東京地方裁判所 平成8年(ワ)22775号 判決 1998年1月29日
原告
明裕不動産株式会社
右代表者代表取締役
蔡明裕
右訴訟代理人弁護士
斎藤一好
同
齊藤誠
同
中由規子
同
香村博正
同
白井正明
同
白井典子
被告
株式会社アイチ
右代表者代表精算人
森下安道
右訴訟代理人弁護士
神岡信行
同
寺澤政治
被告兼被告株式会社アイチ補助参加人
株式会社ネプス(旧商号ネプス抵当証券株式会社)
右代表者代表取締役
平田鎮男
右訴訟代理人弁護士
片岡義広
同
小林明彦
同
小宮山澄枝
同
櫻井英喜
同
内山義隆
右訴訟復代理人弁護士
関高浩
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
1 東京地方裁判所平成三年(ケ)第七九九号不動産競売事件につき、同裁判所が作成した配当表の被告株式会社ネプスに対する配当額及び右事件の手続費用の配当額を取り消す。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
第二 事案の概要
本件は、被告株式会社アイチ(被告アイチ)が原告所有の別紙物件目録記載の不動産(本件不動産)に対し競売を申立てた東京地方裁判所平成三年(ケ)第七九九号不動産競売事件の平成八年一一月一四日の配当期日において作成された別紙配当表(本件配当表)記載のうち、被告兼被告アイチの補助参加人株式会社ネプス(被告兼補助参加人ネプス、右配当期日の商号はネプス抵当証券株式会社)に対する配当額及び被告アイチに対する手続費用の配当額について、原告が、異議の申出をしたことに基づき、本件配当表の右記載部分の取消しを求めた事案である。
一 基礎となる事実
1 本件不動産は、もと原告が所有していた(争いない)。
2 原告は、昭和六〇年九月四日、株式会社日本債権信用銀行(訴外銀行)に対する昭和五三年一二月二二日付分割貸付契約上の債務一五億円(利息年7.7パーセント、損害金年一四パーセント)について、本件不動産に対し、抵当権者を訴外銀行とする抵当権設定契約を締結し、東京法務局昭和六〇年九月四日受付第三三四号により抵当権設定登記を経由した(甲五、丙一八の1ないし4、弁論の全趣旨、ただし、右抵当権の存在及び右抵当権設定当時の被担保債権の存在については争いがない。)(本件原抵当権)。
3 訴外銀行は、平成元年一月一八日、被告アイチに対し、本件原抵当権の被担保債権を譲渡するとともに、本件原抵当権を譲渡し、東京法務局平成元年二月一四日受付第一二六八号により本件原抵当権の移転登記を経由した(甲五、丙一八の1ないし4、弁論の全趣旨、ただし、本件原抵当権の被担保債権の譲渡及び本件原抵当権の譲渡については争いがない。)。
4 被告アイチは、原告に対する本件原抵当権に基づき、東京地方裁判所に対し、本件不動産に対する競売の申立てをし(東京地方裁判所平成三年(ケ)第七九九号不動産競売事件)(本件競売事件)、平成三年六月五日、競売開始決定がされた(争いない)。
5 被告アイチは、平成三年七月二九日、本件原抵当権に対し、根抵当権者を被告兼補助参加人ネプス、極度額一三億円、債権の範囲金銭消費貸借取引、手形債権、小切手債権とする転根抵当権(本件転根抵当権)設定契約(本件転抵当権設定契約)を締結し、東京法務局同月三〇日受付第二六五二号右転根抵当権設定登記を経由した(甲五、丙二の3、一八の1ないし4、弁論の全趣旨)。
6 被告アイチは、原告に対し、同年八月九日発信の内容証明郵便により、本件転根抵当権設定について通知をし、右通知はそのころ原告に到達した(丙四、一三、原告代表者、弁論の全趣旨)。
7 平成六年五月一六日、新宿簡易裁判所において、原告外三名を申立人、被告アイチ外一名を相手方として、別紙和解調書記載のとおり、即決和解(本件即決和解)が成立した(原告と被告アイチとの間では争いない。原告と被告兼補助参加人ネプスとの間では、甲一、弁論の全趣旨)。
8 原告と被告アイチは、本件即決和解において、本件原抵当権の被担保債権である被告アイチの原告に対する債権残額が、元本・利息・損害金含め一二億五〇〇〇万円であることを確認した(甲一、八、丙一五、弁論の全趣旨)。
