大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成9年(ワ)11084号 判決 1998年2月18日

原告

武藤健太郎

原告

猿木雅文

右両名訴訟代理人弁護士

野村吉太郎

右訴訟複代理人弁護士

日野昭和

森田太三

菅野利彦

茨木茂

園山俊二

山本政明

村田文哉

新津勇七

中村順子

高池勝彦

林史雄

正野嘉人

永井義人

久保田紀昭

林敏彦

瀬戸和宏

村千鶴子

杉本文男

中嶋一磨

遠山秀典

井上玲子

高木敦子

美里直毅

水津正臣

林和男

田中裕之

畠山正誠

高橋利全

井堀周作

金井重彦

釜井英法

森野嘉郎

直井雅人

徳嶺和彦

比留田薫

被告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

流矢大士

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、各金三〇万円及びこれに対する平成九年七月二日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告武藤健太郎(以下「原告武藤」という。)は、分離前の相被告株式会社首都圏サービス(以下「首都圏サービス」という。)から、平成八年六月一七日、九九万円を、大要、次の約定で借り受けた(以下「本件消費貸借契約」という。)。

弁済期 定めなし。

利息 実質年率36.5パーセント

(二)  原告猿木雅文(以下「原告猿木」という。)は、首都圏サービスに対し、同月二六日、本件消費貸借契約に基づく原告武藤の同社に対する債務につき連帯保証する旨約した。

(三)  ところで、首都圏サービスは、本件消費貸借契約を締結した際、原告武藤から本件消費貸借契約に関する基本取引約定書及び借用証書の差入れを受けていたところ、右借用証書の「契約内容の表示」欄に、同年七月一二日に元利金合計一〇一万五七四〇円を弁済する旨及びその他の約定等を無断で記入した上、右契約締結時に原告らから交付を受けた公正証書作成嘱託委任状(以下「本件委任状」という。)が、原告らの署名押印欄を除いて白紙だったことを奇貨として、その「債権の表示(1)」欄に、前記借用証書と同様の弁済期の約定等を無断で記入した。

2  しかるところ、首都圏サービスの代理人らから本件消費貸借契約に関し、強制執行受諾条項付公正証書作成の嘱託を受けた東京法務局所属の公証人である被告は、右代理人らから、本件委任状とともに、原告武藤の同年一二月一三日付け印鑑登録証明書、原告猿木の同年六月二七日付け印鑑登録証明書の各提出を受け、同年一二月二四日、平成八年第一〇七四号債務承認並びに弁済契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)を作成した。

3  被告の本件公正証書作成の違法性

(一) 本件公正証書第一条には、原告らが首都圏サービスに対し、前記元本債務とこれに対する利息及び遅延損害金債務を負担している旨記載されているが、右債務承認をした基準時が不明確である。すなわち、右基準時を本件消費貸借契約の締結時とすると、右時点で既に遅延損害金債務を負担しているかのような表現をしたことは不合理であり、他方、基準時を公正証書作成時とすると、被告は、遅延損害金債務の発生の有無や残元本額などを確認して公正証書を作成すべき職務上の注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、そのため一部弁済による元本額減縮の事実を看過した。さらに、本件公正証書は、債務承認約定と弁済約定が混然と記載されている上、不自然にも、弁済期が貸付時の一か月後と著しく短い。したがって、本件公正証書は、それ自体無効なものというべきである。

(二) 被告は、首都圏サービスから継続的に公正証書の作成嘱託を受けており、本件委任状が、前記1(三)記載のとおり原告らに無断で冒用されたことを知っていた。また、公正証書が民事執行法上絶大な効力を有することに照らすと、公証人は、少なくとも、契約締結後約六か月後に公正証書を作成するに当たっては、その後の事情の変化等を踏まえ、特に慎重に、再度原告らに公正証書作成意思とその内容等を確認すべき職務上の善管注意義務を負っていると解すべきところ、本件において、被告は、各原告の印鑑登録証明書の発付日付が大きく異なっていた上、委任状作成日と印鑑登録証明書の発付月日も離れており、著しく不自然であったこと、一般消費者が一〇〇万円の借入金を一か月以内に弁済することは極めて困難であることなどから、本件委任状が首都圏サービスに冒用された事実を容易に知り得たのに、これを看過したものである。

