東京地方裁判所 平成8年(ワ)6905号 判決 1999年10月27日
原告 日本アムウェイ株式会社
右代表者代表取締役 リチャード・エス・ジョンソン
右訴訟代理人弁護士 高石義一
同 浜辺陽一郎
同 加藤貞晴
同 石渡一浩
同 大橋宏一郎
右訴訟復代理人弁護士 野村吉太郎
同 太田吉彦
被告 株式会社 あっぷる出版社
右代表者代表取締役 北原章
<他2名>
被告三名訴訟代理人弁護士 芳永克彦
同 内田雅敏
同 内藤隆
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、別紙書籍目録記載の書籍の出版、展示、販売及び頒布をしてはならない。
2 被告らは、右書籍の広告を行ってはならない。
3 被告らは、原告が「マルチ」又は「マルチまがい」の営業活動を行っている旨を、書籍、雑誌その他の出版物に記載してそれらを出版、販売、展示又は頒布し、又は無線若しくは有線による放送あるいは通信の方法により、その旨を放送、配布、伝達してはならない。
4 被告らは、原告に対し、本判決確定の日から七日以内に、読売新聞、毎日新聞及び日本経済新聞の朝刊各紙に各一回、縦七センチメートル、横一〇センチメートルの枠組みで、「謝罪広告」という表題及び当事者名を一四ポイント活字をもって、その余の部分を一〇ポイント活字をもって別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を掲載せよ。
5 被告らは、原告に対し、連帯して一〇〇〇万円及びこれに対する平成八年五月三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
6 訴訟費用は被告らの負担とする。
7 右5項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告は、ホームケアー製品、ハウスウェア製品、グルメ・コレクション、パーソナルケアー製品(化粧品、香水類、装身用品等)及び栄養補助食品等の輸出入、製造及び販売等を行っている資本金一二四億六二五〇万円の株式会社である。
(二) 被告株式会社あっぷる出版社(以下「被告会社」という。)は、書籍等の出版・販売等を業とする株式会社であり、別紙書籍目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)を出版、展示、販売、頒布し、現在も同様の行為を行っているものである。被告北原章(以下「被告北原」という。)は、本件書籍の発行者であり、被告山岡俊介(以下「被告山岡」という。)は、本件書籍の著者である。
2 被告らによる本件書籍の出版等
被告らは、被告山岡を著者、被告北原を発行者、被告会社を発行所として、本件書籍である「アムウェイ商法を告発する。“マルチ”No.1企業の全貌」なる題名の書籍を出版、展示、販売、頒布している。
3 名誉・信用毀損行為
本件書籍中には、原告の製品、営業及びディストリビューター(販売員)に関し、別紙一ないし六記載の各記述部分(以下「本件各記述部分」ともいう。)があるところ、これらは、以下のとおり、原告の名誉及び信用を毀損するものである。
(一) 別紙一の各記述部分(名誉毀損行為一)
被告らは、本件書籍中において、別紙一記述部分を典型的部分として、原告の商法を「マルチ商法」「マルチまがい商法」などと指摘している。
本件書籍は、非法律家である一般人を主たる読者とするものであるから、本件書籍中の「マルチ商法」、「マルチまがい商法」という記述が原告の名誉を毀損するか否かは、一般人が右記述を読んでいかなる印象を抱くかによって判断されるべきであるところ、「マルチ商法」又は「マルチまがい商法」という用語に対する一般的な社会認識は、悪質商法ないし悪徳商法というものである。
よって、原告のビジネスを「マルチ商法」又は「マルチまがい商法」と記述することは、原告が悪質商法又は悪徳商法を行っているとの印象を一般人に与えるものであり、原告の名誉及び信用を毀損する行為となる。
(二) 別紙二の各記述部分(名誉毀損行為二)
被告らは、本件書籍中において、「マルチ商法」又は「マルチまがい商法」の言葉を、前記(一)において指摘した一般的な社会認識よりも一層悪質な行為の意味合い、すなわち、違法行為である無限連鎖講(ネズミ講)的な悪質商法との意味で使用している。無限連鎖講(ネズミ講)の特徴は、① 終局において破綻すべき性質のものであること、② いたずらに関係者の射幸心をあおるものであること、③ 加入者の相当部分の者に経済的な損失を与えるものであること、の三点であるが(無限連鎖講禁止に関する法律一条)、被告らは、原告のビジネスに右の特徴を当てはめて記述している。
したがって、被告らは、原告につき実質的には違法なネズミ講を行う企業であるとのイメージをねつ造しようとしているものであって、本件書籍の記述(別紙二の各記述部分)は、原告の名誉及び信用を毀損するものである。
(三) 別紙三の各記述部分(名誉毀損行為三)
被告らは、本件書籍の第一章において、別紙三の各記述部分に代表される形で、原告のディストリビューターが顧客にワサビ入りの寿司を食べさせた上で整体マッサージを施したことによって、顧客が死亡したと被告らが主張している事件(以下「ワサビ事件」という。)について、この事件が原告のビジネスとは全く無関係であるにもかかわらず、これを強引に原告のビジネスと結びつけ、① ワサビ事件と原告のビジネスとの間に関連性があり、② ディストリビューターがワサビを与えたことが原因で顧客が死亡した旨指摘して、一般読者に、原告が悪質・非倫理的な商法を行っている企業であるとの劣悪なイメージを形成させようとしている。
このような記述は原告の社会的評価及び信用を下落させるものであるから、本件書籍の右記述は、原告の名誉及び信用を毀損するものである。
(四) 別紙四の各記述部分(名誉毀損行為四)
被告らは、本件書籍中の別紙四記載の部分において、別紙チラシ目録のチラシ(以下「本件チラシ」という。)に記載されているデータと同内容のデータを厚生省及び国民生活センターが、① 生年月日にかかわらず一切発表した事実がないこと、あるいは、② 予備的に、一九九〇年以前から同年に至るまでの間に発表した事実がない旨指摘するものであり、一般読者に対し、あたかも原告が虚偽のデータ作成を推進して、自社の製品の売上を伸ばそうとしているかのような印象、さらに、原告のディストリビューターが虚偽のデータを創作して、原告製品の販売を促進しているかのような印象を与えている。
このような記述は原告の社会的評価及び信用を下落させるものであるから、本件書籍の右記述は、原告の名誉及び信用を毀損するものである。
(五) 別紙五の各記述部分(名誉毀損行為五)
被告らは、本件書籍中において、別紙五記載の部分を代表として、原告の返品制度が健全に機能しておらず、商品購入後の返品ができないかのような印象を読者に与え、原告製品の購入を考えている消費者の購入意欲を失わせ、また原告のディストリビューターになろうとする者を躊躇させる結果を生じさせようとしている。
このような記述は原告の社会的評価及び信用を下落させるものであるから、本件書籍の右記述は、原告の名誉及び信用を毀損するものである。
(六) 別紙六の各記述部分(名誉毀損行為六)
被告らは、本件書籍中において、別紙六記載部分の各記述により、日本における原告のビジネスが行き詰まって、中国へ逃避を図っているかのごとき印象及び原告の営業が中国で禁止されるほど悪質であるかのごとき印象を読者に与えようとしている。
このような記述は原告の社会的評価及び信用を下落させるものであるから、本件書籍の右記述は、原告の名誉及び信用を毀損するものである。
4 営業妨害
被告らは、本件書籍中において、その内容が虚偽である前記3(一)ないし(六)の各記述を掲載し、原告の営業を妨害している。
これは、原告の元社長であり、現在原告の競争会社である株式会社エックスワン(以下「エックスワン」という。)の社長でもある折敷郁也が、被告山岡に原告についての虚偽の情報を与えて原告の中傷記事を書かせることにより、競争会社である原告のイメージを低下させることをねらい、他方、被告山岡は、右折敷と結託してスポンサーであるエックスワンの意に沿うべく、原告を攻撃する事実無根の中傷記事を書くことにより、本件出版物の売上増という目的を果たそうとしたものである。
5 原告の損害
原告会社の営業基盤は、原告会社及びアムウェイグループが永年にわたって築き上げてきた高い信用と社会的名声であるから、原告に対する信用、名誉の侵害は、原告の営業基盤そのものを脅かすものである。実際にも、本件書籍に先行する三冊の原告の商法を批判する書籍の発行、販売により、原告の平成五年から平成七年までの間の三年間の更新ディストリビューター数の対前年度比伸び率が一けた台となったほか、平成四年八月には売上高の伸び率が急落するなどの影響を受けており、原告らが右三書籍の発行、販売により受けた損害は甚大であるところ、本件書籍は右三書籍の続編として発行されたものであり、信用低下にさらに拍車をかけたものである。
6 よって、原告は、被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、読売新聞、毎日新聞及び日本経済新聞に対する別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告の掲載及び一〇〇〇万円とこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年五月三日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びに人格権に基づき、本件書籍の出版、展示、販売、頒布及び広告の差し止めを求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
