東京地方裁判所 平成8年(行ウ)254号 判決
原告
株式会社セブン(X)
右代表者代表取締役
村松喜平
被告
東京都固定資産評価審査委員会(Y)
右代表者委員長
森田重夫
右訴訟代理人弁護士
川上俊宏
右指定代理人
高山猛
同
田中敏夫
同
櫻井博
事実及び理由
第三 当裁判所の判断
一 「適正な時価」の意義及び原告の主張する慣習法又は公権的解釈の成否について
1 法に規定する「適正な時価」は本来は課税標準となるものとして規定されている。しかし、課税標準と適正な時価とは概念的には区別すべきものであり、現に、課税標準の特例又は負担調整措置が適用される場合には、課税標準は「適正な時価」として登録された価格に所定の計算上の処理を施して算出されることになる。
そして、本訴訟の審理の対象となるのは、本件土地の登録価格が「適正な時価」であるかどうかであって、課税標準の特例又は税額の当否ではない。また、本訴訟の審理の対象は、本件決定、すなわち、平成六年度の登録価格に関する被告の決定の適否であり、都知事による平成七年度又は平成八年度の登録価格の変更の要否ではないから、平成七年度又は平成八年度における地価下落の影響を考慮しないことは本件決定を違法ならしめるものではない。
2 固定資産税は固定資産の所有者に対して、資産の所有という事実に着目して課税される財産税であり、資産が土地の場合には、土地の所有という事実に着目して課税するのであって、その更地価格を基礎として、賦課期日における所有者を納税義務者として、課税されるのである。このような固定資産税の性質からすると、その課税標準又はその算定基礎となる土地の「適正な時価」とは、正常な条件の下に成立する当該土地の取引価格、すなわち、客観的な交換価値(以下「客観的時価」という。)をいうものと解すべきである。すなわち、法は、課税標準又はその算定基礎となるべき価格を客観的時価としたうえ、税率の決定又は課税標準若しくは税額の調整によって、固定資産税の性格に応じた適正な課税を実現しようとしているものと解すべきである。
なお、地価公示法は、適正な地価の形成に寄与することを目的として、標準地を選定し、その正常な価格を公示するものとし(同法一条)、「正常な価格」とは、土地について、自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格をいうと規定しているところ(同法二条二項)、「適正な時価」の概念を右のように解すると、「適正な時価」と「正常な価格」とは同一の価格(客観的時価)を志向する概念ということができる。
3 この点につき、原告は、平成三年度評価替え以前においては、時価又は公示価格の二〇パーセント以下の価格をもって登録価格とされてきたことをもって、法の規定する「適正な時価」とは時価の二〇パーセント以下の低額評価であるとする事実たる慣習が成立していたか、又は長年にわたる右取扱いによりかかる公権的解釈が行われてきたとする。
しかし、租税法律主義の下において、課税標準が慣習によって決定されることは認め難い上、規範的効力を有する慣習が成立していたというためには、その内容が一義的に確定し得ること及びその内容を当該行政庁のみならず当該慣習の効力が及ぶ範囲の国民も拘束力ある規範として確信していたことが必要であるところ、本件土地に関する公示価格との対比をみても、その評価比率を一義的に確定することはできず、低額評価が課税の謙抑性以上の規範的なものとして国民に認識され、法的確信になっていたと認めるに足りる証拠もない。また、固定資産評価が時価の二割以下とされた期間が長期間にわたり、多数の者がこの事実を認識していたことからすれば、かかる取扱いを公権的解釈とし、これに対する信頼を保護すべき事態はあり得るところである。しかし、この場合の信頼とは、右評価が土地の客観的時価を示すことに対する信頼ではなく、右評価がこれに基づいて算出される税額の多寡の指標となることに対する信頼をいうものと解すべきである。とすれば、右信頼を不当に破り不測の損害を生じさせないために急激な増税を回避する措置が採られることは、望ましいことといえるが、それ以上に、法の文言に反する取扱いが継続したが故にこれを改めることができず、あるいはこれを改めるために国会の議決を要するというべきものではないから、原告の指摘する取扱いが長期間継続したとしても、そのことをもって、登録価格を客観的時価に近づけることが違法となるものではない。
