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東京地方裁判所 平成8年(ワ)22021号 判決 1999年10月29日

原告

浅井正博

右訴訟代理人弁護士

大口昭彦

被告

協生証券株式会社

右代表者代表取締役

田中保男

右訴訟代理人弁護士

雨宮眞也

板垣眞一

小幡葉子

本山健

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

被告は、原告に対し、二二万七四〇〇円及びこれに対する平成八年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、被告が原告に対して平成八年三月二八日付けでした同年四月一日から同月五日まで原告の出勤を停止しその間における給与を支給しない旨の処分が無効であるとして、出勤停止期間中の給与二万七四〇〇円及び慰謝料二〇万円の支払を請求した事案である。

二  前提となる事実(証拠を掲記したものの他は当事者間に争いがない)

1  被告は、有価証券の売買等を業とする株式会社である。

2  原告は、平成二年四月一日付けで被告に入社し(証拠略)、従業員として被告の本店第一営業部に勤務している。

3  被告の就業規則及び就業規則付属規定第3「賞罰規定」には、次のとおりの規定がある(書証略)。また、被告の始業時間は、就業規則三一条により午前八時五〇分と定められている。

(一) 就業規則

(服務の心得)

五七条 職員は就業に当たり、職場の秩序維持と業務の正常な運営を図るため、次の各事項を守らなければならない。

(1及び2略)

3  常に品位を保ち、会社の名誉を傷つけるようなことをしないこと。

4  会社の業務上の機密事項及び会社の不利益となるような事項を他に漏らさないこと。

(5及び6略)

7  勤務時間を励行し、職場を離れる場合は所在を明らかにしておくこと。

8  他人の業務を妨害し、又は職場の秩序を乱さないこと。

(9ないし11略)

12 前各号のほか、これに準ずるような行為をしないこと。

(表彰及び賞罰)

六六条 職員に対する表彰及び懲罰については、別に定める「賞罰規定」による。

(懲戒処分の種類)

六八条 懲戒処分は、その程度、状況及び情状により次の各号を適用する。

1  戒告

2  譴責

3  減給

4  昇給停止

5  出勤停止

6  降格

7  諭旨退職

8  懲戒解雇

(二) 就業規則付属規定第3「賞罰規定」

(懲戒処分の対象事由)

一〇条 下記各号の一つに該当する場合は懲戒処分とする。

1  正当の理由なく無届けの遅刻、早退あるいは外出が繰り返されるとき

2  勤務怠慢、素行不良の行為により会社の秩序を乱したとき

(3及び4略)

5  会社若しくは他の役職員の名誉を傷つけたとき

(6ないし9略)

7  就業規則に定める服務規律の禁止事項に抵触したとき

(8ないし17略)

4 被告は、平成八年三月二八日、原告に対し、処分内容及び処分理由を記載した書面(以下「本件処分書」という)を交付し、原告の別紙「処分書記載の処分理由」(一)ないし(八)記載の各言動(以下「本件処分理由(一)ないし(八)」という)が、就業規則六六条及び賞罰規定一〇条1号、2号、5号、7号に該当し、毎日の出勤状況は、就業規則五七条七号に抵触するとして、賞罰規定九条5号の規定に基づき、同年四月一日から同月五日まで出勤を停止し、この期間の給与は、「給与規定」により控除する旨の出勤停止処分を行った(書証略。以下「本件処分」という)

5 原告は、本件処分により出勤を停止された間、被告会社に出勤せず、被告は右期間に賃金相当額二万七四〇〇円を原告に支給しなかった。

三  争点

1  本件処分理由(一)ないし(八)の事実の存否

2  本件処分の効力

四  争点に関する当事者の主張の要旨

1  被告

原告は、遅刻が多く、本件処分直前でも、平成八年一月二五日以降一月中に四回、同年二月は一五回、三月は二五日までで一一回の遅刻をしており、また、上司の注意に対し、「てめえ」、「表へ出ろ」などと言う等言動に穏当を欠き、被告会社の業務の妨害となり、秩序を乱していた。被告では、原告に対して、たびたびこれを注意したものの改まらないため、本件処分理由(一)ないし(八)に基づき本件処分を行ったものである。

本件処分理由(一)ないし(八)の具体的事実関係は次のとおりであり、これらの事実は解雇事由にも該当するが、被告は、本人に反省する時間を与えるため出勤停止処分としたものであり、本件処分は正当なもので懲戒権の濫用に当たらない。

