大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

東京地方裁判所 平成8年(行ウ)266号 判決 1999年10月28日

原告 金井紀年 ほか五二名

被告 国

代理人 植垣勝裕 伊藤寿彦 熊谷明彦 松本真 廣戸芳彦 ほか三名

主文

一  本件各訴えのうち、違法確認請求に係る訴えをいずれも却下する。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

四  原告らのために、控訴期間に二週間を付加する。

事実及び理由

第一請求

一  公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号。ただし平成一〇年法律第四七号による改正前のもの)は、原告らに衆議院議員及び参議院議員の選挙権の行使を認めていない点において違法であることを確認する。

二  公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号。ただし平成一〇年法律第四七号による改正後のもの)は、原告らに衆議院小選挙区選出議員及び参議院選挙区選出議員の選挙権の行使を認めていない点において違法であることを確認する。

三  被告は、各原告に対し、金五万円及びこれに対する平成八年一〇月二一日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、日本国外に居住する日本国民である原告らが、

(1)  在外居住者であることを理由として選挙権の行使の機会を保障しないことは、憲法一四条一項、一五条一項、三項、四三条及び四四条並びに市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年八月四日条約第七号。以下「B規約」という。)二五条に違反すると主張して、

<1>  平成一〇年法律第四七号による改正前の公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号)は、原告らに衆議院議員及び参議院議員の選挙権の行使を認めていない点において、違法(右の憲法及び条約違反)であることの確認、

<2>  平成一〇年法律第四七号による改正後の公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号)は、原告らに衆議院小選挙区選出議員及び参議院選挙区選出議員の選挙権の行使を認めていない点において、違法(右の憲法及び条約違反)であることの確認

をそれぞれ求めるとともに、

(2)  立法府である国会が過失により原告らの選挙権の行使を可能にするための公職選挙法の改正を怠ったために、原告らは平成八年一〇月二〇日に行われた衆議院議員選挙に選挙権を行使できず、損害(慰謝料)を被ったと主張して、

<3> 原告一人当たり各金五万円の慰謝料及びこれに対する遅延損害金の支払を求めている事案である。

一  関係法令の定め等

1 憲法は、国会を構成する衆議院及び参議院の両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織するとし、両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定めると規定している(憲法四三条一項、四四条本文)ところ、公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号)は、日本国民で年齢満二〇年以上の者は、禁治産者、禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者等の一定の事由のある者を除き、衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有する旨を定めている(同法九条一項、一一条)。

2 公職選挙法は、平成一〇年四月三日国会において成立し同年五月六日公布された平成一〇年法律第四七号によって一部改正(以下、右の改正を単に「改正」という。)が行われ、国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国外に居住する日本国民(以下「在外日本人」という。)の選挙権の行使に関する在外選挙制度が創設されることとなった。

改正前及び改正後の在外日本人の選挙権の行使に関する制度の概要は次のとおりである。

(一) 改正前の制度の概要

改正前の公職選挙法においては、選挙人名簿に登録されていない者及び選挙人名簿に登録されることができない者は投票をすることができないものとされている(改正前の公職選挙法四二条一項、二項)。

選挙人名簿への登録は、当該市町村の区域内に住所を有する年齢満二〇年以上の日本国民で、その者に係る当該市町村の住民票が作成された日から引き続き三箇月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されている者について行うこととされているところ(公職選挙法二一条一項、住民基本台帳法一五条一項)、在外日本人は、我が国のいずれの市町村においても住民基本台帳に記録されない(住民基本台帳法四条、五条、七条、地方自治法一〇条一項参照)ため、選挙人名簿には登録されない。

その結果、在外日本人は、前記のとおり衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有するとされているにもかかわらず、これらの選挙が実施された場合に、事実上、右の選挙権を行使することはできない。

(二) 改正後の制度の概要

改正後の公職選挙法においては、新たに在外選挙人名簿が調製されることとなり、従来「選挙人名簿に登録されていない者は、投票をすることはできない。」とされていた前記の規定(改正前の公職選挙法四二条一項本文)は、「選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登録されていない者は、投票をすることができない。」と改められた(改正後の公職選挙法四二条一項本文)。

対象となる選挙は、衆議院議員及び参議院議員の選挙であるが、暫定的な措置として、当分の間は、衆議院及び参議院の比例代表選出議員の選挙に限ることとされたため、その間は、衆議院小選挙区選出議員及び参議院選挙区選出議員の選挙はその対象とならない(改正後の公職選挙法附則第八項)。