1 請求原因1及び2の事実はいずれも認める。
2 同3の事実のうち、本件書籍に別紙一ないし六記載のとおりの本件各記述部分が掲載されていることは認めるが、その余はいずれも否認ないし争う。
(一) 同3(一)及び(二)について
当該記述による「マルチ商法」又は「マルチまがい商法」の用語は、一般的にも訪問販売法における「連鎖販売取引」の意味で用いられていることは明らかであるから、その用語が一般的に悪質商法ないし悪徳商法の意味で用いられているとする原告の主張は理由がなく、右用語を用いた記述が原告の名誉及び信用を毀損することはない。
(二) 同3(三)について
原告が問題とする部分は、いずれもワサビ事件の被害者がその訴状において主張している内容である。被告らは、右訴状を正確に引用したものであり、真実の報道である。本件書籍は、原告の答弁書における主張も引用し、原告の主張も明らかにしている。また、掲載当時、未だ係争中であって、裁判所の判断が下りている訳ではないことを繰り返し注意的に指摘している。被告らの意見は、これら客観的事実に基づく論評としての域を逸脱しておらず、また、原告のビジネスを批判する立場からの「意見の書」であるから、原告の名誉及び信用を毀損しない。
(三) 同3(四)について
本件チラシに記載された虚偽データを作成したのが原告であるかのように指摘した事実はない。行為の主体は原告のディストリビューターであることを前提に論じている。また、本件記述は、本件チラシに沿う内容のデータを一九九〇年に厚生省及び国民生活センターが取りまとめた事実がない旨指摘するものであり、原告が主張する趣旨の記事ではない。
(四) 同3(六)について
日本における原告のビジネスが行き詰まって、中国へ逃避を図っているとの点は論評としての域を逸脱していないし、中国においても原告のビジネスが悪徳商法として禁止されたとの点は、悪徳商法として禁止されたと記述するものではなく、単に中国において原告の営業が事実上禁止となった旨記述しているに過ぎない。
3 同4の事実は否認する。原告の主張は、全くの憶測に基づくものにすぎない。
4 同5の事実は否認する。
三 抗弁
1 事案の公共性及び目的の公益性
原告は、業界最大手の業者であり、その社会的影響は極めて大きく、また、原告のビジネスは無知な市民個人、とりわけ社会的経験の乏しい主婦や若者を対象とし、「スポンサー活動」の拡大によって無限の利益が上げられるかのような期待を与えるものであるから、無理な勧誘や販売活動によって市民が被害を受ける危険が高い。被告らは、消費者が偏った情報を鵜呑みにして不幸な結果に陥らないように、原告のビジネスの危険な側面を指摘して読者に正しい判断材料を提供することを目的に、本件書籍を出版したものである。
2 真実性、相当性
(一) 名誉毀損行為一について
仮に、別紙一に代表される本件書籍中の記述に「マルチ商法」又は「マルチまがい商法」なる用語が一般的に悪質ないし悪徳商法の意味合いを含む表現があるとしても、原告のビジネスの実体に照らせば真実であるし、そうでないとしても真実と信ずるに足りる相当の理由がある。
(二) 名誉毀損行為三について
仮に本件書籍の記載内容に被告らの主張と考えられる部分(請求原因3(三)の①及び②の点)が含まれているとしても、その前提としている客観的事実の主要な点については、真実であるか、少なくとも真実と信ずるに足りる相当の理由がある。
(三) 名誉毀損行為五について
右記述部分は、原告のビジネスシステムにおいては、ディストリビューターの成績別ボーナスが累進制であり、追加のボーナスについても一定の販売成績を達成・維持していることが条件とされているため、当然に無理な仕入れや販売が行われるところ、返品はそのようにして取得したボーナス資格を喪失させることになることから販売員は必死に抵抗し、返品を希望する者の泣き寝入りに終わることが多く、返品制度が額面どおり機能していないことを批判したものであって、いずれもその前提事実が真実であり、少なくとも真実と信ずるについて相当な理由がある。
(四) 名誉毀損行為六について
本件書籍における記述は真実である。被告らは、一見好調に見える原告の業績の陰に、① ライバル会社の登場(本件書籍七一ないし七二頁、以下、本件書籍の頁を示す)、② 販売員の飽和化(七六ないし七九頁)、③ 返品制度の名目性と高額商品の販売(七九頁ないし八三頁)、ディスカウント店への商品の横流し(八三ないし八四頁)、⑤ 株式上場によるショック療法(八四ないし八六頁)、⑥ 会社の身売りの動き(八六ないし八七頁)、⑦ 一九九二年度の大幅減益(八八頁)、⑧ 会社ぐるみの強引な販売活動(八八ないし九一頁)、⑨ 販売員の自殺報道(九一頁)、⑩ 原告の元社長の自殺(九二頁)等の問題点として指摘した事実を前提にして、原告が日本での閉そく状況を打破する期待を込めて、中国進出の意図があったかもしれないとの可能性を指摘しているのであって、これは、正当な意見表明としての許容範囲に属するものである。また、原告の商法が中国で事実上禁止になった旨の記述は、真実であるか、あるいは真実であると信ずるに足りる相当な理由があったものである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実については否認ないし争う。
被告らは、事実を全く調査・研究することなく、原告を批判すれば多くのディストリビューターや競争会社の社員が購入することによって売上を伸ばし、原告イコールネズミ講的「マルチ」又は「マルチまがい」という表現を利用して超悪徳イメージを流布しようとする悪意に基づき本件書籍を出版したものである。
これらの事情に鑑みれば、本件書籍の執筆、出版、発行は、公益を図る目的でなされたものでないことは明白である。
2 抗弁2の事実はすべて否認ないし争う。
本件名誉毀損行為一、三、五および六は、いずれも基礎とする事実が虚偽のものであり、また、真実と信ずるについての相当な理由は全くないが、付言すると次のとおりである。
(一) 名誉毀損行為一について
「マルチ商法」又は「マルチまがい商法」という用語は、一般的に悪質商法、悪徳商法という社会的な認識を伴う意見論評による名誉毀損表現であり、それ自体は真実性立証の対象とはならない。真実性の立証の対象となる事実は、名誉毀損行為二ないし六で記述されている表現など、意見ないし論評の前提としている事実の「重要な部分」である。
(二) 名誉毀損行為三について
ワサビ事件に関与した原告のディストリビューターは、自らの健康に対する信念に基づき整体マッサージを業として行ってきたものであり、整体マッサージとディストリビューターの活動が混同されることのないよう意識的に注意して行動してきたのであって、整体マッサージが原告の製品の販売あるいはディストリビューターのリクルートの手段として用いてきたことはない。また、事件当日においても、当該ディストリビューターが原告の製品を被害者らに販売した事実はなく、現場において、ディストリビューターの勧誘活動を行った事実もない。
(三) 名誉毀損行為五について
原告では、訪問販売法に定めるクーリングオフ制度とは別に、一〇〇パーセント現金返済保証制度を設けており、消費者保護を一層前進、徹底させている。また、原告の返品制度は、現実の返品件数がかなりの数に上っている事実及び原告の商品廃棄損が一定量存在している事実からすれば有効に機能しているといえる。また、返品の際ディストリビューターに対し手続をするようにアムウェイ・ビジネス・ガイドに記載しているのは、消費者の便宜のためであり、ディストリビューターにしか申出ができないとは記載されていない。決算書における商告廃棄損の記載は、米国の会計基準に平成六年から合わせることとなった結果、独立の項目でなくなったものである。
(四) 名誉毀損行為六について
「逃げの展開」と被告らはいうが、原告の営業は、極めて順調な伸びを示している。また、中国において原告の商法あるいは直販方式のビジネスを禁止している省は一つも存在しない。中国における営業活動はすべて許可制になっており、各地域ごとに許可が得られれば、営業活動はなし得るのであり、あらかじめ、営業活動が全面的に禁止されていることはない。一九九四年九月に中国政府は全直販業者に対し、一斉にビジネスを中止させるという暫定措置をとったが、これは悪質直販ビジネスを禁止するためのスクリーニング(洗い出し)手段として行ったもので、臨時的、一時的に全直販業者に対して採られた措置であって、アムウェイに対してのみ採られた措置ではない。
理由
一 請求原因1(当事者)及び2(被告らによる本件書籍の出版等)の各事実は、当事者間に争いがなく、請求原因3(名誉、信用毀損行為)の各事実のうち、本件書籍中に、別紙一ないし六記載のとおりの各記述部分(本件各記述部分)が掲載されていることは、当事者間に争いがない。
二 前提事実
《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
1 原告は、一九五九年にアメリカで設立されたアムウェイ・コーポレーションの一〇か国目の事業展開国における子会社として、昭和五二年(一九七七年)六月に設立され、約二年間の準備期間を経て、昭和五四年五月に営業を開始した。その後、平成三年四月、株式を公開し(社団法人日本証券業協会に店頭登録)、平成六年六月、ニューヨーク証券市場に上場した。平成八年八月末現在、従業員数七四六名(臨時社員を含む)、更新ディストリビューター数は約一〇九万組である。
