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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)169号 判決 1997年12月26日

原告 後藤雄一

被告 東京都知事 青島幸男 外五名

右六名指定代理人 江原勲 外二名

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告らが、各被告が管理する別紙一記載の各文書について、原告に対して平成八年五月二〇日付けないし同月二四日付けでなした一部非開示決定を取り消す。

二  被告ら

(本案前の答弁)

本件訴えを却下する。

(本案の答弁)

原告の請求をいずれも棄却する。

第二事案の概要

本件は、原告が、東京都公文書の開示等に関する条例(昭和五九年一〇月一日条例第一〇九号。以下「本件条例」という。)に基づき、平成四年度の会議費(食料費)の起案文書等の開示を請求したのに対し、被告らが、右文書等には個人に関する情報で特定の個人が識別され得る事項が記載されているなど、本件条例九条に定める文書の非開示事由(以下「非開示事由」という。)に該当する部分があるとして右文書等の一部を非開示とする旨決定したため、原告が、右文書等には何ら本件条例で定める非開示事由は存在せず、右一部非開示決定は本件条例の解釈を誤る違法なものであるとして、その取消しを求めているものである。

一  本件条例の定め

1  本件条例は、東京都の区域内に住所を有する者等は、知事、教育委員会、選挙管理委員会、人事委員会、監査委員、地方労働委員会、収用委員会、海区漁業調整委員会、内水面漁場管理委員会、固定資産評価審査委員会、公営企業管理者及び消防庁(以下「実施機関」という。二条一項)に対して、実施機関の職員が職務上作成し、又は取消した文書等(以下「公文書」という。)であって、実施機関において定める事案決定手続又はこれに準ずる手続が終了し、実施機関が管理しているものについて、その開示を請求することができる旨定めている(二条一項、二項、五条一項)。

2  また、本件条例は、「実施機関は、開示の請求に係る公文書に次の各号のいずれかに該当する情報が記載されているときは、当該公文書に係る公文書の開示をしないことができる。」(九条柱書)旨定め、個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの(二号)、法人等に関する情報等であって、開示することにより、当該法人等の競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれると認められるもの(三号)、開示することにより、人の生命、身体、財産又は社会的な地位の保護、犯罪の予防、犯罪の捜査その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがある情報(四号)、都と国、地方公共団体又は公共団体との間における協議、協力等により実施機関が作成し、又は取得した情報であって、開示することにより、都と国等の協力関係又は信頼関係が損なわれると認められるもの(五号)、都又は国等の事務事業に係る意思形成過程において、都の機関内部若しくは機関相互間又は都と国等との間における審議等に関し、実施機関が作成し、又は取得した文書であって、開示することにより、当該事務事業又は将来の同種の事務事業に係る意思形成に支障が生ずると認められるもの(七号)、監査、検査、取締り等その他実施機関が行う事務事業に関する情報であって、開示することにより、当該事務事業の目的や関係当事者間の信頼関係等が損なわれるおそれがあるもの(八号)など八つの非開示事由を定めている。

二  前提となる事実(当事者間に争いがない。)

1  当事者

(一) 原告は、東京都の区域内に住所を有する者である。

(二) 被告らは、いずれも本件条例二条一項に定める実施機関である。

2  原告は、本件条例に基づき、平成八年三月二七日付けで、各被告らに対し、各被告が管理する別紙一記載の各文書(別紙二記載の一部開示処分対象文書と同じである。以下「本件各文書」という。)の開示を請求(以下「本件開示請求」という。)した。

3  これに対し、被告らは、平成八年五月二〇日付けないし同月二四日付けで、本件各文書には、会議の名称、会議開催の目的、相手方の肩書、相手方の氏名、会議の場所、債権者名、債権者の口座又は債権者の印影の各事項が記載されており、それらの事項は、本件条例九条二号、三号、四号、五号、七号又は八号の非開示事由に該当するとして、本件各文書のうち、実施年月日、支出金額、支出内訳及び出席者数の部分を開示し、それ以外の部分を非開示とする旨の一部非開示決定(以下「本件各一部非開示決定」という。)を行い、各決定の日付けで、それぞれ原告に通知した。

4  被告らは、右各決定に基づき、本件各文書のうち開示する部分について、原告の閲覧に供する日時を原告と協議した上、同年七月二九日及び同月三〇日に、原告の閲覧に供した。

