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東京地方裁判所 平成9年(ワ)11210号 判決 1999年1月22日

原告

佐藤嘉光

右訴訟代理人弁護士

大川原栄

被告

東洋興業株式会社

右代表者代表取締役

横沢喜一郎

右訴訟代理人弁護士

藍谷邦雄

藤田尚子

右当事者間の賃金等請求事件について、当裁判所は、平成一〇年一二月二五日に終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告は、原告に対し、金一九九万九六〇三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成九年六月二五日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、被告の正社員を退職し、その後嘱託社員として勤務していた原告が、未払の退職金及び賃金があるとして、被告に対し、その支払を求めている事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、昭和四六年六月一七日臨時社員として採用され、同年一一月二一日正社員となった。(書証略、原告本人、弁論の全趣旨)

2  原告は、平成三年八月一二日被告を定年退職した。

3  被告には次のような退職金規定がある。

(一) 退職金額は勤続年数に応じて定められ、定年退職の場合、勤続一九年で三二〇万八七七〇円、勤続二〇年で三四二万五七六〇円、二一年で三七四万七八〇〇円である(退職金規定三条、別表)。

(二) 勤続年数は入社日より起算し、退職した日をもって終わる(七条)。

4  退職時に被告が原告に支払った退職金は三三七万一五一三円である。

5  原告は、定年退職後も平成八年八月九日まで、嘱託社員として被告に勤務した。

6  原告の賃金は、日給月給制てあり、毎月二〇日締め二八日払いであった。

7  被告では、昭和五八年四月の労働協定により、嘱託三年目よりは嘱託二年目の最終の基本給と初任基本給の差額の二分の一を初任基本給にプラスしその金額を基本給とするとされている。

二  当事者の主張

(原告)

1 未払退職金

(一) 原告が被告に入社したのは昭和四六年六月一七日であるから、原告の勤続年数は二〇年二か月である。

(二) したがって、退職金は、二〇年の退職金三四二万五七六〇円に五万三六七三円(二一年の退職金三七四万七八〇〇円と二〇年の退職金三四二万五七六〇円との差額に一二分の二を乗じた金額)を加えた三四七万九四三三円であり、被告が支払った額との差額一〇万七九二〇円が未払である。

2 未払賃金

(一) 昭和六〇年一一月二一日に入社した訴外野原の初任基本給一八万四六一七円をベースに、労使慣行に従い、定昇を除く賃上げ額を換算すると、平成五年度の初任基本給は二八万三三三八円となる。

(二) 嘱託三年目よりは、嘱託二年目の最終の基本給(原告の場合三一万七九〇〇円)と初任給基本給(平成五年度の場合二八万三三三八円)の差額の二分の一を初任基本給にプラスした金額が基本給となるから、原告の三年目(平成五年九月分以降)の基本給は三〇万〇六一九円となる。

(三) 被告が嘱託三年目に原告に支払った基本給は二四万七九五〇円であるから、月々の不足額は五万二六六九円となり、これに三五か月(平成五年九月から平成八年七月まで)を乗じた一八四万三四一五円が未払である。

(四) 被告は、初任基本給は一九八九年(平成元年)八月二四日の労使懇談会において一七万円(ただし、平成二年度より定期昇給分二〇〇〇円を毎年加算する)と定められたと主張するが、そのような事実はない。

3 平成八年八月分の未払賃金

(一) 原告の平成八年八月(七月二一日から嘱託社員を退職した八月九日までの期間)の労働日数は一八日(出勤七日、有給休暇一〇日、週休一日)である。

(二) 就業規則では、月の所定労働日数は二一・六六日とされている。

(三) 原告の一か月の賃金は三三万四五六一円である。

(四) そうすると、原告の平成八年八月の賃金は、三三万四五六一円を二一・六六で除した一万五四四六円に一八を乗じた二七万八〇二八円となる。

(五) ところが、被告は二二万九七六〇円しか支払わず、差額の四万八二六八円が未払である。

4 被告の消滅時効の主張に対し(再抗弁)