なお、右のような暫定的措置をとる理由について、第一四一回国会衆議院公職選挙法改正に関する調査特別委員会においては、衆議院小選挙区選出議員選挙及び参議院選挙区選出議員選挙は、いずれも候補者個人名を記載し、投票する制度であることから、投票に当たっては、候補者の氏名、政見、所属政党等が周知されていることが必要であるところ、選挙運動期間の一二日ないし一七日の間にこれらを海外の有権者に周知徹底することは困難な状況にあるのに対して、比例代表選挙は、政党名を記載し、投票する制度であって、政党の主張、政策等については、現状においても常日ごろから新聞、テレビ、ラジオ等を通じて海外にも伝わっているところであり、特段の周知方法をとらずとも、在外の有権者も相当程度の情報は得ることができるものと考えられること、さらに、在外公館にとって選挙事務は初めてのことであり、まず比例代表選挙から始めて、その事務処理体制を見極める必要があることから、在外選挙については、まず比例代表選挙から実施し、選挙情報の具体的な周知状況や在外公館の体制をみた上で、次の段階として衆議院小選挙区選出議員選挙及び参議院選挙区選出議員選挙の実施を考慮することとしたものであるとの説明がなされている<証拠略>。

在外選挙人名簿の調製及び保管は、市町村の選挙管理委員会が行うものとされ(改正後の公職選挙法三〇条の二第一項)、在外選挙人名簿に登録されていない年齢満二〇年以上の日本国民で、在外選挙人名簿の登録の申請に関しその者の住所を管轄する領事官の管轄区域内に引き続き三箇月以上住所を有するものは、右名簿への登録される資格を有するとされている(改正後の公職選挙法三〇条の四)。そして、被登録資格を有する者は、当該申請をする者の住所を管轄する領事官(当該領事官を経由して申請を行うことが著しく困難である地域として外務省令・自治省令で定める地域にあっては、外務省令・自治省令で定める者)を経由して、市町村の選挙管理委員会に在外選挙人名簿の登録の申請を行うことができる(改正後の公職選挙法三〇条の五第一項、第二項)。なお、市町村の選挙管理委員会は、在外選挙人名簿に登録されている者について、死亡、日本国籍の喪失を知った場合、国内での新たな住民票の作成日後四箇月を経過するに至ったとき等の場合には、直ちに在外選挙人名簿から抹消しなければならない(改正後の公職選挙法三〇条の一一)。

在外選挙人名簿に登録されている選挙人の投票の方法は、選挙の公示又は告示の日から原則として選挙の期日前五日までの間に、自ら在外公館の長の管理する投票を記載する場所に行き、在外選挙人証等を提示して投票をするとの方法が予定されているが(改正後の公職選挙法四九条の二第一項)、一定の地域(在外公館投票が困難な地域として別に定める地域)に居住する者は、その現在する場所において投票用紙に投票の記載をし、これを郵送する方法により投票をすることができ(同条第二項)、また、市町村の選挙管理委員会の委員長の管理する投票を記載する場所において、不在者投票の手続に準じて、投票を行うことができる(同条第三項)。

3 右の改正のうち、在外選挙人名簿の登録に関する規定は、公布の日から起算して一年を超えない範囲内において政令で定める日から施行し、在外投票に関する規定は、公布の日から起算して二年を超えない範囲内において政令で定める日から施行することとされているが(平成一〇年法律第四七号附則一条)、平成一〇年一二月一一日に公布された政令第三八七号により、在外選挙人名簿の登録は平成一一年五月一日から、在外投票は平成二一年五月一日以降に実施される衆議院議員総選挙又は参議院議員通常選挙から、それぞれ実施されることとされた。

4 原告らは、本件口頭弁論終結時において、年齢満二〇年以上の日本国民であって、三箇月以上引き続いて日本国外に居住し、日本国内で住民基本台帳に記録されていないものである(<証拠略>)。

5 したがって、原告らは、現在の法制度の下では、現在と同様に日本国外での居住を継続する限り、平成一二年五月一日より前に衆議院議員選挙又は参議院議員選挙が行われた場合には、これらの選挙についてすべての選挙権の行使ができず、また、右期日以降にこれらの選挙が行われた場合においても、衆議院小選挙区選出議員及び参議院選挙区選出議員の選挙については選挙権が行使できないこととなる。

