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東京地方裁判所 平成9年(ワ)11398号 判決 1999年1月18日

原告

株式会社東京三菱銀行

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

小野孝男

近藤基

右小野孝男訴訟復代理人弁護士

大瀧敦子

被告

右訴訟代理人弁護士

中城剛志

右補助参加人

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成九年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とし、補助参加によって生じた費用は被告補助参加人の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

主文第一項と同旨

第二事案の概要

一  本件は、銀行である原告が、被告から他行払いの小切手による普通預金の預入れを受け、右小切手が不渡りとなったのに、機械処理上の不手際のため、被告の現金自動支払機を利用した預金の払戻しにより右小切手金額に相当する一〇〇万円が支払われたと主張して、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、右払戻金相当額とこれに対する催告の日の翌日である平成九年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めたという事案である。

二  判断の前提となる事実(証拠を掲げない事実は当事者間に争いがない。)

1  原告は銀行法に基づく銀行である。

2  被告は、原告銀座支店との間で、普通預金契約を締結し、同支店に被告名義の普通預金口座(口座番号<省略>。以下「本件預金口座」という。)を有している。

3  右普通預金契約には、次の約定がある(被告は争うことを明らかにしない。≪証拠省略≫参照)。

(一) この預金口座には、現金のほか、手形、小切手、配当金領収証その他の証券で直ちに取立てのできるもの(以下「証券類」という。)を受け入れる。

(二) 証券類は、受入店で取り立て、不渡返還時限の経過後その決済を確認したうえでなければ、受け入れた証券類の金額に係る預金の払戻しはできない。

(三) 受け入れた証券類が不渡りとなったときは預金にならない。この場合は直ちにその通知を届出の住所宛に発信するとともに、その金額を普通預金元帳から引き落し、その証券類は当店で返却する。

4  被告は、平成九年二月一八日、原告内幸町支店に、次の小切手一通(以下「本件小切手」という。)を交付してその取立てを委任し、かつ取立済みのうえは、取立金額一〇〇万円を普通預金として本件預金口座に寄託する旨約した。

金額 一〇〇万円

支払人 東京信用金庫朝霞支店

振出日 平成九年二月一八日

振出人 株式会社田之岡工業

5  本件小切手は、同月一九日、資金不足かつ印鑑相違の理由で不渡りとなった(≪証拠省略≫)。

6  原告内幸町支店の行員は、同月二〇日午前九時四〇分頃、電話で、被告に対し、本件小切手が資金不足かつ印鑑相違の理由で不渡りとなったことを連絡した。

7  そして、同支店の他の行員は、同日午前一〇時頃から午前一〇時三〇分頃までの間、本件小切手による入金を取り消す手続を試みたが、銀行の合併による機械操作の不慣れのため、右手続をとることができず、同日午後一時以降は本件預金口座から本件小切手金相当額の払戻しを受けることが可能な状態であった(≪証拠省略≫、証人B)。なお、本件預金口座には、後記の払戻しの前には、本件小切手金相当額を含む一〇三万一九二三円の預金残高があっただけであった(≪証拠省略≫)。

8  被告は、同日午後一時、原告と提携している株式会社東日本銀行八王子支店の現金自動支払機(以下「本件ATM」という。)を利用して、本件預金口座から一〇〇万円(以下「本件払戻金」という。)の払戻しを受けた。

9  原告は、被告に対し、同年三月三一日到達した内容証明郵便で、本件払戻金相当額の返還を請求した。

三  主たる争点

1  被告は、悪意の利得者であるか。

2  被告が悪意の利得者でない場合、被告に利益が現存しているか。

3  原告の被告補助参加人Z(以下「Z」という。)に対する債務免除の有無

4  原告の権利濫用の成否

四  被告の主張

1  本件小切手は、ZがC(以下「C」という。)から交付を受け、被告に取立手続を依頼したものであるが、被告は、前記二の6のとおり原告内幸町支店から不渡りの連絡を受けたため、直ちにZにその旨を伝えると、Zは、Cと連絡を取り、その旨を伝えた。その後、Zは、被告に対し、Cが直ちに本件小切手金相当額を本件預金口座に振り込む旨連絡してきた。そこで、被告は、平成九年二月二〇日午後一時頃、本件ATMで本件預金口座の残高を照会したところ、一〇〇万円の入金が確認されたので、この入金がCからの振込金であると思い、右一〇〇万円の払戻しを受けた。したがって、被告は、本件払戻金の払戻しを受けた時には、右払戻しに法律上の原因がないことを知らなかった。

