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東京地方裁判所 平成9年(ワ)12151号 判決 1998年3月30日

原告

株式会社ケイセン

右代表者代表取締役

琴吉成

右訴訟代理人弁護士

鹿野哲義

佐々木雅康

右訴訟復代理人弁護士

佐藤祐介

被告

社団法人不動産保証協会

右代表者理事

吉岡健三

右訴訟代理人弁護士

鈴木一郎

吉田瑞彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、原告の平成七年五月八日付宅地建物取引業法第六四条の八第二項に基づく認証申出にかかる債権について、債権額金三〇〇〇万円の内金一〇〇〇万円につき認証せよ。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、訴外有限会社協和不動産(以下「協和不動産」という。)に対し預託した三〇〇〇万円は、宅地建物取引業法(以下「法」という。)六四条の八第一項の「その取引により生じた債権」に当たるとして、被告に対し認証を求めている事案である。

二  基礎事実(括弧内に証拠を摘示したもの以外は、当事者間で争いがない。)

1  原告は、遊技場、スポーツ施設等の経営、管理、賃貸等を目的とする株式会社である(弁論の全趣旨)。

被告は、法六四条の二の規定により、建設大臣の指定を受けた宅地建物取引業保証協会に該当する社団法人である。

協和不動産は、宅地建物取引業を営むもので、被告の社員である。

2  原告は、平成六年四月二八日協和不動産に対し三〇〇〇万円を預託した(甲第二号証。以下「本件預託金」という。)。

3  原告は、平成七年七月一一日協和不動産を被告とし、仙台地方裁判所に本件預託金の返還を求める訴訟を提起したところ、協和不動産は原告の主張をおおむね認め、同年九月二八日、協和不動産は原告に対し三〇〇〇万円を同年一二月二〇日限り支払うとの裁判上の和解が成立したが、協和不動産は全く支払わない(甲第四ないし第六号証、弁論の全趣旨)。

4  原告は、平成七年五月八日、法六四条の八第二項の規定に基づき本件預託金返還請求債権について債権額三〇〇〇万円について認証の申し出をした。

被告は、平成八年六月一九日、右申し出に対し、弁済業務の対象債権とは認定できないとの理由で認証を拒否した。

三  争点

本件預託金返還請求債権は、法六四条の八第一項の「取引により生じた債権」に当たるか。

(原告の主張)

(一) 原告は、仙台市内においてパチンコ店を開設するため適地を探していたところ、平成六年三、四月頃、別紙物件目録記載の土地(ただし、同目録(一五)、(一六)記載の土地についてはその一部。以下「本件土地」という。)を紹介され、現地を見たところ、非常に気に入ったので、不動産仲介業者である有限会社ニシオ不動産(以下「ニシオ不動産」という。)の西尾章社長(以下「西尾」という。)に本件土地の調査及び仲介を依頼した。

平成六年四月二六日か二七日に、原告代表者及び西尾は、本件土地売却の窓口であるという協和不動産代表者の訴外伊藤恒治(以下「伊藤」という。)と面談したところ、伊藤は、本件土地のうち別紙物件目録(一)ないし(一〇)記載の土地は訴外筑波ビル管理株式会社(以下「筑波ビル管理」という。)の所有であるが協和不動産が買い受けることになっており、その旨の国土法の届出もしており、不勧告通知があり次第、売買により協和不動産の所有名義になる、それらの不動産には根抵当権設定登記等があるが、その抹消についても既に話が整っている、その他の土地についても売買交渉が進んでおり、ほぼまとまりかけている、本件土地上の借地人・借家人とも立ち退きの交渉がほとんどまとまっていると言うので、原告は、協和不動産に対し、本件土地のうち旧国道に面する表から五〇〇坪ないし六〇〇坪を国土法の指導価格以下で同年の盆前に買い取る旨申し出たところ、協和不動産は、「他のパチンコ業者からも多くの引き合いがある。本当に買う意思があるのなら三〇〇〇万円を預けてほしい。最初に預けた人と本件土地の売買交渉をする。」と述べ、売買交渉を開始するためには、三〇〇〇万円を預託することが条件である旨提示した。原告は、本件土地を是非とも買いたいと考えたので、直ちに三〇〇〇万円預託することを約し、同年四月二八日、原告代表者の指示を受けた原告常務田村尚太(以下「田村」という。)と西尾は伊藤と会い、(1)原告は、協和不動産から本件土地のうち旧国道に面した表の部分について裏に通ずる六メートル幅の道路となる部分を除いて五〇〇坪ないし六〇〇坪を買い受ける、(2)その代金は、国土法指導価格以下とする、(3)原告は、協和不動産に三〇〇〇万円を預託し、後日売買契約締結時に代金の一部に充当するものとし、その預託金には利息を付けない、(3)本件土地を、協和不動産が取得して所有権移転登記を受けた場合には、原告は保全のために売買予約を原因として原告のために所有権移転仮登記をする、(4)万一協和不動産が原告に売り渡すべき条件等が整えられない場合には、協和不動産は原告に対し、三〇〇〇万円を返還し、原告は保全のための登記を解除することをそれぞれ合意し、同日原告は協和不動産に三〇〇〇万円を預託した。しかし、協和不動産で整えるべき売却条件が整わなかったので、平成七年二月二日に、原告と協和不動産は、同月末日までに本件預託金を返還する旨合意した。