二  当事者の主張

(原告らの主張)

1 各違法確認請求について

(一) 憲法は、主権が国民に存することを宣言する(前文第一段落、一条)とともに、国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動するとし(前文第一段落)、両議院は全国民を代表する選挙された議員で組織し(四三条一項)、両議院の議員の選挙人の資格は法律で定めるが、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって差別してはならないとしている(四四条)。

これらの規定は、公務員の選定、罷免が国民固有の権利であり(一五条一項)、公務員の選挙について成年者による普通選挙を保障し(一五条三項)、また、国民が法の下に平等であること(一四条一項)から生まれた当然の要請である。

憲法四四条ただし書の規定は、それまで多く見られた制限や差別を例示的に列挙したにすぎないものであり、これ以外の差別も認められるべきではない。なぜならば、前記の憲法の規定は、選挙における投票という国民の国政参加の最も基本的な場面においては、国民は原則として完全に同等視されるべく、各自の身体的、精神的又は社会的条件に基づく属性の相違はすべて捨象されるべきであるとする理念を表したものであり、憲法一四条一項に定める法の下の平等は、選挙権に関しては、国民はすべて政治的価値において平等であるべきであるとする徹底した平等化を志向するものであって、同条が規定する平等原理は選挙権の平等において最も徹底されなければならないからである。

(二) また、B規約二五条は、「すべての市民は、第二条に規定するいかなる差別もなく、かつ、不合理な制限なしに、次のことを行う権利及び機会を有する。(a)直接に、又は自由に選んだ代表者を通じて、政治に参与すること。(b)普通かつ平等の選挙権に基づき秘密投票により行われ、選挙人の意思の自由な表明を保障する真正な定期的選挙において、投票し及び選挙されること。(c)一般的な平等条件の下で自国の公務に携わること。」と定めている。

右の「すべての市民」の中には、外国に居住する自国民が含まれ、また、同条は、権利だけでなく機会をも保障していると解されているから、B規約の締約国は、選挙権の資格を有する者に対して選挙権を付与するだけでは足りず、これを行使する現実の機会を与える積極的措置をとらなければならないとされているから、締約国は、正式の有資格者に対して、その政治的権利が行使できる現実の機会を有するような積極的措置を保障しなければならない義務があるというべきである。

(三) それにもかかわらず、改正前の公職選挙法は、在外日本人について、衆議院議員及び参議院議員の選挙権の行使を一切認めていない。

しかし、海外に居住しているという一事によって選挙権の行使を全面的に認めない改正前の公職選挙法の規定については、憲法ないしB規約のレベルでこれを適法とさせる利益は存在しない。また、在外日本人に選挙権の行使を認めるに当たって、選挙区の割り振りや投票の方法などについて、日本国内に居住する日本国民の場合には存在しない問題があったとしても、これらの問題は技術的問題であって、そのために選挙権の行使そのものを認めないのは本末転倒である。

したがって、改正前の公職選挙法は、原告ら住民基本台帳に記録されていない年齢満二〇年以上の在外日本人に衆議院議員及び参議院議員の選挙権の行使を認めていない点において、憲法一四条一項、一五条一項、三項、四三条及び四四条並びにB規約二五条に違反するというべきである。

(四) また、改正後の公職選挙法も、当分の間の暫定措置として、衆議院小選挙区選出議員及び参議院選挙区選出議員の選挙権の行使を認めていない。

その理由については、公職選挙法の一部を改正する法律案提案理由説明によれば、「国外に居住する選挙人へ候補者個人に関する情報を伝達することは極めて困難であること等を勘案」したものとされているが、政党に関する情報伝達が困難でない以上、候補者個人に関する情報伝達が極めて困難であるとする理由はなく、今日の高度情報化社会においては、両者の間には量的な差こそあれ、本質的な差はないというべきであり、情報伝達の困難性は、純然たる手続上の問題にとどまり、投票機会の保障という憲法上の要請に優先する利益とはいえない。

現に、諸外国において広く採用されている在外選挙制度が、特に比例代表区のみに限定されているものではないことに鑑みても、なお投票の機会を制限している改正後の公職選挙法に合理的理由を見出すことはできない。

