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東京地方裁判所 平成9年(ワ)15207号 判決 1999年1月28日

原告

株式会社円谷プロダクション

右代表者代表取締役

円谷一夫

右訴訟代理人弁護士

又市義男

被告

サンゲンチャイ・ソンポテ

右訴訟代理人弁護士

平岩正史

鵜飼一賴

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  昭和五一年三月四日に締結された別紙第一目録添付の契約書(以下「本件契約書」という。)は、真正に成立したものでないことを確認する。

2  原告が、別紙第二目録記載の各著作物(以下「本件著作物」という。)につき、タイ王国において著作権を有することを確認する。

3  被告が、本件著作物の著作権について、許諾による利用権その他何らの利用権を有しないことを確認する。

4  被告は、日本国内において、第三者に対し、本件著作物の著作権について、被告が日本国外における独占的利用権者である旨を告げてはならず、また、本件著作物の著作権に関して日本国外で原告と取引をすることは被告の独占的利用権を侵害する旨を告げてはならない。

5  被告は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  本案前の答弁

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、原告が被告に対し、原告は本件著作物の著作権者であり、被告に対する著作権の譲渡又は利用許諾はされていないと主張して、(1) 日本国外における本件著作物の独占的利用権の許諾を内容とする本件契約書が真正に成立したものでないこと、原告が本件著作物につき著作権を有すること及び被告がこれにつき利用権を有しないことの確認、(2) 被告による虚偽の事実の陳述又は流布の差止め、(3) 損害賠償、を求めているのに対し、被告が、本案前の答弁として、我が国の裁判権(国際裁判管轄)及び確認の利益を争い、訴えの却下を求めている事案である。

一  弁論の全趣旨により明らかに認められる事実

1  原告は、劇場用映画及びテレビ用映画の製作、供給等を業とする日本国の株式会社である。

2  被告は、タイ王国内に居住する同国籍の自然人である。

3  原告は、被告を相手方として平成九年一二月に本件著作物の利用許諾等に関する訴えをタイ王国の裁判所に提起し、右訴訟は同国裁判所に係属している(以下、この訴訟を「タイ訴訟」という。)。

二  請求の原因

1  原告は、本件著作物の日本における著作権者である。また、タイ王国はベルヌ条約の加盟国であるから、タイ王国においても本件著作物の著作権を有している。

2  被告は、本件契約書に基づいて日本以外のすべての国において本件著作物につき独占的利用権を取得したと主張するが、本件契約書は被告が一方的に偽造した架空の契約書であり、真正に成立したものではないから、被告は本件著作物についていかなる権利も取得していない。

3  ところが、被告は、タイ王国において、本件著作物の著作権者は被告であると主張するに至り、著作権侵害を理由として、同国において原告から本件著作物につき利用許諾を受けている者を刑事告訴している。

4  原告は、株式会社バンダイに対して日本及び東南アジア各国における本件著作物の商品化事業を許諾しているところ、被告は、平成九年四月、同会社に対し、本件著作物については被告が日本国外における独占的利用権者であり、同会社が行っている商品化事業は被告の独占的利用権を侵害する旨の警告書を送付し、また、そのころ、当時同会社と合併交渉中であった株式会社セガ・エンタープライゼスに対しても同様の内容の警告状を送付して、原告の業務を妨害している。

5  原告は、右に述べた被告の違法な行為により、日本においても多大な業務上の損害を被っており、その額は、本件訴訟の弁護士費用を含めて、一〇〇〇万円を下らない。

6  よって、原告は被告に対し、本件著作物に係る著作権に基づき、前記請求の趣旨1ないし3のとおり、本件契約書が真正に成立したものでないこと、本件著作物につき原告がタイ王国において著作権を有すること及び被告がこれにつき利用権を有しないことの確認を求める。また、不正競争防止法二条一項一一号、三条に基づき、請求の趣旨4のとおり、本件著作物の著作権につき被告が日本国外における独占的利用権者であることなどを告知し又は流布する行為の差止めを求める。さらに、不法行為による損害賠償として、請求の趣旨5のとおり、一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成一〇年四月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  原告の本案前の主張

1  国際裁判管轄の存在

(一) 我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが国内にあるときは日本の国際裁判管轄を認めるべきところ、本件においては、次のとおり、不法行為地及び財産所在地並びに併合請求による裁判籍に基づき、国際裁判管轄が認められる。