(二) 以上のとおり、本件預託金は、買主である原告の購入意思を明確にし、かつ、条件が整い次第売主である協和不動産が原告に本件土地を売却するという趣旨で交付されたものであるから、本件預託金は、本件土地売買契約の予約に伴う証拠金である。

ところで、弁済業務保証金制度は、集団保証の方法により不動産取引業者の負担を軽減しつつ、宅地建物取引により損害を被った消費者の救済を図るものであるから、このような消費者保護の制度趣旨からして、法六四条の八第一項の「取引により生じた債権」には、宅地建物取引契約の効力が発生したことを前提に発生した①契約の対価たる金銭の支払請求権、②その取引解消に伴う金銭返還請求権ばかりでなく、③宅地建物取引に関し、その取引成立のために行われる予約その他の準備行為に関する金銭の授受も広く含まれると解すべきである。そうすると、本件預託金は、本件土地売買予約の意思を確実なものにするための証拠として原告から協和不動産に交付され、最終的に本件土地代金の一部に充当することが予定されていたのであるから、法六四条の八第一項の「取引により生じた債権」に該当するものというべきである。

また、法六四条の八第一項の「取引により生じた債権」は、「宅地建物取引業に関する取引を原因とし、これと因果関係を有する債権を意味し、具体的には、宅地建物取引に関する契約、その解消及びこれらの不履行、取引の際の不法行為により生じた債権を指すもの」と解すべきであり、本件預託金は、本件土地の取引のために預託されたもので、その取引はまさしく「宅地建物取引業に関する取引」であることは明白である。すなわち、宅地建物取引業は、売買の誘引・宣伝から始まり、その申し込み、売買予約、契約締結、代金支払・登記移転等という流れがあり、この一連の流れが「宅地建物取引業に関する取引」なのであって、売買契約のみが「宅地建物取引業に関する取引」ではないのである。

(被告の主張)

法六四条の八第一項の「その取引により生じた債権」として弁済業務保証金から弁済を受け得る対象となる債権は、その不動産取引自体から発生した売買代金等の契約の対価たる金員の支払請求権もしくはその取引の解消に伴うその返還請求権のほか、その取引に付随して法律上通常生ずる利息等の支払いないし返還請求権を指すものであるところ、本件では、原告と協和不動産との間にはいまだ売買契約の成立もなく、したがってその解消もなく、原告から協和不動産に交付された本件預託金は、取引成立前にいわゆる地上げ資金として特別の合意のもとに預託されたものであるから、その返還請求権もまた、「その取引により生じた債権」には当たらない。

原告は、本件預託金が本件土地売買契約の予約に伴う証拠金でもあるともいうが、およそ売買対象、価格のいずれも確定していないのであるから、売買契約の予約とは到底認められない。また、原告は、名称のいかんを問わず、最終的に宅地建物の代金またはその一部に充当するとを目的として支払われた金銭は「その取引により生じた債権」であると主張するが、「その取引により生じた債権」との文言上からも、それはあくまでも取引の成立を前提とするものであり、取引の成立のための準備行為に関して授受される旨当事者間で合意された金員の支払請求あるいは返還請求までも対象債権とする趣旨ではない。また、本件預託金が当事者間において将来売買契約が成立したときその代金に充当されることが予定されていたとしても、それは相殺勘定のうえで当然のことを確認したに過ぎず、必ずしも原告は売買代金の一部に充当することをその支払目的として支払ったものではなく、原告は、本件訴状において、協和不動産が他人所有地を買い受ける等するのに必要となるであろうと考えて本件預託金を支払ったことを自認しているところである。