したがって、改正後の公職選挙法も、原告ら住民基本台帳に記録されていない年齢満二〇年以上の在外日本人に対し、衆議院小選挙区選出議員及び参議院選挙区選出議員の選挙権の行使を認めていない点において、憲法一四条一項、一五条一項、三項、四三条及び四四条並びにB規約二五条に違反するというべきである。

2 被告に対する国家賠償法に基づく請求について

(一) 原告らは、年齢満二〇年以上の日本国民であって衆議院議員選挙の選挙権を有する者であるが、三箇月以上引き続いて日本国外に居住し、日本国内における住民基本台帳に記録されていなかったため、平成八年一〇月二〇日に行われた衆議院議員選挙に投票することができず、精神的損害を受けた。

右損害を金銭をもって慰藉するとすれば金五万円を下ることはない。

(二)(1) 右のような事態は、立法府である国会が在外日本人の選挙権の行使が可能なように公職選挙法の規定を改正すべきであるのに、これを怠るという違法行為によって生じたものであり、右の違法行為につき、国会には少なくとも過失があるというべきである。

すなわち、改正前の公職選挙法は、憲法が明示的に保障した選挙権を何らの合理的理由なく剥奪するに等しいものであることは前記のとおりであるところ、公職選挙法が制定された昭和二五年には、それほど多数ではなかった在外日本人の数は、その後増加し、平成七年には、約七二万人にものぼっている。そのため、選挙権を有していながら、それを行使し得ない在外日本人の数は少なくとも数十万人という莫大な人数に達している。

したがって、立法府である国会は、直ちにこのような違憲状態を解消すべき義務を負っているところ、この点に関する公職選挙法の規定は制定から四〇年以上も改正されずに放置されたものであり、国会の責任は重大である。

特に、昭和五九年四月には、我が国の国際関係の緊密化に伴い、国外に居住する国民が増加しつつあることに鑑み、これらの者について選挙権行使の機会を保障するため、在外選挙人名簿の登録制度及び在外投票制度を創設するとともに、所要の規定の整備を図る必要があるとして、在外日本人について選挙権行使の機会を保障する在外選挙人名簿の登録制度及び在外投票制度を創設するための「公職選挙法の一部を改正する法律案」が国会に提出されながら、昭和六一年六月の衆議院解散に伴い、これが廃案となり、その後は違憲状態解消のための努力はなされてこなかった。

このように、国会は、この問題を認識し、その是正が求められていることを認識した後も、一〇年以上も特段の措置をとってこなかったのであり、憲法における選挙権の重要性を考えれば、このような長期間にわたって問題解決を図らないままにしておくことは到底許されないというべきである。

(2) また、憲法一五条及び四四条ただし書並びにB規約は、何らの留保も置かずに、成年の国民に対して、等しく国政選挙の選挙権が与えられるべきことを規定しているものであるから、改正前の公職選挙法が在外日本人について衆議院議員及び参議院議員の選挙権の行使を認めていない状態は、憲法及びB規約の右の一義的な文言に違反している。

そして、改正に至るまでの経過を考えれば、国会は、改正前の公職選挙法が憲法及びB規約に違反することを知りながら、あえてその改正を実施してこなかったというべきであり、このような立法の不作為は、明らかに国会の立法裁量を逸脱し、憲法の一義的文言に違反する。

(三) よって、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、原告らに対し、右違法行為により平成八年一〇月二〇日に行われた衆議院議員選挙において投票できなかったために原告らが被った精神的損害の賠償(慰謝料)として原告各自に対し各金五万円を支払うべき義務がある。

3 被告の本案前の主張に対する反論

(一) 本件各違法確認請求は、改正前の公職選挙法及び改正後の公職選挙法が、それぞれ、原告らの選挙権の行使を認めず、もって原告らの憲法上及び条約上の権利を侵害していることの確認を求めるものであり、原告ら各人が本来享有すべき個別具体的な権利(選挙権)を問題としているものである。

そして、法令自体が抽象的、一般的内容でなく、具体的な特定の内容を有している場合には、かかる法令自体に対する訴訟は許容されるし、法令自体は具体的内容を有しない場合でも、その施行によって特定の者ないし一定の範囲の者に具体的な効果が生ずる限り、法令自体に対する訴訟は許容されるのである。

