東京地方裁判所 平成8年(行ウ)148号 判決 1998年2月24日
東京都板橋区幸町五八番八号
原告
関口みど里
千葉県市川市八幡六丁目二五番五号
原告
熊木武夫
千葉県成田市橋賀台二丁目六番一号
原告
野田みち子
東京都北区中里町二丁目二八番三号
原告
熊木義和
右四名訴訟代理人弁護士
中谷瑾子
右四名訴訟復代理人弁護士
大久保和明
同
高木太郎
東京都中央区新富二丁目六番一号
被告
京橋税務署長 上田勝廣
右指定代理人
森悦子
同
松原行宏
同
横尾輝男
同
南幸四郎
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一原告らの請求
原告らが平成四年一二月九日相続開始(被相続人熊木シゲ)に係る相続税についてした更正の請求に対し、被告が平成六年二月二八日付けでした各更正処分(ただし、平成七年一一月二八日付けないし同年一二月五日付けでされた各更正処分により減額された後のもの)のうち、各原告について次の納付すべき税額を超える部分をいずれも取り消す。
一 原告関口みど里 八三万一三〇〇円
二 原告熊木武夫 八九万五三〇〇円
三 原告野田みち子 七六万七四〇〇円
四 原告熊木義和 七六万七四〇〇円
第二事案の概要
本件は、平成四年一二月九日に開始した相続により東京都中央区銀座八丁目所在の土地(敷地権)の持分を含む相続財産を取得した原告らが右相続開始に係る相続税についてした更正の請求に対し、被告が右各更正の請求について一部のみ理由があるとしてした各更正処分の適否が争われている事案である。原告らは、右土地が面する各路線に付された平成五年分の路線価格が平成四年分の路線価よりも下落しているので、右相続に係る相続税の課税価格及び税額を算出するに当たっては、平成四年分の路線価につき時点修正をして求めた路線価を基に右土地の時価を求めるべきであるとして、被告が平成四年分の路線価を基に右土地の時価を求めた上で課税価格及び税額を算出して行った右各更正処分(ただし、その後の遺産分割に係る更正の請求に対してされた各更正処分により減額された後のもの)のうち、右の時点修正をした路線価を基に右土地の時価を求めた上で算出した税額(遺産分割に係る更正の請求において原告らが主張した各税額、すなわち、遺産分割により確定した原告らの具体的相続分の割合に従って計算したもの)を超える部分の取消しを求めているものである。
一 前提となる事実等
1 課税処分等の経緯(争いのない事実)
(一) 原告ら四名及び熊木義昭は、平成四年一二月九日に死亡した熊木シゲ(以下「被相続人」という。)の共同相続人であり、右相続に係る各相続人の法定相続分は五分の一である(以下、この相続を「本件相続」という。)。
(二) 原告らの本件相続に係る相続税の申告及びこれに対する課税処分等の経緯は、別表一ないし三記載のとおりである。
すなわち、原告らは、平成五年六月八日、被告に対し、本件相続に係る相続税について申告をし、同年一〇月七日、右申告における課税価格等の計算に誤りがあったことを理由として、被告に対し、更正の請求をしたところ、被告は、右各更正の請求について一部のみ理由があるものと認め、平成六年二月二八日付けで、原告らに対し各更正処分(右各更正の請求についてこれを一部認容する減額更正処分と一部理由がない旨の通知処分の性質を併せ有するものである。以下「本件各更正処分」という。)をした。原告らは、同年四月二八日、本件各更正処分を不服として、被告に対し異議申立てを行ったが、被告は、原告熊木義和を除く原告らに対しては同年七月二七日付けで、原告熊木義和に対しては同年八月一日付けで、右各異議申立てを棄却する旨の決定をした。さらに、原告らは、同月二六日、本件各更正処分を不服として、国税不服審判所長に対し審査請求をした後、本件相続について遺産分割が行われたことを理由として、平成七年七月一〇日、被告に対し更正の請求を行い、被告は、これを受けて、原告熊木義和を除く原告らに対しては同年一一月二八日付けで、原告熊木義和に対しては同年一二月五日付けで、右各更正の請求について一部のみ理由があるものと認め、各更正処分(右各更正の請求についてこれを一部認容する減額更正処分と一部理由がない旨の通知処分の性質を併せ有するものである。以下「本件第二次各更正処分」という。)を行った。その後、国税不服審判所長は、平成八年四月一八日付けで、原告らに対し、右各審査請求を棄却する旨の裁決をしたものである。
原告らが当初申告、平成五年一〇月七日付けでした更正の請求、遺産分割に係る更正の請求において主張した、各原告の納付すべき税額は、次のとおりである。
(1) 当初申告
原告関口みど里 二一四万〇六〇〇円
原告熊木武夫 二一四万〇六〇〇円
原告野田みち子 二一四万〇六〇〇円
