大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)5940号 判決 1998年6月05日

原告(反訴被告)

ユニ・フレックス株式会社

右代表者代表取締役

高須浩

右訴訟代理人弁護士

田中裕之

被告(反訴原告)

上野敬光

上野芽来未

右両名訴訟代理人弁護士

中野麻美

宮里邦雄

黒岩容子

主文

一  原告の本訴のうち、次の部分を却下する。

1  原告が、被告らとの間で、原告と被告上野敬光との間の雇用契約に基づく債務のうち、退職金支払債務以外の債務の存在しないことの確認を求める部分

2  原告が、被告らとの間で、原告と被告上野芽来未との間の雇用契約に基づく債務が存在しないことの確認を求める部分

3  原告が、被告上野芽来未との間で、原告と被告上野敬光との間の雇用契約に基づく債務のうち、退職金支払債務の存在しないことの確認を求める部分

二  原告の本訴のうち、被告上野敬光に対する、原告と被告上野敬光との間の雇用契約に基づく退職金支払債務の存在しないことの確認請求を棄却する。

三  反訴被告(原告)は、反訴原告(被告)上野敬光に対し、金八万一四三〇円並びに内金四万〇七一五円に対する平成八年九月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員及び内金四万〇七一五円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  反訴原告(被告)上野敬光のその余の請求及び反訴原告(被告)上野芽来未の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを五〇分し、その二を原告(反訴被告)の負担とし、その一を被告(反訴原告)上野芽来未の負担とし、その余を被告(反訴原告)上野敬光の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

原告と被告らとは、原告及び被告ら間の雇用契約に基づく債務が存在しないことを確認する。

二  反訴

1  反訴原告上野敬光が反訴被告に対し雇用された労働者としての労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  反訴被告は、反訴原告上野敬光に対し、平成八年九月二五日以降毎月二五日限り金二六万四〇〇〇円を支払え。

3  反訴被告は、反訴原告上野敬光に対し、金五四九万八九三二円並びに内金四八一万七四六六円に対する平成八年九月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員及び内金六八万一四六六円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  反訴被告は、反訴原告上野芽来未に対し、金九万七八七五円及びこれに対する平成八年九月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

以下、原告(反訴被告)を「原告」といい、被告(反訴原告)上野敬光を「被告敬光」といい、被告(反訴原告)(ママ)を「被告芽来未」という。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告敬光との間の雇用契約は合意解約によって終了したものであり、被告芽来と(ママ)の雇用契約も終了していて、いずれも原告に未払債務はないが、被告らが時間外労働割増賃金等の支払を求めていると主張して、被告らとの間の雇用契約に基づく債務の不存在確認を求めたのに対し、被告らが反訴を提起し、被告敬光は、合意解約の事実はなく、原告によって違法な解雇がされたものであり、解雇は無効であると主張して雇用契約上の地位確認、賃金の支払、時間外労働割増賃金等の支払を求め、被告芽来未は、年次有給休暇として認められずに欠勤扱いされた日数分の賃金又は不法行為による損害賠償の支払を求めた事案である。

一  前提となる事実(争いのない事実等。証拠により認定した事実を含む箇所には証拠を挙示した。)

1  原告は、一般労働者派遣業務等を業とする株式会社である。資本金一〇〇〇万円、登録スタッフ数約七〇〇〇名、営業担当従業員約一〇名である。

2  被告敬光と原告との労働契約関係

(一) 被告敬光は、平成六年一月一七日、次の約定で原告に雇用され、営業部に配属されて営業に従事した(以下原告と被告敬光との雇用契約を「本件雇用契約」という。)。

勤務場所 原告事務所

勤務時間 午前九時から午後六時まで(うち休憩一時間)

休日 土曜日(ただし、月一回出勤)、日曜日及び国民の祝日・休日

賃金額 月額基本給二一万三〇〇〇円及び住宅手当一万円並びに営業手当三万円以上(ただし、営業手当については試用期間の三箇月間は支給しない。)

支払方法 毎月二〇日締め二五日支払

毎年七月と一二月の遅くとも末日までに一時金を支払う。

(二) 原告は、被告敬光に対し、平成六年四月二五日以降営業手当月額四万円を加算支給することとした。

(三) 基本給月額は、平成七年三月二一日分賃金から二二万四〇〇〇円に昇給した。

3  被告芽来未と原告との労働契約関係

被告芽来未は、原告から派遣労働者として瀧本株式会社に派遣され、平成六年九月一六日から平成七年六月一六日まで労務を遂行した。

二  争点

1  合意解約の成否

原告と被告敬光とは、平成七年四月三日、合意により本件雇用契約を解約したか。

2  被告敬光が時間外労働、深夜労働を行った事実の有無、その時間

3  弁済の有無。殊に、営業手当はスタッフフォロー業務に対する対価ということができるか否か、したがって、その支払によって弁済済みであるといえるか否か。

4  時効の成否

5  被告芽来未が年次有給休暇を請求したのに、原告は違法にこれを欠勤扱いとし、該当する日数分の賃金をカットしたものであるといえるか。右に関し原告に不法行為に該当する事実があったか否か。

第三当事者の主張

(本訴請求)

一  請求の原因

1 本件雇用契約及び被告芽来未と原告との雇用契約の締結

前提となる事実2及び3のとおり。

2 本件雇用契約の終了

原告と被告敬光とは、平成七年四月三日、合意により本件雇用契約を解約した。

3 しかるに、被告敬光は、原告に未払時間外労働割増賃金の支払義務があると主張し、さらには、原告が解雇したとして退職金の支払義務があると主張している(反訴において本件雇用契約が存続し、原告に賃金支払義務があると主張している。)。また、被告芽来未は、年次有給休暇を請求したのに、原告が欠勤扱いとして該当する分の賃金をカットしたと主張し、原告にその分の賃金の支払義務があると主張している。