右のとおり、本件は、在外日本人である原告らという特定の者の具体的な権利義務(憲法及び条約で保障された選挙権)の存否に関する原告らと国の間の紛争であって、具体的な事件性が存し、法律上の争訟に当たることは明らかである。

仮に、このような請求を不適法と解するときは、憲法一五条によって保障された権利を改正前の公職選挙法及び改正後の公職選挙法によって侵害されている原告らが、その是正を求める直截な方法は、他にはないのであるから、原告らの権利救済を求める法的機会を奪うものである。

(二) また、本訴によって違法が確認されると、関係行政庁ないし立法府は判決の趣旨に従って所要の措置をとるものであるから(行政事件訴訟法三三条一項、四一条一項)、原告らは違法の確認を求めるについて確認の利益を有する。

(三) したがって、本件各違法確認請求に係る訴えは、実質的当事者訴訟として許容される適法な訴えである。

(被告の主張)

1 本案前の主張(本件各違法確認請求に係る訴えの適法性について)

(一) 法律上の争訟性の欠缺

裁判所法三条一項にいう「法律上の争訟」として裁判所の審理の対象となるのは、法令を適用することによって解決し得べき当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争に限られ、具体的紛争を離れて、抽象的に法令等の違憲あるいは違法性等に関する判断を求めることは許されない。

本件各違法確認請求は、改正前の公職選挙法及び改正後の公職選挙法の違法確認を求めていることからも明らかなとおり、特定の衆議院議員選挙又は参議院議員選挙における原告らの具体的な選挙権の行使を問題とすることなく、法に在外の日本国民一般の選挙権の行使方法に係る規定がない、又はその規定が不十分であるとして、改正前の公職選挙法及び改正後の公職選挙法が違憲又はB規約違反であることの確認を求めるというものであって、具体的な紛争を離れて、抽象的、一般的に法律の憲法適合性又はB規約適合性についての判断を求める訴えに帰するものである。

原告らは、右の各訴えは、原告ら各人が本来享有すべき個別具体的な権利(選挙権)を問題としているから具体的な紛争が存在すると主張するが、選挙権は、個々の選挙に際して行使されない限りは、一般的、抽象的な権利又は資格にとどまるものであって、個々の特定の選挙の際に、現実にこれを行使するに当たって、権利義務ないし法律関係が具体化するものであるから、個々の特定の選挙の際にその行使が妨げられることによって初めて、権利義務ないし法律関係の存否についての紛争が具体化するものである。

したがって、原告らが、改正前の公職選挙法及び改正後の公職選挙法が各原告に選挙権の行使を認めていない点において違法であることの確認を求めるものであるといったところで、右訴えが具体的な権利義務ないし法律関係の存否についての紛争であるといえないことに変わりはない。

結局、本件各違法確認請求は、特定の衆議院議員選挙又は参議院議員選挙における原告らの具体的な選挙権の行使を問題にすることなく、改正前の公職選挙法及び改正後の公職選挙法に、国内に住民登録されていない在外の日本国民一般の選挙権の行使方法が定められていないことをもって、改正前の公職選挙法及び改正後の公職選挙法が違憲又はB規約違反であることの確認を求めるというものであるから、具体的紛争を離れて、抽象的、一般的に、法律の憲法ないしB規約適合性についての判断を求めるものといわざるを得ない。

(二) 確認の利益の欠缺

原告らは、本訴によって違法が確認されると、関係行政庁ないし立法府は判決の趣旨に従って所要の措置をとるものであるから(行政事件訴訟法三三条一項、四一条一項)、原告らは違法の確認を求めるについて確認の利益を有すると主張する。

しかし、原告らが主張する違法状態を解消するには立法措置によるほかないと考えられるところ、仮に、本件訴えを認容する判決がされたとしても、行政事件訴訟法四一条一項が準用する同法三三条一項は、右のような立法上の措置をとることを関係行政庁又は立法府に義務付けるものではないから、右判決は、関係行政庁及び立法府に対し何ら法律上の義務を負わせる効力を有しない。

したがって、本件各違法確認請求に係る訴えは確認の利益を欠くものというべきである。

(三) よって、いずれの点からしても、本件各違法確認請求に係る訴えは不適法であり、却下されるべきである。

2 本案についての主張(国家賠償法に基づく請求について)

(一)(1) 国家賠償法一条一項にいう違法とは、公権力の行使に当たる公務員が、個別の国民に対して負う職務上の義務に違背することをいうのであるから、国会議員の立法行為(不作為も含む。)が同項の適用上、違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したか否かによるべきものであり、当該立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべき事柄である。