原告はまた、売買の誘引・宣伝・その申し込み・売買予約、契約締結、代金支払・登記移転等との一連の活動が「宅地建物取引業に関する取引」であると主張するが、法二条二号の定義によれば、「宅地建物取引」とは、宅地または建物の売買、宅地または建物の交換、宅地または建物の売買、交換もしくは賃借の代理、宅地または建物の売買、交換もしくは賃借の媒介の四者を指すのであり、「その取引により生じた債権」とは、その文言上これら宅建業者との間において宅地建物の売買・交換、売買・交換・賃借の代理もしくは媒介に関する契約を締結した結果、(1)その契約に基づき請求できる債権、(2)あるいは締結された契約の無効・取消・解除に基づく不当利得返還請求権、(3)右契約の債務不履行により発生した損害賠償請求権等、いずれも前記四者の契約締結を前提としたものであることは文言上明らかである。仮に宅地建物取引に関連して宅建業者が違法な行為をした結果不法行為により発生した損害賠償請求権については、契約が成立していなくても事情によってはこれを「取引により生じた債権」に該当するとする見解をとったとしても、本件は不法行為に基づく損害賠償事案ではなく、取引交渉に先立って授受された単なる預り金の返還請求に関する事案であるから、およそ弁済の対象になる余地はない。

第三  当裁判所の判断

一  争点について

1  甲第一ないし第六号証、第九ないし第四七号証及び証人西尾章の証言によれば、原告は、宮城県内を中心としてパチンコ店を経営する会社であるが、仙台市内に新たにパチンコ店を開設するため適地を探していたこと、当時、訴外振興開発株式会社あるいは筑波ビル管理、もしくは協和不動産が本件土地を含む一二〇〇ないし一三〇〇坪程度の土地の地上げを進めており、うち本件土地のうち一〇筆は既に筑波ビル管理の所有となっていたこと、平成六年三月、四月頃、原告代表者は、本件土地を含む右一団の土地を紹介され、現地を見たところ非常に気に入ったので、不動産仲介業者であるニシオ不動産の代表者西尾に本件土地の調査及び仲介を依頼したこと、すると、協和不動産が右土地売却の窓口であることが分かったので、同年四月二六日か二七日に、原告代表者及び西尾は、協和不動産の事務所を訪れ、代表者伊藤と面談したところ、伊藤は、本件土地のうち既に筑波ビル管理の所有になっていた別紙物件目録(一)ないし(一〇)記載の土地は協和不動産が買い受けることになっており、その旨の国土法の届出もしているので、不勧告通知があり次第、売買により協和不動産の所有名義になる、それらの不動産には根抵当権設定登記等があるが、その抹消についても既に話が整っている、その他の土地についても売買交渉が進んでおり、ほぼまとまりかけている、本件土地上の借地人・借家人とも立ち退きの交渉がほとんどまとまっているという話であったこと、そこで、原告は、予算が一二億円程度であったことから、協和不動産に対し、本件土地のうち旧国道に面する表から五〇〇坪ないし六〇〇坪を国土法の指導価格以下で買い取りたいと申し出、その際、旧国道に面する土地については裏に通ずる通路を除き全部買えること、すなわち、訴外中里りつの所有する別紙物件目録(一四)記載の土地を買い受け、その土地上の賃借権を消滅させること及び同目録(八)記載の土地上の訴外大友宏之所有の建物を撤去することが条件であると申し向けたこと、これに対し、協和不動産は、「立ち退き交渉等に金が要る。他のパチンコ業者からも多くの引き合いがあるので、本当に買う意思があるのなら三〇〇〇万円を預けてほしい。最初に預けた人と本件土地の売買交渉をする。」と述べ、売買交渉を開始するためには、三〇〇〇万円を預託することが条件である旨提示したこと、原告は、本件土地を是非とも買いたいと考え、協和不動産が他人所有地を買い受けたり、土地上の賃借人の明渡し交渉等に相当の資金が必要となるであろうし、協和不動産が右交渉をまとめなければ売買代金も明確には定めることができないと考え、右三〇〇〇万円を預託することを約したこと、そこで、同年四月二八日、原告代表者の指示を受けた田村と西尾は伊藤と会い、(1)原告は、協和不動産から本件土地のうち旧国道に面した表の部分について裏に通ずる六メートル幅の道路となる部分を除いて約五〇〇坪ないし六〇〇坪を買い受ける、(2)原告は、本書締結と同時に協和不動産に三〇〇〇万円を預託し、後日売買契約締結時に代金の一部に充当するものとし、その預託金には利息を付けない、(3)本件土地につき、協和不動産が取得して所有権移転登記を受けた場合には、原告は保全のために仮登記をする、(4)万一本物件の購入の目的が達せられない場合には、協和不動産は原告に対し、三〇〇〇万円を返還し、原告は保全のための登記を解除することをそれぞれ合意してその旨の同意書(甲第一号証)を作成し、同日原告は協和不動産に三〇〇〇万円を預託したこと、しかし、その後協和不動産では整えるべき売却条件を整えず、伊藤についての悪い噂も聞いたので、原告から相談を受けていた原告の本訴代理人弁護士は、協和不動産の代理人との間で、本件土地を特定し、協和不動産は原告または原告の指定する者に本件土地を譲渡する、予定代金は一五億円とする、本件預託金は代金支払時に精算する、協和不動産が平成六年一〇月二一日までに協和不動産所有地につき地上建物を撤去して原告に売却することができないときや譲渡対象土地の実測面積が五五〇坪に満たないとき、もしくは本件土地上でパチンコ店営業ができないことが明白になったときは本合意は解除されるものとする等の条項による合意書を作成しようとしたが、協和不動産はこれに応じなかったこと、結局協和不動産において整えるべき条件(公道に面する土地を協和不動産が取得すること等)が整わなかったため、売買契約は成立に至らなかったこと、そのため、平成七年二月二日に、協和不動産は原告に対し、本件預託金を同月末日までに返還する旨約したが実行しなかったこと、そこで、原告は、平成七年七月一一日協和不動産を被告として、仙台地方裁判所に本件預託金の返還を求める訴訟を提起し、同年九月二八日、協和不動産は原告に対し三〇〇〇万円を同年一二月二〇日限り支払うとの裁判上の和解が成立したが、協和不動産は依然としてその支払いをしないことがそれぞれ認められる。

