円を超える部分の債権譲渡契約は詐害性を有することとなる。そして、<証拠省略>によれば、平成七年八月の本件債権譲渡契約当時においても、被告会社の債権債務関係は前記一の認定と同様であったことが認められるので、右事実によれば、被告会社の二四〇万円を超える部分の債権譲渡契約について詐害意思を推認することができる。また、<証拠省略>によれば、被告Y3は、被告会社には本件債権の他に資産がないこと、銀行等が融資しない経営状況であったことを知っていたことが認められ、右事実によれば、二四〇万円を超える債権譲渡契約については、原告を害することを知っていたものと推認することができる。
なお、原告は平成八年三月五日になされた被告会社と被告Y3との間の債権譲渡契約の取り消しを求めているが、右時点は債権譲渡の効力が生じた時点であり、取り消しの対象となるべき債権譲渡契約は、平成七年八月二四日の債権譲渡契約であると解せられ、原告の請求は右時点の契約の取り消しを含めているものと解せられる。
(2) 以上によれば、原告の被告Y3に対する詐害行為取消権に基づく、本件債権譲渡契約のうち、一一九八万五一三八円から二四〇万円を差し引いた九五八万五一三八円の部分は取り消すべきこととなる。
三 したがって、原告の被告会社に対する貸金返還請求、被告Y1及び同Y2に対する債権譲渡契約の取り消し並びに被告Y3に対する本件債権譲渡契約のうち九五八万五一三八円の部分に限る取り消しについては理由があり、その余は理由がない。
(裁判官 玉越義雄)
<以下省略>