2  被告は、本件払戻金の払戻しを受けた直後、これをZに交付した。したがって、被告には、本件払戻金の払戻しによる利益は現存していないし、たとえ被告が右交付によりZに対し交付金相当額の不当利得返還請求権を取得し、右債権の価値に相当する利益を有するとしても、Zには右債務を履行するに足りる資力がないから、被告には利益が存しない。

また、被告は、原告の責めに帰すべき事由により、Zから交付金相当額の返還を受けることが事実上できなくなったから、公平の理念に照らし、被告には利益が現存していないというべきである。すなわち、被告が、Zに対し、本件払戻金が原告の手違いにより払い戻されたものである旨説明したうえで交付金相当額の返還を請求すると、Zは、原告に対し、原告が被告に本件払戻金相当額の返還を請求している事情を説明するよう要請したが、原告は右事情を一切説明しなかったため、Zは、被告に強い不信感を抱くに至り、被告からの交付金相当額の返還請求に応じなくなった。このように、原告がZに右事情を説明することを拒否した結果、被告のZに対する交付金相当額の返還請求が事実上不可能となったのであるから、原告の右行為は、債権侵害として不法行為を構成するものであって、公平の観点から、被告には利益が現存しないというべきである。

3  仮に、被告の原告に対する本件払戻金相当額の不当利得返還債務が発生したとしても、原告がZに対してした債務免除の意思表示により、被告の右債務も消滅した。すなわち、被告とZは、原告に対し、連帯して本件払戻金相当額の不当利得返還債務を負担し、被告とZとの間の内部的な負担割合は零対一〇であるところ、原告は、Zに対し、同人の右債務を免除するとの意思表示をしたから、被告の右債務も消滅したというべきである。

4  また仮に、原告の被告に対する本件払戻金相当額の不当利得返還請求権が発生、存続しているとしても、原告が右請求権を行使することは信義誠実の原則に反し、権利の濫用である。すなわち、右2のとおり、被告はZに事情を説明し解決に向けて努力していたところ、他方において原告は、自らの手違いで本件払戻金を支払っておきながら、Zに対し事情を説明することを拒絶し、被告のZに対する交付金相当額の返還請求を事実上不可能な状況に陥れ、被告の右債権を侵害した。したがって、原告が、自らの責めに帰すべき事由により被告のZに対する右請求権の行使を事実上不可能にしておきながら、被告に本件払戻金相当額の返還を請求するのは、信義誠実の原則に反し、権利の濫用として許されない。

五  原告の主張

1  前記二の6のとおり、原告内幸町支店の行員が、平成九年二月二〇日午前九時四〇分頃、被告に対し、本件小切手が不渡りとなったことを連絡したのであるから、被告は、原告の機械処理上の事情により本件預金口座から本件小切手金相当額の払戻しが可能な状態にあったことを奇貨として、本件払戻金の払戻しを受けたのである。それ故、右払戻しの時に、被告は右払戻しに法律上の原因がないことを知っていた。

2  仮に、被告が善意で本件払戻金の払戻しを受けたとしても、被告は、同日午後五時三〇分頃、原告内幸町支店に電話をかけた際、同支店の行員から、本件払戻金相当額の返還を請求され、かつ、Cから本件預金口座に本件小切手相当額の振込みがなかったことを伝えられたのであるから、遅くともこの時点で、被告は本件払戻金の払戻しに法律上の原因がないことを知った。

そして、たとえ被告が本件払戻金の払戻しを受けた直後にこれをZに交付していたとしても、右交付により、被告は、Zに対し、交付金相当額の不当利得返還請求権を取得し、右債権の価値に相当する利益を有している。そして、被告が悪意になった右時点において、Zが被告に対する右債務を履行するに足りる資力を有していなかったとはいえないから、被告には本件払戻金相当額の利益が現存している。

第三当裁判所の判断

一  被告の本件払戻金相当額の不当利得の成否について

前記第二の二の2ないし5、7及び8の各事実によれば、本件小切手は不渡りとなり本件小切手金相当額の本件預金口座への寄託はなかったのであるから、被告は、本件払戻金の払戻しを受けたことにより、原告の損失において法律上の原因なくして本件払戻金相当額の利得をしたものである。

二  被告の悪意について

1  前記第二の二の事実、証拠(≪証拠省略≫、証人B、証人Z、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

(一) Zは、経営コンサルタント業務等を主たる目的とする有限会社日本企業保証の代表者(取締役)であるところ、弁護士である被告に対し、自己がCから交付を受けた本件小切手の取立手続を依頼し、これを交付した。

