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東京地方裁判所 平成9年(ヨ)21227号 決定 1998年2月06日

債権者

坂井正明

右代理人弁護士

伊東良德

債務者

平和自動車交通株式会社

右代表者代表取締役

杉田茂

右代理人弁護士

高村民昭

主文

一  債務者は、債権者に対し、平成一〇年二月から平成一一年一月まで毎月二八日限り金二三万円を仮に支払え。

二  債権者のその余の申立てを却下する。

三  申立費用は債務者の負担とする。

事実

第一申立ての趣旨

一  債権者が債務者との間で雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成九年一一月以降本案判決確定に至るまで毎月二八日限り金三三万六四三七円を仮に支払え。

第二事案の概要

一  前提となる事実(疎明資料の記載のないものは争いのない事実)

1  債務者は、一般乗用旅客自動車運送事業等を目的とする会社であり、債権者は、平成三年一二月に債務者に入社し、平成四年一月以降タクシー乗務員として債務者の江戸川営業所において勤務している。また、債権者は、平和自交労働組合(以下「組合」という。)に所属している。

2  債務者は債権者に対し、平成九年七月二二日(以下特に断らない限り平成九年を指す。)以降出勤停止の措置をとり、同日以降の賃金を支払っていない(<証拠略>)。

3  債務者は、九月一〇日、債権者に対する出勤停止を解除するよう組合から要請を受け、組合に対し、債権者が債務者の運行管理に従うことを誓約すれば乗務させることは可能である旨同日付けの書面で回答した。組合は、「債務者の右回答を債権者に伝達したが、債権者はこれを拒否した。」旨記載した一〇月一三日付けの書面を債務者に交付した(<証拠略>)。

4  債務者は債権者に対し、一〇月二三日、債権者が債務者の運行管理に従わない態度を明らかにしたとして、就業規則八一条一号に基づき債権者を諭旨解雇した。なお、債務者は、本件審尋手続において、債権者の右態度は就業規則八一条二〇号にも該当すると主張している。

5  債務者の就業規則八一条は、「従業員が次の各号の一つに該当するときは諭旨解雇又は懲戒解雇にする。一、前条の懲戒を受けたにもかかわらずなお改悛の見込みがないとき。(中略)二〇、業務上の指示命令に不当に反抗して事業場の秩序を乱したとき。(後略)」と規定しており、八〇条には、「従業員が次の各号の一に該当するときは譴責、減給、降格、乗務停止又は出勤停止に処する。(中略)三、業務上の指示命令に従わないとき。(後略)」との規定がある。また、七三条は、出勤停止の期間を二〇労働日以内とし、出勤停止中の賃金は支給しない旨定めている。

6  債務者の賃金形態は月給制であり、毎月一三日又は一四日締めで二七日又は二八日払いである。平成八年六月から平成九年五月までの間に債権者が支給された賃金は、一か月平均三三万六四三七円である。

二  主たる争点

1  本件諭旨解雇が有効か否か

2  保全の必要性

三  当事者の主張

1  争点1(本件諭旨解雇が有効か否か)について

(一) 債務者

(1) 本件諭旨解雇の理由は、次の<1>ないし<7>に記載した事実(以下「<7>の事実」などという。)である。

<1> 債権者は、タクシー乗務を始めた当初から営業成績が悪く、平成五年一〇月ころから無線車に乗務するようになっても一向に営業成績は上がらなかった。その証拠に、債務者は組合との間で「タクシー乗務員賃金協定」を締結し、一乗務のハンドル時間(運行記録紙で車が動いていると確認される時間)が一〇時間に達しないか又は走行距離が二〇〇キロメートル未満であったときは、不完全就労とみなして賃金を減額することにしているところ、債権者は、平成七年八月から平成九年七月までの二年間、ほぼ毎月ハンドル時間不足等により賃金を減額されている(その額は合計一八万四〇〇〇円に及ぶ。)。ハンドル時間不足により賃金を減額される乗務員はほとんどおらず、時にそのような者がいても、債務者の指示、指導ですぐに改善されており、債権者のように恒常的に賃金の減額を受ける者はいない。債務者は、運行管理者をして債権者に営業の方法等を指示、指導してその改善を試みたが、債権者はこれを反省して是正するどころかかえって反抗的となり、平成八年五月には運行管理者に罵声を浴びせたり、威嚇的言辞を吐いたりし、その後も反抗的な行為を繰り返した。