4 よって、原告は、被告らに対し、原告及び被告らの間の雇用契約に基づく債務が存しないことの確認を求める。

二  請求の原因に対する認否

1 請求の原因1の事実は認める。

2 同2の事実は否認する。

3 同3の事実のうち、被告敬光が、原告に未払時間外労働割増賃金の支払義務があると主張していること、被告芽来未が、年次有給休暇を請求したのに、原告が欠勤扱いとして該当する分の賃金をカットしたと主張し、原告にその分の賃金の支払義務があると主張していることは認め、その余の事実は否認する。

4 同4は争う。

(反訴請求)

一  請求の原因

(被告敬光の請求)

1  被告敬光と原告との労働契約関係

前提となる事実2のとおり。

原告は、本件雇用契約が平成七年四月三〇日をもって合意解約により終了したと主張して、同年五月一日以降の賃金を支払わない。

2  被告敬光は、平成六年一月から平成七年一月まで、別紙<1><略>のとおり時間外労働及び深夜労働を行った。時間外労働単価及び深夜労働単価は別紙<2><略>のとおりである。

3  2による時間外労働手当及び深夜労働手当は、別紙<1>のとおり合計金六八万一四六六円である。

4  時間外労働手当及び深夜労働手当は、当月末日締切りで翌月の賃金支払日である二五日に支払われる。

5  原告の時間外労働手当及び深夜労働手当の未払は、労働基準法三七条に違反するから、被告敬光は、同法一一四条に基づき、未払時間外労働手当及び深夜労働手当と同一額の付加金の支払を請求する。

6  よって、被告敬光は、原告に対し、本件雇用契約に基づき、雇用された労働者としての労働契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに平成八年九月二五日以降毎月二五日限り金二六万四〇〇〇円の賃金の支払を求め、並びに未払月例賃金四一三万六〇〇〇円並びに未払時間外労働割増賃金及び深夜労働割増賃金合計金六八万一四六六円並びにこれらに対する反訴状送達の日の翌日である平成八年九月一〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、並びに労働基準法一一四条に基づき、付加金六八万一四六六円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告芽来未の請求)

1  前提となる事実3のとおり。

2  被告芽来未は、原告に対し、平成七年三月二五日、四月六日、同月一二日、同月二七日、五月一日、同月一〇日、同月一三日、同月二六日及び同月二七日につき年次有給休暇を請求したが、原告は年次有給休暇としての取扱いを認めず、欠勤扱いとし、右各日について一日分の賃金をカットした。

3  被告芽来未の賃金は時給一五〇〇円であり、一日の労働時間は七・二五時間であったから、右九日分の賃金カット額は合計九万七八七五円となる。

4  原告は、被告芽来未が事前に請求しても認めない方針であったし、被告芽来未に対し、年次有給休暇の申請用紙を全く交付していなかった。

原告は、被告芽来未に対し、年次有給休暇としての取扱いを認めず、また、年次有給休暇取得の機会を奪い、右同額の損害を与えたものであるから、不法行為による損害賠償責任を免れない。

5  よって、被告芽来未は、原告に対し、右賃金又は不法行為による損害金九万七八七五円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成八年九月一〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求の原因に対する認否

(被告敬光の請求)

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。被告敬光は、タイムカードの打刻時刻によって時間外労働時間を算出しているようだが、これで時間外労働を算出するのは適切ではない。時間外労働は、使用者がこれを命じた場合又は黙示にその命令があったと見なされる場合において、管理者の指揮・命令下に行われたときに、時間外労働手当の支払の対象となる。原告では、タイムカードの打刻は、就業の開始及び終了を意味するものではなく、単に出退勤の時刻を確認するためのものであるから、その打刻時刻が所定労働時間の始業時刻又は終業時刻よりも早かったり遅かったりしても、その間管理者の指揮・命令下にあったと事実上推定することはできない。したがって、タイムカードの打刻時刻によって時間外労働時間を算出することはできない。

原告が被告敬光に対して時間外労働を命じていたのは、原則として毎週木曜日午後五時三〇分から開催されるミーティングが時間外に及んだ場合と、午後七時以降のスタッフフォロー業務の二種類だけである。それ以外は、従業員が仕事終了後に雑談をしたり、雑誌を読んだり、コーヒーを飲んだりして時間をつぶし、タイムカードを押して帰宅するということだけであって、時間外労働には該当しない。

3  同3の事実は否認する。

4  同4の事実は認める。

5  同5は争う。

6  同6は争う。

(被告芽来未の請求)

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、被告芽来未が、原告に対し、平成七年三月二五日、四月六日、同月一二日、同月二七日、五月一日、同月一〇日、同月一三日、同月二六日及び同月二七日につき年次有給休暇を請求したことは否認する。

3  同3の事実は否認する。

4  同4の事実は否認し、主張は争う。

5  同5は争う。

三 抗弁

1  合意解約

(一) 被告敬光は、原告との間で、平成七年四月三日、同月三〇日をもって本件雇用契約を解約する旨合意した(以下「本件合意解約」という。)。

(二) 本件合意解約が成立し、被告敬光が退職するに至った経緯は次のとおりである。

被告敬光は、原告の顧客三〇社の担当をするとともに、新規顧客の開拓を目的として採用された。原告の営業部長花井美保子(以下「花井」という。)は、平成七年三月、被告敬光と話し合い、「本当に全面的に新規開拓を担当して実績を上げることができるのか、今度は専任なのだから、実績ゼロというわけにはいかないが、第一、本当にやる気があるのか。」と質問したところ、被告敬光は、「やる気があるわけがないじゃないですか。」と言い、その理由として自分に対する評価が低いことを挙げた。花井は、評価の正当性について説明したが、被告敬光は納得せず、話合いは平行線をたどった。被告敬光は、収入を得るために働いているのに、収入が低いまま続けても仕方がない、もっと稼げるところで働くしかないので、それを選択する旨花井に告げ、「今月一杯で退職してもいい。四月だったらちょうどタイミングがいい。」と述べた。そこで、もう一度話し合うことになり、同年四月三日に再度話し合いが持たれ、被告敬光から原告に対して退職の申入れがあり、原告もこれを受け入れ、本件合意解約が成立するに至った。

