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東京地方裁判所 平成8年(ワ)21727号 判決 1998年10月26日

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告らに対し、金一億一〇〇〇万円及びこれに対する平成七年七月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告らが、被告に対し、売買契約等の債務不履行及び契約締結上の過失を理由として、損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1 被告は、土木建築に関する工事の設計及び施工等を目的とする株式会社である。

2 原告らと被告は、平成五年三月一五日、原告らが共有する別紙物件目録記載の土地及び建物(以下、それぞれ「本件土地」、「本件建物」といい、併せて「本件土地等」という。)について、左記の内容の協定書(以下「本件協定書」という。)を締結した。

第一条 原告らは本件土地等を被告に譲渡し、被告は譲り受けることに双方同意した。

第二条 第一条の売買金額は総額一億八〇〇〇万円とするが、国土利用計画法第二三条第一項の届出後勧告された場合はその指導価格とする。

第三条 第一条の売買契約の時期は平成五年一二月上旬を目途とする。

第四条 被告は原告らの要望により横浜市戸塚区汲沢町字吹き上げ一七番四及び同所一七番八の各土地並びに同所一七番九の土地の一部(地積合計五〇三・七〇平方メートル。以下、併せて「代替地」という。)を取得し、別添付図書(本判決には添付しない。)のとおり住宅(以下「住宅」という。)を建築するものとする。

2 原告らは代替地及び住宅を被告の取得価格で買い受けるものとする。

3 代替地及び住宅の売買契約の時期は住宅の完成時、平成五年一二月上旬を目途とする。

第五条 被告は本件土地等が隣接地で計画している「二葉地区開発事業」において、敷地内道路確保に伴い計画敷地に組み入れるべく必要な敷地であり、本計画への協力金として別途、第三条の売買契約時に一億二九〇〇万円を支払うものとする。

3 原告は、被告に対し、平成七年六月二一日に到達した文書により、平成七年六月三〇日までに本件協定書に定める被告の債務を履行するよう催告するとともに、右期限までに履行なきときは本件協定書を解除する旨の意思表示をした。

二  争点

1 原告らの主張

(一) 本件協定書により原告らと被告との間に締結された契約は、本件土地等の売買、その予約又はこれに類似する無名契約、代替地及び住宅の売買又はその予約並びに一億二九〇〇万円の協力金支払約束を含む契約である。

(二) 原告らは、被告による右契約の不履行により、以下のとおり、合計二億七二五三万五三二九円の損害を被った。

(1) 本件協定書に定める本件土地等の代金一億八〇〇〇万円と本件協定書解除時における本件土地等の時価七〇〇〇万円の差額である一億一〇〇〇万円

(2) 本件協定書に基づき支払われるべき協力金一億二九〇〇万円

(3) 本件建物の修理代金三三五三万五三二九円

(三) 仮に、本件協定書により原告らと被告との間に締結された契約が、本件土地等の売買、その予約又はこれに類似する無名契約、代替地及び住宅の売買又はその予約並びに一億二九〇〇万円の協力金支払約束を含む契約でないとしても、被告は、原告らとの間で本件土地等の売買についての契約交渉をし、本件協定書を締結するとともに、原告らに都市計画法に基づく開発行為の施行等の同意書を提出させることにより、本件土地を含む地域について都市計画法上の開発許可を取得し、原告らは右開発許可により本件土地における建築制限を受けるに至ったものであるから、被告は本件協定書に定める各契約を締結すべく交渉を続ける信義則上の義務があるところ、被告は右義務に反して、本件協定書に定める契約締結期限である平成五年一二月を過ぎても契約を締結せず、加えて、本件建物が老朽化して建て替えの必要があったにもかかわらず、原告らが要求した建築制限の除外に必要な開発許可の変更申請をしなかった。

(四) 原告らは、被告による前項の信義則上の義務違反により、本件建物の改修工事をすることを余儀なくされ、右工事費用として三三五三万五三二九円、本件訴訟のための弁護士費用として五三八万八一七八円の損害を被った。

(五) よって、原告らは、被告に対し、主位的に債務不履行、予備的に契約締結上の過失に基づき、損害賠償金の内金一億一〇〇〇万円及び遅延損害金の支払を求める。

2 被告の主張

(一) 本件協定書により原告らと被告との間に締結された契約は、本件土地等の売買又はその予約、代替地及び住宅の売買又はその予約並びに一億二九〇〇万円の協力金支払約束を含む契約ではない。右契約は、マンション建築の敷地を確保し、これを開発許可を得たうえでマンション建築事業を行うディベロッパーに売却し、その利益を分配する共同事業契約である。