<2> 平成八年一〇月二三日、債権者は運行管理者の注意を無視して社内で「私の決意」と題するビラを配布した。

そこで、債務者は債権者に対し、譴責等の処分を行った。

<3> 平成九年三月一一日の始業点呼の際、乗務員長沢良一の死因について、宮嶋諒一江戸川営業所長が「東京都監察医院での解剖結果は、くも膜下出血であった。」と説明したところ、債権者は「過労死だろう。」と大声で怒鳴った。

神聖なる始業点呼場でこのような発言をすることは極めて不穏当であるため、同所長は債権者を注意した。

<4> 七月一八日は債権者の乗務日であったが、当日の同人の運行記録紙をみると不就労時間が六時間あった。運行管理者が債権者にこの理由を質したところ、債権者は私事の書き物をしていたと答え、運行管理者がこれを注意すると、反省するどころか強い反抗的態度を示した。

そこで、債務者は、債権者には過去に再三この種の不就労があったこと(<1>の事実)を考慮して、七月二三日、債権者に対し、「七月二二日から二八日まで出勤停止とし、始末書を提出すること、始末書を提出しないときは出勤停止の期間を延長する」旨の懲戒処分を行った。債権者は始末書を提出せず、反省の態度も示さなかったので、出勤停止の期間は八月一四日まで延長された。

<5> 八月一七日、債権者は、債務者の役員及び運行管理者に対する事実無根の誹謗中傷を内容とするビラを債務者に無断で社内で配布した。

そこで、債務者は、九月一六日、債権者に対し、「九月一八日から二八日まで出勤停止とし、始末書を提出すること、始末書を提出しないときは出勤停止の期間を延長する」旨の懲戒処分を行った。債権者は始末書を提出せず、反省の態度も示さなかったので、出勤停止の期間は一〇月一一日まで延長された。

<6> 九月二六日、二七日の両日、債権者は、出勤停止のため社内立ち入りが禁止されているにもかかわらず、社内で行われた組合の職場集会に参加し、債務者の役員及び運行管理者に対する事実無根の誹謗中傷を内容とするビラを配布した。

そこで、債務者は、一〇月八日、債権者に対し、「一〇月一二日から二九日まで出勤停止とし、始末書を提出すること、始末書を提出しないときは出勤停止の期間を延長する」旨の懲戒処分を行った。

<7> 債務者は、九月一〇日、債権者に対する出勤停止を解除するよう組合から要請を受け、組合に対し、債権者が債務者の運行管理に従うことを誓約すれば乗務させることは可能である旨同日付けの書面で回答していたところ(前提となる事実3)、債権者は、債務者の運行管理に従うことを誓約するかどうか、組合を通じて意向を確認された際、債務者の運行管理に従わない態度を明らかにした。

(2) 債権者は、<2>、<4>、<5>及び<6>の事実のとおり過去に懲戒処分を受けており、この懲戒を受けた回数並びに<1>及び<3>の事実に照らして、債権者に改悛の見込みがないことは明らかである。また、<7>の事実は、就業規則八〇条三号に該当する。したがって、就業規則八一条一号所定の懲戒解雇又は諭旨解雇の事由が存在する。また、<7>の事実は、就業規則八一条二〇号にも該当する。

そこで、債務者は、債権者の処分について賞罰委員会等において組合と慎重に協議した結果、本来であれば懲戒解雇にすべきところを債権者の再就職等の便宜を考慮して諭旨解雇とすることに決定したものであり、手続的にも欠けるところはなく、本件諭旨解雇は有効である。