原告熊木義和 二一四万〇六〇〇円
原告らの合計 八五六万二四〇〇円
(2) 平成五年一〇月七日付け更正の請求
原告関口みど里 一二七万九一〇〇円
原告熊木武夫 一二七万九一〇〇円
原告野田みち子 一二七万九一〇〇円
原告熊木義和 一二七万九一〇〇円
原告らの合計 五一一万六四〇〇円
(3) 遺産分割に係る更正の請求
原告関口みど里 八三万一三〇〇円
原告熊木武夫 八九万五三〇〇円
原告野田みち子 七六万七四〇〇円
原告熊木義和 七六万七四〇〇円
原告らの合計 三二六万一四〇〇円
2 本件各更正処分(ただし、本件第二次各更正処分により減額された後のもの)の根拠
(一) 被告が本訴において主張する原告らの本件相続に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額は、本件各更正処分(ただし、本件第二次各更正処分により減額された後のもの)による課税価格及び納付すべき税額と同額の各金額であり、その算出根拠は、別表4及び5記載のとおりである。
(1) 原告関口みど里
ア 課税価格 二二二一万五〇〇〇円
イ 納付すべき税額 一三五万六四〇〇円
(2) 原告熊木武夫
ア 課税価格 二三四五万二〇〇〇円
イ 納付すべき税額 一四三万二〇〇〇円
(3) 原告野田みち子
ア 課税価格 二〇七九万円
イ 納付すべき税額 一二六万九四〇〇円
(4) 原告熊木義和
ア 課税価格 二一五一万二〇〇〇円
イ 納付すべき税額 一三一万三五〇〇円
(二) 被告は、本件相続に係る相続財産のうち別紙物件目録記載の土地(以下「本件宅地」という。)について、以下のとおり、その相続税の課税価格に算入する価額を一億二三七四万五二六八円と求めた。
(1) 本件宅地は、間口距離が約一二メートル、奥行距離が約二〇メートルで四方の路線に面する宅地である。本件宅地が面する各路線に付された平成四年分の路線価(以下「本件各路線価」という。)は、正面路線価が一平方メートル当たり八三四万円、北側の側方路線価が一平方メートル当たり五七一万円、南側の側方路線価が一平方メートル当たり六四二万円、裏面路線価が一平方メートル当たり五四二万円であり、右各路線価を基に、本件宅地を一画地として評価すると、別表6記載のとおり、本件宅地の自用地(更地)としての評価額は、四億一七四二万一八七〇円となる。
(2) 本件宅地上には、区分所有建物である「銀座ダイヤハイツ」が存在し、被相続人は、右の建物のうち、別表9記載の二〇室(以下「本件建物」という。)について一五分の八の持分を有していた。別表9記載のとおり、本件建物のうち一室は、被相続人が自己の居住用として使用していたものであり、その余は他に貸し付けていたものであるので、本件建物の敷地である本件宅地の価額を求めるに当たつては、右の本件建物の利用区分に応じ、自用地部分(以下「本件自用地」という。)と貸家の目的に供されている土地の部分(以下「本件貸家建付地」という。)に区分し、別表7記載のとおり、本件自用地の価額を一億〇五〇四万八〇九二円、本件貸家建付地の価額を二億三七四〇万四〇七一円とそれぞれ求めた。
(3) そして、別表8記載のとおり、本件自用地及び本件貸家建付地のそれぞれについて、小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例(平成四年法律第一四号による改正後のもので、平成六年法律第二二号による改正前の租税特別措置法六九条の三の規定によるもの)を適用して、課税価格に算入する本件自用地の価額を五二五二万四〇四六円、同じく、課税価格に算入する本件貸家建付地の価額を七一二二万一二二二円と求め、右の各価額を合算して、課税価格に算入する本件宅地の価額を一億二三七四万五二六八円と求めた。
(三) 右(一)、(二)の本件相続に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額の算出根拠については、本件宅地の評価に関する部分を除き、当事者間に争いがない。
原告らが本件宅地の評価について問題としているところは、被告が本件各路線価を時点修正をしないまま用いて本件宅地の評価を行っている点であり、その評価の前提となる本件宅地の位置、形状、本件自用地と本件貸家建付地の本件宅地に占める割合等については、当事者間に争いがない。
3 路線価の下落(争いのない事実)
本件宅地が面する各路線に付された平成四年分及び平成五年分の路線価は、次のとおりであり、平成五年分の路線価は、平成四年分の路線価(本件各路線価)と比較して下落している。
(一) 正面路線価
(1) 平成四年分 八三四万円
(2) 平成五年分 六五〇万円
(二) 側方路線価(北側)
(1) 平成四年分 五七一万円