原告は、同年四月二一日、「上野わっぱ茶屋」で送別会を催し、被告敬光も出席し、その席上で、「短い間ではあるがお世話になりました。この度会社を辞めることになりました。」という挨拶をした。

被告敬光は、在職中は、原告が借り上げた社宅に家賃四万円で住んでいたが、退職に際し原告から明渡しを求められると、もう少し居住したいと述べ、同年五月以降は、所有者である花井と通常の家賃である月七万円で賃貸借契約を締結し直して居住していた。

被告敬光は、離職票交付の手続が遅れると、再三担当者に催促した。離職票には退職事由を「解雇」としているが、これは失業保険が早く支給されるように配慮した結果であって、実際には被告敬光の自己都合による退職である。

被告敬光は、退職する前の同年四月一七日、就職セミナーに参加するという名目で同月一八日に休暇を取る旨の申出をしている(<証拠略>)。

2  弁済

(一) 被告敬光の時間外労働については、既に営業手当及び残業手当として支給済みである。

被告敬光が勤務時間以外に就労したのは、スタッフフォロー業務とミーティングであるが、ミーティングについては時間外手当として支給し、スタッフフォロー業務については営業手当として支払った。すなわち、スタッフフォロー業務に対する対価は営業手当の中に含まれている。

(二) 被告敬光は、当初スタッフフォロー業務が営業業務とは別であるとして残業手当の支払を求め、中央労働基準監督署に申告していたが、中央労働基準監督署からその支払について勧告が出なかったことから、退職後の平成七年五月ころ、規定上営業手当が支払われない試用期間(三箇月間)中のスタッフフォロー業務に対しては残業手当が支払われるべきであるとして、中央労働基準監督署に申告を追加した。原告は、中央労働基準監督署に対し、被告敬光の入社一箇月目に誤って多く支払った住宅手当七五〇〇円及び入社三箇月目に本来支払われるべきでないのに支払われた営業手当三万四五四五円の額の合計が試用期間の三箇月間にかかるスタッフフォロー業務に対して支払われるべきであった残業手当の額三万四八五〇円を七一九五円だけ上回っていることを説明したが、中央労働基準監督署からは、一度支払った住宅手当を控除するのはいささか厳しすぎるとの指摘があり、また、四時間分の残業手当を支払うようにとの指導を受けた。そこで、原告は、被告敬光に対し、住宅手当の過払額を控除しないこととし、四時間分の残業手当を加算して、前記の七一九五円と精算するようにして算出した七一〇五円を支払うこととし、被告敬光も納得してこれを受領した。

今になってこの問題を蒸し返す理由が理解できない。

3  時効による消滅

被告敬光が反訴を提起して時間外労働手当を請求したのは、平成八年九月四日であり、平成六年九月三日から二年が経過していた。原告は、平成九年一〇月三日の本件口頭弁論期日において、右時効を援用する旨の意思表示をした。

四 抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実は否認する。(二)の事実のうち、平成七年三月、被告敬光が花井と話し合った際、収入を得るために働いているのに、収入が低いまま続けても仕方がない、もつと稼げるところで働くしかないので、それを選択する旨花井に告げ、「今月一杯で退職してもいい。四月だったらちょうどタイミングがいい。」と述べたこと、同年四月三日に被告敬光から原告に対して退職の申入れがあり、原告もこれを受け入れ、本件合意解約が成立するに至ったこと、実際には被告敬光の自己都合による退職であること、被告敬光が、退職する前の同年四月一七日、就職セミナーに参加するという名目で同月一八日に休暇を取る旨の申し出をしたことは、いずれも否認する。

原告は、被告敬光に対し、平成七年四月三日、同月三〇日付けで被告敬光を解雇する旨の意思表示をした。

被告敬光は、原告営業部の新規派遣先開発業務に従事し、内部事務処理のため所定時間外労働及び深夜労働に従事した。ところが、原告は、就業規則において、営業については「会議及びスタッフフォロー業務のみを時間外労働割増賃金の対象とする。」と規定し(<証拠略>)、被告敬光が事務処理のため時間外労働に従事した分の賃金を支払わなかった。また、原告は、平成六年八月二五日支払分の賃金から営業手当の金額を四万円から二万円に切り下げた。被告敬光は、原告に対し、残業賃金の未払及び営業手当の一方的切り下げに対し、抗議をし改善を申し入れたが、原告は改善措置を執らなかった。そこで、被告敬光は、中央労働基準監督署長に対し、平成七年一月、労働基準法一〇四条一項に基づき原告の労働基準法違反の右事実を申告した。中央労働基準監督署長は、原告に対し、同年二月、平成六年八月から平成七年二月支払分までの未払営業手当のうち、とりあえず七万円を支払うこと、未払時間外労働についての賃金を支払うことを求める是正指導を行った。原告は、同年三月二五日、右未払営業手当七万円を支払ったものの、未払時間外労働賃金については支払おうとしなかった。そして、原告の花井美保子営業部長は、被告敬光に対し、同年三月二〇日、理由も示さず、「あなたには辞めてもらいます。日付は改めて言いますから引き継ぎして下さい。」と解雇を通告し、同年四月三日、改めて「今月末で辞めてもらいます。」と同月三〇日付けで解雇する旨通告した。同年五月二三日には原告から離職票も送付されてきた。離職票の離職事由欄には「解雇」である旨が記載されていた。このように、原告は、被告敬光が中央労働基準監督署長に対し労働基準法一〇四条一項に基づき原告の労働基準法違反の事実を申告したことに対する報復として、被告敬光を解雇したものであり、右解雇は、同法一〇四条二項に違反し無効である。

