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東京地方裁判所 平成8年(ワ)633号 判決 1998年3月23日

原告

有限会社幸恵商事

右代表者取締役

福山萬里子

右訴訟代理人弁護士

赤澤俊一

榎本峰夫

被告

三菱地所株式会社

(以下「被告三菱地所」という。)

右代表者代表取締役

福澤武

被告

三菱地所住宅販売株式会社

(以下「被告三菱地所住販」という。)

右代表者代表取締役

馬場米一郎

右両名訴訟代理人弁護士

豊泉貫太郎

岡野谷知広

外二名

右訴訟復代理人弁護士

木屋善範

主文

一  被告らは、原告に対し、各自、金五〇〇二万二一三一円及びこれに対する平成一〇年一月一日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、福山達雄(以下「福山」という。)が、昭和四九年三月二六日、アパート及び車庫の賃貸管理のために設立した有限会社である。

被告三菱地所は、不動産賃貸、販売、設計監理、請負等を目的とする株式会社である。被告三菱地所住販は、被告三菱地所の一〇〇パーセント子会社であり、不動産の所有、管理、賃借等を目的としている。

福山は、渋谷区恵比寿西二丁目一一番一四に宅地273.38平方メートル、一一番二一に宅地98.18平方メートル合計371.56平方メートル(以下「本件土地」という。)を所有している。

2  被告三菱地所パートナー事業部担当者八木橋、荒畑は、平成三年三月五日、福山に対し、本件土地を有効利用して、長期的に安定した収入を得ることを目的とした、以下のような内容の、事業受託方式(サブリース方式)に基づく住宅併設賃貸用事務所ビル(以下「本件建物」という。)建設土地利用計画(甲一号証)を申し入れた(以下これを「本件事業」又は「サブリース」という。)。

(一) 概要

被告三菱地所が、長年に亘る賃貸事業経営による豊富な経験と技術を生かし、事業の企画から資金の調達、建物の建築、賃貸・管理まで、顧客の希望に合わせて引き受けるシステム。これにより、土地の所有者は、専門的な知識を必要とせず、また煩雑な業務を行うことなく、長期的に安定した収入を得ていくことができる。

(二) 事業の方法(事業受託方式について)

事業受託方式とは、被告三菱地所が、土地の所有者から、建物の建築に関する調査、事業の企画、建築工事に伴う各種の手続(測量、建物の設計、官庁折衝、近隣交渉、建築確認申請等)、工事の現場監理、完成後の入居者の保証・管理などの全ての業務を一括して請け負う業務方式である。

顧客が被告三菱地所の提出した企画内容を了解し、計画が具体化して建築確認が下付された時、顧客は被告三菱地所と業務請負契約を締結して、被告三菱地所の受託する業務範囲を確定する。

工事施工担当会社は、土地の所有者が、原則として被告三菱地所の推薦する会社の中から決定する。入居者の保証・管理は、被告三菱地所の一〇〇パーセント子会社又は被告三菱地所の推薦する会社が担当する。

入居者の保証に際し、今回提示する賃料は最低保証条件であり、完成時期等の計画決定に伴い、再検討する。また、実際にテナントを募集する際の募集賃料は、最低保証賃料にかかわらず、募集時のマーケットプライスを基に、協議の上決定する。被告三菱地所が、事業費の確定と長期事業収支の検討を提案する。

(三) 転貸事業の流れ

(1) 基本協定書締結(最低保証賃料について合意)

(2) 業務請負契約締結

(3) 賃貸借予約契約締結(予め合意した最低保証賃料条件で締結)

(4) テナント募集条件の決定(最低保証賃料にかかわらず協議する)

(5) 賃貸借契約締結

(6) 建物竣工後三か月後から、空室がある場合は保証賃料を支払開始。

(7) 保証期間は、一〇年から一五年とする。

(四) 賃貸計画(想定)