(2) ある法律が個人の具体的権利利益を侵害するものであるという場合に、裁判所はその者の訴えに基づいて当該法律の憲法適合性の有無を判断することがあるけれども、この判断は既に成立している法律の効力に関するものであり、法律の効力についての違憲審査がなされるからといって、当該法律の立法過程における国会議員の行動、すなわち立法行為が当然に法的評価に親しむものとすることはできない。

むしろ、国会議員の立法行為は、本質的に政治的なものであって、その性質上、法的規制の対象になじむものではなく、特定個人に対する損害賠償責任の有無という観点から、あるべき立法行為を措定して具体的立法行為の適否を法的に評価するということは、原則的には許されないものといわざるを得ない。

(3) そこで、国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであって、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受けないというべきである。

(4) また、仮に、裁判所が国会議員の立法不作為に対して法的責任を問うこととなれば、それは、裁判所が、個々の国会議員に対し、特定の内容の法律を、特定の時期までに立法すべき義務を課すのと変わりがなくなるが、憲法が採用する権力分立の基本理念からすれば、裁判所において、広範な立法裁量権を有する国権の最高機関である国会に対し、たやすく一定の立法義務を課し得ると解すべきではないから、立法の不作為について違法性を認め得るのは、作為に比べて一層限定的な場合に限られるというべきである。

(5) したがって、立法不作為について、前記の憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合とは、憲法上、具体的な法律を立法すべき作為義務が、その内容のみならず、立法の時期を含めて明文をもって定められているか、又は、憲法解釈上、右作為義務の存在が一義的に明白であるにもかかわらず、その立法を行わないといった場合をいうものと解すべきである。

(二) これを本件についてみると、憲法上、在外日本人について特別の制度を設けることにより、衆議院議員及び参議院議員の選挙のすべてにつき選挙権の行使を容易にすべき立法義務を一義的に明確にした規定は存在せず、むしろ、憲法四四条の規定に照らせば、右のような制度を設けるかどうかは立法府の裁量に委ねられているものと解すべきである。

したがって、在外選挙制度に係る立法措置を講じないことが、国家賠償法一条一項の適用上、違法と評価される余地はないから、原告らの本件国家賠償請求は失当である。

三  争点

したがって、本件の争点は、次の各点である。

1 国会が平成八年一〇月二〇日に行われた衆議院議員選挙までに公職選挙法の規定を改正して在外日本人である原告らの投票を可能にしなかったことが、国家賠償法一条一項の適用上、憲法及びB規約に違反した違法な立法上の不作為に当たるか。

(争点1)

2 本件各違法確認請求に係る訴えが適法であるか。

(争点2)

3 右各訴えが適法であるとすれば、

(一) 改正前の公職選挙法は、原告らに衆議院議員及び参議院議員の選挙権の行使を認めていない点において、憲法一四条一項、一五条一項、三項、四三条及び四四条の各規定並びにB規約二五条の規定に違反するか。

(二) 改正後の公職選挙法は、原告らに衆議院小選挙区選出議員及び参議院選挙区選出議員の選挙権の行使を認めていない点において、憲法一四条一項、一五条一項、三項、四三条及び四四条の各規定並びにB規約二五条の規定に違反するか。

(争点3)

第三当裁判所の判断

一  争点1(国家賠償法一条一項に基づく請求の当否)について

1  原告らは、立法府である国会が平成八年一〇月二〇日に行われた衆議院議員選挙までに公職選挙法の規定を改正して在外日本人である原告らの選挙権の行使を可能にしなかったことは、憲法及びB規約に違反した違法な立法上の不作為に当たるから、被告は国家賠償法一条一項に基づいて、原告らが被った損害(慰謝料)を賠償すべき義務があると主張するものである。

2  国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものであるから、右原告らの主張における国会の不作為とは、これを構成する国会議員の立法上の不作為をいうものと解されるところ、国会議員の立法作為(立法不作為を含む。以下、同じ。)が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきものである。

そして、国会議員の立法作為は、本質的に政治的なものであって、その性質上法的規制にはなじまないものであり、特定個人に対する損害賠償責任の有無という観点から、あるべき立法作為を措定して具体的立法行為の適否を法的に評価するということは原則的に許されないといわざるを得ない。

