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東京地方裁判所 平成8年(ワ)22891号 判決 1998年2月13日

甲事件原告・乙事件被告・丙事件原告(以下「原告」という)

佐藤フヂエ

右訴訟代理人弁護士

木村美隆

甲事件被告・乙事件原告・丙事件被告(以下「被告菊地」という)

菊地一介

右訴訟代理人弁護士

水嶋晃

甲事件被告(以下「被告国」という)

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右指定代理人

戸谷博子

外三名

主文

一  被告菊地は、原告に対し、金一一六万九三四二円及び内金七六万八〇〇〇円に対する平成五年八月六日から、内金三七万七六六六円に対する平成五年八月二四日から、内金二万三六七六円に対する平成七年三月二九日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告国は、原告に対し、金四四〇万九四二一円及びこれに対する平成八年一二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告と被告菊地との間において、原告が別紙供託金目録記載の供託金について還付請求権を有することを確認する。

四  原告の被告らに対するその余の各請求をいずれも棄却する。

五  被告菊地の請求を棄却する。

六  訴訟費用は、甲事件について生じた分を三分し、その一ずつを原告、被告国及び被告菊地の各負担とし、乙事件・丙事件について生じた分はすべて被告菊地の負担とする。

七  この判決は、主文第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  甲事件

1  主文第一項同旨

2  被告らは、原告に対し、連帯して金四四〇万九四二一円及び内金三〇九万二九四八円に対する平成八年二月八日から、内金一三一万六四七三円に対する平成八年三月一二日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

原告と被告菊地との間において、被告菊地が別紙供託金目録記載の供託金について還付請求権を有することを確認する。

三  丙事件

主文第三項同旨

第二  事案の概要

原告及び被告菊地はいずれも亡西村マツヨ(以下「マツヨ」という)の相続人であるが、甲事件は、原告が被告菊地に対し、被告菊地がマツヨの死亡後郵便貯金の一部を解約してその払戻金を受領したことについて、不当利得に基づく返還請求及び不法行為に基づく損害賠償を請求し、また、原告がマツヨの郵便貯金について支払停止手続を採った以後、被告菊地による払戻請求を受けてこれに応じた被告国に対し、右払戻行為は無効であるとしてあらためて右郵便貯金の払戻を求めた事案であり、乙事件は、マツヨの預金の預入先である信用組合が右預金の債権者を確知し得ないとして、原告の法定相続分相当額の預金を供託した供託金について、被告菊地がマツヨからの右預金全額の遺贈を受けたことを主張して右供託金の還付請求権を有することの確認を求めた事案であり、丙事件は、原告が乙事件の反訴として右供託金の還付請求権を有することの確認を求めた事案である。

一  前提事実(認定した事実には証拠を掲げる)

1  マツヨは、平成五年八月六日当時、別紙預貯金目録一ないし九の預貯金(以下それぞれの預貯金を「本件預貯金一」などと表示する)を有していた。

2  マツヨは、平成五年八月六日に死亡した。

3  原告はマツヨの姉にあたり、被告菊地はマツヨの兄の息子にあたる。マツヨの相続人は、姉である原告と二人の兄の子ら(代襲相続人)であり、原告の法定相続分は三分の一、被告菊地のそれは一二分の一である。

4  被告菊地は、マツヨの死亡後、次の(一)ないし(三)のとおり、マツヨの預貯金通帳、印鑑を使用して本件預貯金一、二及び八を解約し、これらの払戻金として合計三五〇万八〇二八円を受領した(被告菊地本人)。

(一) 本件預貯金一(郵便局・定額郵便貯金)

解約日 平成五年八月六日

払戻金 二三〇万四〇〇〇円

(二) 本件預貯金二(郵便局・定額郵便貯金)

解約日 平成五年八月二四日

払戻金 一一三万三〇〇〇円

(三) 本件預貯金八(東武信用金庫墨田支店・普通預金)

解約日 平成七年三月二九日

払戻金 七万一〇二八円

5  原告は、平成五年九月二九日、墨田二郵便局に対し、本件預貯金三ないし五及び七の定額郵便貯金について、相続を理由とする支払停止届を提出した。

6  被告菊地は、平成八年二月五日、足立郵便局に対し、前記支払停止の解除届及び後記8の書面を提出したところ、右郵便局担当者によって支払停止解除手続がとられた。

7  被告菊地は、足立郵便局において、翌六日、本件預貯金三ないし六の定額郵便貯金及び通常郵便貯金を解約し、同年三月一二日には本件預貯金七の定額郵便貯金を解約し、これらの払戻金として、合計一三二二万八二六三円を受領した(被告菊地本人、弁論の全趣旨)。