完成した本件建物については、被告三菱地所の一〇〇パーセント子会社あるいは被告三菱地所の推定する会社が、一括借り上げの上転貸する。テナントを募集したにもかかわらず、空室が発生した場合(建物竣工後三か月間は猶予される)、次のとおり最低保証賃料を支払う。

賃貸対象  建物の地下一階から四階部分の事務所

賃貸料   月額一坪当たり二万三〇〇〇円

保証金   一坪当たり四五万円

賃料上昇率 五パーセント―二年毎と想定

3  原告は、右申入れを応諾し、平成三年五月二一日、被告三菱地所との間で、基本協定を締結した。

本件事業においては、長期的に安定した収入を得ることが最大の眼目であり、原告が本件事業を決断するに当たっても、長期的に安定した収入が得られるかどうかが最重要要素となった。被告三菱地所の提示した事業収支計算では、二年ごとに賃料が五パーセントずつ上昇することが予定されているが、このような賃料の上昇は、景気の情勢により確定的に捉えられないとしても、最低限度どの程度の賃料が保証されるか確定していなければ、原告としても最悪の場合の将来の収支見通しが立てられないことになる。したがって、安心して本件事業を進めるため、最低賃料が保証され、その合意がされることは当然必要であった。被告三菱地所は、最低保証賃料の合意が基本協定及び賃貸借契約締結の前提となる旨を土地利用計画書(甲一号証)に明記し、また、被告三菱地所担当者宮崎(以下「宮崎」という。)もその旨原告に説明していたものであって、原告は、そのような理解の下に基本協定書及び後記のとおり賃貸借予約契約書、賃貸借契約書に調印した。このように、原告は、基本協定締結の前提として、被告三菱地所との間で、被告三菱地所が賃貸借契約において当事者となるところの被告三菱地所の一〇〇パーセント子会社あるいは被告三菱地所の推薦する会社に対しても最低賃料を保証させることを含めて、最低賃料額を保証する旨の合意をした。したがって、その後、賃貸借契約の担当会社として契約を締結した被告三菱地所住販は、被告三菱地所が約束した最低保証賃料の存在を前提として賃貸借契約の予約及び賃貸借契約を締結しているものである。ただし、最低保証賃料の額については、原告は、被告三菱地所の提示した月額一坪当たり二万四五〇〇円以上の金額を要求したため、当初、額についてのみ合意に至っていなかったが、被告三菱地所が二万五〇〇〇円を提示してきたので、平成三年一〇月一七日、月額一坪当たり二万五〇〇〇円とすることで金額についても合意した。

原告は、平成四年四月二七日、被告三菱地所との間で、代金六億二〇〇〇万円で業務請負契約を締結した。また、原告は、同日、被告三菱地所の一〇〇パーセント子会社である被告三菱地所住販との間で、最低保証賃料を月額一坪当たり二万五〇〇〇円とする賃貸借予約契約を締結した。右予約契約書添付の賃貸借契約書案三条二項には、賃料の改定は二年毎とし、改定額は賃借人の転貸料の一〇〇分の九〇を基本とし経済事情等諸般の情勢を考慮して協議の上決定するとの条項が存在する。

4  ところが、宮崎は、平成五年四月九日、原告に対し、バブル経済の崩壊に伴う貸ビル市況の悪化により、最低保証賃料月額一坪当たり二万五〇〇〇円では保証することが難しくなったので、二万二〇〇〇円へ減額してくれないかと申し入れた。原告は、本件建物竣工直前の減額要請及び賃貸借契約書案三条二項の表現に不満であったが、宮崎が、「二万二〇〇〇円は最低保証賃料であり、今後、この額を下回ることは絶対にあり得ない。最低保証賃料は必ず守る。賃貸借契約書案三条二項は転貸料が二万四四〇〇円(原告への支払額が二万二〇〇〇円)を超えた場合に、最低保証賃料を最低限度として、それを超える範囲で増額又は減額するという規定である」旨確約したので、やむなく、被告三菱地所との間で、最低保証賃料額を月額一坪当たり二万二〇〇〇円に変更する旨合意するとともに、同月一九日、被告三菱地所住販との間で、最低保証賃料月額一坪当たり二万二〇〇〇円、賃料月額四八一万七二二二円、期間平成五年四月二一日から同一五年七月三一日までの約定で、賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した。右契約書三条二項には、賃貸借予約契約書添付の賃貸借契約書案と同様の賃料改定条項が存在する。

