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東京地方裁判所 平成8年(ワ)9230号 判決 1998年7月16日

原告

黄淑媛

右訴訟代理人弁護士

相馬達雄

山上賢一

相馬達雄訴訟復代理人弁護士

塩田武夫

被告

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右指定代理人

川口泰司

外四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金二五〇〇万円及びこれに対する平成八年七月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、第二次世界大戦中、満州国において、被告の被用者である陸軍軍人(以下「被告軍人」という。)の暴行によって夫を殺害されたと主張して、被告に対し、法例一一条、満州国民法及び日本民法に基づき、使用者責任による損害賠償(慰謝料)を請求した事案である。

一  原告の主張

1  事実関係

第二次世界大戦中の昭和一五年八月初めころ、満州国奉天駐在日本陸軍部隊所属の被告軍人約五名が、当時原告とその夫王維洲が居住していた満州国内の鵝房村にやって来て、被告の軍又は公務所において清掃、運搬、建築、土木作業等をする労働者の募集を開始した。当時同村は極端な就職難だったため、一〇名程度の青年が不承不承労働契約を締結し、失業中だった王維洲も、半ば無理矢理に労働契約を締結させられてしまった。

しかし、王維洲が実際に労務に就いてみると、労働条件は苛酷で、食事や宿舎も貧素であり、給与も安かった上、作業の合間に棒切れ等を持たされて軍事訓練のようなものを行わされるなどしたため、王維洲は、どこか危険な場所に配置されるのではないかとの不安を強く抱くようになった。

王維洲は辞職を申し出たが認められなかったので、同年一二月、ひそかに宿舎を脱出した。しかし、被告軍人によって発見されて連れ戻され、脱出を責められて暴行を受けた。右暴行により、王維洲は死亡した。

2  法的主張

(一) 原告の請求の法的根拠

(1) 原告の請求は、不法行為に基づく損害賠償請求である。そして、不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、法例一一条一項により、その原因たる事実の発生した地(不法行為地)の法律によるから、本件の準拠法は満州国法となる。

本件は、1記載のとおり、被告軍人がその職務に関連して王維洲に暴行を加え、死亡させたというものであるから、満州国民法七三二条、七三七条一項本文により、被告軍人の使用者である被告は損害を賠償する責任がある。

(2) 次に、不法行為の要件に関しては、法例一一条二項により、同条一項で指定された不法行為地法(満州国法)に加え、法廷地である日本法が累積的に適用されるところ、本件については、日本民法七〇九条、七一五条により、被告に損害賠償責任がある。

(3) 原告は、王維洲の配偶者として、固有の慰謝料請求権を有するとともに、王維洲の損害賠償請求権を相続によって承継取得した。

(二) 被告の主張に対する反論

(1) 本件における被告軍人の行為は、私法上の権利関係に伴うものであって、権力作用に属するものではないから、法例の適用があり、また、国家無答責の原則は適用されない。

(2) 仮に、本件における被告軍人の行為が権力作用に属するものだとしても、日本国憲法一七条は、何人も公務員の不法行為により損害を受けたときは国にその賠償を求めることができる旨規定しており、その趣旨はできる限り尊重されるべきであるから、国家無答責の原則のような理不尽な法理の適用は認められないというべきである。

(3) 民法七二四条後段は消滅時効を規定したもので、権利行使が可能なときから進行を開始すると解すべきところ、原告は、本訴提起までの間、戦争及びその後の国際関係のため権利行使が不可能な状態にあったものであるから、その損害賠償請求権は時効消滅していない。

仮に、民法七二四条後段が除斥期間を規定したものであるとしても、天災その他避けることのできない事情のあるときは、同法一六一条を類推適用して、その停止を認めるべきである。前述のとおり、原告は、本訴提起までの間、戦争及びその後の国際関係のため権利行使ができなかったものであるから、除斥期間の進行は停止中であったというべきである。

また、被告の除斥期間の主張は権利の濫用である。

二  被告の主張

1  原告の主張の不特定

原告の主張は、夫である王維洲を死亡させた者(加害者)や加害行為が十分に特定されておらず、不明というほかないから、満州国民法七三七条又は日本民法七一五条の請求原因事実の主張として失当である。

