東京地方裁判所 平成9年(ワ)1334号 判決 1997年10月28日
原告
山口新吾
被告
金塚晃
ほか二名
主文
一 被告金塚晃は、原告に対し、金一六九万七七九三円及びこれに対する平成七年七月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告金塚進、同金塚とよ子に対する請求及び同金塚晃に対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告と被告金塚進、同金塚とよ子との間においては全部原告の負担とし、原告と被告金塚晃との間においては全部同被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告に対し、金一七〇万円及びこれに対する平成七年七月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件交通事故の発生
次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生し、原告所有の被害車両が損傷した。
事故の日時 平成七年七月二六日午後八時三〇分ころ
事故の場所 東京都足立区足立二丁目一八番先路上(別紙現場見取図参照。以下同道路を「本件道路」といい、同図面を「別紙図面」という。)
加害車両 原動機付自転車(足立区と四三五八)
右運転者 被告金塚晃(以下「被告晃」という。)
被害車両 普通乗用自動車(足立三三め六二九〇)
右運転者 原告
事故の態様 本件道路の第一車線から第二車線に進路変更をしてきた加害車両が、第二車線を直進中の被害車両に衝突した。なお、事故の詳細については、当事者間に争いがある。
2 責任原因
(一) 被告晃
被告晃は、後方の安全を確認しないまま、車線変更をした過失により、本件事故を引き起こしたものであるから、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。
(二) 被告金塚進、同とよ子(以下、それぞれ「被告進」「被告とよ子」という。)
本件事故当時、被告晃(昭和五三年八月二九日生)は一六歳の未成年者であり、免許取得後二か月であったが、被告進、同とよ子は、被告晃の父母であり、親権者として共同して、被告晃の加害車両の運転に当たり、交通法規を遵守し、事故を生じさせないように監督する注意義務を負うべきところ、その義務を怠ったものであり、右義務違反と本件事故の間には相当因果関係が認められるから、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。
3 原告の損害額
(一) 車両修理費 一九〇万三二八六円
原告は、本件事故による被害車両の修理費用として一九〇万三二八六円を要し、これと同額の損害を受けた。
(二) 弁護士費用 一五万〇〇〇〇円
原告は、被告らが任意の弁済に応じないため、訴訟の提起と追行を原告代理人に委任し、弁護士費用として一五万円を支払った。
(三) 右合計額 二〇五万三二八六円
4 よって、原告は、被告らに対し、各自、二〇五万三二八六円の内金一七〇万円及びこれに対する本件事故の日である平成七年七月二六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因一の事実は、認める。
2 同二(二)のうち、本件事故当時、被告晃が一六歳の未成年者であったこと、被告進、同とよ子が被告晃の父母であり、親権者であることは、いずれも認める。
同二の(一)及び同(二)のその余の事実について、被告らは、当初右の各事実を認めたが、それらは、次のようにいずれも真実に反する陳述であり、かつ、錯誤に基づいてしたものであるから、その自白を撤回し、否認する(原告は、自白の撤回に異議がある。)。
(一) 被告晃は、進路変更に際し、バックミラーにより十分後方の安全確認を行っており、過失はない。
(二) 被告進、同とよ子は、日頃から同晃に対し、交通法規を遵守すべきことを指導していたところ、本件事故は、互いに進行中の車両同士の突発的な事故であり、被告らの指導監督の及び得ない状況であったから、同人らの指導監督に欠けるところはない。
3 同三については、いずれも不知。同四については、争う。
三 抗弁
1 過失相殺
仮に、被告晃に過失があるとしても、本件事故当時、原告としては、先行する加害車両の存在を認識できたのであるから、その動静に注意し、かつ、被告晃が進路変更した際、原告が急制動の措置をとる等すれば、事故を回避できたものというべきところ、原告は、制限速度を三〇キロメートル以上も上回る速度で進行した上、加害車両を発見後、ハンドルを大きく切りすぎたため、被害車両が中央分離帯に衝突して発生したものであり、原告にも前方不注視、速度制限違反、ハンドル操作不適切等の過失がある。