福山は、平成五年四月一六日、本件土地建物を担保として、三井信託銀行により五億三九〇〇万円を借り入れて本件建物の工事代金などを支払った。

本件建物は、同月二一日、竣工した。

5  しかし、被告三菱地所住販は、平成七年七月三一日、原告に対し、賃貸借契約三条二項に基づき、平成七年八月一日から月額四八一万七二二二円の賃料を月額三一五万二五九二円(転貸賃料の九〇パーセント相当額)に減額させてほしい旨申し入れてきた。原告は、本件賃貸借契約は、被告三菱地所による事業受託方式により成立したもので、月額最低四八一万七二二二円の賃料が保証されているので、減額には応じられないと拒否したが、被告三菱地所住販は、同年八月から、毎月一六六万四六三〇円を支払わない。

原告の、三井信託銀行からの借入残高は、平成七年一二月現在四億五五四六万一三四一円である。

6  よって、原告は、被告三菱地所に対しては、事業受託契約における最低保証賃料の合意に基づき、被告三菱地所住販に対しては、賃貸借契約に基づき、連帯して、未払賃料額に消費税を加えた五〇〇二万二一三一円(平成七年八月分から同九年三月分までの、月額一六六万四六三〇円に三パーセントの消費税を加えた合計三四二九万一三七八円と、平成九年四月分から同年一二月分までの、月額一六六万四六三〇円に五パーセントの消費税を加えた合計一五七三万〇七五三円を合算したもの)及び最終の支払日である平成九年一二月三一日の翌日である同一〇年一月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否反論

1  請求原因1のうち、原告の成立日、設立経緯は知らないが、その余は認める。

同2は認める。

同3のうち、平成三年五月二一日に基本協定が、平成四年四月二七日に業務請負契約及び賃貸借予約契約が原告主張のとおりそれぞれ締結されたことは認めるが、原告と被告らとの間において最低保証賃料の合意があったとする点は否認する。

同4のうち、平成五年四月一九日に賃貸借契約が原告主張のとおり締結されたこと、右契約書三条二項の文言及び本件建物が竣工したことは認め、福山が借入をしたことは知らない。右賃貸借契約及び賃料の確定交渉において、最低保証賃料の合意ないし確約をしたとする点は否認する。

同5は認め、原告の借入残高については知らない。

2  被告三菱地所が、原告に負った債務は、業務請負契約上の①建物建築業務と②被告三菱地所の推薦する会社との間で賃貸借契約を締結させる業務の二つであり、被告三菱地所は、建物を完成させ、原告と被告三菱地所住販との間に賃貸借契約を締結させることにより、これらを完全に履行して、契約は終了している。その後は、被告三菱地所住販が、賃借人として、賃貸借契約上の義務を負うにすぎない。被告三菱地所は、賃借人ではないので、賃料の合意をなしえない。

三  抗弁―賃料減額請求権

1  被告三菱地所住販は、平成七年七月三一日、原告に対し、同年八月一日から賃料を月額三一五万二五九二円(一坪当たり一万四四〇〇円)に減額する旨請求した。

2  本件賃料は、平成五年四月一九日、四八一万七二二二円(一坪当たり二万二〇〇〇円)と定められたが、バブル経済の崩壊により、不動産市況が低迷して事務所用ビルの賃料も大幅に下落した。

東京ビジネス地区において、平成五年当時の新築建物の平均賃料は一坪当たり三万六七〇七円であったが、平成七年当時の既存建物の平均賃料は一坪当たり二万三五五七円であり、約三六パーセント下落した。

