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東京地方裁判所 平成8年(ワ)5901号・平9年(ワ)10798号 判決

平成八年(ワ)五九〇一号事件、平成九年(ワ)第一〇七九八号事件原告(以下「原告B」という。) B

右両名訴訟代理人弁護士 青木俊文

平成八年(ワ)第五九〇一号事件、平成九年(ワ)第一〇七九八号事件被告(以下「被告組合」という。) 東京中部地域労働者組合

右代表者執行委員長 C

平成八年(ワ)第五九〇一号事件、平成九年(ワ)第一〇七九八号事件被告(以下「被告分会」という。) 東京中部地域労働者組合中央洋書分会

右代表者分会長 D

平成九年(ワ)第一〇七九八号事件被告(以下「被告D」という。) D

右三名訴訟代理人弁護士 中西義徳

主文

一  被告組合及び被告分会は、各所属組合員又は第三者をして次に掲げる行為を行わせてはならない。

1  原告らの肩書住所の自宅に赴いて原告らに面会を強要すること。

2  原告らの右自宅の門扉の中心地点を起点として半径一〇〇メートルの範囲内の土地において、拡声器を使用し、又は大声をあげるなどして、原告らを非難したり、団体交渉を要求したりするなどの演説をし、又はシュプレヒコールをすること。

3  原告Bの会合先に赴いて同原告との面会を強要すること。

二  被告らは、連帯して、原告らそれぞれに対し、各金五〇万円及びこれに対する被告組合は平成九年六月二七日から、被告分会は平成九年六月一八日から、被告Dは平成九年六月八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告らと被告組合及び被告分会との間においては原告らに生じた費用の五分の四を右被告両名の負担とし、その余は各自の負担とし、原告らと被告Dとの間においては、これを二分し、その一を原告ら、その余を被告Dの負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(平成八年(ワ)第五九〇一号事件)

被告組合及び被告分会は、各所属組合員又は第三者をして次に掲げる行為を行わせてはならない。

1  原告らの肩書住所の自宅に赴いて原告らに面会を強要すること。

2  原告らの右自宅の門扉の中心地点を起点として半径一〇〇メートルの範囲内の土地において、拡声器を使用し、又は大声をあげるなどして、原告らを非難したり、団体交渉を要求したりするなどの演説をし、又はシュプレヒコールをすること。

3  原告Aの勤務先である調布市立第八中学校に赴いて同原告との面会を強要し又は原告Bの会合先に赴いて同原告との面会を強要すること。

(平成九年(ワ)第一〇七九八号事件)

被告らは、原告Aに対し各自金一〇〇万円、原告Bに対し各自金一〇〇万円及びこれらに対する被告組合は平成九年六月二七日から、被告分会は平成九年六月一八日から、被告Dは平成九年六月八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、破産した中央洋書株式会社の元代表取締役である原告A及び同社の取締役であった原告Bが、同社の従業員で組織する被告分会、被告分会の分会長である被告D、被告分会の加入する被告組合に対し、被告らの違法な面会強要行為及び団体交渉を要求する行為によって、私生活の平穏を害され、精神的苦痛を被ったとして右各行為の差止め及び損害賠償を求める事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  中央洋書株式会社(以下「破産会社」という。)は、昭和三五年八月に設立された資本金三〇〇万円の株式会社で、洋書の輸入取り次ぎ販売及び和書の出版を主な業務としており、従業員は約二〇名であったが、平成五年五月二〇日、負債約八億〇八六五万円を抱え、東京地方裁判所により破産宣告を受け(甲一)、平成一〇年二月一三日、費用不足による破産廃止決定により破産手続は終了した(甲四一)。

2  原告Aは破産会社の代表取締役であり、原告Bは原告Aの妻で同社の取締役であり、両原告は破産会社の株主であったが、原告Aも平成五年五月二〇日、負債約五億円を抱え、東京地方裁判所により破産宣告を受けた(甲二)。

3  被告分会は破産会社の従業員八名が所属する労働組合であり、被告組合に加入している。被告Dは被告分会の分会長である。

4  被告らは、破産会社の破産宣告後も、原告らの自宅を訪れ、その付近で団体交渉の申入れを行うとしてビラを配布したり、演説を行ったり、シュプレヒコールを行ったりしたため、原告らは、被告組合及び被告分会を債務者として、東京地方裁判所に対し、妨害禁止の仮処分命令の申立て(平成七年(ヨ)第二一二〇六号)をし、平成八年一月三一日、被告組合及び被告分会に対し、原告らに対する面会強要禁止、原告らの自宅から半径一〇〇メートルの範囲内における団体交渉要求等の禁止を内容とする仮処分命令を得た(甲一六)が、被告らの行為は止まず、原告らは、東京地方裁判所に対し、間接強制の申立てをし、平成九年九月二九日、原告らの申立てを認める決定を得た(甲二二)。

二  主たる争点

被告らの行為の違法性

三  争点についての当事者の主張

1  原告らの主張

原告らは、破産会社の破産宣告によって、取締役を当然に退任し、団体交渉応諾義務がないにもかかわらず、被告らは団体交渉の申入れと称し、次のとおり、執拗に原告らの私生活の場である自宅に押し掛け、近隣一帯にビラを撒き、大声や拡声器を用いて演説を行い、何度もシュプレヒコールを繰り返し、また、原告らを誹謗中傷するなどしている。

仮に被告らの主張のとおり、取締役の行う事柄のうち、破産財団に関係のない事柄は、取締役が破産会社を代表して執行するべきであるとしても、被告らが要求する団体交渉事項は、労働組合法一条に規定する労働条件の向上とは関係のないものであってそもそも団体交渉事項には当たらない。

右のとおり、被告らは、原告らには団体交渉応諾義務がないにもかかわらず、次のとおり、社会的受忍限度を超えて違法に団体交渉を要求する行為を行った。

<1> 平成五年四月一〇日午前九時、被告D、被告組合所属のE(以下「E」という。)を含む七、八人が原告らの自宅を訪れ、自宅周辺でビラを撒いた。

<2> 平成五年一〇月二日午前一一時から午前一一時三〇分までの間、同年一一月一七日、平成六年二月二日、同月一九日、平成六年三月九日午前九時三〇分、同月二六日午前一一時、平成六年四月三日午前九時、同月一三日午前九時三〇分から約三〇分、平成六年五月一〇日午前八時五〇分から午前一一時までの間、平成六年六月一日午前九時三〇分から午前一〇時三〇分までの間、同月一八日午前九時から午前一〇時までの間、同月二八日午後五時三〇分、平成六年七月七日午前八時四五分から午前一〇時四五分までの間、同月二六日午前一〇時〇五分から午前一〇時四五分までの間、平成六年八月六日午前一〇時三〇分から午前一一時四〇分までの間、いずれも被告D及びEらが、原告らの自宅を訪れ、「出てきて団交に応じろ。倒産の責任をとれ。」などとスピーカーを使用してアジ演説を行ったり、原告らの自宅だけでなく、近隣宅にもビラを投函し、引き上げる際には「最後まで闘うぞ。勝つまで闘うぞ。」とシュプレヒコールを行った。