8  マツヨは、昭和六〇年六月二〇日(その後、日付のみ平成元年一一月三〇日に変更)、被告菊地に宛てて、自己の死亡後の葬儀や供養、後始末等の依頼内容を記載した書面(以下「本件書面」という)を作成した。本件書面は、マツヨが自署して作成したものであり、本文中にマツヨの署名と日付があり、指印が押されている(甲事件乙一号証、二号証一ないし三、被告菊地本人、弁論の全趣旨)。本件書面には八項目にわたって葬儀、納骨の方法など死後の希望等が述べられているが、その中に「④ 病気で全部費ってなくなるかわかりませんがもし貯金が余るようでしたらそのま、にして一週忌三回忌には京都までお詣りに来て貰いたいです(供養のためです)」という記載部分がある。

本件書面は、平成六年九月六日、東京家庭裁判所において遺言書として検認された。

9  原告は、マツヨの死亡後、中之郷信用組合に対し、本件預貯金九の預金残高五七万三三六九円(平成八年三月二七日までの利息を含む)のうち、自己の相続分の一部である一九万〇九七〇円の払戻を請求したところ、中之郷信用組合は、被告菊地が本件書面を所持し、本件預貯金九の全部についてマツヨから遺贈を受けたと主張しているため、原告又は被告菊地のいずれが債権者であるかを確知できないことを理由として、別紙供託金目録のとおり、そのうち原告の法定相続分に該当する一九万一一二三円を供託した(以下「本件供託金」という)。

二  争点

1  マツヨは、本件書面によって被告菊地に対し本件預貯金を遺贈したか否か。

2  定額郵便貯金について共同相続人の一人から払戻請求をすることの可否。

三  争点に対する当事者の主張

1  争点1について

(一) 原告の主張

(甲事件について)

本件書面中には本件預貯金を被告菊地に遺贈する趣旨は全く記載されていないから、マツヨがこれを被告菊地に遺贈したとは認められず、本件預貯金の各三分の一は法定相続分どおり原告が相続し、その払戻請求権を取得したものである。

ところが、被告菊地は、自己の法定相続分を超える分については無権利であったにもかかわらず、本件預貯金一ないし八をそれぞれ解約し、その払戻金を全部受領して原告の払戻請求権を消滅させたものであるから、被告菊地は、原告の損失において右払戻にかかる本件預貯金のうち原告の相続分相当額を不当に利得するとともに、原告の権利を不法に侵害したものである。

(乙事件及び丙事件について)

前記のとおり、被告菊地がマツヨから本件預貯金を遺贈された事実はないから、原告は、預貯金九のうち原告の法定相続分について供託された本件供託金について還付請求権を有している。

(二) 被告菊地の主張

本件書面の記載内容からすれば、マツヨが、本件預貯金については相続人間で分割するのではなく、自己の一周忌と三回忌の供養のため京都に墓参りをする際の交通費として、被告菊地にこれを遺贈して使用させる旨の意思を表明していたことが明らかである。

2  争点2について

(一) 原告の主張

(1) 被告国の被告菊地に対する本件預貯金三ないし七の払戻は、被告菊地の法定相続分を超える部分については無権利者に対する払戻であって、無効である。そして、郵便貯金の払戻請求権は金銭債権であり、金銭債権について相続人複数の相続が発生した場合、法律上当然に分割されて共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものであるから、原告は、被告国に対し、本件預貯金三ないし七について自己の法定相続分である三分の一の限度で払戻請求権を有するというべきである。

(2) なお、被告国は、本件預貯金三ないし五及び七の定額郵便貯金について、郵便貯金法により、六か月の据置期間経過後であっても、一〇年の預入期間経過前に分割払戻することが禁じられており、複数いる相続人の一人に過ぎない原告に対して相続分の払戻をすることは分割払戻をすることにほかならないから、原告の請求には応じられない旨主張する。

しかし、右主張に従えば、定額郵便貯金については、相続前と相続開始後とで権利の性質は不変であるにもかかわらず、相続前は被相続人一人からの全額払戻請求が認められるのに対して、相続開始後は共同相続人全員からでなければ一切の払戻が認められない結果となる。そして、本件のように共同相続人間で相続を巡り紛争が生じている場合には、全員一致して払戻請求を行うことは現実的に不可能であるから、結果的には一〇年を経過する以前の払戻が事実上凍結されてしまうこととなる。このように相続の前後で権利の行使方法に大きな不均衡が生じることは不合理であり、相続人の一人が、相続により取得した払戻請求権を行使するについて、他の相続人の意思により大幅な制約を受忍しなければならない合理的理由はなく、被告国の主張は理由がない。