(一) 処分理由(一)の事実

平成七年一月から同年一〇月までの間、原告は、千田第一営業部部長(以下「千田部長」という)、丸本第一営業部次長(以下「丸本次長」という)に対し、少なくとも一か月に一回以上の割合で、大声で暴言を吐くため室内は騒然とし、上司がその都度たしなめたが、原告は、いっこうに改めようとしなかった。

(二) 処分理由(二)の事実

平成七年一一月三〇日、午前九時ころ、原告から丸本次長に対し自分の顧客に電話をして欲しい旨の電話があり、丸本次長は九時三〇分過ぎに電話をして欲しいとの依頼と理解していたが、原告が九時三〇分ころ出社し、電話をしてくれたかと聞いたので、丸本次長が今からだと答えたところ、原告は「やる気がないのか」、「表へ出ろ」といきなり怒鳴った。相部常務が間に入って原告を応接室に入れ、有馬総務部長(以下「有馬部長」という)も立ち会って話し合いをした。有馬部長らが職場では言動に気をつけるよう注意したところ、原告は、「自分が健康の関係でたばこを止めてくれと言っているのに止めないではないか」と言い、有馬部長が、「あなたの健康は単にたばこだけではないのではないか」と答えたところ、原告は、「お前は医者か」、「医者でもないのに勝手なことを言うな」と反抗した。

(三) 処分理由(三)の事実

千田部長と木森第二営業部部長(以下「木森部長」という)とが、平成七年一二月一日午後一時三〇分ころ、七階事務室で話し合いをしていた際、木森部長がたばこを吸っていたところ、原告が「たばこを止めろ」といきなり怒鳴りだした。そこで、千田部長が、「何を言うんだ」とたしなめたところ、原告は、「表へ出ろ」などと大声を出し、木森部長が事務室内で騒ぎになるのを避けるため、原告を応接室に誘導したところ、原告は、木森部長に対し、雑誌の会社四季報を投げつけた。

(四) 処分理由(四)の事実

平成七年一二月一四日午前一〇時ころ、千田部長が、七階の応接セットで来客である野村投信の社員と懇談していたところ、原告がその場に来て、いきなり「席をずらせ」と言って来たので、千田部長が「お前には関係がないのではないか」と言ったが、原告が承知しないため、千田部長は、混乱を避けるため、その客に席を外してもらった。

(五) 処分理由(五)の事実

被告会社内で、社員が株式取引等の取扱いルールに違反したときは、同人の賞与額の算定の際、これを考慮することとする等のペナルティ制度についての通達を回覧したところ、原告は、平成七年一二月一八日午前一〇時ころ、五階の監査部長席付近で、竹下監査部長に対し、「社員ばかりペナルティを問題にして、役員のペナルティ制度はどうなっているんだ」などと暴言を述べたほか殴りかからんばかの姿勢を示して怒鳴り込んだ。竹下監査部長が、内線電話で原告の上司である千田部長を呼ぼうとしたところ、原告は、関係ないと言って電話を架けさせなかった。その後、有馬部長、丸本次長及び竹下監査部長が原告を呼び、その言動をたしなめるとともに、ペナルティ制度の内容についても説明した。

(六) 処分理由(六)の事実

平成八年一月一六日、午前九時一五分から一一時ころにかけて、七階応接室において、相部常務、町野常務、有馬部長及び千田部長が、原告に対し、原告の言動について話していたところ、原告は、「千田部長が、平成六年一〇月ないし一一月ころ、相部常務の指示で自分の顧客を取って、営業推進課の社員の扱いとした。お客に電話をして野村証券に情報を流した」、「会社は先月も証券取引法違反がある」などと主張した。相部常務が、「そんな事実はないが、もしあるなら調査をしなくてはならない。具体的に文書を出しなさい」と言ったところ、「会社で調査するなら、警察を同行させろ(警察に立ち会わせろ、との意味)」などと言い、町野常務が、事実でないときはどうするのかと尋ねたところ、「何もしない。何かしなければならないという法律があるのか」などとの問答が繰り返された。そこで、町野常務が、「このような経過を繰り返しても時間の無駄だ。具体的に証拠も添えて文書を出しなさい。それで社長にも説明してもらい、調査するようにしよう」と述べた。この間、原告は、千田部長に対し、何回も、「てめえ、何をしていたんだ。承知しないぞ」、「ふざけるのではない」などと暴言を吐いた。