<3> 平成六年八月二五日午前九時五〇分から一〇分間、原告Bが教育委員会の会議を傍聴するために調布市役所を訪れたところ、その入り口で被告D及びEを含む七、八人が待ち伏せしており、原告Bを認めると取り囲み、「経営者としての責任を感じないのか。」、「団交の日を決めよう。」などと言った。

<4> 平成六年一一月二八日午前八時一〇分、被告D、E、被告らの支援者中山らが原告らの自宅を訪れ、「居ることはわかっているんだぞ、出てこい。」と言い、出かけようとして表に出た原告Bに対し(なお、原告Aは既に外出後であった。)、「倒産の責任はどうするのか。逃げられると思っているのか。これからはどこまでも追いかけて行くぞ。」、「団交に応じろ。」と口々に言い、その後、原告Bがその場を離れた後も呼びかけ、シュプレヒコール、近隣宅へのビラ配布を行った。

<5> 平成六年一二月二〇日午前八時〇五分から午前一〇時三〇分までの間、平成七年一月二四日午前八時四五分ころ、同年二月一四日午前八時ころから午前一〇時二〇分ころまでの間、被告D、Eらが原告らの自宅を訪れ、赤旗を門扉に掛けてアジ演説を行った後、「社長A、役員Bは倒産の責任をとれ、団交に応じろ、最後まで闘うぞ、勝つまで闘うぞ。」とシュプレヒコールを行った。

<6> 平成七年四月二〇日午後八時ころ、被告D及びEを含む七、八人が、路上で間隔をおいて原告Aを待ち伏せ、「管財人は団交に応じていいと言った。もう逃げられないんだぞ。引っ越し先は分かっているのだ。これから奥さんに会いに行ってもいいんだぞ。いつ団交するか。」などと言った。

<7> 平成七年四月二五日午後三時、被告Dを含む七、八人が原告らの自宅を訪れ、「A社長、A社長、団交に来ました。」、「居ることは分かっているのだ。出てこい。会社倒産の責任をとれ。労働者の賃金を踏み倒す気か。二年も賃金を払わずに逃亡するのか。」などと言い、中学校の夜間勤務に出かけるために表に出た原告Aともみ合いになり、「通してくれ。」、「団交に応じろ。」といったやりとりの後近所にビラを配布した。

<8> 平成七年五月二日、被告D、E、中山は、原告Aと吉祥寺の喫茶店「ルノアール」で会った際、原告Aを三時間にもわたって拘束し、団体交渉に応じるよう迫り、被告らが用意した文書に手を押さえて署名させようとした。右文書の内容は、<1>社長と組合の解決団交とする、<2>団交にBと加藤武弘を同席させる、<3>社長は責任を持って争議解決まで団交を継続する、というものであった。

<9> 平成七年五月一六日、原告らの外出中に被告ら作成の「団交要求書」が郵便受けに投函されていた。

<10> 平成七年五月三一日午後二時三〇分から午後四時三〇分までの間、原告Bのみが在宅し、その友人が来訪中であったところ、被告D及びEを含む数名が原告らの自宅を訪れ、門扉に赤旗を掛け、「出てきて話しなさい。」と呼びかけ、表に出ていった弘子に対し団体交渉を要求した後、シュプレヒコールを行った。

<11> 平成七年九月一一日午前七時、被告Dが原告らの自宅を訪れ、午前七時三〇分、外出するため表に出た原告Aに対し、「団交に応じなさい。」などと怒鳴っていたが、その後午前八時三〇分、「Bさん、経営者としての責任をとりなさい。団交に応じなさい。外で待っているから、出てこい。」と言い、原告Bが表に出ると、被告Dを含め数名がその場におり、被告Dが、スピーカーを使用して「団交に応じなさい。」などと言い、被告Dを含む二、三人が、出かけようとする原告Bに近づき「解雇を撤回しろ。会社を再建しろ。市民運動をやっていたんだろ。話し合いが第一だってことはわかっているだろ。」、「いつまでも逃げられると思うな。」などと言った。

<12> 平成七年一〇月一三日午後三時から午後四時三〇分までの間、被告D及びEを含む約一〇人が原告Bのみ在宅中の原告らの自宅を訪れ、赤旗を門扉に掛け、スピーカーを使用して「社長、出てきて話し合いに応じなさい。」と呼びかけ、ビラを配布した。

<13> 平成七年一一月一五日午前八時三〇分から午前一〇時三〇分までの間、被告D、E及び支援団体を含め約四〇人が原告らの自宅を訪れ、被告D、支援団体の者がスピーカーを使用して演説を行った。

<14> 平成七年一二月一四日、原告らが東京地方裁判所に出頭した際、被告組合に所属する組合員数人が原告Bに対し「何でこんなことをするんだ、取り下げろ。」と言った。妨害禁止仮処分命令申立事件の審尋の終了後、被告らは、原告らを取り囲み、「団交に応じろ。」、「未払賃金を払え。」と言ったため、原告らに同行していた原告ら代理人の青木俊文弁護士(以下「青木弁護士」という。)が書記官を呼んだが、被告らは書記官の制止に従わず、原告らを取り囲み「取り下げろ、団交しろ。」などと言い、原告らは身動きがとれなくなった。

<15> 平成八年四月九日午前九時一五分から午前一〇時三〇分までの間、被告D、Eらが原告らの自宅を訪れ、スピーカーを使用して演説を行ったり、ビデオカメラで原告らの方を撮影した後シュプレヒコールを行った。

<16> 平成八年六月七日午後三時一五分、被告D、被告組合所属の組合員らが原告らの自宅を訪れ、スピーカーを使用して「経営者として無責任である。」、「いつまで逃亡しているのか。」、「話し合いに応じろ。」などと演説を行い、午後四時二〇分、シュプレヒコールを始めた。また、この間、表に出てきた原告Bに対し、団交要求書を受け取るよう迫った。