また、本件建物は、基準階賃借面積が、203.57平方メートル(約六二坪)であることから既存中型ビルであるところ、平成七年当時の渋谷区恵比寿・広尾地区の既存中型ビルの賃料相場は、三鬼商事株式会社発行のミキオフィスレポート・トウキョウによると、一坪当たり一万五五〇〇円、平成八年七月から一二月までの間の恵比寿エリアの中型ビル募集表示賃料は、三幸エステート株式会社発行のオフィスレントデータによると、一坪当たり一万四八〇〇円となっていた。本件建物の賃料は、近傍同種の建物の賃料と比較すると、平成七年には約四二パーセント、平成八年には約四八パーセントの割高になっていた。

四  抗弁に対する認否反論

1  抗弁1は認め、同2は知らない。

2  原告と被告三菱地所間のサブリースは、事業の企画に始まり最終の賃貸借の管理までの全てが被告三菱地所に委託されているので、委任若しくは準委任、請負、賃貸借類似の契約又はこれらの混合契約であり、建物賃貸借事業の委託部分について借地借家法の適用はない。

サブリースにおける最低保証賃料の合意は、サブリースの本質そのものであり、通常の建物賃貸借契約における賃料の不減額の合意とは本質を異にする。したがって、最低保証賃料額の変更が許容されるのは、事情変更の原則の要件に該当する場合に限られると解すべきである。

五  再抗弁

仮に同法の適用があるとしても、被告らは、不動産専門業者としての経験と予測をもって、約一〇年の契約期間における最低賃料を保証したのであり、他方、原告は、最低保証賃料を前提に事業収支の見通しを立て、銀行から多額の借入をし、サブリース契約を締結したのであるから、被告三菱地所住販が減額請求をすることは、信義則に違反し、又は権利の濫用である。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁は否認する。

第三  証拠

本件記録中の証拠関係目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因について

1  次の事実は、当事者間に争いがない。

(一)  福山は、本件土地を所有している。

(二)  被告三菱地所パートナー事業部担当者八木橋、荒畑は、平成三年三月五日、福山に対し、本件土地を有効利用して長期的に安定した収入を得ることを目的とした、請求原因2の(一)ないし(四)記載の内容を有する事業受託方式(サブリース方式)に基づく本件建物建設土地利用計画を提示した。

(三)  原告は、平成三年五月二一日、被告三菱地所との間で、基本協定を締結した。

(四)  原告は、平成四年四月二七日、被告三菱地所との間で、代金六億二〇〇〇万円で業務請負契約を締結した。

(五)  原告は、右同日、被告三菱地所住販との間で、本件建物につき賃貸借予約契約を締結した。

(六)  原告は、平成五年四月一九日、被告三菱地所住販との間で、本件建物の一階ないし四階合計723.85平方メートルにつき賃料月額四八一万七二二二円(一坪当たり二万二〇〇〇円)、期間平成五年四月二一日から平成一五年七月三一日までの約定で賃貸借契約を締結した。右契約書三条二項には、「賃料の改定は第一回目は平成七年八月一日とし、以後二年毎に行うものとする。改定額は被告三菱地所住販の転貸料の一〇〇分の九〇を基本とし経済事情等諸般の情勢を考慮して原告と被告三菱地所住販協議のうえ決定するものとする。」との条項がある。

(七)  本件建物は、平成五年四月二一日竣工した。

2  当事者間に争いがない事実及び証拠(甲一ないし五号証、八ないし一二号証、一三号証の一ないし五、一四、一五号証、乙八号証、証人福山達雄)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証人宇野治の証言は前掲各証拠に照らし、たやすく信用できないし、他に右認定を左右する証拠はない。

(一)  福山は、平成二年ころからその所有する本件土地に事業用ビルを建設する計画を持ち、被告三菱地所を含む数社に検討を依頼した。被告三菱地所パートナー事業部の担当者である八木橋、荒畑は、平成三年三月五日、福山に対し、本件建物建設土地利用計画書(甲一号証)を提示して右計画について説明した。