2 原告の売上高及び経常利益の推移は次のとおりである。
年度 売上高 経常利益
平成二年度 九五四億三九〇〇万円 二九三億三四〇〇万円
平成三年度 一二三〇億三八〇〇万円 三六六億二〇〇〇万円
平成四年度 一二三二億五三〇〇万円 三一六億〇二〇〇万円
平成五年度 一三〇〇億二七〇〇万円 三二二億一一〇〇万円
平成六年度 一五七五億五五〇〇万円 三九九億八六〇〇万円
平成七年度 一七七九億九一〇〇万円 四四二億一三〇〇万円
平成八年度 二一二一億九五〇〇万円 五一四億三三〇〇万円
3 原告の商法は、問屋、小売店などの一般の流通機構を通した店舗販売を行わず、販売員(ディストリビューター)各人が独立した事業主として、一般消費者に直接販売する方式(ダイレクト・セリング)をとっている。
原告のディストリビューターになる際は、「スターターキット」を原告から代金八四〇〇円で購入する。右費用は、資格有効期間内にディストリビューターとなることを解約する場合は、全額返還される扱いとなっている。
4 原告は、ディストリビューターの営業活動などの指針を定めたアムウェイ倫理綱領・行動基準を定め、これに違反したディストリビューターに対し、解約、警告などの制裁規定を設けている。右アムウェイ倫理綱領・行動基準の主な内容は以下のとおりである(94/95会計年度版による。)。
(一) 顧客に製品を販売する際に、製品の品質などにつき、「安全、無公害」などと誇大な表現で説明してはならない。印刷物を使用して説明する場合には、製品ラベルやアムウェイ発行の印刷物を使用し、これらに記載された以外のことを述べてはならない。
(二) アムウェイの製品や販売促進資料を商品、バザー、展示会などにおいて販売してはならない。また、これらの場所で販売することが明らかな顧客にも販売してはならない。
(三) 顧客からアムウェイ製品の返品の申し入れを受けた場合には、「アムウェイ一〇〇パーセント現金返済保証」の制度に従って、速やかにアムウェイ製品の引き取り、交換または製品代金の返金をしなければならない。
(四) 毎月の月間購入実績の少なくとも七〇パーセントを小売販売し、不要な在庫を抱えるような製品仕入れをしてはならない。また、系列下位のディストリビューターに対しても、不要な製品仕入れを強要又は示唆してはならない。
(五) ディストリビューターは、アムウェイ製品等に関する販売促進物を制作したり、日本アムウェイが制作した以外の販売促進物を販売してはならない。
(六) スポンサー(勧誘)活動をする場合には、いかなる場合にも製品の仕入れ、在庫及び販売を相手に強要してはならない。「高収入が必ず得られる、すぐに儲かる、お金持ちになれる」などという誇大な表現で相手をあおったり、誘引してはならない。
5 原告商法における収入やボーナスポイントの仕組み
原告の商法における収入やボーナスポイントの仕組みは、概ね以下のようなものである。すなわち、ディストリビューターの収入は、直接商品を販売することから得られる小売利益と各種ボーナス収入の合計である。原告は、ディストリビューターへの卸売り価格に平均三〇パーセントの小売粗利益を上乗せして、ディストリビューターが小売りする際の標準小売価格を設定している。原告の各商品には、ポイント・バリュー(PV)と呼ばれる点数が設定されており、月間売上商品のPVを合計することで成績別ボーナスのパーセンテージが決定される。成績別ボーナスは、〇パーセント(〇PV)から最大二一パーセント(一五〇万PV以上)が定められており、成績別ボーナス計算の基礎となるPVの算出には、ディストリビューター個人の売上げだけではなく、当該ディストリビューターが勧誘(原告においては「スポンサー」という。)したグループ全員の売上げが考慮される。また、各商品にはビジネス・ボリューム(BV)が定められており、月間売上商品のBVの合計に成績別ボーナスのパーセンテージをかけ、成績別ボーナスの金額が決定される。また、ディストリビューターが勧誘したグループが一五〇万PV以上の商品を売り上げて、二一パーセントの成績別ボーナスを達成して独立した場合には、当該ディストリビューターは、原告から四パーセントのリーダーシップボーナスの支払を受ける。そして、一定の売上や業績を獲得し、継続することで、さらに各種の資格が認定され、その資格に応じたボーナスを獲得することができる。
6 原告がディストリビューターに対して配布している「アムウェイ・ビジネス・ガイド」によれば、ディストリビューターの平均年収は、次のとおりである(金額はいずれも推定。平成六年八月三一日現在)。
(一) アクティブ・ディストリビューター(小売活動並にスポンサー活動を共に行っているディストリビューターをいう。全ディストリビューターの約三〇パーセントにあたる。)約二一万三〇〇〇円
(二) ダイレクト・ディストリビューター以上(アクティブ・ディストリビューターの約一・三パーセント、全ディストリビューターの約〇・三九パーセント)約四八八万円
(三) ダイヤモンド・ダイレクト・ディストリビューター以上(アクティブ・ディストリビューターの約〇・〇五パーセント、全ディストリビューターの約〇・〇一九パーセント)約二三五〇万円
7 原告の損益計算書上、平成二年度から平成五年度までの間、原告の商品廃棄損として計上されている金額は次のとおりである。
平成二年度 一〇億八七三一万二〇〇〇円
平成三年度 一一億〇二二一万七〇〇〇円
平成四年度 一六億一六一二万五〇〇〇円
平成五年度 一六億二五一〇万二〇〇〇円
なお、平成六年度以降の商品廃棄損は、原告が平成六年六月にニューヨーク証券取引所に上場したことに伴い、従来の会計方針を変更して、売上原価に含めて処理することとなったため、独立して計上されていない。
8 国民生活センターからの回答書によれば、原告に関し、平成元年以降平成九年六月一七日までの間に国民生活センター相談窓口に対して消費者、ディストリビューター等から寄せられた苦情、相談の件数は、七千件以上に上る。
右苦情、相談の内容としては、販売方法に関する苦情・相談、契約解除や解約に関する苦情・相談、商品の品質に関する苦情・相談があり、それぞれ約五〇〇〇件、二〇〇〇件、一三〇〇件の苦情・相談件数となっている。
また、国民生活センターに対する右苦情・相談件数は、平成元年から平成五年の間は年間数百件程度であったが、平成五年以降は年間約一〇〇〇件を超えるようになっており、同種の相談が寄せられる販売業者(業者名が不明なものを除く)の苦情・相談件数に占める原告の割合は、平成元年から平成九年までの間、ほぼ一〇ないし二〇パーセント程度であり、同種販売業者に関する苦情・相談件数に占める割合は通算で一位である。
9 原告は、平成四年七月、香港に一〇〇パーセント子会社であるアムウェイ・パシフィック・リミテッドを設立し、同年一〇月に右会社が九五パーセント、中国の投資会社が五パーセントをそれぞれ出資してアムウェイ・チャイナ・カンパニー・リミテッド(以下「アムウェイ・チャイナ」という。)が設立された。
その後、平成五年一二月に、原告は、アムウェイ・パシフィック・リミテッドの全株式を、アムウェイ・アジア・パシフィック・リミテッドに売却し、その結果、アムウェイ・チャイナは原告の孫会社ではなくなった。
三 そこで、まず、本件各記述部分が、原告の社会的評価を低下させる表現といえるか否かについて判断する。
1 名誉毀損行為一について
(一) 本件書籍が、広く社会に対し、原告のビジネスの危険な側面を指摘することを目的としていることは、被告らの自認するところである。したがって、本件書籍の読者としては、特定の限定された専門家などでなく、一般人が想定されていると考えられる。このような場合には、ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものである(最高裁昭和二九年(オ)第六三四号同三一年七月二〇日第二小法廷判決・民集一〇巻八号一〇五九頁参照)から、本件においては、「マルチ商法」又は「マルチまがい商法」という言葉に対する一般的な社会認識を基準として名誉毀損行為の有無を判断すべきである。
(二) そこで、社会において一般的に「マルチ商法」、「マルチまがい商法」という言葉がどのような意味で用いられているかを検討する。
(1) 《証拠省略》によれば、社会における一般的な用法として、マルチ商法という用語は、連鎖販売取引とほぼ同様の意味で、用いられており、一部ではねずみ講式販売法ともいわれること、「マルチまがい商法」とは連鎖販売取引の要件を満たさないが、同じ本質を有し、法律の規制を免れようとする類似商法を広く指す用語として用いられていることが認められる。例えば、国民生活センター発行の「たしかな目」及び文京区消費生活センター発行の「くらしの豆知識」には、「マルチ商法(連鎖販売取引)」あるいは「連鎖販売取引(マルチ商法)」との表現が数多く用いられている。
(2) 他方、《証拠省略》によれば、新聞、雑誌等のマスコミにおける、連鎖販売取引やマルチ商法という用語の使用方法は、必ずしも統一されていない。例えば、日刊新聞の記事についてみると、「ネズミ講(マルチ商法)」とするものや、「マルチ商法(連鎖販売取引)」、「マルチ(連鎖販売取引)」とするもの、「悪徳商法の中でも、古くて新しいマルチ商法」、「ネズミ講やマルチ商法など代表的な悪徳商法」とするものなど、使用される状況や使用する者によって、差異が生じている。