(二) 被告は、平成九年二月一八日、原告内幸町支店に対し、本件小切手を交付してその取立を委任し、かつ取立済みのうえは、取立金額一〇〇万円を普通預金として本件預金口座に寄託する旨約したが、同月一九日、本件小切手は資金不足かつ印鑑相違の理由で不渡りとなり、同月二〇日午前八時三〇分頃、原告内幸町支店に本件小切手が返還された。

(三) 同日午前九時四〇分頃、原告内幸町支店営業課に所属する支店長代理B(以下「B」という。)は、電話で、被告に対し、本件小切手が資金不足かつ印鑑相違の理由で不渡りとなり返却されてきたこと、そのため本件預金口座から本件小切手金一〇〇万円の入金を取り消す手続をとることを伝えた。

そして、同日午前一〇時頃から午前一〇時三〇分頃までの間、同営業課出納係担当の行員D(以下「D」という。)は、本件小切手による入金を取り消す手続を試みたが、銀行の合併による機械操作の不慣れのため、右手続をとることができなかった。そこで、Bは、弁護士である被告に不渡りの事実を伝えてあるので、本件小切手金相当額を払い戻すことはしないものと考え、Dに対し、本件預金口座から本件小切手金相当額を引き落とすことが可能になる同日午後一時を待って(なお、同時刻から、預金者である被告も本件預金口座から本件小切手金相当額の払戻しを受けることが可能になる。)、右引落しをするよう指示した。

(四) 被告は、Bから右の電話連絡を受けて、直ちにZに連絡し、本件小切手が不渡りになったことを伝えた。Zは、Cに右の旨を電話で連絡したところ、Cから、すぐに本件小切手金相当額の一〇〇万円を本件預金口座に振り込むとの連絡があったので、Zは、被告に電話で右の旨を伝えるなどした。被告は、Cからの振込金は同日午後一時までには本件預金口座に入金されると考え、Zとの間で、同日午後一時頃に私鉄京王線八王子駅前で待ち合わせをし、同所で、被告が本件預金口座からCの右振込金相当額を払い戻し、これをZに交付することを約した。

(五) 同日午後一時頃、被告は、約束どおりZと右八王子駅前で会って同駅前の株式会社東日本銀行八王子支店に赴き、本件ATMを利用して、本件預金口座から、まず、自分の出先の所持金として三万円を払い戻し、次に、本件払戻金である一〇〇万円を五〇万円ずつ二回に分けて払い戻した。そして、被告は、その場で、Zに本件払戻金を交付し、同人から受領証(≪証拠省略≫)を受け取った。

Zは、本件払戻金のうち、七〇万円を同日に、残り三〇万円を翌日に自己の借入金の返済等に充てた(なお、Cから、同月二〇日午後一時頃までに、本件預金口座に一〇〇万円の振込みはなく、その後も右金員の振込みはなかった。)。

(六) Dは、同月二〇日午後一時一分、本件預金口座から本件小切手金相当額を引き落とそうとしたが、既に被告が払戻しを受けた後であったため、右引落しができなかった。そこで、B及び同支店営業課課長E(以下「E」という。)は、それぞれ被告の法律事務所に電話をかけ被告と連絡を取ろうとしたが、被告が外出中であったためいずれも連絡が取れなかった。

同日午後五時二五分頃、Eが被告の法律事務所に電話すると、折り返し電話をするとの返事があり、同日午後五時三〇分頃、被告からEに電話がかかってきた。被告は、Eに対して、本件小切手の不渡りの連絡を受けたので、クライアントにその旨を伝えたところ、右クライアントに本件小切手を交付した者から本件預金口座に本件小切手金相当額を振り込む旨の連絡を受けたこと、そこで本件ATMを利用して残高を照会してみたところ本件預金口座に一〇三万円ほどあったので右振込みがあったものと思い、本件払戻金を払い戻したことを説明したが、Eは、被告に対し、原告の機械操作の不手際のため本件小切手金の入金取消しの手続ができなかったことを詫びたうえで、被告の説明する右振込みがないことを告げた。

(七) 同月二一日午後五時一五分頃、Eと原告内幸町支店取引先一課課長Fが被告と面談し、被告に対し、本件払戻金を原告に返還して欲しい旨要求したが、被告はこの要求を拒絶した。そして、被告は、Eらに対し、本件払戻金を交付したクライアントに対しこれを被告に返還するよう依頼したこと、右クライアントは一〇万円ずつ一〇回に分割してなら本件払戻金相当額を何とか支払えると述べていたことを伝えた。そこで、右Fは、被告に対し、右クライアントから本件払戻金を取り戻してくれるよう依頼したところ、被告は、原告の名前が出るがそれでもかまわなければ、同月二四日にでも右クライアントにその旨を話してみると返事した。