(二) 被告は本件協定書に定める契約の締結を拒否しているのではなく、その延期を求めただけである。本件協定書を解除して右契約の締結を拒否したのは原告らである。

(三) 原告らは、本件建物の改修により利益を受けており、改修費用は原告らの損害とはいえない。

3 本件の争点は、(1)本件協定書により原告らと被告との間に締結された契約が、本件土地等の売買、その予約又はこれに類似する無名契約、代替地及び住宅の売買又はその予約並びに一億二九〇〇万円の協力金支払約束を含む契約であるか否か、(2)被告の契約締結上の過失の有無及び(3)原告らが被った損害の額である。

第三  争点に対する判断

一  前記争いのない事実と《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。

1 原告らは、神奈川県横須賀市二葉二丁目(以下「二葉地区」という。)において、本件土地等を所有している。

2 被告は、昭和六三年頃、二葉地区においてマンション建設用地を取得し、マンションを建設のうえ、分譲業者に一括売却して利益を得ることを計画していた。平成元年頃、右計画に対する隣地住民の反対運動が起き、原告らが計画反対者の一員であったため、本件土地は、当初右計画の対象とされていなかったが、被告にとって、本件土地を建設用地に組み込むと道路設置が容易になるなどの利点があり、原告らも、マンション建設により環境が悪化するので転居するのが望ましいと考えたため、同年三月頃、原告らと被告との間で、本件土地等の売買の交渉が開始された。

3 原告らと被告は、原告らが本件土地等を被告に売り渡し、被告が替わりの土地建物を原告らに提供するとの方向で協議を重ね、平成元年九月、本件土地等について、国土利用計画法に基づく届出をし、同年一〇月、不勧告通知を受領した。また、被告は、その頃から、替わりの土地を捜し始め、平成二年になって、原告に代替地を紹介し、原告は、代替地及び住宅を本件土地等の替わりに取得する方向で話を進めることに同意した。被告は、平成三年五月、代替地の所有者から代替地の売渡承諾書を取得した。

4 原告らは、平成三年七月頃、被告の求めにより、被告の開発行為についての同意書を提出し、被告は、同月二四日、横須賀市に対し、都市計画法三〇条に基づく開発許可申請書を本件土地を含む二葉地区の土地開発について提出した。これに対し、横須賀市長は、平成三年八月一日、都市計画法二九条に基づく開発行為の許可をし、これにより本件土地等について同法三七条による建築制限がなされるに至った。

5 原告らと被告は、平成五年三月一五日、本件協定書を締結した。

原告らは、本件協定書締結前に、被告から、本件土地等についての売買契約を締結するよう求められたが、代替地を被告がまだ取得しておらず、住宅も建築されていなかったため、売買契約の締結を拒絶し、代わりに本件協定書を締結した。本件協定書締結の時点において、二葉地区に被告が建設するマンションの分譲業者は決まっておらず、被告は、本件協定書において売買契約締結予定時期として定める平成五年一二月を目途に分譲業者を捜す意向であった。

6 被告は、平成六年五月一二日、原告らに対し、本件協定書の履行の猶予を求めた。原告らは、平成七年五月二五日に到達した文書により、本件土地の買い取り等、本件協定書の内容を履行するよう催告し、これに対し、被告は、同年六月九日頃、マンション市場の冷え込みにより、まだ本件協定書の履行ができない旨回答した。なお、本件土地が被告に売却されない場合、被告が取得している二葉地区の開発許可について計画変更のための手続をとる必要が生じ、右手続には約二年の期間を要する。

二  右認定の事実及び前記争いのない事実に基づき本件協定書の性質及び効力について検討する。

まず、本件協定書の文言についてみるに、同協定書は、原告らが被告に本件土地等を譲渡することに双方が同意する旨(第一条)及び代金総額が一億八〇〇〇万円である旨(第二条)を定めており、売買契約の要素である目的物と代金額の特定性に欠けるものではないが、売買契約の時期は平成五年一二月上旬を目途とする旨(第三条)を明確に定めていることからして、それ自体が本件土地等の売買契約ではないことが窺われる。また、本件協定書中には、一方当事者のみの意思表示によって売買の効力又は相手方の承諾義務が生じることを示唆する文言は何ら存在しないから、これが売買の予約であるとも解し難い。また、協力金の支払約束については、本件協定書第五条の文言上、右支払が本件土地等の売買契約の成立することを前提としていることが明らかである。