したがって、国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係において政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであって、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うといった例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受けないと解すべきである(最高裁昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁)。

3  そこで、右のような前提に立って、国会議員が平成八年一〇月二〇日に行われた衆議院議員選挙までに在外日本人である原告らの選挙権の行使を可能にするような公職選挙法の規定の改正を行わなかったことが、国家賠償法一条一項の適用上、違法であるか否かを検討する。

(一) 憲法一五条一項は、公務員を選定し、これを罷免することは、国民固有の権利であるとした上で、同条三項において、公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障すると規定している。

また、憲法四三条一項は、両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織するとし、憲法四四条は、両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定めるとした上で、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって差別してはならないとする。

さらに、憲法一四条一項は、すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されないことを規定している。

したがって、原告らの衆議院議員及び参議院議員の選挙権が憲法に基づく基本的かつ重要な権利であることは原告ら主張のとおりである。

(二) しかし、一方で、代表民主制の下における選挙制度は、選挙された代表者を通じて、国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし、その国の事情に即して具体的に決定されるべきものであり、そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけのものではない。憲法もまた、右の理由から、国会両議院の議員の選挙については、両議院の定数、両議院の議員及びその選挙人の資格、選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定めるとし(憲法四三条二項、四四条、四七条)、憲法上、これ以上に、選挙に関する細則にわたる規定を置いていないことからすれば、右規定は、選挙に関する事項の具体的決定を、憲法上正当な理由となり得ないことが明らかな前記の人種、信条、性別等による差別を除き、原則として立法府である国会の裁量に委ねる趣旨であると解される(最高裁昭和三九年二月五日大法廷判決・民集一八巻二号二七〇頁、最高裁昭和五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁)。

そして、憲法の授権に基づく国会の右の裁量の中には、短期間に極めて多数の選挙人によって行われる右の選挙を、混乱なく、公正かつ能率的に執行するために、国民の選挙権行使に必要な制約を加えることも、当然に含まれているというべきである。

(三) そうであるとすれば、世界各国の各地方に居住する在外日本人について、その所在を把握し、これらの者に対して当該選挙における立候補者の氏名、経歴、政見等を周知させ、投票や開票などの選挙の執行作業を行う場合には、選挙を公正かつ能率的に執行するについて、国内における場合とは異なる様々な実施上の問題点が想定されるところであるから、国会が選挙制度を定めるに当たって、在外選挙制度を設けるか否か、設けるとすればどのような仕組みでどのような時期からこれを実施するかなどの具体的決定は、国会の右の裁量に委ねられていると解すべきであり、衆議院議員及び参議院議員の選挙権が憲法に基づく基本的かつ重要な権利であるからといって、原告らの主張するように、国会には、在外選挙制度を設けるなどして在外日本人の選挙権行使を確保すること以外に立法上の選択が許されていないとまではいえない。

ちなみに、証拠<略>によれば、イギリス、フランス、ドイツ、カナダ、オーストラリアなどの諸国においても、在外に居住する自国民の大多数の者の選挙権の行使を可能にする在外選挙制度などが設けられたのは比較的近年に至ってのことである。

(四) したがって、前記の憲法一五条一項、三項、四三条、四四条ただし書又は一四条一項の各規定をもって、これらが直ちに立法府である国会に対して衆議院議員及び参議院議員の選挙のすべてにつき在外日本人の選挙権の行使を可能にする立法をなすべきことを一義的に明白に命じていると解することは困難である。

(五) また、原告らの主張するB規約二五条は、「すべての市民は、第二条に規定するいかなる差別もなく、かつ、不合理な制限なしに、次のことを行う権利及び機会を有する。(a)直接に、又は自由に選んだ代表者を通じて、政治に参与すること。(b)普通かつ平等の選挙権に基づき秘密投票により行われ、選挙人の意思の自由な表明を保障する真正な定期的選挙において、投票し及び選挙されること。(c)一般的な平等条件の下で自国の公務に携わること。」と定めているが、右の文言から明らかなとおり、同条が、条約締結国の立法府に対し、在外に居住する自国民の選挙権の行使を可能にする立法措置を講ずべきことを一義的に明白に命じているとは解されない。