<17> 平成八年九月一〇日午前八時、原告Aは、被告D及びEと原告らの自宅前で出会い、被告D及び佐々本に両脇から小突かれ、四〇〇メートル程つけられた。そのほか被告D及びEは、ビラを近所に配布した。

<18> 平成九年四月七日午前八時三〇分、原告Aが自宅を出たところ、被告D外一人が来ており、午前九時一〇分、これにEが加わり、原告Aは右三人に小突かれたりしながら押し問答をし、約三〇分後解放された。

<19> 平成九年五月一〇日午前九時三〇分から午前一一時一〇分までの間、被告Dらが原告らの自宅を訪れ、門扉に赤旗を掛け、スピーカーを使用してアジ演説を行い、シュプレヒコールを行った。

<20> 平成九年六月一七日午前九時一〇分から午後一一時一〇分までの間、被告D及びEが原告らの自宅を訪れ、スピーカーを使用して「裁判所や管財人が何を言っても関係ないんだ。直接話し合い解決しろ。」などと言ってシュプレヒコールを行った後、原告Bが表に出ると、「何だ、居たんじゃないか。居たのなら出てきて団交に応じろ。」と叫んだ。

原告らは、被告らの右のような行為によって、私生活の平穏を著しく害され、また、多大の精神的苦痛を被った。原告らの慰謝料は、いずれもそれぞれ一〇〇万円を下らない。

2  被告らの主張

原告らに団体交渉応諾義務がないとの原告らの主張は争う。

委任者が破産した場合、委任関係が終了するとされている(民法六五三条)のは委任者がなしえなくなった行為は受任者もまたこれをなしえないため、委任は目的を達することができなくなるからである。破産宣告によって破産管財人が選任されると、会社の財産関係(破産財団)に関する行為は、破産管財人が行うために、会社と取締役との委任関係は終了するが、破産財団に関係のない事柄については、会社との間の委任関係を終了させる必要はなく、依然取締役が会社を代表して執行するものと解するべきである。そして、本件において、被告らが原告らに対して求める団体交渉事項は、会社倒産及び争議の責任、倒産に至る過程での疑惑解明、原告らがした労働者蔑視、労働組合敵視の一連の言動に対する謝罪、解雇という労働条件の上での不利益を回復すること、労働組合としての活動に対して行われた不当労働行為による不利益を回復することであって、いずれにしろ破産財団とは関係のない事柄であるから、これらについて、原告らには団体交渉応諾義務がある。

原告ら主張の団体交渉要求行為の実態は次のようなものであった。

<1>について

原告ら主張の日時に原告らの自宅を訪れたことは認めるが、それは団体交渉議題等についての「要望書」を原告Aに手渡すためであって、実際に在宅していた原告Aに「要望書」を手渡し、団体交渉日時の確認をしただけで、原告らの自宅周辺でビラを配布したりしていない。

<3>について

原告主張の日時に約五名で、調布市民及び調布市教育委員会の参観者、傍聴者に情宣するために、調布市役所の前で情宣行動をしていたところ、原告Bと顔を会わすことができたので、団体交渉の要求を行った。原告Bは、団体交渉を行うことを約束したが、時間がないとのことで後日団体交渉の日時を決めることを合意して分かれたもので、行った人数は七、八名もの多数ではない。

<6>について

原告主張の日時に二名が道端に腰を下ろしていたところ、原告Aが通りかかり、原告Aの方から声をかけてきて、「自分としては団交に応じたいが、破産管財人から止められている。明日呼出しを受けているので、破産管財人に組合と会ってもいいか聞いてみる。」と述べたのであり、七、八人もの多数で原告Aを待ち伏せしていたわけではない。

<7>について

原告主張の日時に原告らの自宅を訪れたのは、平成七年四月二一日に原告Aが破産管財人に被告らとの団体交渉の許可を求めるということであったので、その結果を聞くためであったから、「団交に来ました。」などと言ったことはない。「賃金を払わずに逃亡するのか。」と述べたのは、倒産、破産によって労働者の生活を破壊したことに一片の責任も感じていない原告Aに抗議の意味を込めて言った言葉である。

<8>について

原告主張の日時に原告主張の場所で原告Aと会い、その際、被告らが、原告Aに対し、被告らの用意した書面に署名することを求めたのは事実であるが、手を押さえて署名させようとしたことはなく、実際、原告Aは署名しなかった。この日の会合が多少長くなったのは、原告Aは「団交する資格はない。団交しても不成立であるし、越権行為になる。」などと述べたが、被告らは破産会社の常置代理人である高橋一郎弁護士(以下「高橋弁護士」という。)からのファックス文書を見せ、原告Aが団体交渉受諾の返事をしたこと、破産管財人がそれを承認したこと、団体交渉によって何らかの問題が生じれば被告らと破産管財人で調整すると破産管財人が裁判所で言明したこと等を話したが、原告Aが「河本管財人は信用できるが、高橋弁護士は信用できない。」、「河本管財人がそんなことを言うなんて信じられない。」、「管財人と相談しなければ何とも言えない。」などと述べたため、事情を明らかにする必要が生じたからであった。

<11>について

原告ら主張の日時に原告らの自宅を訪れたのは事実であるが、原告Aは、被告Dの顔を見るなり、「管財人と和解が進んでいるんだろう。何で来るんだ。」、「弁護士を通して返事をする。」と言いながら写真を撮ったり、「管財人が会うなと言っている。嘘だと思うなら、管財人とつけあわせろ。」と言い、「うるさい、黙れ。」と怒鳴り、「我慢してきた。警察を呼ぶ。ここにいるんだな。馨察を呼んでくる。」と言って自転車に乗って走って行った。

<13>について

原告ら主張の日に原告らの自宅を訪れたのは事実であるが、時間は午前九時三〇分から午前一一時までである。

<14>について

原告ら主張の日時に東京地方裁判所に出頭した際、被告らが廊下で原告らに直接の団体交渉で争議を解決するよう話しかけたところ、原告ら代理人青木弁護士は、被告らが原告らの通行を妨害したわけでもないのに「廷吏を呼べ、裁判官を呼べ、こいつらを排除しろ。」などと大声を上げ始めた。

<15>について

原告ら主張の日時に原告らの自宅を訪れたのは事実であるが、原告Bは、被告D、Eらが訪れると、すぐ表に出てきてテープレコーダーのスイツチを入れ、写真を撮ると自宅に戻った。