このように、被告は、故意又は過失によって本件委任状冒用の事実を無視し、首都圏サービスと共同して違法無効な本件公正証書を作成し、同公正証書を原告らに送達し、原告らに対する強制執行を可能にした。

(三) なお、被告は、原告ら代理人から、執行文を付与しないよう求めた通知書を受領した後には、首都圏サービスに対し、強制執行を思いとどまらせるべき職務上の義務があるところ、右通知書を受領したにもかかわらず、右義務に違反している。

4  原告らの損害

(一) 弁護士費用 各四〇万円

原告らは、首都圏サービスによる違法な強制執行を停止させるため、原告ら代理人弁護士に本件の依頼をなし、弁護士費用として、各四〇万円の支払を約した。

(二) 慰藉料 各二〇万円

原告らは、首都圏サービスにより強制執行が強行され、各自の勤務先に差押命令が送達されたため、一時は会社を退社することを覚悟するなど多大な精神的苦痛を被っており、これらを金銭的に評価すると、少なくとも各自二〇万円を下ることはない。

5  よって、原告らは被告に対し、首都圏サービスとの共同不法行為による損害賠償請求として、それぞれ損害金合計六〇万円のうち各三〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成九年七月二日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

請求原因1(原告らと首都圏サービスとの間の取引等)の事実は不知、同2(被告の本件公正証書の作成等)の事実は認め、同3(被告の本件公正証書作成の違法性)及び同4(原告らの損害)の各事実は否認する。

なお、公証人は、公証人法一条所定のとおり、公正証書の作成その他の公証作用を担当し、国の機関としてその公権力を行使する公務員に該当するものであるが、公証人の職務行為自体に起因する損害賠償責任については、国家賠償法一条一項に基づき国がこれを負担するから、公証人である被告は、個人として賠償の責任を負うものではない。よって、原告らの請求は、主張自体失当である。

理由

一  請求原因について

被告が、東京法務局所属の公証人であり、本件公正証書を作成したことは当事者間に争いがない。

ところで、原告らの本訴請求は、被告が本件公正証書を作成するに際し、原告らの委任の意思確認を怠ったこと等をもって違法有責の行為であるとして、これにより原告らが被った損害の賠償を求める、というものである。

ところが、公証人は、公証人法一条所定の職務権限たる公正証書の作成その他の「公証作用」を担当することにより、国の機関としてその公権力を行使する公務員に該当するものというべきであり、本訴請求が、公権力の行使に当たる国の公務員の職務行為を原因とすることは明らかであるところ、仮に、原告らの主張するような被告の本件公正証書作成行為に違法な点があったとしても、かように公権力の行使に当たる国の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責を負わないものと解するのが相当である(最高裁昭和四九年(オ)第四一九号同五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻七号一三六七頁参照)。けだし、国家賠償法は、公務員に故意又は重大な過失があったときに、国又は公共団体がその公務員に対して求償権を有する旨規定するにとどめ、公務員個人の損害賠償責任につき何ら規定しておらず、また、資力の十分な国又は公共団体が損害をてん補する以上、被害者の救済に欠けるところはないのであって、かえって、公務員個人の責任を肯定しては、公務の遂行を萎縮させ、円滑な国家活動が阻害されるおそれが生じるからである。

右の点につき、原告らは、公証人は、純然たる公務員と異なり、公正証書作成等の職務行為の対価として報酬を得ているから、かかる対価的職務行為を行う公務員に少なくとも故意又は重過失がある場合には、公務員の個人責任を追及し得る旨主張するが、前記立法趣旨に照らせば、公務員が職務行為の対価として報酬を得ているかどうかという事情は、特段、前記の解釈を妨げるべきものとはいえない。原告らの右主張は独自の見解に立つものであり、失当として排斥を免れない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの主張には理由がない。

二  よって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官永吉盛雄 裁判官山田陽三 裁判官松井信憲)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例