(六) 以上によれば、国会議員が平成八年一〇月二〇日に行われた衆議院議員選挙までに在外日本人である原告らの選挙権の行使を可能にするような公職選挙法の規定の改正を行わなかったことが、憲法又はB規約の一義的な文言に違反するものでないことは明らかであるから、右の立法の不作為をもって、国家賠償法一条一項の適用上、違法と評価すべき例外的な場合に当たると認めることはできない。

4  よって、原告らの被告に対する国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求は理由がない。

二  争点2(本件各違法確認請求に係る訴えの適否)について

1  裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に限られるところ、右の「法律上の争訟」とは、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争に限られており、このような具体的紛争を離れて、裁判所に対し、抽象的に法令が憲法に適合するかしないかの判断を求めることは許されない(最高裁昭和二七年一〇月八日大法廷判決・民集六巻九号七八三頁、最高裁平成元年九月八日第二小法廷判決・民集四三巻八号八八九頁、最高裁平成三年四月一九日第二小法廷判決・民集四五巻四号五一八頁)。

2  本件各違法確認請求の趣旨は、前記「第一 請求」記載のとおり、それぞれ、改正前の公職選挙法は原告らに衆議院議員及び参議院議員の選挙権の行使を認めていない点において違法であることの確認(請求一)、及び改正後の公職選挙法は原告らに衆議院小選挙区選出議員及び参議院選挙区選出議員の選挙権の行使を認めていない点において違法であることの確認(請求二)を求めるものであるが、右のうち、原告らの権利行使が認められていないとする部分は、改正前の公職選挙法又は改正後の公職選挙法において、選挙権を有する在外日本人一般について右各選挙権行使の方法が確保されていないという一般的状態を現在の原告らの立場に当てはめて表現したにすぎないというべきであり、この意味における原告らの立場は、選挙権を有する他の在外日本人と特に異なるところはなく、また、特定の選挙を個別具体的に取り上げて原告らの権利行使が認められていないことを主張するものでもない。

したがって、本件各違法確認請求に係る訴えは、結局のところ、具体的紛争を離れて、改正前の公職選挙法又は改正後の公職選挙法の違法の確認を求める訴えであるというべきであり、法律上の争訟には当たらないと解すべきである。

3  また、仮に本件各違法確認請求に係る訴えが法律上の争訟に当たると解したとしても、右各訴えは不適法であるというべきである。

すなわち、原告らは、右各訴えは実質的当事者訴訟であると主張するが、その請求の内容からすれば、右各訴えは、要するに、立法府である国会が、衆議院議員及び参議院議員のすべての選挙において在外日本人の選挙権の行使を可能にすべき立法を行う義務があるにもかかわらず、その立法措置を怠り、憲法及びB規約によって保障された原告らの選挙権の行使の全部又は一部を不可能な状態に置いていることが、右憲法及びB規約に違反するとの確認を求めるものであって、国会の立法権限の不行使に対する不服の訴えにほかならないから、公権力の行使に関する不服の訴訟として、抗告訴訟の類型に属する訴えと解するのが相当である。

そして、右のようないわゆる無名抗告訴訟は、無制限に許容されるものではなく、三権分立の原則からすれば、それが適法な訴えとして許容されるためには、少なくとも、行政庁が処分をなすべきこと又はなすべからざることについて法律上羈束されており、行政庁に自由裁量の余地が全く残されていないなど、第一次判断権を行政庁に留保することが必ずしも重要ではないと認められることが必要であると解されている。

しかし、本件各違法確認請求に係る訴えは、唯一の立法機関として広範な立法裁量権を有する国会の立法権限の不行使に対する不服の訴えであり、憲法又はB規約上、国会に対して衆議院議員及び参議院議員の選挙のすべてにつき在外日本人の選挙権の行使を可能にする立法を行うべきことを一義的に命じる規定が存在するとは認められないことは前記認定のとおりであるから、本件各違法確認請求に係る訴えが右の無名抗告訴訟が許容されるために必要な要件を具備していないことは明らかである。

したがって、仮に本件各違法確認請求に係る訴えが法律上の争訟に当たると解するとしても、右各訴えはいわゆる無名抗告訴訟として許容される場合には当たらないというべきである。

4  よって、いずれにしても、本件各違法確認請求に係る訴えはいずれも不適法であるといわざるを得ない。

三  結論

以上によれば、本件各違法確認請求に係る訴えは不適法というべきであるから、これらを却下し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 市村陽典 阪本勝 村松秀樹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例