(3) また、行政担当者、学者及び実務家等の執筆にかかる訪問販売法や連鎖販売取引についての解説書、裁判例についての評論等である《証拠省略》によれば、「マルチ商法」とは、もともとマルチレベルマーケティングプラン(多階層販売方式)の略式訳語であり、アメリカで始まったネズミ講式販売形態とも呼ばれるものであるが、後記マルチ商法規制の経緯等に照らすと、行政担当者、学者等の用法としては、「マルチ商法」とは訪問販売法の連鎖販売取引とほぼ同義であり、「マルチまがい商法」とは連鎖販売取引の要件を満たさないが、右取引と同じ本質を有し、社会的問題を有する類似商法を広く示す言葉として用いられていることが認められる。
(4) マルチ商法規制の経緯
《証拠省略》によれば、マルチ商法に対する法的規制の経緯について、昭和五一年に制定、施行された訪問販売法は、昭和四〇年代後半からマルチ商法として一般消費者に対する被害が社会問題化していた商品の再販売を連鎖販売取引と定義して規制したこと、その後、商品の再販売という要件に当たらないがマルチ商法と同様の問題点を有しているマルチ商法類似の商法についても社会問題化したため、昭和六三年の改正により、従前の連鎖販売取引の定義を拡大し、これらすべてを含める形で連鎖販売取引を定義し直したうえで規制を加えることになったこと、以上の事実が認められる。
(5) 以上の認定事実によれば、「マルチ商法」という言葉は、訪問販売法における連鎖販売取引を指す言葉として使われることがある一方、悪徳ないし悪質商法の意味を含んだ言葉として使用されている例もあり、特に、マルチ商法が訪問販売法によって規制されることとなった経緯等からすれば、一般には、消費者に不利益を与えかねない商法、ひいては、悪徳又は悪質な商法というニュアンスをもって使用されているものということができる。したがって、「マルチ商法」という言葉の一義的な用法は定まっていないものの、その表現を使用する場所、使用する際の前後の文脈などに配慮し、特に意を尽くした使用をしない限り、当該商法を行っている者をして悪徳・悪質な商法を行っているとの印象を一般読者に与えるものであり、その表現を用いることによって、表現の対象となった者の社会的評価を低下させることになるものといえる。
また、「まがい」という用語には、よく似せてつくってあるものという意味があるから、「マルチまがい商法」という用語については、マルチ商法によく似せてつくられた商法、さらには、マルチ商法についての法的規制を免れるための脱法的商法という印象を与える面があるといえる。したがって、その表現を用いることは、当該商法を行っている者をして、やはり悪徳又は悪質な商法に類する商法を行っているとの印象を一般読者に与えるものであり、表現の対象となった者の社会的評価を低下させるといえる。
(三) 以上を前提として、《証拠省略》に基づき、別紙一の各記述部分における「マルチ商法」又は「マルチまがい商法」との表現が、悪徳ないし悪質商法という印象を一般読者に与えるかどうかを検討する。
(1) 別紙一の1の記述部分
別紙一の1の記述部分は、本件書籍の題名部分であるところ、本件書籍は全編を通して、原告の商法を批判するとの観点から論じるものとなっており、「告発する」との記述もあることからすれば、一般読者は、右記述部分によって、原告が告発を受けるような悪質な商法であるところの「マルチ商法」を行っているとの印象を受けると考えられる。
(2) 別紙一の2の記述部分
別紙一の2の記述部分は、本件書籍の第一章の冒頭の見出しであるが、前述のとおり、「マルチまがい商法」という表現には、悪質で脱法的な商法という印象を与える面があるところ、第一章を通して閲読すれば、被告らはワサビ事件と原告を結びつけ、原告のビジネスシステムがそのような事件を起こすリスクを冒してまで勧誘にはしる危険性を有していること、その正体が、右事件により暴露された旨を指摘しているものということができ、このような文脈の中で「マルチまがい商法」との言葉が用いられている以上、その表現により、一般人は原告の商法が悪質であるとの印象を受けるものということができる。
(3) 別紙一の3の記述部分
別紙一の3の記述部分は、本件書籍の第四章の表題であるが、原告が、これまでは否定していたにもかかわらず、自らの商法をマルチ商法だと認めざるを得なくなったという印象を読者に与えるものである。
(4) 別紙一の4の記述部分
別紙一の4の記述部分は、本件書籍の第五章において、原告の最上級のディストリビューター「クラウン・アンバサダー」である中島薫について記述する中で、右中島の著書からの引用部分として記述されており、その前後の文脈からすれば、右中島ですら、悪質商法の典型的な代表例である農田商事、ベルギーダイヤモンドの各商法とアムウェイの商法とが類似していて、その違いを容易に説明しがたいことを自ら認めているとの印象を一般読者に与えるものといえる。
(5) 別紙一の5の記述部分
別紙一の5の記述部分は、他誌(国会タイムズ)の引用である旨の記述があることが認められるが、一方、本件書籍の一四八頁一一行目には、その新聞記事の内容自体は被告山岡がかなり以前から指摘していたことと同様であるとの記載があり、これを合わせて読めば、一般読者としては、右記述が原告の商法をマルチ商法、悪徳商法として批判していること、その見解を本件書籍の著者である被告山岡も支持しているとの印象を受けることが認められる。
(6) 別紙一の6の記述部分
別紙一の6の記述部分は、政府が原告の商法をマルチ商法と認めた旨の記載があるところ、右記述を見れば、一般読者は原告の商法がマルチ商法であるという印象を受けることが認められる。
(7) 別紙一の7、8の各記述部分
右各記述部分は、原告の商法がマルチ商法であって、その特質である射幸心を煽ったり、いずれ破綻するといった問題点を抱えている旨の記述であることが認められる。
(8) 別紙一の9の各記述部分
別紙一の9の各記述部分をその前後の文脈と合わせて読むならば、これらの記述は、原告が、マルチ商法を行う企業の特徴である金銭的利益の獲得を企図して、その販売員の射幸心や販売員同志の有形無形の圧力を利用して利益を上げているにもかかわらず、販売員と原告とは独立した関係にあるから、販売員のした行為について原告に責任はないとの態度をとっている旨原告を批判する趣旨の記事であることが認められる。
(四) 以上(1)ないし(8)において検討したところに前項までに述べたところを総合すれば、別紙一の各記述部分は総じて、原告が、一般的には悪徳商法又は悪質商法との印象を読者に与える「マルチ商法」ないし「マルチまがい商法」を行っている旨の記事であると解せられ、その掲載により原告の社会的評価が低下することは否定し難いものというべきである。
被告らは、本件書籍においては、マルチ商法が連鎖販売取引の意味であることをできるだけ明確に記載しており、悪徳商法であるとの印象は与えない旨主張しており、確かに本件書籍中には右点についての配慮がされた記載もあることは認められるが(例えば、本件書籍一一一頁「マルチ企業」(=「連鎖販売取引」))、本件書籍が原告の商法の問題点を指摘する書物である以上、一般読者からすれば、原告の商法がマルチ商法であると指摘する本件記事は、前項までで検討したとおりマイナスのイメージを与えるものであって、前記判断を覆すものではない。
2 名誉毀損行為二について
(一) 名誉毀損の有無の判断においては、当該表現を一般読者の視点からみて、名誉毀損といえるかを判断基準とすべきことは前述のとおりであるから、別紙二における各記述部分について、原告が主張する名誉毀損が成立するには、一般読者がこれを目にした場合に、原告の商法がいわゆるネズミ講(無限連鎖講)に当たるという印象を受ける記述であることを要する。そして、前述のとおり、「マルチ商法」又は「マルチまがい商法」という用語は、必ずしも一定の意味を有していないものであるから、本件書籍における文脈を手掛りにその意味を判断すべきである。
これを前提に別紙二の各記述部分が、前記一で検討した範囲を超えて、原告の商法が違法な無限連鎖講(ネズミ講)であるとの印象を与えて原告の社会的評価を低下させているかを検討する。
(二) 本件書籍において、明確に原告の商法が「無限連鎖講」又は「ネズミ講」であると述べた部分はない。しかしながら、別紙二の1ないし7、9及び10の各記述部分には、「システムは有限で、いずれは破綻する」、「射幸心を煽る」、「飽和点」などの語句が並び、原告の商法がそのような特徴を有している旨の記述部分が存在するところ、無限連鎖講の特徴は、無限連鎖講禁止に関する法律第一条によれば、終局において破たんすべき性質のものであること、いたずらに関係者の射幸心をあおるものであること、加入者の相当部分の者に経済的な損失を与えるに至るものであること、にあるものといえる。したがって、前記記述部分が無限連鎖講の特徴を指摘していることは認められる。
しかしながら、《証拠省略》によれば、連鎖販売取引の意味で用いられる「マルチ商法」においても、新規加盟者の引き込み等のリクルートの有限性や実際には達成が不可能な利益を極めて簡単に得ることができるかの如く例示する点が問題とされていることが認められる。したがって、原告が前記記述部分により無限連鎖講の特徴であると指摘する事項は、連鎖販売取引においても危惧されるべき問題点なのであって(原告自身も、平成一〇年二月一三日付準備書面、平成一〇年五月一一日付準備書面において、日本におけるマルチ商法の特徴として、前記の二つの特徴とほぼ同一の内容を指摘している。)、原告の主張する無限連鎖講の特徴は、無限連鎖講にのみ特有のものではないといえる。また、一般読者は、無限連鎖講(ネズミ講)に関し、無限連鎖講禁止に関する法律一条にあげられている特徴を理解しているとは考えられず、「システムは有限で、いずれは破綻する」、「射幸心を煽る」といった無限連鎖講の特徴を示す語句を見たからといって、それが無限連鎖講を明示し、あるいは暗示するものであるという印象を受けるとは認め難い。別紙二の10の記述部分においては、「人狩り」、「違法」といったやや適切さに欠ける表現が用いられてはいるが、前述のとおり、これらはマルチ商法の問題点でもあり、この表現が存在するからといって、一般読者が無限連鎖講ないしそれに類似する悪徳商法であるというまでの印象を受けることはないというべきである。結局、システムは有限で破綻するといった表現が存在するだけでは、前記で判断したように、原告の商法が悪徳商法であるとの印象は受けても、具体的に無限連鎖講に該当する違法な商法であるとの印象を抱くとは認められないというべきである。