なお、その後、原告から文書が提出されたことはない。

(七) 処分理由(七)の事実

平成八年一月二二日午後一時三〇分ころ、七階事務室内で原告が突然大きな音を立てて机を叩き、わめきだした。千田部長が来客中でもあり、大声を出すなと注意するとともに、原告を応接室に誘導しようとしたが、原告は、「ここでいい。来客など俺に関係ない」などとなおも騒ぎ立て、他の業務を妨害したので、やむを得ず、店頭の客はその担当者が外に連れ出した。

(八) 処分理由(八)の事実

平成八年三月二五日午前九時ころ、七階事務室内において、原告が大声でわめいていたので、丸本次長が、仕事の邪魔になるから静かにするようにと注意したところ、原告は、協栄生命から被告会社に出向して来ている丸本次長に対し、「協栄に帰れ」などと暴言を吐くのみで、注意に従わなかった。

また、同日午前、七階応接室において、さらに同日午後社長室において、当時の被告代表者である小西社長(以下「小西社長」という)が、原告に対し、事務室内で大声を挙げたり、暴言を吐くことのないよう注意したがこれに従わなかった。

2  原告

原告が、始業時間に遅れたことがあるのは認めるが、正当な理由のない無届けの遅刻ではない。原告は、業績向上のため、不眠不休に近い営業努力を続け、そのため体調を崩すこともあり、定時に出社できなかったこともあったが、その場合でも必ず会社に連絡をしていた。

また、本件処分理由(一)ないし(八)の事実はいずれも存在しないか、存在するとしても、就業規則に違反せず、又は就業規則違反の程度は高いものではないから、本件処分は懲戒権を濫用したもので無効というべきである。

被告は、大蔵省によっても、法令遵守の意識に乏しいと再三非難され、また、株価操作の嫌疑まで受けるなど、その業務態様には問題があり、原告は、かねてから被告のこのような体質に対し批判的立場を明らかにするとともに、機会を見ては事態の改善につき提言するなどしてきた。これに対し、被告の経営者及び管理職は、原告を不当に嫌悪し、抑圧するに至っており、本件処分はこのような事情の下で、原告には処分事由に該当する事実が存在しないにも関わらず、被告が原告に報復し、威嚇する目的でされたもので、懲戒権を濫用した違法な処分であり無効である。

原告は、被告のした違法な本件処分により、精神的損害を受けたが、これを慰謝するには二〇万円が相当である。

第三争点に対する判断

一  証拠によれば以下の各事実が認められる。

1  原告は、平成七年三月二七日付けの書面により、被告会社の内部管理責任者を宛て先として、書面により、「千田部長及びその直下組織である営業推進課社員側から、原告の既存客及び新規開拓先全体に対する一切の営業行為また連絡を禁止する」こと及び「以後これら行為のあった場合はただちに証券取引等監視委員会に承認取り付け顧客に通知しまた日本経済新聞等に公示するものする」との内容の申し入れを行った(書証略)。

2  原告は、平成七年一一月に健康診断で軽度の結核であるとの診断を受け、従前は吸っていたたばこを止めた(原告本人二回目二〇項、三〇項、書証略)。原告が結核に罹患したため、原告と同じ第一営業部所属の他の社員六名は自席から灰皿を撤去し、喫煙するときは事務所のある七階奥の会議室に行って喫煙することを申し合わせたが、七階事務所の中央部から奥に配置されている第二営業部及び株式部は室内禁煙の申合せに参加していなかった(証拠略)。

3  被告にはタイムカードはなく、出勤簿への押印により出勤を確認していたが、毎日、出勤簿については午前九時を一〇分ほど過ぎた時間に被告の七階営業部の女性職員が八階総務部に持参し、これを有馬部長がチェックし、原告が出勤しているのに押印を忘れていると認めた場合を除き、遅刻と記載のあるゴム印を押捺していたが、原告がその後、遅刻のゴム印の上に自己名義の印鑑を押すことがあった(証拠略)。また、有馬部長は、出勤印が押していない場合、欠勤ではなく一律に遅刻として処理していた(書証略)。