9 本件競売事件において、平成八年三月二九日売却手続が行われ、同年一一月一四日の配当期日において本件配当表が作成されたが、本件配当表には、別紙配当表記載のとおりの被告兼補助参加人ネプスに対する配当額及び被告アイチに対する手続費用の配当額の記載があり、原告は本件配当表の右各配当額について異議の申出をした(争いない)。
二 争点
1 本件配当表の被告アイチに対する手続費用の配当額について
(一) 原告の主張
(1) 本件即決和解において、被告アイチは原告に対し、別紙物件目録9の建物に対する競売申立を取り下げること及び別紙物件目録2の土地の分筆を実施し、分筆登記完了後、そのうちの本件即決和解第二項記載の建物(別紙物件目録9の建物)の敷地持分(一万分の四七七)と同目録1の土地に対する競売申立を取り下げることを約した(本件約定)。本件約定は、別紙物件目録9の建物、右建物の敷地持分(一万分の四七七)及び同目録1の土地に対する競売申立を取り下げて強制執行をしないとの強制執行についての不執行の合意というべきである。仮にそうでなくとも、右約定は、差押中の物件について執行を解除する旨の合意をしたものである。
(2) 被告アイチは、本件約定に基づく右三物件についての競売申立を取り下げる義務を履行しなかったのであり、被告アイチの右違反により本来なら不要であった無駄な競売手続費用が生じた。すなわち、執行官に対する平成六年三月二九日付鑑定費用等支払二万円、平成七年八月二日付同二五万一〇〇〇円、平成七年一一月二一日付同二万円、及び平成八年六月四日付同五一七万七二〇〇円以上合計五四六万八二〇〇円のうち、別紙物件目録9の建物の敷地持分一万分の四七七及び同目録1の土地の評価鑑定に関する費用は二五八万八六〇〇円相当、右建物についての評価鑑定に関する費用は一四万三八一一円相当以上合計二七三万二四一一円相当が被告アイチが本件約定上の義務を履行していれば不要であった金額である。このような本来競売申立を取り下げるべき前記不動産についての執行費用を含む競売手続費用は全体として配当を認められるべきではないが、少なくとも手続費用のうち前記二七三万二四一一円についての配当は認められるべきででない。
(二) 被告アイチの主張
被告アイチは、平成六年六月、本件約定に基づき、別紙物件目録9の建物に対する競売申立を取り下げた。
また、本件即決和解第四項の趣旨は、別紙物件目録2の土地について、同目録の各区分所有建物(本件各区分所有建物)に応じた敷地持分としての分割登記(敷地権登記)が完了したことを条件として、被告アイチが同目録9の建物の敷地持分及び同目録1の土地に対する競売申立を取り下げるというものであるところ、結局右分割登記(敷地権登記)はされなかったのであるから、被告アイチには同目録9の建物の敷地持分及び同目録1の土地に対する競売申立を取り下げる義務は未だ発生していない。
原告は、本件即決和解第四項の趣旨について、被告アイチにおいて別紙物件目録2の土地の分筆を実施して分筆登記を完了する義務があるかのように主張しているが、右第四項は、被告アイチに同目録2の土地の分筆を実施して分筆登記を完了させる義務を負担させるものではない。もともと本件競売は本件不動産を一括売却する手続として進行していたところ、一括売却では買受人が出て来ないことが予測されたので、原告と被告アイチの両者において本件各区分所有建物の売却については個別売却のほうが売却が容易であるとの認識で一致したことから、本件即決和解第三項で、原告においても個別売却の実現に協力することとしたところ、本件競売手続において個別売却をするには、別紙物件目録2の土地について、本件各区分所有建物の敷地に応じた敷地持分としての分割登記(敷地権登記)がされる必要があると考えられたことから、本件即決和解第四項に右分割登記のことが言及されたのであるが、本件各区分所有建物の売却手続において一括売却か個別売却のいずれを採用するかは裁判所が決定する事項であり、被告アイチにおいては裁判所に個別売却の採用を上申する方法しかないところ、被告アイチにおいて右上申をしたものの裁判所はこれを採用することなく本件競売は結局一括売却により行われ、したがって、売却手続の過程で別紙物件目録2の土地について前記の分割登記がされることもなかったものであるが、以上の経過と本件即決和解第三項及び第四項の文言に照らすと、本件即決和解が被告アイチに本件競売手続で個別売却手続をする義務や別紙物件目録2の土地について前記の分割登記(敷地権登記)をする義務を負担させるものでないことは明らかであり、本件競売手続においては、結局別紙物件目録2の土地について、本件各区分所有建物に応じた敷地持分としての分割登記(敷地権登記)は完了していないのであるから、この分割登記の完了を条件とする同月録9の建物の敷地持分及び同目録1の土地に対する競売申立を取り下げる義務が被告アイチには未だ発生していないことも明らかである。
2 本件配当表の被告兼補助参加人ネプスに対する配当額について
(一) 本件転根抵当権の被担保債権の存否
(1) 被告兼補助参加人ネプスの主張
被告兼補助参加人ネプスが有する被告アイチに対する本件転根抵当権の被担保債権は次のとおりである。
① 昭和六三年四月一日付金銭消費貸借契約に基づく貸付元金一〇億円及びこれに対する平成七年四月一日から支払済みまで年一八パーセントの割合による遅延損害金
② 平成二年一一月二八日付金銭消費貸借契約(当初元金九億三〇〇〇万円)に基づく貸付残元金七五〇〇万円及びこれに対する平成七年四月一日から支払済みまで年一八パーセントの割合による遅延損害金
③ 平成五年三月三一日付金銭消費貸借契約(当初元金五億七五〇〇万円)に基づく貸付残元金五億四五〇〇万円及びこれに対する平成七年四月一日から支払済みまで年一八パーセントの割合による遅延損害金
被告兼補助参加人ネプスは、右総額(元金一六億二〇〇〇万円及びこれに対する遅延損害金)のうちの金一〇億五一〇〇万円について、これらの担保のために振出交付を受けた約束手形上の手形債権の内金の形で配当手続における債権計算書を作成提出したものである。
(2) 原告の主張
被告兼補助参加人ネプスの配当金受領の根拠となる本件転根抵当権の被担保債権の存在を否認する。右被担保債権については被告両名が通謀してその存在を仮装している可能性がある。
(二) 被告アイチ及び被告兼補助参加人ネプスの本件即決和解上の義務違反
(1) 原告の主張
前記のとおり、本件即決和解における本件約定は、別紙物件目録9の建物、右建物の敷地持分及び同目録1の土地に対する競売申立を取り下げて強制執行をしないとの強制執行についての不執行の合意というべきであり、仮にそうでなくとも、右約定は、差押中の物件について執行を解除する旨の合意をしたものであるところ、被告アイチは、本件約定に基づく右三物件についての競売申立を取り下げる義務を履行しなかったものである。
被告アイチは、平成三年七月二九日、本件原抵当権に対し、根抵当権者を被告兼補助参加人ネプス、極度額一三億円とする本件転根抵当権設定契約を締結し、同月三〇日右転根抵当権設定登記を経由したから、被告兼補助参加人ネプスは、本件競売申立人である被告アイチの地位を承継したものである。また、被告兼補助参加人ネプスは、被告アイチの出資にかかる子会社であり、本件即決和解の内容を承知して転根抵当権を取得した。しからずとするも、被告兼補助参加人ネプスは原告に対し、本件即決和解にしたがって処理されることを承知していると言明したのであるから、本件即決和解における本件約定の効力は被告兼補助参加人ネプスにも及ぶというべきである。したがって、被告兼補助参加人ネプスは、本件即決和解における本件約定に従って別紙物件目録9の建物、右建物の敷地持分及び同目録1の土地に対する競売申立を取り下げる義務があるのに、右義務に違反して競売申立を取り下げないままに競売手続の進行に任せた違法があるのであり、本件配当表記載の不動産売却代金には競売申立が取り下げられるべきであった前記不動産の競売代金が包含されており、それは本来配当されるべき売却代金から排除されるべきであるから、配当金として交付されることを許容されるべきではない。しからずとするも、前記競売手続から排除されるべき前記不動産についての売却代金は正確に分離確定した上それぞれの配当金が確定されるべきであり、かつ剰余金について本件不動産の所有者兼本件原抵当権の被告担保債権の債務者である原告に交付されるべきであった。