その後、被告は、Zに対し、本件払戻金は原告の手違いにより払い戻されたものでCからの振込金ではないから被告にこれを返還して欲しい旨要求したが、Zが右説明を信用しなかったため、被告は、Zに対し、直接原告に確認して欲しい旨告げ、その連絡先を教えた。

(八) 同月二五日午前九時四五分頃、Zから原告内幸町支店にE又は同支店長宛に電話があったが、Eは席を外していたため、同支店の他の行員がZにその旨を伝えた。

同日午前一〇時四五分頃、Eと同支店副支店長G(以下「G」という。)が被告と面談し、再度、被告に本件払戻金を返還するよう要求したが、被告はこれに応諾しなかった。また、Gらは、被告に対し、被告のクライアント等から原告に連絡させるようなことはしないよう申し出た。

(九) 同月二六日午前九時二〇分頃、Zから原告内幸町支店にE宛に電話があったが、Eは席を外していたため、同支店の他の行員が応対した。

同日午前九時三二分、被告が同支店に電話をかけてきたので、Bは、被告に対し、Zから同支店に電話があったが、原告はZと何ら関係がないから、原告に連絡を取らないようZに伝えて欲しい旨要請した。これに対し、被告は、Zを交えて三者で話し合いをしたいので協力して欲しい旨述べたが、Bは、Zは関係ないので右話し合いには応じられないと返答した。

その後、被告は、Zに対し、原告はZと関係がなくZに事情を説明することができないと言っているから原告に電話をしないで欲しい旨連絡した。Zは、この頃から、被告に対し不信感を抱くよりになり、右交付金相当額を被告に返還する必要はないと思うようになった。

(一〇) 同年三月二四日午前一一時二〇分頃、Zが、原告内幸町支店に電話をかけ、Gに対し、被告から本件払戻金の返還を要求されているが、この事情を説明して欲しい旨述べると、Gは、これは原告と被告との間の預金取引上の問題であるから、第三者に当たるZにその内容に関して説明することはできないと返答し、Zに理解を求めた(なお、この当時、Zには交付金相当額を支払うに足りる資力があった。)。

(一一) 原告は、同月二八日、被告に対し、内容証明郵便(同月三一日到達、≪証拠省略≫)で、本件払戻金相当額の返還を請求したところ、被告は、同年四月三日、内容証明郵便(同月四日到達、≪証拠省略≫)で、原告の右返還請求に応じかねる旨回答するとともに、原告がZへの事情説明を拒絶していることを指摘した。そこで、原告は、被告に対し、同月八日、内容証明郵便(同月九日到達、≪証拠省略≫)で、預金者である被告の同意が得られるのであれば、原告からZに事情を説明することはやぶさかではない旨伝えると、被告は、同月一〇日、右同意をする旨の同意書(≪証拠省略≫)を原告に送付した。また、被告は、Zに対し、原告が直接Zに事情説明するとの意向を示している旨連絡した。

(一二) 同年六月一九日午前九時一〇分過ぎ、Zが、原告内幸町支店に電話をかけ、Eに対し、再び事情説明を求めると、Eは、本件は原告の顧問弁護士近藤基に一任してあるから、直接、同弁護士から話を聞いて欲しい旨伝えた。

そこで、Zは、右近藤弁護士に電話をかけ、同弁護士は、Zに対し、本件小切手が不渡りになった事情を説明した。

2  右1認定の事実によれば、被告は、本件払戻金の払戻しを受ける前に、Bからの電話により、本件小切手が不渡りになったことを知っていたが、他方、Zからの電話により、Cが直ちに本件小切手相当額の一〇〇万円を本件預金口座に振り込むとの連絡を受けていたことから、Cから右金員の振込みがあったものと考えて、本件預金口座から本件払戻金の払戻しを受けたものと認められる。

したがって、被告が、本件払戻金の払戻し当時、この払戻しが法律上の原因を欠くことを知っていたものと認めることは困難である。

三  被告の利益の現存について

1  金銭の交付によって生じた不当利得の利益が存しないことについては、不当利得返還請求権の消滅を主張する者が主張・立証すべきであり、また、不当利得した者が利得に法律上の原因がないことを認識した後の利益の消滅は、返還義務の範囲を減少させる理由とはならないと解すべきである(最高裁判所平成三年一一月一九日第三小法廷判決・民集四五巻八号一二〇九頁参照)。