(三) また、別紙二の8の記述部分については、原告の親会社である米・アムウェイがアメリカにおいて「ピラミッド商法」(被告らは、日本のマルチ商法と考えていいと注記している。)の疑いで調査・審判に付せられたことがある旨の記述が存在することが認められる(なお、右記述部分は、米・アムウェイについての記述であるが、当該記述の前後を通して読めば、アムウェイの商法の問題点を論じようとしているものであるから、原告に対する名誉毀損として検討することができると考える。)一般読者の通常の読み方を基準として、名誉毀損の成否を検討すると、アメリカにおけるピラミッド商法の定義は一般読者には不明であるから、一般読者は、被告らが注記したアメリカにおけるピラミッド商法とは、日本におけるマルチ商法であるとの記述を手掛りに右記述部分を解釈することとなるところ、そのような読み方をする限り、右記述部分は、米・アムウェイが日本でいうマルチ商法の疑いをかけられたことがあるという事実を摘示したものであると認められる。
よって、右記述部分を一般読者が閲読しても、名誉毀損行為一で検討した意味において原告の商法が悪徳商法であるとの印象は受けても、それ以上に無限連鎖講に該当する違法な商法あるいはそれに類似した悪徳商法であるとの印象を抱くとは認められない。
(四) 別紙二の11の記述部分には、原告の商法が連鎖販売取引に該当する旨の記述は存在するが、無限連鎖講(ネズミ講)に関連した記述は何ら存在しない。
(五) したがって、別紙二の各記述部分には、名誉毀損行為一の意味での原告の社会的評価を低下させる記事が存在することは格別、これを超えて原告の商法が特に無限連鎖講ないし類似の悪徳商法であるとの印象を与える記事を含んでいるとの事実を認めることはできない。よって、名誉毀損行為二についての原告の主張は、採用することができない。
3 名誉毀損行為三について
《証拠省略》によれば、別紙三の1ないし4の記述は、本件書籍全体を通して閲読する限り、ワサビ事件の訴状を引用する形をとりながら、実際は右書籍の執筆者である被告山岡の意見として、原告の商法が製品の販売や販売員をリクルートすることでディストリビューターの収入が増加していく構造であることから、ディストリビューターが行き過ぎた販売促進活動等を行う可能性があるところ、それは原告の商法に内在する問題であるにもかかわらず、原告は何ら責任を負わずに、彼らの売り上げによる利益のみを獲得していること、ワサビ事件も右同様の問題を原因とする事件であったことをいわんとするものであり、特に右4の記述は原告の商法そのものが不法行為を構成するかのような印象を一般読者に与えるものであるということができる。
したがって、右各記述は、原告の社会的評価を低下させるものであると認められる。
4 名誉毀損行為四について
《証拠省略》によれば、別紙四の1ないし6の各記述は、これらの記述の存在する第二章を通して読む限り、原告が自らの傘下にあるディストリビューターが偽造データを利用した文書を所持、配布しており、そのことで、富山県消費者生活センターに謝罪する一方、そのような問題が生じる原因等についての社内での究明活動がなされず、また偽データ文書が名指しした企業には挨拶にもいっていない事実などを摘示するものであることが認められる。
しかしながら、右記述を一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として検討しても、本件チラシのデータを厚生省及び国民生活センターが、年月日にかかわらず一切発表した事実がないこと、あるいは一九九〇年以前から同年に至るまでの間に発表した事実がないことを指摘したものと読みとることはできない。右記述を検討すると、右データに関し、「『一九九〇年現在』とされている厚生省及び国民生活センターのデータが本件チラシに記載されているところ、そのようなデータはない」という趣旨の記述がなされており、通常は、あるデータに「一九九〇年現在」という記載があれば、一九九〇年時点でのデータを指すと解されるところ、本件においても前後の文脈からすれば、同様に解すべきものである。したがって、原告が主張するような事実の摘示があるとはいえないというべきである。
よって、前記各記述についての原告の主張は、理由がないものというべきである。
5 名誉毀損行為五について
《証拠省略》によれば、別紙五の1ないし4の各記述部分は、本件書籍全体を通して閲読すると、原告会社においては、商品の返品システムが存在するものの、返品を申し出る相手がその商品を購入した販売員であることから、遠慮して返品できなかったり、販売員が説得して購入者が返品を撤回することがあるため、返品制度が実際には機能していない旨の記載があり、右記述は、返品を躊躇している消費者を犠牲にして原告が売上高を伸ばしているかのような印象を読者に与えるものである。
したがって、一般読者の読み方によれば、別紙五の1ないし4の各記述部分は、原告の社会的評価を低下させるものであると認められる。
6 名誉毀損行為六について
《証拠省略》によれば、別紙六の記述部分のうち、前半の「逃げの展開」についての記述は、右記述の含まれる本件書籍の第三章を通して閲読すれば、① ライバル会社の登場、② 販売員の飽和化、③ 返品制度の名目性と高額商品の販売、④ ディスカウント店への商品の横流し、⑤ 株式上場によるショック療法、⑥ 会社の身売りの動き、⑦ 一九九二年度の大幅減益、⑧ 会社ぐるみの強引な販売活動、⑨ 販売員の自殺報道、⑩ 原告の元社長の自殺等の問題点として指摘した事実を前提とした論評として、原告の日本でのビジネスが行き詰まり、中国への展開を図ったとの印象を一般読者に与えるものであるから、原告の社会的評価を低下させるものといえる。後半の、原告の商法が中国で事実上禁止となった旨の記述については、当該記述のみを読んだのでは、原告の商法が中国で事実上禁止されたという指摘がされているだけで、特段社会的評価を低下させるような印象を受けるものではないが、本件書籍が原告の商法の問題点を指摘する書籍であり、随所にその趣旨の記述がなされていることからすれば、全体としてみれば、原告の商法が中国では禁止されるような悪質な商法であるという印象を与えるものである。したがって、右記述も原告の社会的評価を低下させるものというべきである。
四 抗弁について
1 事実の公共性及び目的の公益性
(一) 名誉毀損においては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、もっぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは右行為は違法性がなく、また、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者において右事実を真実であると信ずることについて相当の理由があるときは、右行為は故意もしくは過失がなく、結局不法行為は成立しないと解される。また、特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損について、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的がもっぱら公益を図ることにあった場合に、右論評が人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、右意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときは右行為は違法性が無く、また、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定され、結局不法行為は成立しないと解される。そこで、本件において、右要件の存否について次に検討する。
(二) 事実の公共性
《証拠省略》及び前記認定事実によれば、本件書籍中には、特に原告の商法に対する批判等を中心として、原告の名誉及び信用を毀損する記述が含まれているところ、前記前提事実のとおり、原告は、平成三年四月、株式の店頭登録をし、平成六年六月、ニューヨーク証券市場において株式上場を果たすなど、社会において、注目されている企業であるうえ、《証拠省略》によれば、第一二〇回国会衆議院における物価問題等に関する特別委員会(平成三年四月二五日)において、マルチ商法の被害問題についての質疑の中で、原告の商法に関する質問がなされており、また、《証拠省略》によれば、原告のディストリビューターが、あたかも国民生活センターが原告会社の浄水器の商品テストを行ったかのような記事を掲載したチラシを使用していたことを認めることができる。加えて、昭和五一年、連鎖販売取引等における販売業者と一般消費者との間のトラブルを未然に防止することを目的として、訪問販売法が制定、施行され、さらに、その後、昭和六三年に同法が改正され、従前の連鎖販売取引の定義を拡大し、同法の規制の外にあったマルチ商法類似の商法についても規制を加えていることなどは当裁判所に顕著であり、これらの事実に照らせば、原告の商法及び原告の販売する製品等に関する事実は、公共の利害に関する事実であると認めることができる。