(2) 被告兼補助参加人ネプスの主張
本件即決和解第四項の趣旨は、別紙物件目録2の土地について、本件各区分所有建物に応じた敷地持分としての分割登記(敷地権登記)が完了したことを条件として、被告アイチが同目録9の建物の敷地持分及び同目録1の土地に対する競売申立を取り下げるというものであるところ、結局右分割登記(敷地権登記)はされなかったのであるから、被告アイチには同目録9の建物の敷地持分及び同目録1の土地に対する競売申立を取り下げる義務は未だ発生していない。したがって、本件即決和解調書は、民事執行法一八三条一項三号の執行停止文書には当たらない。
被告兼補助参加人ネプスは本件即決和解の当事者ではないから、本件即決和解の効力は被告兼補助参加人ネプスには及ばない。
原告は被告兼補助参加人ネプスが被告アイチの子会社だと主張するが、被告兼補助参加人ネプスは株式会社ナカノコーポレーションの一〇〇パーセント子会社であり、被告アイチの子会社ではない。
被告兼補助参加人ネプスは、本件転根抵当権につき、民法三七六条所定の対抗要件を具備しているから、仮に本件即決和解における本件約定が原告の主張するような不執行合意であるとしても、転根抵当権者である被告兼補助参加人ネプスの承諾なしに本件原抵当権者である被告アイチと原債務者である原告との間でされた右不執行合意は本件根抵当権の効力を無にするものであるから、根抵当権者である被告兼補助参加人ネプスには対抗できない。
また、仮に、本件競売手続が原告の主張する不執行合意の存在により違法であるとしても、売却の効力を妨げられない以上(民事執行法一八四条)、売却代金の配当において、根抵当権者である被告兼補助参加人ネプスの優先弁済権が影響を受けるものではなく、配当受領が不当利得になるはずはない。
第三 争点に対する判断
一 本件配当表の被告アイチに対する手続費用の配当額について
1 本件即決和解の成立経過と本件競売事件の経過
前記第二、一記載の事実及び証拠(丙六、八、一二、一三、一六、一七、証人平林清光)によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 本件不動産は、原告が建築した地下一階地上一一階建てのオフィス兼用マンションで全体で二二戸の区分所有建物に分かれていたが、そのうち一三戸は既に原告から第三者に分譲されていたことから、本件原抵当権の対象となった区分所有建物は別紙物件目録3ないし11記載の九戸(本件各区分所有建物)だけであったが、右九戸の区分所有建物はビル全体に分散して位置していた。
(二) 東京地方裁判所は、平成三年六月五日、本件競売事件について、競売開始決定をした。
(三) 平成三年七月二九日、被告アイチと被告兼補助参加人ネプスとの間で、被告兼補助参加人ネプスを根抵当権者とする本件転根抵当権設定契約が締結され、同月三〇日右転根抵当権設定登記がされた。
(四) 本件競売については、東京地方裁判所により、平成四年三月一二日付けで期間入札の通知がされたが、その内容は、入札期間平成四年五月一三日から同月二〇日まで、最低売却価額は別紙物件目録1ないし11の不動産を一括売却する方式で三〇億六二一〇万円とされていたところ、右のように本件競売は、本件不動産を一括売却する手続として進行していたが、当時、被告アイチとしては、九戸の本件各区分所有建物がビル全体に分散していることから、一括売却しても買受人にとって一括購入としてのメリットがないため、各区分所有建物ごとに個別に売却することにしなければ買受人が出て来ないこともあり得ることを予測し、また、最低売却価額が三〇億円以上と高額であることからも買受人が出て来ることが考え難い状況であると認識しており、また、後に本件即決和解で原告との間で確認したように原告に対する本件原抵当権の被担保債権残額は一二億五〇〇〇万円であったことから、本件競売手続において被告アイチが自己競落をするとしても、右金額の範囲で競落をすればよく、三〇億円以上の金額で一括競落をすることは考えていなかった。