なお、原告は、後記2の本件示談契約交渉の際、原告の過失割合をほぼ四割とすることに同意していた。
したがって、原告の損害額を算定するに当たっては、原告の右過失を五〇ないし六〇パーセント程度斟酌すべきである。
2 示談契約
原告と被告晃、同進は、平成七年一〇月ころ、被告晃、同進が原告に対し、八〇万円を支払い、原告は被告らに対する損害賠償請求権を放棄する旨の示談契約(以下「本件示談契約」という。)を締結しており、被告らは、原告に対し、右金額を超える支払義務はない。
四 抗弁に対する認否
1 過失相殺について
原告に過失相殺事由があるとする点は、否認する。
2 示談契約について
本件示談契約が締結されたとする点は、否認する。
原告と被告晃、同進との間で、本件事故の解決について話し合いの機会がもたれたことはあるが、未だ示談の締結には至らなかった。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因について
1 請求原因一(本件事故の発生)は、事故態様の詳細を除き、当事者間に争いがない。
2 請求原因二について
前記争いのない事実に、甲二ないし四、六ないし八、九の1、2、一〇、一一ないし一三、乙二、被告晃本人、同進本人及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(一)(1) 本件事故現場付近の状況は、概ね別紙図面に記載のとおりである。
本件道路(通称平和橋通り)は、首都高速道路中央環状線の高架下に位置し、堀切橋方面から千住新橋方面に向かう片側二車線の道路であり、反対車線とは、中央分離帯により区別されている。
本件道路の最高速度は、四〇キロメートル毎時に制限されている。
本件事故現場付近の道路は直線であり、照明は街路灯により明るく、前方及び後方の見通しはよい。
本件道路の路面は、アスファルトで舗装され、平坦であり、本件事故当時、乾燥していた。
本件事故当時、本件道路の交通量は少なかった。
(2) 被告晃は、定時制高校に通学するかたわら、平成七年六月ころ、運送会社に運転助手として勤務するようになり、同年五月一日原動機付自転車の運転免許を取得し、それまで実兄の訴外金塚修(以下「修」という。)が使用していた加害車両を同人から譲り受けた後は、通勤のほか、日常的に加害車両を使用していた。
被告晃は、本件事故当時(当時一六歳)、加害車両を運転し、本件道路の第一車線を時速約四〇ないし五〇キロメートルで進行中、進路前方の交差点を右折すべく、別紙図面の<2>地点において車線変更の合図を出し、第二車線に進路変更を開始し、同図面の<3>地点において、被害車両を<ウ>地点に発見し、急制動を掛けたが、同図面の<×>1地点において、加害車両の右側面が被害車両の左前フェンダーに衝突し、被告晃は、同図面の<4>地点に転倒し、被害車両は、同図面の<5>地点に停止した。
(3) 原告は、本件事故当時、ドライブのため、助手席に実兄を同乗させ、被害車両を運転し、本件道路の第二車線を時速約五〇キロメートルで進行中、別紙図面の<イ>地点において、進路を変更してきた加害車両を同図面の<2>地点に発見し、危険を感じて急制動を掛けるとともに右にハンドルを切って衝突を避けようとしたが、同図面の<×>1地点において加害車両と衝突し(原告は<ウ>地点)、さらに、同図面の<×>2地点において中央分離帯に衝突して(原告は<エ>地点)、同図面の<オ>地点に停止した。
(4) 被告晃は、車線変更をする前にバックミラーで後方を確認したときには、後方に車両はなかったと述べるが、本件事故により加害車両は被害車両の左前フェンダー部に衝突している上、証拠(甲九の2、一〇、一一、一三)によれば、本件事故直前の加害車両、被害車両相互の位置関係はごく近接していたものと認められるから、被告晃の右主張は採用できない(この点は、むしろ被告晃の後方確認義務違反を推認させる事情と認められる。)。
また、本件事故当時の原告車両の速度が、制限速度を三〇キロメートル以上上回る速度であったことを認めるに足りる証拠もない。
(5) 被告進、同とよ子は、被告晃の実父母であるが、平成七年四月末ころ、被告とよ子は被告晃から原動機付自転車の運転免許を取得したいとの申し出があった際、学校では特にバイク通学が禁止されていなかったことから、被告晃の通勤の便宜等を考えて許可し、被告進は、被告晃の免許取得後は、同人に対し、運転のときはスピードを出しすぎないこと、ブレーキ操作を適切にすること等を言い聞かせていた。