(2) 平成五年分 四六二万円
(三) 側方路線価(南側)
(1) 平成四年分 六四二万円
(2) 平成五年分 五〇五万円
(四) 裏面路線価
(1) 平成四年分 五四二万円
(2) 平成五年分 三九九万円
二 争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は、本件相続に係る相続税の課税価格を算出するに当たっての本件宅地の評価であり、具体的には、本件宅地を評価するに当たって原告の主張するような路線価の時点修正を行うべきか否か、被告の主張する本件宅地の価額が本件相続開始時における本件宅地の時価の範囲内であるか否かが問題となる。
右争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。
(被告の主張)
1 相続税法(以下「法」という。)二二条は、相続により取得した財産の価額は特別の定めのある場合を除き、当該財産の取得の時における時価により評価するものと規定している。そして、右時価とは、相続開始時における当該財産の客観的交換価格をいうものと解するのが相当であるところ、右にいう客観的交換価格は、必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上は、法に特別の定めのあるものを除き、国税庁長官が各国税局長あてに発した「財産評価基本通達」(昭和三九年四月二五日付け直資五六、直審(資)一七国税庁長官通達(ただし、本件に適用されるのは、平成五年六月二三日付け課評二―七、課資二―一五六による改正前のものである。)。以下「評価通達」という。)及び毎年各国税局長が定める相続税財産評価基準(以下「評価基準」という。)に定められている評価方法により画一的に相続財産を評価することとされている。これは、相続財産の客観的な交換価格を個別に評価する方法をとると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることを避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、回帰的かつ大量に発生する課税実務の迅速な処理が困難となるおそれがあること等からして、あらかじめ定められた評価方式によりこれを画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみて合理的であるとの理由に基づくものであり、右評価方法によることが租税負担の実質的な公平を著しく害することが明らかな特別の事情がある場合を除き、相続財産の評価は評価通達の定める評価方法によるべきである。
2 評価通達によれば、宅地の価額は、利用の単位となっている一区画ごとに評価することとされており(評価通達10)、原則として、その宅地の面する路線に付された路線価を基とし、所要の補正を行い計算した金額により評価する方式(評価通達13。以下「路線価方式」という。)又は倍率方式により評価することとされている(評価通達11)。右のうち路線価方式の基となる路線価は、宅地の価額がおおむね同一と認められる一連の宅地が面している不特定多数の者の通行の用に供されている道路又は水路ごとに設定され(評価通達14)、具体的には評価基準の路線価図として公表されている。
3 東京国税局長が定めた平成四年分の路線価である本件各路線価を基に、評価通達及び評価基準に従って、本件宅地の自用地(更地)としての価額を評価すると、前記一2(二)(1)記載のとおり、右価額は四億一七四二万一八七〇円となるところ、原告らは、本件各路線価は、平成四年一月一日の価格であり、地価が下落傾向にある状況下では、同月二日以降は、右路線価は法二二条にいう「時価」を上回ることになるから、本件宅地の時価は、本件各路線価につき相続開始時点までの時点修正をして求めた路線価を基に評価すべきである旨主張する。
しかしながら、路線価の設定に当たっては、売買実例価額、公示価格、精通者意見価格等を基として国税局長がその路線ごとに評定しているところであり(評価通達14)、かつ、右価額は、評価の安全性の面等を考慮して、時価を上回ることのないよう配慮されているものである。したがって、地価が下落傾向にあっても、平成四年分の路線価が同年一月二日以降の「時価」を直ちに上回ることにはならないのであって、評価通達の定める路線価に基づく評価方法が租税負担の実質的な公平を著しく害することが明らかであり、この方法によらないことが正当であると是認されるような特別の事情がある場合を除き、路線価に基づき評価するのが相当である。換言すれば、本件各路線価を基に評価した本件宅地の評価額(一画地としての更地の評価額)が、本件相続開始における本件宅地の時価(同前)を上回っているような特別の事情が認められない限り、本件宅地を本件各路線価により評価する方法は、合理的な評価方法として是認することができるのである。
