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東京地方裁判所 平成8年(ワ)22124号 判決 1998年12月22日

原告

株式会社三協精機製作所

右代表者代表取締役

山田六一

右訴訟代理人弁護士

三宅正雄

野口政幹

右補佐人弁理士

永田浩一

被告

株式会社田村電機製作所

右代表者代表取締役

丹野武宣

右訴訟代理人弁護士

松本重敏

美勢克彦

右訴訟復代理人弁護士

秋山佳胤

右補佐人弁理士

山川政樹

黒川弘朗

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は原告に対し、一五一七万四〇〇〇円及びこれに対する平成八年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告に対し、被告による別紙一「物件目録」記載の装置(以下「被告装置」という。)の製造販売が原告の実用新案権の侵害に当たると主張して、逸失利益相当の損害賠償を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その登録実用新案を「本件考案」という。)の権利者である。

(一) 考案の名称    磁気媒体リーダー

(二) 出願年月日    昭和五七年六月一一日

(三) 出願番号     昭五七-八六〇八三号

(四) 出願公告年月日  平成元年六月五日

(五) 出願公告番号平一-一九二七七号

(六) 登録年月日    平成二年一月一六日

(七) 実用新案登録番号 第一八〇二四七六号

2  本件実用新案権に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲の記載は、別紙二「実用新案公報」(甲二)の該当欄記載のとおりである。

3  右請求の範囲は、次のように構成要件に分説できる(以下、それぞれの構成要件を「構成要件A」などという。)。

A 磁気ヘッドを媒体に摺接走行させて情報の記録或いは再生を行う磁気媒体リーダーにおいて、

B 上記磁気ヘッドをレバーに回動自在に支持すると共に、

C 該レバーを前記媒体に沿って走行させる保持板に回動自在に支持することにより、

D 上記磁気ヘッドが上記媒体との摺接位置と上記媒体から離間した下降位置との間を移動可能とし、

E 上記磁気ヘッドと上記保持板との間に、

F(α) 上記磁気ヘッドが下降位置にあるときは上記磁気ヘッドの回動を規制し、

(β) 上記磁気ヘッドが媒体との摺接位置にあるときは上記磁気ヘッドを回動自在とする

回動規制手段を設けたことを特徴とする

G 磁気媒体リーダー

4  被告は、平成七年四月ころから、機種名を「RU-一六」として、被告装置を製造し、販売している。

5  被告装置の構成は、別紙一「物件目録」記載のとおりであり、本件考案の構成要件のうち構成要件AないしD及びGを充足する。

二  争点及びこれに関する当事者の主張

1  被告装置が本件考案の構成要件E及びFを充足し、その技術的範囲に属するか。

(一) 原告の主張

(1) 本件考案の目的及び技術思想は、磁気ヘッドが下降位置にあるときに回動が規制され、摺接位置にあるときに回動が自在であるという二つの要素で回動規制手段が構成されているという点にあるから、このような回動規制手段であって、磁気ヘッドと保持板との間に設けられたものであれば、本件明細書に例示された実施例に限られず、あらゆる手段が包含されるのであり、本件考案の要件Fにいう「回動規制手段」につき、実用新案登録請求の範囲の記載に何らかの限定を加えて解釈する根拠はない。

(2) 構成要件E及びFに対応する被告装置の構成は、

e 磁気ヘッド15と保持板5との間に、磁気ヘッド15を載置したヘッドブラケットには脚部14a及び14bを設け、保持板5に一対のディスタンスロッド6及び7を設け、

f(α)磁気ヘッド15が下降位置にあるときは、磁気ヘッド15の一対の脚部14a、14bの下端面と、ディスタンスロッド6、7との間の隙間が狭められて磁気ヘッド15の回動が規制されており、

(β)磁気ヘッド15が媒体との摺接位置にあるときは、磁気ヘッド15の一対の脚部14a、14bのディスタンスロッド6、7による規制は解除されて磁気ヘッド15の回動が自在になる