(一) 原告は、平成八年八月二日申立ての民事調停において未払賃金の請求を行い、同時に、入社年月日についての確認を求めている(これは未払退職金請求の前提として行っている)。

右民事調停による請求は、裁判上の催告に当たるものであって、右民事調停が不成立となった平成八年一二月一〇日まで催告としての効力を有しており、平成九年六月四日の本訴訟提起により、原告の労働債権の時効は中断しているというべきである。

(二) 本件の場合、原告は被告に対し、一貫して未払賃金を正確に特定できる資料の提供を要求してきたにもかかわらず、被告が未払賃金額を正確に特定できる資料の提供を行ったのは、民事調停における調停委員による提供の指示があった以降であり、被告はその時点まで右資料の提供を怠っていた。このような事情からすれば、本件における消滅時効の起算点は右資料の提供があった平成八年一二月一〇日とすべきであり、また被告による消滅時効の援用は権利濫用に該当し認められないものである。

(被告)

1 未払退職金について

(一) 原告の勤続年数は、正社員となった昭和四六年一一月二一日から起算すべきであるから、一九年九か月である。臨時採用期間は退職金算定の基準となる勤続年数には含まれない。

(二) したがって、退職金は、一九年の退職金三二〇万八七七〇円に一六万二七四三円(二〇年の退職金三四二万五七六〇円と一九年の退職金三二〇万八七七〇円との差額に一二分の九を乗じた金額)を加えた三三七万一五一三円であり、未払はない。

2 未払賃金について

(一) 原告主張の労使慣行はない。

(二) 初任基本給は、一九八九年(平成元年)八月二四日の労使懇談会において一七万円(ただし、平成二年度より定期昇給分二〇〇〇円を毎年加算する)と定められた。

3 平成八年八月分の未払賃金について

(一) 八月分賃金計算期間の始期である七月二一日から退職日である八月九日までの日数は二〇日である。

(二) 原告に支給された平成八年五、六及び七月分の賃金の総額は、一〇四万五三一八円(五月分三五万六三三一円、六月分三三万四九八九円、七月分三五万四〇四八円)であり、その期間の総日数は九一日である。

(三) したがって、平均賃金(日額)は一〇四万五三一八円を九一日で除した一万一四八八円となり、原告に支払うべき八月分の賃金は、一万一四八八円に二〇日を乗じた二二万九七六〇円となる。被告はこれを支払済みであるから未払はない。

4 消滅時効(仮定抗弁)

(一) 仮に未払の退職金が存在したとしても、原告が退職した平成三年八月一二日から起算して五年が経過したので、時効によって消滅した。

被告は、右消滅時効を援用する。

(二) 仮に未払の賃金が存在したとしても、平成七年五月分の賃金の支払日である同月二八日から起算して二年が経過したので、それ以前の分はすべて時効によって消滅した。

被告は、右消滅時効を援用する。

5 原告の主張4に対し

(一) 民事調停不成立の日から一か月以内に本訴は提起されていないから、前置する調停の申立てに時効中断効はない。

(二) 初任基本給の金額は複雑な計算により算出されるものではない。また、嘱託社員の賃金計算に必要な「嘱託二年目の最終月の基本給」及び「初任基本給」の額は、どちらも原告が熟知している金額である。したがって、賃金計算にあたり被告による資料の提出が必要となるはずもなく、原告の主張は全く理由がない。

三  争点

1  退職金計算の基礎となる勤務年数の起算点

2  初任基本給に関する原告主張の労使慣行の有無

3  平成八年八月分の賃金の計算方法

4  未払退職金債権及び未払賃金債権についての消滅時効の成否

5  被告が消滅時効を援用することが権利濫用となるか

第三争点に対する判断

一  争点1(退職金計算の基礎となる勤務年数の起算点)について

1  原告が、昭和四六年六月一七日臨時社員として採用され、同年一一月二一日正社員となったことは、前記第二の一1のとおりである。

2  (書証略)によれば、被告の退職金規定上、「一定期間を定めて臨時に雇い入れられた者」には退職金を支給しないこととされていることが認められ(二条二号)、これによれば、被告の退職金規定においては、臨時社員は退職金支給の対象外とされていることが明らかであるから、退職金規定七条で起算点とされている「入社日」とは、正社員としての入社日を意味すると解するのが相当である。