(1) 本件契約書への署名が真正でないことは筆跡鑑定の結果から明らかであり、被告は本件著作物に関し何らの権利も有していない。ところが、被告は、原告が日本及び東南アジア各国における本件著作物の利用を許諾した株式会社バンダイ等に対し、被告は日本国外における本件著作物の独占的利用権者であり、日本国外での本件著作物の商品化事業は被告の権利を侵害する旨の警告状を送付して、原告の事業を妨害した。なお、右警告状には、「チャイヨ・フィルム・カンパニー・リミテッド」の依頼により送付されたと記載されているところ、右名称の法人は存在しないから、その送付を依頼したのは、本件契約書上「チャイヨ・フィルム・カンパニー・リミテッド」の社長とされている被告というべきである。したがって、被告が原告の取引先に警告状を送付した行為は、日本における原告の営業を妨害する不法行為であり、結果発生地である日本がその不法行為地である。

そして、本件の他の請求も右不法行為の請求と合理的かつ密接な関連性を有するから、これらに関しても、併合請求の裁判籍により、日本の裁判権が認められる。

(2) さらに、本件著作物は、日本で創作、製作、公表されたものであるから、その財産所在地は日本であり、証拠の収集、提出その他あらゆる面からも日本で審理されるのが当然である。また、被告の主張する本件著作物の独占的利用権も、その著作権を前提とするものであるから、その財産所在地も日本と考えるべきである。したがって、本件においては財産所在地に基づく国際裁判管轄も認められる。

(二) 右に加え、裁判の適正・迅速、当事者の公平等の観点に照らしても、以下のとおり、日本の国際裁判管轄を認めるべきである。

(1) 本件契約書は、被告の主張によれば、原告の代表者が日本において被告の面前で署名し、被告に交付したものというのであるから、これに係る証書真否確認の訴えは、署名及び印影の真正が最大の争点であるところ、それに関する証人や資料は日本に存在するのであって、これをタイ王国の裁判所で判断するのには大きな困難が予想され、本件契約書の作成地である日本において審理されるのが最も適切であり、条理にかなうといえる。したがって、本件の証書真否確認の訴えについては、日本の国際裁判管轄が認められる。

(2) さらに、被告は、以前日本に長期間居住していたことがあり、その後も頻繁に来日しているから、被告を日本の裁判所の裁判管轄権に服させたとしても、当事者間の公平という理念に何ら反するものでない。

(3) なお、タイ訴訟は、原告において平成九年七月に本件訴訟を提起したものの被告への訴状送達に長期間を要することとなり、その間に被告が原告から本件著作物につき利用許諾を受けた者を刑事告訴したり警察官に逮捕させたりする等、タイ王国における被告の行動が原告の容認できない状態になったので、同年一二月に原告がやむを得ず提起したものであること、タイ訴訟は、被告以外の三名も共同被告として、タイ王国での被告ほか三名の違法行為の差止め及び損害賠償を求めているものであって、本件とは当事者及び訴訟物が異なること、本件契約書には日本以外の全世界での被告の独占的利用権が規定されており、原告被告間の争いはタイ王国だけでなく多数の国に及んでいるのに対し、タイ王国には日本の証書真否確認の訴えに相当する制度がないため、タイ訴訟では紛争の終局的な解決が期待できないこと、本件に関する証拠書類、証人等はすべて日本に存在することなどに照らし、同国で訴訟が係属していることによって本件訴訟の必要性がなくなることはない。

2  確認の利益の存在

(一) 本件著作物について利用権を有するとの被告の主張は、本件契約書の存在を根拠とするものであるから、その成立が真正でないと確認されれば、原告被告間の争いは実質的にすべて解決されるのであって、本件の証書真否確認請求に確認の利益が存在することは明白である。

(二) 本件契約書は、本件著作物の利用許諾についての契約書であり、著作権そのものの帰属について規定するものでないから、証書真否確認の請求とは関係がなく、本件著作物の著作権が原告に属することの確認を求める請求についても確認の利益が認められる。

(三) なお、原告は、被告が本件著作物につき利用権を有しないことの確認も求めているが、これは本件契約書が真正でないことの当然の帰結であり、その真否が確認されれば原告被告間の争いが解決されるという意味において、原告はこの請求について必ずしも固執するものではない。

四  被告の本案前の主張

1  国際裁判管轄の不存在

(一) 原告の請求については、次のとおり、日本国内に土地管轄があることを根拠付ける民訴法の規定が存在しないから、本件訴えにつき我が国の裁判所の裁判権を認めることはできない。