という構成であり、右eの構成が構成要件Eを、fの構成が構成要件Fをそれぞれ充足している。

(3) 被告は、本件実用新案権に係る出願当時の明細書(以下「原明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲の記載を参酌して本件考案の技術的範囲を限定して解釈すべきであると主張するが、本件考案の構成要件の解釈に当たり基準になるのは、出願公告された本件明細書及び図面の記載であり、その解釈により本件考案の技術的範囲は明確になるから、出願経過を参酌する必要はない。また、これを参酌するとしても、原明細書の実用新案登録請求の範囲に記載された「摺動」は、長孔の係合部とピンとが摺動することではなく、磁気ヘッドが磁気記録帯に摺接走行するという意味であり、被告の主張は原明細書の誤った理解を前提に展開されているものであって当を得ておらず、本件考案の目的、内容や技術思想を全く無視したものである。

(4) したがって、被告装置は、本件考案の技術的範囲に属する。

(二) 被告の主張

(1) 本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載は、最も重要な技術的事項が「回動規制手段」とされているものであって、いわゆる機能的クレームの類型に属するものである。したがって、その解釈に当たっては、右請求の範囲の文言のみに依拠するのでなく、本件明細書に開示された実施例を正確に理解しなければならないから、その出願経過を参酌することが肝要である。

(2) 本件実用新案権については、出願公告までの間に、原明細書の重要な部分が二回にわたり補正されているので、本件考案の技術的範囲は原明細書の内容と整合するように解釈しなければならない。そして、原明細書の実用新案登録請求の範囲に、本件考案の構成要件E及びFに対応する要件として「前記磁気ヘッドと前記保持板とに前記磁気ヘッドの回動を規制する摺動可能な回動規制手段」と記載されていることからすれば、本件考案の実用新案登録請求の範囲にいう「回動規制手段」は、「磁気ヘッドのヘッドホルダーの一側と保持板の一側とに、それぞれ回動規制板を固定し、一方の回動規制板に設けた長孔で形成した係合部と他方の回動規制板に設けたピンとを摺動可能に嵌挿した構造」を意味するものであり、これをどのように広く解するとしても、「回動規制板に設けられた長孔とピンとの摺動を可能とし、この構成によって移動する磁気ヘッドの回動を規制する構造」に限られているというべきであって、単に隙間が狭められて回動が規制されていればいかなる構造をも含むという解釈は許されない。

(3) この点につき原告は前述のように主張するが、本件考案の実用新案登録請求の範囲を原告主張のように解釈すると、原告による補正は原明細書の要旨を変更するものとなるから、出願日が繰り下がることとなる結果、本件実用新案権は無効なものとならざるを得ない。

また、実用新案法は物品の形状、構造又は組合せに係る考案の保護及び利用を目的とするものであるから、具体的構造を全く特定することなく、考案の目的課題そのものを技術的範囲として主張することは許されないものであり、この点からみても原告主張の誤りは明白である。

(4) 他方、被告装置は、別紙一「物件目録」に示すとおり、磁気ヘッドの脚部及びディスタンスロッドにより磁気ヘッドの回動が規制されているものであり、係合部やピンを設けた回動規制板を備えておらず、摺動可能な回動規制手段となっていない。したがって、被告装置は本件考案の構成要件のうち少なくとも構成要件Fを欠いており、その技術的範囲に属さない。

2  損害の額

原告の主張は、以下のとおりである。

被告は、平成七年四月から同八年一〇月までの間に、少なくとも三〇〇〇台の被告装置を製造販売し、原告は、同期間につき、同数の製品の販売の機会を奪われた。原告における一台当たりの利益額は五〇五八円であるから、これに前記台数を乗じた一五一七万四〇〇〇円が原告の得べかりし利益であり、被告の行為により被った損害である。

よって、原告は被告に対し、不法行為による損害賠償として、一五一七万四〇〇〇円及びこれに対する不法行為の後である平成八年一一月二二日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三  争点に対する判断

一  争点1(技術的範囲の属否)のうち、構成要件Fの該当性について検討する。

1  本件明細書の実用新案登録請求の範囲の欄の記載のうち、構成要件Fに対応する部分は、「上記磁気ヘッドが下降位置にあるときは上記磁気ヘッドの回動を規制し、上記磁気ヘッドが媒体との摺接位置にあるときは上記磁気ヘッドを回動自在とする回動規制手段を設けたこと」というものである。