<16>について

原告ら主張の日時に原告らの自宅を訪れたのは事実であるが、原告Bは声を掛けても無視しながら、突然表に出てきて写真を撮ると自宅に戻った。

<17>について

原告ら主張の日時に原告Aと会ったのは事実であるが、原告Aを小突いたり、つけたりしていない。原告Aが「讐察を呼ぶぞ、どけ。」と怒鳴ったが、被告Dらは、原告Aとしばらく一緒に歩いて話をしただけである。

<18>について

原告ら主張の日時に原告らの自宅を訪れたのは事実であるが、原告Aを小突いたりしておらず、始終穏やかに話をしていただけである。

3  被告分会及び被告Dの認否

<2>について

平成五年一〇月二日から平成六年八月六日までの間、原告ら主張の各日時であるかどうかは定かでないが、このころ、月一、二回被告Dが原告らの自宅を訪れ、被告分会の組合活動として、原告らの自宅に向けて原告ら主張のようなアジ演説を行ったり、シュプレヒコールを行ったことは認める。なお、その際、スピーカーは使用したこともあるが、使用しなかったこともある。また、原告らの自宅及びその近隣宅にビラを投函したことは認める。

<3>ないし<5>について

具体的な各日時については定かではない。

<9>について

具体的な日時は定かではないが、原告ら主張のとおり原告らの自宅の郵便受けに団交要求書を投函したことは認める。

<10>について

具体的な日時は定かではなく、原告ら主張のとおりであるかどうかはともかく、これに類する行為をしたことは認める。

<12>について

具体的な日時は定かではない。

<13>について

原告ら主張の事実を認める。

<19>及び<20>について

具体的な各日時は定かではない。

第三当裁判所の判断

一  後掲各証拠によれば、次の事実が認められ(当事者間に争いのない事実等を含む。)、右証拠中これに反する部分は採用しない。

1  破産会社は、昭和三五年八月二九日、図書の輸入・販売を主たる目的として原告Aによって設立され、昭和四二年八月には医学書の販売を主とした店舗を開店し、昭和五五年には出版部を設けて翻訳書を出版するなど順調に推移し、昭和五八年以降は年商六億円ないし七億円を上げていたが、昭和六二年以降急激に業績が悪化し(乙四)、一時金は平成二年には分割で支払われ、平成三年冬期一時金から支給されなくなり、平成四年には給与の遅配が始まり、同年九月から全く支給されなくなった(乙三一、被告D本人)。この間、原告Aは、資金繰りが次第に困難になったため、ポナペ観光株式会社(以下「ポナペ観光」という。)から融資を受けて破産会社を再建しようとし、平成四年九月三〇日、ポナペ観光との間で原告Aが保有する破産会社の全株式及び破産会社の営業を同社に譲渡する旨の契約書(乙四、乙一八)を作成し、そのころ、原告Aは、ポナペ観光に破産会社の実印、手形帳、小切手帳を預けたが、破産会社名義で振出された約束手形が銀行に流れるに至り、破産会社が乗っ取られるとの危機感を持ち、平成四年一〇月二二日付けでポナペ観光に対し、右契約を破棄する旨の内容証明を送付した(乙四、乙一九、原告A本人、弁論の全趣旨)。右のようなポナペ観光との経緯や当時の破産会社の経営状況について、従業員に対して説明が行われないまま、破産会社は平成四年一〇月二八日、同月二九日と二回約束手形が不渡りとなり事実上倒産した(乙三二)。

2  破産会社には、元々中央洋書労働組合があり、被告Dは、右労働組合で活動していたが、破産会社の事実上の倒産等の危機的な状況の中で、右労働組合のみでの対応は困難と考え、平成四年一一月、被告分会を結成し、被告組合に加盟した(乙三二)。その後、被告分会は、倒産に対する対策を話し合うための団体交渉を破産会社に申入れ、何回か団体交渉を行ったが、合意には至らなかったため、その後も破産会社に対し、団体交渉の要求を行い、平成五年四月一六日に団体交渉が行われることになったので、平成五年四月一〇日午前九時ころ、被告Dは、被告組合に所属するE外数名とともに、原告らの自宅(転居前の自宅で、東京都調布市緑ヶ丘二丁目一八番地二二)を訪れ、原告Aに対し、同月一六日開催予定の団体交渉の際の団体交渉議題等についての「要望書」を直接手交した(乙三二、原告A及び被告D各本人)。しかし、同月一六日の団体交渉は開催されず、その後の日程も決まらないまま、平成五年五月二〇日、破産会社及び原告Aが破産宣告を受けたため、被告Dは、同月二三日、団体交渉要求を行うため、原告ら自宅を訪れたが、原告らは不在であったため、「団交要求書」を郵便受けに投函し、周辺に抗議のビラを配布した(乙三一、乙三二、争いのない事実)。

3  破産会社の破産宣告を受けて破産管財人として河本毅弁護士(以下「河本弁護士」という。)、常置代理人として高橋弁護士、若松巌弁護士がそれぞれ選任され、平成五年一〇月一日、同年一二月三日、平成一〇年二月一三日に債権者集会が開催されたが、平成一〇年二月一三日、費用不足による破産廃止決定により破産手続は終了した(甲三六ないし甲四〇、甲四〇の一、二、乙三)。

被告Dは、平成五年一〇月一日、同年一二月三日の二回の債権者集会に出席した(甲三六、甲三八)。また、破産管財人河本弁護士は、第一回の債権者集会までの間の平成五年五月二四日、被告分会から団体交渉の申入れを受け、同年六月八日、七月一三日、八月四日の三回にわたり、被告分会と団体交渉を行ったほか、平成五年五月二五日、被告分会の組合員八名を含む一二名の破産会社の従業員に対し、解雇通知を発した(乙三)。

4  破産会社の第一回債権者集会の後、平成五年一〇月二日午前一一時ころから午前一一時三〇分ころまでの間、同年一一月一七日、平成六年二月二日、同月一九日、平成六年三月九日午前九時三〇分ころ、同月二六日午前一一時ころ、平成六年四月三日午前九時ころ、同月一三日午前九時三〇分ころから約三〇分、平成六年五月一〇日午前八時五〇分ころから午前一一時ころまでの間、平成六年六月一日午前九時三〇分ころから午前一〇時三〇分ころまでの間、同月一八日午前九時ころから午前一〇時ころまでの間、同月二八日午後五時三〇分ころ、平成六年七月七日午前八時四五分ころから午前一〇時四五分ころまでの間、同月二六日午前一〇時〇五分ころから午前一〇時四五分ころまでの間、平成六年八月六日午前一〇時三〇分ころから午前一一時四〇分ころまでの間、いずれも被告D及びEらが、原告らの自宅を訪れ、「出てきて団交に応じろ。倒産の責任をとれ。」などとスピーカーを使用してアジ演説を行ったり(なお、スピーカーは使用しないこともあった。)、原告らの自宅だけでなく、近隣宅にビラを投函し、引き上げる際には「最後まで闘うぞ。勝つまで闘うぞ。」とシュプレヒコールを行った(甲七、甲二五、原告B本人、弁論の全趣旨)。