(1) 民訴法は証書真否確認の訴えについて管轄に関する特段の規定を置いておらず、被告の住所地以外に類推可能な規定は存在しないから、請求の趣旨1の請求につき国際裁判管轄がないことは明白である。

(2) 請求の趣旨2及び3における確認の対象は、本件著作物に係るタイ王国での原告の著作権及び日本国外での被告の利用権であり、被告の財産の所在地は我が国でないから、国際裁判管轄は否定される。

(3) 請求の趣旨4及び5の請求について、原告は、不法行為地を国際裁判管轄の根拠として主張するが、不法行為地の裁判籍に関しては、被告が日本国内で不法行為を行ったことにつき一応の証明が必要であると解すべきところ、原告の取引先へ通知書を送付したのは「チャイヨ・フィルム・リミテッド・パートナーシップ」であって被告ではないこと、右通知書の内容が虚偽であることについて何らの立証もないことから、被告の原告に対する不法行為が存在しないことは明白であり、不法行為地を根拠とする国際裁判管轄は認められない。

(二) 民訴法の土地管轄の規定の類推適用により国際裁判管轄が肯定され得る場合でも、当事者の公平及び裁判の適正・迅速の理念に照らし、日本の裁判所に管轄を認めるのが条理に反する特段の事情がある場合には、国際裁判管轄を否定すべきである。本件においては、本件著作物に係るタイ王国内での著作権及びその利用権ないしこれに関連する被告の取引活動の違法性が争点となっているタイ訴訟がタイ王国の裁判所に係属して、本件訴訟に先行して実体審理に入っていること、タイ訴訟は原告自らが提起したものであることに照らすと、原告被告間の紛争の解決のためにはタイ王国の裁判所の判断を得ることが実効的であって、裁判の適正・迅速の理念に照らし適切であるのみならず、タイ王国の裁判所に訴訟を提起した原告の意図に沿い、当事者の公平の理念に合致するといえる。したがって、仮に、本件につき民訴法の土地管轄の規定の類推適用により国際裁判管轄が肯定される余地があるとしても、右特段の事情が存在するから、本件訴えは却下されるべきである。

(三) さらに、原告は、請求の趣旨4及び5の請求につき国際裁判管轄が肯定されるから他の請求につき併合裁判籍が認められると主張するが、原告と被告の紛争の実体は、タイ王国を含む日本国外での本件著作物の著作権の帰属ないし利用権の有無であり、その前提の一つとして本件契約書の存在及び内容が問題となるのであるから、仮に、右請求につき管轄が認められるとしても、これを理由として請求の趣旨1ないし3の請求に併合請求による管轄を肯定するのは本末転倒であり、管轄権の濫用に当たる。

2  確認の利益の不存在

(一) 証書真否確認の訴えは、当該書面に記載されている法律関係自体の確認を求める必要がある場合には確認の利益は認められないところ、本件においては、請求の趣旨2及び3のとおり、原告自ら法律関係の確認なくしては紛争が解決されないと認めている。また、原告は平成八年七月三日付けの書面でも本件著作物に関する被告の権利を承認しているし、本件契約書の文言上その当事者が原告及び被告とは異なる可能性があることからすると、原告被告間で本件契約書の成立の真正を確認することで紛争が一回的に解決されるとはいえないから、請求の趣旨1の請求は確認の利益を欠くものである。

(二) 請求の趣旨2の請求は、本件著作物についてのタイ王国における原告の著作権の確認を求めるものであるが、タイ王国における著作権を日本の裁判所で確認してもそれをタイ王国で執行するということはあり得ず、紛争解決に全く実効性を有しないから、確認の利益はない。また、請求の趣旨3の請求についても、原告被告間で争われているのは日本国外における本件著作物の著作権ないし利用権の帰属であるから、右と同様に、日本の裁判所にその不存在の確認を求める利益はない。さらに、確認の訴えは、給付判決を求めることができずかつ確認の必要性が存在する場合に限って認められるところ、タイ王国の裁判所に給付訴訟が係属していること自体、確認の利益の不存在を基礎付けるものである。