加害車両は、もともと被告進の兄の修が費用を出して購入したが、同人が当時未成年であったため、保険手続の便宜等を考え、名義を被告進のものにしていたものであった。
被告晃には、本件事故に至るまで粗暴癖や暴走族との交遊はなく、無免許運転等の違反歴や事故歴もなかった。
(二) 右の事実をもとにして被告らの責任について検討する。
(1) 被告晃は、原動機付自転車の法定速度を超える速度で加害車両を運転していた上、車線変更をするに際し、後方から被告車両が接近しているにもかかわらず、その安全を十分確認しないまま、車線変更を開始した過失により、本件事故を引き起こしたものであるから、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。
(2) 被告進、同とよ子は、被告晃の親権者として共同して、未成年者である被告晃の加害車両の運転に当たり、交通法規を遵守し事故を生じさせないように監督すべき注意義務を負うべきところ、前記認定事実によれば、右被告らに本件事故発生についての監督義務違反を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、被告進、同とよ子の右監督義務違反を内容とする自白は、真実に反し、かつ、乙二、被告進本人、弁論の全趣旨によれば、右自白は、錯誤に基づくものと認められる。
そうすると、被告進、同とよ子は、いずれも原告に対し、民法七〇九条に基づく責任を負わないというべきである。
3 請求原因3(原告の損害額)について
一九〇万三二八六円
前記争いのない事実に、甲二、三によれば、本件事故により原告車両が損壊し、その修理費見積額が一九〇万三二八六円であったことが認められ、右金額が原告の損害額となる。
二 抗弁について
1 過失相殺について
(一) 前記一2に認定のところから、被告晃は、原動機付自転車の法定速度を超える速度で加害車両を運転し、車線変更をするに際し、後方から被害車両が接近しているにもかかわらず、その安全を十分確認しないまま、車線変更を開始した点に過失がある。
他方、原告としても、制限速度を上回る速度で進行し、加害車両の動静に十分注意しなかった点に過失がある(なお、弁論の全趣旨により認められる、その後の交渉経過に鑑みると、原告も幾分かの過失を前提としていたことが窺われる。)
そして、被告晃、原告双方の過失を対比すると、その割合は、被告晃八五、原告一五とするのが相当である。
(二) したがって、右の過失割合により、原告の前記一3記載の損害額から一五パーセントを減額すると、残額は、一六一万七七九三円となる。
2 本件示談契約等について
本件示談契約が締結された事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、乙三、被告進によれば、本件事故後、原告と被告らとの間で原告の加入する保険会社の担当者を交え、被告晃、被告進が原告に対し八〇万円を一括で支払えば、原告は被告らに対するその余の損害賠償請求権を放棄する内容の示談ができる状況にあったことが窺われるが、その後、被告進が分割払いを希望したため、結局、本件示談契約は成立に至らなかったことが認められ(乙三の体裁上は、合意が成立していないことは明らかである。)、被告らの主張は採用できない。
一方、原告は、被告進が原告との間で、被告晃の損害賠償債務につき、保証契約を締結したものと主張するもののようであるが、右に述べたと同様の理由から採用できない。
三 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過及び認容額、その他諸般の事情を総合すると、原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用としては、八万円と認めるのが相当である。
四 合計額 一六九万七七九三円
五 結語
以上によれば、原告の本件請求は、被告晃につき一六九万七七九三円及びこれに対する不法行為の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、原告の被告晃に対するその余の請求及び原告の被告進、同とよ子に対する請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条一項但書を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 河田泰常)
現場見取図(原図)