(二) 債権者

(1) 債権者に対する解雇通告書に記載されているのは、<7>の事実のみであり、<1>ないし<6>の事実は記載されていない。債務者が慎重な検討のうえで本件諭旨解雇に及んだというのであれば、実際に検討した解雇理由を書き落とすはずがない。したがって、<1>ないし<6>の事実は本件諭旨解雇の理由ではない。なお、<4>ないし<6>の事実のうち、債権者の行為に関する部分はいずれも否認し、出勤停止の効力についてはこれを争う。

(2) <7>の事実は否認する。債権者は、債務者の運行管理に従うことを誓約するかどうかについて、債務者から確認をされたことはない。もっとも、組合の西山委員長から「会社から始末書を書けと言ってきている。」という話があったので、「裁判中なので(西山委員長から右の話があったのは、前記(前提となる事実2)出勤停止の効力停止を求める仮処分を申し立てた後だった。)、和解には応じるが始末書を書くつもりはない。」と回答したことはある。しかし、その際、西山委員長から債務者の運行管理に従うかどうかの確認をされたこともなければ、同委員長に対して債務者の運行管理に従わないなどと言った覚えもない。

2  争点2(保全の必要性)について

(一) 債権者

(1) タクシー乗務員は、その職務の性質上、長期間にわたって乗務しなければ本訴に勝訴しても原職復帰が難しくなり、復帰までの訓練期間が必要となるなど不利益を生じる。また、乗務できないことはそれ自体精神的苦痛でもある。加えて、債務者は、本件諭旨解雇を理由に債権者の組合活動を妨害しているから、これをこのまま放置することは債権者の組合活動上の権利を侵害するとともに、債権者が組合を説得して支援を求める活動上の障害ともなり、本訴遂行上の不利益を生じる。したがって、地位保全の必要性がある。

(2) 債権者は、生活費に毎月最低二五万円を要している。また、平成九年八月以降、出勤停止に伴う賃金の不払いにより、借入金が一〇〇万円以上増加した。この返済を行いつつ生活を維持するためには、申立ての趣旨第二項記載の程度の賃金の仮払が必要である。

(二) 債務者

争う。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件諭旨解雇が有効か否か)について

1  債務者は、就業規則八一条一号において、従業員が譴責、減給、降格、乗務停止又は出勤停止(以下「出勤停止等」という。)の処分を受けたにもかかわらず改悛の見込みがないときは諭旨解雇又は懲戒解雇に処する旨を定めている。しかしながら、懲戒処分は、使用者が労働者のした企業秩序違反行為に対してする一種の制裁罰であるから、一事不再理の法理は就業規則の懲戒条項にも該当し、過去にある懲戒処分の対象となった行為について重ねて懲戒することはできないし、過去に懲戒処分の対象となった行為について反省の態度が見受けられないことだけを理由として懲戒することもできない。債務者の就業規則八一条一号の定めは、以上の理解を前提とする限りにおいて効力を有するというべきであり、具体的には、過去に出勤停止等の処分を受けたことがあるにもかかわらず、新たに出勤停止等の事由となる非違行為を犯し、もはや改悛の見込みがないと認められる場合に、右の新たに犯した非違行為についてより重い懲戒処分である諭旨解雇又は懲戒解雇に付することを規定したものと解するのが相当である。したがって、就業規則八一条一号に該当する事由があるというためには、過去に出勤停止等の処分を受け、もはや改悛の見込みがないというだけでは足りず、債務者の主張に即していえば、就業規則八〇条三号に該当する事由が存在することを要する。

2  債務者は、<7>の事実が就業規則八〇条三号に該当する旨主張する。

しかし、(証拠略)及び審尋の全趣旨によれば、債権者は、一〇月一六日ころ、組合の西山委員長から「会社は、君が始末書を書けば乗務させると言っているがどうか。」と尋ねられ、出勤停止の効力について裁判所で争っていることを理由に始末書を書くつもりはない旨答えたことは認められるけれども、債権者が組合関係者から債務者の運行管理に従うことを誓約するかどうか確認された事実、及びその際債権者が債務者の運行管理に従わないことを表明した事実を認めるに足りる疎明はない(<証拠略>(いずれも江戸川営業所長宮嶋諒一作成の報告書)は、<証拠略>に照らし信用できず、したがって、<証拠略>(組合作成の一〇月一三日付け確認書)によって<7>の事実を推認することはできない。)。そして、債務者は、「債務者の運行管理に従うことを誓約する」ことの具体的意味について、平成九年一二月八日付け準備書面及び平成一〇年一月一二日の審尋期日において、債権者に誓約書ないし始末書の提出を命じたものではない旨自認しているから、債権者が西山委員長からの意向打診に対し始末書を書くつもりがない旨答えたことは、就業規則八〇条三号に該当しない。