右計画は、「パートナー」と称される事業受託方式に基づく被告三菱地所の土地有効利用システムであり、被告三菱地所が事業の企画から資金の調達、建物の建築、賃貸・管理業務まですべてを引き受けるシステムである。そして、建物の賃貸事業については、長期的に安定した収入を得ることが最大のポイントとされ、被告三菱地所の長年に亘る賃貸事業経営による豊富な経験と技術を生かしたこのシステムにより、土地の所有者は専門的な知識を必要とせず、また煩雑な業務を行うことなく長期的に安定した収入を得ていくことができるとされている。被告三菱地所の提示した計画の内容は、次のとおりである。

(1) 事業の方法(事業受託方式について)

① 建物に関する業務として調査・企画に始まり、官庁折衝、近隣交渉、建物設計・工事の現場監理、完成後の入居者の保証、管理まですべてを引き受ける。

② 企画内容を了解し、更に計画が具体化した際(建築確認が下付された時)に業務請負契約を締結する。

③ 建築する建物は原告の所有であり、建築確認申請も原告名で行う。

④ 工事施工担当会社は、原則として被告三菱地所の推薦する会社の中から原告が決定する。

⑤ 入居者の保証・管理は被告三菱地所の一〇〇パーセント子会社又は同被告の推薦する会社が担当する。

⑥ 入居者の保証に際し、今回提示する賃料は最低保証条件であり、完成時期等の計画決定に伴い、再検討する。実際にテナントを募集する際の募集賃料は最低保証賃料にかかわらず、募集時のマーケットプライスを基に協議する。

⑦ 被告三菱地所が、事業費の確定と長期事業収支の検討も提案し、安定確実な事業収支を作成する。

(2) 転貸事業について

① 基本協定書締結時に、最低保証賃料について合意する。

② 賃貸借予約契約は、あらかじめ合意した最低保証賃料条件で締結する。

③ 最低保証賃料にかかわらず、テナント募集条件を協議、決定する。

④ 竣工後三か月間は空室保証が猶予される。三か月目から、空室がある場合は、保証賃料の支払を開始する。

⑤ 一〇年から一五年を保証期間とする。

(3) 資金計画

所要資金は、本件建物の建築費六億三九〇〇万、税金等二一〇〇万合計六億六〇〇〇万、これを銀行借入金五億六〇〇〇万と保証金約一億で調達し、銀行借入金の返済原資は賃料収入のみとなっている。

(4) 事業収支計画

収入となる賃料は、最低保証賃料額からスタートし、以後二年毎に五パーセントの上昇を見込んで立案されている。つまり、最低保証賃料額が最低限確保されることが本件事業のキーポイントとなっており、これが崩れると、事業収支自体が成り立たない。

(5) 事業内容―賃貸計画

被告三菱地所の一〇〇パーセント子会社又は同被告の推薦する会社が本件建物を一括して借り受けた上、転貸する。空室が発生した場合は、建物竣工後三か月から次の最低保証賃料を支払う。

賃貸対象  地下一階ないし四階部分の事務所

賃貸料   月額一坪当たり二万三〇〇〇円

賃料上昇率 二年毎に五パーセントと想定

(二)  福山は、最低保証賃料が二万三〇〇〇円とされている点が不満であったため、八木橋に増額を要求したところ、八木橋は二万四五〇〇円なら確約できる旨返答した。福山は、右額になお不満であったが、その余の計画内容については満足した。その後、被告三菱地所は、最低保証賃料を二万四五〇〇円に変更した土地利用計画書(甲八号証)を提示した。また、福山は、昭和四九年にアパート及び車庫の賃貸管理のために原告を設立していたところ、原告名義で本件建物を建築することとしたため、被告三菱地所はその旨変更した土地利用計画書(甲九号証)を提示した。右各計画書にも、賃料が二年ごとに五パーセント上昇することを前提にした事業収支計算表が添付されている。