(三) 目的の公益性
《証拠省略》によれば、本件書籍中の各記述部分は、被告らの調査資料及び業界関係者からの情報提供等をもとに、原告の商法が持つ問題点や疑問点を指摘し、批判を加え、これによって、原告の商法の実態について広く社会に知らしめ、取引に入ろうとする消費者に客観的情報を提供しようとの意図の下に、本件書籍を出版、発行したものであると認めることができるから、公益を図る目的に出たものということができる。
また、後記のとおり、別紙一記載の各記述及び同六記載の記述の前半部分においては、特定の事実を前提とした論評が行われていると解されるが、《証拠省略》によれば、論評としての域を逸脱した記述でないことは明らかである。
原告は、被告らが本件書籍を出版、発行するにあたり、事実については徹底した取材をしなかったうえ、客観的な裏付け資料も存在しなかったのであるから、被告らの本件書籍出版の目的が、成功企業の悪口を書くことで金儲けを図ろうというものであったこと、また、原告と競争する企業と結託して原告に悪徳イメージを植え付けようという悪意によるものであったこと、本件書籍に先行する三書籍についての別件訴訟が継続中であるにもかかわらず新たに本件書籍を発行し、しかも原告に対する取材等を一切行わず、別件訴訟で問題となっている書籍の誤り等については一切触れていないこと、原告のディストリビューターである前記中島の私生活を暴いていることが明らかであると主張するが、これらの事実を認めるに足りる証拠はない。
2 真実性及び真実と信ずるについての相当性
(一) 名誉毀損行為一について
(1) 前記認定のとおり、被告らは、本件書籍中において、原告の商法を「マルチ商法」又は「マルチまがい商法」であると摘示して、原告の社会的評価を低下させている。これは、前記のとおり、悪質ないし悪徳商法という印象を一般読者に与えるものであるが、被告らは、本件書籍中において、原告の商法の実体についての各種の事実を摘示して批判し、それらの事実を根拠として、原告の商法は「マルチ商法」又は「マルチまがい商法」であるという論評をしているものと解せられる。
したがって、本件名誉毀損行為一について、被告らの不法行為責任が認められるかどうかを検討するにあたっては、被告らが右論評の前提とした事実の重要な部分が真実であるか、真実でなかったとしてもそれが真実であると信ずるにつき相当の理由があるか否かを検討する必要がある。
そして、被告らは、本件書籍中で原告の商法が訪問販売法上の連鎖販売取引にあたり、また、各種の問題を生じているとして、それらの事実を基礎として原告のビジネスの実体を「マルチ商法」又は「マルチまがい商法」であると論評しているから、真実性の立証の対象は、右論評の基礎事実を構成する、原告の商法が連鎖販売取引に該当するか、また、原告の商法がそのシステムを原因として問題を生じさせているか否かという点である。
(2) そこで、まず、マルチ商法(連鎖販売取引)の要件等について検討する。
訪問販売法一一条によれば、同法における連鎖販売業とは、イ 物品(施設を利用し又は役務の提供を受ける権利を含む。)の販売(そのあっせんを含む。)又は有償で行う役務の提供(そのあっせんを含む。)を事業とすること、ロ 販売の目的たる物品(以下「商品」という。)の再販売(販売の相手方が商品を買い受けて販売することをいう。)、受託販売(販売の委託を受けて販売することをいう。)若しくは販売のあっせんをする者又は同種役務の提供(その役務と同一の種類の役務の提供をすることをいう。)若しくはその役務の提供のあっせんをする者を誘引すること、ハ その誘引の態様は、特定利益(その商品の再販売、受託販売若しくは販売のあっせんをする他の者又は同種役務の提供若しくはその役務の提供のあっせんをする他の者が提供する取引料その他の通商産業省令で定める要件に該当する利益の全部又は一部をいう。)を収受し得ることをもって誘引すること、ニ 右誘引される者と特定負担(その商品の購入若しくはその役務の対価の支払又は取引料の提供で政令で定める基準に該当するものをいう。)をすることを条件とすること、ホ 商品の販売若しくはそのあっせん又は同種役務の提供若しくはその役務の提供のあっせんに係る取引(その取引要件の変更を含む。以下「連鎖販売取引」という。)をすること、以上の要件を充たすものをいうとされる。
そして、訪問販売法施行規則一二条は、右の「特定利益」については、商品(訪問販売法一一条一項の商品をいう。)の再販売、受託販売若しくは販売のあっせんをする他の者又は同種役務の提供若しくは役務の提供のあっせんをする他の者が提供する取引料により生ずるものであること、商品の再販売、受託販売若しくは販売のあっせんをする他の者に対する商品の販売又は同種役務の提供若しくは役務の提供のあっせんをする他の者に対する役務の提供により生ずるものであること、商品の再販売、受託販売若しくは販売のあっせんをする他の者が取引料の提供若しくは商品の購入を行う場合又は同種役務の提供若しくは役務の提供のあっせんをする他の者が取引料の提供若しくは役務の対価の支払を行う場合に当該他の者以外の者が提供する金品により生ずるものであること、のいずれかであると規定する。
また、訪問販売法施行令一〇条(旧七条)は、訪問販売法一一条一項の「特定負担」について、「法一一条一項の政令で定める基準は、同項に規定する商品の販売若しくはそのあっせん又は同種役務の提供若しくはその役務の提供のあっせんに係る取引(そのまま取引条件の変更を含む。)において条件とされる商品の購入の総額若しくは役務の対価の支払の総額又は取引料の提供の総額(商品の購入又は役務の対価の支払と取引料の提供とが併せて条件とされる場合にあっては、その商品の購入の総額又はその役務の対価の支払の総額と取引料の提供の総額との合計額)が二万円以上であることとする」と規定している。
(3) 右要件を踏まえて、原告の商法が連鎖販売取引に該当するかどうかにつき検討するに、前記前提事実に照らせば、原告の商法は、訪問販売法一一条に規定された要件のうち、前記(2)のイ、ロ、ホの各要件は充たすと考えられるから、問題となるのは、ハ(特定利益)及びニ(特定負担)の要件を充足するか否かである。よって、以下、これらにつき検討する。
まず、前記前提事実及び「アムウェイビジネスガイド」、「あなたのアムウェイビジネス」などによれば、原告の商法は、店舗を持たず、ディストリビューターの販売によるダイレクトセリングと呼ばれる方式で行われるものであること、ディストリビューターは、原告製品の小売活動及びスポンサー活動によって原告からボーナスを得られる仕組みであること、原告が発行しているアムウェイビジネスガイドの中には、「アムウェイビジネスは小売活動とスポンサー活動を両輪としています」と記述していることが認められる。
原告の商法がダイレクトセリング方式である以上、事業の拡大は専らディストリビューターの行うスポンサー活動による新規ディストリビューターの獲得によらざるを得ないものであるが、ディストリビューターがスポンサー活動を行うメリットは、スポンサー活動によって獲得した下位のディストリビューターが商品を販売することによるボーナスポイントの獲得とそれによる収入増にあると解される。そして、右ボーナスポイントは、ディストリビューターがスポンサー活動をして自己の組織を拡大し、スポンサーしたディストリビューターがさらにスポンサー活動をして組織を拡大していくことによって増加するように設定されている。
これらの仕組みからすると、少なくとも、小売活動やスポンサー活動を行うディストリビューター(アクティブディストリビューター)にとっては、右のようにして得られるボーナスポイントは、訪問販売法施行規則一二条に定められた「商品の再販売・・・をする他の者が・・・商品の購入を行う場合・・・に当該他の者以外の者が提供する金品により生ずる」特定利益にあたるものというべきである。第一二〇回国会衆議院における特価問題等に関する特別委員会においても、特定利益の点につき右認定と同様に解していることが認められる。そうすると、原告の商法は前記(2)のハの要件も充たしているといわざるを得ない。
次に、前記(2)の要件中、ニの要件の充足の有無につき考えるに、前記前提事実及び前掲「アムウェイビジネスガイド」、「あなたのアムウェイビジネス」などによれば、一般人がディストリビューターになるための条件として、スターターキットを購入することが必要とされているが、右スターターキットの価額は八四〇〇円であること、ディストリビューターとして登録されるためにはその他の金銭的な負担を条件とされることはない旨定められていることが認められる。そうすると、右スターターキットの購入は、訪問販売法施行令に定められた二万円以上の特定負担には該当しないといわざるを得ない。
被告らは、原告ディストリビューターが一般人をディストリビューターとなるように勧誘する際、実際には、その者をして、スターターキットだけではなく二万円以上の原告製品を合わせて購入させるのが通常となっているから、これを含めると、右の特定負担に該当する旨主張し、実際に《証拠省略》によれば、商品販売の前提として、まずディストリビューター自身がその商品を使用するのがよいと勧めている記述があり、暗に購入を求めていると解することもできないわけではない(なお、《証拠省略》につき、原告はその証明力を弾劾するけれども、その文面を見る限り、ここまで精緻な記述が、全く原告と関係のない者によってなされるということは考え難く、原告のディストリビューター等関係者が作成したと考えるのが相当である。)。しかし、原告の商品販売システムの内容として二万円以上の原告製品の購入が含まれていることは証拠上認められず、一部ディストリビューターが勧誘の際に行う販売行為は事実上のものにすぎないといえるから、訪問販売法における特定負担の要件の判断にあたってこの点を考慮することはできない。したがって、被告らの右主張は採用できない。