そして、被告が本件宅地と同一町内の売買事例を収集(東京国税局課税第一部国税訟務官室に保管されている資料から、収集対象地域・中央区銀座一丁目ないし八丁目、収集対象期間・平成四年一月一日から平成五年一二月三一日の期間内に契約が締結されたものという基準により取引事例を抽出し、そのうち建ぺい率、容積率が本件宅地と異なる物件、取引対象が借地権又は底地である物件、特殊条件下で取引された物件を除外した。)、分析した結果、採用した六つの売買事例に比準して求めた本件宅地の価格はいずれも本件各路線価を基に評価した本件宅地の評価額を上回っていたのであり、本件宅地については、右の路線価方式によるべきでない特別の事情はないから、本件各路線価を基に評価した価額に基づき行われた本件各更正処分(ただし、本件第二次各更正処分により減額された後のもの)は適法である。
(原告らの主張)
1 評価通達1(2)によれば、評価通達の定めによって評価した価額が「時価」とされており、さらに、同通達14は、「路線価は、……売買実例価額、公示価格、精通者意見価格等を基として……」評定するものとしている。すなわち、売買実例価額、公示価格等は、あくまで参考価額であって、相続税において採用する「時価」ではなく、路線価が法二二条にいう相続財産評価のための「時価」である。そして、路線価は、当年一月一日現在の価格を示すものであるから、地価が下落した場合には、当然に路線価の時点修正が行われるべきであり、この場合の時点修正は、次の算式によって行うのが相当である。
当年一月一日の路線価―(当年一月一日の路線価―翌年一月一日の路線価)×当年一月一日から相続開始までの経過日数/三六五日
2 被告は、路線価の設定に当たっては、評価の安全性の面等を考慮して、時価を上回ることのないよう配慮されているから、地価が下落しても、特段の事情がない限り、路線価により評価するのが相当である旨主張する。
確かに、公示価格の評価水準と比較して路線価が低額に定められているのは、評価の安全性ということで説明し得るかもしれない。しかしながら、ここでいう評価の安全性とは、土地の価格が、その地域的要因、面積、形状、需給のバランスなど様々な要素を加味して決定されるものであり、一義的な評価が極めて困難であることから、相続税の課税価格の算定の基礎となる路線価を低めに定めていることをいうものであって、価格変動に対する安全性をいうものではないのである。
すなわち、価格変動の可能性を考慮しての安全性であるならば、土地の価格が下がることを予測して、その下げ幅を一定程度想定して安全性を考慮しなければならない。そして、そのような手続を経て決定された路線価であれば、一年間路線価を適用しても不自然ではない。
しかしながら、実態は、右と異なる。平成四年分及び平成五年分の路線価は公示価格の評価水準の八〇パーセント程度を基準として定められているが、平成三年分については、公示価格の評価水準の七〇パーセント程度を基準として定められている。平成三年の地価は、下降線をたどっているわけではない。この時期において、価格変動(下落の可能性)の幅を三〇パーセント位と想定したならば、平成四年においてはもっと大きな下落の可能性を予測すべきである。しかるに、逆に下落可能性の幅を小さくするということは考えられない。
右によれば、路線価の設定に当たって評価の安全性を考慮しているとしても、それは価格下落を含めた価格変動に対する安全性を考慮したものではないことは明らかである。
3 被告の主張によれば、地価が下落しても、同一年内に開始した相続については、原則として、同一の路線価が適用されることになるので、相続が開始した時期によって、路線価が公示価格の評価水準よりも低く定められていることによって得られる評価上の利益に差が生じることになる。本来の評価の安全性のために、公示価格の評価水準の八〇パーセントを目処として路線価が定められているのであれば、一月一日に開始した相続であっても同じ年の一二月三一日に開始した相続であっても、国民は等しく公示価格の評価水準との二〇パーセント程度の差益を享受できるようにしなければ、税制の根本である公平の理念に反するといわざるを得ない。
当初の路線価の価格時点以後地価が下落しているという状況があるならば、納税者は、前記1の算式により当該年分の路線価につき相続開始時までの時点修正をして求めた路線価を選択できるとすることが合理的であり、納税者間の公平にかなうというべきである。
第三当裁判所の判断
一 本件各更正処分と本件第二次各更正処分との関係