原告は、平成三年五月二一日、被告三菱地所との間で基本協定(甲二号証)を締結したが、最低保証賃料額については、協定書において、「賃貸条件は建物着工までに概略決定する」と記載され、交渉が継続されることになった。

(三)  被告三菱地所は、地下階を設けないことに設計変更した平成三年七月四日付けの土地利用計画書(甲一〇号証)を福山に提示したが、ここにおいても、賃貸条件の項目の中に、最低保証賃料二万四五〇〇円との記載があり、賃料が二年ごとに五パーセント上昇することを前提にした事業収支計算表が添付されている。

宮崎は、平成三年一〇月一七日、福山に対し、最低保証賃料を二万五〇〇〇円とした土地利用計画書(甲一一号証)を提示した。ここには、賃貸条件として、一〇〇パーセント子会社である三菱地所住販にて一括借り上げ保証する、最低保証賃料(転貸賃料の九〇パーセント)、賃貸対象一階ないし四階の事務所、賃貸料月額一坪当たり二万五〇〇〇円、賃料は二年毎五パーセント上昇を想定との記載があるほか、当初二年間の保証賃料が転貸賃料の九〇パーセントを上回った場合は、初回の賃料改定額の配分について被告三菱地所住販と協議する旨の条項が付け加わった。ただし、事業収支計算表は、今までと同様、賃料が二年毎に五パーセント上昇する前提で計算されている。

被告三菱地所の提示した平成四年三月一八日付けの土地利用計画書(甲一二号証)では、甲一一号証と比較すると、「最低保証賃料(転貸賃料の九〇パーセント)」の文言がなくなり、「賃貸料月額一坪当たり二万五〇〇〇円」との記載のみとなった。

(四)  原告は、平成四年四月二七日、被告三菱地所との間で、代金六億二〇〇〇万円で業務請負契約(甲三号証)を締結した。また、原告は、同日、被告三菱地所住販との間で、賃料月額五四七万四四七八円(一坪当たり二万五〇〇〇円)とする賃貸借予約契約(甲四号証)を締結した。右賃貸借予約契約書添付の賃貸借契約書案三条二項には、賃料の改定は二年毎とし、改定額は、賃借人の転貸料の一〇〇分の九〇を基本とし、経済事情等諸般の情勢を考慮して協議の上決定する旨の条項がある。

(五)  宮崎は、平成五年四月九日、被告三菱地所住販担当者渡辺、阿部とともに福山宅を訪問し、福山に対し、不動産業界の不況から、最低保証賃料の二万五〇〇〇円は保証できないので、二万二〇〇〇円へ減額することを申し入れ、二万二〇〇〇円で事業収支を計算した事業収支計算表(甲一五号証)を提示した。これによれば、賃料収入及び借入金返済等の支出額の推移は、別紙のとおりであるが、賃料収入は、これまでと同様、最低保証賃料額からスタートし、以後二年毎に五パーセントの上昇を想定している。

宮崎は、最低保証賃料額の減額により、銀行からの借入金の弁済原資も少なくなることから、六億二〇〇〇万円で合意していた請負代金を五億七〇〇〇万円に減額したが、最低保証賃料を二万五〇〇〇円から二万二〇〇〇円に変更することについての福山の同意は得られなかった。

(六)  そこで、宮崎は、平成五年四月一二日、再度福山宅を訪問した。福山は、賃料改定について、前回の賃料を上回ることという条項を入れてほしいと要請したが、宮崎は、このような不況下ではそれを保証することはできないが、最低保証二万二〇〇〇円は確保するので了承してほしい、賃貸借契約書案三条二項の改定条項は、賃料アップが前提で、二万二〇〇〇円以下になることはあり得ない、二度値下げはお願いしないなどと言った。福山は、建物竣工直前の減額要請及び賃貸借契約書案中の改定条項に不満を抱いたが、最低賃料が保証されることは、それまでの二年にわたる被告三菱地所との協議の当然の前提だったので、それ以上明文の規定を入れることを要求せず、最低保証賃料額の減額を了承した。