2  同2(一)の事実は否認する。営業手当は、営業実績により増減するいわば営業担当者の出来高賃金としての性質を有するものであり、時間外労働手当に見合うものではない。原告の就業規則上も、スタッフフォロー業務に従事すれば時間外労働手当の支払義務があることは明らかである。

3  同3は争う。

五 再抗弁

1  被告敬光は、平成七年一〇月一二日、中央労働基準監督署長に対し、原告の時間外労働手当の未払について、これを支払うよう厳重な指導、勧告を行い、これに従わない場合の司法処分を求めた。これは、民法一四九条の裁判上の請求に当たる。

仮に、裁判上の請求に当たらないとしても、同法一五三条の催告に当たる。被告敬光は、平成八年五月二七日本件訴訟において請求棄却を求める答弁書を提出し、同年七月一日、準備書面を提出し、被告敬光の時間外労働手当等の請求権の存在を主張した。

2  原告は、時間外労働割増賃金の算定につき独自の解釈を述べ、その主張の当否について労働基準監督署の判断を待ちたいと主張し、支払を事実上引き延ばし、その判断がされれば支払を行うかのように被告敬光に期待を抱かせて待たせておきながら、その後になって時効の援用をするに至ったものであり、原告の時効の援用は信義則に反して許されない。

第四当裁判所の判断

一  本訴について

1  まず、原告は、原告と被告敬光との間の本件雇用契約に基づく債務の存否につき、被告芽来未との間でも確認を求め、また、原告と被告芽来未との間の雇用契約に基づく債務の存否についても、被告敬光との間でも確認を求めている(請求の趣旨第一項は、文言上はそのように読むほかない。)が、いずれも確認の利益を肯定できる根拠は見出しがたく、右各部分は不適法として却下する。

2  次に、原告は、原告と被告敬光との間の本件雇用契約に基づく債務の存否について確認を求め、請求の趣旨においては明示的に限定していないものの、被告敬光が解雇されたことを理由として退職金の支払を求めていることと、時間外労働割増賃金の支払を求めていることに伴い、右のとおり確認を請求しているものであるから、右退職金支払債務及び時間外労働割増賃金支払債務の不存在確認を請求する趣旨であることは明らかである。

また、原告は、原告と被告芽来未との間の雇用契約に基づく債務の存否について確認を求め、請求の趣旨においては明示的に限定していないものの、被告芽来未が、年次有給休暇を請求したのに、原告が欠勤扱いとして該当する分の賃金をカットしたと主張し、その分の賃金債権の存在を主張していることに伴い、右のとおり確認を請求しているものであるから、右賃金債権の不存在を請求する趣旨であることは明らかである。

被告敬光及び被告芽来未が、その後それぞれ反訴を提起して、右時間外労働割増賃金の支払を求め、また、右カットに係る賃金の支払を請求していることは当裁判所に顕著であるから、いずれも反訴請求の当否を判断すれば必要、かつ、十分である。よって、原告の債務不存在確認の訴えは、右各部分については確認の利益を欠き、不適法であるから、却下する。

3  原告は、被告敬光が解雇されたことを理由として原告に退職金の支払義務があると主張しているとして、当該債務の不存在確認を求めている。

被告敬光は、本件訴訟においては退職金の支払を求めていないが、これは被告敬光が本件雇用契約の存続を主張しているためであり、(証拠略)によれば、被告敬光が、中央労働基準監督署に対し、平成七年一〇月一二日付けで原告に労働基準法違反があると申告し、解雇されたことを理由として原告に退職金の支払義務があると主張していることが認められるから、この事実に基づいて考えると、原告には当該債務の不存在確認を求める利益があるというべきである。

よって、判断すると、原告は、本件合意解約により本件雇用契約が終了したと主張するが、本件合意解約の事実を認めるに足りず、原告が解雇により終了したことを主張立証しない以上、本件雇用契約が終了したものということができないことは後記のとおりである。

原告の右部分についての債務不存在確認請求は理由がないから、棄却する。

二  本件合意解約の成否について

原告は、本件合意解約が成立したと主張し、(証拠略)の各記載並びに(人証略)の供述中には原告の右主張に沿う部分がある。

しかし、被告敬光が原告に対し、退職届その他の本件合意解約を内容とする書面を作成、提出した事実を認めることのできる何らの証拠がないほか、(証拠略)によれば、原告が作成した雇用保険被保険者離職票には離職理由として「解雇」と記載されていたこと、被告敬光は、中央労働基準監督署長に対し、平成七年一月、労働基準法一〇四条に基づき労働基準法違反の事実があるとして申告し、中央労働基準監督署長が、原告に対し、同年二月、営業手当として七万円を支払うよう是正指導を行い、原告が同年三月二五日これを支払ったという経緯があったこと、被告敬光が同年五月三〇日には労働組合東京ユニオンを通じて原告に対し、不当解雇を主張して諸要求に及んでいることが認められ、これらの事実を踏まえて、(証拠略)及び被告(反訴原告)上野敬光本人尋問の結果に照らすときは、原告の本件合意解約成立の主張に沿う前掲各証拠はたやすく採用することができない。

また、原告は、本件合意解約成立の根拠となる間接事実が存するとして縷々主張するが、それらの事実は、後記のとおり被告敬光が解雇後に本件雇用契約に基づく労務提供の意思を失っていたことを裏付けるものではあっても、本件合意解約成立の間接事実となるということはできない。