(五) 右のようなころから、被告アイチは、本件各区分所有建物ごとに個別売却をするのが適当と考えていたが、当時原告が全体で一万分の三八八〇の持分を所有していた本件各区分所有建物の敷地である別紙物件目録2の土地については、本件各区分所有建物にどれだけの土地持分を割り当てるかが不明であったことから、このままでは裁判所において競売に際し本件各区分所有建物を土地持分付区分所有建物として個別売却することを採用するとは考えられなかったため、別紙物件目録2の前記持分の所有者である原告に対し、本件各区分所有建物の敷地割合を確定して各区分所有建物の敷地として分割登記(敷地権登記)をするよう折衝を開始するとともに、平成六年三月裁判所に対し、本件各区分所有建物について個別売却をするよう上申した。
(六) 原告は、被告アイチからの本件各区分所有建物に応じた敷地持分としての分割登記(敷地権登記)の協力要請に応じることと引き換えに、別紙物件目録9の建物についての競売申立を即時取り下げること及び本件各区分所有建物に応じた敷地持分としての分割登記(敷地権登記)が完了した後に別紙物件目録9の建物の敷地持分と別紙物件目録1の土地についての競売申立を取り下げることを要求してきた。これに対し、被告アイチは、その当時の最低売却価額が前記のとおり三〇億六二一〇円であり、個別売却にともなう再評価で多少価額が下がっても被告アイチと原告との間で確認した被告アイチの原告に対する本件原抵当権の被担保債権残額一二億五〇〇〇万円を回収するには十分であると考え、原告の前記要求に応じることとし、その結果、前記のとおり、平成六年五月一六日、本件即決和解が成立したが、被告アイチは、本件即決和解に基づき、同年六月一六日別紙物件目録9の建物に対する競売申立を取り下げた。
(七) しかしながら、本件競売事件においては、結局裁判所により本件不動産から別紙物件目録9の建物及びその敷地持分を除いた物件について一括売却されることとなり、その最低売却価額は一〇億五五七六万円とされ、平成八年三月二九日前記の範囲での一括売却の手続が行われ、同年一一月一四日配当期日が指定され、右期日において、本件配当表が作成された。そして、結局本件各区分所有建物に応じた敷地持分としての分割登記(敷地権登記)は行われなかった。
2 原告は、本件即決和解において、被告アイチは原告に対し、別紙物件目録9の建物に対する競売申立を取り下げること及び別紙物件目録2の土地の分筆を実施し、分筆登記完了後、そのうちの本件即決和解第二項の建物(別紙物件目録9の建物)の敷地持分(一万分の四七七)と同目録1の土地に対する競売申立を取り下げることを約した(本件約定)ものであるところ、本件約定は、別紙物件目録9の建物、右建物の敷地持分(一万分の四七七)及び同目録1の土地に対する競売申立を取り下げて強制執行をしないとの強制執行についての不執行の合意というべきであり、仮にそうでなくとも、右約定は、差押中の物件について執行を解除する旨の合意をしたものであるから、被告アイチが本件約定に違反して右三物件についての競売申立を取り下げる義務を履行しなかったために生じた手続費用は、被告アイチの右違反により本来なら不要であった無駄な費用である旨主張しているので、以下にはこの点について判断する。
本件即決和解第二項には、被告アイチにおいて別紙物件目録9の建物に対する競売申立を直ちに取り下げる旨の約定が記載されているが(甲一)、前記1(六)記載のとおり、被告アイチは、本件即決和解が成立した平成六年五月一六日の後の同年六月一六日別紙物件目録9の建物に対する競売申立を取り下げているから、この点について被告アイチには原告の主張するような義務違反はないというべきである。
また、原告が被告アイチに競売申立を取り下げる義務があると主張している別紙物件目録9の建物の敷地持分及び別紙物件目録1の土地については、本件即決和解第四項に、「別紙物件目録中2の土地について、各区分所有建物に応じた分割登記ができた場合には、アイチはそのうち、第二項の建物(別紙物件目録9の建物)の敷地部分(一万分の四七七)と、同目録中1の土地に対する競売申立の取り下げをする。」との約定の記載があるが、右約定の趣旨は、別紙物件目録2の土地について、本件各区分所有建物に応じた敷地持分としての分割登記(敷地権登記)を完了したことを条件として、被告アイチが同目録9の建物の敷地持分(一万分の四七七)及び同目録1の土地に対する競売申立を取り下げるというものであるところ、前記1(七)の認定事実によれば、本件競売手続においては、別紙物件目録9の建物及びその敷地持分を除いた競売物件について一括売却の手続が行われ、結局本件各区分所有建物に応じた敷地持分としての分割登記(敷地権登記)は行われなかったのであるから、被告アイチには同目録9の建物の敷地持分及び同目録1の土地に対する競売申立を取り下げる義務は未だ発生していないというべきである。