三  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は、本件訴訟について訴えの利益があるか否かであり、具体的には、本件各文書が既に廃棄されて存在しないかどうかであり、この点に関する当事者の主張は次のとおりである。

1  被告らの主張

(一) 被告らが管理している文書の保存及び廃棄については、東京都文書管理規程(昭和六〇年三月二五日訓令甲第五号)、東京都選挙管理委員会事務局処務規程(昭和四四年九月二九日選挙管理委員会訓令甲第一号)、東京都人事委員会処務規則(昭和五一年四月三〇日人事委員会規則第六号)、東京都教育委員会文書管理規程(平成四年四月一日教育委員会訓令第五号)(以下併せて「本件規程」という。)の定めに基づいて処理されているところ、本件各規程によれば、文書の保存年限は、当該文書の完結した日の属する会計年度の翌年度の初めから起算するものとされ、主務課長は、文書が保存年限を経過したときは、当該文書を廃棄しなければならないとされている。

(二) 本件各文書は、いずれも平成四年度中に決裁されたものであるところ、本件各規程によれば、本件各文書の保存年限はいずれも三年間とされているので、その保存年限が満了するのは、平成五年四月一日から起算して三年後である平成八年三月三一日の経過時である。

したがって、同日の経過により、本件各文書は、廃棄されなければならないものであったが、前記二2記載のとおり、原告が本件開示請求を行ったため、被告らは、本件各文書を開示するか否かを判断する必要が生じた。そこで、被告らは、その各課において廃棄を一時留保し、本件各一部非開示決定を行った後、別紙二記載のとおり、本件各文書をいずれも廃棄した。

(三) そうすると、仮に、本件訴訟において本件各一部非開示決定が取り消されたとしても、開示の対象となる公文書である本件各文書は現存しないのであるから、被告らは、本件各文書を開示することができない。

したがって、本件各一部非開示決定はこれを取り消す利益がないから、本件訴えは、訴えの利益を欠き不適法である。

2  原告の主張

原告が平成八年八月一三日に本件訴えを提起した事実は、その翌日に新聞で報道されたのであり、それにもかかわらず本件各文書を廃棄するというのは、公務員としてあるまじき行為であって、常識では信ずることができない。

また、総務局知事室関係文書については、平成八年四月一日当時、別件の訴訟の対象となっていたため廃棄されていないことが窺われるところ、本件各文書のうち情報連絡室都政情報センター管理部情報公開課に係る文書については、同課が本件情報公開の担当課であり、原告が本件各一部非開示決定を知った日から三か月間は取消訴訟を提起できること(行政事件訴訟法一四条一項)を熟知しているはずであるから、同課に係る文書が廃棄されたものとは到底思えない。

第三当裁判所の判断

一  原告が、東京都の区域内に住所を有する者であること、被告らが、いずれも本件条例二条一項に定める実施機関であること、原告が、平成八年三月二七日付けで、被告らに対し、本件開示請求をしたこと、これに対し、被告らが、同年五月二〇日付けないし同月二四日付けで、本件各文書のうち、実施年月日、支出金額、支出内訳及び出席者数の部分を開示し、それ以外の部分を非開示とする旨の本件各一部非開示決定をしたことは、当事者間に争いがない。

二1  被告らは、本件各文書は既に廃棄されていて現存せず、したがって、仮に本件各一部非開示決定を取り消したとしても、これらを開示することができないのであるから、本件各一部非開示決定を取り消す利益はなく、本件訴えはその利益を欠き不適法である旨主張するので、以下、この点について判断する。

2  証拠(乙二、三、五ないし一八一、証人千葉和廣)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一) 東京都の知事部局、収用委員会及び地方労働委員会における文書の保存及び廃棄については、東京都文書管理規程(昭和六〇年三月二五日訓令甲第五号。以下「文書管理規程」という。)の定めに基づき処理されている。

文書管理規程によれば、文書の保存年限は、一年保存、三年保存、五年保存、一〇年保存及び長期保存の五つの種類とされ(四一条一項)、共通事案に係る保存年限は、総務局長作成の共通事案に係る文書保存年限表によるものとされている(四二条二項)。また、文書の保存年限は、当該文書の完結した日の属する会計年度の初めから起算するものとされ(四三条一項)、主務課長は、文書が保存年限を経過したときは、当該文書を廃棄しなければならないとされている(四九条一項)。