(3) また、金銭債権は、相続に際し、法律上当然に分割されて承継される以上、各相続人が個別に権利行使をできることは明らかであるから、契約の当事者の一方が数人ある場合には該当せず、民法五四四条の規定は適用されない。

(二) 被告国の主張

(1) 定額郵便貯金について、郵便貯金法七条一項三号は、「一定の据置期間(施行令により六か月)を定め、分割払戻しをしない条件で一定の金額を一時に預入するもの」と定めており、据置期間経過後も、預入の日から一〇年が経過して通常郵便貯金となる(同法五七条)までは、通常郵便貯金とは異なり、預け入れた貯金額を分割して払い戻すことができず、払戻を求める場合には全額について払戻を受ける必要がある。このように、定額郵便貯金は、分割払戻ができない郵便貯金であり、分割払戻を前提として残金の管理方法等に関する取扱いを定めた法令もない。

そして、相続が生じた場合にも債権の性質が変化するものではないから、相続により定額郵便貯金についての権利を承継した共同相続人もまた、預入の日から一〇年が経過して通常郵便貯金となるまでは、右と同様の拘束を受けることは当然である。

(2) また、郵便貯金規則八三条の一一は、定額郵便貯金の預入金額を「千円、五千円、一万円、五万円、十万円、五十万円、百万円又は三百万円」と定めている。仮に一部の相続人についてその相続分に応じた貯金額の分割払戻を認めた場合、一口を分割することになるが、残余部分の取扱いを定めた規定がないため、これを定額郵便貯金として存続させた場合には、右規則の定める単位未満の金額を一口とする定額郵便貯金を認めることになる。一方、これを根拠なく通常郵便貯金として取り扱えば、有利な定額郵便貯金の継続を希望する他の相続人の利益を害することになる。いずれにしてもそのような事態の発生は法の予想するところでなく、分割払戻後の残金の管理が極めて困難になるのである。

(3) したがって、本件預貯金三ないし五及び七の定額郵便貯金については、その預入の日から一〇年を経過していないから、分割払戻禁止の制約を受けており、すべての相続人が共同して全額の払戻請求をした場合でない限り、相続人による払戻請求に応じることはできない。

(4) さらに、相続人の一人からの払戻請求は貯金契約解除の意思表示と見ることができ、民法五四四条の規定が適用される結果、相続人全員から被告国に対して解除の意思表示がされることが必要であるところ、本件ではこの要件を欠いているから、いずれにせよ、原告の定額郵便貯金についての払戻請求は認められない。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1  被告菊地は、本件書面をもって、マツヨが被告菊地に本件預貯金すべてを遺贈する意思を表明した遺言であると主張するので、この点について判断するに、本件書面は、前記前提事実のとおり、マツヨが自署してものであり、本文中に日付及び氏名が自署され、かつ、マツヨ本人の指印が押捺されていることから、自筆証書遺言としての要件を具備したものと認められる。

2  そこで、本件書面をもって、マツヨが被告菊地に対して本件預貯金を遺贈したものと認められるか否かについて判断する。

被告菊地が、本件書面中に、本件預貯金を被告菊地に対して遺贈する旨のマツヨの意思が記載されていると主張する部分には、前記のとおり「④ 病気で全部費ってなくなるかわかりませんがもし預金が余るようでしたらそのま、にして一週忌三回忌には京都までお詣りに来て貰たいです(供養のためです)」との記載があり、その直前には「③ 郵便局の保険一〇〇万円(これば全部(一〇年分)全納してあります 日本生命の保険六〇万円 これを合せて費用に使って下さい」との記載があるところ、右記載内容及び証拠(甲事件乙二号証の二、被告菊地本人)によれば、マツヨは、自己の死亡後貯金が残るようなことがあれば、晩年に世話になった被告菊地が遠方の京都に墓参りに来る際の費用として使用して貰いたい旨の希望を有していたことが認められるものの、本件書面中には、それを超えて、マツヨが自己の預貯金を被告菊地に対して遺贈する旨の処分意思を表明した記載は全く存しない。そればかりでなく、本件書面の記載からは右墓参りの費用に当てる貯金が③に記載したものか、それ以外のものを含むのか明らかでない上、被告菊地が遺贈を受けたと主張する個々の預貯金については具体的に言及する部分は全く見られないのである。また、被告菊地本人は、平成四年一〇月ころ、マツヨから、今後の面倒を全部を任せるということで通帳類や印鑑を預かった旨供述するが、そのとおりであるとしても、被告菊地本人は、その一方で、マツヨから遺贈という言葉が出なかったことを明言しているのであるから、これもまた、同女の死亡後については、右供養に際しては預貯金から費用を支出して欲しいとの同女の意向が表明されていたとみるのであれば格別、これを超えて被告菊地への遺贈の意思が表示されていたものと認めることはできないというべきである。

