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東京地方裁判所 平成8年(ワ)9477号 判決 1998年8月25日

原告

株式会社M商店

右代表者代表取締役

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

海谷利宏

海谷隆彦

外二名

被告

大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

小澤元

右訴訟代理人弁護士

牧元大介

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

一  請求

被告は、原告に対し、一九四六万八六二〇円及びこれに対する平成八年五月三〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  事案の概要

1  原告は、平成六年八月三日、被告との間で、次のとおり盗難保険契約を締結した(甲二九の一、二)。

保険期間 平成六年八月二四日午後四時から平成七年八月二四日午後四時まで

被保険者 原告

保険の目的 商品(宝石他)及び現金

保険料 年額四二万一〇〇〇円

保険金額 商品(宝石他)につき四〇〇〇万円

現金につき一〇〇〇万円

特約 実損てん補特約

2  平成七年七月五日午後八時ころから翌六日午前八時ころまでの間、原告店舗内において、盗難事故が発生し、別紙盗難品目録記載の商品が盗難に遇った(以下「本件盗難事故」という。)。

原告専務取締役甲野一郎(以下「甲野専務」という。)は、七月六日午前八時ころ出社して本件盗難事故を発見し、直ちに大井警察署に被害届を提出し(甲三七)、かつ、当日、被告に対し本件盗難事故を通報した。

3  本件は、原告が、被告に対し、本件盗難事故の発生を理由に損害分相当の保険金を請求するものである。

4  被告は、事案の概要1記載の事実は認めるが、同2記載の事実は知らないと認否し、本件盗難事故が真実発生したかどうか疑問であるが、仮に発生したとしても、原告は、被告に対し、虚偽の事実を申告し、又は事実を申告せず、かつ、古物台帳を改ざんしたから、被告は、盗難保険普通保険約款一一条、一六条及び一七条により保険金の支払を免責されると主張した。

5  被告の主張の大要は、次のとおりである。

(一)  原告の盗難事故歴

本件盗難事故前に原告から被告に対し保険金請求がなされた盗難事故は、次のとおりである。

① 一回目(甲六、乙三)

被害日時 平成六年一一月一〇日午後〇時から翌一一日午前一〇時三〇分の間

被害場所 原告店舗二階貴金属売場

発生状況 右二階貴金属売場にて、貴金属ウインドケースの鍵が壊され、中に展示してあった喜平ネックレス、ブレスレットが盗まれた。

被害物件 ネックレス、ブレスレット五七点三二二万四六二〇円

② 二回目

被害日時 平成七年五月九日午前三時から午前三時一五分の間

被害場所 原告店舗一階商品置場

発生状況 右一階商品搬入口から侵入、警報装置が作動したため、商品三点を奪って逃走した。

被害物件 パソコン及びムービー三点六六万九五〇〇円

(二)  本件盗難事故後の原被告の対応

平成七年七月 八日

原告 被告に対し事故報告(乙四)これを受けて、被告の社員有賀平が原告を訪問し、事情説明を受けた。

〃   七月二四日

原告 被告に対し被害品届出報告書(甲一)提出

〃   八月二五日、二六日

被告 株式会社損害保険サービスに本件盗難事故の調査を依頼し、同社の社員内川清志が原告を訪問し、現場検証を行うとともに、甲野専務から事情聴取し、関係書類(古物台帳の一部のコピー(乙一)を含む。)の交付を受けた。

〃   九月七日、八日

内川 原告を訪問し、甲野専務から再度事情聴取

〃   九月二五日

有賀 原告を訪問し、事情聴取

〃  一〇月一一日

原告が棚卸しを行うとのことで、有賀が原告を訪問し、事情聴取、この際被告が古物台帳の閲覧を請求したが、甲野専務閲覧を拒否

〃  一一月二四日

有賀 甲野専務に対し保険金支払拒否を伝える。

原告 修正申告書を提出

〃  一一月二九日

有賀、被告訴訟代理人牧元弁護士原告を訪問し、古物台帳を閲覧、この際有賀らは古物台帳の改ざんに気づいた。

原告 被告の求めに応じて古物台帳全部のコピーを提出することを了解し、後日被告宛て届けられた。

〃  一二月二一日

牧元弁護士 原告の対し保険金支払不能通知郵送

(三)  一回目盗難分の二重請求

原告は、本件盗難事故の被害品届出書(甲一)中に一回目の盗難事故による被害品合計四五点二七七万六五七〇円分を二重請求した。

原告は、右事実を認め、平成八年二月八日、右二重請求分を取り消した(甲三、二〇)が、右取消しにより不正請求による免責の判断には何らの影響を及ぼさない。

原告のこの点に対する説明は、一回目の盗難時の盗難品の記載を古物台帳上何らしていなかったため、単に売却の記載のないものとして本件盗難事故の被害品としてしまった、というものである。