(七)  福山は、平成五年四月一六日、三井信託銀行により五億三九〇〇万円を借り入れて本件建物の工事代金を支払い、被告三菱地所住販から受領する毎月の賃料により右銀行に分割返済している。

(八)  原告は、平成五年四月一九日、被告三菱地所住販との間で、宮崎立会いの下、本件建物の一階ないし四階合計723.85平方メートルにつき、最低保証賃料月額一坪当たり二万二〇〇〇円、賃料月額四八一万七二二二円、期間平成五年四月二一日から平成一五年七月三一日までの約定で本件賃貸借契約を締結した。この契約書三条二項には、賃貸借予約契約書添付の賃貸借契約書案三条二項と同じ賃料の改定条項が存在する。

同月二一日、本件建物が竣工した。

3  右事実によれば、原告と被告らとの間に、平成五年四月一二日、本件サブリースの最低保証賃料額を月額一坪当たり二万二〇〇〇円とする合意が成立したことが認められる。

被告三菱地所は、原告との間の本件建物の賃貸借契約(甲五号証)の契約当事者(賃借人)となっていないことを理由に右合意に拘束されないと主張するけれども、右事実によれば、本件サブリースの当事者が被告三菱地所であることは否定すべくもない。本件サブリースの嚆矢となった甲一号証から右合意の成立に至るまでの二年余りの間、原告(福山)との交渉の相手方となったのは被告三菱地所のパートナー事業部であり、基本協定及び業務請負契約の相手方当事者が同被告であることは今さら指摘するまでもない。

そもそも、本件サブリースにおいては、本件建物の賃借人は当初から被告三菱地所の一〇〇パーセント子会社又は同被告の推薦する会社がなることが予定されていた(前記2(一)(1)⑤)のであり、被告三菱地所住販は、被告三菱地所の一〇〇パーセント子会社として、本件事業のうちの最終部門である賃貸借契約の締結及び賃貸借の管理を受け持ったにすぎないのである。

そして、最低保証賃料額が本件事業のキーポイントとなっていることも前叙のとおり(前記2(一)(4))であり、本件サブリースの名実ともに当事者である被告三菱地所が自らした最低保証賃料額の合意に拘束されることは、むしろ当然のことである。

また、被告三菱地所のいわば手足として本件事業のうちの賃貸借契約部門を担当し、右最低保証賃料額を前提とした賃貸借契約の賃借人となった被告三菱地所住販が右合意に拘束されることも当然の理であろう。

なお、被告らの関係は、被告三菱地所住販が賃借人として第一次的に債務を負担し、被告三菱地所が最低保証賃料の合意に基づいて最低保証賃料の範囲で連帯して保証するものと解すべきである。

二  抗弁について

1  被告三菱地所住販が、平成七年七月三一日、原告に対し、同年八月一日から賃料を月額三一五万二五九二円(一坪当たり一万四四〇〇円)に減額する旨請求したことは、当事者間に争いがない。

2  前記最低保証賃料額の合意が当初の賃貸借契約における賃料額の定めとして有効であることは異論がないであろう。

3 問題は、右合意がいわゆる不減額の合意としての側面を持つ点にある。

本件サブリースにおいては、最低保証賃料額が最低限確保されることが本件事業のキーポイントとなっており、これが崩れると、事業収支自体が成り立たない関係にあることに着目すれば、本件サブリースに借地借家法三二条の規定は適用されないと解する方が事柄の実質に即していると思われる。しかしながら、同条は、その適用範囲について除外規定を設けていないこと及び本件建物の賃貸借契約書には、三条二項に賃料の改定条項が置かれており、同条の適用を排除していないと解されることにかんがみ、同条の適用を一応肯定した上で論述する。このように解すると、右合意は、不減額の合意としての側面においてはその効力を有しないことになるから、賃料減額請求の要件が存在するか否かについて検討を進める。