3  以上からすれば、被告菊地の主張する前記記載部分はマツヨが自己の死亡後において被告菊地に対して供養等の希望を表明したにとどまるものといわざるを得ず、右記載をもってしてはマツヨが自己の預貯金全部を被告菊地に対して遺贈する旨を表明したものとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

二  争点2について

1  争点1において判断したとおり、マツヨが被告菊地に対して、本件預貯金を遺贈した事実は認められず、被告菊地は本件預貯金について自己の法定相続分を超える払戻請求権を有しないことになるから、足立郵便局が行った本件預貯金三ないし七の払戻のうち、被告菊地の相続分を超える部分は、無権利者に対するものとして無効なものといわなければならない。

したがって、本件預貯金三ないし七は、金銭債権として、相続により法律上当然に分割され、共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解されるから、原告は、マツヨの相続人として、右各貯金について自己の法定相続分(三分の一)に応じた権利を有していることになる。

2  そこで、このような場合において、原告が被告国に対して本件預貯金三ないし七について各三分の一の払戻を請求することができるか否かについて検討する。

(一) 被告国は、この点について、右のうち定額郵便貯金については、郵便貯金法七条一項三号により分割払戻が禁じられているから、共同相続人全員による全額の払戻でない限り、個別の払戻は許されないとして、相続人の一人に過ぎない原告からの払戻請求には応じられない旨主張する。

右のように、定額郵便貯金を分割払戻することを制限している趣旨は、通常郵便貯金より有利な取扱いをする代わりに、元本を一定の額に限定することにより貯金の管理を容易にしたものであるということができるのであって、分割払戻の制限が定額郵便貯金であることから当然に必要となるものではない。しかも、現行法規上、預入金額は八段階に限定されているが、最低額は一〇〇〇円とされ、貯金管理における容易性は相当程度犠牲にされているものともいえる。

分割払戻の制限の趣旨、程度が右のようなものであるとすると、この制限は、定額郵便貯金について相続が生じた場合、前述のとおり払戻請求権は各相続人に当然に分割されるという原則に何らの影響を与えるものではないと解すべきである。

そうだとすると、被告国の主張を採用した場合には、貯金者は、定額郵便貯金を解約して定額郵便貯金から通常郵便貯金へ移行させれば、単独で一部の払戻を受けることができたにもかかわらず、相続開始後は相続人全員が分割して取得した払戻請求権を共同して行使しない限り、単独では権利行使のための措置を一切採ることができないということになる。また、相続が生じた場合、預入後一〇年の経過により通常郵便貯金になる前にあっては、当該定額郵便貯金について払戻請求権を取得した相続人の一人は、自己の権利をいくら明らかにしても、他の相続人が右払戻請求に協力しないという一事のみにより、その権利行使を制約されてしまうことになる。このような結果は、前述のような郵便貯金法七条一項三号が定められた趣旨に照らし、相続という意図せざる事情から定額郵便貯金の権利者となり、右権利関係を清算する必要に迫られた相続人に対し、過大な制約を課するものというべきであって、相当でないといわざるを得ない。

被告国は、定額郵便貯金の分割後についての取扱いを定めた規定がないこと及び単位未満の貯金についての取扱いを定めた規定がないことから国の取扱いに不便が生じると主張する。しかし、規定の解釈からみても、定額郵便貯金については相続が生じた場合の取扱いを明示的に定めた規定はないが、郵便貯金規則三三条は、相続により郵便貯金に関する権利が承継された場合について同規則二九条ないし三二条の規定が準用されるとした上で、同規則三三条ただし書では、「二人以上の相続人があるときは、名義書換又は転記の請求をする相続人以外の相続人の同意書を提出しなければならない」と定めており、右規定中特に定額郵便貯金についての適用を除外した定めは存しないことからすれば、右三三条の規定は、相続発生の場合の名義書換手続に関する総則的な規定として、定額郵便貯金についても適用されるものと解するのが相当である。