また、平成六年八月二五日、被告D、Eを含む数名は、調布市役所の前で、調布市民及び調布市教育委員会の参観者、傍聴者に対し情宣活動を行い、同日、午前九時五〇分ころ、教育委員会の会議を傍聴するために調布市役所を訪れた原告Bを取り囲み、「経営者としての責任を感じないのか。」、「団交の日を決めよう。」などと言って、団体交渉の要求を行った(甲七、甲二五、乙三一、乙三二、原告B本人)。

さらに、平成六年一一月二八日午前八時一〇分ころ、被告D、E、被告らの支援者中山らが原告らの自宅を訪れ、「居ることはわかっているんだぞ、出てこい。」と言い、出かけようとして表に出た原告Bに対し(なお、原告Aは既に外出後であった。)、「倒産の責任はどうするのか。逃げられると思っているのか。これからはどこまでも追いかけて行くぞ。」、「団交に応じろ。」と口々に言い、その後、原告Bがその場を離れた後も呼びかけ、シュプレヒコール、近隣宅へのビラ配布を行った(甲七、甲二五、原告ら各本人)。

その後も平成六年一二月二〇日午前八時〇五分ころから午前一〇時三〇分ころまでの間、平成七年一月二四日午前八時四五分ころ、同年二月一四日午前八時ころから午前一〇時二〇分ころまでの間、被告D、Eらが原告らの自宅を訪れ、赤旗を門扉に掛けてアジ演説を行った後、「社長A、役員Bは倒産の責任をとれ。団交に応じろ。最後まで闘うぞ、勝つまで闘うぞ。」とシュプレヒコールを行った(甲七、甲二五、原告B本人、弁論の全趣旨)。

5(一)  原告らは、それまでの住居が競売手続により売却されたため、平成七年四月までに転居し、肩書住所地に居住するようになった。平成七年四月二〇日午後八時ころ、帰宅途中の原告Aに対し、少なくとも被告D及び佐々本の二名が、団体交渉を要求し、「引っ越し先はわかっているのだ。」などと述べた(甲七、甲二五、原告A本人)。これに対し、原告Aは、「明日、管財人に呼び出されているので、団交に応じてもよいかどうか管財人に聞いてみる。」と述べたが、被告Dが破産管財人に問い合わせたところ、破産管財人が原告Aを平成七年四月二一日に呼び出した事実はなかったことが判明したため、平成七年四月二五日午後三時ころ、被告Dを含む数名が原告らの自宅を訪れ、「居ることは分かっているのだ。出てこい。会社倒産の責任をとれ。労働者の賃金を踏み倒す気か。二年も賃金を払わずに逃亡するのか。」などと言い、中学校の夜間勤務に出かけるために表に出た原告Aともみ合いになり、「通してくれ。」、「団交に応じろ。」といったやりとりの後、近所にビラを配布した(甲七、甲二五、乙三一、乙三二、原告B及び被告D各本人)。

(二)  被告分会の代理人である中西義徳弁護士は、平成七年四月二八日、同月二五日付けファックス文書を常置代理人の高橋弁護士から受け取った(乙一五)。右文書には、原告Aには団体交渉に応じる意思があることのほか団体交渉開催の条件などが記載されていた。しかし、原告Aから被告らに対して具体的な団体交渉開催の日時についての連絡がなかったことから、被告Dは、平成七年五月一日、原告らの自宅を訪れ、原告らに対し、団体交渉を開催することを要求し、同月二日に団体交渉開催のための事前折衝を行うことを決めて、原告Aは、その旨記載した文書を作成した。原告Aは、右文書どおり平成七年五月二日、被告D、Eらと吉祥寺の喫茶店「ルノアール」で会った(乙一二、乙三一、乙三二)。その際、被告D、Eらは、原告Aに対し、高橋弁護士からのファックス文書(乙一五)を見せたり、被告らが用意した文書(その内容は、<1>社長と組合の解決団交とする、<2>団交に原告Bと加藤武弘を同席させる、社長は責任をもって争議解決まで団交を継続するというものであった。)に署名を求めたりして、原告Aに対し、執拗に団体交渉を要求した。原告Aは、「団交には応じる。話し合いはする。」と述べる一方、「管財人が団交を勧めるなんて信じられない、確認したい。」、「管財人と相談する。」などと述べ、結局、右文書に署名はしなかったが、争議解決のために団体交渉を行う旨(乙一三)、次回の事前折衝を平成七年五月五日に行う旨(乙一四)記載した各文書を作成した(甲七、甲二五、乙三一、乙三二、原告ら及び被告D各本人)。なお、右に要した時間は少なくとも二時間以上であった(甲七、甲二五、乙三一、乙三二)。しかし、平成七年五月五日、原告らが拒否したため、事前折衝は行われなかった(甲七、甲二五、乙三一、乙三二)。

(三)(1)  平成七年五月一六日、原告らの外出中に被告ら作成の「団交要求書」が郵便受けに投函され(甲七、甲二五、弁論の全趣旨)、その後も、次のとおり、被告らの原告らに対する団体交渉要求行為は繰り返された。

(2) 平成七年五月三一日午後二時三〇分ころから午後四時三〇分ころまでの間、原告Bのみが在宅し、その友人が来訪中であったところ、被告D及びEを含む数名が原告らの自宅を訪れ、門扉に赤旗を掛け、「出てきて話しなさい。」と呼びかけ、表に出た弘子に対し団体交渉を要求した後、シュプレヒコールを行った(甲七、甲二五、弁論の全趣旨)。