そうすると、原告の商法は、訪問販売法一一条にいう特定負担の要件を欠くために、同法で規制されている連鎖販売取引には当たらないというほかない。
(4) 以上によれば、原告の商法は、訪問販売法で規制されている連鎖販売取引の要件のほとんどを備えている上、原告商法に関連して一般消費者などから苦情やトラブルが申し出られており、ディストリビューターの一部に適切とはいえない方法で販売活動、スポンサー活動を行う者が生じているなどマルチ商法と同様の社会問題性を有していることが認められるものの、訪問販売法における連鎖販売取引の要件のすべてを充たしているわけではない。したがって、原告の商法が連鎖販売取引であるという事実については真実であることの証明があるとはいえない。
(5) しかしながら、前記認定事実及び《証拠省略》によれば、原告の商法は、連鎖販売取引の要件の主要な部分を充たしており、また社会問題性を抱える商法であって、マルチ商法に類似する商法であることは明らかであること、原告のディストリビューターの一部には、原告が販売している浄水器について国民生活センターの製品テストが行われていないにもかかわらず、これが行われたかのような資料を作成、使用した者がいること、ボーナスポイントを獲得しようとする余り、ディストリビューターの中には、多量の在庫を抱える者がおり、これらの在庫をディスカウントストアーへ卸すなどの方法でボーナスの獲得をねらう者もいること、また、商品購入後、解約や契約解除、返品を申し出た一般消費者への対応が不適切なディストリビューターもいること等の各事実を認めることができる。
加えて、《証拠省略》などによれば、マルチ商法の具体的システムは、きわめて多様であって一般的な形態を示すことは困難であるものの、特徴としては、加盟者となるため、あるいはより上位のランクの地位に昇格するために、相当多額の加盟金等の支払い又は多量の商品購入が条件とされていること、加盟者が支払った加盟金等の一部若しくは全部、又は加盟者の商品購入による卸売利益が本部会社以外の加盟者に配分される仕組みとなっていること、加盟者が投資を決定する判断材料として、自分が勧誘する他の者等が支払う投資金の一部を自分も収受しうることを考慮していること等があるとされているところ、原告の商法も、ディストリビューターとなるため、あるいはより上位のランクのディストリビューター資格を得るために、多量の商品購入及びスポンサー活動の継続が条件となっていること、ディストリビューターの商品仕入れによる卸売利益が原告以外のディストリビューターにボーナスポイントという形で配分される仕組みとなっていること、ディストリビューターが投資を決定する判断材料として、自分が勧誘する他のディストリビューターが商品購入、仕入れに要した費用の一部を自分も収受しうることを考慮していること等の特徴を有している。
そうすると、原告の商法はマルチ商法と同様の特徴を備えており、マルチ商法と同様の問題が生じる危険性を内包しているのみならず、現実にもマルチ商法と同様の弊害が生じていると認められる。
したがって、被告らが、本件書籍中において、原告の商法を「マルチ商法」又は「マルチまがい商法」であると論評したことについては、その前提事実の重要部分につき、真実であるか、少なくとも真実であると信ずるに足りる相当な理由があったものというべきである。
(6) 以上のとおりであるから、被告らは、名誉毀損行為一については、不法行為責任を負わないというべきであり、したがってこの点に関する被告らの抗弁は理由がある。
(二) 名誉毀損行為三について
(1) 前記(二3参照)のとおり、別紙三の1ないし4の記述は、ワサビ事件の訴状を引用する形をとりながら、実際は被告山岡の意見として、原告の商法が製品の販売や販売員をリクルートすることでディストリビューターの収入が増加していく構造であることから、ディストリビューターが行き過ぎた販売促進活動等を行う可能性があるところ、それは原告の商法に内在する問題であるにもかかわらず、原告は何ら責任を負わずに、彼らの売り上げによる利益のみを獲得していること、ワサビ事件も右同様の問題を原因とする事件であるとの趣旨に出た記事である。
したがって、ここで真実性、相当性の判断対象となる事実は、① ワサビ事件と原告のビジネスとの間に関連性があり、② ディストリビューターがワサビを与えたことが原因で被害者が死亡したか、ということである。なお、この①における関連性は、《証拠省略》の記述からすれば、法的責任に限定されるものではなく、道義的責任、経営責任、社会的責任といった、広い意味での関連性である。
(2) ワサビ事件と原告のビジネスとの間に関連性があるかについて検討するに、《証拠省略》によれば、ワサビ事件とは、被害者である向後得蔵(以下「得蔵」という。)がディストリビューターである松下哲(以下「松下」という。)に整体マッサージをしてもらっていたが、松下は、得蔵が喘息のためわさびが食べられないということを聞いたため、整体マッサージの効果が上がっているはずであり、喘息は精神的な要素が作用するものであると考えて、得蔵にわさびを食べるよう勧め、得蔵がわさびを食べたところ、体調を崩して死亡したという事件であること、松下は、自己の特技として整体マッサージを行っており、ボランティアとして無料で行うか、あるいは少額の謝礼を受け取って行っていたこと、松下は、昭和六三年一月に原告のディストリビューターとなったが、活発に活動をしていたのはその後一、二年だけであり、整体マッサージを原告の商品を販売するための手段として利用したことはなく、整体マッサージには原告製品の効用を宣伝する効果もなく、右事件に際しても、原告製品を宣伝、販売した事実はなかったこと、原告のディストリビューターは、各人が独立の事業主であり、法的意味での原告との雇用関係はないこと、以上の事実を認めることができる。
右の事実関係からすれば、ワサビ事件においては、松下が単に原告のディストリビューターであっただけであって、ワサビ事件と原告の商法の間には何ら関連があったわけではないから、別紙三の各記述が真実であると認めることはできない。
(3) 次に、真実であると信じたことにつき相当性が存する否かについてみるに、《証拠省略》によれば、被告山岡は、平成六年一〇月一二日の日刊新聞数紙にワサビ事件が報道され、松下に対し損害賠償請求の訴えを提起した被害者の遺族側が、右事件の背景に販売員を増やすことが不可欠な原告の商法そのものが右事件を誘発した旨主張しているとの記事を読んで、かねてから原告の商法を批判してきた者として関心をかき立てられ、同年末から取材活動を開始したこと、被告山岡は、まず東京地方裁判所八王子支部を訪問し、右事件の訴状等を閲覧し、その後被害者の妻やその代理人である弁護士に面接して取材し、加害者である松下からも事件のこと等に関する話を聞き、これらの取材で得られた情報等を主として訴状、答弁書等を引用する形で本件書籍に記述したこと、ワサビ事件が起きた当時、得蔵は、登録していただけではあったが原告のディストリビューターであったところ、松下は、そのことを知らなかったこと、松下が整体マッサージを行うこととなったのは、得蔵の妻の姉が松下を紹介したからであり、ワサビ事件が起こる一〇日ほど前にも松下は得蔵の妻や子供に整体マッサージを行ったこと、松下は、原告の栄養食品を食べることによって花粉症が治った経験を有していたことから、他人に整体マッサージを施す場において、原告の製品は健康によい効果があると購入を勧めていたこと、得蔵の妻や子供に整体マッサージを実施した日も、松下又は他のディストリビューターによって、原告商品の購入が出席者に勧められ、その結果、得蔵の妻が原告商品を注文し、ワサビ事件の当日、右商品の授受が行われたこと、松下は、被告山岡から取材を受けた際のインタビューにおいても、原告の経営理念や原告の栄養補給食品を賛美しており、被告山岡はそのインタビューを通じて、松下が今後の生活設計を原告のビジネスを中心に考えているとの印象を抱いたこと、以上の事実を認めることができる。
右認定事実に前記認定した事実を併せ考えると、原告の商法は、原告商品の販売やリクルート活動によりボーナスが増加していくシステムであることから、適正な限度を超えた販売促進活動やリクルートが行われる可能性は否定できず、また、ディストリビューターは法的には原告の従業員ではないにしても、原告の商法はディストリビューターによる小売、スポンサー活動によって成り立っている以上、実質上ディストリビューターは原告のビジネスシステムの内部の人間であって、単なる卸商と小売商との関係とは異なるといえるのであり、被告山岡が本件書籍を執筆した時点で、ワサビ事件が原告商品の販売方法と何らかの関係があり、同事件について原告が少なくとも社会的責任を負うと信じたとしても無理からぬ事情があったと認めるのが相当である。
(4) 次に《証拠省略》によれば、松下がワサビを得蔵に食べさせたことが死亡の原因となっていることが認められるから、松下がワサビを与えたことと得蔵の死亡との間に因果関係があることは真実であると認められる。
(5) したがって、名誉毀損行為三については、その摘示された事実の重要な部分において一部真実であり、また、残余の事実についても真実であると信ずるについての相当の理由があったというべきであるから、この行為につき被告らは不法行為責任を負わないというべきであり、この点に関する被告らの抗弁は理由がある。
(三) 名誉毀損行為五について