原告は、本件即決和解第四項の趣旨について、被告アイチにおいて別紙物件目録2の土地の分筆を実施して分筆登記を完了する義務があるかのように主張しているが、本件各区分所有建物の敷地部分に当たる同目録2の土地持分の所有者は原告であって被告アイチではないこと(前記1(五)の認定事実)及び前記1で認定した本件即決和解の成立過程に照らすと、本件即決和解第四項が被告アイチに別紙物件目録2の土地について本件各区分所有建物に応じた敷地持分としての分割登記(敷地権登記)を完了する義務を負担させる趣旨のものではないことは明らかである。
3 以上によれば、この点の原告の主張は理由がない。
二 被告兼補助参加人ネプスに対する配当額について
1 本件転根抵当権の被担保債権の存否
被告アイチは、原告に対する本件原抵当権に基づき、東京地方裁判所に対し、本件不動産に対する競売の申立てをし、平成三年六月五日、競売開始決定がされたこと、そして、被告アイチは、同年七月二九日、本件原抵当権に対し、根抵当権者を被告兼補助参加人ネプス、極度額一三億円、債権の範囲金銭消費貸借取引、手形債権、小切手債権とする本件転根抵当権設定契約を締結し、同月三〇日右転根抵当権設定登記を経由したことは前記第二、一記載の事実のとおりである。
そして、証拠(甲一〇ないし一二、丙二の1、2、二〇の1ないし4、二一、証人小島安博、弁論の全趣旨)によれば、少なくとも、本件転根抵当権設定登記がされた平成三年七月三〇日の時点で存在した本件転根抵当権の被担保債権(被告兼補助参加人ネプスの被告アイチに対する債権)の残債権としては、昭和六三年四月一日付金銭消費貸借契約に基づく貸付元金一〇億円及びこれに対する年一八パーセントの割合による遅延損害金(遅延損害金の発生は平成七年四月一日から)の債権及び平成二年一一月二八日付金銭消費貸借契約(当初元金九億三〇〇〇万円)に基づく貸付残元金七五〇〇万円及びこれに対する年一八パーセントの割合による遅延損害金(遅延損害金の発生は平成七年四月一日から)の債権の合計一〇億七五〇〇円とこれに対する年一八パーセントの割合による遅延損害金(遅延損害金の発生は平成七年四月一日から)の債権が存在することが認められ(丙一九、二〇の1ないし4、二一)、したがって、本件配当表の本件転根抵当権についての被告兼補助参加人ネプスの被告アイチに対する被担保債権として記載されている一〇億五一〇〇万円は少なくとも右合計一〇億七五〇〇万円とこれに対する年一八パーセントの割合による遅延損害金(遅延損害金の発生は平成七年四月一日から)の内金ということができる。したがって、本件転根抵当権については、本件配当表記載の金額一〇億五一〇〇万円の被担保債権の存在を認めることができる。
なお原告は、本件転根抵当権の右被担保債権について、被告両名が通謀してその存在を仮装している可能性がある旨主張しているが、本件全証拠によってもこの点の原告の主張を肯定することは困難であり、他に本件転根抵当権の前記一〇億五一〇〇万円の被担保債権の認定を覆すに足りる証拠はない。
2 被告アイチ及び被告兼補助参加人ネプスの本件即決和解上の義務違反
(一) 原告は、前記のとおり、本件即決和解における本件約定は、別紙物件目録9の建物、右建物の敷地持分及び同目録1の土地に対する競売申立を取り下げて強制執行をしないとの強制執行についての不執行の合意というべきであり、仮にそうでなくとも、右約定は、差押中の物件について執行を解除する旨の合意をしたものであるところ、被告アイチは、右合意に違反して、本件約定に基づく右三物件についての競売申立を取り下げる義務を履行しなかったものである旨主張するが、被告アイチは、別紙物件目録9の建物に対する競売申立を取り下げているから、この点について被告アイチが本件即決和解における約定に違反する余地はないこと、そして、本件即決和解の約定において、被告アイチには、右建物の敷地持分及び同目録1の土地に対する競売申立を取り下げるべき義務が未だ発生していないことは前記一に記載したとおりであり、したがって、被告アイチに本件即決和解における約定違反がある旨の原告の主張が理由がないことも前記一記載のとおりである。