(3) 平成七年九月一一日午前七時ころ、被告Dが原告らの自宅を訪れ、午前七時三〇分ころ、外出するため表に出た原告Aとの間で「団交に応じなさい。」、「うるさい。黙れ、警察を呼ぶ。」といったやりとりをし、原告Aが自転車で出かけた後、午前八時三〇分ころ、「Bさん、経営者としての責任をとりなさい。団交に応じなさい。外で待っているから、出てこい。」と言い、原告Bが表に出ると、被告Dを含め数名がその場におり、被告Dが、スピーカーを使用して「団交に応じなさい。」などと言い、被告Dを含む二、三人が、さらに出かけようとする原告Bに近づき「解雇を撤回しろ。会社を再建しろ。市民運動をやっていたんだろ。話し合いが第一だってことはわかっているだろ。」、「いつまでも逃げられると思うな。」などと言った(甲七、甲二五、乙三一、乙三二)。

(4) 平成七年一〇月一三日午後三時ころから午後四時三〇分ころまでの間、被告D及びEを含む約一〇人が原告Bのみ在宅中の原告らの自宅を訪れ、赤旗を門扉に掛け、スピーカーを使用して「社長、出てきて話し合いに応じなさい。」と呼びかけ、ビラを配布した(甲一五、甲二六、弁論の全趣旨)。

6(一)  原告らの転居後も被告らの団体交渉要求行為は繰り返された。原告らは、近隣住民から、迷惑している、出て行け等と苦情を言われたり、原告らも被告らに対する恐怖心が募るなどしたため、そのころ、東京地方裁判所に対し、被告分会及び被告組合を債務者として、妨害禁止の仮処分命令の申立て(平成七年(ヨ)第二一二〇六号)をしたが、その後の平成七年一一月一五日、午前中約二時間にわたり、被告D、E及び支援団体の者を含め約四〇人が原告らの自宅を訪れ、被告D、支援団体の者がスピーカーを使用して演説を行った(甲一五、甲二六、原告ら各本人、弁論の全趣旨)。

また、平成七年一二月一四日、原告らが右妨害禁止の仮処分命令申立事件の審尋のために東京地方裁判所に出頭した際、被告らは、原告らを取り囲み、右事件の取下げ及び直接の団体交渉を要求し、原告ら代理人の青木弁護士が東京地方裁判所の書記官を呼ぶ騒ぎになった(甲一五、甲二一、甲二六、乙三一、乙三二)。

右妨害禁止の仮処分命令申立事件については、平成八年一月三一日、被告組合及び被告分会に対し、原告らに対する面会強要禁止、原告らの自宅から半径一〇〇メートルの範囲内における団体交渉要求、演説、シュプレヒコールの禁止、原告Aの勤務先及び原告Bの会合先に赴いて面会を要求することの禁止を内容とする仮処分命令がなされ(甲一六)、平成八年三月二九日、原告らは本件訴訟を提起した(裁判所に顕著な事実)。

(二) しかし、その後も被告らが原告らに対し、団体交渉を要求する行為は次のとおり繰り返された(以下の(1) ないし(6) の各事実は、甲一五、甲一七、甲二六、甲二九の一、二、原告ら及び被告D各本人、弁論の全趣旨により認めることができる。)。

(1)  平成八年四月九日午前九時一五分ころから午前一〇時三〇分ころまでの間、被告D、Eらが原告らの自宅を訪れ、スピーカーを使用して演説を行ったり、ビデオカメラで原告らの方を撮影した後シユプレヒコールを行った。このときは原告Bも表へ出て、被告D、Eらの写真を撮った。

(2)  平成八年六月七日午後三時一五分ころ、被告D、被告組合所属の組合員らが原告らの自宅を訪れ、スピーカーを使用して「経営者として無責任である。」、「いつまで逃亡しているのか。」、「話し合いに応じろ。」などと演説を行い、午後四時二〇分ころ、シュプレヒコールを始めた。また、この間、表に出てきた原告Bに対し、「団交要求書」を受け取るよう迫り、一方、原告Bは、被告D、Eらの写真を撮った。

(3)  平成八年九月一〇日午前八時ころ、原告Aは、被告D及びEと原告らの自宅前で出会い、被告D及びEに両脇から小突かれ、「警察を呼ぶぞ、どけ。」と怒鳴ったが、被告D及びEは、四〇〇メートル程原告Aをつけ、また、ビラを近所に配布した(なお、被告らは、原告Aを小突いたり、後をつけたりしておらず、しばらく一緒に歩いて話をしただけであると主張するが、右は原告A本人の供述に反するばかりでなく、原告Aが「警察を呼ぶぞ、どけ。」などと怒鳴っていることからすると、その意に反して被告らに付きまとわれたことは明らかであり、被告ら主張のように一緒に歩いて話したというような状況であったと認めることは到底できない。)。

(4)  平成九年四月七日午前八時三〇分ころ、原告Aが自宅を出たところ、被告D外一人が来ており、午前九時一〇分ころ、これにEが加わり、原告Aは右三人に小突かれたりしながら押し問答をし、約三〇分後解放された(なお、被告らは、原告Aを小突いたりしておらず、始終穏やかに話していたと主張するが、右は原告A本人の供述に反するばかりでなく、仮処分命令の申し立てをしたり、既に本件訴訟を提起していた状況からすると、原告Aが、被告らとの面会を望んでいなかったことは明らかであり、穏やかに話をするような状況であったことを認めることはできない。)。

(5)  平成九年五月一〇日午前九時三〇分ころから午前一一時一〇分ころまでの間、被告Dらが原告らの自宅を訪れ、門扉に赤旗を掛け、スピーカーを使用してアジ演説を行い、シュプレヒコールを行った。

(6)  平成九年六月一七日午前九時一〇分ころから午後一一時一〇分ころまでの間、被告D及びEが原告らの自宅を訪れ、スピーカーを使用して「裁判所や管財人が何を言っても関係ないんだ。直接話し合い解決しろ。」などと言ってシュプレヒコールを行った後、原告Bが表に出ると、「何だ、居たんじゃないか。居たのなら出てきて団交に応じろ。」と叫んだ。

(三)  そこで、原告らは、東京地方裁判所に対し、間接強制の申立てをし、平成九年九月二九日、原告らの申立てを認める決定を得た(争いのない事実)。

しかし、その後も、被告Dは、原告らの自宅の隣家にビラを投函したり、原告らの自宅近辺に赴き、原告Bに対し「争議解決しろ。」と言ったりしたことがある(原告B及び被告D各本人)。

