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東京地方裁判所 平成9年(ワ)1594号 判決 1998年5月06日

原告

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右指定代理人

杉崎博

松原行宏

原義男

中川孝則

被告

株式会社住友銀行

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

須藤英章

岸和正

主文

一  原告と被告の間において、原告が東京法務局平成三年度金第一三八八七二号の供託金三〇七三万五二〇〇円の還付請求権の取立権を有することを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

主文と同旨

第二事案の概要

一  請求原因

1  原告は、平成四年三月一一日現在、株式会社キネマ東京(以下「キネマ東京」という)に対し、既に納期限を経過した本税、加算税及び延滞税の合計二億八六二九万六六四八円を有していた。右租税債権は、平成八年一〇月一五日現在、三億九三七八万四五五五円となっており、これにさらに同月一六日以降発生する国税通則法所定の延滞税が加算されるものである。

2  キネマ東京は、平成四年三月一一日現在、株式会社テレビ東京(以下「第三債務者」という)に対し、別紙債権目録≪省略≫記載の請負代金三〇七三万五二〇〇円の支払請求権(以下「本件債権」という)を有していた。

3  原告は、平成四年三月一一日、右1の租税債権を徴収するため、国税徴収法六二条の規定に基づき、本件債権を差し押さえ、同月一三日、右債権差押通知書を第三債務者に送達した。

4  ところで、本件債権については、原告の右差押えの他に、平成四年一月六日キネマ東京から被告に本件債権が譲渡されたとの通知が被告から第三債務者に対して発せられ、平成四年三月一一日に第三債務者に到達しており、被告は、右債権譲渡が原告による債権差押えに優先する旨主張している。

5  よって、原告は被告に対し、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は知らない。その余の請求原因事実は認める。

三  抗弁

1  被告は、平成三年一二月二七日、キネマ東京から譲渡担保差入証及び債権譲渡通知書の交付を受けた。右各書面によって譲渡する債権は、キネマ東京がテレビ番組等の発注元に対して有する現在及び将来の一切の請負代金債権を対象とするものであったが、右各書面には譲渡債権の表示が空欄のままとされており、キネマ東京は、その債権の明細をできるだけ早く被告に知らせることとし、右各書面の日付や債権の表示は、被告において補充することとなった。被告担当者は、同月三〇日にもキネマ東京を訪れ、代表者Bから、万一キネマ東京が銀行取引停止処分を受けるなど、被告において債権保全を必要とする事由が生じた場合には、譲渡担保に供した債権の第三債務者に対して債権譲渡通知を被告がキネマ東京を代理して行う旨の念書を受領した。

2  被告は、平成四年三月九日になって、キネマ東京が第二回不渡を出し、翌一〇日付けをもって銀行取引停止処分を受けるとの情報を入手した。そこで、被告は、三月一〇日にキネマ東京を訪れ、請負代金債権の明細が記載された書類の提出を求めるとともに、その明細に従って譲渡担保差入証及び債権譲渡通知書を補充した上で、念書に基づいて第三債務者に右通知書を送付する旨、C会長及びB社長に申し入れた。C会長は、被告の右申入れに従い、D課長に対し、明細が記載された書類を被告に交付するよう指示したが、D課長から被告には何の書類も交付されなかった。そこで、被告は、同日、別途入手していた資料に基づき、右各書面に債権の特定に必要な事項を記入するとともに、右通知書を第三債務者に発送した。右通知書は、同月一一日第三債務者に到達したのであるから、右債権譲渡は原告の差押えに優先する。