右規定によると、定額郵便貯金についても、据置期間経過後である限り、複数の相続人がいる場合であっても、他の相続人の同意があれば、一人の相続人が名義書換手続を行い、これに基づいて自己の相続分についての払戻を受け得ることが予定されているものというべきであるから、郵便貯金法は、定額郵便貯金について分割払戻を制限する一方で、郵便貯金規則三三条所定の要件を具備する場合でさえあれば、一人の相続人が相続分に応じて分割して払い戻すことを認めているものと解することができる。

以上の判示からすれば、被告国の主張する分割払戻を制限した規定をもって相続開始によって不可避的に生ずる権利関係の清算を妨げることができるとする合理的な理由は認められず、郵便貯金規則において相続発生時の名義書換手続が定められ、右規則は定額郵便貯金についても適用されることが予定されていることからすれば、結局、被告国の主張する分割払戻制度の規定は、本件のように相続によって法律上債権が当然に分割される場合にまで及ぶものではないと解するのが相当である。

(二) なお、本件では、共同相続人の一人である原告が定額郵便貯金の払戻を請求しており、これについて他の相続人の同意が得られたものではない以上、原告からの払戻請求は、郵便貯金規則三三条が適用されるとも考えられるが、被告国は、右規定による制限を主張しておらず、また、本件では、前記一で判示したとおり、裁判所が、被相続人であるマツヨの相続人の範囲を確定した上、同女が被告菊地に対して本件預貯金を遺贈した事実を認め得ず、したがって、本件預貯金は法定相続に従って分割して承継され、原告は本件預貯金三ないし七について各三分の一の権利を有していることを確認しているのであるから、郵便貯金規則三三条の規定により払戻が制限されるとする余地はない。

(三) また、被告国は、相続人の一人からの払戻請求は貯金契約についての契約解除の意思表示と見ることができ、民法五四四条が適用される結果、相続人全員から契約の相手方である被告国に対して解除の意思表示がされることが必要である旨主張するが、前述のとおり、金銭債権は相続により法律上当然に分割されて共同相続人に承継されるのであるから、相続開始後の貯金の権利関係については、民法五四四条にいう契約の当事者の一方が数人ある場合には該当しないというべきであり、被告国の右主張は理由がない。

3  よって、原告は、被告国に対し、本件預貯金三ないし七について、各三分の一の払戻請求をすることができるというべきである。

三  結論

1  前記一のとおり、マツヨが被告菊地に対して本件預貯金を遺贈した事実は認められないから、被告菊地は本件預貯金一、二及び八について自己の法定相続分(一二分の一)の払戻請求権を有するのみで、これを超えて預貯金全額を解約してその払戻金を受領する権限はなかったものというべきである。

したがって、本件預貯金一、二、及び八について被告菊地が受領した右払戻金のうち原告の法定相続分(三分の一)である一一六万九三四二円は、原告の損失において被告菊地が不当に利得した金員であるから、被告菊地は、原告に対し、悪意の利得者として右金員を返還するとともに、右解約の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

2  また、原告は、本件預貯金九について法定相続分に従った払戻請求権を有するところ、本件供託金は、原告からの右預金払戻請求に対し、中之郷信用組合において原告の法定相続分として供託したものであるから、右供託の時点で、本件供託金は原告の相続分として特定されて分離されたものと解されるので、原告は本件供託金について還付請求権を有するというべきである

3  さらに、前記二のとおり、本件預貯金三ないし七については、原告は自己の法定相続分について、被告国に対して払戻請求をすることができるところ、本件預貯金三ないし七についての被告国の払戻債務は、被告国が原告からの請求を受けてはじめて遅滞に陥るものと解されるから、被告国は、原告に対し、本件預貯金三ないし七の総額一三二二万八二六三円の三分の一である四四〇万九四二一円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である平成八年一二月三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

そして、右のとおり、原告は、依然として被告国に対して本件預貯金三ないし七についての払戻請求権を有するものであるから、これについて損害が発生したものとは認められず、原告の被告菊地に対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がないというべきである。

4  よって、原告の甲事件請求の一部と丙事件請求は右の限度で理由があるからこれらを認容し、その余はいずれも棄却することとし、被告菊地の乙事件請求は理由がないからこれを棄却すべきである。

(裁判官安浪亮介 裁判官新谷祐子 裁判長裁判官相良朋紀は差し支えのため署名押印できない。裁判官安浪亮介)

別紙預貯金目録<省略>

別紙供託金目録<省略>

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