本件第二次各更正処分により本件各更正処分による原告らの納付すべき税額は一部取り消され、したがって、原告らが審査請求及び本訴において対象とし得るのは本件各更正処分のうち右一部取消し後のものであるということになる。
また、弁論の全趣旨によれば、原告らは本件第二次各更正処分のうち更正の請求を一部理由がないとする部分について審査請求に対する裁決を経ていないことが認められるので、本訴において、原告らが本件各更正処分(ただし、本件第二次各更正処分により減額された後のもの。)のうち当初の各更正の請求におてい主張した税額を超える部分の取消しを求めるに止まらず、遺産分割に係る各更正の請求において主張した税額を超える部分の取消しを求めることが適法といえるかどうかが一応問題になる。しかし、本件第二次各更正処分は遺産分割に係る各更正の請求(法五五条の規定により分割されていない財産について民法の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従って課税価格が計算されている場合において、その後当該財産の分割が行われ、共同相続人又は包括受遺者が当該分割により取得した財産に係る課税価格が当該相続分又は包括遺贈の割合に従って計算された課税価格と異なることとなったことにより申告に係る課税価格及び相続税が過大になったことを理由とするもの)に対するものであり、本件各更正処分により確定された遺産の課税価格の合計額を前提とし、遺産分割により確定した原告らの具体的な相続分の割合に応じて相続税額を更正するものにすぎないから、本件第二次各更正処分のうち更正の請求を一部理由がないとする部分は本件各更正処分に附随するものとして、その一部をなすものとみるのが相当であり、したがって、原告らは、右裁決前置の手続を経るまでもなく、本訴において、本件各更正処分(ただし、本件第二次各更正処分により減額された後のもの。)のうち遺産分割に係る各更正の請求において主張した税額を超える部分の取消しを求めることができるものと解される。
二 相続税における財産評価について
1 法二二条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、特別の定めのある場合を除き、当該財産の取得の時における時価によるべき旨を規定している。そして、右の時価とは、当該財産の取得の時において、その財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、換言すれば、当該財産の取得の時における客観的な交換価値をいうものと解される。
2 ところで、乙一の3及び弁論の全趣旨によれば、相続税における財産評価については、課税実務上、国税庁長官が財産評価の一般的な基準を評価通達によって定め、さらに、これに基づき国税局長が財産評価の具体的な基準を評価基準として定め、各個の財産の評価は、評価通達及び評価基準によって定められた画一的な評価方法によって行われていること、評価通達においては、市街地的形態を形成する地域にある宅地については、原則として、その宅地の面する路線に付された路線価を基とし、奥行価格補正等の画地調整を施して計算した金額によって評価する路線価方式が採用されていること(同通達11、13)、路線価は、宅地の価額がおおむね同一と認められる一連の宅地が面している路線ごとに設定するものとされ、路線価の価額は、売買実例価額、地価公示法による公示価格、精通者意見価格等を基として、その路線に面する標準的な画地の一平方メートル当たりの価額として国税局長が評定するものとされていること(同通達14)、路線価については、従来から、評価の安全性等を考慮して、公示価格の評価水準と比較して低めに定められていたが、平成四年分以降の路線価は、毎年一月一日を価格時点として、同日を価格時点とする公示価格の評価水準の原則として八〇パーセントとなるよう価額決定がされていること、評価通達には、当年の路線価と比較して翌年の路線価が上昇又は下落した場合において、路線価の時点修正を行うことができるとする規定はなく、課税実務上、原則として、同一年内に開始した相続については、その時期いかんにかかわらず、同一の路線価を基にして評価することとされていることが認められる。
3 課税実務上、相続財産の評価について右のような画一的な評価方法がとられているのは、各種の財産の客観的な交換価値を的確に把握することは必ずしも容易なことではなく、これを個別に評価する方法をとると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により評価額に格差が生じることを避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあることなどから、あらかじめ定められた評価方式により画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみて、合理的であるという理由に基づくものと解される。そして、右の理由とされているところは、公平な税負担と効率的な租税行政の実現という観点からみて首肯できるものであり、法も、相続財産の評価について右のような画一的な評価方法をとることを許容しているものと解される。