三  抗弁に対する原告の反論

1  被告主張の債権譲渡は、譲渡対象たる債権が特定されていないから無効である。

被告がキネマ東京に対して有していた債権は、貸金債権であろうと思われる。貸金債権のように、それ自体増減する債権の担保のために、譲渡の目的とされるべき債権の第三債務者を特定することなく、目的債権の発生時期についても、その限度額についても、何らの限定を伴わない包括的な将来の債権の譲渡契約は、将来その実行として特定の債権譲渡をなすべく当事者を拘束する基本契約としてならばともかく、譲受人たる債権者の一方的権利行使によって直ちに債権譲渡の効果を生ずべき契約としては、目的債権の不特定の故に、その効力を認めることはできない。

被告の主張によれば、被告は自らの調査結果に基づいて債権の特定に必要な事項を自ら記載したというのであるから、本件債権の譲渡についてキネマ東京との間に合意がなかったことは、被告の主張からも明らかである。

2  本件債権には譲渡禁止特約が付されており、被告は、その事実を知っていたものである。すなわち、被告の担当者は、平成三年一二月二〇日以降、キネマ東京を来訪し、当時の経理担当者であったD課長から取引先との契約書の写しを入手していたのであるから、当然本件債権に譲渡禁止特約が付されていたことを知っていたはずである。

仮に、被告が本件債権に譲渡禁止特約が付されていたことを知らなかったとしても、知らなかったことに重大な過失がある。すなわち、テレビ局がテレビ番組製作会社にテレビ番組の製作を発注する場合には、書面により契約書を取り交わしているのが通常であり、その契約書には、ほとんどの場合、債権譲渡等を禁止する旨の特約が記載されている。また、少なくとも、いわゆる都市銀行の融資担当者であれば、債権を担保に徴する場合、後日の紛糾を避けるため、当該債権に譲渡禁止特約が付されているかどうかについての慎重な調査が必要不可欠であることは当然に熟知しているはずである。本件債権の第三債務者と被告は融資取引を行っていた関係であり、被告の銀行としての信用調査力をもってすれば、容易に本件債権に譲渡禁止特約が付されていることを調査できたはずである。

第三当裁判所の判断

一  請求原因事実について

≪証拠省略≫によれば、請求原因1の事実を認めることができる。その余の請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  債権譲渡の存否及び債権譲渡通知の有効性

1  ≪証拠省略≫並びに証人B及び同Eの各証言によれば、次の事実が認められる。

(一) キネマ東京は、平成三年一二月二〇日、第一回の手形不渡を出し、被告有楽町支店で同会社に対する融資を担当していたEは、その事実を同月二六日に知り、同日、キネマ東京のB社長と会って、B社長の個人保証とテレビ会社から支払われる予定の番組製作代金の振込先を被告に指定することの了承を得た。さらに、翌二七日、EはB社長と会い、振込指定だけでは足りないとする被告審査部の指示に基づき、債権譲渡も受けたい旨申し入れ、渋々ながら、B社長は右申入れも受け入れた。その際、Eは、債権の表示欄を空欄にした「譲渡担保差入証」と「債権譲渡通知書」に捺印したものを約二〇通受け取った。

(二) 被告が平成三年一二月二七日にキネマ東京から交付を受けた右譲渡担保差入証及び債権譲渡通知書によってキネマ東京から被告に譲渡される対象となる債権は、キネマ東京がテレビ番組等の発注元に対して有する現在及び将来の一切の請負代金債権であったが、債権譲渡が実行されるのは、二回目の不渡が発生する場合など、債権保全の必要が生じたときであり、その場合の譲渡対象債権は被告において選定するとの合意があり、そのため、右各書面には譲渡の日付や譲渡債権の表示が空欄のままとされており、右各書面の譲渡の日付や譲渡債権の表示は、債権保全の必要が生じたときに被告において補充することとなった。なお、キネマ東京は、被告による右譲渡対象債権の選定の参考にするため、右債権譲渡の対象となる債権に関する平成三年一二月現在の明細をできるだけ早く被告に知らせることとし、その日の夕刻、DからEあてに、ファックスにより、平成三年一二月から平成四年三月までのキネマ東京の製作代金受取予定表(≪証拠省略≫)が送付された。