第三  争点に対する判断

一  本案前の主張のうち、まず、国際裁判管轄の有無の点について判断する。

1 被告が我が国に住所を有しない外国人の場合であっても、我が国と法的関連を有する事件について我が国の国際裁判管轄を肯定すべき場合のあることは、否定し得ないところであるが、どのような場合に我が国の国際裁判管轄を肯定すべきかについては、国際的に承認された一般的な準則が存在せず、国際的慣習法の成熟も十分ではないため、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である。そして、我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである(最高裁昭和五五年(オ)第一三〇号同五六年一〇月一六日第二小法廷判決・民集三五巻七号一二二四頁、最高裁平成五年(オ)第七六四号同八年六月二四日第二小法廷判決・民集五〇巻七号一四五一頁、最高裁平成五年(オ)第一六六〇号同九年一一月一一日第三小法廷判決・民集五一巻一〇号四〇五五頁参照)。

2  本件においては、証拠(甲一ないし四、乙一ないし三)及び弁論の全趣旨により次の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和三九年から同五〇年までの間に、映画の著作物である本件著作物を製作し、その著作権を有するものであって、その著作権に基づいて、日本国内及びタイ王国を含む日本国外において、自ら又は第三者に利用権を許諾して、本件著作物についての商品化事業を行っている。

(二) 本件契約書は、別紙第一目録に添付されたとおり、日本を除くすべての国において本件著作物を独占的に利用する権利を付与することを内容とするものであり、その前文に、「Tsuburaya Prod. And Enterprise Co., Ltd.」(株式会社円谷プロド・アンド・エンタープライズ)が、「Mr. Sompote Saengduenchai, President of Chaiyo Film Co., Ltd.」(チャイヨ・フィルム・カンパニー・リミテッドの社長であるソンポテ・サンゲンチャイ氏)に対して利用権を付与する旨記載されている。また、後文には、円谷皐が「株式会社円谷プロド・アンド・エンタープライズ」を代表してその社印を押印し、署名する旨記載され、その下に、「株式会社円谷エンタープライズ代表取締役円谷皐」のゴム印及び同社の代表取締役印によるものと思われる印影が押捺されているとともに、「Noboru Tsuburaya」なる欧文文字が筆記体により手書きで署名されている。

(三) 原告は、平成八年七月ころ、「チャイヨ・シティ・スタジオ・カンパニー・リミテッド社長 サンゲンチャイ・ソンポテ」宛てで、同人が本件契約書に基づいてタイ王国を含む領域で本件著作物を市場に広める独占的権利を持っていることを確認する旨の内容の一九九六年(平成八年)七月二三日付け書簡(乙二)を送付し、被告はこれを受領した。

(四) 平成八年一二月ころ、香港のハルダネス法律事務所は、依頼人である「チャイヨ・フィルム・カンパニー・リミテッド」の代理人として、原告から本件著作物の利用を許諾された株式会社バンダイの東南アジアにおける子会社であるバンダイ・香港、バンダイ・シンガポール及びバンダイ・タイに対し、右依頼人は、昭和五一年に締結された契約に基づいて本件著作物のキャラクターについての独占権を有しており、バンダイの右各子会社の行為は右権利を侵害するものである旨の書簡を送付した。

ハルダネス法律事務所は、そのころ、バンダイの右各子会社から事情を詳細に調査している旨の回答を得たが、その後右各子会社からの回答がされなかった。そのため、同法律事務所は、平成九年四月、バンダイに対して、右各子会社に対して書面を送付した事実を通知し、バンダイからの返答を求める旨の内容の一九九七年(平成九年)四月一七日付け書簡(甲一)を送付するとともに、そのころ、当時バンダイと合併交渉中であった株式会社セガ・エンタープライゼスに対して、右依頼人が本件著作物のキャラクターについての独占権を有しており、バンダイの右各子会社に前記の書面を送付した旨を伝える内容の同月一五日付け書簡(甲二)を送付した。

(五) タイ王国には、「CHAIYO FILM LIMITED PARTNERSHIP」(チャイヨ・フィルム・リミテッド・パートナーシップ)なる名称の法人は登録されているが、「Chaiyo Film Co., Ltd.」(チャイヨ・フィルム・カンパニー・リミテッド)という法人は存在しない。

(六) 平成九年一二月一六日ころ、原告は、被告ほか三名(ツブラヤ・チャイヨ・カンパニー・リミテッド、サンゲンチャイ・ペラシット及びブック・アテネ・カンパニー・リミテッド)を相手方として、本件契約書が偽造であることを理由に、本件著作物についての原告の著作権を侵害する行為の差止め、損害賠償等を求めるタイ訴訟を提起した。タイ訴訟は刑事事件及び刑事に関連する民事事件とみなされており、原告が公的仲裁を受けずに刑事裁判を提起することを選択したため、タイ王国の裁判所は、原告の請求が合理的なものか及び受付可能か否かを判断するための予備審問を行ってきた。そして、平成一〇年九月までに、原告の専務取締役である高野宏一、原告のタイ王国における代表者であるスワナプラティープ・テエラポル及び原告の国際部部長である宇川清隆の証人尋問が終了し、また、本件契約書に記載された「Noboru Tsuburaya」なる文字が円谷皐とは別人の筆跡である旨の筆跡鑑定書が証拠として提出されていて、タイ訴訟における予備審問の手続は、ほぼ終了した段階にある。