(1) 前記前提事実及び《証拠省略》によれば、原告の有する一〇〇パーセント現金返済保証制度は、訪問販売法に定めるクーリング・オフ制度とは別に設けられ、起算日より三〇日以内であれば、返品の理由を問うことなく全製品を、また三〇日間を超えた場合でも一定条件のもとで製品の返品又は交換ができること、返品の具体的手続はオペレーションマニュアルに定められているが、そこでは、返品と返金依頼書等が毎月一五日までに各流通センターに到着した場合には、返品代金は翌月一八日までにダイレクト・ディストリビューターを通して支払い、一五日より後に到着した返品及び返金依頼書に基づく返金は翌々月扱いになることが定められていること、右のような制度をとっていることから、返品申出から実際の返金まではどんなに早くとも一か月以上を要するため、返品後返金がなされるまでの時間が長くかかりやすいところ、原告会社が電話で受け付けている返品に関する苦情は月一〇〇件前後であるが、その内容としては、手続が面倒であるとか返品後代金が返還されるまで時間がかかるとかといったものがほとんどであること、原告の製品の裏側には必ずラベルが貼られており、そこに本社へつながるフリーダイヤルナンバーが入っており、返品の受付が行われていること、原告のアムウェイ倫理綱領・行動基準においては、ディストリビューターの行動指針として、一〇〇パーセント返金保証制度を遵守すべきこと、不要な在庫を抱えるような製品仕入れをしないことなどが定められており、違反者には制裁措置が設けられていること、原告の株式がニューヨーク証券取引所に上場されたことに伴い、原告は会計基準を米国のそれに一致させる必要があり、それまで営業外費用として処理されていた商品廃棄損は、売上原価として処理することとなったため、独立にこの項目自体が表示されなくなったが、それに至るまでは毎年一〇億円を超える商品廃棄損が計上されていたこと、以上の事実を認めることができる。
右事実からするとディストリビューターや一般消費者からの返品が相当数存在し、原告の返品制度が一応は機能しているものと認められ、原告のディストリビューターが多量の不良在庫を抱えているとの記述や原告の一〇〇パーセント返金保証制度は単なる建前であるとの記述が真実であると認めることはできない。
(2) しかしながら、前述のとおり、原告のビジネスシステムは、成績別ボーナスが累進制で定められており、追加のボーナスを得るための資格も一定の販売成績を達成・維持していることが条件となっているため、販売員がボーナス資格を達成するために、不要な商品を購入したり、押し売りを行ったり、また、一旦売上に計上した商品が返品されることは、折角達成したボーナス資格を喪失させることになることから、販売員は必死で返品に抵抗したりする恐れのある構造であることは事実であるところ(そうであるからこそ、原告としても過剰な在庫を禁じたりしているものと考えられる。)、《証拠省略》によれば、国民生活センターへ寄せられた苦情や相談の内容の中には、契約解除やクーリングオフに関するものが相当数存在していること、より多くのボーナスポイントを獲得しようとするあまり、ディストリビューターの中の一部には、多量の在庫を抱える者もおり、ボーナスやランクアップを当て込んで仕入れ値以下で本来原告の商品が卸されることのないディスカウントショップへ商品を卸す者もいること、商品購入後、解約や契約解除を申し出た一般消費者への対応が不適切なディストリビューターも存在すること、原告に対し直接返品ができるという制度については特にこれを明示した資料がなく、かえって、アムウェイ・ビジネス・ガイドの記載(四二頁)を見る限りでは、ディストリビューターを通しての返品が原則であるように読めること、右ディストリビューターを通しての返品方法は、返品がディストリビューターのボーナス計算に関係してくるためディストリビューターを通すことでボーナス調整をするためであり、購入者の便宜というよりは原告会社の手続上の便宜を図ったものであることが認められる。
右事実からすれば、原告の返品制度においては、被告が本件書籍で指摘したとおり少なからず問題点が存するといえるから、別紙五の一ないし四の右各記述については、少なくとも真実と信ずるについて、相当の理由があったと認められる。そうすると、名誉毀損行為五については被告らは不法行為責任を負わないというべきであり、したがってこの点に関する被告らの抗弁は理由がある。
(四) 名誉毀損行為六について
(1) 「逃げの展開」について
前記のように、被告らは、別紙六の記述部分により、原告の商法が逃げの展開をはかっているとの印象を一般読者に与え、原告の名誉を毀損している。
そこで、右論評の基礎事実の真実性を検討するに、《証拠省略》によれば、原告の第一七期(平成四年九月から平成五年八月)のディストリビューター数は一一三万七〇〇〇組から一二三万二〇〇〇組に増加しているが、更新率が七一・七パーセントであることから、右期における新規加入者は約三四万九〇〇〇組であり、更新ディストリビューター数は約八八万組となること、原告のディストリビューターのうち、一割ないし三割の者がビジネス指向のディストリビューターであると推測されること、原告の平成四年度の業績は前年比で売上高がわずかに〇・二%増、経常利益が一四%減、純利益が一三%減、翌平成五年度も売上高が六%増、経常利益二%増、純利益四%減であったこと、原告会社の商品がディスカウント店に卸され販売されていること、以上の事実を認めることができる。
そして、すでに判断したとおり(名誉毀損行為五における記述参照)、原告の返品制度については、不適切な対応をするディストリビューターが存在するなどいくつかの問題点が存在するのであり、また、右の事実によれば、ビジネス指向のディストリビューター一人につきせいぜい一人ないし四人程度しか一年間に勧誘ができていないことになる。
そして、前述のように、原告の商法においては、ディストリビューターは自分自身の小売活動とスポンサー活動による販売組織の構築によって収入を増加させていくものであるから、ビジネス指向のディストリビューター(アクティブ・ディストリビューター)にとっては、自己の下位の組織を拡大することが重要であると考えられ、原告自身が原告の商品の販売組織の恒久的拡大を必要とするかどうかは別としても、ビジネス指向のディストリビューターの立場から見れば、スポンサー活動による自己の組織拡大は原告の商法においては当然に必要とされるものである。そして、ディストリビューターにおいて、右のようなスポンサー活動が順調に伸展しなければ、それはビジネスの発展が望めないことにつながり、ひいては、ディストリビューターによる製品販売によって収益をあげている原告の事業の拡大も滞ることとなる。
したがって、以上の認定事実を前提として、日本における事業の大きな拡大が望めなくなったとして原告に中国進出の意図があった可能性を指摘することは、意見表明として許容される範囲であって、論評の基礎事実は、主要な部分において真実であるか、真実と信ずるにつき相当な理由があったと認めるのが相当である。
原告は、約一八〇億円を投じて、渋谷のNHK放送センターの近隣に本社ビル建設用地を取得し、本社社屋を建設中で、総工費三五〇億円を超える見通しであり、平成一一年四月には完成の予定であり、八王子市に流通センターを建設し、使用していると主張し、これらは証拠上も認められるが、たとえ右事実が存在しても、前記の各事実を根拠に別紙六の記述のような意見表明をすることは、なお許されるものというべきである。
(2) 中国において原告の商法が事実上禁止された旨の記述について
次に前記のように(二6参照)、被告らは、原告の商法が中国で禁止されるような悪質な商法を行っているとの印象を一般読者に与え、原告の名誉を毀損しているといえるので、右の点の真実性、相当性について検討する。
アムウェイ・チャイナは、平成七年四月に正式開業したことは当事者間に争いがないところ、《証拠省略》によれば、中国政府は、これに先立つ平成六年八月に、既に営業しているマルチ企業に通告を出して一斉審査を開始し、悪質業者に対しては営業取消しの処置にふみ切ることを警告し、さらに平成七年一〇月には、今後中国国内の開業を禁止し、既存企業は審査を経て営業続行許可と営業許可取消とに振り分けられることとなったことが認められる。
右事実からすれば、平成六年九月に中国においてマルチ商法又はこれに類似した商法に対し審査が行われることになったことが認められるのみであって、禁止されたという客観的事実は存在しないから、事実上禁止という記載が真実であるとは認められないが、中国政府がマルチ企業に対して一斉審査を開始し、悪質業者には営業取消の処置に踏み切るなど厳しい対応をとることが明確になったとみることができ、これを「事実上」禁止と記載したとしても、真実であると信ずるに足りる相当の理由があったと認められる。
よって、名誉毀損行為六については、被告の抗弁は理由がある。
五 以上のとおり、本件名誉毀損行為中、二の行為についての原告の主張は失当であり、四の行為についてはそもそも名誉毀損を構成せず、その余の行為については真実性又は相当性を有するから、いずれの行為についても被告らは不法行為責任を負わないというべきである。
また、以上のように本件各記述部分が被告らに責任を負わせるものでない以上、本件各記述によって、原告の営業が違法に妨害されたともいうこともできない。
したがって、原告の被告らに対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
よって、原告の本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大橋弘 裁判官 堀内明 野村武範)
<以下省略>