7  本件訴訟が提起された後、当裁判所から事実上の和解勧告があり、原告らと被告らは、三回を目途に団体交渉(ないし当事者間の協議)を行い、その終了後、原告Aが被告らに対し謝罪した上、原告らが本件訴訟を取り下げる方向で和解の話が進行し、平成九年四月七日、同月一七日と二回団体交渉(ないし当事者間の協議)が行われた(甲三一、甲三四、乙二二、乙二六、乙二七、乙三二、原告ら及び被告D各本人、弁論の全趣旨)。その際の議題は、破産会社の倒産に至る疑惑の解明、従業員の雇用確保等とされていたが、第二回の団体交渉においても破産会社の倒産に至る疑惑の解明まで終了しなかったため、原告らの代理人青木弁護士は、これでは三回で協議を終了するのは困難であると考え、その旨発言したところ、被告らは、争議解決まで自主交渉を継続する意思であると答えたことから、青木弁護士は、和解による解決は困難であると判断し、団体交渉(ないし当事者間の協議)の継続を拒否した(甲一五、甲二六、乙三二、原告ら及び被告D各本人、弁論の全趣旨)。

8  ところで、被告らは、原告らに対し、平成七年五月一五日、同年一〇月一三日、同年一二月二二日、平成八年五月一〇日と団交要求書を交付しているところ(甲一四、甲二〇、乙一)、右要求書には、被告らの要求する団体交渉の議題として、会社倒産及び争議の責任、倒産に至る過程での疑惑解明、その他と記載され、また、被告らは、原告らに対し、賃金の支払、雇用の確保、謝罪等を求めていた(乙三二、被告D本人)。

また、被告分会は、破産会社及び原告らに関するビラを作成、配布しており、配布場所、量及び内容の全容については不明であるが、少なくとも、原告らの転居を「夜逃げ」と非難するもの(甲三)、原告らへの抗議を調布市民に呼びかけるもの(甲四、甲八ないし甲一〇)、破産会社関係の訴訟の経過を記載したもの(甲五)、その他破産会社、原告らの責任を追及するもの(甲一一ないし甲一三)などがある。

二  団体交渉応諾義務について

商法二五四条三項によれば、会社と取締役との間の関係は、委任に関する規定に従うべきであり、民法六五三条によれば、委任は委任者又は受任者の破産によって終了するのであるから、取締役は会社の破産により、当然に取締役の地位を失うものと解せられる(最判昭和四三年三月一五日民集二二巻三号六二五頁)。そして、破産宣告時から会社が有する財産は原則として破産財団となり(破産法六条)、その管理処分権者として破産管財人が選任され(同法一五七条)、破産管財人は、破産財団に関する職務(同法一八五条以下)、破産債権調査に関する職務(同法二三三条以下)、配当に関する職務(同法二五六条以下)等を中心に、破産財団に関する広範な職務を行う。しかし、破産管財人の権限は破産財団に関するものに限られるのであって、自由財産の管理・処分及び破産者自身がなすべきものと定められている事項に関するものは破産者に残され、例えば、破産会社についての設立無効の訴え、会社の不成立確認、破産財団に影響を及ぼさない株主総会決議取消しの訴えなどの法人格の存否や会社組織に関する訴訟においては、被告となりうるのは破産会社であり、これを代表するのは依然代表取締役ないし清算人であって、破産管財人が被告となり、若しくは被告となる破産会社を代表するのではないものと解するのが相当である(大判大正九年五月二九日民録二六輯七九六頁、大判昭和一四年四月二〇日民集一八巻四九九五頁、大判大正四年二月一六日民録二一輯一四七頁)。

右によれば、破産会社の代表取締役は、破産財団に関する事柄については、処分権限を持たないため団体交渉を行っても意味がなく、団体交渉に応じる義務もないというべきである(この点、原告らが事実上団体交渉に応じると述べたことがあるとしても、結論に影響しないというべきである。)が、破産財団に関する事柄以外については、依然破産会社の代表者として、団体交渉に応じる義務があると解する余地がある。

これを本件についてみると、被告らが原告らに対し団体交渉を要求する事項は、賃金の支払、破産会社の倒産に至る疑惑の解明、従業員の雇用確保、会社倒産及び争議の責任、原告らの謝罪等であり(前記一7、8)、いずれも破産財団に関する事柄であり、破産管財人の権限に属する事柄であって、破産会社の代表取締役には団体交渉に応じる義務はないというべきである。また、争議の責任及び原告らの謝罪に関しては、そもそも使用者に応じる義務のある団体交渉事項とは言えないのであって、もとより原告らに団体交渉に応じる義務はないというべきである。

したがって、被告らが原告らに対し団体交渉を要求する事項についてはいずれも、原告らには団体交渉に応じる義務はないということになる。

三  被告分会及び被告組合の行為の差止めについて

原告らの主張する団体交渉要求行為のうち、<1>については、予定された団体交渉の議題についての「要望書」を原告Aに交付したのみであり、ビラの配布も行っておらず(前記一2)、アジ演説やシュプレヒコールを行った形跡もなく、特段私生活の平穏を害するような態様の団体交渉要求行為が行われたということはできない。この点、原告Bは、その本人尋問において、被告分会及び被告組合がビラを配布するのを見た旨供述するが、右供述を裏付ける証拠はなく、また、当時はまだ破産会社の破産宣告以前であり、団体交渉の日程も決まっていたという状況であったこと(前記一2)、被告分会は、破産会社の自己破産の申立て及び破産宣告について、原告らがあたかも団体交渉を行う意思があるかのように見せかけながら、いわばだまし討ちのように行ったものととらえ、原告らの態度に怒りを感じてその後団体交渉要求行為を開始したという経過であったこと(乙三二)からすれば、当時既に被告らがビラの配布を行ったとは考えにくく、原告Bの供述は採用できない。

原告ら主張<2>ないし<5>については、前記一4のとおり、被告分会の分会長である被告D、被告組合に所属するEらが原告らの自宅や原告Bの会合先を訪れて団体交渉を要求したことが認められる。

また、原告ら主張<6>、<7>については前記一5(一)、同<8>については前記一5(二)、同<9>ないし<12>については前記一5(1) ないし(4) のとおり、同<13>、<14>については前記一6(一)、同<15>ないし<20>については前記一6(二)(1) ないし(6) のとおり、それぞれ被告分会の分会長である被告D、被告組合に所属するE等が原告らの自宅を訪れて団体交渉を要求したことが認められる(ただし、原告ら主張<7>、<11>、<19>については、被告組合所属の組合員が団体交渉を要求する行為に関与していたとする原告らの主張立証はない。)。

被告D及びEらの右一連の行為は、被告D、Eらの共謀によるものであるとともに、被告分会及び被告組合の行為であると認められる(ただし、Eら被告所属組合の組合員が関与していない原告ら主張<7>、<11>は、被告D及び被告分会の行為である。)。