(二) 原告は、本件即決和解の約定において被告アイチが別紙物件目録9の建物、右建物の敷地持分及び同目録1の土地に対する競売申立を取り下げる義務を負担していることを前提として、本件転根抵当権者である被告兼補助参加人ネプスにも本件即決和解の効力が及ぶとの主張をしているが、前記のとおり、別紙物件目録9の建物に対する競売申立については、被告アイチにおいて既に取り下げているから、この点の義務を被告兼補助参加人ネプスが被告アイチから承継するとか本件即決和解の効力が被告兼補助参加人ネプスにも及ぶという問題が生じる余地がないことは明らかである。
また、本件即決和解の約定において、右建物の敷地持分及び別紙物件目録1の土地に対する競売申立を取り下げる義務が被告アイチについて発生していないことも前記のとおりであるから、この点の義務を被告兼補助参加人ネプスが被告アイチから承継するとか本件即決和解の効力が被告兼補助参加人ネプスにも及ぶという問題も発生する余地がないというべきである。
(三) なお、原告は、本件即決和解の効力が被告兼補助参加人ネプスにも及ぶ理由として被告兼補助参加人ネプスが被告アイチの子会社である旨主張するが、この点の原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
(四) 以上によれば、この点の原告の主張は理由がない。
第四 結論
以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官濵野惺)
別紙物件目録<省略>
別紙配当表<省略>
別紙和解条項
一 申立人らと相手方らとは、申立人明裕不動産株式会社(以下明裕という)を債務者、相手方株式会社アイチを(以下アイチという)債権者とする。別紙物件目録記載の物件(以下本件物件という)に対する東京地方裁判所平成三(ケ)第七九九号不動産競売事件に関する明裕のアイチに対する借入金債務が、平成六年二月二四日現在、元本・利息・損害金を含め、金一二億五〇〇〇万円であることを確認する。
二 アイチは直ちに、本件競売物件中、別紙物件目録中9の建物に対する競売申立を取り下げる。
三 明裕は、本件競売事件について、アイチが分割競売をすることを認め、これに協力する。その方法は、アイチと明裕とが協議して定める。
なお、第一項の競売事件について、東京地方裁判所が期間入札を実施した場合は、アイチは、第一項の債権額にみつるまで、アイチの選択により、本件物件(但し別紙物件目録中1の土地及び同9の建物とその敷地に対する持分一万分の四七七を除く)について、入札するものとする。
四 別紙物件目録中2の土地について、各区分所有建物に応じて分割登記ができた場合には、アイチはそのうち、第二項の建物の敷地部分(一万分の四七七)と、同目録中1の土地に対する競売申立の取り下げをする。
五 アイチは、第一項記載の債権金一二億五〇〇〇万円を回収できた場合には、第二項の建物(別紙物件目録9の建物)とその敷地部分(別紙物件目録2の土地の持分一万分の四七七)及び同目録1の土地に対する各抵当権設定登記の抹消登記手続をする。
これに要する登記費用は明裕の負担とする。
六 本件競売について、アイチが競落により所有権取得ができた物件については、明裕又は明裕の指定する者に、落札価格に公租公課その他の諸費用を加えた代金で売却するものとする。その売却期間は、所有権取得後三ヶ月間とする。
但し、右期間内に、アイチが売却先を見つけた場合は、明裕に仲介させるか、明裕はアイチに対し仲介手数料を一切請求しない。
七 申立人らと相手方らとは、アイチ及びその関連会社並びにそれらの代表者個人と、明裕及び申立人千葉産業開発株式会社並びにそれらの代表者個人との間には、本和解条項以外に相互に債権債務のないことを確認する。