次に、前記認定の本件協定書締結の経緯をみると、原告らは、被告が本件土地等について売買契約の締結を求めたにもかかわらず、これを拒絶し、代わりに本件協定書を締結したものであって、原告らが、本件協定書締結の時点において、本件土地等を被告に売り渡すことを拒絶する自由を留保する意思を有していたことが認められる。

これらの事実によれば、本件協定書は、売買契約又は一方当事者のみの意思表示により売買契約の効力又は相手方の承諾義務を発生させる趣旨の合意(予約)であるとは認めがたいといわなければならない。また、前記判示のとおり、本件協定書における協力金の支払約束は本件土地等の売買契約が成立することを前提とするものと解されるから、右売買契約成立前において協力金支払約束が法的拘束力を有するものとはいい難い。

原告らは、本件協定書が、売買又はその予約でないとしても、本件土地の売買契約を締結する義務を両当事者が負う趣旨の売買の予約に類似する何らかの無名契約である旨主張するが、原告らが、本件協定書締結の時点において、本件土地等を被告に売り渡すことを拒む自由を留保する意思を有していたと認められることは右判示のとおりであるから、原告らの右主張は採用することができない。

以上のとおりであって、原告らと被告との間に原告主張の契約が存在するものとは認められないから、債務不履行を理由とする原告らの請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がない。

三  契約締結上の過失を理由とする損害賠償請求について検討する。

契約交渉の開始から契約締結までの間に相当の期間を要し、その間に、両当事者が契約の締結に向けて順次何らかの事実上及び法律上の行為を行っていく場合において、契約交渉がある段階に達し、相手方に契約の成立に対する強い信頼を与え、その結果、相手方が費用の支出、義務の負担等をした場合には、契約交渉を一方的に打ち切ることによって相手方の信頼を裏切った当事者は、信義則上、相手方が契約が締結されることを信頼したことにより被った損害を賠償する義務を負うものというべきである。

前記認定のとおり、原告らと被告は、平成元年三月頃、本件土地等の売買についての交渉を開始し、その後原告らが取得する代替地が特定され、平成三年七月頃には、被告の開発行為について横須賀市の許可を得るため、原告らが、被告の求めに応じて、被告の開発行為に対する同意書を提出し、その結果、本件土地における建築制限を伴う開発行為の許可がされたものであるから、遅くとも右同意書提出の時点において、被告は、原告らとの間で本件土地等の売買契約の成立に向けて誠実に交渉する信義則上の義務を負うに至ったものというべきである。

また、前記認定の事実によれば、被告は、本件協定書に定める契約締結時期である平成五年一二月を一年六か月以上過ぎた平成七年六月になっても、マンション市場の冷え込みという被告が負担すべき経済上の危険を理由として、本件協定書の履行ができないと述べているのであるから、本件協定書に定める契約の締結を拒絶したものというべきであり、そうすると、原告らが右契約が締結されるものと信頼したことにより被った損害を賠償する責任があるといわなければならない。

原告らが被った損害について検討する。原告らは、被告が本件土地等並びに代替地及び住宅の売買契約を締結せず、かつ、本件土地における建築制限を解除するための開発計画変更の申請をしないために、本件建物の改修工事をすることを余儀なくされ、その結果、右工事費用として三三五三万五三二九円、本件訴訟のための弁護士費用として五三八万八一七八円の損害を被った旨主張する。しかしながら、《証拠略》によれば、本件建物は、昭和三九年に建築され、昭和四五年に増築されたものであり、平成元年頃には老朽化し修繕が必要な状態になっていたこと、原告らが、平成八年に蛭田建設に請負代金を三一九一万二三九三円として本件建物の改修工事を依頼し、平成九年四月末右改修工事が完成したこと、右改修工事により、本件建物が、全面的に修繕されたことが認められ、そうすると、原告らは、現在、右改修工事による利益を享受しているものというべきであるから、右工事代金額をもって原告らが本件協定書に定める契約が締結されるものと信頼したことにより被った損害であるということはできない。

以上によれば、契約締結上の過失を理由とする原告らの本訴請求は、損害についての立証がないものといわざるを得ない。

(裁判官 渡辺左千夫)

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