原告の平成七年四月及び七月ないし一一月の各月の遅刻回数は一か月あたりそれぞれ一〇回を超えていた(書証略)。

4  原告は、平成七年当時、渋谷地区の顧客開拓のため、資料作りを発案し、毎日実行していたため、夜遅くまで資料を作成していることがたびたびあった(証拠略)。

5  処分理由(二)の事実について

平成七年一一月三〇日、午前九時ころ、原告から丸本次長に対し自分の顧客に電話をして欲しい旨の電話があり、丸本次長は九時三〇分ころに電話をして欲しいとの依頼と理解していたところ、原告が九時三〇分ころ出社し、「電話をしてくれたか」と聞いたので、丸本次長がこれからしようとしていた旨答えたところ、原告は「やる気があるのか」といきなり怒鳴った(証拠略)。

その後、相部常務が間に入り、応接室で有馬部長も立ち会って話し合いをし、有馬部長が職場では言動に気をつけるよう注意したところ、たばこの話となり、原告は、「自分が健康の関係でたばこを止めてくれと言っているのに止めないではないか」と言い、有馬部長は、原告が夜遅くまで営業活動をしていることを本人から聞いていたこともあり、「あなたの健康状態はたばこだけではないのじゃないか」と言ったところ、原告は、「お前は医者か」、「医者でもないのに勝手なことを言うな」、「お前と話すことはねえ」と怒鳴ったので、有馬部長も憤慨してその場を去った(証拠略)。

6  処分理由(三)の事実について

千田部長と木森部長とが、平成七年一二月一日午後一時三〇分ころ、七階事務室のカウンター横で話し合いをしていた際、木森部長が喫煙していたところ、原告が急にそばに来て、大声で「たばこを止めろ」と怒鳴った。これに木森部長が驚き、「どうしたんだ」と言ったところ、原告は、同人に対し、「表へ出ろ」と大声を出し、木森部長が事務所内で騒ぎになるのを避けるため、原告を応接室で話をしようとしたところ、原告は、木森部長に対し、雑誌(会社情報誌でB五版の半分の大きさで厚さ五センチ程度のもの。証拠略)を投げつけ、雑誌は木森部長の後頭部に当たった。木森部長は、そのまま応接室で原告に話をし、「大声を出すな」、「物を投げて怪我でもしたらどうするんだ」などと注意をしたが、原告の興奮がおさまらなかったため、有馬部長に引き継いで応接室を出た(書証略)。

この点につき、原告は、千田部長と木森部長が店の接客カウンターの真横でたばこを吸っていたため、小声で、なぜここでたばこを吸っているのですかと言い、吸うなら外で吸えばいいんじゃないですかと言ったところ、木森部長は「冗談じゃねえ」と喧嘩腰の威嚇的な態度をとってきたので、原告が警察を呼んでもらいたいと言ったところ、木森部長が「警察は呼ばない」、「やってやるからこっちに来い」と大声で言いながら応接室に原告を連れ込もうとしたので、原告は応接室に閉じこめられて暴力を振るわれるのではないかと恐怖を感じ、防衛のためやむを得ず雑誌を投げたとしているが(証拠略)、その時点で原告が木森部長から体のいずれかの部分を掴まれていたようなことはなく(証拠略)、証券会社の部長職にある木森部長が、会社事務所内で喫煙を注意されたのみで、相手方が警察を呼べと言っている状況で、その社員に対し暴力を振るおうとすることには経験則上合理性がなく、他方、原告が投げた雑誌は現に木森部長の後頭部に当たっており、もし原告主張のごとく、木森部長が暴力的な態度ををとろうとしていたのであれば、原告が先に雑誌を投げつければかえって暴力行為が誘発されるともいえるのに、全くそのような状況にはなっていないこと等に照らせば、木森部長が原告に対し実力行使しようとしていた状況には全くなかったと認められ、原告の主張は採用できない。

7  処分理由(四)の事実について

平成七年一二月一四日午前一〇時ころ、千田部長が、七階の応接セットで来客である野村投信の社員と懇談していたところ、原告がその場に来て、いきなり「席をずらせ」と言って来たので、千田部長が「お前には関係がないのではないか」と言ったが、原告が承知しないため、千田部長は、混乱を避けるため、その客に席を外してもらった(書証略)。