しかし、原告の右説明が正しいとすれば、一回目の盗難品五七点全部が二重に請求されるはずであるが、現実には一二点の請求漏れがある。そして、提出された古物台帳(甲七の三)によれば、次の三点は全て売却済みとなっており、原告は、一回目の盗難時においても、盗難されていない古物を盗難されたとして虚偽の申告を行っていたのである。

① 一一五四八 ブレスレット 平成六年一一月一四日 店売り

② 一二一七八 ネックレス  平成六年一一月二一日 石村久

③ 一二五四二 ブレスレット 平成六年一一月三〇日 鈴木……

原告は、右事実を認め、平成八年二月八日、右一二点を一回目の盗難品から削除した(甲四、二〇)が、そのうち一〇点の古物については、当時一階ショーウインド内に展示していた分を失念していたためであると弁解している。

(四)  一階ショーウインド内の在庫品についての不正請求

原告は、平成七一一月二七日、一階ショーウインド内の在庫品を失念していたのに気づいたとして、被害品合計一九点五四万九五〇〇円分を取り消した(甲二、二〇)。この点について、原告は七月中旬、ショーウインド内の在庫品の気づき、即座に在庫品をチェックし、書面化したが、繁忙にまぎれて取消しが遅れたと弁解する。しかしながら、前記(二)で述べたとおり、原告は八月から九月にかけて内川、有賀から度々事情聴取を受けていたのであるから、右のような重要な訂正を失念するはずがない。原告が右取消しをしたのは、一一月二四日に有賀から保険金支払拒否を伝えられたためであり、不正請求であることは明らかである。

(五)  古物台帳の改ざんによる不正請求

(1) 原告は、古物が売れたときは、古物台帳の一番左端に「甲野」又は「済」という小さな印(以下「冒頭印」という。)を押捺し、払出欄に年月日、住所氏名を記載するか又は「店売り」という印を押捺している。

(2) 原告は、既に売却されている古物を盗難に遇ったとして不正請求する目的で、古物台帳の冒頭印を押捺する欄及び払出欄の両者又は一方に紙を貼付し、あるいは冒頭印を修正液で消除するという手口で古物台帳の記載を改ざんした。改ざん箇所は古物番号を基準にすると九三点に及んでおり、そのうち本件盗難事故の被害品として当初(甲一)届けられた商品は八六点である。その内容は、ネックレス八点、パソコン三点、ブラ四台、ブレスレット五点、ムービー二台、ライター二点、指輪一一点、時計五一点(内ローレックス二五点)、金額にして総額一〇四二万三七〇〇円(内ローレックス七〇一万五〇〇〇円)である。このうち、一回目盗難分として甲三により取り消されているものが一点(古物番号一一六一一)、一階ショーウインド内にあったものとして甲二により取り消されているものが一〇点(古物番号一七一三三、一七二四九、一七二五二ないし一七二五六、一七二六一、一七二六四、一七二七一)である。

(3) 以下、乙一と甲七の四とを対照し、改ざん箇所を具体的に摘示する。

乙一の記載

① 甲野 一六一二一 時計  7.7.25 店売り

② 〃 一六二五五 〃   7.7.17 〃

③ 〃  一六二六九 〃   7.7.27 〃

④ 〃  一六四五九 〃   7.8.12 品川区 青山

⑤ 〃  一六四六一 〃   7.8.5 店売り

⑥ 〃  一六五六九 指輪  7.7.27 〃

⑦ 〃  一六六〇七 時計  7.7.12 〃

⑧ 済  一六六一三 〃   7.6.18 〃

⑨ 甲野 一六六一六 〃   7.7.12 〃

⑩ 〃  一六七〇六 ネックレス 7.8.2 〃

⑪ 済  一六七三一 時計  7.7.26 多摩

⑫ 甲野 一六八五二 ブラ  7.7.25 店売り

⑬ 甲野 一六八八九 時計  7.7.12 〃

⑭ 〃  一七一五二 バッグ  7.7.27 〃

⑮ 〃  一七二四九 時計  7.7.31 〃

甲七の四の記載

①から⑤までは冒頭印を押捺する欄に紙を貼り、⑥は修正液により冒頭印を消除し、①から⑥までは払出欄には紙が貼られ、「盗難被害品H7年7月6日発生」と記載されている。

⑧と⑪は冒頭印が「済」から「甲野」に改ざんされ、⑩、⑭、⑮も冒頭印が押し直された跡があり、⑦から⑮までは払出欄に紙が貼られ、「一階ウインド内展示分店売り」と記載されている。

6  原告は、次のとおり反論した。

(一)  警察は、盗難の事実が疑わしい場合には、盗難届を受理しない。盗難に間違いがないからこそ盗難届が受理されたものである(甲八、三七ないし三九)。

(二)  被告は、古物台帳を改ざんしたというが、改ざんでなく訂正である。

訂正の方法として、誤った箇所に紙を貼って訂正するのは、再度記入できる状態にするために当然のことである。朱抹等すれば、後から正しい文字を書き入れることは困難であり、かえって帳簿が見にくくなってしまうからである。