3  よって、臨時社員としての入社日を起算点とする原告の退職金請求は、理由がない。

二  争点2(初任基本給に関する原告主張の労使慣行の有無)について

1  原告は、訴外野原の初任基本給一八万四六一七円をベースに、労使慣行に従い、定昇を除く賃上げ額を換算すると、平成五年度の初任基本給は二八万三三三八円であり、これを元に原告の賃金を計算するべきであると主張するが、これだけでは、どのような労使慣行があると主張するのか明確であるとは言い難い。

この点につき、原告の陳述書(書証略)には、「従前から、労使間の慣行として、前年度入社した社員の基本給に年度別昇給額(定期昇給額を除く)を加算するという方法をとっていました」との記載があり、本人尋問において原告は、「会社に入社しました直近者の基本給に、毎年四月の春闘時期にございますベースアップから定期昇給額を除いた金額を加算したものが新しい年度の初任基本給という慣行で扱っておりました」と供述しているので、このような労使慣行があるとの主張であると理解することとする。

2  そこで検討するに、本件全証拠によっても、原告が主張する労使慣行により算出された初任基本給の支払を受けた者(新入社員)がいるとは認められない(書証略も、昭和四六年入社の原告を基準にして作成されたものであって、前年度入社した社員あるいは直近に入社した社員を基準にして作成していったものではない)。原告自身、本人尋問において、実際には、原告が主張するようには初任基本給が支払われてこなかったことを認めているところである。慣行があるというためには、相当長期間にわたってその算出方法によって初任基本給が支払われてきたという事実が必要であるにもかかわらず、そのような事実は認められないことになる。そうすると、原告が主張する労使慣行なるものが存在していたとは到底認められない。

なお、被告は一九八九年(平成元年)八月二四日の労使懇談会で初任基本給が定められたと主張し、原告はこれを争っている(原告は、労使慣行の主張立証よりも、むしろ被告の主張を争うことに力点を置いた訴訟活動を行っている)。しかし、原告主張の労使慣行の存在が認められない以上、原告の未払賃金請求が認められる余地はないのであって、さらに被告主張の事実の存否について検討する意味はない。

3  よって、原告の未払賃金請求は理由がない。

三  争点3(平成八年八月分の賃金の計算方法)について

1  原告は、前記第二の二(原告)3のとおり主張するが、所定労働日数を二一・六六日と定めている就業規則(書証略の五四条)は、平成八年九月に改正された後のもの(一二一条)であって、平成八年八月当時施行されていた就業規則(書証略)では、所定労働日数は二二・五日とされていたと認められる(書証略の一二〇条は「この規則は一九九四年(平成六年)一〇月一日から実施する。」と規定しているが、これが平成八年九月の改正より前の改正時のものであることは、書証略の一二〇条も同じ規定であることからも明らかである)。

したがって、原告の主張は採用できない。

2  平成八年八月当時の就業規則(書証略)の五八条は、「退社の場合・・・日給月給制の者は、締切りの翌日から発令までの日割計算額を支払う。」とのみ定めていて、具体的な計算方法を定めていない。また、他の規定との対比等から、特定の計算方法を採ることが明らかであるということもできない。

このような場合、使用者が、労働基準法上、一日あたりの賃金額の計算方法として定めている平均賃金(同法一二条)を用いて算出することも許されると解される。そして、原告に支給された平成八年五、六及び七月分の賃金の総額が一〇四万五三一八円であることは当事者間に争いがなく、その期間(平成八年四月二一日から同年七月二〇日まで)の総日数が九一日であること及び同年七月二一日から同年八月九日までの日数が二〇日であることは公知の事実であるから、平均賃金を用いての被告の平成八年八月分の賃金の計算に誤りはない。

3  よって、原告の平成八年八月分の未払賃金請求は理由がない。

四  結論

以上の次第であるから、その余の争点につき判断するまでもなく原告の請求は理由がない。よって、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 飯島健太郎)

別表(略)

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