(三) Eは、同月三〇日にもキネマ東京を訪れ、B社長から、万一キネマ東京が銀行取引停止処分を受けるなど、被告において債権保全を必要とする事由が生じた場合には、譲渡担保に供した債権の第三債務者に対して債権譲渡通知を被告がキネマ東京を代理して行う旨の代表者C名義の念書を受領した(≪証拠省略≫)。その際、Eは、譲渡の対象となる債権の詳細が分かる資料の提出を求めたが、担当のD課長は、年末であり資料の提出は来年にしたいと答えた。その後、平成四年一月一六日、D課長からEに対し、番組製作見積書(≪証拠省略≫)が提出された。

(四) キネマ東京は、平成四年三月一〇日、二回目の手形不渡を出し、事実上倒産した。そこで、Eは、同日、キネマ東京を訪れ、念書に基づいて第三債務者に債権譲渡の通知書を送付する旨をC会長及びB社長に通告し、被告が入手していた資料に基づき、右譲渡担保差入証及び債権譲渡通知書に本件債権の特定に必要な事項を記入するとともに、右通知書を第三債務者に発送し、右通知書は、同月一一日第三債務者に到達した。

2  右認定事実によれば、平成三年一二月二七日にキネマ東京と被告の間で成立した債権譲渡に関する合意は、キネマ東京がテレビ番組等の発注元に対して有する現在及び将来の一切の請負代金債権を債権譲渡の対象とするものであったが、これは債権担保を目的とする債権譲渡の予約であって、右契約の効力は被告とキネマ東京との間に存するにとどまり、被告が当該譲渡対象債権に直ちに支配力を及ぼすものではなかったものである。そして、現実の債権譲渡の実行は、キネマ東京が二回目の不渡を出すなど、被告に債権保全の必要が生じたときとされており、その場合の譲渡対象債権は被告において選定するとの合意があり、そのため、右各書面には譲渡債権の表示が空欄のままとされており、キネマ東京は、その債権の明細をできるだけ早く被告に知らせることとし、右各書面の日付や債権の表示は、被告において補充することとなったものである。

被告は、右債権譲渡の予約契約に基づき、キネマ東京が第二回目の不渡を出した平成四年三月一〇日、キネマ東京に対し、右予約に基づき、本件債権について債権譲渡を実行する旨通告した上、被告が入手していた資料に基づき、右譲渡担保差入証及び債権譲渡通知書に本件債権の特定に必要な事項を記入するとともに、右通知書を第三債務者に発送し、右通知書は、同月一一日第三債務者に到達し、これによって、本件債権の譲渡及び債権譲渡の通知が完了したものといえる。

三  譲渡禁止特約の存在を知らなかったことについての悪意又は重過失の有無

1  ≪証拠省略≫によれば、本件債権には譲渡禁止特約が付されていることが認められる。

2  原告は、被告が本件債権の譲渡を受けた際に右事実を知っていたと主張するが、その事実を確定的に認定するには、必ずしも証拠が十分であるとはいえない。そこで、被告が本件債権の譲渡を受けた際に、譲渡禁止特約が付されていたことを知らなかったことにつき重大な過失があったかどうかについて検討する。

3  証拠によれば、次の事実を認めることができる。

(一) テレビ局がテレビ番組製作会社にテレビ番組の製作を発注する場合には、書面により契約書を取り交わしているのが通例であり、その契約書には、ほとんどの場合、債権譲渡等を禁止する旨の特約が記載されている(≪証拠省略≫)。

(二) 被告は都市銀行であり、融資の実行にあたり取引先の信用を調査することが重要な業務の内容となっており、高い信用調査力を備えている当事者である。しかも、被告は本件債権の第三債務者に対して融資を実行していたのであり、これらの事実も合わせ考えると、被告は、本件と類似の番組製作発注に係る請負代金債権に譲渡禁止特約が付されているのが通例か否かを調査する能力を備えていたものといえる(≪証拠省略≫及び公知の事実)。

