東京地方裁判所 平成8年(ワ)2476号 判決 1998年11月02日
原告
株式会社オーデックス・ジャパン
右代表者代表取締役
森俊彦
右訴訟代理人弁護士
湯川將
被告
ロジャース・インターナショナル・リミテッド
右代表者代表取締役
リチャード・マン・ファイ・リー
右訴訟代理人弁護士
菅原高志
同
佐伯俊介
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は、原告に対し、三四七一万九〇二八円及びこれに対する平成八年一月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
(本案前の答弁)
主文同旨
(請求の趣旨に対する答弁)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 事案の概要
一 本件は、日本においてオーディオ機器の輸入・販売を営む株式会社である原告が、原告の取引先であった外国法人である被告に対して、売買契約の目的物引渡債務の不履行に基づく損害賠償(転売利益等)を請求し、これに対し、被告が、本件には我が国の国際裁判管轄がないことを主張して、右請求につき訴えの却下等を求めた事案である。
二 争いのない事実等(証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる前提事実も含む。)
1 当事者
(一) 原告は、東京都港区においてオーディオ機器の輸入・販売を営む株式会社である。
(二) 被告は、バハマ法に準拠して平成五年設立されたオーディオ機器の製造・販売を営む会社であり、香港に活動の本拠地を置いている。
被告は、平成六年一一月ころまでに、英国のスイストン・エレクトロニクス社からロジャース・ブランド部門の営業全部を譲り受け、ロジャースの商号を継続して使用している。
(以上、争いのない事実、弁論の全趣旨)
2 原・被告間の売買契約
(一) 原告は、平成七年ころ、被告から、ロジャース・ブランドのオーディオ機器を継続的に購入していた。両社の取引、交渉は専ら国際ファクシミリによって行われていた。
なお、両社の取引において、売買価格についてはイギリスポンドが用いられていたが、売買代金は香港宛に送金していた。
(二) 原告は、平成七年六月五日ころ、被告に対し、日本から被告のイギリスの工場へファクシミリを送信して、オーディオ機器の購入の申込をし、被告は、同月二七日、原告に対し、イギリスの工場から日本の原告宛にファクシミリを返信して、右申込みを承諾した(以下「本件売買契約」という。)。
原告と被告との間の長年の取引によれば、本件売買契約の内容は、次のとおりである。
契約日 平成七年六月二七日
目的物 別紙物件目録記載の製品(以下「本件商品」という。)
未納品残総額 一一万一一四四スターリング・ポンド(約一六六七万円)
支払方法 請求日後三〇日
(三) 原・被告間の従来からの継続的取引においても、本件売買契約においても、契約の国際裁判管轄及び準拠法について明示の合意は存しない。
(以上、争いのない事実、甲三ないし六、弁論の全趣旨)
3 被告は、現在に至るまで、原告の再三の催告にもかかわらず、本件商品を船積みしない(争いのない事実)。
第三 本案前の争点
本訴において我が国の国際裁判管轄があるか。
(なお、本訴の審理は、原・被告両当事者の希望により、我が国の国際裁判管轄の存否について判断するために結審された。)
(原告の主張)
本件については、以下の事情及び理由により我が国の国際裁判管轄がある。
1(一) 被告は、本件売買契約締結当時、東大森宏(以下「東大森」という。)を代表として東京都内の恵比寿南において未登記の事務所を開いていた。この恵比寿南の事務所は、本訴提起時までに、日本法人のロジャースジャパン株式会社(以下「ロジャースジャパン」という。)に発展した。したがって、被告は、日本に営業所を有する。
(二) 本件売買契約締結自体は、国際ファクシミリによって締結されたものではあるが、本件売買契約締結以前から、恵比寿南の事務所において、原・被告間で本件売買契約と同種の継続的取引の仲介が行われていた。したがって、本来は「東京における被告事務所の業務に関する紛争」となったはずである。
2(一) 本件売買契約の準拠法については当事者間に合意が存在しない。他方、法例によれば契約申込地が契約行為地(法例九条)と見なされるところ、本件売買契約の契約申込地は日本であり、したがって、行為地法である日本の法律が契約準拠法となる(法例七条二項)。その結果、本訴請求に関しては債権者である原告の営業所所在地が義務履行地となる。
なお、本件売買契約の製品引渡場所を英国とする特約はない。
(二) 不法行為に基づく損害賠償請求権の義務履行地であれば格別、契約債務不履行に基づく損害賠償請求権の義務履行地に国際裁判管轄を認めることには問題がない。
原告と被告は取引関係にあったのであるから、被告はその紛争が日本の裁判権に服することを甘受すべきである。
3 更に、被告は現在東京都内の秋葉原にも営業所を有しており、本件につき応訴の不便はない。本件についての証拠もほとんど日本に存在する。他方、原告は海外拠点を持たず海外での訴訟提起は過大な負担である。