そして、被告らの行った団体交渉要求行為の態様は、複数名(前記一6(一)によれば、多いときは約四〇名にも及ぶ。)で原告らの自宅を訪れ、あるいは、原告Bの会合先に出向き、赤旗を原告らの自宅の門扉に掛け、スピーカーを使用して(ただし、赤旗及びスピーカーは使用しないこともあった。)、原告らに対し「出てこい。」などと呼びかけ、「倒産の責任をとれ。」、「経営者として無責任である。」、「逃げられないぞ。」、「団交に応じろ。」などと原告らを非難するような内容のアジ演説を行い、原告ら自宅の近所でビラを配布したり、原告ら自宅の近隣宅にビラを投函し、「社長A、役員Bは責任をとれ。団交に応じろ。最後まで戦うぞ。勝つまで闘うぞ。」といったシュプレヒコールを行うというものであり、所要時間は約一時間、長いときは二時間にも及び(前記一4、5(一)、(二)、(三)(1) ないし(4) 、6(一)、(二)(1) ないし(6) )、その期間及び回数は、少なくとも平成五年一〇月二日、同年一一月一七日、平成六年二月二日、同月一九日、同年三月九日、同月二六日、同年四月三日、同月一三日、同年五月一〇日、同年六月一日、同月一八日、同月二八日、同年七月七日、同月二六日、同年八月六日、同月二五日、同年一一月二八日、同年一二月二〇日、平成七年一月二四日、同年二月一四日、同年四月二〇日、同月二五日、同年五月一日、同月一六日、同月三一日、同年九月一一日、同年一〇月一三日、同年一一月一五日、平成八年四月九日、同年六月七日、同年九月一〇日、平成九年四月七日、同年五月一〇日、同年六月一七日と三年以上の長期にわたり、三〇回以上に上っているのであって(前記一4、5(一)、(二)、(三)(1) ないし(4) 、6(一)、(二)(1) ないし(6) 、なお、原告らが被告らの団体交渉要求行為として主張するもののうち、<7>及び<14>は被告らが原告らに対し団体交渉要求行為を行ったのは、<7>が吉祥寺の喫茶店「ルノアール」、<14>が東京地方裁判所であり原告らの自宅付近ではない。)、被告らの団体交渉要求行為は執拗に繰り返されてきたということができる。しかも、被告らはこうした行為を、右のとおり、平成八年一月三一日付け仮処分命令後も継続している。原告らは、被告らのこうした行為により、近隣住民から苦情を言われたり、行動の自由が制約され、また、恐怖心が募り、いわばノイローゼ気味になる(前記一6(一)、原告ら各本人)など日常生活に支障を来している。

これらのことからすると、被告らの行為は、原告らの私生活の平穏を著しく害するもので、社会通念上受忍限度を超え、原告らの人格権を侵害する違法な行為であるといわざるを得ず、しかも被告らは仮処分命令後もこれを無視して原告らに対する団体交渉要求行為を繰り返していること(前記一6(二)(1) ないし(6) )からすると、今後もそのような行為がなされる可能性が高いから、被告らに対して行為の差止めを求めることができるというべきである。ただし、原告Aは、その勤務先へ赴いて団体交渉要求行為を行うことの禁止も求めているところ、本件において、被告らが原告Aの勤務先で団体交渉を要求した行為については主張立証していないから、原告Aの右請求は理由がない。

四  慰謝料について

前記二、三のとおり、被告らの行為は、原告らに団体交渉に応じる義務がない事項について団体交渉を要求するもので、その態様も、社会通念上、原告らの受忍限度を超えた違法なものであり、原告らは、被告らの行為により、私生活の平穏を著しく害されたものというべきである。そして、仮処分命令後も被告らは原告らに対する団体交渉要求行為を継続したこと、原告らはこうした被告らの行為により、近隣住民から苦情を言われたり、恐怖を感じたり、行動が制約されたりしたこと(前記一6(一)、原告B本人)、その他本件記録上認められる被告分会及び被告組合の行為の態様及びその回数、配布されたビラの内容などからすれば、原告らの被った精神的苦痛は小さくないというべきである。しかし、一方、こうした被告分会及び被告組合の行為は、平成四年から給与の遅配、不支給という事態が生じ、ポナペ観光が破産会社の経営に関与するなど破産会社の経営が危機に瀕し、混乱に陥った揚げ句、倒産に至ったにもかかわらず端を発しており、被告分会及び被告組合の行為については、原告らが破産会社の取締役であった当時、十分な責任を果たさなかったことがその一因となっていることも否定できない。

こうしたことを総合的に考慮すれば、被告らの原告らに対する慰謝料としては、原告らそれぞれに対し各五〇万円が相当と認められる。

五  以上の次第で、原告らの請求は、被告分会及び被告組合に対し、妨害禁止及び慰謝料原告らそれぞれにつき各五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告分会につき平成九年六月一八日、被告組合につき同月二七日、被告Dにつき平成九年六月八日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるから認容し、原告らのその余の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用について民事訴訟法六一条、六四条、六五条、仮執行宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松井千鶴子 裁判長裁判官高世三郎、裁判官植田智彦は、転補につき、署名捺印することができない。 裁判官 松井千鶴子)

平成八年(ワ)第五九〇一号妨害禁止請求事件、平成九年(ワ)第一〇七九八号損害賠償請求事件

更正決定

平成八年(ワ)第五九〇一号事件、平成九年(ワ)第一〇七九八号事件原告 A

平成八年(ワ)第五九〇一号事件、平成九年(ワ)第一〇七九八号事件原告 B

平成八年(ワ)第五九〇一号事件、平成九年(ワ)第一〇七九八号事件被告 東京中部地域労働者組合

平成八年(ワ)第五九〇一号事件、平成九年(ワ)第一〇七九八号事件被告 東京中部地域労働者組合中央洋書分会

平成九年(ワ)第一〇七九八号事件被告 D

右当事者間の頭書記載事件について、当裁判所が平成一二年五月一二日に言い渡した判決に明白な誤りがあったので、当裁判所は職権で次のとおり決定する。

主文

判決七頁一行目を全部削除し、判決六二頁一一行目と判決六三頁一行目の間に「らず、こうした経緯について従業員に対し十分な説明が行われなかったことに」を加入する。

平成一二年五月一六日

東京地方裁判所民事第一九部

裁判長裁判官 山口幸雄

裁判官 松井千鶴子

裁判官 鈴木拓児

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