したがって、原告の右主張を採用することはできない。
二 「適正な時価」の算定基準日
1 法は、登録価格を基準年度に係る賦課期日における価格としているから(法三四九条一項)、右登録価格である客観的時価を算定すべき基準日は、賦課期日である当該年度の属する年の一月一日、本件についていえば、平成六年一月一日となる。そして、評価基準の定めも、この理解を前提とするものと解すべく、法附則一七条の二及び一八条も、他の時点をもって登録価格の算定基準日とする根拠とすることはできない。
もっとも、法は、市町村長の価格決定を賦課期日の約二か月後に当たる二月末日までに行うべきものとしている(法四一〇条)ところ、大量に存在する課税対象につき「適正な時価」を算定する諸手続を考慮すると、約二か月間のうちに評価事務のすべてを行うことは困難である。したがって、賦課期日における価格の算定資料とするための標準宅地等の価格評定事務については、賦課期日からこれらの評価事務に要する相当な期間をさかのぼった時点を価格調査の基準日として行うことを法が禁止しているものとは解されない。
しかし、このことは、右価格調査基準日又はその後の特定の日を定めて、この時点以降の価格変動を考慮することなく標準宅地の評価額を定め、これを対象土地へ比準算定した価格をもって、賦課期日における価格とみなすことを許容するものではない。けだし、価格調査基準日又はその後の特定の日以降の価格の下落を考慮せず、右特定の日を価格の基準とすることは、法に規定しない日をもって評価基準日とすることになり、課税標準算定の根幹となる価格評価の時点をあいまいにするものであり、他方、価格調査基準日における価格を基礎として算定した価格では賦課期日における適正な時価を上回ると見込まれるときは、予め想定される価格下落率を折り込んで各土地の価格評定事務を遂行することは可能であり、かかる事務処理を法あるいは評価基準が禁止しているものと解することもできないからである。
2 また、時点修正通知は、標準宅地の評価額を価格調査基準日のそれに固定することなく、時点修正をすべき旨を教示するものと解されるが、さらに、賦課期日までの時点修正の必要性を否定する趣旨と解することはできない。
三 評価基準による評価と客観的時価との関係
1 適正な時価の意義を前記のように解すると、土地の適正な時価の算定は、鑑定評価理論に従って個々の土地について個別的、具体的に鑑定評価することが最も正確な方法ということになるが、限りある人的資源を活用しても、一定の期間内に、反復・継続的に、全国に存在する大量の土地について均衡のとれた評価を実施することは、困難を極めることから、法は、これらの諸制約の下において、その評価方法を自治大臣の定める統一的な評価基準によらしめることとし、もって、大量の土地について反復・継続的に実施される評価を可及的に適正に行い、各市町村全体の評価の均衡を確保するとともに、評価に関与する者の個人差に基づく評価の不均衡を解消しようとしているものということができる。
2 法は、固定資産の評価については、評価基準によることを求めているから、法にいう「適正な時価」とは、評価基準によって評定された時価ということになる。
しかし、評価基準は、各筆の土地を個別評価することなく、標準宅地の客観的時価を個別鑑定に準じた方法で算定し、価格形成要因の主要なものについての補正等を加えて、対象土地の価格を比準評定するものであり、固定資産の価格に影響を及ぼすべきすべての事項を網羅するものでもないから、標準宅地の価格評定及び評価基準による比準の手続が適正でも個別的な評価と同様の正確性を有しないことがあることは、制度上やむを得ないものというべきであり、評価基準による評価と客観的時価とが一致しない場合が生ずることも当然に予定されているというべきである。しかし、「適正な時価」とは本来客観的に観念されるべき事項であって、法が自治大臣の策定する評価基準に委任したものは「適正な時価」を評価するための基準、方法及び手続であるから、評価基準による評価が客観的時価を上回る場合には、その限度において、登録価格は法に反するものということになる。