(被告の主張)
本件については、以下の事情及び理由により我が国の国際裁判管轄はない。
1(一) 被告の本店は香港にあり、被告は日本国には支店その他の営業所又は子会社を有さず、また有したこともない。
原告の主張する恵比寿南の事務所は、被告のいわゆる駐在員事務所に過ぎず営業所ではない。なお、現在のロジャースジャパンは被告の子会社ではない。
(二) 仮に、被告が日本に営業所を有していた場合であっても、その営業所の業務に関する事項でなければ日本に裁判籍は認められない(旧民事訴訟法九条)。
恵比寿南の事務所は営業所ではなかったから、営業行為をしていなかった。当然同事務所は本件売買契約につき何ら関与していない。むしろ、原告代表者は東大森と交渉することを避け、香港の被告代表者との交渉を希望していた。
2(一) 本件売買契約の目的物である製品の引渡方法は、英国における工場渡しであるから、本件売買契約の義務履行地は英国である。
被告と原告との間に、契約の準拠法を日本法と定める約定や、日本の裁判所の管轄に服する旨の約定がなされたことはない。また、被告はこれまで原告との間に、日本国において契約を締結したことがない。
(二) 一般に、日本国にある原告が外国にある被告に対し契約上の債務不履行を理由とする損害賠償を請求する場合に我が国民法四八四条と旧民事訴訟法五条を根拠に日本国の裁判所の管轄を認めることは、国際民事訴訟法上の公平の理念に照らし許されない。けだし、原告が日本国にある場合、契約上の紛争のほとんどにつき我が国の国際裁判管轄が認められてしまい、その結果、被告が応訴の不便を強いられることになってしまうからである。
3 被告は、日本国内に不動産その他の資産も有していない。仮に、原告が日本において勝訴判決を得たとしても、原告はそれを香港において執行する以外に執行の方法がない。
原告は、東大森らとの交渉を一切拒絶し香港にある被告代表者との交渉を希望していること、世界各地との商取引のため香港を含む外国各地にしばしば赴いているのであり、原告が香港において訴えを提起することの不便さなど全くない。被告が日本において本件訴訟を応訴する不便の方がはるかに大である。
本件は、航空機事故の被害者の遺族が提起する損害賠償請求訴訟等のような経済的弱者が強者に対し提起する訴訟とも質的に全く異なるものである点に留意すべきである。
その他、本件につき、法律上も条理上も、日本国の国際裁判管轄を認めるべき事情は何も存在しない。
第四 争点に対する判断
一1 被告が我が国に住所を有しない場合であっても、我が国と法的関連を有する事件について我が国の国際裁判管轄を肯定すべき場合のあることは、否定し得ないところであるが、どのような場合に我が国の国際裁判管轄を肯定すべきかについては、国際的に承認された一般的な準則が存在せず国際的慣習法の成熟も十分ではないため、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って判断するのが相当である。
そして、我が国の民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判に提起された訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである。(なお、本訴の裁判籍については民事訴訟法附則四条(管轄等に関する経過措置)により平成八年六月二六日法律第一〇九号による改正前の民事訴訟法(以下「旧民事訴訟法」という。)が適用される。)
2 そこで、まず、原告は被告が日本国内に営業所を有していることから我が国の国際裁判管轄があると主張するので、本訴において我が国内に旧民事訴訟法四条三項ないしは九条が規定する裁判籍が認められるかについて検討する。
(一) 前記争いのない事実等に加え、証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告と恵比寿南の事務所及びロジャースジャパンの関係につき、以下の事実認められる。
(1) 被告は、平成六年一〇月ころ、恵比寿南にロジャース・インターナショナル・エルティーディ・ジャパン東京事務所(以下「恵比寿南の事務所」という。)を開設した。被告は、恵比寿南の事務所について登記をしたことはない。
恵比寿南の事務所には、被告の従業員である大見川なる人物が常駐していた。被告の役員である東大森は、月に一度くらい恵比寿南の事務所に来ていた。
恵比寿南の事務所は、主として被告が営業として取り扱えるような商品が日本にないかを調査するために設置されたものであり、恵比寿南の事務所では、被告は売買契約の締結や注文の取次、代金の受領等の取引行為をしたことはなかった。
恵比寿南の事務所が設置される前後を通じて、原告から被告へオーディオ製品の注文をする際には、直接英国にある被告のイギリスの工場宛にファクシミリで注文書を送付していて、恵比寿南の事務所が設置された後も右事務所で注文を受けたことはない。もっとも、恵比寿南の事務所は、イギリスの工場への原告のオーダーがどうなっているのか問い合わせて欲しいなどの原告からの依頼を受けて、それについてイギリスの工場へ問い合わせるなどの補助的業務を行うことはあったため、その関係で原告がイギリスの工場へ送信した注文のファックスの写しをファックスで受け取ったことはある。