4  証拠(乙一ないし三号証)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 東京ビジネス地区(千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区)において、平成五年当時、新築建物の平均賃料は一坪当たり三万六七〇七円であるが、平成七年には、既存建物の平均賃料は一坪当たり二万三五五七円と、約三六パーセント下落した。

(2) 本件建物は既存中型ビルであるところ、渋谷区恵比寿・広尾地区における平成七年当時の既存中型ビルの賃料相場は、一坪当たり最高二万八九〇〇円、最低九五〇〇円、平均一万五五〇〇円である。また、本件建物周辺における既存(竣工後一年以上)中型ビルの平成六年六月一日当時の募集表示賃料は、一坪当たり平均一万八七八九円であるが、平成七年六月一日当時は一坪当たり平均一万六五四五円と、一年で約一二パーセント下落した。

(3) 被告三菱地所住販は、平成八年一月三一日、株式会社四エッチクラブに対し、原告より賃借した全てである本件建物の一階ないし四階合計723.85平方メートルを、期間平成八年二月一日から同九年一二月三一日まで、賃料月額三五〇万二八八〇円(一坪当たり一万五九九七円)で転貸した。

5 右事実によれば、本件建物の借賃は、それ自体を取り上げれば、近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったと一応認めることができる。

三  再抗弁について

前記認定事実によれば、本件サブリースは、平成三年三月五日、福山に対し事業計画が持ち込まれ、二年余り後の平成五年四月一九日、原告と被告三菱地所住販との間で本件建物の賃貸借契約が締結されたことにより一応事業としては完結したこと、この間、福山と被告三菱地所との間で合計七回にわたり事業計画が変更され、最低保証賃料も、月額一坪当たり、二万三〇〇〇円、二万四五〇〇円、二万五〇〇〇円、二万二〇〇〇円と推移したこと、ことに二万五〇〇〇円から二万二〇〇〇円への変更は、本件建物の竣工(平成五年四月二一日)直前の同月九日に被告三菱地所側から提案され、本件建物の建築請負代金を六億二〇〇〇万円から五億七〇〇〇万円に五〇〇〇万円減額することと抱き合わせ、かつ、これ以下への値下げをお願いすることはあり得ないと福山を説得してようやく同人の了承を得たこと、最低保証賃料を月額一坪当たり二万二〇〇〇円とした場合の事業収支は別紙のとおりであるが、これによれば、賃料収入は、一年目、二年目が年額約五七八〇万、以下二年毎に五パーセントの上昇を想定して、三年目、四年目は約六〇六九万円…となっているが、仮に、被告三菱地所住販がした借賃の減額請求に係る金額に改定されるとすると、三年目、四年目は年額約三七八三万となって、二年で約四五七二万円の収入減となり、三年目で早くも支出が収入を上回り、事業収支自体が成り立たないことが認められる。

そして、最初に本件事業計画が福山に持ち込まれた平成三年三月は、バブル経済が崩壊し、既に不動産価額の下落が始まっていた時期であること、本件サブリースの最低保証賃料が月額坪当たり二万二〇〇〇円と合意され、これを当初の賃料額と定めた賃貸借契約が締結された平成五年四月は、不動産価額の下落がかなり鮮明になっていた時期であること、契約期間も約一〇年であること及び被告三菱地所は日本で最大手の不動産業者であることを併せ考慮すれば、賃貸借契約の締結から二年余りで本件事業の事業収支が成り立たなくなるような借賃の減額請求をすることは、信義則に違反すると言わざるを得ない。

被告らは、本件サブリースの嚆矢となった土地利用計画(甲一号証)に記載されたパートナーの説明に責任を持ち、最低保証賃料の支払を履行すべきである。

四  以上によれば、本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙柳輝雄 裁判官足立哲 裁判官中田朋子)

別紙建設プロジェクト事業収支計算<省略>

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