3 ところで、評価基準等は客観的時価を評価するための技術的、中立的基準であるため、評価方法に内在する誤差の結果、これによる評価には客観的時価を下回る場合及びこれを超える場合が生ずることになる。したがって、少なくとも評価額が客観的時価を超えるという事態が生じないよう、予め減額した数値をもって標準宅地の「適正な時価」として扱うことは合理的な方法というべきであり、また、評価手続上、賦課期日の時価が予測値にならざるをえないことを考慮して、「適正な時価」を予め控え目に評定することも許されるものというべきである。
この観点からすれば、評価基準等を適用するに際し、公示価格の算定と同様の方法で行った個別評価額の一定割合を標準宅地の適正な時価とみなすことは、評価基準等に内在する評価誤差の是正方法として合理性を有するということができ、かかる趣旨において七割評価通達に従った評価も適法というべきである。
なお、七割評価通達の趣旨が公的土地評価の相互の均衡と適正化又は固定資産税の前記性格を考慮したものであって、賦課期日までの時点修正を目的とするものではないとしても、評価基準の適用においては、七割評価という修正を加えられた標準宅地の価格が賦課期日における「適正な時価」とされているのであるから、標準宅地の価格の適否は右修正を加えられた価格が賦課期日における客観的時価を超えないものであるかどうかによって判断すべきことになる。
四 本件決定の適法性について
1 評価基準等の一般的合理性
評価基準第1章第3節によれば、市街地的形態を形成する地域における宅地については、市街地宅地評価法によって評価する旨が定められている。この評価法は、いわゆる路線価方式による評価法であるが、路線価方式は、大量の宅地を短期間に相互の均衡を考慮しながら評価する方法として使用することができるものと一般に解されており、評価基準において路線価方式を採用したことには合理性があるということができる。
また、評価基準は、市街地宅地評価法における各街路の路線価を売買実例価格を基礎として、街路の状況、公共施設の接近の状況、家屋の疎密度その他の宅地の利用上の便等及び各街路の路線価の均衡等を総合的に考慮して決める旨定めているが、このような定めは鑑定評価理論と矛盾するものではなく、本件においては主要街路からその他の街路への比準に当たって適用された基準もその考慮要素、補正割合において一般的に合理的なものと推認することができ、また、弁論の全趣旨によれば、取扱要領による奥行価格補正の方式も客観的時価への接近の方法として合理性を有するものといえる。
したがって、評価基準等における市街地宅地評価法は「適正な時価」へ接近するための合理的な方法であると推認することができる。
2 評価基準等への適合性
〔証拠略〕によれば、本件土地は、市街地的形態を形成する地域のうち、高度商業地域あるいは繁華街と比較して、日常生活圏の中心地であって、概して街路沿いのみに多種類の資本投下量の少ない店舗が連なっている普通商業地区に存すること及び本件標準宅地と同一の状況類似地区内に存することがそれぞれ認められる。
また、弁論の全趣旨及び被告主張の本件土地の登録価格の算定過程に照らせば、標準宅地の選定を含め、本件標準宅地の価格の算定方式は、平成五年一月一日より後の時点修正をしないことの適否を除き、評価基準等に従っているものと推認することができる。
3 標準宅地の価額の適正さ
(一) 本件標準宅地の平成四年七月一日における評価額及び平成五年一月一日までの時点修正をした価格は〔証拠略〕及び時点修正率を含む算定方式に照らして、右各時点における客観的時価であったことが推認され、右推認を不当とすべき事情は本件全証拠によっても認めることはできない。