(三) 被告は、昭和六二年一〇月にキネマ東京に対して五〇〇〇万円の融資をしたが、融資実行当初にキネマ東京が約束していた追加担保提供の約束が守られず、また、約定の返済期日である昭和六三年七月二七日に元本の返済がなされないという事態が生じていた。その後も、平成三年秋までに四〇〇万円弱の元本返済しかなされない状況にあった中で、同年一二月二〇日、同会社が第一回の不渡を出し、その事実を同月二六日に知った被告が、債権譲渡を求め、同月二七日に、キネマ東京との間で、キネマ東京がテレビ番組等の発注元に対して有する現在及び将来の一切の請負代金債権を債権譲渡の対象とする債権譲渡の予約契約を締結したものである(≪証拠省略≫)。

右債権譲渡予約契約の際に、キネマ東京は、併せて、債権譲渡予約に係る請負代金債権の振込指定についても応諾していながら、株式会社電通に対する債権で振込指定の実行をした(支払期日前に倒産)のみで、それ以外の債権については振込指定の約束を守らなかった。

このように、キネマ東京は、被告からの融資金の返済に関し、約定の金員の返済を怠り、融資実行当初に約束していた追加担保提供の約束も守らず、遅滞に係る債務の返済のために約束した振込指定の約束も守らなかったものであり、被告は本件債権譲渡の実行がなされた平成四年三月一〇日以前に、これらの事実を認識していたものである(証人Eの証言)。

4  右3の(三)認定の事実によれば、キネマ東京と被告の間で債権譲渡予約契約が締結された平成三年一二月二七日の時点では、キネマ東京は被告に対し、約束した担保の不提供及び返済期限の不遵守という債務不履行に及んでおり、しかも、直前に第一回の不渡を出したものであり、被告は、キネマ東京の信用状態及び説明内容に疑問と不信の念を抱いていたものといえる。一方、前記二の1認定の事実によれば、キネマ東京のB社長は、右債権譲渡予約契約に快く応じたものではなく、Eに説得されて渋々応じたものであり、債権譲渡の対象となる債権の開示についても、ためらわれる様子が見られたものであり、また、キネマ東京は、その後、右3の(三)認定のとおり、いったん約束した振込指定についても実行していなかったものである。

このようなキネマ東京の態度に直面した被告が、キネマ東京との間で債権譲渡予約契約を締結する場合及び右契約に基づき本件債権について債権譲渡の実行行為を行う場合、キネマ東京の担当者が右債権譲渡予約契約の対象となる債権についての契約書が存在しないと説明したかどうかにかかわらず、その債権の中に譲渡禁止特約の付されたものが入っていないかどうかを慎重に検討することは、当然の課題となるはずである。その場合、被告は前記3の(二)記載のとおり高い信用調査能力を有しているものであり、また、本件債権の第三債務者に対して融資の実行をしていたのであり、しかも、前記3の(一)記載のとおり、テレビ局がテレビ番組製作会社にテレビ番組の製作を発注する場合には、書面により契約書を取り交わしているのが通例であり、その契約書には、ほとんどの場合、債権譲渡等を禁止する旨の特約が記載されているというのであるから、被告には、右債権譲渡の対象となった債権について譲渡禁止特約が付されているのが通例であることは、調査をしようとする意欲があれば、容易に知りえたはずである。

そうすると、キネマ東京の担当者が債権譲渡予約契約の対象債権について契約書がないと説明したかどうかにかかわらず、被告には、本件債権について譲渡禁止特約が付されていたことを知らなかったことにつき重大な過失があったものというべきである。

四  結論

以上のとおり、キネマ東京から被告に対する本件債権の譲渡は、原告による本件債権の差押えに対抗することができないものであるから、原告の請求は理由がある。よって、これを認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 園尾隆司)

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