また、その考案の詳細な説明の欄の記載(別紙二「実用新案公報」の該当欄記載のとおり)によれば、本件考案の目的、効果等は以下のとおりであると認められる(欄数及び行数は、右公報(甲二)のものをいう。)。

(一) 従来技術及びその問題点

従来の磁気媒体リーダーにおいては、磁気ヘッド3は、保持板18に回動自在に取り付けられたレバー6の一端に固定された支持板5にピン16で回動自在に取り付けられ、ピン16を支点に傾斜可能にされると共に、ホームポジションやエンドポジションで停止するときに押し下げられるように構成されていた。このことにより、磁気ヘッド3は、ホームポジションやエンドポジションにあるときに傾斜している状態になることが多く、再度磁気記録帯2に当接するときに斜めに当接することになるため、磁気記録帯2に当接した後、これに対して垂直となって正常な摺接走行を開始するまでに時間がかかり、書込みジッターが低下するなど、正しい記録再生が行われないという欠点を有していた。さらに、磁気ヘッド3が傾斜していると細長の窓孔14の縁に当たる危険があった。(1欄18行ないし2欄22行参照)

(二) 本件考案の目的

従来技術の右欠点を解消し、磁気ヘッドがホームポジション又はエンドポジションで停止しても磁気ヘッドが正常な姿勢でいるようにした磁気媒体リーダーを提案することである。(2欄23ないし26行参照)

(三) 本件考案の構成

磁気ヘッドをレバーに回動自在に支持するとともに、該レバーを媒体方向に走行する保持板に回動自在に支持し、磁気ヘッドと保持板との間に、磁気ヘッドが下降位置にあるときは磁気ヘッドの回動を規制し、磁気ヘッドが媒体との摺接位置にあるときは磁気ヘッドを回動自在とする回動規制手段を設ける。(2欄27行ないし3欄6行参照)

(四) 本件考案の実施例における回動規制手段の構成

(1) 磁気ヘッド3のヘッドホルダー4の一側と保持板18の一側にはそれぞれ回動規制板8と9が固定されて、その一方に下側に広がった形状の長孔で構成された係合部8aが形成され、他方にピン10が固定されてピンと係合部が嵌挿係合されることで、磁気ヘッド3が下降位置にあるときは、磁気ヘッド3が回動規制板8、9の係合部8aとピン10で規制されてほぼ垂直に起立され、その回動が規制されるが、磁気ヘッド3が磁気媒体との摺接位置にあるときは、係合部8aはピン10の幅より広いので、磁気ヘッド3はこの範囲内で揺動でき、媒体の曲がり等に追従した動きをすることができる。(3欄31行ないし4欄9行参照)

(2) 長孔の係合部8aを設けた回動規制板8を保持板18に、ピン10が固定された回動規制板9をヘッドホルダー4にそれぞれ固定してもよい。また、ピン10側の回動規制板9は省略して、保持板やヘッドホルダーに直接ピン10を固定してもよい。さらに、長孔の係合部はU字状の切欠きで構成してもよい。長孔やU字状の切欠きの幅を変えて広く又は狭くすることで磁気ヘッドの回転角を変更することができる。(4欄16行ないし26行参照)

(五) 本件考案の効果

保持板と磁気ヘッドホルダーのいずれか一方に係合部を他方にピンを設ける簡単な回動規制手段で磁気ヘッドの摺接面が水平に保たれて磁気記録帯に斜めに当たることがなく、かつ退避に必要以上の移動距離をとることがないので、摺接走行スタート時に磁気ヘッドと磁気記録帯との接触が瞬時にされて正常な書込み・読出しがされ、ジッターが悪くなることが解消される。また、ホームポジション又はエンドポジションにおける停止で磁気ヘッドの回動を規制制御して垂直に上下動させるので、ヘッドが突出走行する窓孔の幅を小さくしても縁に当たる危険が解消される。さらに、ホームポジション又はエンドポジションで磁気ヘッドが傾斜しないので、通帳挿入時に通帳の端が磁気ヘッドに当たり邪魔になることがない。(4欄27行ないし43行参照)