2  法例の不適用及び明治憲法下における国家無答責の原則

国際私法は渉外的私法関係に適用すべき私法を指定する法則であり、公法の抵触問題の解決は、私法のそれとは全くその性質を異にするところ、原告が主張する被告軍人の行為は権力作用に属する事柄であり、公法的色彩が極めて強いから、一般抵触法規である法例は適用されず、何らの抵触法規の介在を受けずに直接に日本法が適用されると考えるか、又は、「公務員の権力活動に際しての国家の責任については当該公務員の属する国の法律による。」との不文の抵触法により、日本法が適用されると考えるべきである。

そして、日本法の適用についてみると、明治憲法下においては、国の権力作用については私法たる民法の適用はなく、他に根拠となる法令もないことから、これに基づく損害の賠償責任は否定されてきた(国家無答責の原則)のであり、原告が主張する被告軍人の行為は、国家無答責の原則が適用される権力作用に属することは明らかであるから、原告の損害賠償請求権は認められない。

3  日本法の累積的適用(法例一一条二項)

仮に、本件に法例一一条一項の適用があるとしても、同条二項は、不法行為の要件について、不法行為地法と、法廷地である日本法との累積的適用を規定しており、2記載のとおり、明治憲法下の日本法では、国の権力作用についての損害賠償請求権は否定されてきた(国家無答責の原則)のであるから、原告の損害賠償請求権は認められない。

4  日本法の累積的適用(法例一一条三項)

仮に、本件について、満州国民法及び日本民法に基づいて、原告の主張する損害賠償請求権が成立、発生するとしても、日本法において既に右請求権が消滅している場合においては、法例一一条三項により、原告の損害賠償請求権は認められない。

そうすると、原告の右損害賠償請求権は、日本民法七二四条後段により、不法行為の時から二〇年の除斥期間が経過したことにより消滅したものである。

第三  当裁判所の判断

一  不法行為に基づく損害賠償請求権の準拠法について

1  原告の請求は、不法行為に基づく損害賠償請求であるところ、法例一一条一項によれば、不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、その原因たる事実の発生した地の法律(不法行為地法)によることになる。

2  しかし、法例一一条二項は、不法行為について、外国において発生した事実が日本の法律によれば不法でないときは同条一項の規定を適用しないと規定し、さらに同条三項は、外国において発生した事実が日本の法律によって不法であるときでも、被害者は日本の法律が認めた損害賠償その他の処分でなければ請求できないと規定している。右各規定の趣旨は、不法行為の準拠法について不法行為地法主義と法廷地法主義の折衷主義を採り、日本の裁判所が日本法上不法行為であると認めた場合に、日本法の定める範囲内においてのみ不法行為による救済を認めるものであると理解すべきである。

したがって、法例一一条二項は不法行為によって生ずる債権の成立について、同条三項は不法行為によって生ずる債権の効力について、日本法の累積的適用を定めた規定であるというべきである。

3 債権の消滅時効ないし除斥期間の問題は、債権の消滅の問題に含まれるが、それは債権の効力の一態様にほかならない。したがって、本件において、原告が主張するように、法例一一条一項によって指定される満州国法及び同条二項によって指定される日本法により、不法行為に基づく損害賠償請求権が発生、成立するとしても、同条三項によって、不法行為によって生ずる債権の効力の問題の一つとして、消滅時効ないし除斥期間を規定した日本民法七二四条の規定が累積的に適用されることになる。

二  民法七二四条について

民法七二四条後段は、不法行為に基づく損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであるというべきである。なんとなれば、同条がその前段で三年の短期の時効について規定し、更に同条後段で二〇年の長期の時効を規定していると解することは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の規定の趣旨に沿わず、むしろ同条前段の三年の時効は損害及び加害者の認識という被害者側の主観的な事情によってその完成が左右されるが、同条後段の二〇年の期間は被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であるからである(最高裁判所昭和五九年(オ)第一四七七号平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二〇九頁)。

原告の主張によれば、被告軍人による不法行為が終了したのは昭和一五年一二月であり、右時点から本訴が提起された平成八年五月一七日までに既に五五年が経過しているから、民法七二四条後段により、原告が主張する不法行為に基づく損害賠償請求権は、除斥期間(二〇年)の経過によって消滅したことになる。

なお、原告は、①除斥期間の進行は停止していた、②除斥期間の主張は権利の濫用であると主張するが、前述のような除斥期間の趣旨、性質にかんがみると、除斥期間について中断ないし停止及び権利の濫用の観念を容れる余地はないものと解すべきであるから(前掲最高裁判所判決参照)、右主張は失当である。

三  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山﨑恒 裁判官見米正 裁判官品田幸男)

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