原告は、この点につき、野村投信と被告会社は日常的に取引関係があり、野村投信の社員が種々の情報を持込んで売買を勧める関係にあるので、面識のある社員に挨拶したのみであると主張しているが、原告自身、懇談の最中に声をかけて挨拶したとしており(証拠略)、上司である部長が取引関係者と懇談中、これに割り込む形で挨拶をするのは不自然であり、原告は、以前から、千田部長が野村証券に情報を漏らしているのではないかと疑っていた事実が認められ、これらの事情に照らし、原告の右主張は採用できない(証拠略)。

8  処分理由(五)の事実について

被告会社では、平成七年一二月、株式取引等の取扱いルールに違反した社員があるときは、同人の賞与額の算定の際、これを考慮することとする等のペナルティ制度を設定し、平成八年一月から実施するとの通達を回覧した(書証略)。原告は、この制度に関し、有馬部長に対し、平成四年一二月に起きたユニシス株の株価操作をめぐる事件で、平成五年に被告会社の溝の口営業所長が株価操作に協力した嫌疑で逮捕され、大蔵省から同営業所につき一週間の営業停止の処分を受けたこと(書証略)に関連づけ、ペナルティ制度の規定の中に、被告会社は今まではユニシス事件に関係した者を優遇していたが、今回ペナルティ制度を設定したという趣旨の文言を入れるように要求し、平成七年一二月一八日午前一〇時ころには、五階の監査部長席付近で、竹下監査部長に対しても、きつい言葉で苦情を述べた(証拠略)。そこで、その後、原告に対し、ペナルティ制度の内容について竹下監査部長、有馬部長及び丸本次長から説明を行った(証拠略)。

9  処分理由(六)の事実について

平成八年一月一六日、午前九時一五分から一一時ころにかけて、七階応接室において、相部常務、町野常務、有馬部長及び千田部長が、原告に対し、原告の言動について話していたところ、原告は、千田部長には、自分の顧客に電話するなと言ったのに電話をした、顧客の情報を漏らした、背任行為だ、千田を首にしろ、と述べ、また、会社には証券取引法違反がある等と怒鳴り、相部常務が、証券取引法違反の事実はないが、会社で調べるから、文書を出しなさいと言ったところ、原告は、「調べるなら、刑事を同席させろ」などと言った。この間、原告は、千田部長に対し、「てめえ、何をしていたんだ。承知ないぞ」などと暴言を吐いた(証拠略)。

これに対し、原告は、一月一六日は、原告の左隣席の丸木次長が、「一人だけ良くなったのでは他とのバランスが取れない」、「会社が危機に瀕しているときに気分が悪い」等と原告にあてつけるように言ったため、その趣旨の説明を求めたところ、丸本次長は答えず、千田部長も上司として問題を解決しようとする態度を示さなかったため、七階応接室で話し合うこととなり、相部常務、町野常務、有馬部長及び桜井次長も同席して話し合いがされたのみであるとするが、丸木次長が右のような発言を行ったことについては本件記録上これを認めるに足りる証拠はなく、原告の主張は採用できない。

10  処分理由(七)の事実について

平成八年一月二二日午後一時三〇分ころ、七階事務室内で原告が突然大きな音を立てて机を叩き、株式売買注文の出し方について法律が遵守されていないとして怒鳴った。千田部長が、来客中なので、大声を出すなと注意し、原告に応接室で話そうと言ったが、原告は、「来客などは俺に関係がない。大蔵に連絡して不正、株価操作等についてはっきりさせる。警察にも連絡する」などと大声を挙げたため、店頭の客はその担当者が外に連れ出した(書証略)。

11  平成八年一月二五日午前一〇時ころ、小西社長は、一月二二日の原告の言動を注意するため、原告を社長室に呼び、不正行為の疑いがあると考えているのであれば決定的なものでなくても良いから証拠を提出するように指示し、七階の雰囲気がおかしくなっているから、今後会社内で物を投げたり、この野郎などとの暴言を吐いたりすることのないよう強く注意をした(書証略)。

12  処分理由(八)の事実について

平成八年三月二五日の昼休み時間中、七階事務室内において、丸本次長が椅子に座って目を閉じていたところ、原告が、丸本次長の足をポーンと蹴り、協栄生命から被告会社に出向して来ている丸本次長に対し、「協栄に返すぞ」との暴言を吐いた(証拠略)。