(2) 平成七年一二月一二日に、ロジャースジャパンが設立され日本の法人として登記された。そして、東大森がロジャースジャパンの代表取締役となった。
ロジャースジャパンの設立により、恵比寿南の事務所は同社の本店となり、被告の恵比寿南の事務所は、同社設立と同時に消滅した。
ロジャースジャパンは、平成八年一月ころ、東京都内の秋葉原に営業所を開設した。
ロジャースジャパンは、被告の商品を扱う代理店である。
(3) 現在、被告においてエグゼクティブディレクターの肩書を持つ東大森は、被告の内部においてその社長であるリチャード・マン・ファイ・リーに次ぐ地位にある。また、リチャード・マン・ファイ・リーは、ロジャースジャパンの会長の肩書を有する代表権を持たない取締役である。
被告の親会社であるウーキー・ホン・ホールディングという会社がロジャースジャパンの親会社でもある。
なお、被告とロジャースジャパンの間には資本関係はない。
(以上、東大森、甲一、甲二の一ないし三、弁論の全趣旨)
(二) 原告は、恵比寿南の事務所について、それが被告の日本国内の営業所であるかのような主張をするが、前記(一)認定によれば、そもそも恵比寿南の事務所が、本件につき我が国内に裁判籍を肯定することのできるような性質の営業所であったかについての疑問がある上、その点については措くとしても、裁判籍は訴えの提起の時を標準として定められるところ(旧民事訴訟法二九条)、右事務所はかつては被告の事務所ではあったが、本訴提起時である平成八年二月一三日の時点では、被告とは別法人であるロジャースジャパンの本店になっていたことは明らかである。
確かに、被告とロジャースジャパンは、同じ会社を親会社とし、両社の役員を東大森等が兼務している等の事情も認められるが、両社が法的には別の法人であることは明らかであり、どちらかの法人格が形骸化しているというような事情も特に認められないのであるから、原告の右主張は採用できない(更に、両社の間には資本関係さえもないことが認められる。)。
その他、弁論の全趣旨によれば、日本国内に被告の営業所はないことが認められる(秋葉原の営業所が被告の営業所ではなくロジャースジャパンの営業所であることは明らかである。)。
したがって、本訴においては、我が国内に旧民事訴訟法四条三項ないしは九条が規定する裁判籍はない。
3 次に、原告は、本件売買契約の準拠法は日本法であり、本訴請求に係る債務不履行に基づく損害賠償債務の履行地は債権者である原告が住所を有する我が国内にあるから(民法四八四条)、義務履行地としての我が国の国際裁判管轄を肯定すべき旨を主張する。
しかし、一般的にいって、当該契約自体において一義的に義務履行地が定められている場合であればともかく、法廷地国の国際私法により選択された契約準拠法の適用によって初めて定められる義務履行地が我が国内にあることを唯一の根拠として我が国の国際裁判管轄を認めるのは、多くの場合、被告において予測が困難であって、当事者の公平に反するおそれがあるし、原告の主張するところによれば、結局原告の住所地が日本国にあるような場合には契約上の紛争のほとんどについて我が国の国際裁判管轄を認めてしまう結果になるため、「原告は被告の法廷に従う」との一般原則に照らしてその合理性は乏しいものと解される。加えて、本件では、当事者間に明確な契約準拠法の定めがなかったこと、以前から原・被告間の売買代金の決済はイギリスポンドでなされていたこと、専ら原告と被告は国際ファクシミリのやりとりによって契約を締結していたこと、更に、そのファクシミリに記載されている文字は全て英語であったこと(甲四)等の事実が認められることからすれば、本訴に関して我が国に国際裁判管轄が認められることは被告にとって著しく予測困難であったものというべきであって、これらの事情を総合考慮すれば、仮に本件売買契約の効力についての準拠法が原告主張のとおり日本法であり、民法四八四条により義務履行地が我が国内にあるとしても、我が国の裁判所において本訴に応訴することを被告に強いるのは、当事者間の公平の理念に反するものというべきであり、したがって、本件については、我が国の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情があるということができる。
4 その他、本訴において、我が国の民事訴訟法の規定する裁判籍を我が国内に認めるべき事情、ひいては我が国の国際裁判管轄を肯定すべき事情は見当たらない(本訴についての証拠が我が国に存すること、原告が海外拠点を持たないこと等はいずれも右の事情足り得ない。)。
二 以上によれば、本訴は、我が国の国際裁判管轄がなくその訴訟要件を欠き不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判断する。
(裁判長裁判官梶村太市 裁判官増森珠美 裁判官大寄久)
別紙<省略>