なお、仮に、債権者が組合関係者とのやりとりの中で債務者の運行管理に従う意思がないというようなことを言ったり、あるいは、そのような態度をとったことがあったとしても、債務者に対して直接、運行管理に従う意思がない旨を言明するなどして、債務者の業務上の指示・命令に従わない態度を明らかにしたものでない以上、就業規則八〇条三号に該当するとはいえない。

したがって、債務者の主張は理由がない。

3  債務者は、<7>の事実は就業規則八一条二〇号にも該当すると主張するが、右2で説明したのと同じ理由により、債務者の主張は理由がない。

4  以上によれば、本件諭旨解雇は、その余の点について判断するまでもなく無効というべきである。

そして、後記(二の1)のとおり、債権者が平成一〇年一月分以前の賃金仮払を求めている点については、保全の必要性がないから、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

そこで、平成一〇年二月分以降の賃金債権の存否について判断する。最後の出勤停止の期間は平成九年一〇月一二日から二九日までであり(<証拠略>)、出勤停止の期間が延長されたとしても全体で二〇労働日を超えることは許されない(前提となる事実5)から、仮に右の出勤停止の処分が有効であったとしても、遅くとも同年一一月中には出勤停止の期間は経過している。したがって、少なくとも平成一〇年二月分以降の賃金債権の存在は認められる。

二  争点2(保全の必要性)について

1  賃金仮払の仮処分の必要性について

まず、平成一〇年一月分以前の賃金分(審尋打切り前の過去の賃金分)については、仮払を受けなければならない必要性を認めるに足りる疎明がない。

そこで、平成一〇年二月分以降の賃金について判断する。債権者は独身であり、債務者からの賃金だけで生活を維持しており、一か月当たりの支出の状況を見てみると、公租公課が七万円余り、家賃が七万七〇〇〇円、食費が約五万円、光熱費・水道代等が約二万四〇〇〇円、その他の生活費を含めて合計約二三万円が債権者の差し迫った生活の危険を回避するために必要な支出であると認められる(<証拠略>及び審尋の全趣旨)。したがって、仮払金は、毎月二三万円と認めるのが相当である。債権者は、平成九年八月以降に借り入れた一〇〇万円余りの借入金の返済分についても仮払の必要がある旨主張するが、当分の間返済は猶予されており(<証拠略>)、仮払の必要性を認めない。なお、仮払期間については、審尋の全趣旨を総合して、平成一〇年二月分から平成一一年一月分までの範囲で必要性を認めるのが相当である(平成一一年二月分以降については、将来の事情変更等の可能性を考慮する必要がある)。

2  地位保全の必要性について

債権者は、タクシー乗務員の職務の性質上、長期間にわたって乗務しなければ本訴に勝訴しても現(ママ)職復帰が難しく、復帰までの訓練期間が必要となるなど不利益を生じる、乗務できないことはそれ自体精神的苦痛である、解雇によって組合活動上不利益を受けており、これは本訴遂行上の不利益となる旨主張する。しかし、地位保全の仮処分は、賃金を生活の資としている労働者が解雇によって被る著しい生活上の危険を防ぐことを目的とするものであるから、賃金仮払仮処分によって賃金債権が保全され、差し迫った生活の危険を回避することが可能となった以上、債権者の右主張を考慮しても、地位保全の仮処分まで命ずべき必要性は認められない。

三  結論

以上によれば、本件申立ては、主文第一項記載の賃金の仮払を求める限度で理由があるので、事案の性質上担保を立てさせないでこれを認容し、その余の申立てを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 西理香)

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