他に本件合意解約成立の事実を認めるに足りる証拠はない。

三  本件雇用契約に基づく賃金請求について

1  労働契約に基づく労働者の労務を遂行すべき債務の履行につき、使用者の責めに帰すべき事由によって右債務の履行が不能となったときは、労働者は、現実に労務を遂行することはできないが、賃金の支払を請求することができる(民法五三六条二項)。そして、右債務の履行不能には、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているときも、これに当たるものというべきであるが、それは、労働者が客観的に就労する意思と能力とを有しているにもかかわらず、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているときには、労働者が現実に労務を遂行したくても遂行することができないからであり、このような場合にまで労働者に労務を遂行する債務を履行する旨提供させるまでもないから、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているときには、労働者の労務を遂行すべき債務の履行は不能となると結論を簡潔に述べているにすぎない。労働者が同法五三六条二項の適用を受けるためには、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているときであっても、そのことだけでは足りず、労務遂行の単位となる一定の時間的幅の開始の時点で、労働者が客観的に就労する意思と能力とを有していることを主張立証することを要するものと解することが、民法六二四条一項の趣旨に適うのであり、このように解することが相当である。若干敷衍すると、労働者が労務を遂行する債務を履行する旨提供したのに、使用者が受領を拒絶した場合には、労務を遂行するには使用者がこれを受領することが不可欠であり、かつ、労務遂行の単位となる一定の時間的幅ごとに当該債務の履行が可能か不能かが決まり、労務を遂行することができないまま過ぎ去った時間について後から労務遂行の債務を履行することはできないという、労務を遂行する債務の性質に照らせば、使用者が受領を拒絶することにより、労働者が労務を遂行することは不可能となるといえるから、労働者の債務は、右受領拒絶の時点で履行不能になるものと解するのが相当である。労働者が労務を遂行する債務を履行する旨提供した時点で、労働者が客観的に就労する意思と能力とを有していなければならないことは当然のことである。そして、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているため、労働者が労務を遂行する債務を履行することが不可能であることがあらかじめ明らかであるときには、労働者に労務を遂行する債務を履行する旨提供させるまでもないから、労働者の債務は、右受領拒否の時点で履行不能になるものと解するのが相当である。これが期間の定めのない労働契約のように、継続的に労務を遂行する債務である場合には、右履行不能の状態は、使用者が労働者に対して右受領拒絶の意思を撤回する旨の意思表示をするまで時の経過とともに続くものというべきである。しかし、他方、民法六二四条一項の趣旨からすれば、労務遂行の単位となる一定の時間的幅の開始の時点で、労働者側の事情としては、労務を遂行することが可能であることを要する。すなわち、労働者は、右の時点で客観的に就労する意思と能力とを有していることを要する。ただ、通常の場合には、労働者が客観的に就労する意思と能力とを有していることは自明のことであり、論ずるまでもないから、殊更に取り上げられないだけにすぎない。実際上疑義があるときには、労働者が客観的に就労する意思と能力とを有していることを主張立証しなければならないことは当然のことである。

以上によれば、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているため、労働者が労務を遂行する債務を履行することが不可能であることがあらかじめ明らかである場合には、労働者が労務を遂行する債務を履行する旨提供しなくても、労働者の債務は、労務遂行の単位となる一定の時間的幅の開始の時点で履行不能になるものと解するのが相当であるが、これは、右の場合には、労働者に労務を遂行する債務につき履行の提供をさせるまでもないからにすぎず、右の場合といえども、労働者が客観的に就労する意思と能力とを有していることは当然の前提となるものというべきである。労働者が、使用者において受領を拒絶するか否かにかかわりなく、客観的に就労する意思又は能力をはじめから有していない場合には、労働者の責めに帰する事由による履行不能というほかなく、このような場合まで、使用者の責めに帰すべき事由によるものと解することはできないからである。

2  被告(反訴原告)上野敬光本人尋問の結果によれば、被告敬光は、平成七年四月中は原告において引継ぎその他の事務処理を行い、原告の催した送別会に出席してその席上で挨拶をし、同年五月には別会社(エム・シー・シー)に雇用され、試用期間を経て正規の従業員としてその後も勤務を継続していることが認められるから、これらの事実に弁論の全趣旨を併せて考えると、被告敬光は、原告により解雇をされたものと認識し、平成七年五月以降は原告で労務を遂行する意思を喪失し、事後的な処理として、原告に対し、時間外労働割増賃金の精算を求め、あるいは違法な解雇であることを主張して損害賠償請求をすることとしたものと認めることができる。

被告(反訴原告)上野敬光本人の供述中には、平成七年五月以降も原告において労務を遂行する意思があった旨の部分があるが、採用することはできない。

3  よって、平成七年五月以降も被告敬光が原告において労務を遂行する意思があったことを認めるに足りる証拠はないから、被告敬光の同月一日以降の賃金請求は理由がない。

四  時間外労働割増賃金及び深夜労働割増賃金の請求について

1  本件雇用契約において定められた被告敬光の勤務時間が午前九時から午後六時まで(うち休憩一時間)であることは、当事者間に争いがない。

(証拠略)によれば、平成六年一月一七日から平成七年一月三一日までの間の被告敬光の各出勤日の出社時刻及び退社時刻は証拠上明らかであるから、これらに基づき、必要な取捨選択を行ってその間の労働時間を算出し、(一)で算出する時間外労働単価及び深夜労働単価によって時間外手当及び深夜手当を算出すると、次の(二)から(一四)までのとおりである。

(一) まず、時間外労働割増賃金及び深夜労働割増賃金算出の基礎となる被告敬光の「通常の労働時間又は労働日の賃金」を算出しておくと、(証拠略)によれば、次のとおりである。

(1) 平成六年一月一七日から同年三月三一日までの間については、基本給二一万三〇〇〇円及び住宅手当一万円によって算出すべきであり、その額は一三六〇円(円未満四捨五入)となるから、時間外労働単価はこれに一・二五を乗じて一七〇〇円となり、深夜労働単価は一・五を乗じて二〇四〇円となる。