前記二の1認定の事実によれば、被告は、本件払戻金の払戻しを受けた約四時間三〇分後に、原告内幸町支店のEから、原告の機械操作の不手際により右払戻しがされたこと及び被告の説明する振込みがないことを告げられたのであるから、この時点で、被告は右払戻しに法律上の原因がないことを認識したものというべきであって、右時点で被告の利益の存否を検討すべきことになる。

前記二の1認定の事実によれば、被告は、本件払戻金の払戻しを受けると、直ちにZにこれを交付しているが、右交付は、Cからの本件預金口座への振込金を被告がZに代わって受領するという被告とZとの間の委任を原因とするものであったから、Cからの右振込みがなかったという事実によって、被告はZに対し右交付金相当額の不当利得返還請求債権を取得し、被告は右債権の価値に相当する利益を有していることになる。そして、右事実によれば、Zは、右交付を受けた翌日の時点はもちろんのこと、少なくとも平成九年三月当時は、右交付金相当額を支払うに足りる資力があったことが認められるから、被告が本件払戻金の払戻しを受けてから右払戻しに法律上の原因がないことを認識するまでの約四時間三〇分の間にZが右不当利得返還債務を履行するに足りる資力を喪失したとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告は、本件利得に法律上の原因がないことを知った時点において、本件払戻金と同額の利益を有していたというべきである。

2  これに対し、被告は、原告が被告のZに対する右不当利得返還請求権を侵害したから、公平の観点より、被告に利益が現存していないというべきであると主張する。確かに、前記二の1認定の事実によれば、Bらは、被告との交渉において、原告とZとは何ら関係がないとの理由から、原告に連絡を取らないようZに伝えて欲しい旨被告に要請したり、Zを交えて三者で話し合いをしたいとの被告の要求に応じなかったりしたこと、Gが、Zに対し、原告と被告との間の預金取引上の問題であるとしてその事情説明を拒んだことが認められる。

しかし、原告の行員らの右行為によっても被告のZに対する右請求権は消滅せず、被告がこれを行使できることに変わりはなく、右行為の間にZの資力が右不当利得返還債務を履行し得ないほどに悪化したことを認めるに足りる証拠もない。また、本件預金口座への受入れによる本件小切手の取立委任及び本件払戻金の払戻しは、原告と被告との間の普通預金取引に関するものであるから、原告が被告を交渉の相手方と考えるのは当然であり、預金者である被告に対し守秘義務を負っている関係上、原告が、被告から書面による同意があるまで、預金者以外の第三者であるZは無関係であるとして、同人に右預金取引に関する説明を拒んだり、Zを交えて三者で話し合いをしたいとの被告の要求に応じなかったりしたことは不相当であったとはいえないし、まして、違法であったということはできない。

したがって、被告の右主張は理由がない。

四  原告のZに対する債務免除について

被告は、原告の行員がZに対し本件払戻金相当額の不当利得返還債務を免除するとの意思表示をしたと主張し、証人Zは、尋問の際、原告内幸町支店のG及びEは、自己に対し、原告はZに債権の請求を一切しない旨述べたと供述し、≪証拠省略≫(同人作成の陳述書)に同旨の供述記載がある。そして、被告も、本人尋問の際、Zから同人の供述する内容を聞いたと供述し、≪証拠省略≫(同人作成の陳述書)に同旨の供述記載がある。

しかし、証人Zの右供述及び供述記載は、証拠(≪証拠省略≫、証人B)に照らして容易に採用できず、被告の右供述及び供述記載のうちZの供述する内容に関する部分は、同様に容易に採用できない。

そして、他に原告がZに対し右債務免除の意思表示をしたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告の右主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

五  原告の権利濫用の成否について

被告は、原告が被告のZに対する不当利得返還請求権を侵害したなどとして、原告が被告に対し本件払戻金相当額の不当利得返還請求権を行使するのは権利の濫用であると主張するが、前記三判示のとおり、原告の行為によって被告のZに対する右債権が侵害されたとはいえないし、原告がZに対する事情説明を拒んだことなどが不相当なものであったともいえないのであるから、原告の右不当利得返還請求権の行使が権利の濫用に当たるということはできない。

第四結論

よって、原告の本件請求は、理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六六条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丸山昌一 裁判官 合田智子 清原博)

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