2  右によれば、構成要件Fに係る実用新案登録請求の範囲のうち「上記磁気ヘッドが下降位置にあるときは上記磁気ヘッドの回動を規制し、」との記載は、「磁気ヘッドがホームポジション又はエンドポジションで停止しても磁気ヘッドが正常な姿勢でいるようにした」という本件考案の目的そのものを記載したものにすぎず、「回動規制手段」という抽象的な文言によって、本件考案の磁気媒体リーダーが果たすべき機能ないし作用効果のみを表現しているものであって、本件考案の目的及び効果を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものではないと認められる。

このように、実用新案登録請求の範囲に記載された考案の構成が機能的、抽象的な表現で記載されている場合において、当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解すると、明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが考案の技術的範囲に含まれ得ることとなり、出願人が考案した範囲を超えて実用新案権による保護を与える結果となりかねないが、このような結果が生ずることは、実用新案権に基づく考案者の独占権は当該考案を公衆に対して開示することの代償として与えられるという実用新案法の理念に反することになる。したがって、実用新案登録請求の範囲が右のような表現で記載されている場合には、その記載のみによって考案の技術的範囲を明らかにすることはできず、右記載に加えて明細書の考案の詳細な説明の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該考案の技術的範囲を確定すべきものと解するのが相当である。ただし、このことは、考案の技術的範囲を明細書に記載された具体的な実施例に限定するものではなく、実施例としては記載されていなくても、明細書に開示された考案に関する記述の内容から当該考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が実施し得る構成であれば、その技術的範囲に含まれるものと解すべきである。

3  これを本件についてみると、右に認定したところによれば、本件考案の構成要件Fの「回動規制手段」につき本件明細書で開示されている構成には、保持板及び磁気ヘッドホルダーの双方に回動規制板を設け、その一方に係合部を、他方にピンを設けるという構成、並びに、保持板及び磁気ヘッドホルダーのいずれか一方に設けた回動固定板に係合部を設け、他方にピンを固定するという構成しかなく、それ以外の構成についての具体的な開示はないし、これを示唆する表現もない。したがって、本件考案の「回動規制手段」は、右のとおり本件明細書に開示された構成及び本件明細書の考案の詳細な説明の記載から当業者が実施し得る構成に限定して解釈するのが相当である。

これに対し、被告装置の「回動規制手段」の構成は別紙一「物件目録」三、(二)ないし(四)記載のとおりであり、磁気ヘッド15が下降位置にあるときに回動が規制され、上昇位置にあるときに回動が自在になるという点では、本件考案の構成要件Fの文言に形式上該当するということができる。しかしながら、被告装置においては、磁気ヘッド15が下降位置にあるときに、磁気ヘッド15を載置したヘッドブラケットに設けられた脚部14a及び14bの下端面と、保持板5に設けられた一対のディスタンスロッド6及び7との間の隙間が狭められることによって、磁気ヘッド15の回動が規制されるという構成をとっており、これが本件明細書に開示された構成と異なることは明らかである。また、被告装置の右構成は、本件明細書の考案の詳細な説明の欄に開示されたところの回動規制板並びに係合部及びピンを設けるという構成とは、技術思想を異にするものと解され、当業者が本件明細書の考案の詳細な説明の記載に基づいて実施し得る構成であるということもできない。

以上によれば、被告装置は本件考案の構成要件Fを充足せず、その技術的範囲に含まれるものではないというべきである。

4  この点につき、原告は、前記(第二、二1)のとおり、本件考案の「回動規制手段」には限定が付されていないから、被告装置は本件考案の技術的範囲に含まれる旨主張している。しかしながら、本件明細書の記載内容に照らすと、本件考案の要件Fにいう「回動規制手段」につき、本件明細書で開示された具体的な構成に基づいてこれを限定的に解すべきことは、前記3で説示したとおりであり、原告の右主張は採用できない。

二  以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三村量一 裁判官長谷川浩二 裁判官中吉徹郎)

別紙一物件目録<省略>

別紙二実用新案公報<省略>

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