三 路線価の時点修正の要否について
1 評価通達に路線価の時点修正に関する規定のないことは、前示のとおりであるが、原告らは、路線価が法二二条にいう相続財産評価のための時価であり、その価額は当年一月一日現在のものであるから、地価が下落した場合には、同月二日以降は路線価が時価を上回ることになるから、当然に路線価の時点修正が行われるべきである旨主張する。
しかしながら、前示のとおり、法二二条にいう時価とは、当該財産の取得の時ににおける客観的な交換価値をいうものであり、これに対し、路線価は、市街地的形態を形成する地域にある宅地について画一的評価を行うための基となる価額であって、その価額は、評価の安全性等を考慮して、一般的に土地の時価に近接した価格水準を示すものと考えられている公示価格(地価公示法によれば、公示価格、すなわち、標準地の「正常な価格」とは、標準地について、自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格をいうものであり(同法二条二項参照)、右の「正常な価格」とは、法二二条にいう時価と同義のものと解される。)の評価水準よりも低額に定められているものである。
したがって、路線価そのものが法二二条にいう時価の価格水準を示すものでないことは明らかであり、原告らの前記主張は、その前提において失当というべきである。
2 原告らは、地価が下落した場合において、路線価の時点修正を行わないと、相続が開始した時期によって、路線価が公示価格の評価水準よりも低く定められていることによって得られる評価上の利益に差が生じ、公平の理念に反する旨主張する。
しかしながら、原告らがいう右の評価上の利益は、課税当局が評価の安全性等を考慮して路線価を低めに定めていることによって得られる事実上の利益にすぎず、法律上保護された利益とはいえないものであり、また、相続開始時期いかんによってその受ける評価上の利益の程度に差異が生じたとしても、それは、相続財産について、その時価の範囲内で画一的評価を行うことによって生ずるやむを得ない結果というべきであって、そのことによって納税者間の公平が害され、その評価が違法なものとなるわけではないというべきである。
3 以上のとおり、地価が下落した場合には、下落の程度いかんにかかわらず当然に路線価の時点修正が行われるべきであるとする原告らの主張は独自の見解というべきであり、採用することができない。
四 本件宅地の評価について
1 前示のとおり、平成四年分以降の路線価は、評価の安全性等を考慮して、公示価格の評価水準の原則として八〇パーセントとなるよう価額決定がされているものであり、評価通達の定める奥行価格補正等の画地調整の方法にも特段不合理な点は見当たらないから(原告らも評価通達の定める画地調整の方法の合理性については争っていない。)、通常は、評価通達の定める路線価方式によって評価した土地の価額は、法二二条にいう時価の範囲内のものになるものと解される。しかしながら、土地の評価の基礎とされた路線価の価格時点以降において地価が大幅に下落し、右路線価を基に評価した土地の価額が当該土地の相続開始時の時価を上回ることになるなどの特別の事情がある場合には、評価通達の定める路線価方式による評価について一定の修正を施す必要性が生ずるものというべきである。
2 被告が評価通達の定める路線価方式により本件各路線価を基に本件宅地の価額を求めたことは前示のとおりである。そこで本件において、本件各路線価の価格時点以降において時価が大幅に下落し、本件各路線価を基に評価した本件宅地の価額が本件宅地の相続開始時の時価を上回るなど被告がした本件宅地の評価を修正すべき特別の事情があるかどうかについて検討する。
本件宅地の面する各路線の平成四年分及び平成五年分の路線価は、前記第二の一3記載のとおりであり、平成五年分の各路線価は、平成四年分の各路線価(本件各路線価)と比較して、正面路線価は二二・〇六パーセント(〇・〇一パーセント未満四捨五入。以下同じ。)、北側の側方路線価は一九・〇九パーセント、南側の側方路線価は二一・三四パーセント、裏面路線価は二六・三八パーセントそれぞれ下落している。本件相続が開始したのは平成四年一二月九日であるが、右の各路線価の下落率に照らすと、本件宅地の時価は本件各路線価の価格時点である平成四年一月一日から本件相続開始時までに二〇パーセント前後下落したことが推認できるから、本件各路線価が評価の安全性等を考慮して平成四年一月一日の時点で公示価格の評価水準の八〇パーセント程度に定められていたとしても、本件各路線価を基に評価した本件宅地の価額は、本件相続開始時における本件宅地の時価を超える可能性があると認められる。