3  原告は、前記第二、三1のとおり、本件について不法行為地及び財産所在地に基づき我が国の国際裁判管轄を肯定すべきであるなどと主張する。

そこで検討するに、右認定の事実及び前記第二、一記載の事実(弁論の全趣旨により明らかに認められる事実)によれば、(1) 原告被告間で争いとなっているのは、本件訴訟及びタイ訴訟のいずれにおいても、日本以外の地域において被告が本件著作物を独占的に利用する権利を有するかどうかであること、(2) そこでは、原告と被告との間での独占的利用許諾契約の成否が中心的争点であるところ、本件契約書は右契約の成否を立証する重要な書証ではあっても、原告の一九九六年(平成八年)七月二三日付け書簡(乙二)等と共にこれを立証するための証拠資料の一つにすぎず、原告被告間の契約関係の存否が専ら本件契約書の成立の真否のみに係っているということはできず、本件契約書の成立の真否を判断することにより原告被告間の紛争が一回的に解決するということもできないこと、(3) 本件著作物の利用に関するハルダネス法律事務所の書簡は、第一次的には東南アジアにおけるバンダイの各子会社に対して送付されており、これらの各子会社から実質的な内容の返答がされなかったことから、その後、同法律事務所はバンダイに対して、右各子会社に書簡送付した旨を通知したものであって、同法律事務所の書簡の送付を仮に不法行為と構成し得るとしても、その主たる行為は、香港(同法律事務所の所在地)を発信地とし、香港、タイ等の東南アジアの地(バンダイの右各子会社の所在地)を到達地とする各書簡の送付であって、日本国外の行為であること(なお、セガ・エンタープライゼスは、原告から本件著作物の利用についての許諾を受けた者ではなく、許諾を受けようとしていた者(原告が許諾の相手方の候補者として交渉中の者)でもないから、同会社に対する書簡の送付が直ちに原告に対する不法行為に該当するということはできない。)、(4) ハルダネス法律事務所の発送した右各書簡については、その依頼人(書簡送付の主体)として、被告以外の、法人ないし法人格なき社団が存在する可能性を直ちに否定することはできないこと、(5) 本件著作物が我が国において著作されたものであるとはいっても、日本以外の国における本件著作物の利用に関しては、それぞれ当該国における著作物に関する法規を根拠とする権利(当該国の著作権法に基づく著作権)が問題となるものであり、これらの権利についてはその所在地が我が国にあるということはできないこと、(6) 原告はタイ王国において自ら又は第三者に利用権を許諾して本件著作物の商品化事業を行っているというのであるから、タイ王国において被告を相手方として訴訟を提起し、これを遂行する能力があると認められる(現に、本件訴訟提起後に原告は自ら進んでタイ訴訟を提起し、タイ訴訟は、予備審問の手続であるとはいえ、既に証人尋問が終了し、原告の請求に対する裁判所の判断が遠からず示される状況にある。)のに対し、被告は、タイ王国に居住する個人であって、日本国内に事務所等を設置して営業活動を行っているなどの事情を認めるに足りる証拠はないから、本件訴訟に応訴することは被告にとって過大な負担であり、右応訴を強いられるとすれば被告は重大な不利益を被ることになること、が認められる。

これらの事情を総合すると、本件訴訟については、原告主張の不法行為地、財産所在地の裁判籍のいずれに関しても、これを肯定することができないというべきである(また、本件契約書の成立に関する確認を求める部分については、確認の利益を欠くといえる。)。加えて、我が国の裁判所において本件訴訟に応訴することを被告に強いることは、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反するものであって、我が国の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情があることも明らかである。

二  以上によれば、本件訴訟については我が国の国際裁判管轄を否定すべきものであるから、その余の点につき判断するまでもなく、本件訴えはいずれも不適法として却下を免れない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三村量一 裁判官長谷川浩二 裁判官中吉徹郎)

別紙第一目録<省略>

別紙第二目録<省略>

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