(2) 同年四月一日から平成七年一月三一日までの間については、基本給二一万八〇〇〇円及び住宅手当一万円によって算出すべきであり、その額は一三九六円(円未満四捨五入)となるから、時間外労働単価はこれに一・二五を乗じて一七四五円となり、深夜労働単価は一・五を乗じて二〇九四円となる。

被告敬光は、時間外労働割増賃金及び深夜労働割増賃金算出の基礎となる被告敬光の「通常の労働時間又は労働日の賃金」に、営業手当四万円をも加算すべきである旨主張するが、後記のとおり、原告の就業規則上、営業手当は、時間外手当の固定給の意義を有するものとされているから、これを時間外労働割増賃金及び深夜労働割増賃金算出の基礎となる被告敬光の「通常の労働時間又は労働日の賃金」に加算すると、時間外労働に対して重複した手当が支給されることになるから、性質上、労働基準法三七条一項にいう「通常の労働時間又は労働日の賃金」に含まれないものと解するのが相当である。同条四項及び労働基準法施行規則二一条は、割増賃金の基礎となる賃金に算入しない賃金を定めており、これらの規定は除外すべき賃金を制限列挙したものと解するのが一般であるが、労働基準法三七条一項は、使用者に割増賃金の支払義務を課し、その算定方法を定めているのであるから、同条四項及び労働基準法施行規則二一条に規定されていない賃金であっても、当該賃金が割増賃金の固定給の性質を有するのであれば、これを割増賃金の基礎となる賃金に算入しないことは、労働基準法三七条一項自体が当然の前提にしているものと解するのが相当である。

(二) 平成六年一月分

(証拠略)、被告(反訴原告)上野敬光本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

被告敬光は、勤務時間中は契約書の作成、電話の応対、顧客回りをし、夕方帰社してから書類等の整理をしていた。そのほか、被告敬光は、原告から、命じられたとおり、スタッフフォロー業務を遂行し、毎週木曜日午後五時三〇分から行われるミーティングに参加していた。

右認定に照らして考えると、被告敬光が出勤してから勤務時間が開始するまでの間については、最大で十数分程度にとどまるから、被告敬光は、勤務の開始前に態勢を整えていただけであると解するのが合理的であり、被告敬光がこの間にまで原告の指揮監督下において労務を遂行したものと推認することはできないが、勤務時間終了後退社するまでの間の時間については、特段の反証もないから、被告敬光が原告の指揮監督下において労務を遂行したものと推認することができる。

そうすると、被告敬光の時間外労働は一四時間二三分となり、深夜労働は五二分となるが、一〇分未満はこれを四捨五入することとすると、被告敬光の時間外労働は一四時間二〇分となり、深夜労働は五〇分となる。前記のとおり、時間外労働の単価は一七〇〇円であり、深夜労働の単価は二〇四〇円であるから、時間外労働の割増賃金は二万四三六七円(円未満四捨五入)となり、深夜労働の割増賃金は一七〇〇円となる。

(三) 平成六年二月分

(二)と同様に被告敬光の時間外労働及び深夜労働を算出すると、それぞれ被告敬光の主張する三三時間二〇分及び五五分を下回らない。前記のとおり、時間外労働の単価は一七〇〇円であり、深夜労働の単価は二〇四〇円であるから、時間外労働の割増賃金は五万六六六七円(円未満四捨五入)となり、深夜労働の割増賃金は一八七〇円となる。

(四) 平成六年三月分

一〇分未満は四捨五入して勤務時間開始までに三〇分以上ある日は、その時間を労働時間に算入することとし、(二)と同様に被告敬光の時間外労働及び深夜労働を算出し、これから時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計六時間を控除すると、それぞれ被告敬光の主張する三九時間三〇分及び一時間を下回らない。前記のとおり、時間外労働の単価は一七〇〇円であり、深夜労働の単価は二〇四〇円であるから、時間外労働の割増賃金は六万七一五〇円となり、深夜労働の割増賃金は二〇四〇円となる。

(五) 平成六年四月分

(二)と同様に被告敬光の時間外労働及び深夜労働を算出し、これから時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計四時間三〇分を控除すると、それぞれ被告敬光の主張する二七時間二〇分及び五〇分を下回らない。前記のとおり、時間外労働単価は一七四五円であり、深夜労働単価は二〇九四円であるから、時間外労働の割増賃金は四万七六九七円(円未満四捨五入)となり、深夜労働の割増賃金は一七四五円となる。

(六) 平成六年五月分

(二)と同様に被告敬光の時間外労働及び深夜労働を算出し、これから時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計三時間三〇分を控除すると、時間外労働については被告敬光の主張する三四時間二五分を下回らず、深夜労働については三〇分となる。前記のとおり、時間外労働単価は一七四五円であり、深夜労働単価は二〇九四円であるから、時間外労働の割増賃金は六万〇七八四円(円未満四捨五入)となり、深夜労働の割増賃金は一〇四七円となる。

(七) 平成六年六月分

(二)と同様に被告敬光の時間外労働及び深夜労働を算出し、これから時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計七時間を控除すると、時間外労働については二八時間一〇分となり、深夜労働については被告敬光の主張する一五分を下回らない。前記のとおり、時間外労働単価は一七四五円であり、深夜労働単価は二〇九四円であるから、時間外労働の割増賃金は四万九一五一円(円未満四捨五入)となり、深夜労働の割増賃金は五二四円となる。