(三)  平成四年一月から平成七年七月までの間に古物台帳に記載された物品は約二万二五〇〇点であり、そのうち訂正箇所は二一〇点にすぎず(甲三五、検証の結果)、さらにそのうち本件盗難事故の被害に遇ったとして申告しているものは僅か八六点にすぎない。したがって、原告は、古物台帳を訂正しているもののうち、現実に被害に遇った一部について本訴で請求しているにすぎず、不正請求の意図がないことは明らかである。

(四)  原告は、平成七年七月五日午後八時ころから翌六日午前八時ころまでの間に盗難被害に遇い、同日中に六〇一点もの盗難被害届を大至急提出した。したがって、一回目の盗難分を誤って二重請求してしまったり、ショーウインド内の物品の存在を失念してしまうなどの誤記をすることはやむを得ないことである。

さらに、本訴訟になり、現実には被害に遇っているにもかかわらず、少しでも疑念を持たれる可能性のある物品については、敢えて取下げをしている。

したがって、右取下後の被害額を全額被告が支払うのは当然のことである。

三  争点に対する判断

1  証拠(甲一ないし七、一八、一九の各一部、二〇、三七ないし三九、乙一、三ないし一七、証人杉浦の一部、同有賀、検証の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告の主張(一)ないし(五)記載の事実

(二)  原告は、平成七年七月五日午後八時ころから翌六日午前八時ころまでの間に本件盗難事故に遇ったとして、同日中に大井警察署に対し、六〇一点金額三〇二九万五七一〇円に及ぶ盗難被害届を提出し、二日後の八日に被告に対し、本件盗難事故に遇い、ほとんどすべての商品が盗まれた旨を通知した。

原告は、六日の時点でほとんどすべての商品を盗まれたのに、翌七日から予定どおりお得意様用の特別優待バーゲンを実施した。

(三)  原告は、本件盗難事故当時、資金繰りに苦労していた。

2  右(二)、(三)の事実と本件盗難事故により現金三〇〇万円を盗まれた旨の甲野専務の供述が不自然でたやすく信用できないことに照らせば、本件盗難事故自体が狂言である疑念を払拭し難いが、この点はさておき、右(一)、(三)の事実によれば、被告主張の不正請求の事実が認められる。

第一に、一回目の盗難分四五点、金額にして二七七万六五七〇円が二重請求となっていること自体は原告の自認するところである。

この点について、原告は、一回目の盗難事故は原告にとって初めての経験であり、盗難事故に遇った旨を古物台帳上に記録する術がなかったと弁解するが、一回目の盗難事故は原告にとっても初めての出来事であり、これにより、被告から被害金額全額(約三二二万円)の保険金の支払を受けたという経験は原告にとっても印象に残らないはずがないこと、一回目の盗難は本件盗難事故から八か月前の出来事であること、原告は、本件盗難事故後前叙のとおり内川、有賀から度々事情聴取を受けたのであるから、仮に盗難事故に遇った旨を古物台帳に記録する術を知らなかったとしても、前回盗難分のあることを内川らに告知すれば容易に対処し得たのに、結局、被告から保険金支払不能通知を受けた後の平成八年二月八日に至ってようやく取消しを通知したことに照らせば、原告の弁解を受け容れることはできない。

第二に、一階ショーウインド内の在庫品についても不実の請求があったことは、原告の自認するところである。

この点についての原告の弁解は前記5(四)記載のとおりであるが、原告は、本件盗難事故発見の当日、被害現場を訪れた警察官とともに原告店舗内を見分していること、一階部分に置いてあった他の被害品についても被害申告していること(乙五)、原告は、本件盗難事故について八月から九月にかけて内川、有賀から度々事情聴取を受け、関係書類の交付を求められていたこと、原告が右不実請求を取り消したのは、有賀から保険金の支払拒否を伝えられた日(一一月二四日)の後(一一月二七日)であることに照らせば、同様、原告の弁解を採用することはできない。

第三に、古物台帳の一部に訂正のあることは原告の自認するところである。

原告は、甲三五、四〇により、古物台帳の訂正箇所は二一〇点であり、そのうち本件盗難事故の被害に遇ったとして申告しているものは僅か八六点にすぎないから、原告には不正請求の意図はなく、古物台帳の訂正は改ざんではなく、純粋の訂正であると弁解するが、乙一と甲七の四とを対照すれば、これが改ざんに当たることは明白であるといわざるを得ない。

3  なお、原告が事後的に右不実の請求を取り消したことも、前叙認定のとおりであるが、これにより不正請求をしたという事実が否定されないことは言うまでもない。

以上のとおりであるから、被告の免責の抗弁は理由がある。

4  よって、原告の請求は理由がないから棄却する。

(裁判官髙柳輝雄)

別紙盗難品目録<省略>

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