また、同日午前から午後にかけ、社長室において、小西社長が、原告に対し、事務室内で大声を挙げたり、暴言を吐くことのないよう注意したがこれに従わなかった(証拠略)。

13  被告は、平成八年三月二七日、臨時取締役会を開催し、原告に対し本件処分を行うことにつき審議して決議を行った(書証略)。

14  被告は、原告に対し、本件処分後、平成八年四月八日付けで、被告会社及び他の社員の名誉を傷つける行為を行わないこと、会社の秩序を乱さないこと、出勤時間を厳守すること及び原告が出席していない毎週月曜八時一五分から開催される早朝会議に出席することを指示する書面を交付したが、原告は、後日これを有馬部長の面前で破り捨てた(証拠略)。

また、被告は、平成八年一二月二日、同日付けで、原告に対し、遵守事項及び原告が被告会社において馬鹿野郎などと発言した事実があると指摘する内容の書面を交付して注意を行ったところ、これについも原告が二つに破った(証拠略)。

二  なお、原告は、右のごとき言動をした事実はないと主張するが、各言動を認定した各証拠の内容はいずれも個別的な事実関係についての具体的なものであり、かつ、有馬証人、丸本証人及び陳述書の作成者は被告の社員であるものの、各人が原告に個人的な恨みを持っているような事情もなく、原告の健康に配慮して原告所属部門での禁煙を申し合わせたり、原告自身についてもまじめな社員ではある旨証言するなど(証拠略)その内容自体から、原告を陥れようとするような動機や事実の誇張は伺われず、また、(書証略)も各社員からの個別の報告をまとめたものであると認められるから(証拠略)、各証拠には信用性が認められる。

他方、原告の言動に何らの問題はなかったとする他の社員四名(うち一名は退職者)の陳述書も存在するが(書証略)、いずれも一般的に原告が熱心に職務を行っていた、また、言動に問題はなかったとするのみで本件処分理由(一)ないし(八)の事実関係にかかわるものではなく、前記各認定事実を覆すものではない。

三  以上認定した事実及び前記争いのない事実等に基づいて以下に検討する。

1  懲戒事由該当性について

前記一の認定事実及び被告の就業規則及び賞罰規定を前提として判断するに、原告の本件処分理由(二)ないし(四)及び同(六)ないし(八)の各言動は、いずれも上司に対する侮辱的言動でかつ職場の秩序を乱すものにほかならないから、就業規則六六条、賞罰規定一〇条2号、5号及び7号に該当するというべきである。

これに対し、原告は、上司に対しては、原告から被告会社の証券取引法違反等の件について指摘するなどして、話し合いをしたことがあるのみであり、職場でも法律で禁止されている一任売買に結びつきやすい口頭注文を行っている社員がいるのではないか等につき指摘をしていたのみであると主張するが、事実関係については前記認定のとおりであり、原告の右主張は採用できない。また、原告は、平成八年三月二五日の経緯は、午前九時ころ、原告が自席で営業拡大のため毎日作成している資料を作成していたところ、丸本次長が勤務時間中にもかかわらず原告の左肩をかすめるようにゴルフの素振りを始めたので、原告が注意したところ、丸本次長が怒鳴りだし話し合いとなったものであると主張するが、原告主張の右事実により、本件処分理由(八)に該当する前記一12の認定事実の懲戒事由該当性が覆されるものではない。

2  懲戒権の濫用について

前記認定の本件処分理由(二)ないし(四)及び同(六)ないし(八)の原告の各言動は、個別的には比較的軽微なものもあるが、類似の言動がたびたび繰返されていること、原告は職務にはまじめに励んでおり、主観的には証券取引法の遵守に関して上司への申入れを行い、また、被告の他の社員の株式売買の発注方法が証券取引法及び社内規則に違反しないよう注意を求める意図で職場において行動していたことがあったとしても、原告の本件処分理由(二)ないし(四)及び同(六)ないし(八)の各言動は、単に穏当を欠くというに止まらず、いずれも上司に対する侮辱的言動で職場秩序を乱すものといわざるを得ないから、被告の企業秩序維持の見地からこれを放置することはできないものであり、被告が主として賃金上の不利益を伴うにとどまる出勤停止処分を選択し、かつその出勤停止期間も五日間であることからすれば、本件処分が社会通念上合理性を欠くということはできない。

したがって、被告に裁量権の濫用はなく、被告の原告に対する本件処分は有効といえる。

四  以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判官 矢尾和子)

別紙(略)

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