しかしながら、証拠(乙一の1ないし3)によれば、被告指定代理人南幸四郎は、東京国税局課税第一部国税訟務官室において保管されている相続税の更正処分の際に収集分析した資料及び異議申立てがされた際に収集分析した資料、並びに所轄署に保管されている土地建物の取引事例に係る譲渡人の申告相談事績の写し等から、中央区銀座一丁目ないし八丁目に所在する土地について平成四年一月一日から平成五年一二月三一日までの期間に契約が締結された一二の取引事例を収集し、このうち建ぺい率、容積率が本件宅地と異なる物件、取引対象が借地権又は底地である物件又は特殊条件下で取り引きされた物件のいずれかに該当するものを除き、右のいずれにも該当しない六つの取引事例を抽出したこと、そして、同人は、右各取引事例における一平方メートル当たりの売買価格につき、本件宅地と建ぺい率及び容積率が同一の近隣の地価公示標準地二地点の公示価格の下落率の平均値を月数であん分して計算した時点修正率を用いて本件相続開始時点までの時点修正をし、右各取引事例の土地と本件宅地の一平方メートル当たりの相続税の評価額の格差に基づき場所的修正を行い、右各取引事例の土地の価格に比準して本件相続開始時における本件宅地の価格を求めたところ、別表10記載のとおり、その比準価格はいずれも本件各路線価を基に評価した本件宅地の更地としての価額を上回っていたことが認められる。そして、右の被告指定代理人による価格調査は、収集した取引事例の範囲、比較の対象とする取引事例の抽出基準、本件宅地の比準価格を求める際の時点修正及び場所的修正の方法等の点において合理的なものと認められる。
右価格調査の結果にかんがみれば、本件各路線価の価格時点から本件相続の開始時までの地価の下落率が前記認定のとおりであるとしても、本件各路線価を基にして評価した本件宅地の価額が本件相続開始時点の本件宅地の時価を超えるものとまではいうことができず、他に本件において被告がした本件宅地の評価を修正すべき特別の事情のあることを認めるに足りる証拠はない。
3 したがって、本件各路線価を基に評価した価額である四億一七四二万一八七〇円をもって本件宅地の更地としての価額とすることは、時価評価の原則を定めた法二二条の規定に違反するものではないというべきである。
五 そうすると、本件相続に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額は、前記第二の一2(一)、(二)において被告の主張するとおりの金額となるので、本件各更正処分(ただし、本件第二次各更正処分により減額された後のもの)は適法というべきである。
第四結論
よって、原告らの本件請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青栁馨 裁判官 増田稔 裁判官 篠田賢治)
別紙
物件目録
左記の各土地の合計四九四・四九平方メートルに対する一万分の一八〇八の割合による敷地権についての一五分の八の持分
記
一 所在 東京都中央区銀座八丁目
地番 二〇五番一
地目 宅地
地積 二六八・四六平方メートル
二 所在 東京都中央区銀座八丁目
地番 二〇五番四
地目 宅地
地積 六四・六九平方メートル
三 所在 東京都中央区銀座八丁目
地番 二〇五番六
地目 宅地
地積 一五〇・四四平方メートル
四 所在 東京都中央区銀座八丁目
地番 二五〇番八
地目 宅地
地積 一〇・九〇平方メートル
別表一 本件課税処分等の経緯
<省略>
別表二 更正(一次更正)
<省略>
別表三 遺産分割に係る更正(二次更正)
<省略>
別表4 課税価格等の計算明細表
<省略>
別表5 税額算出表
<省略>
別表6 本件宅地の自用地としての価額
<省略>
別表7 本件宅地の利用区分割合ごとの評価額
<省略>
別表8 小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例
<省略>
別表9 本件建物の利用区分
<省略>
別表10
(1) A土地の取引事例に基づく本件宅地の価額
<省略>
(2) B土地の取引事例に基づく本件宅地の価額
<省略>
(3) C土地の取引事例に基づく本件宅地の価額
<省略>
(4) D土地の取引事例に基づく本件宅地の価額
<省略>
(5) E土地の取引事例に基づく本件宅地の価額
<省略>
(6) F土地の取引事例に基づく本件宅地の価額
<省略>