2  宅地建物取引業保証協会の制度は、集団保証による消費者の保護と宅地建物取引業者の負担の軽減を図ることを目的としているものであるところ、法六四条の八第一項は、同協会のする弁済業務について、「宅地建物取引業保証協会の社員と宅地建物取引業に関し取引をした者……は、その取引により生じた債権に関し、……当該宅地建物取引業保証協会が供託した弁済業務保証金について、……弁済を受ける権利を有する。」と定め、右宅地建物取引とは、法二条二号により、宅地または建物の売買、宅地または建物の交換、宅地または建物の売買、交換もしくは賃借の代理、宅地または建物の売買、交換もしくは賃借の媒介をする行為と定められている。そうしてみると、「その取引により生じた債権」とは、宅建業者との間においてこれら宅地建物の売買・交換、売買・交換・賃借の代理もしくは媒介に関する契約(予約及び実質上これらと同視し得る契約を含む。)を締結した結果、その契約に基づき請求できる債権、あるいは締結された契約の無効・取消・解除に基づく不当利得返還請求権、もしくは右契約の債務不履行により発生した損害賠償請求権等を指すものと解すべきであり、本件預託金のように、いまだ目的物も代金額もおおよその話があったのみで、具体的に定まっておらず、売買契約等を締結するための交渉をする条件として、しかも、実質的には不動産業者が行う地上げの資金の一部として支払われた(預託された)金員の返還請求債権は、右地上げが失敗に帰する等して何ら売買契約等の締結に至らなかった本件のような場合には、右弁済の制度により保護される「その取引により生じた債権」には当たらないものと解するのが相当である。

原告は、本件預託金は、本件土地の売買予約に際し預託されたものであると主張するが、前記認定の事実によれば、売買の予定物件も旧国道に面した五〇〇坪ないし六〇〇坪の土地という程度の特定しかされておらず、予定価格も定まっていないという状態であったものであるから、売買予約が締結されたということはできない。また、原告は、売買の誘引・宣伝から始まり、その申し込み、売買予約、契約締結、代金支払・登記移転等という一連の流れが「宅地建物取引業に関する取引」であり、売買契約のみが「宅地建物取引業に関する取引」ではないと主張し、売買契約のみが右取引に当たるものではないことはそのとおりであるとしても、前記の本件制度の趣旨及び条文の文言からして、先に認定した事情のもとに交付された本件預託金返還請求債権は、最終的に売買契約等もその予約等も成立していない本件の場合には、「宅地建物取引業に関し取引をした者」の「その取引により生じた債権」が発生しているものとはいえないものと解するのが相当である。

二  結論

以上によると、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官滿田明彦)

別紙物件目録<省略>

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