(二) ところで、〔証拠略〕によれば、東京都心部の住宅地の地価は平成五年一月一日から平成六年一月一日までに二四・〇パーセント下落していることが認められるが、この期間における本件土地及び本件標準宅地の近隣地域の地価変動を検討するに、〔証拠略〕によれば、本件標準宅地に最も近い公示地である千代田五―一一は三二・五パーセント、本件土地に近隣する公示地である千代田五―二〇では三三・八パーセントの下落がそれぞれ認められる。他方、右証拠によれば、比較対象地を広範囲に採用した被告の主張による地価下落率が三〇パーセント内外となる理由は、本件土地を中心とする半径一キロメートルの範囲についてみれば、辺縁に位置し、本件土地又は本件標準宅地との類似性がより少ないと推認される宅地の下落率が低いことによるものであり、比較対象土地を採用する半径を一・五キロメートルとした場合も、本件土地又は本件標準宅地との類似性が希釈されることはあっても、より規範的な数値が得られるものと認めることはできない。
したがって、本件土地の価格の比準の基礎とされた本件標準宅地については、右期間内に、少なくとも千代田五―一一及び同五―二〇の下落率の平均値である三三・一五パーセントの地価下落があったものと推認することができる。
そうすると、平成六年一月一日における本件標準宅地の主要な街路の一平方メートル当たりの価格は、平成四年七月一日時点の不動産鑑定価格八五〇万円に平成五年一月一日までの時点修正率七九・三パーセント及びその後の平成六年一月一日までの時点修正率六六・八五パーセントを乗じた四五〇万円となり、これに基づく本件土地の価格は六億六三八五万円と算定される(別表4参照)。
(三) なお、被告は、本件土地の登録価格に右違法があるとしても、本件事案においては、税額の相違が生じないから、本件訴えはその利益を欠くと主張する。
ところで、本件訴えは本件土地の登録価格が二八一三万九七六〇円を超えないとして本件決定の取消しを求めるものであり、これが認められるときには固定資産税額は減額すべきことになるから、被告主張を前提としても、本件土地の価格の審理を求める利益があることは明らかである。そうすると、被告の主張は、税額の差を生ずることが審査請求及び訴えの利益を基礎づける手続上の要件であることを前提として、審理の結果認められた価格について税額の計算をした場合に登録価格との間に税額の差を生じないときは、結局、訴えの利益がなかったことに帰するとの趣旨と解される。
たしかに、法三四九条一項は賦課期日における価格で台帳に登録されたものを課税標準とし、これに法三五〇条に基づく税率を乗じて税額を算出することを予定しているから、登録価格の変動は税額の変動を結果することになるが、課税標準の調整措置、税額の負担調整措置により、この関係は保持されなくなっている。
しかし、法は、右のとおり、登録価格の変動が税額変動を結果することを本則とした上、固定資産の価格という客観的事実について審査申出を認め(法四三二条)、右申出に対する決定については、課税処分に対する不服とは区別して、審査決定に対する取消訴訟を提起すべき旨を規定しているのであるから、法四三四条は、税額の変動とは別個の観点から、評価委員会の評価に関する決定に対する取消しの訴えの利益を肯定しているものと解すべきであり、法附則一七条の二及び一八条も課税標準の調整及び負担調整の目的を超えて、法四三四条の性質を変更するものとは考え難い。また、登録価格は、固定資産税又は都市計画税のみならず不動産取得税(法七三条の二第一項)及び登録免許税(登録免許税法附則七条)の課税標準の算定基礎としても機能しているが、これは、登録価格については、法に定める不服方法によってその額の適正につき制度的担保があることを前提とするものである(最高裁判所第一小法廷判決・平成六年四月二一日判例時報一四九九号五九頁、同第二小法廷判決・昭和五一年三月二六日裁判集民事一一七号三〇九頁参照)。さらに、被告の見解によれば、審理の結果、認定された価格が登録価格以上であれば請求棄却という実体判断をすべきであるが、認定された価格が登録価格を下回り、税の減額を結果する価格を超えるものであるときは本案審理の要件を欠くものとして訴えを却下すべきであり、認定された価格が税の減額を結果する価格以下であれば本案に立ち入って決定の一部取消しをすべしということになるがこれは評価に関する紛争に審判の対象ではない税額の審理を取り込むものというべきであって、かかる見解を採用することはできない。
(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 團藤丈士 水谷里枝子)