(八) 平成六年七月分

(二)と同様に被告敬光の時間外労働及び深夜労働を算出し、これから時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計六時間を控除すると、時間外労働については被告敬光の主張する二六時間五五分を下回らず、深夜労働については三〇分となる。前記のとおり、時間外労働単価は一七四五円であり、深夜労働単価は二〇九四円であるから、時間外労働の割増賃金は四万六九七〇円(円未満四捨五入)となり、深夜労働の割増賃金は一〇四七円となる。

(九) 平成六年八月分

(二)と同様に被告敬光の時間外労働及び深夜労働を算出し、これから時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計五時間三〇分を控除すると、それぞれ被告敬光の主張する二九時間三〇分及び五分を下回らない。前記のとおり、時間外労働単価は一七四五円であり、深夜労働単価は二〇九四円であるから、時間外労働の割増賃金は五万一四七八円(円未満四捨五入)となり、深夜労働の割増賃金は一七五円(円未満四捨五入)となる。

(一〇) 平成六年九月分

一〇分未満は四捨五入して勤務時間開始までに三〇分以上ある日は、その時間を労働時間に算入することとし、(二)と同様に被告敬光の時間外労働及び深夜労働を算出し、これから時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計三時間三〇分を控除すると、それぞれ被告敬光の主張する三二時間一五分及び五分を下回らない。前記のとおり、時間外労働単価は一七四五円であり、深夜労働単価は二〇九四円であるから、時間外労働の割増賃金は五万六二七六円(円未満四捨五入)となり、深夜労働の割増賃金は一七五円(円未満四捨五入)となる。

後記の時効の援用との関係で平成六年九月四日以降の分に限って算出しても、右に変更はない。

(一一) 平成六年一〇月分

(二)と同様に被告敬光の時間外労働を算出し、これから時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間一時間を控除すると、被告敬光の主張する二〇時間三五分を下回らない。前記のとおり、時間外労働単価は一七四五円であるから、時間外労働の割増賃金は三万五九一八円(円未満四捨五入)となる。

(一二) 平成六年一一月分

一〇分未満は四捨五入して勤務時間開始までに三〇分以上ある日は、その時間を労働時間に算入することとし、(二)と同様に被告敬光の時間外労働を算出し、これから時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間一時間を控除すると、被告敬光の主張する一五時間一〇分を下回らない。前記のとおり、時間外労働単価は一七四五円であるから、時間外労働の割増賃金は二万六四六六円(円未満四捨五入)となる。

(一三) 平成六年一二月分

一〇分未満は四捨五入して勤務時間開始までに三〇分以上ある日は、その時間を労働時間に算入することとし、(二)と同様に被告敬光の時間外労働を算出し、これから時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間一時間を控除すると、被告敬光の主張する二〇時間三〇分を下回らない。前記のとおり、時間外労働単価は一七四五円であるから、時間外労働の割増賃金は三万五七七三円(円未満四捨五入)となる。

(一四) 平成七年一月分

一〇分未満は四捨五入して勤務時間開始までに三〇分以上ある日は、その時間を労働時間に算入することとし、(二)と同様に被告敬光の時間外労働及び深夜労働を算出し、これから時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間三〇分を控除すると、時間外労働は被告敬光の主張する一七時間五〇分を下回らず、深夜労働は五〇分である。前記のとおり、時間外労働単価は一七四五円であり、深夜労働単価は二〇九四円であるから、時間外労働の割増賃金は三万一一一九円(円未満四捨五入)となり、深夜労働の割増賃金は一四五四円(円未満四捨五入)となる。

2  営業手当の支払を理由とする弁済の抗弁について

(一) (証拠・人証略)によれば、次の事実を認めることができる。

スタッフフォロー業務とは、原告に派遣労働者として登録されている者(スタッフ)の中から、派遣先に派遣することができる労働者を選択するために、スケジュール管理、教育、指導、コミュニケーション、希望や技能の確認等を行う業務であり、スタッフ管理を目的とする業務である。原告では、営業職の従業員等が週一回三時間の割合で行っていた。

この業務は、スタッフに電話で連絡を取る必要があることから、原告は、午後六時以降に行うこととし、残業手当を支払っていたが、残業手当の支払を受けながらスタッフフォロー業務を十分遂行していない実情があったことが判明したことから、原告は、平成四年一一月以降取扱いを変更し、従来の残業手当の平均支給額に従来の営業手当を加算した額を営業手当として支給することとし、残業手当を支給することを取り止めた。しかし、営業手当の額は、固定的な額ではなく、三箇月ごとに評価をしてその額を決定することとした。原告は、平成五年三月以降、スタッフフォロー業務を週一回二時間(月合計八時間)に軽減した。

原告は、右のとおりに取り扱いを変更し、これに沿って営業手当を支給しつつ、スタッフフォロー業務遂行に対する残業手当は支給しなかったが、就業規則上は、「営業は、会議及びスタッフフォロー業務のみを時間外労働割増賃金の対象とする。」、営業手当は、「営業担当者の営業業務に対して、その職務能力に応じて支給する。この場合、時間外手当は支給しない。」と規定されており、平成六年一二月一日以降、試用期間中も営業手当を支給することとし、就業規則をその旨変更した際も、右規定は改めなかった。

(人証略)の供述中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく採用することができず、他に右認定に反する証拠はない。

(二) 右認定によれば、原告の就業規則は、スタッフフォロー業務を時間外労働割増賃金の対象とする旨規定しており、従前はこの規定に従ってスタッフフォロー業務に対する時間外手当が支給されていたが、原告は、平成四年一一月以降は、就業規則の右規定にかかわらず、運用上、スタッフフォロー業務に対する時間外手当を含めて営業手当を支給する取り扱いに変更したこと、しかし、原告は、就業規則の右規定を改めなかったので、右の取り扱いは、就業規則の右規定に反するものであったこと、以上の点が明らかである。

スタッフフォロー業務に対する時間外手当を支給するか、それともこれを支給せず、スタッフフォロー業務に対する時間外手当を含めて営業手当を支給するかは、労働条件に当たるというべきである。