(二) 東京都選挙管理委員会及び東京都人事委員会における文書の保存及び廃棄については、東京都選挙管理委員会事務局処務規程(昭和四四年九月二九日選挙管理委員会訓令甲第一号)一九条、東京都人事委員会処務規則(昭和五一年四月三〇日人事委員会規則第六号)一七条により、知事部局と同様の取扱いとする旨定められている。

また、東京都教育委員会における文書の保存及び廃棄については、東京都教育委員会文書管理規程(平成四年四月一日教育委員会訓令第五号)に知事部局と同趣旨の規定がおかれている(三四条、三五条二項、三六条一項、四一条)。

(三) 前記文書管理規程等によれば、本件各文書の保存年限は、総務局長作成の共通事案に係る文書保存年限表又は教育長作成の教育委員会共通事案に係る文書保存年限表による旨規定されているところ、弁論の全趣旨によれば、本件各文書のうち被告東京都教育委員会を除くその余の被告らの管理に係る各文書は、総務局長作成の共通事案に係る保存年限表(乙三)に定める「物件の買入れ、借入れ、売払い又は貸付けに関すること。」のうち予定価格六〇〇〇万円未満の物件の買入れ又は「金銭、有価証券の出納保管に関すること。」のうち金銭の支出命令に該当し、被告東京都教育委員会の管理に係る各文書は、教育長作成の教育委員会共通事案に係る文書保存年限表(乙八)に定める「物件の買入れ、借入れ、売払い又は貸付けに関すること。」のうち予定価格六〇〇〇万円未満の物件の買入れ又は「金銭、有価証券の出納保管に関すること。」のうち金銭の支出の決定に関する文書に該当し、その保存年限はいずれも三年間とされていることが認められる。

(四) 本件各文書は、いずれも平成四年度中に決裁されたものであるから、平成五年四月一日から起算して三年後である平成八年三月三一日の経過により、その保存年限が満了する。したがって、同日の経過により、本件各文書は、廃棄されなければならないものであった。

(五) しかしながら、前記二2記載のとおり、同年三月二七日付けで、原告が本件開示請求を行ったため、被告らは、本件各文書を開示するか否かを判断する必要が生じた。そこで、被告らは、その各課において廃棄を一時留保し、本件各一部非開示決定を行った後、別紙二記載のとおり、本件各文書をいずれも廃棄した。そのため、本件各文書は現存しない。

3  本件各文書は原告が本件条例に基づき開示請求しているものであり、本件一部非開示決定については争訟が提起されることが予想されたのであるから、そのことを考慮せずに、単に保存年限が経過したということだけで、これらを廃棄した関係主務課長の措置の妥当性には疑問を抱かざるを得ないが、本件においては、右にみたとおり、本件各文書は既に廃棄されて現存しておらず、したがって、仮に、本件訴訟において本件各一部非開示決定が取り消されたとしても、被告らが本件各文書を開示することは不可能であるから、原告において本件各一部非開示決定の取消しを求める法律上の利益はないといわざるを得ない。

4  原告は、情報連絡室都政情報センター管理部情報公開課は、本件情報公開の担当課であり、原告が本件各一部非開示決定を知った日から三か月間は取消訴訟を提起できること(行政事件訴訟法一四条一項)を熟知しているはずであるから、本件各文書のうち同課に係る文書が廃棄されたものとは到底思えない旨主張する。

しかしながら、証拠(乙一七、証人千葉和廣)及び弁論の全趣旨によれば、情報連絡室都政情報センター管理部情報公開課課長であった千葉和廣は、本件各一部非開示決定に対し原告が取消訴訟を提起するか否かについて関心を持たず、単に行政不服審査法四五条に定める異議申立期間内に異議申立てがあるかどうかについて専ら関心を持っていたこと、保存年限が経過した文書については、その開示請求や非開示決定等に対する異議申立てがない場合には廃棄することとしていたこと、平成八年九月三〇日現在、同課関係の文書について開示請求や非開示決定等に対する異議申立てがなく原告が本件訴訟を提起した事実については法務部から通知がなかったことから、本件各文書のうち同課に係る文書を廃棄することとしたことが認められる。

したがって、原告の主張は、理由がない。

三  結語

以上の次第で、本件訴えは訴えの利益を欠き不適法というべきであるから、これを却下することとし、訴訟費用については、本件各文書が廃棄され本件の訴えの利益が失われた経緯にかんがみ、これを全部被告らに負担させるのが相当と認め、行政事件訴訟法七条、民訴法九〇条、九三条一項本文に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青柳馨 裁判官 増田稔 裁判官 篠田賢治)

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