原告は、スタッフフォロー業務に対する時間外手当を含めて営業手当を支給することとした取扱いの法的根拠を明確に主張しないが、仮に、労働契約によってその旨定められていることを主張する趣旨であると解するとして、(証拠略)の各記載並びに(人証略)の証言中には、原告が従業員との間でその旨の合意をしており、被告敬光との間でもその旨の合意をしたと受け取れる部分があるが、(証拠略)及び被告(反訴原告)上野敬光本人の尋問の結果に照らし、たやすく採用することができず、他に原告と被告敬光との間でその旨の合意がされたことを認めるに足りる証拠はない。

のみならず、仮に、原告と被告敬光との間の合意で前記の取扱いをする旨定められていたとしても、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効であり、無効となった部分は就業規則で定める基準による(労働基準法九三条)から、原告と被告敬光との間の右の合意は無効であり、スタッフフォロー業務に対しては、就業規則に従って時間外手当が支払われなければならないというべきである。なお、書面によらないで就業規則の内容を変更することはできないものと解するのが相当である。

(三) 他方、原告の就業規則は、営業担当者の営業業務に対して、その職務能力に応じて営業手当を支給することとし、時間外手当は支給しないことと規定しており、(証拠略)によれば、賃金規程は、その額につき三万円から五万円までの範囲を定めていることが認められるから、原告が就業規則に基づき支払うべき営業手当は、営業職という職種に対する手当であり、営業の特質に即した時間外割増賃金の固定給の意義を有するものであるということができる。

もっとも、(証拠略)及び(人証略)によれば、原告は、営業手当につき、これを営業職という職種に対する手当として位置付けている就業規則の規定にかかわらず、運用上、三箇月ごとに実際の売上げを中心とした営業成績の評価を行い、この評価に基づいて営業手当の額を決定することとしているため、実際に支給される営業手当の額は原告の右査定に応じて変動するものとなっており、賃金規程が三万円から五万円までの範囲内で支給することと定めていることに反する運用がされていることが認められるが、このような運用は、就業規則に基づかないものであるから、右査定の結果、労働者が就業規則の定める営業手当の最下限である月三万円を下回る額を決定され、支給されたときは、労働基準法九三条により、原告に対し、月三万円の額との差額の支払を請求できるものと解するのが相当である。

労働基準法三七条の趣旨に照らすと、支払われた営業手当の額が同条に基づき算出する時間外割増賃金の額を上回るときは、営業手当の支払をもって同条に基づく時間外割増賃金の支払に代えたものということができるが、支払われた営業手当の額が同条に基づき算出する時間外割増賃金の額を下回るときは、原告は、その差額の支払義務を免れないものと解するのが相当である。

原告が被告敬光に対して支払った営業手当は、平成六年四月から同年七月までの間毎月四万円であり、同年八月から平成七年一月までの間毎月三万円であるから、これを控除すべきである。

3  時間外手当の弁済の抗弁について

(一) (証拠略)によれば、原告が被告敬光に対し、所定時間外割増賃金を支払った事実が認められるが、前記のとおり被告敬光の時間外労働時間を算出する際には、右所定時間外割増賃金支払の根拠となったミーティング参加に伴う時間外労働時間を控除しているから、ここで再度支払済みの所定時間外割増賃金を控除する理由はない。

(二) (証拠略)及び(人証略)によれば、原告が被告敬光に対し、平成七年七月二六日時間外手当として七一〇五円を支払ったことが認められるから、平成六年一月分から同年三月分までのうちから同額を控除すべきである。

4  時効の抗弁について

(一) 被告敬光が反訴を提起して時間外労働手当を請求したのは、平成八年九月四日であり、原告が、平成九年一〇月三日の本件口頭弁論期日において、右時効を援用する旨の意思表示をしたことは当裁判所に顕著である。

(二) (証拠略)によれば、被告敬光が、平成七年一〇月一二日ころ、中央労働基準監督署長に対し、原告の時間外労働手当の未払について指導、勧告等を求めたことが認められるが、これをもって民法一四九条の裁判上の請求に当たるということはできない。また、被告敬光が裁判上の請求に及んだのは、反訴を提起して時間外労働手当を請求した平成八年九月四日であって、被告敬光が右のとおり中央労働基準監督署長に対し、原告の時間外労働手当の未払について指導、勧告等を求めた時から六箇月を経過した後であるから、被告敬光の時効の中断を理由とする再抗弁は理由がない。

また、被告敬光の主張事実だけをもって原告の時効の援用が信義則に反して許されないというに足りない。

再抗弁は理由がない。

五  被告芽来未の請求について

被告芽来未は、原告に対し、平成七年三月二五日、四月六日、同月一二日、同月二七日、五月一日、同月一〇日、同月一三日、同月二六日及び同月二七日につき年次有給休暇を請求したと主張するが、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、被告芽来未が事前に年次有給休暇の請求をしなかったことが認められるから、この事実に照らして考えると、原告が年次有給休暇として承認しなかった措置に違法はなく、これが不法行為に当たるということはできない。また、原告が、被告芽来未が事前に請求しても認めない方針であったこと、被告芽来未に対し年次有給休暇の申請用紙を全く交付していなかったことを理由に、不法行為による損害賠償責任を負うということもできない。

六  結論

1  本訴については一で述べたとおりである。

2  反訴については、被告敬光の請求のうち、時間外労働割増賃金三万九〇八六円、深夜労働割増賃金一六二九円及びこれらに対する反訴状送達の日の翌日である平成八年九月一〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、並びに労働基準法一一四条に基づき、右各同額の付加金合計金四万〇七一五円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

被告芽来未の請求は理由がない。

3  仮執行の宣言の申立てについてはその必要がないものと認めて却下する。

(裁判官 髙世三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例